3章 4 エリオットVSシャンド
レンドとマーナがそれぞれ問題を解決している頃、アースリーは1人街の外に出ていた。セガスの街の東にある森の中、ビックモンキーの影響で魔物も動物も居ない為に安心して土弄りに勤しむ
ここ最近はクオンからの頼みで小さめのゴーレムであるムキグモ君シリーズばかりを創作していた為に、久しぶりに大きめのゴーレムを創りたくなっていた
せっせと土を魔力で操作し思い描いた形に変えていく。だが、モデルがいないためか上手く出来ずに途中で断念し無残にも途中まで出来ていたムキムキマッチョメンは崩れ落ちた
「ダメです・・・想像や絵では立体感が・・・ボムース様・・・」
別れ際にムキムキ度を充分に満喫したはずが、既にその感触は薄れつつあった。項垂れるアースリーをジールがポンポンと肩を叩き慰めるとアースリーはよろめきながらも立ち上がる
「そうです・・・挫けてはいられない・・・頑張るです」
アースリーは再びゴーレムの創作に没頭する。その時のアースリーは気付いていなかった・・・クマのぬいぐるみに土を詰め、核を入れたジールが核に刻んだ以外の行動をしている事に────
宿屋2階の一室にてマルネスは思い悩んでいた
クオンが酔った勢いでマルネスの部屋に来て抱きしめキスをした。マルネスとしては絶頂を迎えた瞬間でもあった。そこからクオンが寝てしまったが、起きるまでの間ずっと寝顔を見て興奮していた。だが、いざクオンが起きると奈落の底に突き落とされる。怒りに任せてクオンをノックアウトするが、それが誤解だったのでホッと胸を撫で下ろす
その後、クオンの口から出た言葉『魔の世に行く』・・・今はその言葉が悩みの原因だった
恐らくアダルトマルネスで迫ればクオンと結ばれる可能性は非常に高い。しかし、結ばれた後に人化を解くことが出来なくなり、クオンとシャンドだけで魔の世に行かすのは嫁として許されることでは無い。かと言って結ばれた後に人化を解き、万が一お腹の子に何かあった場合を考えると・・・マルネスは頭を抱えテーブルにうつ伏した
「あー、妾はどうすれば・・・」
恋敵が多い状況に焦りもある。ジュウベエ、マーナ、ニーナが表明している中、現在はマーナのみしか傍におらずチャンスを逃したくはなかった
シントに帰ってからだと2人になれる時間は更に少なくなる。それが魔の世に行くとなるとマルネスですら死を覚悟しなければならなかった
マルネスがウダウダとしていると部屋のドアがノックされる。クオンかと思い、悩んでたのも忘れてドアまで飛んで勢いよく開けると、そこに居たのはアカネだった
「わっ・・・ちょっと!そんな急に開けないでよ!」
「なんだアカネか・・・何の用だ?飯の時間か?」
「あからさまにガッカリしないでよね!・・・ちょっと相談したい事があるんだけど・・・」
アカネと知りトボトボと戻るマルネスの背中にアカネが話しかけると、マルネスは何かを思い付いたのかクルリと振り返りアカネを部屋へと招き入れた
「して、何の相談だ?クオンならやらぬぞ?」
「頭の中はクオン一色か!・・・魔力についてちょっと・・・」
テーブルを囲み膝を突合せ話す2人。桃色思考のマルネスにツッコミを入れるとラフィスを倒した後からギフトが出せない事を打ち明けた
「ふむ・・・妾はなった事はないからよく分からぬが心の問題だろうのう。契機はなんだ?」
「恐らくはラフィスにトドメを刺した事・・・だと思う」
「なるほどのう・・・好いていたのか?」
「誰が!・・・でも、少なくとも友人とは思ってた・・・」
「ふむ・・・ならばいずれ治るだろうて。気にするほどでもない」
「そんな簡単に・・・シントに到着するまでに治したいんだけど・・・帰ったら多分あるのよね・・・四精将の引き継ぎが」
