2章 32 終わりを告げる花
王城内4階に存在する部屋と言うよりもホールと呼ぶに相応しい広さを誇る一室はある存在により狭く感じられていた
その存在とはドラゴン
5m程の高さに加えて大きな翼がより見るものに圧迫感を感じさせる
そのドラゴンが所狭しと動くものだから近くにいる者は更に手狭に感じられていた
その1番の被害者がアカネ・フェワード
相対するジニアは最初こそ威勢よくアカネに攻撃を仕掛けて来たがアカネに適わないと分かると逃げに徹するようになった
元々非戦闘員を自負するだけあって恥も外聞もない
「ちょっと!魔族の恐ろしさを刻んでやるって言ってたのはどこのどいつよ!」
≪刻み方にも種類があるの!≫
「・・・じゃあ、この状況の刻み方は?」
≪・・・倒せない恐怖?≫
「『炎蛇』」
アカネのこめかみに青筋が走り、指先から炎の蛇を出す。炎の蛇はクネクネと動きながら襲いかかるが、ジニアはファイヤードラゴンであるジャバの後ろに隠れて難を逃れる
≪うは!あっぶねえー!≫
「クオン!ちょっとそのデカブツどかしてよ!」
ジャバの赤黒い鱗にアカネの炎蛇が弾かれるのを見て更に青筋を立てるアカネ。魔素がない状況下で無駄打ちが出来ないにも関わらず何度か同じ躱し方をされて怒りは頂点に達していた
「無茶を言うなよ。俺だって・・・うわっと・・・必死に」
「たかがドラゴンなんでしょ!」
「されどドラゴンだ」
「この・・・」
クオンはジャバの攻撃を躱しながら答えると神刀『絶刀』を抜き放ちジャバに斬りつけるが傷一つ付かないのをアカネに見せる
「ほらな」
「『ほらな』じゃない!」
実際攻めあぐねていたクオンがどうしたものかと悩んでいるとジャバが立ち上がる。そして、見上げるクオンを見下ろすと口を大きく開いた
開けられた口の喉の奥、そこから魔力で精製された赤い炎がグルグルと渦巻いている
「開けることを『拒む』」
≪貴様如きの魔技など不意を突かれなければこのワシには効かぬわ!≫
喚くジャバだが声とは裏腹にしっかりと閉じられた自分の口を見て鼻に皺を寄せた
「・・・同情するよ」
「閉じさせた・・・ぷっ・・・あんたが・・・同情して・・・どうすんのよ」
ジャバのあまりの間抜けっぷりにクオンはウンウンと頷き、アカネは何とか笑いを堪えながらクオンにツッコミを入れる
≪『炎龍』の名を冠してからしばらく・・・ここまで虚仮にされたのは初めてだ≫
「さすがエンシェントドラゴン・・・口の中で暴発はさせなかったみたいだな」
≪・・・もうよい・・・もう・・・≫
怒りを通り越した。言わば『逆鱗に触れた』
ジャバの全身から魔力が立ち上る
その魔力が周囲に熱風として伝わり、部屋の温度が一気に上昇する
≪やっちゃえ!ジャバ様ー!≫
ジャバの背後に隠れていたジニアがあまりの熱さに扉付近にいるラフィスの元に下がりながら叫ぶとそれに呼応するかのように再びジャバが立ち上がる
≪場所ごと吹き飛ばしてくれるわ!≫
「ちょ、ちょっと!クオン!!」
何かが来る・・・そう感じたアカネが焦りクオンに振り向くと、クオンは笑顔である一点を見つめていた
「お前はいっつもタイミングが良いな・・・シャンド」
アカネがその言葉を聞いてクオンの視線の先を追うと、吠えるジャバの鼻先に上級魔族、シャンド・ラフポースが佇んでいた
≪ぬう!?≫
≪フォロ様を助け、魔力を回復し到着してみたらドラゴンの鼻の上とは・・・それにしても熱いですね・・・ちょっと控えて貰えません・・・か!≫
シャンドは鼻の上で飛び上がり魔力を込めてジャバの鼻を踏み潰す。ジャバの巨体が叩き潰され部屋全体が大きく揺れた
