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最強の番犬と黒き魔女  作者: しう
『拒むもの』
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1章 5 領主からの依頼前編

連日の宿屋での朝食。だが、今日は少し変わっていた


変わっていたのは2人。レンドとマーナである。2人は明らかに寝不足状態でフラフラしながら朝食のパンに齧り付く。普段と変わりないのはクオンだけであった


「どうした?昨日の夜は何かあったのか?」


「いえ、特に・・・」


「私も別に・・・」


何かあったのはそっちじゃないのか?と聞きたくても聞けずにコーヒーでパンを流し込む2人。見た目が幼女とはいえマルネスはかなりの美形。しかも格好はほぼ下着姿でマルネス自身がよからぬ事を期待しているのは言葉のはしはしに見受けられていた。昨日の夜、一線を越えたのでは・・・と、2人は悶々とし夜も寝られず朝を迎えたのが原因だ


18歳の男女、妄想力は半端ない


食事を取り終え、今日もギルドに足繁く通う。しかし、連日の依頼達成に他の冒険者にやっかみを受けるのも面白くないので、今日は様子見程度にしようと話し合って決めていた


ギルドに入るとクオン達を見てピリッと張り詰めた空気に変わる。サードなんかは顔に手を当て、何かがある事を示していた。その原因を探るべく周囲を見渡すと1人の男が数人の配下らしき者達を引き連れてクオンの前に立つ


「君が弟をいじめてくれた余所者かい?」


髪をかきあげながらキザったらしく言う男。その言葉でクオンは誰の兄なのか大方読めていた


「エイト32歳の兄か」


まさか昨日のシールドベアの兄ではあるまいと予想を口にすると、正解だったのか男は口の端を上げ大袈裟に手を広げて語り出す


「由緒正しきダルシン家の三男をいじめて、今度は次男である僕・・・このフォー・ダルシンに尊大な態度を取るか。大物か莫迦か・・・まったく信じられないね」


話している最中もクネクネと妙なポーズを取るフォーに対して苛立ちを禁じ得ないクオンだったが、それを察してかレンドとマーナがクオンの前に立ち、代わりにフォーの相手をする


「フォーさん、誤解です!いじめなんて・・・」


レンドが誤解を解こうと口を開くが、フォーは鋭い目線をレンドに向け、手を突き出して言葉を遮る


「冒険者に身を落としたエイトならいざ知らず、ダルシン家の家長代理を務める僕に『さん』?」


「も、申し訳ありません。フォー様、誤解です!クオンさんは決していじめてなんかは・・・」


「していないと?聞いた話だと、国宝級の魔導武具を使い、更に魔族を用いてエイトを攻撃したとの事だが?」


「それはそうですが・・・」


「魔導武具だけならいざ知らず、危険な魔族を用いて公衆の面前でエイトに襲いかかる・・・これがいじめではなくて何だと言うのだ?もうエイトも32・・・これで嫁の貰い手がいなくなったらどう責任取るつもりだい?そっちの君が嫁に来てくれるのかい?」


「なっ!・・・」


「冗談だよ。君みたいな宿屋の小娘と男爵家の三男のエイトが釣り合うはずもない。側室でも烏滸がましい」


こっちから願い下げだと思っても言えず俯くマーナと怒り震えるレンド。そんな2人を見て満面の笑みを浮かべるフォーにクオンが口を開く


「で?その貴族様が俺に何の用だ?」


「君は口の利き方を知らないようだね。どこの国の田舎者かは知らないが、身の程を知った方がいい。まあ、いい。そんな君らに指名依頼だ。今ギルドに出して来たところだから確認するといい」


「断ると言ったら?」


「街に新たな宿屋が出来て、1軒の宿屋がなくなる・・・ただそれだけだよ」


クオンの問いに平然と答えるフォー。男爵であるダルシン家はセガスの領地経営を国から任されている。レンド達の宿屋の他に新しい宿屋を建てて安い料金設定をしてしまえば、容易にレンド達の宿屋を潰す事が出来る


それが分かっているレンド達はフォーの言葉を耐えて、従うしかない。しかし、クオンに迷惑をかけられないという思いがレンドの足を前に出させた


「エイトさんは僕を助けようとしてくれていました。それを僕が知らずにクオンさんに助けてもらってしまい、エイトさんの好意を無駄にしてしまったのが今回の原因です。ですので、どうか僕に矛先を向けてもらえないでしょうか?」