四精将『火』の娘であり継承者であるアカネ。同年代のフウカは既に継承しており、アカネもそろそろだと考えていた。シントに帰ったタイミングで継承するとなると、『火』の使えない四精将が誕生してしまう
「こればっかりはのう・・・クオンに頼んでシントに行くのを遅らせるか・・・うむ!そうしよう!アカネが元に戻るまでここで・・・」
「ちょ、ちょっと!なんでマルネスがそんなノリノリなのよ!」
「いや・・・実はのう・・・」
今度はマルネスが現在の悩みを吐露する。アカネは最初は真面目に聞いていたが、次第に眉をひそめてジト目でマルネスを見つめていた
「・・・どうでもいいわ」
「なっ!?どうでも良くなかろうが!せっかく精を受けて子を成したとしても、擬態化した身体から元の姿に戻った時・・・果たして子はどうなってしまうのか・・・試す事も出来ずモヤモヤする一方だ!」
「モヤモヤじゃなくて悶々じゃないの?そんなのただ我慢すれば良いだけじゃない」
「阿呆め!邪魔が少なく安全に子作り出来るこの環境を逃すなど愚の骨頂だわい」
「愚の骨頂と言うより性の絶頂ね。そんなのクオンに聞いてみれば?子作りしたいんだけど魔の世に行くの遅らせない?って」
「ど阿呆!そこで引かれたらどうする!?そっちこそラフィスに聞いてみたらどうだ?貴方を殺してから『火』が出ないんだけど?と!」
「生きてたら聞いてやるわよ!」
「おお、だから聞いてこいと・・・あっ」
ヒートアップしていたマルネスが突然不味いという顔をして言葉を止めた。そのマルネスにおかしいと感じたアカネがマルネスを覗き込む
「ねえ・・・何か隠してない?」
「な、何も隠しておらぬぞ!」
じっと見つめ続けるアカネにマルネスは視線を泳がせると急に立ち上がる
「おお、そうだ!少し小腹が空いたので食堂へと・・・」
「ラフィスが生きてる?」
「・・・誰もそんな事は・・・」
「可能性がある・・・そう思える理由がある・・・クオンね」
「あ、いや待て待て!そう急くな!妾は・・・」
「マルネスの知らないクオンの情報・・・これでどう?聞いたら萌えるわよ?」
「ラフィスの最後の時、気になる事があったらしい。それをフウカに確認しておった。その時のクオンの言葉が『カーラの仕業か』という言葉だったので、恐らくはラフィスめをカーラが助けたのかと」
すぐ口を割るマルネスに呆れながらもアカネはラフィスの最後を思い出す。アカネの技『八七岐大蛇』でトドメを刺した・・・しかし、死体は燃え尽きたのか跡形もなく・・・
「まさか・・・『扉』?ラフィスのではなくカーラの?」
クオンが確認したのはフウカ。あの場にいなかったフウカに確認する事と言えばひとつである
「ちょっとクオンの所に行ってくる」
「お、おい・・・妾が言うたと言うなよ!後、クオンの萌話は・・・」
「後で聞かせてあげるわ!じゃ!」
アカネは立ち上がると足早にマルネスの部屋を後にする。残されたマルネスは期待していた話が聞けずにアカネを追うように手を伸ばすが、無情にもバタンと扉は閉められ伸びた手が虚しく宙を漂っていた
アカネはマルネスの部屋を出た後、真っ先にクオンの部屋へと向かう。部屋の前に着くとドアのノブに手をかけて荒々しくドアを開けた
「・・・おい」
「聞きたいことがあるの!素直に答えて!ラフィスは生きてるの?」
突然の来訪者にクオンがベッドの上から文句を言おうとすると、アカネは聞く耳持たずにまくし立てる。クオンは頭を掻きながらベッドから降り立ち上がった
「黒丸か・・・」
「情報の出処なんてどうでもいい!答えて!クオン!」
「・・・恐らくな」
「・・・なんで黙ってたの?」
「確証がない情報をホイホイと流す訳にはいかないだろ?相手が相手だけにな」
「私には・・・言っても良かったんじゃない?」
「アカネに?俺としては知って欲しくない人物の1人だがな」
「なんでよ!」