シャンドは空中でクルリと回転し地面に降り立つとジャバに背を向けクオンの元へ
≪全て滞りなく≫
クオンに対して胸の位置で腕を曲げ礼をする姿は一介の執事。執事服を身に付けていることもあって周りにはそうとしか見えなかった・・・ドラゴンを踏み潰していなければ
「お前とアースリーが居なければやばかった。ありがとう・・・で、あのドラゴンはどうだ?」
≪潰すつもりで力を込めたのですが、思いの外硬いようです。倒せない事はないのですが、周囲は焼け野原と化しましょう≫
「やっぱり?・・・仕方ない、俺が・・・」
クオンが言いかけた時に部屋の奥にある扉が勢いよく開け放たれる。奥から何者かの制止する声が響くがそれを無視して1人の少女が部屋から出て来た
「お姉様!!」
ゼナ・クルセイドその人である
奥の小部屋で父であるゼーネスト・クルセイドと共にその身を隠していたが、先程の大きな揺れによりミゼナの身を案じて部屋の扉を開けてしまった。そして、部屋を一望して気に止めたのは部屋の中心で床にうつ伏すドラゴンでも自分を殺しに来たラフィスでもなく気絶している女性・・・ミゼナの姿だった
部屋の中でゼナを止めようと叫ぶゼーネストを無視し、ゼナはミゼナに向かって駆け出す
「まさか本当に逃げていないとはね。ジャバ様!あの娘を!」
≪クカァ!≫
うつ伏していたジャバがラフィスの言葉に反応し、すぐさま炎を吐き出す。魔力の溜めを行っていないとはいえ大きな口から吐き出された炎は軽くゼナを飲み込む
「え?・・・」
「ゼナーーー!」
ゼナを追いかけて部屋から出て来たゼーネストが近衛兵に抑えられながらゼナに手を伸ばして叫ぶが、既にゼナはミゼナの方に駆け出しており到底間に合わず、ただ叫ぶことしか出来なかった
部屋に爆音が響き渡る
その音で気を失っていたミゼナが目を覚ますと状況が飲み込めずに煙が立ち込める方向を見て呟いた
「・・・姫?」
煙が晴れていき、姿を現したのは縮こまるゼナとそのゼナを守るように佇むシャンド
「シャンド!」
≪主の攻撃よりは生易しいですが・・・直撃は厳しいですね≫
『瞬間移動』でゼナの前に移動してジャバの炎を受けたシャンド。魔力を帯びて受ければなんてことは無い攻撃も、生身のまま食らえばさすがのシャンドも致命傷に至る
「あ・・・あ・・・」
ゼナは腰を抜かし自らを庇ってくれたシャンドを見ると、所々が爆風で吹き飛ばされ、立っているのもやっとの状態に見えた。人なら即死の状態にゼナが言葉を失っていると、ミゼナが駆け寄りゼナを抱き締める
≪そのまま・・・どこかに連れ出してくれませんかね?もう庇うのは無理かと・・・≫
「あ、ああ」
ミゼナは頷き、呆然とするゼナを抱き抱えるとゼーネストの元へと足を引きずりながら歩いて行く
「くっ・・・ジャバ様!」
≪邪魔者が減ったと思えば上々・・・次で終わらせてくれるわ≫
もう一度と促すラフィスに頷くと、ジャバは起き上がり魔力を溜め始めた
「よくやったシャンド・・・≪そこで休んでろ・・・もう好き勝手はさせん≫
クオンは目を閉じ身を呈してゼナを守ったシャンドを労うと両目を開けてジャバの前に立ち塞がる
≪フン・・・小煩い魔族が瀕死で何を言うかと思ったら・・・炎を吹くだけが攻撃手段ではないことを知れ≫
ジャバは立ち上がると口、そして両前足に魔力を溜める。圧縮された炎が3カ所で渦巻くと部屋は再び熱を帯びていった
≪生かして帰そうと思ったが・・・やめだ。人の世で朽ちた最初のエンシェントドラゴンとなれ≫
