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最強の番犬と黒き魔女  作者: しう
『操るもの』
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3章 16 4ヶ国会談

魔物討伐隊の掃討作戦中の出来事は即座にシント国君主であるシンに伝えられ、国の上層部による話し合いの結果シントのみで留めておく事ではないという結果となり大陸初の4ヶ国会談に踏み切る事となった


大陸西部ディートグリス王国


大陸北部サドニア帝国


大陸中心部バースヘイム王国


大陸北部シント国


4ヶ国にはそれぞれシント製の通信用魔導具が緊急用にと渡されており、それを利用しての会議を提案する


シント国は親交のあるバースヘイムとは何度か通信を行ってきたが、ディートグリスとサドニアとは1度も通信したことが無く、ディートグリスとサドニアには使者を送って事情を説明して会議に合意してもらう必要があった


ディートグリスにはフウカやフォロ、レンが居る為に連絡は容易であったが、親交のないサドニアには・・・


「仕方がない・・・間者のバロに使者となってもらおう」


「下手すりゃ殺されるぞ?」


「上手く中枢部に潜り込んでいたからな・・・やはり私が行くか?」


「アホか・・・次は本当にファーラに絞め殺されるぞ?バロに上手くやってもらうしかあるまい。事は急を要する・・・無事切り抜けてくれる事を祈るしかない」


「・・・だな。ラックからバロに伝えさせよう・・・」


シンとモリトが各国への伝達方法を模索し実行に移そうとしている頃、他の者達も対策に追われていた


その中で最も重要とされていたのが四精将の街防衛対策


攻めの魔物討伐隊と守りの四精将


四精将が設立されてから攻められた事などなく、ほぼ肩書きだけであった為前例のない事態に右往左往・・・更に引き継いだばかりの新米四精将だらけであり、四精将の1人が欠けている状況も混乱に拍車をかける


アカネ、シズク、チリが集まり無言で卓を囲む姿をただ眺める補佐役も気が気でなかった


「本来なら4つの門を守護するのが四精将の役目・・・フウカが居ない今、引退したフゼンおじさんに出張ってもらうのが1番だと思うけど・・・」


「念の為にそのように伝えて来たのですが、『当代に任せる』との事です」


アカネが堰を切って話し出すと、フウカの代理として来ていたテストが答える。アカネも予想していたのか、答えを聞いてため息をついただけに留まった


その後はアカネがテスト達の状況を聞き、1つの門を任せられるか確認するも、もし戦力が足りなかったとしても回せる戦力が無いことに頭を悩ませる


アカネの『火』の四精将はラフィスの魔族に兵士を殺され人数が少なくなり、チリの『土』の四精将はチリについていけず空中分解、シズクの『水』の四精将だけが唯一まともに活動出来る状態であった


「アの字、こちらの心配は無用だ。その為にゴーレムの創作に励んでいる・・・心配するならフウカ不在の『風』の担当門だろう」


「そうね・・・私達も交代で守れば何とか・・・シズクの所から人員割ける?」


「可能よ・・・『風』と連携して2つの門を守ってみせるわ」


「よろしくお願いします。さすがに魔族相手となるとフウカ様不在では心許ない状況でしたので」


何とか形になり一安心するもアカネの表情は晴れない。単純な攻めに対してなら戦力を揃えればそれで済むが、相手は人を洗脳する・・・戦力を整えたところで役に立たない可能性が高かった。それでも守りを固めない訳にはいかずそのジレンマがアカネを苦しめていた──────




「ねえ・・・慌ただしいけどやっぱり魔物達は攻めてくるの?」


「分からない・・・から、逆に厄介な状況だ。相手の規模も意図も不明のまま街を守らなくてはならない。それに相手の洗脳めいた能力もある・・・下手すれば仲間に殺されかねない状況は最悪と言っても過言じゃないな」


