1章 6 領主からの依頼後編
セガスの街に足を踏み入れた男2人
1人は感情もなくただひたすら歩き、もう1人の男は初めて来る街に興奮し、キョロキョロしていた
「なあ、ツーさん!ここに魔族が居るんだろ!?楽しみだなー、前の奴は噂程じゃなかったから、強いと良いなー」
「・・・エリオット・・・お前が殺すのは魔族じゃない。魔族を従属させてる奴だ」
「分かってるよ!でも、従属させてるって事は魔族と戦うって事じゃん!ふふふ、腕が鳴るなー」
「・・・」
エリオットの言葉には返事せず、ひたすら屋敷を目指して歩くツー。男爵家現家長であり、領主でもあるツーに誰も近寄らず、周囲の者達はただ通り過ぎるのを待つばかりだった
前領主であったワンは気さくに住民と接しており、人望も厚く冒険者では手に負えない魔物を率先して倒してくれていた
しかし、ワンが亡くなり、ツーに領主が変わってからはまるで街に降りてこず、接する機会もなければ魔物が出ても素知らぬふり。家長代理であるフォーが裏で手を回し何とか別の街から冒険者を呼び寄せ討伐する事も少なくなかった
冒険者となったエイトも陰ながらフォーを手伝い、何とか街は難を逃れてきたのだが、何もしない領主に好き好んで接しようとするものはおらず、ただただ通り過ぎるのを待っているのが現状である
そういった事を気にする様子もなく屋敷に向かうと待ちかねたように見たことも無い男が1人庭の中央に座していた
それでも気にする様子もなく進もうとするツーの肩をエリオットが掴み、その歩みを停止させる
「ツーさん・・・多分アレだ」
ニヤリと笑いながらツーを押し退け前に出るエリオット。剣を抜き構えると目の前の男に名乗りをあげる
「俺の名前はエリオット・ナルシス!なあ、お前が魔族を従属させてるんだろ!?」
エリオットは相手の返事も聞かずに駆け寄り、挨拶代わりに剣を一閃する。男は無言で飛び退き躱すが、その胸元に3本の線が入り、そこから血が滴る
「クオン!」
庭の木の陰に隠れていたマーナが叫ぶ。中央に座していたのはクオン。腰には風斬り丸を差しているが、マルネスは差してはいない。それもそのはず当のマルネスは今叫んだマーナの手の中にあった。封印の布を巻かれて
「本当に大丈夫なのか・・・相手は僕でも知ってるAランク冒険者だぞ?」
マーナと同じく木の陰に隠れていたレンドが言うと、その後ろにいたフォーが首を振り、口を開く
「クオンさんを信じましょう・・・それしか・・・」
時は少し遡る────
屋敷にて現家長のツーの境遇を聞いたクオン達はフォーに逃げろと頼まれた。しかし、実際のフォーの気持ちは兄を助けて欲しいと願っており、それをマルネスに見透かされて言葉を失う
そして、兄が今しようとしている事を告げる
それはクオンを殺す為に隣街に来ているAランク冒険者を雇う事
≪それがどうした?クオンの命を狙う身の程知らずなんぞ妾が・・・≫
「Aランク冒険者は化け物揃いです。たとえ魔族のあなたでも・・・」
Aランク冒険者・・・実力だけではなく経験も積んだ者のみが到達出来る冒険者の極み。AAランクが特殊なだけに事実上Aランクが最高位となっている
「そんな・・・Aランク冒険者なんて・・・」
レンドは肩を落とし、マーナが絶句する。女王アントとの戦いを見てもなお、クオン達に勝ち目がないと思わせるほどAランク冒険者とは憧れであると同時に手の届かない存在であった
「クオンさん!フォーさんの言う通り逃げましょう!宿屋なんていずれ僕が稼いで別の街にでも建ててみせます!」