クオンが左手をジャバに向けると3カ所に灯った炎が跡形もなく消え去る。そして、右手に持っていた神刀『絶刀』を横に振る・・・すると、小刀だった刀身が1m程まで伸びた
≪何を!?≫
≪魔法を『拒んだ』。もうバレてるから隠す必要もないか・・・魔法を『禁』じた。俺が許可するまでお前は魔法を使えない≫
≪ふ、巫山戯るな!魔法を禁じただと!?そんなもの格上のワシに・・・≫
≪今はお前の方が格下だ。三下≫
クオンの言葉に我を忘れ、魔力を全身に巡らせて右前足の一撃を放つ
≪動くな≫
クオンに当たる寸での所でジャバの動きは止まり、クオンはジャバを無視してスタスタとラフィス達の元へと歩み寄る
「こ、これ程とは・・・あっ!」
ラフィスは迫り来るクオンに対して恐怖を感じ、撤退しようと試みるもジャバと同様に動く事が出来ない。隣にいるジニアも動けないようで必死にもがいていた
そのジニアの前でクオンは立ち止まると刀身の伸びた刀を肩にトントンと跳ねさせてジニアを見つめた
≪返してもらおうか≫
≪に゛ゃあ!?に゛ゃあああああ!!!≫
クオンは微笑み、左手に黒いモヤを纏わせるとジニアの胸に手を伸ばす。そして、そのままズブズブと指を入れまさぐると3つの玉をジニアの体内から取り出した
≪・・・どれだ?お前の器は?≫
≪返して!返してー!!≫
クオンの問いに答えず、必死に玉を返してくれと懇願するジニア。無視された格好になったクオンの眉間に青筋が立つ
≪黒丸かシャンド・・・デラスに確認させるか・・・運が良ければ潰さないでおいてやるからそこで黙って見てろ≫
≪む、無理無理無理!!核なしだともたないから!!こんな魔素のない場所で・・・あ・・・≫
目で必死に訴えるジニアだったが、自らの異変に気付き言葉を止めた。そして、自分の身体が動くようになった事に気付き、両手を見る・・・まるで蝋が溶けるようにドロドロと形を崩していく
「ヤダ!ヤダヤダヤダヤダヤダヤダヤ・・・ダァ・・・ァ」
声からも魔力が消え、悲鳴をあげる声も徐々に小さくなっていき身体全体が溶けていく。最後は縋るようにクオンへと手を伸ばすがそれも届かずに完全に溶けて消え去った
≪・・・浄化・・・か≫
クオンは呟いてラフィスを一瞬見ると未だに動けずにいるジャバの元へと戻っていく。途中アカネがクオンを見て声をかけた
「えげつないわね・・・しかも、女の子の胸をまさぐるなんて・・・」
≪器を抜いてもすぐには死なないと思ってたけど、魔素が浄化されてるこの場所じゃあ通じなかったな。ちなみに胸はまさぐってないぞ?体内はまさぐったがな≫
「はいはい・・・で?もうラフィスは討っていいの?」
≪聞きたいことは聞いた。予定通りラフィスはアカネに任せる。俺はちょっとこの巨体の解体ショーを・・・≫
「アカネが僕を・・・?ジャバ様の解体ショー?・・・君らはまだ分かっていない!ジャバ様!もう結構です!本来のお姿でコイツらにトドメを!!」
ラフィスの声を皮切りにジャバの身体から大量の魔力が迸る。王都全体に響き渡るように吠えると徐々に身体が大きくなっていった
立ち上がらずとも天井まで届く程の大きさまでになるとジャバは大きく息を吐く。ただ吐いた息が熱風となり壁際の兵士達に恐怖を届ける
≪もう止まらぬぞ・・・全てを喰らい尽くしてやる!≫
≪なるほどね・・・縮小化で力を抑えてたから、本来の姿になれば勝てると。少しは分かれよ・・・格の違いを≫
≪ぬかせ!小童が!!≫
≪動くな≫
倍ほどの大きさになったジャバが背後にいるクオンの方を向こうとするが、その動きは封じられてしまう。自力でクオンの能力を打ち破ったと思っていたジャバは目を白黒させてクオンを横目で見た