ケルベロス家の屋敷内食堂にてマーナが窓から街の様子を見てクオンに尋ねるとクオンは頭を振り答えた


第3部隊が一時解散となってしまったアンズ、チリが招集されて1人になったアースリーの2人がが屋敷を訪れ食堂に集まっていた


「諜報部の者達は各国への対応に追われているから森の奥への調査は頓挫してしまっている。討伐隊も暫くは街の防衛に駆り出されるだろう。あたしもアカネ達のサポートに回る」


「ワタシはチリ師匠の手伝いを頼まれてるです・・・」


アンズとアースリーも今は落ち着いているが、四精将の話し合いが終われば駆り出されることは決まっていた。今まで魔物は狩る存在だったのが一転して魔物に狩られる側になってしまった途端、弱気になり普段の生活は脅かされていた


500年前に魔族との共存が始まり、その際に獣と魔獣の間に生まれた魔物


圧倒的に人の数の方が多く、魔素の少ない環境が人に有利に働いていたが、魔族の加入により脅威のレベルは格段に跳ね上がる


「なぜ今になってその・・・ファストって魔族は人の世に興味を?」


「あのデサシスって魔族が言ってた退屈だからってのは本当かも知れん・・・なあ?黒丸」


「ん?・・・ああ、それは本音だろうて。後は元々人の世に興味はあったはず。でなければアモンと共に人の世に訪れたり、魔の世に戻った後に人の真似をして建造物を建てたりしないだろう。まあ、結局魔族には浸透しなかったがな」


「・・・あの魔族が言ってた実験っていうのも気になるのですが・・・」


「人の世を統べる為の実験と考えてまず間違いないだろうな。つまり戦力を確保する為か魔族が人の世で活動する為の・・・実験だろうな」


「前者は繁殖力の高いゴブリンとスポイトマンティスを兵士とする実験・・・後者はその2種類の魔物を兵士としてでは無く餌として使い魔獣や魔族の魔力供給源とする実験か」


「ゴブリンとスポイトマンティスの魔力なんてたかが知れてる・・・後者はあまりにも効率が悪いと思うのだが・・・黒丸、お前の考えは?」


「ぶっちゃけ分からぬ。が、1つ言える事は五魔将という存在を妾は知らぬ。デサシスは知っておったが、五魔将などと名乗ってはおらんかった。なのでそれなりに奴も準備して行動に移っている可能性が高いな・・・どっちにしろ早めにファストを抑えねば人は滅びの一途ぞ?カーラと組んだ可能性があるのなら尚更だ」


マルネスのに言葉に一同は静まり返る。アンズ以外はカーラの『扉』の能力の脅威は目のあたりにしていた。神出鬼没に魔の世から現れる事が出来る魔族・・・狙いが前回のようにディートグリスの天族と分かっていれば対処しようもあるが、何が狙いか分からない以上防衛はかなり難しくなる


「そうだな。さて・・・果たして他国に現状の脅威がどこまで伝わるか・・・明日の4ヶ国会談で人の行く末が決まると思うと気が重いな」


先程使者が来て4ヶ国会談の日程が明日に決まったと伝えて来た。加えて事情を知るクオンに参加要請があった為に頭を悩ます。ディートグリス国王は知っているし、バースヘイムの女王の人となりは聞いている。しかし、サドニア帝国は全く知らない為にどのような反応があるか見当も付かなかった


顔も合わせたことの無い者の言うことを果たして信用してもらえるかどうか・・・明日の会談を控えクオンは言い知れぬ不安を感じるのであった──────




──────4ヶ国会談当日──────


謁見の間にはシン、モリト、クオンの姿があり、目の前には3つの水晶玉が並べてあった。左からディートグリス、バースヘイム、サドニアと繋がる予定であり、今は申し合わせた時間が来るのを待っている状態であった