「ラフィスが生きてる事により復讐に怯える毎日を過ごすか、取り逃した事に責任を持って追いかけるか・・・どちらもあまり好ましくない」
「・・・私は1回刺されてるのよ?警戒するには知らないと・・・」
「俺の近くにいるのならば必要ない。『拒んで』るからな」
「!・・・それでも警戒を怠るのは・・・」
「言ったろ?確証がないって。居もしない影に怯えて神経をすり減らすのも馬鹿らしいだろ?」
「・・・私がラフィスに怯えるとでも?」
「そう噛み付くなよ。知られた以上全て話すさ・・・」
クオンはなぜラフィスが生きてると思っているのか話し始めた
ラフィスの能力である『扉』は行ったことのある場所を繋ぐというもの。そうなるとアカネがラフィスに『八七岐大蛇』を放った時、ラフィスが『扉』を開いて逃げる以外に助かる道はないと思われた。その唯一の逃げ道もクオンが『拒む』事により断たれていたと思われたが・・・
「フウカに聞いたら城付近で澱みが発生していたらしい。ちょうどアカネが技を放ったタイミングくらいでな」
「でも、クオンがラフィスの能力を封じてたとしたら・・・カーラが?でも、そうなるとカーラが城の4階の部屋に訪れた事がある?そんな事って・・・」
「その可能性は低いな。だが、見る事は出来たかもしれない」
「どういう事?」
「ラフィスに刺された時、アイツは部屋に居なかったんだろ?」
「・・・ええ。ナイフを持った腕だけが突然・・・まさか!」
「ああ。ディートグリスに来てから視線を感じる事があった。もしカーラが極小の『扉』を開きこちらを見ていたとしたら・・・」
「ちょっと待ってよ!そうするとカーラとラフィスはどこでも行ける事になるわ!」
アカネはゾクリと寒気を感じ思わず声を上げた。クオンの推測が正しければ『扉』を使う2人は1度『扉』を開き見た範囲に更に『扉』を開く事が出来る。そのままどんどんと進んで行けば魔の世に居ながらでも世界各地に『扉』が開けるようになる事を意味する
「シャンドの『瞬間移動』も見た事がある場所に飛ぶことが出来る。それは現在見えている範囲に飛ぶことが出来ると同じ事・・・現にシャンドがシントへと向かった手段は目に見えた先に『瞬間移動』し続けた事で何よりも早くシントへと辿り着いた。『扉』の能力がそれを使えないとは思えない」
「なら!ディートグリスの人にその事を伝えないと!ラフィスが生きてる可能性はもちろん、ラフィス以外にも王都内に『扉』を開けるものがいると・・・」
「クゼンには伝えてある。確かな情報ではない為に公然とは言えないがな。だから俺らは魔の世に向かい確かめないといけない・・・ラフィスの生死とカーラの目的を」
「カーラの目的?それはラフィスが言っていた・・・」
「お前もピュアか?ディートグリスの政策・・・器のない人を増やすのにどれくらいの月日がかかる?例えそれが長い年月を経て実現したとして人や魔族に害はあると思うか?ラフィスの言ってる事はただカーラの言葉を鵜呑みにしているだけ・・・本筋は別にある」
「そこは言い切るのね・・・」
「ああ。信用してるのさ」
「誰を?」
「俺の力の元となった魔族の従者を」
クオンの力の元・・・原初の八魔にして『禁』のアモン。その従者であった『扉』の使い手カーラ。クオンはそのカーラを信用していると言う。アカネは訳が分からず眉を顰めるとため息をつきながら口を開く
「・・・ハア、そこでなぜ信用してるとか聞きたいところだけど・・・それよりも先にやる事があるわね」
アカネはため息をつくと胸の前で拳を握りしめる。すると拳は炎に包まれ部屋を赤々と照らした
「・・・アカネ・・・お前・・・使えるようになったのか?」
「そうね・・・どうやら怒りで発現したみたい」
「怒り?」
「黙ってコソコソしているクオンともしかしたら生きてるかもしれないラフィスへの怒りよ!」
「そいつは良かった・・・って、おい・・・待て」
