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最強の番犬と黒き魔女  作者: しう
『操るもの』
70/160

3章 10 チリ・ネイダル

太陽の日差しがまだ人々を照らす前、墓石が立ち並ぶ場所でクオンは1人佇んでいた。手には前日に用意していた花を持っており、墓石の前で屈むと献花台に花を供える


そのままの姿勢でしばらく墓石を眺めると目を閉じ思い出していた。出会ってからの事、そして忘れてしまっていた時の事


墓石にはウォースイ家の墓と書かれており、この中にレイナも寝ているはず


記憶を失ってから1度も来た事ない墓参りにようやく今日来れることが出来た事に少しだけ胸のつっかえが取れたような気がした


しばらく墓下のレイナに心の中で語りかけるとクオンは立ち上がり、墓の前で礼をする。今まで忘れていたお詫びとこれからも見守ってて欲しいという願いを込めて


アタマを上げて立ち去ろうとすると墓守の男性がクオンへと近付いて来た。特に面識が無いために会釈してそのまますれ違おうとしたが、男性から声をかけられる


「お久しぶりですね。ここまで間隔が空いたのは初めてでは?」


「?仰ってる意味が分かりませんが・・・」


「人違い?・・・いや、ケルベロス・クオン様でいらっしゃいますよね?」


「ええ・・・そうですが・・・」


「・・・ウォースイ・レイナさんの墓参りですよね?」


「はい・・・なるほど」


「?」


男性が突然納得したクオンに対して首を傾げる。クオン・・・いや、ウオンとしては初めて来た。しかし、記憶のあるクオンはここに訪れていた。そして、この男性と面識があった・・・1人その事に納得し、クオンは男性を見つめた


「また・・・来ます」


「一部の方の言う事はあまりお気になさらずに・・・いつでもいらっしゃって下さい」


クオンは墓参りの男性に会釈するとそのまま墓地を後にした


男性の言っていた一部の方の言う事というのは大方予想がついた。恐らくは庇ってくれたレイナを忘れたという自分に対する避難やケルベロス家の排斥派の言葉の事であろう。フェイスンの事もあり鳴りをひそめている排斥派も目立った活動をしていないだけで決してなくなった訳ではない


「終わったか?」


「ああ、待たせた。行こう、チリの所に」


墓地の外で待っていたマルネスとアースリー。人見知りするチリに大勢でゾロゾロと行けないと最低限の人数で行く事になっていた。本当ならクオンはアースリーと2人で行こうとしていたのだが、マルネスは一緒に行くと頑として聞かず、結局3人で行く事になった


チリは墓地よりほど近い牢獄と言う名の研究所にこもっている。鉄格子に囲まれてはいるのだが、特に施錠もされておらず出入りは自由・・・ただチリ自身が出る時は誰かが付き添うことにはなっていた


警備が2人クオンを見て扉を開ける。そのまま3人は中に入ると地下へと続く階段を降りた


「な、なんでここは松明もないのに明るいです?」


「壁の所々に魔力で光る石が埋め込まれてる。魔素を自分で取り込んで発光し、半永久的に光続けてるから魔力を供給する必要も無い優れものだ」


「・・・1個くらい持って帰って良いです?」


「欲しがる奴はいっぱいいるからな・・・持ってるのがバレると寝る暇もないくらい襲われる可能性があるぞ?」


「・・・やっぱりいらないです」


技術や能力の進歩により量産が可能になったとはいえ品薄状態は続いていた。魔力を供給する必要があるものは比較的普及しているのだが、魔素を自分で取り込む石となると他国には売りに出しておらず希少価値はかなり高い


階段を降りるとだだっ広い部屋に辿り着き、その中央に鉄格子の檻があった。その檻の前には警備兵が2人、檻の中には所狭しと物が置かれており、檻の中心部に置かれている台の前には女性が1人立っていた


ダボダボの白衣に身を包み、ボサボサの髪に小さい丸メガネをかけた女性、チリ・ネイダルその人である


「チリ、久しぶりだな」


「ん?・・・クの字とマルの字か・・・隣は?」


格子の中に入り、目の前まで来て声をかけてようやくクオン達の存在に気付いたチリ。それだけ研究に没頭していたのだろうと台の上を覗くとネズミの死体の腹を引き裂いている途中であり、3人は思わず顔を歪めた