≪元の姿になろうが小さかろうが・・・格は変わらねえよ。魔力が上がって調子に乗ってる所悪いが・・・邪魔だから削るぞ?≫
≪バカな!この・・・エンシェントドラゴンであるこのワシが!≫
≪言ったろ?たかがドラゴンだ≫
クオンは刀を一際大きく肩で跳ねさせると一気にジャバの足元に滑り込み全ての足を切断する。先程まで弾かれていたのが嘘みたいにスパスパと切り刻む姿に周囲の者達は呆気に取られ見入ってしまっていた
足から始まり、尻尾を切り落とした後、足掻くジャバの姿を見て口の両端を上げて不気味に笑う
≪まだでけえ・・・もっと小さくなれよ≫
≪~~~~~!!!≫
もはやエンシェントドラゴンの尊厳もなく呻き散らすジャバ。そんな身動きを取れないジャバに対してクオンの容赦ない攻撃が続いた
アカネは凄惨な光景に王族が小部屋に戻ってて良かったと思い、シャンドは瀕死の状態でそれでこそ主と賞賛する
あらかた削り終わったと満足するクオンの足元には縮小化した時と同じくらいにまで削られたジャバが横たわる
≪・・・さあ、剥ぎ取りタイムだ≫
≪!?・・・うぐぉ・・・待て・・・これ以上何を・・・≫
≪何を?決まってるだろ?俺の敵になった時点でお前は素材だ。幼龍ですら高値で取引されてんだ・・・エンシェントドラゴンなんて言ったらそれこそ・・・≫
≪ぐぎ・・・貴様・・・それでも・・・≫
≪それでも・・・なんだ?≫
クオンは顔を起こそうとするジャバを思いっきり踏みつけ見下ろした。ジャバはその目を見て凍りつく・・・自分の事を本当に素材としか見ていないような冷たい視線を感じて
≪ディートグリスの兵士達を葬るのは勝手だ。それが戦いだからな。俺も俺に対する攻撃は何とも思っちゃいねえ・・・だがな、戦闘力の皆無な少女を狙った攻撃とそれで俺の仲間が傷付いた事は許せねえ・・・ああ、許せねえな!≫
踏みつける足に力がこもる。床がへこみ、ジャバが苦悶の表情を浮かべるが更にクオンは力を加えた
≪・・・大人しく・・・魔の世に・・・帰ろう・・・だから・・・≫
≪大人しく?騒ぐだけ騒いどいて大人しく?寝言は寝て言え≫
≪ま、待つのだ!・・・ワシはカーラの願いを聞き・・・≫
≪人を喰らいに来た・・・だろ?≫
≪まっ、てぴゅっ!≫
黒いモヤを纏った足がジャバの頭部を踏み抜くと、身体が一瞬ビクンと動き、それからはピクリとも動かなくなった。エンシェントドラゴンにまで至った『炎龍』ジャバの最後であった
≪・・・シャンド、器を残して頭を破壊された場合ってどうなるんだ?≫
≪魔族、魔獣は器が本体と言っていいでしょう。ですので、厳密に言うとそこのドラゴンは生きています。しかし、頭部が無ければ考える事も出来ず、魔素を取り入るといった行動も出来ません。自然に吸収される量で足りればそのまま朽ち果てることなく存在する事は可能ですが、その状態が果たして生きてると言っていいのやら考えものです≫
「なるほど・・・ね」
クオンは左目を閉じると感慨深そうにジャバを見つめる。当初は魔の世に送り返そうと思っていた。エンシェントドラゴン・・・悠久の時を経てそう呼ばれるようになったジャバには少なからず敬意を持っていたが、激情に駆られ頭部を破壊してしまった事を後悔する
「今更そんな顔したって仕方ないわよ。『たかが』とか散々言ってたクセに」
「心の奥底では敬意を払ってたぞ?」
「・・・表に出さなきゃ意味ないわよ」
呆れるアカネにクオンは頭をかいて応えると、再度シャンドに疑問をぶつける
「もし仮に・・・頭を回復させたらどうなる?」
