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最強の番犬と黒き魔女  作者: しう
『招くもの』
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2章 エピローグ

「何処へ行く?痴れ者」


森の中にある大きな岩の上に立ち、見下ろしながらダラダラとダムアイトに向けて歩くクゼンに声を掛けた少し大きめのメイド服を着る幼女、マルネス・クロフィード。突然かけられた声にビクリと身体を震わして日差しを手で隠しながら見上げた


「んあ!?・・・何処へ行くって帰るんだよ!嬢ちゃん。てか、痴れ者って・・・」


同じ場所で少しだけ話した仲なのにいわれのない呼び方に眉を顰める


「痴れ者は痴れ者だ。その様子だとジュウベエに勝ったか」


「よく知ってんな。約束は約束だ・・・格好悪いが助けてももらったしな・・・しかし、末恐ろしいぜ、あの嬢ちゃん・・・ギフトさえ戦闘系なら間違いなくやられてた・・・」


「カッカッ・・・ギフトとな?随分慣れ親しんだものよのう。人の世に」


「嬢ちゃん・・・あんま人をおちょくってると痛い目見るぜ?」


「ほう・・・先の戦闘で隣同士だったから気付いておるやもと思いきや・・・失望したぞ、クゼン・クローム」


「失望って・・・嬢ちゃんなぁ・・・あ!?」


マルネスの物言いに腹を立てたクゼンが自身を落ち着かせる為にため息をつき首を振る。そして、教育的指導せねばと再び見上げると、そこに居たのは幼女マルネスではなく、遥か昔に常によく見ていたものであり、名前だった


「いつから妾のパンツを見上げる身分になった?クゼン・クローム」


「マルネス様!?」


クゼンは急ぎ顔を下げる。鼓動が太鼓のように音を鳴らし、全身から冷や汗が滝のように流れる。名前入りのパンツを見てしまったからではない・・・ここに存在するはずのないものが居る・・・その有り得ない事実が衝撃となりクゼンの身体に走っていた


「妾の元を無断で離れ、人の世で謳歌する・・・特段責める気はない・・・が、ひとつ聞いてもよいか?」


「は・・・はっ!」


クゼンは自然に跪き頭を下げた。両手の拳を地面に付け身体を震わす


「なぜ故、人の世に?妾の下が嫌になったか?」


「滅相も御座いません!マ、マルネス様の元、研鑽の日々・・・真に充実した毎日と記憶しております!」


「では何故だ?」


「ひとえに・・・我が心が未熟だった故!」


クゼンは顔を伏せながら粛々と答える。マルネスはその姿を見て眉を上げ、遠い過去を思い出していた


まだマルネスが七長老と呼ばれていた頃、魔族達は日夜暇を持て余していた


魔獣狩りをして発散させるもの、何もせずにただ過ごすもの、修行に勤しむもの・・・ただ共通点はあった。全ての魔族が変化に飢え、渇望していたのだ


そんな中、クゼンは七長老であるマルネスの元を訪れ、黒魔法の伝授を乞う。魔技のない魔族であったクゼンはそれこそ四六時中マルネスに付きまとい、根負けしたマルネスが黒魔法を教える事となる


長い時を経てクゼンは黒魔法の一部を修得した



「隙間の誘惑に負けたか」


「・・・マルネス様と共に居た日々・・・決して不満があった訳では御座いません。遥か昔・・・まだアモン様がご存命で在られた頃、俺は人の世に出向き・・・魅入られました・・・人の在り方に」


クゼンは魔族には珍しく武器を使う


それは人への憧れがあったからだ


天使襲来の折、クゼンは魔の世へと戻るも、再び人の世への憧れを募らせる


アモンの禁忌により魔の世で人には擬態出来ない・・・ならば人の真似をしようと武器を手にしていた。その武器は石を削って自作したただの棒・・・その棒でどうにか戦えないかと考えた時に七長老であるマルネスの黒魔法を纏えば戦えるのではと考え至った


マルネスの師事を受け、使えるようになった黒魔法・・・しかし、使えるタイミングがないことに心が蝕まれていく中で目の前に現れた『隙間』


魔の世と人の世を繋ぐ『隙間』を見た瞬間に人への憧れが溢れ出し、迷うこと無く飛び込んでしまっていた



「人への憧れ?正直に言うが良い・・・それは特定の者への憧れなのではないのか?」


「あ・・・いや、その・・・」


「今ならお主の気持ちも分からんでもない・・・以前の妾ならば見かけた瞬間に息の根を止めていた」


「はう!・・・」


マルネスが片目をつぶり、クゼンに鋭い視線を送ると顔を上げたクゼンはすぐに顔を伏せる。その様子を見て鼻で笑うと腰を落とし跪くクゼンと目線の高さを合わせた


「顔を上げよ。惚れた相手は見つかったか?」


「いえ・・・戻った時には時既に遅く・・・しかし・・・その・・・子孫が・・・」


クゼンは顔を伏せたまま頭をかき、しどろもどろに説明し始めた


クゼンは人と魔が共存している時、一人の女性に恋をした


名はユキナ・ハガゼン


初代剣聖のジュウベエ・ハガゼンの娘である


彼女への想いに気付いた時には天使が襲来し、アモンの命令により魔の世へと撤退し始めている最中であった


クゼンは泣く泣く人の世を後にしたが、気持ちは決して冷めることはなかった


「すげえ綺麗だったんですよ・・・剣を振るう姿が・・・目を奪われるくらい・・・で、俺は彼女に近付きたいと必死に・・・でも、いざ隙間に入ったらまるで別世界で・・・聞いたら俺が去ってから100年も経ってましてね。失意の中、居るはずもないユキナを探していたら会ってしまったんですよ・・・ユキナの名を継ぐユキナの子孫に」