「デビット・アースリー。チリと同じ土魔法のゴーレム使いだ」


「・・・女の子に見えるが?」


「名がアースリーで、デビットが家名だ。ところで何をしてるんだ?」


「見て分からないか?元生命体に擬似的に器を埋め込んでやるとどうなるかの実験だ。安心しろ、私が殺した訳では無い・・・まあ、死ぬまで待っていたというのが正直な話だが」


「待っていた?」


「餌をやらずにいただけよ・・・飼ってる訳では無いから餌をやる義務はない。餓死したところで責任の所在を問われても知らぬというものよ。故に待っていた」


「・・・なるほどね。相変わらずだな」


「で、何用だ?とうとうマルの字を被検体として提供する気になったか?」


「ほう、その名の通り塵と化すか?」


「怒るなマルの字。サイエンスジョークだ。で?早くしないと鮮度が落ちるのだが・・・」


チリはチラチラと台の上の腹を開かれたネズミを見ながら言うと、クオンがアースリーを自分の前に出した


「お前の研究がかなり進むかも知れないぞ?動く死体を造るより遥かにな」


「え?え?」


「なんだ?勿体ぶらずに言ってくれ。過程を楽しむほど余裕はない」


クオンはチリに急かされると笑ってアースリーの抱き抱えているジールを指さした。汚れている以外は何の変哲もないクマのぬいぐるみ。チリはメガネをずらしてジールを凝視するがクオンの意図が読めずに首を振る


何が何だか分からないアースリーがクオンに助けを求めると、クオンは頷きジールを床に置くように言った


アースリーは怪訝そうな顔をしながらも頷き、ジールを床に置くと何故かジールは普段のように歩き回らずにヒシっとアースリーの足に抱きついた


「何の茶番だ?器をぬいぐるみに入れただけだろ?」


「ああ・・・アースリー、何と刻んで入れたんだ?」


「歩くのに必要な事を・・・です」


「待て・・・今お前の足にしがみついてるのは・・・」


「刻んでないです」


アースリーがチリの質問に答えた瞬間、チリ腹を台の上に置いてあったナイフを持ちジールに向かって歩き出した。その形相にアースリーが慌ててジールを抱き抱え、クオンがチリのナイフを持つ手を掴む


「おい」


「器を見せろ。話はそれからだ」


「勝手に腹を裂こうとするな」


「綺麗に縫合してやる。器を見なければ話にならん」


「お前・・・そんな事言ってると話を切り上げて帰るぞ?」


「・・・足元を見おって・・・ふん」


チリはクオンの手を振り払うと背を向けて台まで戻り近くに置いてあった椅子に座った。アースリーの腕の中にあるジールを見つめ、考え事をするように顎を撫でる


「それはお前・・・アーの字が創ったのか?」


「アーの字・・・はい・・・です」


「ふむ・・・何を使い、何を刻み、何を工夫したか細かく話せ」


それからアースリーはチリにジールを創った時の経緯を細かく話した。素材、場所、かかった時間、刻んだ一語一句全て


「有り得ないな。これで出来るのは魔力が尽きるまで動くぬいぐるみ程度・・・腕すら動く事はない」


「でも・・・実際動いてるです」


「ああ、だから実際の器を・・・」


「ダメです!」


「ちっ・・・研究に犠牲は付き物だろうが・・・」


クオンとマルネスは邪魔になると思い格子の外で警備兵と世間話しており、時折中の様子を伺っていた。険悪なムードではないにしろ、高圧的なチリとそれに萎縮してしまってるアースリーを見てクオンは再び格子の中に入った


「どうした?行き詰まったか?」


「あっさりと分かれば苦労はしない。器の成長は本来ならば有り得ない」


「まあのう・・・成長する核は命と同義・・・つまり人を創るのと同義だからのう」


「あっ!」


マルネスの言葉に何か気付いたのかアースリーが声を上げる。3人がアースリーに注目するとアースリーが恐る恐る手を上げた


「あの・・・器に刻む時に・・・冗談半分で・・・『立派なムキムキマッチョメンになるんだよー』って・・・刻んだ・・・です」


「ムキムキ?・・・下らん。そんな曖昧な表現で・・・待てよ・・・曖昧・・・か」


チリは考え込むと本棚から1冊の書物を取り出してページをめくる。そして、最後のページを見終わると天井を見上げ、ふぅとため息をついた


「何か分かったのか?」


「・・・可能性はな。今見ていた本にはこれまで私が刻んだ術式が書いてある。足や手を認識させる所から動くまで。どうイメージしたら、どうなるか細かくな。だが、どれもイメージは明瞭なものばかり。なぜなら曖昧であると認識出来ないからだ。私も・・・器もな」