「良かないわよ!」
アカネはクオンとの距離を縮め炎を纏った拳を突き出す。的確に顔面を狙ってくるアカネの拳の炎を咄嗟に拒んで消し去り、拳を受け止めるが腹部へ衝撃が走る
「諸手・・・突き?」
「これくらいで勘弁してあげるわ」
右拳を顔面に、左拳を同時に腹部へと突き出していたアカネ。炎を纏うことにより注意を右拳に向けさせて最初から狙いは腹部への攻撃だった。2日連続で腹部への打撃を食らったクオンが顔を歪めるとアカネは踵を返し部屋のドアへと向かう
「勝手に・・・動くなよ?」
クオンが部屋を去ろうとするアカネに釘を刺すとアカネは振り向かずに答えた
「当たり前でしょ?あなたと動いた方がラフィスへの近道・・・私も行くわよ・・・魔の世へ」
アカネはそう言い残し部屋を後にする。クオンは腹部を擦りながらベッドに腰掛けると深いため息をついた
「さて・・・守り切れるか・・・」
アカネの性格をよく知るクオンはたとえ置いて行ったとしても後から必ず着いてくると確信している。しかし、クオンをしても生きる事が困難に思える魔の世でアカネを守りながらカーラ達を探す事が出来るのかと再びため息をつくのであった────
夜も更け、フォーの使いの者からレンドを襲ったと思われる3人組を捕らえたとの報告が入りレンドはフォーの屋敷へと向かった
残った面々は食堂で出された料理を口にしながら今後の事を考えたり、思い思いの行動をとっていた
マーナとアースリーはぬいぐるみのジールと戯れ、アカネとマルネスはクオンを見ながらヒソヒソ話しており、時折マルネスが怪しい笑みをクオンに向けていた
エリオットとシャンドは黙々と食事を口に運び、クオンはこれからの予定に思いを馳せる
〘クオン様ー!定時連絡でーす!〙
突然クオンの頭に鳴り響くレンの甲高い声に眉を顰め、レンからの『レン話』に答える
〘変わりは?〙
〘テンション低いですねー!〙
〘お前が俺のテンションに合わせてくれることを期待して低くしているだけだ。で、変わりは?〙
〘むー、こちらは変わりはありません!フウカ様がガーちゃんの才能の無さに嘆いてるくらいでーす!〙
〘ガー・・・ガトーか。そう簡単に『探知』など習得出来まい・・・気長になって伝えといてくれ。他には?〙
〘伝えときまーす!あと、殿からいつ頃戻るか聞いといてくれって!ラックがしつこく言ってくるので殿がせっついてるんだと思われますー!〙
ラックとはレンの弟でレンと同じ能力を持つ。レンは『レン話』でラックは『ラク話』と使い分けているが、ややこしいので統一しろとよく君主であるシンに言われている
〘なんかあったのか?ダムアイトを出て2日しか経ってないぞ?〙
〘さあ?ちなみにクオン様は今どの辺で?〙
〘セガスの街だ。帰ろうと思えばすぐ帰れるから何かあったら呼んでくれと伝えといてくれ〙
〘え?何それ?・・・あー、『瞬間移動』!分っかりましたー!〙
ブツンと『レン話』が切れるとクオンはこれからの事を再び考え始めた。マーナの事やラフィスとカーラの事を考えると早めにシントに戻り、魔の世へと向かった方が得策という思いはある。魔の世では人の世の10倍の速度で時が進む・・・もしかしたらラフィスは再度攻め込む準備を終え、クオン達がディートグリスを離れるのを虎視眈々と待ち構えているのかもしれない
カーラの『扉』をどこまで拒めているか実際は分かっていない
クオンの『拒む』能力はアモンの魔技である『禁』。直接見て断定的な『禁じる』ならば絶大な能力を発揮するが、今クオンが使っているのは『セガスの街で『扉』を禁じる』という広く浅いもの。ラフィスには通じたとしても上級魔族のカーラには通用するとは思えなかった
まずは自分とマルネス、それにシャンドだけで魔の世へ赴く事も考えたが、既にアカネには知られてしまっているし、関係者となったレンド達を放っておくことも出来ない