出会った瞬間にまたクゼンは恋に落ち、猛アピールの末に結婚、そして、ミゼナが誕生する


「しかし・・・ユキナは知ってたんですけどね・・・周りは俺が魔族って知らなくて・・・歳を取らない俺を次第に不審な目で見始めた・・・結局俺とユキナ・・・そして、ミゼナは国を転々する事に決めて・・・」


その後、ユキナは老衰で死去、ハガゼン家は一人娘のユキナがいなくなり断絶し、当時のシントの君主が名を残そうと剣聖になったものに初代剣聖の『ジュウベエ・ハガゼン』を継がせるよう命じた


「俺が魔族だから・・・」


「後悔しておるのか?」


「まさか!・・・ユキナも最後は笑顔で逝ってくれた・・・後悔があるとしたらこの身が魔族の身体である事・・・共に逝けなかった事だけです」


クゼンが即答するのを見て、マルネスは息を吐き微笑んだ


「ならよい。先程も言うたように今ならお主の気持ちもわからんでは無い。正直申すと妾も・・・クオンとイチャイチャしたい!子を成したい!余生を共に・・・」


「・・・マルネス様・・・だいぶお変わりになられたようで・・・」


叫ぶマルネスを見て思わず本音を口にしてしまい、慌てて口を閉ざすクゼン。マルネスは特に怒った様子もなく、恥ずかしそうに顔を赤らめる


「と、とにかく娘のミゼナとやらを妾に紹介せい!お主の子なら妾にとっては孫のような・・・子を成した事も無いのに孫・・・」


突然落ち込み始めるマルネスをすぐに慰めるクゼン。その顔は苦笑いをしながらも懐かしさに溢れていた


後日、クゼンはミゼナを連れてマルネスを訪ねる。マルネスはミゼナの知らないクゼンの話をたっぷり聞かせ、クゼンを青ざめさせるのであった────




ダムアイト近郊の森の中腹に1人の少女が仰向けになり大の字で寝転がっていた


ジュウベエ・ハガゼン


シントの当代の剣聖


ディートグリスのAAランク冒険者クゼン・クロームに勝負を挑み完敗し思い悩んでいた


ジュウベエは剣聖に上り詰めても尚、強さを求めていた。シントでは無類の強さを発揮するも、ここ最近では自分より遥かに強い存在を目の辺りにして辟易する


クオン、マルネス、シャンド・・・この3人には勝てる気がしなく、今まさにクゼンにも負けた。人一倍強さを求めているつもりだったが、一向に先行く者達の尻尾すら掴めない・・・その気持ちが溢れ出て焦燥感に駆られる


「ああー、やっぱりここに居ましたか」


ダムアイトの方からレンドが現れ心配そうに倒れているジュウベエを見つめる。それが気に障ったのかジュウベエは飛び起きるとレンドに詰め寄った


「なに~悪い~?」


「いや、悪いとかそんなんじゃなくて、心配で・・・」


「ふ~ん、ボクはとうとう少年に心配されるまで落ちぶれたか~」


ジュウベエは拗ねたように言うとゴロゴロと地面を転がりレンドから距離を取る。レンドが言葉を失い固まっているとジュウベエはムクリと起き上がり頭をかいた


「ボクはね~()を通す為に強くなりたい。その為に剣を振る。その為に強い奴と戦う。で、全て思い通りに~・・・言うなれば究極の我儘~」


「どうしてそこまで・・・」


「我慢が嫌いだから~・・・弱いと強いものに従わないといけないから~・・・兄が到達したであろう所に到達し、超えないといけないから~」


「・・・兄?到達したであろうって?・・・それに弱いから強いものに従わないといけないなんて・・・そんな事はありません!強さで全てが決まるなんて・・・」


「それは強いものが言うのであれば説得力もあるけど、弱いものが言うとただの詭弁・・・もしボクを説得したいならボクより強くなってから言いなよ」


「うっ・・・」


ジュウベエは立ち上がり、レンドに近付く。顔を覗き込むようにして息がかかるくらいまで距離を縮めるとレンドの顎をそっと撫でた


「上級魔族を倒して調子に乗っちゃったかい~?君なんてギフトもないミソッカスなんだよ~?」


「それでも・・・いずれ僕は!・・・」


「ふ~ん、じゃあ・・・特別だよ?」


「えっ?・・・ちょっと・・・いやああああああ」



────レンドが体育座りして顔を伏せ泣いているとジュウベエは頭の後ろで手を組んで鼻歌交じりにその場を去ろうとする。しかし、いつまでもシクシク泣いているレンドに苛立ち、足を止めて振り返る