「は、はあ」


「・・・ふむ。分かりやすく説明してやろう。お前らは買い物に来た。それは値札が貼っており、相場と同等だ。仮に10ゴルドだったとしよう。どうする?」


「え?・・・その・・・銅貨10枚で買いますです」


「同じく」


「何を言わんとしておるのだ?そんなの当たり前だろうて」


「そうたな。当たり前だ。では、買いに来た物に値札がない。店主が12ゴルドから8ゴルドで良いと言ってきたらどうする?」


「え?え?・・・・・・10ゴルド払います・・・」


「俺は8・・・もしくは12だな」


「そんなもの12に決まっておるだろう。たかだか2ゴルドだ、くれてやるわ」


「ふむ・・・支払う金額の理由はこの際置いておいて、意見が別れたことに着目してくれ。値札が貼られてるものは有無を言わさず10で決まっている。だから、何も考える必要なく10ゴルド払えば良い。しかし、値段が決まっておらず振り幅がある場合、考えなくてはならない・・・いくら払うのかと」


「それが明瞭な術式と曖昧な術式の差?」


「そうだ。考える余地があるかないか・・・いや、考えさせる余地があるかないか。ただ疑問が残るのは私も試していた・・・にも関わらずアーの字だけ成功したかだ・・・」


「でも、本には明瞭なものばかりだったんだろ?」


「いや・・・」


チリは立ち上がり、奥に行くと先程と同じ厚さの本を5冊ほど持って来て台の上に置いた


「先程の本は成功例・・・こっちが失敗例。ちなみにこれも1部だ。なんなら全部持って来ようか?」


「いや、いい。つまりチリも試してるがアースリーだけ成功した理由があるって事か」


「うむ。ただ違いがいくつかある。それが引っ切るのだが・・・」


「何が引っ切るんだ?」


「・・・まずアーの字の刻んだ術式があまりにも曖昧過ぎる。ぶっちゃけて言うと私ですらどうなれば正解なのか分からん。それに術式の割には願望に近い。『なるんだよー』などと言う術式は初めて聞いた。もう一点、経験だ」


「経験?」


「これは私も実験するのを控えてた。あまりにも非効率であり、実現したとしても物にならんからな。器は刻んだ事しか出来ないという固定概念を取り除くと、では何が出来るようになる?と疑問に思う。で、出した答えが経験した事をするのではないかと」


「・・・まるで人みたいです」


「それだ!」


「ヒィ!」


「そうなのだ。考える余地を与える事により、器は思考を繰り返す。それが考える余地が多いほど繰り返す回数も高くなる。先程の質問、あれは思考の余地を増やし、経験で答えを導かせたもの。アーの字は当たり障りのない数値を選び、クの字は場面によって数値を変える。マルの字は・・・自尊心の高さがモロだな。これはその者が経験した事により答えを導き出したから各々答えが違くなった。では、器に思考させたらどうなるか。私は答えが出ないと考える。何せ答えなどないのだから。では、器自身に答えを出させたいと思ったらどうすれば良いと思う?そう、経験だ。器は人のように物を見たり言葉を話す事は無い。出来るかも知れないが、それを実現するには数え切れないほどの術式を刻まねばならぬだろう。だが、それに変わって最初から出来ることがある。それが魔力による検知及び伝達だ。それを更に研ぎ澄ます事により相手の感情の変化を読み取る事が出来ることは実証済みだ。ある研究者の実験体が・・・」


「待て、チリ!・・・頼むから要約してくれ。俺は研究者になるつもりは無い」


「・・・ふむ、済まぬ興奮した。要はあえて器にどう育ってもいいように曖昧な術式を刻む。そして、経験させる事により成長させる。ジールが今のようなアーの字にしがみついたのもアーの字と共に生活して、このような場合はこうするという事を学んだから・・・経験したからだ」


「ワタシ誰かにしがみついてないです・・・」


「言っただろ?見えてる訳では無いと。感じた事をジールなりに表現したのが足にしがみつくなのだ。それにアーの字の経験だけではない。共に行動する者達の一挙手一投足を感じて常に経験している・・・まるで人の子のようにな」