しばらくして時間となり、3人はそれぞれ水晶玉に魔力を流す


「聞こえますでしょうか?私はシント国君主・・・シン・ウォールです」


〘久しい・・・とまでも経っておらぬか。ディートグリス王国国王ゼーネスト・クルセイドだ〙


〘聞こえます。私はバースヘイム王国国王イミナ・リンベルトです〙


〘・・・サドニア帝国皇帝ベルベット・サドニア。お初目・・・とは言えないな、この状況は〙


「この度は急な呼び掛けに応えて下さり感謝致します。事は急を要しますので自己紹介は省かせていただきます。ただこの会話を聞いている者・・・その人数と名前をお聞かせください。当方は私を含めて3名。シン・ウォール、モリト・ケルベロス、クオン・ケルベロスの3名です」


〘!クオンがおるのか?私だ!あっちょっと・・・んん!失礼した。こちらは2名。ゼーネスト・クルセイドとニーナ・クリストファーだ。近くに護衛の者はいるが声が聞こえる距離にはおらん〙


〘ふふ・・・失礼しました。こちらも2名です。私イミナ・リンベルトと宮廷魔術師であるレーズン・ジャナシードです〙


〘・・・2名だ。俺とバロ・クーデンハイト〙


ベルベットの言葉にシンとモリトがサドニアの水晶玉に視線を向ける。決して声の先の風景が見える訳ではないのだが、言葉の真意を確かめたい気持ちであったが、その気持ちを見透かしたようにベルベットは言葉を続けた


〘間者にしては優秀過ぎるのでは無いか?我が帝国に欠かせない存在となった今、これを機に間者を辞め心を入れ替えて誠心誠意尽くしてくれると申したから許すが・・・下手をすれば一族郎党皆殺しぞ?〙


「・・・感謝の言葉もない。この埋め合わせは必ず・・・」


〘気に召さるな。俺も貴殿のような小国の王ならば大国に震え、情報を得ようと間者も送ろう・・・立場が違うだけだ〙


「くっ・・・お気遣い感謝する」


2人のやり取りで何の話をしているか大方の予想が出来たゼーネストとイミナは言葉を挟まず静観していた


シンはこの重苦しい雰囲気を会談のホスト国として打ち消そうと話を元に戻す


「・・・先程も申し上げたように事は急を要します。先ずは先日我らが遭遇した事をお話します──────」


シンはバロの事を気にしつつもクオン達が森で出会った魔物と魔族の言葉を包み隠さず話した。各国の代表者は無言でその言葉に耳を傾け、シンの話が終わると各々の感じた事を口にする


〘・・・『扉』というギフトの脅威は我らも肌で感じた。それが本当なら由々しき事態であるな〙


〘先手を打つべきでしょう。ゴブリンとスポイトマンティスは弱き魔物とは言え放っておけば数は増え続けるでしょうし・・・〙


〘フッ・・・〙


「・・・何かおありですか?ベルベット殿」


〘ああ、いや・・・あまりにもディートグリスのとバースヘイムのが純粋無垢でな〙


〘む?〙


〘・・・〙


「それはどう言った意味でしょうか?」


〘我だけかな?シントの言葉を素直に信じる気になれない。仮に本当だったとしても解せぬ点が幾つかある。それが解消しなければどうにも信じ難い話で・・・〙


「例えばどのような点が・・・」


〘うむ。先ずは何故に魔族は計画をベラベラと話す必要がある?いついかなる場所にでも魔獣や魔族を送り込める立場にありながら、わざわざ主らに伝えた真意はなんだ?そもそも魔族が人を統べるメリットはなんだ?目的も話さず計画だけ話すなど有り得るのか?〙


「人と魔族では思考が違います。現れた魔族は理由を退屈だからと申していたと・・・奴らにはそれが立派な理由になるのではと考えております」


〘なるほど。退屈だから片手間で人を統べると・・・そんな思考の持ち主がなぜ今の今まで大人しくしていたのだ?500年前は共存し、天使に魔の世に追いやられた後、今度は人を統べると言い出す・・・支離滅裂であり荒唐無稽な話に思えないか?ディートグリスの、バースヘイムの?〙