「みんなは『×印』って言うけど、本当は『十字』。剣聖であるジュウベエのジュウから取ったんだ~」


「え?」


レンドが顔を上げると額にはくっきりと『十字』の傷が刻まれていた。流れ出る血で真っ赤な顔のレンドを見てジュウベエが指を指して笑う


「似合ってる似合ってる~♪じゃあ、頑張ってね~」


ジュウベエは満足したのか踵を返し、街へ向けて歩き出す。レンドは額の傷の痛みに顔を歪めながら気になっていた事を思い出した


「ジュウベエさん!・・・兄が到達したであろうって・・・どういう意味・・・」


その言葉にジュウベエが再び足を止め、振り返ると満面の笑みでこう答えた


「先代の剣聖・・・ボクが殺したの~♪」


「へ?」


ジュウベエは深くは語らずそのままダムアイトへと向かって歩き出した


残されたレンドは呆然とし、ただただその後ろ姿を眺めるのであった────




「フウカ・・・あんたディートグリスに残るって本当?」


「うん。アカちゃんも残るぅ?」


「そのアカちゃんってやめない?なんか嫌なんだけど・・・」


「だってぇ、アーちゃんはアースリーちゃんがいるしぃ・・・でぇ、どうするぅ?」


『招くもの』ラフィス・トルセンの撃退後、クオン達はシントに戻る準備をしていた。アカネはフウカを誘い、旅に必要な物の買い出しに街へ繰り出していた


その際に前日にフウカがディートグリスに残る事を聞いていたアカネがその真意を尋ねる


「私は・・・残っても意味ないし・・・帰るわ。フウカはカーラ対策だっけ?そんなのいつ来るか分からないのに・・・」


「んー、本音の所ではワタシもアカちゃん達と帰りたいけどぉ、カーラって人の存在を知っててこのまま帰るのもぉ・・・だからぁ、ガトちゃんが『風魔法』使えるから、探知を仕込もうかと思ってぇ」


フウカが使える『探知』は風魔法で空気の澱みを見つけ出す能力。ガトーの使う『エアハンマー』のギフトは風魔法であり、土台があるガトーならば短期間で修得が可能とフウカは踏んでいた


「そっかー。ハア・・・いつになったら・・・」


「特能・・・発動しなくなったんだけぇ?」


「うん・・・マーナに魔力を回復してもらっても、うんともすんとも・・・クオンは『燃え尽き症候群』とか訳の分からない事を言うし」


「ラフィスの事・・・好きだったのぉ?」


フウカの突拍子もない質問にアカネは思わず足を止め、眉毛を逆八の字にする


「あのね・・・確かに助けてもらったりして感謝はしてたけど、恋愛感情なんて一切ないから!・・・そりゃあまあ、好意を持たれてたのは知ってたけど・・・てか、アイツは私を刺したのよ?グサッと」


「激しい愛情表現ねぇ」


「激し過ぎるわ!・・・あっ、思い出した!フウカでしょ!私の・・・下着に名前書いたの!!」


「ええ、そうよぉ。誰のか分からなくなるから、魔法で乾かしてる時にちょちょいとぉ」


「あんたねえ・・・それで私がどれだけ恥ずかしい思いをしたと思ってるのよ!」


「ジュウちゃんは自分の特能で綺麗にしちゃうから・・・今はマルちゃんとアカちゃんだけよ?」


「え?マルネスも?」


「ええ。今履いてるおパンツにも名前書いてあるわぁ・・・どうせ人前で脱ぐとしてもクーちゃんの前くらいでしょぉ?」


「あんたサラッと凄いこと言うね・・・風でめくれたりしたら見られるじゃない」


「そう言えばアカちゃん、恥ずかしい思いってぇ・・・脱いだのぉ?」


「脱いでないわ!気絶してる時に・・・その・・・ラフィスに見られ・・・」


アカネはラフィスに出会った時の事を思い出す。屋敷に匿ってもらい、恥ずかしさからラフィスを亡き者にしようとした事を思い出し、少し寂しげな表情をする。それを見たフウカは首を傾げアカネに尋ねた


「・・・もし、ラフィスが生きていたら・・・アカちゃんはどうするぅ?」


「もう1回殺すわ」


「激しい愛情表現ねぇ」


「あのねえ・・・あっ、コラ、待ちなさいフウカ!」


フウカの言葉に顔を真っ赤にしたアカネを見て、フウカはアハハウフフと街中を走り出す。巨大な山脈が躍動するのを街ゆく男達が見つめる中、アカネは真っ赤な顔をそのままに追いかける