「ふーん、君は勘違いしてるようだが、僕は別に怒っている訳では無いよ?ただ君らに指名依頼をしたいだけだ。詳細はギルドに出しているから見て決めて欲しい・・・まあ、断るのも自由だけどよく考える事だね」


フォーは言い終えると配下を連れてギルドを後にした。ギルド内はフォーが立ち去った後、普段通りの状態に戻り活気を取り戻す


「魔族って本当だったのかよ?」


サードがレンドに近付き、チラリとクオンを見ながら小声で聞いてきた。レンドは頷きクオンを見ると、クオンはため息をついた後に口を開く


「黒丸は確かに魔族だが、それが?」


「い、いや、お前さんには先日の件で世話になったし、感謝してるさ。エイトとお前さんの争いは人伝で聞いたし、この前直接見たけど、それでも魔族を連れてるってのが信じられなかったんだ」


魔族は恐怖の対象。それは国が違っても共通認識のはずと思っていたサードは気になって聞いたのだが、クオンから少し怒気を含んだ声で問われ口早に弁解する


レンド達も実際は魔族と聞いた瞬間は恐怖を感じていたが、あまりにも平然とマルネスと接するクオンを見て徐々に恐怖が薄らいでいた。しかし、実際には街の人達やサードのような冒険者は未だ恐怖の対象でしかなかった


「魔物を従属させる者がいるってことは魔族も同じだろ?俺の知ってる奴も魔族を従属・・・いや、仲間として共に戦っていた。変わったヤツだったが良い奴だった」


「バンデラスさん!」


いつの間にかサードの後ろにいたバンデラスは感慨深そうに過去を振り返る。冒険者として活躍していた頃、たまたま組んだ仲間の中にいた魔族と共に冒険者をしていた男の事を


その言葉を聞いてか、クオンの腰に差したマルネスが反応する。バタバタと出してくれと訴えているので仕方なさそうにクオンは封印の布を外しマルネスを解放した


≪そこのデカブツ・・・その者の名はなんと言う?≫


出て来て早々クオンの肩によじ登りバンデラスを見下ろしながら問い質す。クオンは足を掴んで地面に叩きつけてやろうかと考えるが、とりあえず話を聞くことにした


「デカブツって・・・あんたが噂の魔族かい?ふーん、年端のいかない子供に・・・」


≪つべこべ言わず質問に答えるがいい!その者の名は?≫


「・・・デーク・バネット」


≪共に居たものではなく、本人か?≫


「ああ、魔族の方の名がデークだ」


≪ふん・・・そんな名は存在しない。魔族を語るか・・・いや、語らねばならなかったか・・・もしくは偽名?いや、妾以外に・・・もしかして・・・ギャン!≫


マルネスの両足を片手で払い、バランスを崩したマルネスはクオンの肩から落ち思いっきり地面に尻を叩きつけた。それを見た周囲の者達は肩の上にいた幼女が魔族で良かったと胸をなでおろしクオンの肩には乗るまいと決意する


≪何をする!昨日の夜といい、幼女虐待で・・・≫


「人の肩に乗りブツブツ言ってるとこうなる。後、添い寝と言いつつよからぬ事を企むとああなる。学習したか?」


地面に打った尻を押さえながらコクコクと頷くマルネス。周りから見ればクオンは幼女を虐待している男に見え、正義感の強い男がしゃしゃり出る


ナムート・マニケス、42歳のベテラン冒険者で、マルネスの見た目と同い年くらいの年の子を持つパパ冒険者だ


「おい、兄ちゃん!なんて事を・・・」


ナムートが言い終える前に瞬時に黒い物体が襲いかかろうとして、それをクオンが羽交い締めにして止める。宿屋でレンドを襲おうとしたマルネス・・・今度はマルネスの為にクオンを責めようとしたナムートを襲おうとしたのだ


「へ?」


「おい、あんた!俺への敵意を消せ!黒丸が敵意に反応してる!」


クオンがマルネスを抑えながら叫ぶとナムートは何が起こってるか分からない状態だったが、恐怖のあまりに頷いた。まだ唸り声を上げて襲いかかろうとしているマルネスを抱きしめると耳元で囁く


「黒丸・・・落ち着け」


≪だってアイツ!クオンに!≫


「お前を思っての行為だ。それにあれは敵意ではない。咎めようとしただけで、俺への敵意ではない」


徐々に眉間のシワを消し、渋々力を緩めた。そして、今の状態がクオンに抱きしめられてると気付くと急にニヤケ始めて周囲をドン引きさせる。その表情の変化には気付かなかったクオンはやっと怒りが収まった事に安堵する


