3章 8 晩餐会②
マルネスは共にいる時間が長くなると次第にクオンに気を使うようになっており、最初は煩わしそうにしていた食料の調達も今は笑顔すら見せて行っていた
何の心境の変化だとクオンは訝しむが、マルネスとしては単純に日頃の鬱憤がだいぶ晴れてきただけであり、本来の性格は面倒見が良い方であった
≪クオンよ、喉は乾いてはおらぬか?水なら腐るほどあるぞ?ほれほれ≫
水は魔法でいくらでも供給できる為、目下の心配事は食料・・・魔獣も魔族が近寄ると必死で逃げるので狩るのは一苦労だった。視界に入りさえすれば猛スピードで追いかけて瞬時に狩ることも出来るのだが、魔獣とて狩られたくはない・・・魔力を使って走るマルネスの視界に入る前に何とか身を隠したり逃げたりしており、狩りの方は難航していた
「腹減った・・・果物が食べたい・・・肉はもういい・・・」
≪ワガママだのう・・・そんな事では大きくなれんぞ?≫
「逆!食生活が偏った方がダメだって母さんが言ってた!野菜とか魚とか・・・ないの?」
≪魚?野菜?・・・元々食を取らんからな。どんな物かすら分からぬ・・・必要か?≫
「多分・・・なんか身体が求めてるし」
≪曖昧だのう。見かけたら言うが良い。取ってきてやろう≫
「・・・それよりもマルネス、いつになったら『白』に会えるんだ?もう随分魔の世に来て経ってると思うけど・・・」
明確な日にちは分からないが、クオンの感覚からして相当な日数は経っているように感じていた。眠った回数で言うと数百回はゆうに超えていた
≪それがのう・・・どうもおかしいのだ。近付いたと思ったら離れて行く・・・≫
「それ逃げられてるんじゃ・・・」
≪・・・おかしいのう・・・≫
ガクリと肩を落とすクオン。どうやら本気で逃げられている事に気付いていない様子のマルネスにため息をつくが、クオンとしてもマルネス頼りのこの旅で解決策など思い浮かぶ訳もなくひたすらマルネスと共に移動し続けた
最近はマルネスに背負われる事無く共に移動することも増えた。クオンの魔力の扱いが上手くなったのもあるが、マルネスが速度を調整してくれている事が大きい。しかし・・・
「マルネス・・・丸見えだぞ?」
≪くっ!ならばクオンが先に行けば良い!どうせ見たいから後ろに付いているのであろう!≫
「場所知ってるのマルネスだからだろ?」
こんなやり取りを続けている内に自然と互いの名を呼び合う仲になっていた
クオンは人の世での経験を楽しげに、時に寂しげに話し、それをマルネスが聞く。その中にはレイナとの出会いや如何に素晴らしい人かなどもマルネスに聞かせていた
しかし、度重なる魔族の襲撃に慣れない土地での長期間の生活。常人ならとっくに精神がやられてしまう環境に耐えていたクオンにも限界が近付く
言葉数は少なくなり、食欲もなくなってきた
『白』に会うという目標だけが心の支えであったが、心と身体は別物・・・日に日にやつれていくクオンを見てマルネスは決意を固める
次に襲撃があった際に中止を求めようと
魔族の襲撃が収まれば幾分気持ちも楽になるはず・・・そう考えての決意ではあったが、事態は最悪な方に転がった
≪何のつもりだ・・・ファスト≫
≪せっかくの晩餐会・・・私にも参加させて下さい≫
≪それを聞いているのだ!今更になってなぜ参加する!≫
マルネスの前には数百体の魔族。その中の見慣れぬ魔族がファストを名乗りマルネスと会話していた
クオンが前に見たファストと違うと指摘するとマルネスは状況を説明する
≪ファストの魔技は『操』。彼奴は全てのものを操る。今まで襲って来た魔族は彼奴に操られていた。だが、それは誘導に近く、もっと強力に操っているものを乗っ取り操作する事も可能だ。前者が洗脳だとすれば後者は支配という訳だ≫
「う、うん」
≪・・・まあ良い。これまでの散漫な攻撃とは訳が違うぞ・・・彼奴が直接操るとしたら・・・妾にも攻撃が来る・・・つまり分断される可能性が高い!決して妾から離れるな!≫
マルネスがクオンを庇うようにして魔族達と対峙する。いつもなら全ての魔族がクオン目掛けて単調な攻撃をしてくるだけで、マルネスがそれを撃退する流れ作業。それが今回はまるで違い、陣形を組み、前後左右に分断するとファストの依り代の指示を待つ