クオンが思い悩んでいると、突然エリオットが席を立ち、シャンドに向けて歩き出すと立ち止まり話しかけた
「なあ、あんた・・・魔族なんだろ?立ち合ってくれよ」
「?誰ですか、貴方?」
「だれっ!・・・何日か一緒に居るだろ!?」
シャンドが食後のコーヒーを飲みながらエリオットに答えるとチラリとクオンを見た
「シャンド・・・エリオット・ナルシス、一応Aランク冒険者だ」
「そうですか。そのエリオット様は私に殺さぬ程度に痛ぶって欲しいと?」
「なんであんたが勝つ前提なんだよ!僕だって魔の世に行きたい!その実力があるかどうか・・・この立ち合いで判断しろ!クオン・ケルベロス!」
エリオットは大声をあげるとクオンを見る。その目はどこか焦りのような色が浮かんでおり、クオンは怪訝そうな顔をするがとりあえず率直に答えた
「無理」
「立ち合いで判断しろと言ってるんだ!」
「どうしてそこまで魔の世にこだわる?」
「お前には関係ない!」
「・・・なぜシャンドなんだ?実力を示すなら直接俺でもいいだろ?」
「お前と戦うと歯止めが効かない気がする・・・」
なんだそれはとクオンが呆れているとエリオットの視線が不自然に動く。その視線の先を追ってみるとそこにはアカネと話すマルネスが居た
「お前まさか・・・」
「・・・どうなんだ!お前はコイツの主なんだろ!?戦わせるのか戦わせないのか・・・ハッキリしろ!」
「シャンド?」
「私はどちらでも・・・主の命ずるままに」
「・・・ハア・・・明日の朝、街の外で・・・これでいいか?」
クオンがため息をついて仕方なさそうに言うとエリオットは鼻息荒く、シャンドは平然と答える
「ああ!魔の世に付いてきてくれと言わせてやる!」
「かしこまりました」
何故か急に決まった2人の立ち合い。ちょうど帰って来たレンドが何事かとキョロキョロするが誰も説明することなくその場はお開きとなった。話の尽きないアカネとマルネスを残して・・・
翌朝、街の外の空き地でエリオットとシャンドが対峙し、その周りをクオン達全員が揃い戦いの行く末を見つめていた
特に取り決めなどない立ち合い・・・エリオットは早速魔力の剣を6本出して身体の周囲に浮かせるが、対するシャンドは特に構えることなく屋敷で主人を迎える執事のように佇んでいた
「見せてやる!僕の実力を!」
≪・・・≫
エリオットはまるで警戒すること無く佇むシャンドに歯軋りすると真っ直ぐにシャンドへと駆け出した。すると魔力の剣はエリオットと共に動き出す
「自動?・・・いや、分からないように操作してるのか?」
「多分ね。私と同じように指1本に付き剣1本を操作してるのかも・・・」
クオンの言葉にアカネが答えると、それが正解とでも言うようにエリオットは急に立ち止まり両手を突き出して魔力の剣を操作する
6本の剣は意志を持った生き物のようにシャンドの周りをグルグルと周り、背後に回った1本の剣がシャンドに向けて向きを変え襲いかかる
シャンドがそれを察知し横に動いて躱すと、それを待ってたかのように2本の剣が襲いかかる。シャンドは腕に魔力を込めて2本の剣を振り払った
「くっ!」
音もなく消え去る2本の剣、それを見てエリオットは最初の1本と残りの3本を自らの元へ引き寄せた
≪お終いですか?食後の運動くらいにはなるのではと思っておりましたが・・・≫
「チッ・・・せいぜい今の内にほざいてな!」
エリオットが目を閉じ魔力を手に込めると4本の剣が8本に8本の剣が16本に増えていく。ただ剣というよりは本数が増えていく毎に細くなっていき、ただの棒線のようになる
「正しく『線の剣』だな」
「『千の剣』でしょ」
「うるさい!外野は黙って見てろ!」
クオンとアカネの声が耳に入り思わず怒鳴るとエリオットは両手を上げて全ての剣を一斉に空へと解き放つ