ふと立ち止まり、フウカの言った言葉『生きていたらどうする』かを真剣に考えるも頭を振り、再びフウカを追いかけた────




王城内の国王執務室、そこから女性が出て来て礼をして立ち去って行く。デラスはちょうど執務室に呼ばれていた為に女性とすれ違うと女性は会釈し足早に去って行く


デラスはその後ろ姿を見送った後、執務室の扉をノックした


中に入るとズラリと並んだ近衛兵とミゼナ、その中心にいつもなら4階の部屋にいる王女ゼナとその隣にゼーネストが腰掛けている


デラスはゼーネストに言われ向かいのソファーに腰掛けると国王への挨拶を済ます


「堅苦しい挨拶など良い。して、決心は固まったか?」


「・・・はい。魔族らが擬態し侵入する可能性を考えますと、それ以外に道はないかと・・・私で良ければ老骨ながらお手伝いさせて頂きます」


「うむ、すまぬのう。せっかく余生を研究に費やすと息巻いておったのに」


「いえ、後進を育てるのは先人の務め・・・それにクオンらのお陰でギフトも昇華致しましたので、王都に残り暇を見つけては研究に勤しみます」


国王ゼーネストよりデラスは役目を頼まれていた。その役目とは2つ。1つは王都に入って来る者の『鑑定』。人に擬態した魔族や魔族そのもの、得体の知れないものなどを見分ける為に門兵と共に番をして欲しいと


もう1つは育成。元々『鑑定』を持っているものへの『解析』への育成。それと『鑑定』のギフトの普及である


「ニーナにはまた反対されそうだな」


「また・・・ですか?」


「ああ。極秘と言うかなんと言うか・・・四天の四家には裏で依頼をしていたのだ。器のない人の数を増やすように・・・そのやり方がニーナには受け入れ難いらしく、先程も散々言われてしまったよ」


ゼーネストは困ったように頬を掻きながら言うとソファーに背中を預けた。デラスもクオンからそのような話をチラリと聞いてはいたが、老年のデラスにはそれがそこまで悪い事には思えなかった


「性の価値観・・・ってところですか」


「うむ。さっさとクオンめに抱かれれば変わると・・・」


「へ、陛下!ひ、王女の前でそんな・・・」


ミゼナが慌ててゼナの耳を塞ぎながらゼーネストを窘める。ゼナはなぜ耳を塞がれたのか分からずにキョトンとしていると、顔を振って塞がれた手を振りほどき、目の前にいるデラスへと向いた


「デラスはシントの使者達と共に旅しておったのだろう?」


「はっ、一時ですが共に行動しておりました」


「その・・・シャンドと呼ばれている者を存じておるか?た、助けてもらった故、直接礼をしたくてな・・・」


「えっ?」


顔を赤らめながら言うゼナに思わず素で返してしまったデラス。ゼーネストの方を見ると目を閉じて首を振っていた


「ゼナ王女・・・あの者は・・・」


「私が不用意に部屋から出た為に・・・身を呈して守ってくれたあの方に是非直接御礼がしたい。かなり傷を負っていたので見舞いの方が良いか?のう、どう思う?」


「へ、陛下・・・」


助けを求めるようにゼーネストを見るが、ゼーネストは遠い目をしながら明後日の方向を見ていた


その後も散々ゼナからの質問攻めにあうデラスであった────



「あら?ニーナ様?どちらへ?」


マーナがハーネットの屋敷へと訪れたニーナを見つけて声をかけると、何故か顔を真っ赤にして険しい顔をして振り向いた


「ク、クオンはいるか?」


「クオンならさっきハーネット様と道場に行くって・・・」


言葉の途中でニーナはスカートの裾を上げて足早に道場へと向かってしまった。マーナと隣にいたステラが顔を見合わせて首を傾げてると2階からアースリーが欠伸をしながら降りてきた


「何の騒ぎです?」


「さあ?・・・ところでアースリーちゃんはどうするの?クオン達について行くか、このまま王都に残るか・・・」


クオン達シント組は既に戻る準備を開始している。フウカだけはディートグリスに残るらしく、クオン、マルネス、アカネは準備が出来次第戻る予定だ


ジュウベエは何も言わずふらふらしているので、戻るかどうか不明だが、クオン曰く戻るだろうとの事


ディートグリス組は早々にデラスが王都に残る事を表明、ニーナも残ると言っていた。四天関係の面々は聞くまでもなく、レンドはジュウベエ次第という態度を取っている


マーナはクオンについて行く事に決めていた。シントという国にも興味がある。だが、1番の理由は未だ継続中のマルネスとの戦いである


「私は・・・逃げる訳にはいかない!地獄の果までついて行くわ!」


「よく分からないですが、凄い気迫です。ワタシは・・・目下悩み中です」


「あら・・・私はてっきりマルネス様についていくものだと・・・」


「ええ・・・ですが、ワタシを悩ませるものが現れたとの情報を得ました。由々しき問題です」


「?・・・誰?」


「それは・・・あっ!シャンドさん!聞きたいことが・・・」


話の途中で玄関から大量の箱を積み重ねて運ぶシャンドが入ってくると、アースリーは駆け寄り声をかけた


「何でしょう?」


箱を玄関の端に置き、スっと立つ姿は正に敏腕執事。ジャバに燃やされた執事服は既に新調されていた


「あの・・・ムキムキマッチョメンはどこです?」


「・・・私にそんな愉快な名前の知り合いはおりませんが?」


「あ・・・えっと・・・」


「もしかして、フウカさんに弟子入りした魔族の?」


マーナの助け舟にアースリーがコクコクと頷くと、シャンドは理解したのか頷いた


「なるほど・・・確かに彼はムキムキですね。残念ですが私は彼・・・ボムースの現在地を知りません。彼はフウカ様の弟子となると言ってから付きっきりと思ってましたが・・・フウカ様と一緒では?」