「あんたも黒丸を思って言ってくれたのは感謝する。どうも人の感情が匂いで分かるみたいなんだが、勘違いしやすくてな。好きは好意、嫌いは敵意と2つしかないんだ。だから、もし良かったら気軽に接してやって欲しい。危害を加えないように必ず俺が止める」


先程の手腕からクオンが止めると言ってくれて安心する者と、それでも魔族は魔族と恐怖する者、しばらく遠巻きに様子を見ようとする者と様々な反応があった。その中でレンドは気軽に接するというのが、火の玉の中に投げ入れたり、肩から落としたりするのかと苦笑いしていた


それぞれの感情が渦巻く中、バンデラスが手を叩きとりあえず騒動の収拾を図り解散する。ようやくマルネスを離したクオンは自身の腕を見て濡れてるのに気付くと、先程までマルネスがどんな顔をしていたか想像し軽くため息をついた


ようやくフォーが言っていた指名依頼の内容を見ることが出来、確認すると内容は次のように記されていた


『屋敷の掃除』


ただの掃除ではない。細かい事は書いていないのがそう思った理由だ。本当に掃除させるつもりなら庭の掃除や部屋の片付けなど書くはずだった


「やはり断りましょう」


レンドは受けるのを止めようと提案する。それが実家の宿屋を畳むこととなろうとも、命の恩人を売るなど出来なかった


≪屋敷の掃除?そんなもん吹き飛ばせばいい。それでキレイさっぱりだ≫


「黒丸・・・戻れ」


自慢げに恐ろしい事を言うマルネスに木刀帰還命令が下される。その瞬間、マルネスの顔は絶望の表情を浮かべ膝から崩れ落ちた


「クオン!あの・・・さっき感情が極端みたいな事を言ってたけど、それってあまり人に触れてないからじゃないかな?それならそのままで生活して・・・」


「前にも話したと思うが魔族に人の世は合わない。もちろん長く生活すれば合うようになるかも知れないがな」


≪さ、最近は少し慣れたぞ!もう長時間顕現しても大丈夫なのではないか?小娘も言ってる事だし≫


マーナの言葉に乗ってここぞとばかりに畳み掛けるマルネス。クオンも接してやってくれと言った手前、木刀相手に語りかける住民が増えるのもどうかと思い口に手を当て少し悩む。マルネスはその姿を見てマーナの方を向き、ほれチャンスだと急き立てる


「わ、私もクロフィード様とお話したいし、レンドもそう思ってるわ!ねえ、レンド」


「あ、ああ。そうだな。僕も・・・だ」


2人の言葉にクオンも仕方なく折れ、しばらくは木刀にならずに共に行動する事となった。だが、クオンからマルネスに1つ条件を出した。それはレンドとマーナをちゃんと名前で呼ぶこと。クオン以外とはほとんど接しなかったマルネスは人の名前を覚える気は更々なく、興味もなかった


≪妾が人の名を?クオン以外の名を呼べと?≫


「嫌ならさっきの話はなしだ」


≪くっ・・・努力しよう≫


「話してるところ悪いが、クオンいいか?」


「うん?」


マルネスが苦渋の決断をしたところで、バンデラスがクオンに近付いてきた。いつもの笑顔ではなく神妙な面持ちのバンデラス。クオンの前に立つとハァと息を吐き言いにくそうに頭を掻きながら口を開いた


「先程の話と今の話を聞いてて、非常に言い難いのだが、その嬢ちゃんには申し訳ないがクオンの従属扱いとしたい。無論、それが意にそぐわない事は分かっている。しかし、冒険者ギルドのマスターとして、下手に住民に不安を感じさせたくない」


「その従属扱いと扱いじゃない時の違いは?」


「・・・従属扱いだと、嬢ちゃんが何かしてしまった時、責任は従属している者が負う。従属扱いではない場合、責任はもちろんやった本人が負うことになる」


「つまりは紐付けしておきたいって事か?」


「そうなるな・・・すまない」


「いや、当然だな。気にかけてくれて感謝する」


≪ん?どういう事だ?≫


「分かりやすく言うとお前のやった事は俺の責任になるって事だ。お前が盗みを働けば俺が鞭打ちの刑にされ、人を殺せば俺が処刑される」


≪な、なんだそれは!?そんなものはやった本人が悪いだけだろ!≫


「それだと不安なんだよ。人は魔族が何かしても責任を取れとは言わない。それは魔族に対する法律なんざないから。法律で縛れないものを放置するってのは何をされるか分からないっていう不安を煽る。だから、魔族が何かをした時に法律で縛れる人が責任を取る事にすると安心出来るんだよ。お前は俺を犯罪者にしたいか?」