〘魔族なんぞそんなものだろう?500年前の共存すら気まぐれやも知れぬぞ?〙


〘仮にシン殿が嘘を付いてどのようなメリットが?シン殿は我らに警戒せよと忠告して下さっているだけではありませんか?〙


〘なるほど・・・確かにディートグリスのの言葉は納得出来るものだ。だが、バースヘイムの・・・あなたの意見には驚きを禁じ得ない。まるでシントの属国のような発言ですな〙


〘なっ!・・・サドニア帝国ベルベット皇帝陛下!その発言はイミナ陛下への・・・〙


〘吠えるな、レーズン・ジャナシード。お里が知れるぞ?それに貴公の発言を許可した覚えはない〙


〘くっ!〙


「ベルベット殿・・・今のような発言は避けてもらいたい。それになぜイミナ殿の言葉に驚きを?」


〘当然でしょう?確たる証拠もないのに魔族が攻めて来ると言う言葉を盲目的に信じるのはどうかと・・・。来るか来ないか分からない魔族に対して防衛を強化し、いたずらに金と兵士の無駄遣い・・・下手すれば疲弊したところを突かれて味方と思っていた者から攻められるやもしれぬ。一国の長が流言に惑わされて気軽に防衛強化など出来ないと思うがね?〙


「それは・・・今回の事が我が国の謀略と捉えての事ですかね?」


〘ハハッ・・・これは失礼。だが、例えどのような謀略を巡らせようとも小国に後れを取る帝国では無い。しかし・・・裏でどこかの大国と手を組むような事があれば別ですがね〙


〘我らはそのような・・・〙


〘別にバースヘイムが・・・とは言っておりませんよ?それに事実でないのなら臆病な我の戯言と聞き流してもらって結構です。事実でないのならね〙


サドニア帝国ベルベット皇帝の言葉に各国の王達は口を噤む。シンは意図しない方向に話が進み、どう切り出すか悩んでいるとクオンがシンに耳打ちした


シンはしばらく考えるとクオンを見つめ頷き、水晶玉の前から一歩下がると代わりにクオンが前に進み出る


「あー、ちょっと良いかな?俺はクオン・ケルベロス・・・魔族のデサシスって奴と話した者だが・・・」


〘クオッムグ!〙


〘そなたが・・・〙


〘これはこれは・・・『神扉の番人』として名高きケルベロス家の・・・何か言いたい事でも?〙


「サドニア帝国の皇帝様はシントとバースヘイム・・・もしくはディートグリスが組んでサドニア帝国を陥れようと企んでいる・・・そう思ってるんだよな?」


〘皇帝様・・・まあ良い。その可能性もあると言うたまで。貴公は見ず知らずの者が崖下の水が甘いと言ったから危険を顧みず飲みに行くか?〙


「必要ならばな。俺も皇帝様が今脱水症状に陥ってると思ってない。だが、いざ脱水症状になった時に役立つ情報として頭の片隅にでも入れといてくれればそれでいい」


〘ふむ・・・では見ず知らずの者よ。いざ崖下に水を飲みに行き、その水が甘く・・・いや、毒水だった場合はどう責任を取る?〙


「そんなの飲むか飲まないかは自己責任だろ?俺だって又聞きだ、味わった訳じゃないさ」


〘その考えがおかしいと言っているのだが?〙


「どこが?」


〘発言が無責任過ぎると言うているのだ。こちらがその言葉でどれだけ混乱すると思うておる・・・飲んで毒水でしたでは済まぬと言うておるのだ〙


「つまり先ずはお前が飲んで来いと?」


〘発言に責任を負うならそうなるな。こちらは崖下に降りてから嘘でしたでは済まされぬのだ〙


〘ク、クオンよ!すまぬが少し分かりやすく出来ぬか?その、甘い水やら毒水やら訳が分からぬ〙


〘申し訳ないけれど、私も・・・〙


クオンとベルベットの会話にゼーネストとイミナが割り込み会話は中断する。クオンは頬を掻き、2人の王に今の会話を説明した


「サドニア帝国の皇帝様は一応配慮して言葉を濁してくれた・・・見ず知らずの者がシント、甘い水が魔族、毒水が魔族は嘘って事で崖が防衛強化・・・脱水症状ってのが人の存亡の危機・・・ってな感じだ」