「フウカさんはアカネさんと買い物に行ってるのよねー・・・って、アースリーちゃんまさか悩ませるものってそのボムースさん!?」


マーナの問いにアースリーは力強く頷く。フウカがディートグリスに残る事からボムースもディートグリスに残ると聞いて、アースリーは悩んでいた。魔道を取るか筋肉を取るか


「ところで何をお悩みなのでしょうか?」


「あっ、えーっと、クオンについて行くかどうか・・・かな?」


「確かアースリー様はマルネス様の元で土魔法を・・・ふむ、でしたらクオン様について行く事をオススメします。ボムースに会いたくなったら私がココに連れて行って差し上げましょう。クオン様はアースリー様の能力を高く評価しておりますので事情を話せば問題ないと思われます」


「クオンさんについて行くです!」


「即答かい・・・あの・・・シャンドさん?クオンの私の評価は・・・」


アースリーがクオンから高く評価されてると聞き、自分はどんな風に思われているのか気になるマーナ。本当の所は女として・・・を聞きたい所だが、仲間としても気になる所であった


「もちろん高く評価されてますよ?魔の世ではクソの役にも立ちませんが」


「うっ・・・ちなみにステラは?」


「魔力タンクとしては非常に優秀ですね。いざと言う時の保存食にもなりますし」


不服なのかステラはシャンドに対して吠える。しかし、シャンドが微笑みながらステラを見ると、しっぽを丸めてマーナの後ろに隠れてしまった


「食べないで・・・ところでその箱は?」


シャンドが運んで来た積み重ねられた箱の数々。中身が見えない為、旅に必要な物が入ってるのかと思い聞くと、意外な答えが返って来る


「これは・・・執事服です」


「・・・え?」


「クオン様がこの国の王に要求した所、このように大量の執事服が・・・凡そ100着程あるみたいですが、嫌がらせでしょうか?」


「し、知らないわよ!もしかして、これが今回の報酬?」


「いえ、個人的に頂いたようです。報酬は確かディートグリスの方々は爵位だったはずでは?クオン様達はお金と聞いておりますが」


「しゃ・・・爵位?」


「それがいかほどのものか分かりかねますが・・・後はクオン様にお聞き下さい。私はまだ運ばなければならないのでこれで」


シャンドは礼をすると外に出て行ってしまった。箱1個で何着入ってるか分からないが、まだまだ積み重なっていく事を考えゲンナリするマルネス。そのマルネスの裾をアースリーが引っ張ると、マーナはその意図を汲んで2人と1匹でクオンのいる道場へと向かうのであった────




ハーネットの屋敷でソファーに寝そべりくつろいでいるクオンの元に神妙な面持ちでやって来たのは屋敷の当主、ハーネット・バーミリオン。クオンはいつぞやの『友になってくれ』宣言をしたハーネットを思い出し微笑むとハーネットは勢いよく頭を下げた


「シントに戻ると聞いた!その前に・・・その前に僕と立ち合ってはもらえないだろうか」


「どうした?急に」


「いつかは戻ってしまうのは分かっていた。だが、いざ戻ると聞いた時、胸に去来したのは絶望感・・・いつかは肩を並べると豪語していたにも関わらず、その肩が露ほどにも見えてない事を知った・・・今はまるで暗闇の中をふわふわと歩いているような感覚だ・・・」


「立ち合って何を得たい?」


「僕の到達点・・・そこを確認したい!雲がかかり見えぬ頂上を少しでもいいから見てみたい!」


「見てどうする?」


「いずれは同じ高みに」


「俺にメリットが全くないな」


「だから、頼んでいる」


「断ったら?」


「諦める」


「潔い事で・・・。その真っ直ぐさが今回仇となったんじゃないか?四天といい国王といいなぜ正面から立ち向かう?今回、王女を狙っているのは分かっていたはずだ。隠れるのも一つの手だぞ?」