≪記憶を司るのは脳です。記憶が空っぽなエンシェントドラゴンの誕生・・・ってところですね≫
「そりゃあそうか・・・」
クオンの視線の先には切り離された足や尻尾があった。先程のジニアと同じように徐々に溶けて小さくなっている。片や頭部を潰されてはいるが胴体と首は一向に溶け始める気配はなく、このまま放置すればディートグリスにとっては大きな財産となるであろう
「・・・」
クオンはジャバの胴体付近に足を運ぶと、一旦を目を閉じてから左目を開けて拳を握った
「仕方ねえな!」
魔力を込めた一撃が胸を貫き、引き抜くと大きな玉を握っていた。その玉を躊躇なく粉砕するとジャバの身体は一瞬で消え去る
部屋の大半を占めていた巨体が消え去り驚きの声をあげる兵士達と宝の山が一瞬で消え去って落胆の声をあげる兵士達は半々くらい・・・しかし、クオンが睨みつけるとすぐに黙った
「あら?素材としか見てないって言ってたのに・・・本当コロコロ変わるわね」
「死体に唾かけるのは気が引けるからな・・・特に長生きした爺さんにはな」
「まっ、私はどうでもいいわ・・・アイツさえ倒せればね」
アカネはそう言うと歩き出す
アイツの元へ
近付くアカネを見て、アイツことラフィスはまだ身動きが取れない身体を必死に動かそうとしていた
「・・・アカネ・・・」
「ラフィス・・・あなたの望みは聞いたわ。いえ、あなたではなく、あなたの母親の望み・・・」
「違う!僕と母さんの望みだ!アカネ・・・君なら分かるだろ?天使は平和に暮らしていた人と魔族の関係を壊したんだ!天使さえ・・・天族さえ居なくなれば再び人と魔族は共に暮らせる・・・共に生きられるんだ!」
「遠い昔にそんな事があったのは知ってるわ。でも今は無理に共に暮らす必要があるとは思えない・・・人を殺してまで果たさないといけないこととは思えない」
「君は知らないからそんな事が言えるんだ!ディートグリスの現状を見ろ!王都は魔素を浄化し、ギフトを管理している・・・これが何を意図するか分かるかい?」
ラフィスの必死の訴えに頭を捻るアカネは、知ってそうな人物に振り返る
「・・・分かる?」
「何となく」
アカネの問いかけにクオンが答えるとラフィスはほくそ笑む
「そうだ・・・そうだろう・・・魔族を天使から守る番犬・・・君なら分かって当然だ!ディートグリスが・・・天族が何をしようとしているのかを!」
「だから何よ!勿体ぶらないで教えなさいよ!」
「魔族の・・・完全排除・・・器も含めてな」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!何を言ってるの?陛下がそんな事を考えてる訳ないじゃない!」
すっかり気配を消していたニーナが聞き捨てならないと急遽参戦。ディートグリス国王であるゼーネストの傍に最も長く居た人物であるからこそクオンの言っている事が信じられなかった
「なんならそこの小部屋にいる国王に聞いてみたらどうだ?今なら僕はクオンさんにギフトを封じられている・・・仲間も居ないし安全だと思うけど?」
「・・・いや、それは遠慮しよう。お前の言葉は信用出来ない」
ラフィスの提案にクオンは首を横に振る。ラフィスは表情こそ変えないが、少し残念そうな素振りを見せるとしゃしゃり出てきたニーナに視線を向ける
「なら、『法の番人』さんに質問だ。王都に魔素がないのはなぜだい?ギフトを管理している理由は?」
「・・・そんなの・・・魔族や魔物を寄せ付けない為に・・・ギフトは使い方を間違えれば危ないから・・・」