〘なぜそのような言い回しを?別に濁さずとも・・・〙


「皇帝様の配慮だよ。言葉を濁さず言い続ければサドニア帝国はシントに対して敵対心があると思われるかも知れない・・・皇帝様はただ価値の無い情報が嫌いなのさ。知らせるなら苦労して情報を仕入れ、対価を要求しろと・・・でなければ信用など出来るかと・・・そういう事だろ?」


〘ご明察。何も我は無償で施しを受けようなどとは思うておらぬ。知り得た情報をただ流布するだけでは混乱を招くだけだと言いたいのだ。それがタダの情報なら尚更な。我はシントに施しを受ける理由も義理もない。なので無償の理由を勘繰るのも致し方なかろう?我の背には全国民が乗っかっておるのでな〙


「確かめる時間がない・・・では理由にならないか?」


〘ほう・・・詳しく申せ〙


「皇帝様は『扉』の脅威を知らない。意図した場所に空間の繋がりを創り行き来を可能にする。つまり今ここに大量の魔物を送り込む事すら可能な危険な特・・・ギフトだ」


〘想像していたより遥かに急な崖であったか・・・尚更価値の無い情報という事が露呈したな。飲みに行けぬ水がいくら甘いと言われてもどうしようもないだろう〙


「ああ、だから皆が崖下に降りないで済むように諸悪の根源を俺が断ち切るしかないな」


「!クオン!!」


〘なんだ初めから言えば良いものを・・・して、その断ち切る手段は?〙


「そこに水がなければ崖下に降りる必要はないだろ?」


〘なるほどな。神扉の番人は甘い水が好きか〙


「ああ、大好物だね。そもそも脱水症状にならなければ危険を冒してまで甘い水を飲みに行く事もないだろ?ただ、俺が飲み干すまでの間、喉が乾いた時の為に少しでも崖を降りていれば不測の事態に対応出来るんじゃないか?」


〘そこに貴公のメリットは?〙


「言ったろ?甘い水が大好物って。それに甘い水が常に傍を流れれば良いとも思ってる」


〘タダの情報よりは幾分マシだな。だが、我らが脱水症状になる前に飲み干す事が出来るのか?〙


「おれは俺の最善を尽くす。失いたくないものは多いからな」


〘その中には我が帝国も入っているのかな?〙


「入る訳ないだろ。誰も知らんし」


「お、おい、コラ!クオン!」


慌ててモリトがクオンの口を塞ぐが、時既に遅く饒舌だったサドニア帝国の水晶玉は沈黙する


しばらく沈黙が続き、シンとモリトの冷や汗が頬を伝い床に落ちる頃、クスクスと笑う声が聞こえてきた


〘・・・確かにな。これで我が帝国も入っていると言われればその欺瞞に満ちた言動をねじ伏せてやろうとも思うたが・・・クオン・ケルベロス・・・貴公が甘い水を飲み干すまでの間、我らは少しばかり崖の下でも眺めておこう。期限は?〙


「これより1ヶ月・・・その間に飲み干してみせるさ」


〘よかろう。その1ヶ月の後、我が帝国に招待しよう・・・労をねぎらうと同時に知己となる為にな〙


「なんだ?守って欲しいのか?」


〘・・・我が帝国に来れば自ずと分かる・・・では、準備があるのでこれで失礼する──────〙


サドニア帝国と繋がっていた水晶玉は魔力を失い通信は遮断されていた。シントが開発した通信用水晶は片方が魔力を供給すると相手方の水晶玉が光り、その相手方が魔力を供給すると通信が可能となる。当然どちらかが魔力を絶てば通信はそこで終わる