シャンドは空を見上げ魔力の剣の大群を見つめた。取るに足らない魔力で創られたか細い剣。避けるに値しないと判断し、シャンドがため息をついた瞬間にエリオットはニヤリと笑った
「馬鹿め!」
腕を振り下ろすエリオット。その動作に追従するように無数の剣がシャンドに向けて降り注ぐ。シャンドが避けようとせずその場に佇んでいると足元の土が突如として盛り上がり、地面から魔力の剣が飛び出してくる
上空の剣は陽動、本命は気付かれないように地面に潜ませた1本の剣。その剣が上を見上げて隙だらけになっていたシャンドに襲いかかる
≪ムッ!≫
上空から迫り来る魔力の剣とは違い魔力を多めに創られた剣はシャンドの脇腹を掠めた。肉を少し抉られたのか血が吹き出すとシャンドは驚きの表情を浮かべて脇腹を抑えた。その隙を逃さずに降り注ぐ剣の雨・・・為す術なくシャンドはその身で全てを受け尽くす
「どうだ!?殺ったか!?」
「仲間内の立ち合いで殺る気満々かよ」
「私、あの子との立ち合いは遠慮しておくわ」
土煙が舞い姿の見えないシャンド。エリオットは油断すること無く再び魔力の剣を6本創り出すと構える
土煙が晴れ、姿を現したシャンドは脇腹を抑えていた手についた血を眺め不気味に笑う
≪ンフフ・・・まさか主以外の人に傷付けられるとは思いませんでした。しかも同じ脇腹・・・脇が甘いって事ですかね・・・思い出します・・・あの至福の時を────≫
シャンド・ラフポース・・・魔の世にて原初の八魔や強いと噂される魔族と戦う日々を過ごしていたが、人の世との繋がりがシャンドの日々を大きく変えてしまった
人の世に現れた天使にアモンは殺され、そのアモンが遺した禁忌により、シャンドの戦いの日々に終止符が打たれたのだ
その後、何もする気がなくなり、辺境の地で過ごしているとある噂話を耳にする
────人が魔の世にやって来た
シャンドは聞いた瞬間に心躍らせ、すぐさまその地に向かうも人は既に居らず、期待しただけにシャンドの心は深く沈んだ
争いに生を見出していたシャンドの心は乾き、宛もなく彷徨う中で見つけた『扉』。ラフィスもしくはカーラの開いた『扉』はシャンドの戦いの日々を終わらせた因縁の人の世に繋がっていた
シャンドは迷うこと無く『扉』をくぐり、人の世に降り立つ
魔素の薄さを肌で感じ、魔素の濃い方向へと移動した
途中、何やら徒党を組んだ集団を見つけ、小腹が空いたのでつまみ食い・・・その中では一際魔力の高い者の核と服を奪い取るとまた移動を開始する
しばらく空中で『瞬間移動』を繰り返していると懐かしい匂いがした
何かと思い降り立つとそこには小さくなった原初の八魔の一体、マルネスが居たのだ
アモンが死に、七長老と名乗り始めた原初の八魔。その中で人が訪れた時に力を失い七長老の地位を剥奪されたマルネス。そのマルネスが人の世にいるとは思いもよらずシャンドは興奮する
しかし、それよりもシャンドを興奮させたのは魔の世に訪れた張本人であり、後に『晩餐会』と呼ばれた騒ぎの主役、クオン・ケルベロスが居たことだった
当時参加出来なかった事を悔やんでいたシャンドはこれ以上ないくらい興奮し、クオンと対峙する
すぐには殺さない・・・嬲り尽くし、壊れるまで楽しもうと戦い始めるも拍子抜け・・・所詮は人かと次第に気持ちは冷めていく
嬲り尽くす価値もない。さっさと終わらせてマルネスを追おうと全身に魔力を込めた
身体中に魔力が巡り、本来の姿形になるとクオンの首をもぎ取ろうと襲いかかる
それに対してクオンは剣を振るい風魔法で対抗するが、シャンドは風魔法を気にすること無く突っ込み、軽く剣をへし折った
剣をへし折った時のクオンの表情に少し満足したシャンドはクオンの首を掴み持ち上げると苦悶の表情を楽しむ
だが、クオンが両目でシャンドを睨み付けると首を持つ手が勝手に緩み、クオンを逃がしてしまった