マルネスの言っている事の半分も理解出来なかったクオンにも、今までと違う事が分かり、緊張し額から汗が滲み出る。その汗が頬を伝い、顎に溜まると一雫となり地面に落ちた
まるでそれが合図になったかのように四方から襲いかかって来る魔族達。マルネスは黒い玉を幾つも放ち応戦するも数が多すぎて何体かはすり抜けて襲って来た
≪雑魚共が!≫
マルネスの両腕が変質し鱗のような模様を刻むと爪が伸びる。その爪で来る魔族を切り刻むが、同時に倒せるのは限界があり、クオンへと何体か向かって行った
「う、動くのを『拒む』!」
≪ちっ!≫
クオンが迫り来る魔族に向けて叫ぶが魔族は一向に止まる気配はなく、マルネスがクオンの頭を抑え腕を薙ぎ払った
すると土が隆起し魔族達の目の前を塞ぐ・・・が、それを破壊し更に突進してくる魔族達。待ち構えてたマルネスが一閃し魔族達を切り刻む
≪クオン!『拒む』のではなく、『禁じ』ろ!魔技は言葉の強さにより変化する!≫
「わ、分かった!」
マルネスの言葉に強く頷くと拳を握り締めるクオン。マルネスの様子から余裕がないのが分かり、自分も役に立たねばと奮起する
≪やはり気付いていたのですね・・・遊んだ後は自分のものにしようとでも?≫
≪お前と一緒にするな!アモンの遺志を蔑ろにするお前とな!≫
≪相変わらずアモン、アモン、アモン・・・何がそこまでそうさせるのです?無様に天使に殺された奴の事などどうでもいいでしょう≫
≪お前が・・・お前がアモンを語るな!!≫
マルネスは激昴しファストの依り代へと向かって行く。するとそれを待っていたかのようにファストの依り代はマルネスを無視して腕を上げた
それを合図に残った魔族達が一斉にクオンの元へと殺到・・・それに気付いたマルネスがすぐに足を止め振り返るがクオンとの距離はかなり離れてしまっている
≪こ・・・くそっ、クオン!!≫
一瞬技を放とうとするがクオンにも当たると判断、技を放つのを止めて歯軋りをするとクオンの元へと急ぎ戻る
クオンは先程と違いマルネスが近くに居ないのと『拒む』のではなく『禁じ』ろと言われたことに対しての混乱が行動を遅らせていた。無表情で迫り来る魔族達・・・どの魔族も身体を変質させてクオンの命を奪おうとしている
恐怖が押し寄せる
齢8年の少年は自分が守られていた事を知る
父と母に・・・レイナに・・・マルネスに
近い歳のものには負けない自信があった。近隣の魔物すら圧倒した。自分はなんでも出来ると思った・・・レイナを生き返らせることさえ
挫けなかった心が挫け、身体が言うことを聞かず、膝が笑う
周囲の音が聞こえなくなり、自分の高鳴る鼓動だけが聞こえてきた
よく見れば倍以上の身長がある魔物達。その魔物達一体一体がクオンよりも強いのは火を見るより明らかだった。なぜ自分はここにいるのだろうか・・・そんな見当違いな事が浮かんだ時、衝撃と共に目の前が暗闇に閉ざされた
「あ・・・」
何が起こったのか分からずに目を閉じると自分のではない鼓動を感じる。衝撃も傷付けられたものではなく、何かが自分を包み込んだものだと知った時、クオンは目を開けた
「マルネス!」
≪胸に挟まれて喚くでないわ・・・安心しろ・・・妾がいる≫
クオンを見下ろし微笑むマルネス。しかし、次の瞬間に苦痛に顔を歪め顔を起こした
≪死せ!雑魚共が!≫
マルネスに変質した腕を突き立てていた魔族達を腕を振るい消し去る。しかし、その攻撃は今までに比べて範囲も威力も小さいように感じた
「マルネス!?」
≪ぬかったわ・・・怒りで何をすべきかすっかり忘れておった・・・すまぬ、許せ≫
「何を・・・あっ」
クオンはマルネスが攻撃した際にクオンを抱きしめる腕の力が緩んだ為に少し離れてみるとマルネスの身体中には無数の傷が・・・肉は抉られ、所々に向こう側が見えるくらいの穴が空いている。クオンは自分の身体を確認するが無傷・・・マルネスが全ての攻撃を受けていた
「マルネス!!」
≪先程から近くにおる・・・そう何度も名を呼ぶな・・・まあ呼ばれて心地悪くはないがのう≫
マルネスが片目をつぶりクオンに微笑むと残った魔族達というファストの依り代を睨み付けた