≪したくないに決まっておろう!≫


「なら、大人しくしとけって事だ。逆に俺を陥れたきゃ好きに暴れればいい」


≪そんな事絶対にしない!≫


「知ってる」


≪くっ!・・・≫


マルネスがクオンから顔を背ける。その顔は真っ赤で、しかも満面の笑みを浮かべていた。それを見ていたのは、先程しゃしゃり出てきた男、ナムートだ。『なんだよ、コイツら出来てたのかよ』と心の中で突っ込むナムートは同じ年頃の娘に男の影がないか心配してしまう


「あの・・・指名依頼は・・・」


クオン達のせいで業務が滞り、いい加減にして欲しいと思うカミラがようやく切り出せたのはお昼休憩間際のことだった────



結局、指名依頼の件は行って話を聞いてから判断する事になり、昼を取った後にダルシン家の屋敷へと向かった


マルネスは外を歩けるのが嬉しいのかクオンの周りをニヤニヤしながら行き来して、クオンに度々怒られるを繰り返していた


その光景をレンドとマーナは微笑ましく見ていたのだが、ふいに向けられるマルネスの冷たい視線に慌てて目線を逸らす。未だに名前を呼んでもらっておらず、2人からも話しかけられずにいた


そんなこんなでようやく屋敷に辿り着き、依頼書を見せるとすんなり屋敷に通される


街で1番大きい建物であり、1番の権力者の屋敷・・・ダルシン家の屋敷の中へ入るとスーツ姿の執事に案内されフォーの元へ


意外にも応接間へと通されると件のフォーが待ち構えていた


「遅かったね。まあ、警戒されるような物言いをしたのは僕だから仕方ないか。ところでその子は誰だい?クオンの子かい?」


≪子ではない。妻だ≫


「おっと、それは失礼。・・・クオンはいい趣味してるね」


「信じるな。で、何の用だ?」


「君はあまり驚かないみたいだね。後ろの2人は口をポカーンと開けているよ?」


事実レンドとマーナはフォーの対応の変化に開いた口が塞がらなかった。ギルドでの高圧的な態度、失礼な物言いはなりを潜め、朗らかに従来の友にでも話すような態度に驚きを隠せない


「俺も魔族と接触する機会が多いせいか、人の悪意やら好意がある程度分かってな。それにあんな物言いされてるのに黒丸がまったく反応しないのも俺が感じたのは正しいと後押ししてくれた」


「それは凄い。まるで嘘発見器のようだ。君の前では嘘偽りはやめておこう」


「そうした方が身のためだな」


「ちょ、ちょっとクオンさん!?僕には何が何だか・・・」


「え?だって・・・え?」


まだ事態の飲み込めない2人に対してフォーは立ち上がると2人の前に歩み寄り、ゆっくりと頭を下げた。まさか男爵家の家長代理をする者に頭を下げられると思っても見なかった2人は慌てて頭を上げるようフォーに言う


「いや、本意ではないにしろ、あれだけの暴言を吐いたのだ。謝罪させてくれ・・・すまなかった」


再び頭を下げるフォー。2人はどうする事も出来ずに慌てふためく


「素直に受け取っておけ。そうしなければいつまで経っても本題に入れないぞ?」


≪その者からは悪意は感じぬ。あの建物で会った時からな。お主らが謝罪を受けねばその者も気が済まなかろうて≫


「は、はい。あの・・・フォー様、お気になさらずに・・・」


「そうか!ありがとう!それとフォーで良いよ。年上って事を気にするならせめて『さん』付けで頼むよ」


「は、はあ」


未だに理解が追い付かないレンドが気の抜けた返事をすると満足したのかフォーは微笑み、クオンへと向き直る


「来てくれてありがとう。そして、なぜ君らにあんな尊大な態度をとったのか・・・そして、指名依頼した意味を聞いてくれないかな」


クオンが頷くとフォーは静かに語り出す


フォーの兄でダルシン家の現家長であるツー・ダルシンは元来穏やかな性格だった。優しい父と母に囲まれ、2人の弟も産まれ順風満帆な人生を謳歌していた。が、平坦な道であったツーの人生はいつの間にか茨の道と変わり、進む度に傷ついていくようになる