「・・・ふう」


〘クオン!どういう事!?どうなったのだ!?〙〘ご説明頂けますか?何が決まったのだ?〙「食えないな」「クオン!勝手に決めおって!」


ディートグリスの水晶玉からニーナ、ゼーネスト。バースヘイムの水晶玉からイミナ、レーズン。後ろからシンとモリトに同時に話しかけられ思わず耳を塞ぐクオン。ため息をついて今のサドニア帝国皇帝、ベルベットの会話を1から皆に説明する


「落ち着けて・・・俺が魔の世に言って大元とケリをつける・・・それまでの間だけ防衛強化をするかどうかはサドニア次第だな」


〘はあ?なんでクオンがそんな・・・これ!ニーナ!・・・だが、クオン・・・確かにニーナの言う通りお主がそこまでする必要があるのか?〙


「サドニア帝国の皇帝は殿の言葉を信用しなかった。で、信用させたいのなら信用に足る証拠を付けろと言ってきた」


〘そのような事を言っていたか?・・・ふむ・・・だが、それではあまりに横暴では?〙


「そうだな。だが、おそらくサドニア帝国は証拠を付けた情報には対価を払っただろうな。今回の情報はたまたま得た情報・・・ゆえに殿が注意喚起として各国へ伝えたのだが、それが気に食わなかったらしい。『偶然得た情報で偉そうにするな。するなら確たる証拠を得てからにしろ。対価は払ってやる』・・・が、サドニアの言い分だ」


〘それがなぜあっさりと引いたの?証拠などないのでしょ?〙


「女王様の言う通り証拠なんざない。だから信用はさせれなかったが納得はさせたって状況だ。期限を区切りその間だけこちらの戯言に付き合ってくれるらしい・・・その後は知らないけどな。元々魔族が攻めて来ると言ってもいついかなる場所を攻めて来るか見当も付かない。そんな状況で防衛を強化してくれと言われても土台無理な話だ・・・皇帝としても1ヶ月という期間限定なら聞いてやらないでもないってところなんだろうな」


〘不遜な!情報をくれただけでもありがたいのに・・・〙


「そう思ってくれるのは国交のあるバースヘイム王国の女王様やこの前直接話したディートグリス王国の王様くらいさ。サドニア帝国としては国交もなければ面識もない。あまつさえ帝国に間者を入れてましたっていう国の言葉など信用する方が難しいだろ?それこそ国を・・・国民の命を預かる身としては罠の可能性があると判断するのは普通だと思うがね」