「そうよ、クオン!あなたが強いのは知ってるけど・・・Aランクは・・・Aランクだけとは争ってはダメ!」
≪ほう・・・こヤツらが必死になるほどの者か。どれ、妾が少し遊んでやるかのう≫
「お前はダメだ、黒丸。加減を知らないから下手すると殺してしまう。お前は俺が処刑されるのが望みか?」
≪なっ!?命を狙った者を撃退してもダメなのか?≫
「領主が雇った冒険者を殺してしまっては言い逃れは出来ない。今やらないといけないのは、来たる冒険者を殺さずに、フォーの兄であるツーに技を使わせるってところかな」
「クオンさん!?」
≪うへぇ・・・無理だ≫
フォーがクオンの言葉に驚きの声を上げるが、クオンは気にせず淡々と話を進める
「だろ?それに黒丸・・・お前昨日から顕現し過ぎで魔力切れ近くないか?夜出ずっぱりだったろ?」
≪それはクオンが寝かせてくれないから!≫
寝かせてくれないから・・・寝かせてくれないから・・・マーナの頭の中でリフレインするその言葉は瞬時に妄想を掻き立て、甘い夜を想像する
「お前が抵抗するからだ。そのまま寝てればいいものを」
≪ちょっとくらい良いではないか!それをクオンが拒むから・・・≫
マーナの加速していた妄想が『?』に変わる。寝かせないように何かをしようとしたクオンに、抵抗するマルネス・・・それを拒むクオン???
「な、なかなか難解な関係みたいだね、お二人は。でも魔族のあなたが戦えないのでしたら尚更・・・」
≪クオンを甘く見るな。人もどきに後れを取るなどありえん≫
「もどき?この場合はごときと言うのでは?」
≪ん?ああ、こちらでは人間か。まあ、人でも人間でもクオンが後れを取る道理はない≫
再び頭の中が『?』でいっぱいになるマーナ。その疑問は解消されることなく話は進んでいく。マーナの頭の中はさっきの昨日の夜の話でいっぱいだったので、新たに追加された些細な言葉遊びなどさしたる疑問ではなかった
結局、クオンは3人の忠告を聞かずにAランク冒険者と相対する事になった。マルネスはクオンの指摘通り魔力切れ間近だったのか木刀になり、ご丁寧に封印の布を巻かれてマーナに手渡される
今日の夕方にもツーは冒険者を引き連れて戻ってくるとフォーが言うと、戦う場所を屋敷の中庭に選び待ち構えていた
そして現在────
「ねえ?ビックリした?躱したと思ったら食らっててビックリした?ねえ?ねえ?」
執拗に質問しながら剣を振るうエリオット。クオンは風斬り丸を抜き、剣を受けるが飛んでくる斬撃に身体は切り刻まれる
マーナはその光景を見て持っている木刀を強く握り締めた時、木刀は微かに振動した
「クロフィード様?」
気のせいかと思い、じっと木刀を見るとやはり振動している。確か木刀の状態でも声は聞こえていると言っていたクオンの言葉を思い出し、微かに動く木刀に話しかける
「もしかして出たいのですか?」
その言葉に木刀は大きく動き、肯定を表す。今からでもマルネスが助太刀に行けばクオンは助かるかも知れない・・・そう考えマーナは迷わず封印の布を外した
≪クハー・・・よう外してくれた。木刀の状態だと声は聞こえど目は見えぬ。特に離れていては何がなんやら・・・で、アレがエーランクって奴か≫
「ええ・・・クオンは手も足も出ず・・・」
≪手も足も?・・・ククク・・・無知とは悲しいのう≫
「あの状況を見て何を・・・」
≪ふん・・・知らぬなら黙って見ておれ。クオンをな≫
剣の後から来る斬撃を何とか躱し懐に入ろうとするも、エリオットの剣がそれを阻む。剣を意識すれば後から来る斬撃が、斬撃を意識すれば剣がクオンに襲いかかる