初めは母の死


優しかった母はある日の朝、死体で発見される


死因は焼死


肉の焦げた臭いと見るも無惨な状態に泣くことも忘れ嘔吐する


当然の如く容疑者探しが始まるも、すぐに容疑者は絞られる


ギフト『炎』を持つ当時の家長ワン・ダルシン、長兄ツー・ダルシン、末弟エイト・ダルシンの3人だ


殺された場所は屋敷の渡り廊下。3人の部屋から誰が近いということも無く、当時14歳のツーに10歳のエイトの年齢からみても犯人は父であるワンが濃厚だった


しかし、ツー達にとっては父親、使用人達にとっては雇い主のワンを疑う訳にはいかず、事件は有耶無耶になり母の死だけがツー達に悲しく刻まれる事となる


それからは穏やかな日が続き、成人したツーは嫁をもらい、エイトは屋敷が狭くなったと冒険者の道を歩み始める


しばらくしてツーの夫人は身篭り、屋敷の中は母の死後から影を落としていたのが嘘のように明るくなり、ツー達にも笑顔が戻った


そんなある日、再び悲劇が訪れる


ツー達夫婦の部屋から悲鳴が上がり、ツーが目を覚ますと炎に包まれた婦人の姿。慌てて炎を消すも時既に遅く母子ともに事切れてしまう


自分ではない、エイトも屋敷に居ない状況でツーが導き出した答えは父であるワンが犯人であること


怒り狂ったツーはそのまま泣き叫び父の元へ


部屋のドアを開け、夫人の断末魔で起きていたワン目掛けて炎の玉をいくつも放つ


ベッドの上で炎に包まれる父を見て、ふと冷静になって考えた


なぜ父は部屋にいる?


なぜ父が妻を殺す?


なぜ父は母を殺した?


なぜ父は無抵抗に炎を受けた?


なぜ・・・なぜ・・・なぜ・・・


父は死の間際、ツーを見つめ口を開く


しかし、既に声は出ず、そのまま息絶えた


その夜、ツー達は事件の真相を知る事となる


昔から仕えていた執事がこの惨状を見て白状したのだ


10年前から続く事件の真相


犯人は────ツー


しかし、犯人と呼べるかどうかは難しいところだった


寝てる最中にギフトが暴走し、母を、夫人を焼き殺してしまったのだから


始まりの事件当日


母は廊下を歩いているとツーの部屋から風を感じて、部屋に入ると窓が開けっ放しであった為、部屋に入り窓を閉めた。その後、部屋を出ようとした時にツーのギフトが暴走し、母に襲いかかる


炎を受けた母はこのままでは助からない事を悟り、ツーの部屋を出て、必死に部屋から遠ざかる


口を手で塞ぎ、肌が焼かれる痛みに耐えながら


そして、力尽き、渡り廊下で事切れてしまう


状況を見ていち早く真相に気付いたワンは使用人達に箝口令を敷き事件を有耶無耶にしてしまった


子を想い、ツーが心を痛まないように口を塞ぎ、部屋から離れた母の気持ちを汲んでの事だった


10年の歳月が経ち、暴走が起きてから見回りを強化していたがあの時だけだったと思い始めた時に悲劇が再び起きてしまう


執事の言葉に耳を塞ぎ、嘘だ嘘だと喚き散らした


優しかった母を、愛する妻を、産まれてくる子を、そして、父を殺したのが自分だということを認めたくなかった


だが、脳裏に焼き付いた父の最後、声は届かなかったが今なら何を言っていたか理解する


『自分を責めるな』


父の口は確かにそう言っていたのだ


それから三日三晩、ツーは自室に篭もる。夫人の遺体がある部屋で


出て来たツーは以前のツーとは別人となっていた


目は窪み頬はこけ、目の下のクマは取れることなく色濃く残り、虚ろな目は人を遠ざけさせた


そして、現在に至る────


「僕は兄の傍で執政を手伝ってきた。しかし、兄は誰も近付けようとはしない。誰も傷付けたくないからだ。自分のギフトがいつまた暴走し、大事な人を傷付けやしないかと怯えている。そして、事件の真相を知って以来、兄は大事な人以外は人として見ていない。今回のギルドでの言葉・・・あれは兄の言葉だ。兄はクオン、君を殺し、宿屋を潰そうとしている。大事な弟を傷付けた者としてね」