「『不退転』・・・自らが誤っていない時、退くべからず・・・恐らくこれは魂に刻まれた記憶なのだろうな・・・逃げるという選択枠はない」


「守る身にもなってやれよ・・・ったく。この前の道場で良いか?」


「クオン!」


神妙な面持ちだったハーネットの顔がパッと明るくなる。無理強いはしたくない、しかし、戦いたいと頭の中の葛藤が晴れた瞬間だった


クオンとハーネットは道場に移動するとお互い木剣を手にして中央で対峙する


互いに普段着で他の武器の携帯はない


ハーネットは対峙してすぐに翼を出す


道場の天井はそれほど高くはない為、そこまでアドバンテージにはならないが、普通に床を蹴り走るよりも素早く移動が出来、方向転換もスムーズに出来る


飛び道具である羽根は使うつもりはない。ただ全力でクオンにぶつかりたい気持ちが翼を出させていた


剣を構え対峙する2人


次第にハーネットの身体が光り始めクオンが目を見開いた


「ハーネット・・・お前・・・」


ハーネットは思い出す。為す術もなくワットに攻撃され、自らを盾としなければ防げなかった状況を。不甲斐ない自分を


「僕は・・・仲間を救えなかった!もしあの時・・・フウカ達が来なければ・・・だから僕はもう負けない・・・決して・・・誰も失わない!」


ハーネットの身体全体から光が迸り、その光がクオンの頬を掠めると薄らと傷をつけ、そこから血が滴る。クオンは頬の血を手の甲で拭うと両目を開いて口の端を上げる


≪こりゃーヘタな魔族なら触れただけで消し飛ぶぞ?≫


「僕の・・・全力をぶつける!!」


ハーネットは翼を羽ばたかせ、真っ直ぐにクオンへと向かう。クオンはハーネットと同じように身体全体を光らせる。しかし、ハーネットが白ならクオンは黒く光る


相容れぬ白い光と黒い光がぶつかり合うと道場に甲高い音が響き渡った


「ぐっ・・・ぬう!」


≪そう力むなよ・・・そう背負い込むなよ≫


クオンが押し合いを制し、ハーネットを吹き飛ばす。態勢を整えようと翼を羽ばたかせたハーネットに向かって駆け寄ると剣を一閃・・・しかし、辛うじてハーネットはその剣を自らも剣を振り弾いた


「力むな?背負うな?無理だね・・・僕は四天の一人・・・皆を守る義務がある!」


ハーネットはお返しとばかりに剣を振るう。剣技とは言えない無茶苦茶な振り方だが、身体全体を覆う力がハーネットの能力を一段も二段も上げ、嵐のような攻めを繰り出す


≪そりゃあ四天はそうなんだろうよ!≫


クオンは正面からその攻撃を全て受ける。四方八方から来る攻めに対して全て受けきると互いの顔の前で剣を当て押し合う


「四天は?それ以外に何がある!」


≪お前は四天の前にハーネット・バーミリオンだろう?そのハーネット・バーミリオンの近くには本当に守られるべき存在しかいないのか?≫


「僕の周りには・・・」


≪ガトー、ジゼン、ソフィア・・・そして俺達がいる。お前の全力はお前1人の力か?≫


「何を・・・」


≪今回俺は全員の力でラフィス達を撃退したつもりだ。俺はもちろん黒丸、アカネ、ジュウベエ、シャンド、レンド、マーナ、デラス、アースリー、レン、フォロ、ステラ・・・お前らも含めて全員の力で『全力』だ≫


「全員の・・・力・・・」


ハーネットは木剣に力を込めながらワットとの戦いを振り返る。4人で・・・『白銀の翼』で目の前の魔族、ワットを倒そうと意気込んでいた。しかし、蓋を開けてみればハーネットは上空からワットを攻撃し、ガトー達と連携を取らず1人で倒そうと躍起になっていた


結果、ガトー達は独断でハーネットの加勢に入り返り討ちに合うが、もしハーネットが上空から指示し、ガトー達と連携を取っていたら結果は変わったかもしれないと思い始める


「僕は・・・」


「違うぞ、ハーネット!俺らが弱いから・・・お前と肩を並べられてないから!お前に負担ばかりかけて・・・」


「強くなる・・・共に戦えるように・・・強く」


「・・・ガトー・・・ジゼン・・・」


いつの間にか道場に来ていた3人、ガトー、ジゼン、ソフィア。ハーネットが悩むのを見て思わず叫んでいた


「ハーネット・・・いずれ私達も貴方に頼られるように・・・」


「ソフィア・・・違う・・・僕が・・・弱いから・・・君達に頼る事さえ出来ない」


「ハーネット・・・」


ハーネットは歯噛みし、更に力を全身に込める。全身を包み込む光は増し、次第にクオンの剣を押し返す


「クオンの言う通り・・・僕は彼らを失いたくないと思い・・・1人で・・・でも違う・・・僕は『彼らを』ではなく、『彼らと』守るべきだったんだ・・・ラフィスから王女を!!」


ハーネットは瞬時に力を込めてクオンを突き放すと翼を羽ばたかせクオンの背後に回り込む。その速度は今までの比ではなく、ソクシュの『神速』に匹敵していた


背後に回り込んだハーネットがクオンに斬り掛かる。クオンが振り返る前に剣が当たると確信したハーネットが当たる寸前で剣を止めるといつの間にか首筋にはクオンの剣が


≪引き分け・・・「かな?」


ハーネットの剣はクオンの頭の上で、クオンの剣はハーネットの首筋に置かれ、そのままの態勢で膠着する。クオンは一息つくと左目を閉じて微笑み剣を引く


「で?頂上は見えたか?」


「・・・雲がかかって頂上が見えなかった・・・でも、雲は自分で作り出してた。ようやくその雲が晴れたと思ったけど・・・今度は本当の雲が見えただけだった」


「また自分で作ったんじゃないのか?雲を」


「どうだろうな・・・もし、ギフトを使ってたら結果はどうなった?」


「俺の完勝だな」


「・・・どうやら雲は分厚いようだ」


ハーネットも剣を引き、その場にへたり込む。ガトー達が心配しハーネットの傍に駆け寄るとハーネットは苦笑いしゆっくりと立ち上がった


「心配かけた・・・もう大丈夫だ」


神妙な面持ちだったハーネットは憑き物が取れたような穏やかな顔で仲間に囲まれる。それを見てクオンが肩に木剣を乗せて一息ついていると、道場に新たな来訪者、ニーナがやって来た