「ハハ!粘るね!僕のギフト『追撃』はどうだい?」
「・・・邪魔だな」
「だろ?僕も僕が相手だったらって考えると嫌になるよ。なんてったって剣の後から追撃が来るんだからね!躱しても躱しても・・・嫌だよね?痛いよね?だから早く魔族出してよ!お前はつまんないよ」
「丁寧に技の説明してくれるんだな」
「別にー、分かったところで躱せないでしょ?だからさー、早く出してよ魔族!ねえ?早くしないと・・・細切れにしちゃうよ?」
言葉を続けながらエリオットの攻撃は激しさを増す。それでもクオンは何とか防ぐが・・・
≪シントにある人の世と魔の世を繋ぐ通路・・・≫
エリオットは剣を振るのを止め、剣先をクオンに向けて構えると突きを繰り出す。その周りには無数の斬撃が群れをなして飛んでくる
≪そこに魔族の侵入を防ぎ、人の世を護るものがいる・・・≫
受けきれないと判断したクオンは飛び退くが斬撃は消える事なくクオンに向かって飛んで来ていた
「なに?」
「ごめんねー?ギフト名間違えちゃった。本当のギフトは『飛翔剣』追撃じゃなくて、魔力を剣の形にして飛ばす事が出来るんだ・・・サヨナラ・・・さっさと魔族を出さないからだよ」
飛び退いて着地したクオンに無数の斬撃が襲いかかる。再度飛び退く暇はなく、剣の形をした無数の魔力の塊がクオンに突き刺さった────かのように見えた
≪最強の番犬・・・クオン・ケルベロス。我らは畏敬の念を込めて彼をこう呼ぶ・・・≫
「はっはー!残念残念!その状態じゃあー、魔族は呼べない・・・え?」
「呼ぶ必要ないしな」
「な、なんでだよ?なんで無傷なんだよ!お前何者だよ!?」
≪・・・『拒むもの』と≫
クオンは手で服を叩くと先程まで動き回って付いた土埃が宙に舞う。そしてゆっくりと歩きエリオットに近付く。その目はいつもの糸目ではなく、片目だけしっかりと開けエリオットを見据えていた
エリオットは混乱しながらも必死に現在の状況を整理した
ギフト『飛翔剣』は止められ、相手は無傷。そうなると考えられるギフトは防御系かレアな消失系。防御系ならばそれを上回る攻撃を。消失系なら魔力の消費量が高い為、連続して攻撃していればいずれは魔力が底を尽きる
エリオットは再び飛翔剣をクオンに向けて放つとクオンの目の前で一瞬止まり、跡形もなく消え去った
それを見てエリオットは確信する
クオンのギフトは防御系だと。恐らくは『盾』。魔力を障壁に変え、敵の攻撃を防ぐ盾を創り出す
エリオットが知る冒険者の中にも『盾』持ちは何人かいた。そして、弱点も熟知していた。『盾』の強度は魔力に依存する。魔力が少なくなれば『盾』の強度も弱まり破壊しやすくなる。ならばとエリオットは飛翔剣を向かい来るクオンに休む暇なく撃ち始めた
「最初から『盾』を出さなかったのは魔力切れを恐れたからだろ?強度が弱まり割れるのが怖かったんだろ?なあ?なあ?」
優位性を取り戻し、エリオットは邪悪な笑みを浮かべ攻撃を続けていた。それを見てマルネスはヤレヤレとため息をつく
≪んな訳ないだろうに。シールドなら可視化するのにそんな事も知らんのか?お主らが恐れるエーランクとはあの程度か≫
「あの程度って・・・エリオットは魔族も数人殺してる高名なAランク冒険者ですよ?」
≪魔族ね・・・まあ良いわ。あやつがクオンの敵ではない。それだけは揺るぎない事実だからのう・・・それにしても危ういな≫
マルネスはクオンとエリオットの勝敗はもはや決したと興味をなくし、エリオットの後方で戦況を見つめるツーを見て呟いた。その言葉は未だ戦闘が続く2人を見つめているレンド達3人の耳には届くことはなかった