≪ファスト!晩餐会は終わりだ!雑魚共を散らせい!≫
≪・・・極上の料理を前にそれは無いでしょう?独り占めは嫌われますよ?≫
≪カッ、お主に嫌われるなら本望だて・・・ここは引け!さもなくば滅するぞ?≫
≪くっくっ・・・怖い怖い。失敗したらこの城は放棄しなければならなそうだね。君に突撃されたら本当に滅してしまいそうだ。気に入ってたのに残念だよ≫
≪貴様ぁ!ファスト!!≫
≪遠くからディナーを覗く趣味はない・・・彼は持って帰らせて私が頂くとしよう・・・なので退場してもらおうか。君こそが晩餐会に相応しくない≫
ファストの依り代が笑うと生き残っている魔族達が一斉にマルネス目指して突撃してくる
恐らくは元からクオンを害するつもりはなかったのだ。ただマルネスを弱らせる為にクオンを狙ったフリをして守らせ削る・・・まんまと乗せられた事に腹を立てるが、それでもマルネスの中にクオンを守らないという選択枠はなかった
≪クオン!妾の傍に!≫
明らかにマルネスを目指して来る魔族達。傍にいた方が危ないというのは分かっている。しかし、離れている時に万が一クオンが狙われたら・・・次は守り切る自信はマルネスにはなかった
何体か突撃して来た魔族を葬り去るが、今度は距離を置いての魔法攻撃。四方からの多種多様な魔法を黒いドーム型の魔力で弾き返す
魔法のぶつかり合いで視界が塞がれ、今度は地中から魔族が飛び出す。魔技『土潜』という地中を自由に潜る技だが、マルネスはあっさりと踏みつけてその魔族を跳ね除けたが・・・
≪上級も混ぜて来おったか・・・≫
魔技を使える上級魔族は魔族全体の1割に満たない。希少ゆえにファストは惜しんで投入して来ないと踏んでいたが、自分の考えの甘さに歯噛みする
あと何体魔技を持つ上級魔族がいるのか、その魔技はどれほどの威力を持つのか・・・それにより戦況は変わってくる
魔技なしの魔族だけなら持久戦に持って行けば負けることは無いと思っていた。マルネスに攻撃する事はアモンの施した禁忌に触れる。ファストに支配されてるとはいえ、マルネスに攻撃すればそれ相応のダメージが攻撃した魔族に与えられる為、マルネスは攻撃を防ぐだけで実質倒した事と同義になる
だが、魔技を使用され少なからずマルネスがダメージを負ってしまうと持久戦では不利になる可能性が出てきてしまう
≪定期的に君が私の戦力を削っていたのには気付いていましたよ?頑なにアモンの遺志を守って・・・君といいカーラといい・・・どこからその感情が出て来るのですかね?欠陥品もいいとこです≫
≪・・・『白』に愛想尽かされた奴が何を言うか。多方『白』に『共に魔の世を治めよう』とでも言い寄ったのであろう?貴様の野心にはアモンもとうに気付いておったぞ≫
≪愛想尽かされた?馬鹿な事を・・・ならばなぜ未だに魔族を供給してくれるのです?私が『操る』と分かっていながら≫
≪阿呆め。それが奴の役目だろうて。妄言を吐くほど耄碌したか?ファストよ≫
≪・・・君の存在はある程度認めてたんだよ・・・増え続けるものを消すのに必要と思ってね。だが、今はただただ不快だ≫
≪貴様に認められてもちっとも嬉しくないのう。それにアモンが居ない今、必要のないものが居るとしたら誰だかは考えずとも分かるだろうて≫
≪この世に秩序がないのなら、支配するほかありません≫
≪貴様の器でこの世が治まるか?せいぜいあの城規模が限度だろうて。己の器を過信するなよ?ファスト≫
≪・・・話は平行線ですか・・・≫
≪カッカッ・・・平行線とは互いの主張が交わらない時に使う言葉だろうて。貴様の主張が歪過ぎてたまに妾の主張と交わっておるぞ?≫
≪?訳の分からぬことを・・・≫
≪貴様の言う『秩序がないのなら、支配するしかない』というのには若干賛成だのう。しかし、秩序はないのならば作れば良い。それに支配とは力でするものでもない。そこが違うところだがのう≫
≪それのどこが交わっていると言うのです?≫
≪このままではダメだという現状への憂いかのう≫
≪話になりませんね。私はその為に動いている。君みたいに憂いているだけでは無い!≫