≪なんだ?掃除の依頼って言うのはその莫迦兄を殺せってことかのう?≫


「まさか!僕の依頼は掃除とは無関係だ。君らには関係者全員連れて逃げて欲しい!費用は払う!受け入れ先も2つ離れた街で交渉中だ。元のような生活には戻れないだろう・・・だが、兄にこれ以上・・・」


≪素直に言えばいい。助けてくれと≫


「・・・え?」


≪心の底から滲み出ておるぞ?誰か助けてくれと。暴走する兄を、それを御せない自分を・・・とな≫


「・・・」


≪表向きはどう繕おうとも、心の中までは無理だ。たかだか魔力の暴走を事件の真相などと語るのには欠伸が出る程つまらなかったぞ?まだ幼き子が書いた寸劇の方が聞けるレベルだ≫


「つまりは黒丸が書いた寸劇の方が聞けると?」


≪誰が幼き子だ!≫


クオンの言葉にマルネスが目くじらを立てるが、フォーはマルネスの言葉に何か引っかかるものを感じて顎に手を当て考える。マルネスの話し方だとまるで暴走の原因が分かっているように感じた


≪なんだ?人は魔力の暴走を知らぬのか?≫


「し、知っているのですか!?暴走が起きる原因を!」


≪ぬおぉ、そう急くな。当たり前だ。そんなもの赤子ですら知っておるわ≫


「そりゃあ黒丸も知ってるはずだ」


≪むきー!話の腰を折るなー≫


「教えて下さい!兄の・・・暴走の原因は何なのかを!」


2人のやり取りを無視して膝をつきマルネスの手を握るフォー。マルネスはその手を跳ね除け、顔を歪めながら後退る


≪急くなと言いよろうに。原因も何も少し考えれば分かるようなものを・・・コップに水を入れ続ければどうなる?風船に空気を入れ続ければどうなる?≫


「え?・・・み、水は零れ、風船は破裂・・・まさか、それが・・・?」


≪そう。人の体に魔が混じり、行使する魔技には魔力が必要となる。人の世には少ないが魔素が漂い、それを吸収する事により魔力を回復するのだが・・・使おうが使うまいが身体に蓄積されてしまう。魔族は動けば魔力を消費するが、人間は動いだけでは魔力は消費せん。魔技・・・つまり、お主らの言うところのギフトか。それを使わねば溜まる一方・・・つまり、お主の兄の暴走の原因は、魔力を溜めすぎた事による魔力の暴走≫


「そ、そんな・・・」


≪人により魔技の発現は時期が異なると聞く。恐らくお主の兄は4歳位で発現したはずだ。そして、10年周期で魔素が許容量を超え、暴走した魔力が魔技となり出てきたのであろう。どうせ魔技などほとんど使わずに生活しておるのだろう?普通に使っていればありえんからな≫


「あ、兄は温厚で元々ギフトは使用していません・・・父も冒険者の手に負えない魔物が出た時はエイトを連れていましたし・・・それに母が亡くなった後は特にギフトを使用する頻度が・・・いえ、もしかしたら1度も使っていないかも知れません」


≪大事な者を殺した呪いの力・・・そう考えてるやもしれんな。で、お主がグダグダと話しておったが、最後の暴走が起きてから幾年経つ?≫


「あれから・・・今年でちょうど10年!」


≪そうだ。環境により異なるであろうが、猶予はないのう。溜まった魔力は何かのきっかけがないと早々暴走せん。恐らくはきっかけは寝ている時に何かがあった時。寝ている時に人の気配を感じて身の危険を感じたり、隣で寝ている者に寝返りで触れられたり・・・まあ、些細な事だ。だが、その些細な事でも暴走する≫


「・・・寝ている時に何もなければ暴走はしませんか?」


≪いや、あくまでも2回の暴走が寝ている時だったに過ぎぬであろう。きっかけはいくらでもある。感情の起伏、怒り、悲しみなどが多いがの≫


「どうすれば・・・」


≪話を聞いておったか?溜めたものは出せば良い。そして、今後溜まる前に出せば良い。ただそれだけだ≫


「くっ・・・こんな時に・・・」


「もしかして近くに居ないのか?」


「ええ・・・今、兄は隣の街に行っています・・・もう少ししたら戻って来るのですが・・・」


「何をしに隣街へ?」


聞かれたフォーは1度目を閉じるとしばらくして目を開け真っ直ぐクオンを見て言い放つ「あなたを殺す為の冒険者を雇いに────」と



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