「くそっ!くそっ!壊れろよ!さっさと壊れろよ!!」
近付いてくるクオンに対して幾度となく飛翔剣を放つエリオット。しかし、その斬撃はクオンに届くことはなく、徐々に焦りを感じ始めた
間合いを詰められ打開策を見出そうとするエリオットが周囲に目を向けると、そこには自分よりも格下らしき者達がこちらを見ているのに気付く
屋敷の使用人ではない、貴族ではない、恐らくは冒険者・・・そして、この場所にいると言う事は・・・
「バハッ!見っーけ!」
クオンに対して直接的な打開策が見つけられずエリオットの取った行動は人質。弱そうな者を人質に取り、クオンの『盾』を解除させ一方的に痛めつける。手に入れた好機に興奮しヨダレを垂らしながら猛然とレンド達に突っ込んで行く
近付くエリオットに対してマルネスが無言でレンド達の前に出た
エリオットは気にもかけていなかった小さな、そして、この場に似つかわしくない格好をした幼女に狙いを定め突進する
冷静な時のエリオットならば気付いていたかも知れない
年端もいかない幼女が下着姿のような格好で余裕のある表情をしてAランク冒険者であるエリオットの前に立ちはだかるのがどれほど異質な状態か
そして、その異質さが今回のターゲットが魔族を従属させている事に繋がっていたかもしれない
後ろの方でクオンが「殺すな!」と叫ぶ声が聞こえた。当然それはエリオットに向けられた言葉と解釈する。もちろん人質を殺しては意味が無い。その言葉を無視していざマルネスを捕まえようとした時にやっと気付いた。クオンの言葉は自分に向けられたのではなく、目の前の幼女に向けられたのだと
幼女の腕が変質し、腕に模様が浮かぶ。禍々しい力を感じたエリオットが足を止めようとするが時すでに遅く満面の笑みを浮かべたマルネスがエリオットの懐に入り込む
≪それはこやつの鍛え方次第だな≫
鳩尾に一撃・・・マルネスの拳はめり込み、エリオットの体はくの字に曲がる。悶絶するまでもなく白目を向き口から泡を吹きマルネスが拳を引くと地面に倒れ込む
≪ほう、さすがエーランク。手加減した拳では貫けんか≫
貫く気だったんかい!とレンド達が突っ込んでいる間に、クオンは抑揚のない表情で戦況を見つめていたツーに歩み寄る
「死んじゃいないと思うが・・・どうする、お前は?」
「・・・お前?下賎の者がこのダルシン家家長の私に『お前』だと?」
「なんだ、話せるのか。暴走して声帯が焼けてしまって声が出ないのではと心配したぞ。お前の母親のように」
「・・・」
「え?・・・クオンさん?」
向き合う2人に急ぎ駆けつけて来たフォーがクオンの言葉を聞いて耳を疑う。暴走のせいで母を亡くしてしまった者に対する言葉とは思えない・・・あまりにも非情な言葉に
「美談だよな。息子の暴走を庇い、悲鳴を上げずに部屋から出て部屋から遠ざかり息絶える。息子に嫌疑がかからないように。本当に頭が下がるよ」
「クオンさん!!」
「それから10年経ってまた暴走・・・今度は妊娠中の妻を腹の子ごと焼き殺し、無実の父をもその手にかけるか・・・恐ろしいな、暴走って」
「このっ!」
フォーはクオンの言葉に逆上し殴りかかるが、その拳は何も無い空間に阻まれ届かない。言われた本人は特に逆上することなく窪んだ眼窩の奥からクオンを見つめていた
「クオン!それは・・・それはあまりにも・・・」
レンドがフォーを羽交い締めにして止め、マーナはクオンの言葉に文句を言おうとするが、クオンはマーナの目を見ると任せておけと微笑む。そして、再度ツーと向き合い核心に迫る