≪うむ・・・だがそれも今までの話・・・止まった時が動き出す・・・≫
≪・・・これは失礼しました。話は平行線ではなく、次元が違ったようです。私には君の話が到底理解できそうもありませんし、したいとも思わない。ただただ邪魔な存在に成り果てたのは長い付き合いのあるものとして残念ではありますが・・・無様に散ってください≫
≪カッカッ・・・ここが済んだら震えて待つが良い。『黒』が来るぞーとな≫
ファストの依り代は無言で腕を振り上げると再び魔族達が突撃して来た。だが、予想外のものが予想外の行動を取ったことにより事態は一変する
≪俺が!俺が見つけたんだ!!≫
マルネスの後ろにいるクオンに向かって来るのは、クオンをファストに献上した魔族、ダンク。無表情の他の魔族と違い必死の表情で叫びながらクオンに襲いかかる
マルネスは一瞬ファストの策かと思い依り代を見るが、その依り代の顔もダンクを見て険しい顔をしている為に想定外なのを伺わせた
────支配が解けている
ファストが想定外だとすると、その可能性が高い。そして、支配が解けているという事はアモンの禁忌が有効である事・・・つまり・・・
≪クオン!!≫
ダンクの狙いはクオン
そう判断した瞬間にマルネスはクオンの手を引き、ダンクの前に躍り出た。油断していた訳では無い。しかし、自分が狙われていると思っていた矢先にこうも真っ直ぐにクオンを狙われた事による焦りがマルネスの行動を鈍らせた
ダンクはクオンに当てようとした攻撃がマルネスに当たり、禁忌によるダメージにより気絶する。そのダンクの攻撃により隙が出来た瞬間にファスト支配下の魔族による波状攻撃。クオンを庇って受けた傷口が癒えぬままであり、とうとうマルネスは片膝をつく
顔を歪め、地面に手を付き立ち上がろうとした瞬間、背中の方から気配を感じる。恐らくは背中から核を目掛けて放たれた一撃。躱す暇もないと判断したマルネスは背中に意識を集中して何とか行動を受け止めようとした
腕を変質するように背中を変質させ、来たる衝撃に備えるも一向に衝撃は来ない・・・代わりに肉を突き破る嫌な音が耳に届いた
マルネスがまさかと思い振り返るとそこには小さい背中とその背中を突き破る魔族の腕・・・
≪バカな!!≫
遠くでファストの依り代が叫ぶ
何が『バカな』なのかとマルネスが必死に考えていると小さな背中の主は振り返り、笑顔でこう言った
「お前の・・・せいじゃない・・・」
その言葉の意味もマルネスには理解出来なかった
小さい背中の主は動かない魔族の腕を抜き去り、傷口を抑えるとファストの依り代に向かって息も絶え絶えに叫ぶ
「お前の・・・『操』を『禁じ』てやる!」
ファストの意識が居城の一室に戻って来た。それはクオンに能力を『禁じ』られたことを意味する
再びあの場所に居る魔族へとパスを繋ごうとするが、それも徒労に終わる。繋がりは完全に絶たれていた
≪デサシス!デサシスはいるか!≫
≪ここに≫
≪今現在で移動を得意とする魔技を持つものは?≫
≪・・・特におりません≫
≪クソっ!≫
ファストは椅子の肘掛に拳を打ち付ける。すると肘掛は砕け、普段は冷静なファストを見ているデサシスは目を見開いた
≪い、如何されたのでしょうか!?≫
≪なんでもない・・・なんでも・・・≫
ファストは背もたれに背中を預け天井を見上げた。あと一歩・・・あと一歩のところでアモンの核をという思いが込み上げると自然と拳を握っていた
≪しばらく城を出るぞ≫
≪はっ?・・・あ、いや、何処へ行かれるのでしょうか?≫
≪行くのではない。逃げるのだ・・・『黒』が来るぞ≫
ファストはあの場があの後どうなるか知る由もない。向かうにしても遠過ぎて、到着した頃にはとっくにマルネスとクオンは居ないだろう。気がかりなのは2つ。1つはクオンの安否。クオンが死んだ場合、体内の核は数日で消滅してしまう。そう考えるとマルネスが自分に取り込む可能性が非常に高かった。もう1つはクオンが生きていた場合のマルネスの報復。あれだけ追い詰めて逃がしたのは誤算であった
戦力を大部分『晩餐会』につぎ込んだファストの手持ちは少ない。戦力を整える為にも今は逃げる事を決断する
来るべき時の為に────