チリの言葉で4人は一斉にジールを見た。するとジールは恥ずかしいのか手で自分の顔を隠す・・・もちろんそんな行動は刻んではいない


「凄いな・・・それだと人と同じ思考が出来るゴーレムが・・・」


「出来るな。理論上はな」


「理論上?」


「その成長がいつ実を結ぶか誰にも分からない。先程も言ったようにあまりにも非効率だ。もし器が人と同じように成長するとして、使い物になるのはいつだ?ものの善悪がつくのは?証明出来るか?このゴーレムは悪い奴しか攻撃しませんと」


「・・・確かに難しいな」


「私が求めるのは完全無欠のゴーレム。強く成長するなら大歓迎だが、今の仮説だと成長は時に弱くする場合も考えられるな。悪い奴に同情して躊躇するゴーレムなど目も当てられん」


「片や刻んだ事しか出来ないゴーレムと片や刻んだ事以外も出来るが、下手すると刻んだ事が出来ないかも知れないゴーレムか・・・微妙だな」


「人に出来ないことをさせるのがゴーレムの用途であって、人に出来るなら人で良いだろ?成長は惜しいがな」


ゴーレムの用途は不眠不休の警護が主になっている。それでも今の時代は使ってる国はほぼない。応用が効かないのと、魔力の供給が必要になるからだ


ジールが注目されている事に戸惑いながらも喜んでいたアースリーだったが、結局大したことなかったのかと落ち込んでいると、チリが目を細めてアースリーに近付いた


「落ち込む事はない。私が非効率だと断じてやらなかった研究の成果・・・しかと堪能させてもらった。進む道は違えどアーの字の研究の先が私を凌駕する可能性は大いにある。私も成長させてみるか・・・器を」


「えっ・・・でも物にならないんじゃ・・・」


「あくまでも汎用性としてだ。一応は四精将を語り国の研究費を投じてもらってる身。何の成果もなしでいるほど図太くない。故に個人の目標は完全無欠のゴーレムだが、四精将としては警備兵の代わりになるようなゴーレム・・・そのゴーレムを自立型にしてみるのも面白いかも知れない」


「非効率と言ってなかったか?」


「ああ。大量に生産するには採算が合わない。だが、今のところ成長の研究はしていないから実のところ分からない。で、だ」


チリは言葉を止めてアースリー、そして、クオンとマルネスを順に見た


「アーの字をしばらく貸してくれ。ちょうど助手が欲しいと思ってたところだ。後、クの字とマルの字・・・2人には頼みたい事がある」


「アースリー?」


「是非お願いしたいです!・・・ジールを解剖しなければ!」


「しないと約束しよう」


「で?俺らに頼みというのは?」


「お前ら・・・子を育てて見ないか?──────」




チリの突然の発言の後、マルネスが暴走。研究の為ならば仕方ないといきなり脱ぎ出してクオンからたっぷりとお叱りを受けた


チリは実験としてジールのような曖昧な器を創るという。その器に外見を付け、クオンとマルネスと共に行動させて経験させる・・・それがチリの言う子育て発言の真意だった


最初は難色を示していたクオンとマルネスだったが、チリの『どうせいずれ本当の子育てをしないといけないだろ?練習と思ってたやってみろ』の発言でマルネスが乗り気になり、その後外見をどうするか決めた後にアースリーをチリの所に置いてクオンとマルネスは地上へと出て来た


一旦クオンの家に戻ろうと街中を歩いているとクオンが難しい顔をして考え込む


「ゴーレムか・・・」


「どうした?嫌か?」


「嫌と言うより・・・気が進まないのが本音だ。黒丸はもしジールが切り刻まれそうになったらどうする?」


「無論、助ける」


「だろ?アースリーの育てているゴーレムにすら情が湧く・・・もし自分が育てたゴーレムなら?」


「ヤバいのう・・・メロメロになりそうだ」


「メロメロって・・・守るものが増える・・・それに応じて俺が強くなれば良いのだが・・・」


「守るものが増えれば、その分他のものが手薄になるか・・・安心せい!妾も共に守ろう!2人で立派に育てるのだ!我らの子を!」


「おまっ!・・・その発言をこんな街中でしたら・・・」


クオンの予想通り街ゆく人がマルネスの言葉に反応しジロジロとクオンを見つめていた。クオンとマルネスはシントのが誰もが知ってる有名人。当然マルネスが魔族である事も知っている。しかし、魔族の生態やマルネスの実年齢まで知るものは少なく、知らないものから見たらどう見ても幼女を孕ませた変態野郎となってしまう


ここで声を大にしてマルネスの事を説明する訳にもいかず、クオンは肩を落として家路へ急いだ

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