「随分都合のいい暴走だ。それに正確に人体だけを狙うのにも脱帽する。本来暴走は魔力が溢れ、何かのきっかけで能力が本人の意思とは関係なく発動してしまう。それを2回も物の見事に人体にだけ当てるなんて神の領域だな」
「・・・」
「・・・え?」
レンドに羽交い締めにされて暴れていたフォーがクオンの言葉を聞いて固まる
「20年前の母親の時、暴走した能力が母親に襲いかかる・・・無くはない話だ。しかし、たまたま入った母親にたまたま暴走した能力がたまたま部屋のどこも燃やさずに母親だけを焼き殺す」
「それは!母が瞬時に兄の部屋を出たから!」
「人を焼き殺すような火力で部屋に全く痕跡が残らないとでも?それにどんなに屈強な者でも突然焼かれたら叫び声くらい上げると思わないか?それが母の美談って形で意図的に隠されてると思わないか?」
「・・・」
「そんな・・・ありえない!兄が・・・兄さんが・・・」
「俺の方がありえないと思ってるから聞きたいんだ。美談の陰に隠された真実ってやつをな」
「・・・気取りやがって・・・何が美談の陰だ・・・全部知ってるんだろ?知ってて言ってるんだろ?そうだよ・・・どいつもこいつも人を見下しやがって・・・何が悪い!?俺はダルシン家の家長ツー・ダルシンだ!」
彼は語り出す。酷く身勝手で醜い言い分を────
ツーは自分が次代の家長になると信じて疑わなかった。ギフト『炎』も発現し、長兄であるがゆえに。しかし、生来の病弱さと三男のエイトに『炎』が発現したことにより周囲の態度が変わったように感じ始めた
それでも皆に明るく優しく接する事により、器が大きく家長は長兄のツーだと皆に思って欲しかった
しかし、あの事件の夜・・・母はツーに宣告する・・・次代の家長はエイトにすると
母がどんな顔をして言ったのか分からない。涙が溢れ目が見えなかったから。そして、凶行に────
喉を焼き、悲鳴を上げさせないようにして苦しむ母を見つめた。もがき苦しむ母の姿を見て、自分の苦しみを代わりに受けてくれてるとさえ思えた
役目を終えた母だったものを廊下に置き、そのまま就寝・・・騒ぎを聞き付け廊下に出ると母だったものが・・・自分の苦しみを代わりに受けてくれたものが転がっていた
父であるワンはすぐに犯人がツーである事に気付いた
ツーの部屋の中央にある真新しい焦げ目がそれを教えてくれたからだ
執事に話し、焦げ目の上に絨毯を敷き、箝口令を敷くことで事件を有耶無耶にする
そこからワンはエイトを鍛え、本格的に家長にしようとするもそれに反発したエイトは冒険者になると出て行った。家長は兄であるツーがするべきだと
その後、ツーは結婚し夫人は身篭り順風満帆な生活を送っていた
しかし、ある時夫人がツーを責め立てる
ツーを家長にする気は無いとワンが言っていたと
家長になる男と結婚して、自分の子供がこのダルシン家を継ぐと思ってたのにと
なじられ、怒りに支配されたツーは夫人を焼き殺し、全ての罪を父に・・・自分を家長に選ばない父をも手にかけた
そのままツーは家長に治まり、都合のいいように話を改変した
「なあ・・・信じられないだろ?父や母は俺が家長に相応しくないと言いやがった・・・長兄であり、『炎』の発現者であるこの俺をだ!分かるだろ?フォー!なあ、分かるだろ?」
「・・・兄さん・・・」
「病弱な身体だって克服出来た!ほら、見ろよ?健康そのものだろ!?あの2人は見る目がないんだ・・・あんな低脳のエイトを家長になんて・・・いや、エイトの事は愛してるよ?俺の為に屋敷を出て行く兄想いの弟だ。・・・フォー、お前もだ。俺をいつも支えてくれる・・・悪いのはあの2人だ!」