「失礼するわ!」


ニーナは脇目も振らずクオンの傍までやって来て身体がぶつかるかと思うくらいに近付き見上げた


「ニーナどうし・・・」


「クオン!抱いてくれないか!」


「ぶはっ!」


クオンの言葉に食い気味にニーナが語気を強めて言うと、聞いていたハーネットが思わず唾を吹き出し前にいたソフィアにかかってしまう。ソフィアはハーネットを睨み、ガトーとジゼンは目を見開いてとんでも発言をしたニーナを見つめていた


「・・・何を藪から棒に・・・」


「私には分からない!陛下は必要な事だとは言うが・・・私には・・・」


「・・・俺にもさっぱり分からない。とりあえず落ち着いて話してくれないか?」


「あ・・・ああ」


ニーナはつい先程まで国王ゼーネストの所でラフィスの言っていたことが本当かどうか聞いていた。ラフィスの言っていたこととはもちろん『元四天』の事


ゼーネストはニーナの問いかけに本当である事を告げると共に、なぜそのような事をしているか話した


ゼーネストよりもずっと前の代より風習として四天は妻や夫を取らず、任期を終えると子作り行脚に精を出す。元々人には器などなく、原点回帰という意味合いで始まったらしいのだが、王都への転居、生活の保証、器無しの子を成した時の奨励金など様々な恩恵が受けることが出来る


ニーナは理解出来ず、その風習をやめることは出来ないのか尋ねるとゼーネストは首を横に振った


人はギフトに頼るべきではない


そう先人の教えが根強く王家には伝わっており、何百年何千年かけていずれは人の世界を・・・という思いがあるらしい


だが、やはりあまり体裁のいい風習ではないとゼーネストも分かっている為に世間には知らせておらず、その為にニーナも知らされていなかった


理解出来ないニーナはゼーネストとの話し合いが終わった後、ひたすら考えて出た結論が『行為自体をした事ないのに、異論を唱えるのはどうなのだろうか』というものだった


そして、クオンの元へ訪れ、先程の『抱いてくれ』発言へ至る


「・・・なぜ俺なんだ・・・」


「そ、それは!・・・身近に・・・それに・・・2回も・・・」


「経験したいなら他を当たってくれ。俺は・・・うん?マーナとアースリー?・・・それに黒ま・・・」


次々と道場に現れる面々。クオンが来たもの達に気を取られているとニーナが強行に出た


クオンがマーナ達に気を取られている隙をつき、首に手を回すと唇を奪う。それを見ていたマーナとアースリーが呆然とし、2人の後ろにいたものが怒りの炎を燃やし道場にズンズンと入って来た


「ぷはっ・・・この・・・てか、待て!黒丸!いや、マルネス!」


擬態化しアダルトになっているマルネスがクオンに無言で近付く。ニーナの身を案じ、自分の後ろに急いで隠すと、アダルトマルネスに頬をひっぱたかれた


「・・・おい」


ニーナに対して怒っているのかと思いきや、怒りの矛先はクオンに。両手を腰に当ててクオンを睨みつけると一緒に来たマーナとアースリーに声をかける


「マーナ!アースリー!クオンを抑えとけ!」


有無も言わさぬ物言いに、マーナとアースリーが素早く動きクオンの背後に回ると腕を一本づつ固定した


「おい・・・待て。俺はされた方だぞ?」


「隙があるのが悪い!大人しく食らうが良い!」


アダルトマルネスがメイド服のスカートの裾を摘むと、片足を上げ蹴りを繰り出す。顔面を狙った鋭い蹴りをクオンは屈んで躱すが、そこで動きが止まってしまった


「甘いわ!」


ゴッと音が鳴り、見事にクオンの頭にかかと落としが決まった


「ぐっ!」


クオンが自由になった左手で頭を抑えるとフラフラとよろめく。左腕を抑えていたマーナはマルネスを指差しながら呟く


「マルネス様・・・おパンツ・・・」


「ん?なんだマーナ・・・下着くらい今更クオンに見られたとて・・・」


「いえ・・・その・・・おパンツにお名前が・・・」


「なぬ?・・・・・・な゛ぁぁあ!?」


スカートの裾を上げ、頭を下にして覗き込むと下着にはハッキリと『マルネス』の文字が


「・・・履く時に気付けよ」


クオンが頭を抑えながら呟く。最初の蹴りを躱した時に下着の名前が目に入り、思わず固まってしまった結果、かかと落としを食らう羽目になり、クオンとしてもなぜそこに名前がという思いがあった