≪貴様!・・・何をした!!≫
≪さっきから使ってるだろ?それの強力版だ≫
≪強力版!?ふざけるな!犬っころの分際でこの姿の私に魔技だと!?≫
≪干渉系の魔技は上位のものには効かない・・・か。良かったじゃねえか・・・殺られる前にどちらが上か分かって≫
クオンが微笑むとその身体から黒いモヤが立ち上る。それを見てシャンドが目を見開いた
≪く・・・黒魔法だと!?・・・なんだ・・・なんなんだ!?≫
≪マルネスが俺を助けた・・・つってたよな?そうマルネスは俺を助け黒丸になっちまった。だから、俺がマルネスを守る・・・何がなんでもな≫
先程は知らないような素振りだった。魔の世に紛れ込んだクオンをマルネスが助け、マルネスはそのせいで力を失い七長老を除名された事を・・・。しかし、今目の前にいるクオンは知っていると言う。訳の分からない状況にシャンドは混乱する
≪貴様がマルネス様を助ける?くだらない人風情が?笑わせるな!≫
シャンドは『瞬間移動』を使いクオンの背後に移動すると核があると思われる場所に突きを繰り出した・・・が、その突きは背中に当たる寸前で動きを止めた
≪グッ・・・なぜだ!?≫
未だに背を向けているクオンが何かをしてシャンドの動きを止めているのは理解している。理解はしているのだが、頭の中ではそんなはずはないと否定していた
クオンはゆっくり振り向くとシャンドに手をかざす
≪へぇ・・・『瞬間移動』・・・それがお前の特能か。素早いと思ってたけど、なるほどね。『瞬間移動』を『拒む』≫
≪何を・・・≫
かざされた手から何かの力を感じシャンドが自らの身体を確認する。特に身体には変化はない。しかし、確かにクオンから何かをされた感覚があった
≪お前の『瞬間移動』を『拒んだ』。でだ、ちょっとコッチの力は慣れてないから試させてくれよ≫
≪『瞬間移動』を拒んだ?コッチの力・・・だと?≫
シャンドの頭には追い付かない程の情報が錯綜する。目の前の人であるものが上級魔族であるシャンドの動きを能力で封じ、なおかつシャンドの魔技『瞬間移動』すらも封じた。しかも身体からは『黒魔法』の気配を感じる・・・シャンドは理解の及ばぬ相手、クオン・ケルベロスに畏怖し始めていた
≪ああ。俺の本来の力は『拒むもの』・・・いや、お前が知ってる名で言うと『禁』。で、もうひとつ・・・慣れてない力ってのが『黒』≫
≪はっ?・・・『禁』・・・『禁』だと!?それに『黒』・・・馬鹿な・・・そんな馬鹿な!!≫
アモンの『禁』。それにマルネスの『黒』。原初の八魔の内二体の力を持つと言う目の前の男、クオン・ケルベロスにシャンドは吠える
≪『瞬間移動』は『禁』じた。さあ、殴り合おうぜ≫
クオンが一際魔力を込めると黒いモヤは全身から暴れ狂ったように吹き出す
その様子に一瞬気圧されたシャンドだったが、信じられないと言った気持ちとは裏腹に久しく乾いていた心が潤い始め恐怖は去って行く
≪フハ・・・フハハハハッ!!良いぞ!得体の知れぬ化け物め!この私を・・・満足させてみろ!!≫
考えるのを止めたシャンドは心を無にしてクオンと殴り合う。『黒』を纏った一撃は重く鋭い。負けじとシャンドも魔力を込めて拳を放つが黒いモヤに阻まれ届くことはなかった
しばらく殴り合いは続く
久しく味わえなかった戦いを満喫していたシャンドにクオンは終わりを告げる言葉を呟いた
≪さて、ちょっと本気で殴るぜ?≫
クオンは拳を引き絞ると黒いモヤが一層激しく立ち上がる。そして、その拳をシャンドに向けて放った。捻りを加えたその一撃は硬いシャンドの皮膚を突き破り肉を抉る
≪ぐあああああああああああ≫
拳が脇腹にめり込むとシャンドは痛みで絶叫をあげた。クオンが拳を引き抜くと傷口に黒いモヤが侵食し身体を蝕み始める
≪えげつないな・・・さすがは『黒』ってところか≫