病的に痩せている身体を見せて健康体と言い張るツー。フォーは目を瞑り、下を向いて震えていた。見るに堪えない兄に対する憐れみと父と母の真相に気付けなかった自分への怒りで
「・・・兄さんを前家長殺しの罪で拘束する・・・」
「はあああ?・・・そうか・・・フォーもそうだったのか!?家長の座を狙い、俺を陥れようと・・・あー、なるほど・・・そいつらも俺を殺そうとしてお前が雇った暗殺者か・・・クソが・・・クソがぁぁぁ!」
ヨダレをまき散らしながら叫ぶツー。そのツーの前にいつの間にかマルネスが呆れ顔で立っていた
「な・・・なんだ、貴様!・・・いいだろう・・・手始めに貴様から・・・」
≪終わってるのう。病弱ではなく病的なのではないか?被害妄想の凄まじさは我らも裸足で逃げ出すぞ?こやつからはなんの匂いもしない・・・ただただ無臭・・・なんの意味もない、なんの価値もない骸が人の皮を被ってるだけ・・・屋敷の中で王を気取りたいだけの小さき男・・・こんなにも人の世は広大で、こんなにも光に満ちているのに・・・貴様など存在する価値もない!妾の前から消えよ!黒芒陣≫
マルネスが魔法を発動するとツーの足元に魔法陣が浮かび上がる。そして、天空より黒い光が注ぎ、ツーを飲み込まんとする
「なんだこれ・・・なんだ・・・ふざけるな!俺はダルシン家家長!ツー・ダルシンだぞ!!」
≪妾はクロフィード・マルネスだ・・・ツー・ダルシンよ、ごきげんようさようなら≫
「ふざ・・・」
ツーが手を伸ばしマルネスに掴みかかろうとするが黒い光の柱は色濃くなり、激しい音を立てて消え去った。いつの間にか地面に描かれた魔法陣も消え、ツーの姿は跡形もなく消え去る
「兄・・・さん・・・僕は・・・拘束すると言ったんだ・・・なんで・・・なんで殺すんだ!」
≪はん!掃除を頼んだのはお主だろうて。ゴミを消去して何が悪い?≫
「何を・・・魔族の分際で・・・」
≪ほーう・・・って、おい!≫
フォーに詰め寄ろうとしたマルネスの前にクオンが立ち塞がる。クオンは微笑みマルネスの頭に手を置くとフォーに向き直った
「魔族の分際で・・・なんだ?」
「あ・・・いや・・・」
「ちなみにさっきの『黒芒陣』は相手を拘束する魔法。お前の兄は生きてるよ」
「え?・・・あ、そうなのか・・・そう、なのだな・・・」
「・・・黒丸は確かに魔族だ。だが、魔族って言葉で1括りにしないでくれ。どうせなら、『黒丸の分際で』と言ってくれ」
≪・・・おい≫
「黒丸は俺に不利益な事はしない。相手がたとえ暴走して殺そうとしてきても冷静に捕縛する事が出来る・・・って事が証明されたな?フォー家長代理殿?」
「・・・ハア、そうですね。Aランク冒険者を殺すことなく無力化し、暴走した兄を殺すことなく捕縛する魔族、クロフィード・マルネスさんのことは広く喧伝しておきましょう」
≪おい、置いてくな・・・おい≫
クオンとフォーが対峙し見つめ合い、その間で2人を交互に見上げながら相手にないマルネスが不服そうな声を上げる。その光景を見ていたレンドとマーナは、自分達が踏み入れてはいけない領域に少し踏み入れてしまった感覚に陥り、苦笑いし眺めていることしか出来ない────
こうしてダルシン家家長代理のフォーからの依頼『屋敷の掃除』は幕を閉じた
後日、フォーからの招待で再び屋敷に赴くと応接間に通された。中に入ると笑顔のフォーと不機嫌そうなエイトが並んで座っており、フォーに案内されるまま4人は2人の対面に座る
「まずは先日はありがとう。あの後、兄からとエイトからも話を聞いて、ようやく真実が見えてきた」