〘・・・そう・・・ね。私はシン殿も存じてますし、信用もしています。今回の件がサドニア帝国から伝えられたとしたら・・・勘繰っていたかも知れません〙


「そういう事。で、1ヶ月の間ディートグリスとバースヘイムも魔族の襲撃には充分注意して欲しい。と言っても『扉』を使われたらどうしようもないがな・・・」


〘いや、忠告感謝する。こちらはこちらで対策のしようはある〙


〘ええ・・・知ってるのと知らないのでは雲泥の差・・・シントに協力を仰ぐかもしれないけど・・・ね〙


「言って下されば出来るだけの事はします。ムサシとコジローも存分にお使い下さい。その為に派遣していますので」


〘ふふっ、ありがたく。では、こちらでも協議し対策を立てます。何かあればこの水晶玉にて・・・では──────〙


〘こちらも早急に対策しよう。あっ!二ー・・・まだ答えを聞いていないぞ!なぜクオンが魔族を倒しに行かねばならぬのだ!〙


「招待されたからな。さくっと行って戻って来るさ」


〘そんなのが理由になるか!私は──────〙


「あっ・・・」


クオンが振り返るとディートグリスの水晶玉に供給していたシンが魔力を遮断していた


「とても心配されてるね。取り乱していたようだから後はディートグリス国王に任せるとして・・・私もクオンに聞きたいね・・・なぜあんな宣言をした?」


「そうだぞ!クオン!誰も許可しておらん!勝手に・・・」


「許可も何も・・・俺が誘われてそれを受けたまでですよ。それに殿は理解してるでしょ?サドニア帝国の皇帝・・・ベルベット・サドニアの意図を」


「あん?意図?」


「クオン・・・それに乗る以外道はなかったのか?」


「ありませんね」


「・・・」


「お、おい、シン!クオン!どういう事だよ!?サドニア帝国の皇帝の意図って・・・」


1人置いてけぼりのモリトがシンとクオンを交互に見ながら尋ねると、シンがサドニア帝国と繋がっていた水晶玉をチラリと見た後で答え始めた


「サドニア帝国は事前に今回の事を知っていた・・・いや、下手すると今回の事以上の事を知っているかもしれん」


「は?え?・・・そんな訳あるか!なぜ・・・」


「モリト・・・サドニア帝国皇帝ベルベットはなぜあれだけ信用出来ない、謀略ではないかと喚いていたのに、クオンの言葉に納得して引き下がった?」


「え?それは・・・クオンが勝手に魔族を倒すって言ったからだろ?」


「おかしいと思わないか?私の言葉は疑い、クオンの言葉は信用する・・・神扉の番人としては有名なケルベロス家だ・・・名は知っていたとしても実力まで知っているかな?その実力不明な者が魔族を倒す・・・しかも1ヶ月の期限付きだ。帝国の皇帝が魔族の恐ろしさを知らないとは思えない・・・となるとクオンの強さを知っているか事情を知っているかどちらかであろうな」


「付け加えると、あの皇帝なら俺が上級魔族に勝てると知っていても、敵の規模が分かっていない時点で賭けには出ないと思う。それこそ勝てる見込をしつこく聞いてくるはず・・・」


「・・・つまりサドニア帝国は・・・少なくともベルベット皇帝は魔族と内通している?」


「おそらく・・・魔族のデサシスの言い方だとどうやら是非とも俺を晩餐会に招待したいらしい。脅すつもりか知らないが、俺が来ないと暇で暇で仕方ないから色々とやらかすって言っていた」


「チッ・・・更に人の・・・しかも一国の主を使ってまでクオンをその晩餐会とやらに向かわせようと?」


「だろうね。奴らの狙いはなんなんだい?」


「さあ?10年前の晩餐会での心残りでもあるんじゃないですか?」


「勝算は?」


「出された料理は残さず食べますよ・・・腹が膨れるまではね」


クオンの言葉に頭を抱えるシンとモリト。しかし、現状はクオンが勝手にしたとはいえサドニア帝国との約束である1ヶ月の間に事態を解決するしかなく、それをクオンに頼る他なかった──────





──────サドニア帝国王城内執務室


そこでは魔力を通していない水晶玉を前にサドニア帝国皇帝ベルベット・サドニアが椅子の背もたれに身体を預けていた


大きめの机にフカフカの椅子、背後にはぎっしりと本が詰まった本棚が並び、部屋の中央には向かい合ったソファーに膝ぐらいの高さのテーブル。部屋は広く本来ならばメイドや執事、護衛の者が立ち並ぶが今はベルベットとその他に人影が2つほどしかない


「・・・これで良いか?」


《上出来です。これで我が主は貴方様を人の世の盟主と認めるでしょう》


「盟主か・・・いずれ国は1つにまとめるつもりだがな」


《ご随意に。今のところ人の世にさして興味もありませんので》


「今のところは・・・ね。実験の方は順調かな?」


《もちろんです。差し当って追加を頂きたいのですが・・・もちろん今回も魔の世には見目の麗しさを・・・人の世には頑丈さを》


「ま、またか!?一体何人送れば・・・」


《致し方ないのです。力の差があり過ぎて少し力を入れただけで壊れてしまう・・・人の世の実験においては知性の欠片もないもの達に与えてますので、少し目を離すと食べてしまいますし・・・》