マルネスは恥ずかしさで真っ赤になり、ふと思い出す。先程クゼンに見られていたという事を


「いかん・・・記憶を・・・消去せねば!」


視線をさまよわせ、道場を後にしようとするマルネス。しかし、クオンが目を細めてそれを止める


「待て・・・お前・・・誰かに見られたな?」


クオンの言葉にギクッと身体を震わせて立ち止まるマルネス。ギギギと音が鳴るようにゆっくりと振り返りクオンを見つめると声を震わせ否定する


「な・・・何の事だ?・・・妾が他人に・・・」


「ほう・・・人には隙があるのが悪いと言っておいて・・・言った本人は下着を誰かに見せたと?」


「待て!誤解だ!偶然・・・いや、なんと言うか・・・」


いつの間にか立場が逆転し、しどろもどろに弁明するマルネス。クオンが更に問い詰め、マルネスが泣きそうになりながら説明している姿を見てニーナがため息をつく


「ニーナ様?」


マーナがニーナの様子の変化に声をかけると、ニーナは更に大きく息を吐きマーナを見た


「なんだか・・・二人を見ていると馬鹿らしくなってくるな・・・真剣に悩んでいるのが・・・」


「ええ・・・本当に。でも、私は負けませんよ・・・マルネス様にも・・・ニーナ様にも」


「・・・お主もか?」


「ええ」


ニーナが驚きマーナに聞くと、マーナはにっこりと微笑み返す


「何となく・・・分かった気がする」


ニーナは天井を見上げ、目を閉じて呟いた。ニーナが理解出来なかったのは1人が複数の異性と契るという行為。結ばれた2人はずっと添い遂げるものだと思い描いていたニーナにとって、『元四天』の行為は不潔そのものであった。しかし、いざ自分が同じ立場になると・・・例えクオンがマルネスと結ばれようと、自分も結ばれたいと思ってしまっている


「心とはままならないな」


「負けて消えるほど小さい炎ではない・・・って事ですかね?」


「それが初めて灯した炎ならば尚更・・・って所か」


ニーナとマーナは見つめ合い苦笑する。そして、クオンに更に問い詰められ、大人の姿ながら正座して小さくなっているマルネスを見て微笑んだ。『負けない』と心の中で呟きながら────




薄暗い部屋の中、久しく開けられる事がなかった扉が開けられると、部屋の主はそちらに顔を向けた


≪あら?珍しいお客様ですこと≫


≪礼を言いに来た・・・が、邪魔か?≫


≪礼?邪魔なんてとんでもない。歓迎しますわ、ファスト様≫


ファストと呼ばれた男が部屋の主に招かれて対面にあるソファーに腰掛ける。部屋の主はソファーに寝そべるように身体を預けていたが、ゆっくりと起き上がった


長い髪を掻き上げ、気だるそうにすること部屋の主を見てファストは苦笑し話しかける


≪楽しげだったからな・・・何を見ていた?≫


≪愛しの方の残り香・・・とでも言いましょうか≫


≪なるほどな≫


≪・・・世間話をしに来た訳ではないのでしょう?先程の礼とは?≫


≪ああ、そうだったな。君のお陰で面白いものが見れた≫


≪面白いもの?≫


≪元長老に魂を受け継ぐもの、それに迷える子羊ってところかな?≫


≪その言い方・・・好きではありません。一体どこで?≫


≪雑魚がどこかの街の前で群がっているのを見かけてね。開いていた『扉』の前でしばらく様子を伺っていたら偶然見れた。まあ、少ししたら魂を受け継ぐものに閉められてしまったがね≫


≪・・・≫


≪お陰で色々と思い付く事が出来た。君らのしている事にはあまり賛同出来ないが、感謝の印に見逃してあげよう≫


ファストの言葉に部屋の主は眉間にシワを寄せる。しかし、ファストはそれを気にすること無く立ち上がると、部屋の隅に転がるものを見つめた


≪ソレは生きてるのかい?≫


≪・・・≫


≪嫌われたかな?まあいい≫


ファストはそのまま部屋の扉へと歩き、扉のノブに手をかけながら振り向いた


≪ああ、そうそう・・・再び開かれる晩餐会には是非君にも参加して欲しい。元従者としては見ているだけではつまらないだろ?カーラ・キューブリック?≫


≪まさか!?≫


≪楽しみにしていたまえ・・・今度の晩餐会で世界は変わる≫


カーラがやっと反応した事に満足したのかファストは微笑みながら部屋を後にした


残されたカーラは指先に魔力を込めるとほんの数センチの小さな扉を創り、覗き込む


≪ああ・・・アモン様・・・≫


カーラの目に映るのは1人の男性


その男性を穴が空くほど見つめ自らの股間に手を這わす


≪ああ・・・ああ・・・≫


部屋の中で木霊するカーラの喘ぎ声。クチュクチュと鳴らす股間から芳醇な香りが部屋を満たし、部屋の隅にあるソレが微かに動く。カーラはソレに気取られる事無く自らを慰め続けるのであった────

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