ツーは犯罪者に使用する封印の足枷を付けられ屋敷にある独房に入れられている。対面的には体調不良によりフォーが家長代理として領主の仕事をする事となった
フォーが真実が見えてきたと言ったのには理由がある
ツーが言っていた母親から『家長はエイトに継がせる』という言葉とツーの夫人が父親から聞いた同じ言葉・・・その言葉の前後にはツーを思いやる言葉が付いていたのだ
20年前の夜、母親はツーの部屋を訪ねツーに告げた時、彼女はこう話したという
『今のままでは家長はエイトに継がせるしかない。あなたは人を見下している。もっと人に目を、街に目を向けなさい。家族や貴族以外を・・人を人として見ないあなたの行動と言動は目に余りますよ』
これは常日頃、前家長夫婦が執事に漏らしていた言葉。屋敷の使用人達に対する態度は横柄で傲慢。笑顔で使用人達を奴隷のように扱っていた。街にほとんど出ず、そのような態度を続けるツーを見かねて母親はツーに告げたのだ
しかし、ツーの頭の中で1つのフレーズだけが響き渡る。それが『家長はエイトに継がせる』
前後の言葉を無視して、その言葉だけを読み取り、理解し、凶行に至る
「本来ならその後に兄のケアを父がするべきだった。だが、父は母を殺した兄を遠ざけてしまったのだ。それからの10年・・・僕も知らなかったが・・・」
フォーはチラリとエイトを見ると、エイトは面倒臭そうに頭をかいてから口を開く
「ちっ・・・結局親父は逃げちまったんだよ。ツー兄の精神的脆さを克服する事からな。だから、共に行動する事や話す事すら避け始めた。ギフトが必要な魔物の討伐には俺を連れて行き、領主の仕事はフォー兄に教えて・・・俺達にはカッコつけて『兄を支えてくれ』なんて言ってたけど、結局は逃げてたのさ・・・ツー兄からな・・・ちっ」
舌打ちで話し始め舌打ちで話を締めるエイトを無表情で見つめるマルネス。その顔が恐ろしくなり、エイトは顔を背けた。エイトの内心は魔族超怖いで満たされる
「そして、母の死より10年後・・・兄の妻と父の会話にも食い違いがあったみたいだね・・・父の中では僕とエイトが兄をサポートしてダルシン家を守るつもりだった。だが、エイトが出て行ってしまい、残った僕だけでは不安だったのか、夫人の『いつ継がせるのか?』の問いに『このままでは継がせる気は無い』と答えたらしい。普段から会話しておけばこんな些細な食い違い・・・気付くだろうに・・・」
「・・・これから・・・どうするつもりだ?」
「独房からは出す事は出来ないが・・・会話をしていくよ。30年分の会話だ・・・どれだけかかるか分からないけどね」
「お、俺もツー兄と話す!同じギフトだし!」
「ああ。たった3人の家族だ。いっぱい・・・いっぱい話そうじゃないか」
フォーはエイトに微笑みかける。それを受け、エイトは照れ隠しで頬を掻き、目の前の4人の目線に気付いて顔を真っ赤にした
「あのAランクは?」
「ああ。今日はその事で話しておきたかった。彼はあの後いつの間にか消えていた。意識が戻り立ち去っただけ・・・と考えるのは少々虫が良すぎると思ってな」
「依頼を受けてやられて心が折れるほど繊細じゃないって事か」
「Aランクにまで上り詰めたのだ、プライドも高いだろう。クオン・・・気を付けてくれ」
「負けそうになったら人質を取ろうとするような奴だ・・・何をするか分からないな。消しとくべきだったか・・・」
部屋の窓から外を見て、どこかに居るであろうエリオットに思いを馳せる。厄介な事にならなければ良いが・・・と