「ぐっ・・・何人だ?」


《魔の世に50名程・・・人の世では・・・出来るだけ多く》


「・・・分かった・・・それこそバースヘイムやディートグリスで攫ってきたらどうだ?脅しとしても効果的だと思うが・・・」


《本格的に邪魔されたら我が主も動かざるを得ません。そうなれば人の世は終焉を迎えますが?》


「・・・分かった・・・だがペースが早すぎる・・・もう少し抑えられないか?」


《考慮致します。・・・ところでそこの御仁は?》


「ん?ああ、単なる裏切り者だ。目をかけてやったのにまさか間者とはな・・・我も見抜けず間抜けよな」


《ほう・・・では、核を頂いても?このままでは朽ちてしまいますので》


「核?ああ、器か。構わない・・・だが、出来れば外でやって欲しいのだが・・・血で部屋が汚れる」


《かしこまりました。では、私はこれで・・・》


「あ・・・ファスト様によろしく伝えて欲しい・・・デサシス殿」


デサシスはベルベットの言葉に振り向き頷くと部屋に横たわる死体を担ぎ扉の奥へと消えて行く


それを見送ったベルベットは天井を見上げ何事か呟く。部屋の中には誰も居ない。普通の声の大きさなら誰かに聞かれることはないだろう。しかし、ベルベットが発した声はすぐ隣に居たとしても聞こえないほど小さな声だった


その後、目を瞑りしばらく微動だにせずに手で顔を覆っていると、突然机に手を付き立ち上がった


「誰か!誰かいるか!」


執務室のドアの外で待機していた者達がベルベットの声に反応して素早く部屋へと入り頭を下げる。先頭に居るのは皇帝補佐官、テグニ・ユーヤードという男だった


「テグニ!また女を見繕え!見た目重視が50名・・・健康だけが取り柄の女をありったけだ!」


「!・・・恐れながら申し上げます。以前に他国へと送り込んだ女性が1人も帰って来ないと市井で噂になっております。多額の報奨も相まってかあらぬ噂も・・・」


「ならば噂の届かぬ地方にでも出向いて集めて来るがいい。それくらい考えれば分かるだろう」


「し、しかし・・・」


「それとクーデンハイト家は取り潰す。他国の間者であったと自供しおった。一族郎党はもちろん使用人も全て殺せ・・・いや、女は殺すな・・・見た目美しければ50名の中に入れろ・・・でなければ健康重視の方に・・・あー、後あまり歳を食ってるのは捨て置け」


「陛下!・・・間者が出た家は一族郎党皆殺し・・・これは致し方ないと思われますが、使用人までは・・・」


「どこまで情報が漏れてるか分からん!・・・ふむ、使用人の家族も含めるか・・・」


「陛下!」


「・・・分かった分かった。使用人の家族まで言い過ぎた・・・そう睨むな。しかし、クーデンハイト家の屋敷に務めていた者は同罪だ」


「・・・はっ!・・・首謀者であるバロ・クーデンハイト卿・・・いや、バロはどう致しましょうか?」


「もう粛清は済ませた。そちは言われたことをすれば良い」


「・・・はっ」


テグニは跪き返事をするとベルベットに言われた事を実行する為にドアを開け部屋の外へと出て行った。残った執事とメイド、それに護衛の者達は聞いてはならない事を聞いてしまった為か忙しなく動き聞こえていないと取り繕う


「おい」


「は、はひぃ!」


ベルベットが意味もなく部屋の中央に置いてあるテーブルを必死に拭いているのを見て声をかけるとメイドは勢いよく立ち上がり身体を震わせた


「水を・・・いや、甘い水をくれ」


「甘い水・・・か、果実水で・・・御座いますか?」


「何でもいい。とにかく甘い水だ」


「は、はい!た、直ちに!」


メイドは一礼するとそそくさと部屋を出る。その後ろ姿を眺めながらベルベットはまた誰にも聞こえない声量で呟いた


「こっちの・・・水は・・・甘いぞ──────」


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