まるで生き物のようにシャンドの身体を蝕む黒いモヤを見て呟くとクオンの身体からは黒いモヤは消え去った
シャンドは傷口を抑えながら片膝をつくと、身体に拡がり続ける黒いモヤを見て悟った。自分は消滅すると
≪残念です・・・やっと辿り着いたと思ったら・・・これでお終いですか・・・≫
魔力を消耗した影響で元の姿に戻ったシャンドは名残惜しそうに呟く。争う事を禁じられてから彷徨い、人の世で思いがけずに全力を出せた事に満足はしていた。しかし、彷徨い続けた期間からするとあまりにも短い。もっと長くこの時を楽しみたかった
≪お前・・・人を食ったのか?≫
一瞬何のことか分からずに頭の中が真っ白になっているとクオンが指差す。その先には既に原型を留めていない破れてしまった服であり、それを見て思い出した
≪・・・ああ、魔力を頂いただけです。と言っても核ごとですがね≫
≪殺したのか?≫
≪さあ、どうでしょう・・・死んでなければ生きてるのでは?核を奪った後は興味ありませんので・・・≫
殺したつもりはないが、核を奪い取った際の傷で死んでいるかもしれない。シャンドにとってはどうでもいい事であり、なぜそんな事を聞いてくるのか理解出来ずにいるとクオンは再び口を開く
≪・・・賭けをするか?≫
≪賭け?≫
≪そいつが生きていればお前を見逃してやる。ただし俺の監視下でな。死んでいたら大人しく死ね≫
≪・・・なぜです?≫
見逃す・・・人から言われるとは思わなかった言葉に一瞬戸惑うが、何故か悪い気はしなかった。そして、その言葉に縋ろうとしている自分がいることに気付く
≪俺にとっちゃ人か魔族かなんて関係ねえ。俺に仇なすかどうかだけが問題だ。それに・・・≫
≪それに?≫
≪お前の目が言ってたぜ?物足りないってな。物足りないなら手伝えよ≫
≪手伝う?何を・・・≫
≪俺は神扉の番犬だぜ?手伝うって言ったらひとつしかないだろ?≫
≪魔族から人を守る?ですか?≫
≪バーカ、逆だ逆。あらゆるものから魔族を守るんだよ・・・それが神扉の番犬ケルベロス家の役目だ≫
≪人が・・・魔族を・・・?≫
シャンドの全身が粟立つ。もし他の誰かが言ったのなら一笑に付すだろう。しかし、言ったのは自分を叩きのめし、アモンの『禁』とマルネスの『黒』を操る男・・・
これまでに感じたことの無い高揚感に知らずの内にシャンドは跪いていた。この時の為に永き時を過ごして来たと知る
いつの間にか黒の侵食は止まり、クオンと共に近くの村へと向かった
村人に言伝を頼んだ後、シャンドが襲った執事の行方を探す
死んでいればシャンドはクオンによって殺される
しかし、シャンドは確信していた
決してそうはならない
たとえ執事が死んでいようと・・・
結果、執事は死んでいたが、その執事はある街の領主を罠に嵌めた者であり指名手配されていた犯罪者だった。偶然ではあるが相手が犯罪者であった事もあり賭けは不成立としたクオン。改めてシャンドに問い質す
「運が良かったな・・・選ばせてやる。従うか死か」
上級魔族であるシャンドを野放しにするつもりはない。クオンが尋ねるとシャンドは間を置かず跪き声を上げた
≪どうか私を貴方の下僕として扱いください────≫
「何ボーッとしてやがる!今度は顔面を抉って・・・」
シャンドが思い出に浸っているのを見て苛立つエリオットは魔力の剣を再びシャンドに放つ
≪あ、もういいです≫
エリオットの言葉に我に返ったシャンドは『瞬間移動』でエリオットの背後に回ると手刀を首元に当て、呆気なく気絶させた
魔力の剣は全て消え、崩れ落ちるエリオットをシャンドは抱き止めると終わった事を告げるように主であるクオンに視線を送る
その視線を受けて、結果は分かりきっていたが、あまりにも呆気なく終わってしまった為にクオンは頭を掻きながら、どうエリオットを慰めるか頭を悩ますのであった────