「模範解答だね・・・ありがとう。では、質問を変えよう。四天の役目を終えた者達や、四天の兄弟達・・・彼らが何をしているか知ってるかい?」
「・・・質問の意味が分からないわ。彼らは役目を終えて地方で・・・」
「地方で?知らないだろ?聞くもおぞましい行為を彼らはしている・・・聞く覚悟はあるかい?『法の番人』ニーナ・クリストファー」
「おぞましい?ふん、言ってみなさいよ!どうせ・・・」
「彼ら彼女らは子作りをしている。言わば子作り巡業さ」
「は?・・・べ、別に良いじゃない!それのどこが・・・」
顔を真っ赤にするニーナ。その顔を見てラフィスが含み笑う
「夫婦で・・・ではない。訪れた街や村で現地に住む者と・・・だ」
「なっ!?」
「ちょっとラフィス・・・あんたいい加減に・・・」
「アカネ・・・これは重要な事なんだよ。この国は闇が深過ぎる────」
ラフィスは自分が見て来た事を自分の生い立ちと共に話し始めた
ラフィス・トルセン・・・10年前人の世で男爵であるトルセン家の長男として産まれる。ランド・トルセンとカーラ・キューブリックの息子として
仲睦まじい夫婦だったが、ラフィスのギフトが発現した事により状況が一変する
カーラは屋敷にいる全ての者、ランドを含む者達を根絶やしにし、ラフィスを連れて魔の世へと戻った
「あんた実の父親が母親に殺されたってのに淡々と語るわね」
「別に父の記憶などないからね。興味ないさ」
「あー、そうですか」
アカネの呆れ顔に微笑み返すラフィス。身動きは取れないがこの話を聞けばクオン達は味方してくれると絶対の自信があるのか余裕が戻って来ていた
ラフィスは記憶を探りながら、また語り出す
母であるカーラと共に魔の世に行ったラフィスはこれまでの歴史やギフトについて学んだ
人の世で300年ほど前に起こった出来事、天使襲来による魔族排除の歴史・・・その前の歴史────
学んだラフィスは母の意志を継ぐ為に再び人の世へと降り立った
そこからカーラの指示のもと天族排除の作戦を決行する
人と魔の共存の為に・・・
まずディートグリス全土に足を運び、どこにでも繋げられるように記憶する。その後、魔の世との扉を各地で開き徐々に魔族や魔獣をディートグリスに浸透させていく・・・はずだった
天族を炙り出す為にディートグリス国内に溢れさせるはずだった魔族や魔獣は、魔素の濃い場所を求めディートグリスから出てシントへと向かってしまっていたのだ
その事に気付き計画を変更、魔族ら手勢を引き連れての作戦へと切り替えた矢先に王都へシントからの使者が現れる
「厄介者が来たみたいな口振りね」
「それよりもいつまで続くんだ?この独白は・・・そろそろ腹が減ってきた」
「お二人共黙らっしゃい!彼はまだひとつも嘘はついていません・・・心しておぞましいと言わしめる話を聞こうじゃありませんか!」
・・・シントからの使者の存在はとうに気付いていたラフィス達。しかし、目的が定かではなかった為に静観していると耳を疑いたくなるような情報が入ってくる
────『招くもの』を調査しに来た
ラフィスはすぐにそれが自分である事に気付き、またもや軌道修正を強いられる。ディートグリスのみを対象に動いていたのに、シントが加わってくると話がこじれる・・・そう考えてシントの使者が去るまで待つことを考えていたが、調査隊は本格的な調査の様を呈してきた
それにより仕方なく計画は変更。今度はシントの使者をも巻き込んだ計画を立てた
「それが私達と案内役達を襲った五体の魔族!」
「ええ・・・まあ、案内役達を襲ったのは別の魔族ですがね」
アカネが死んでしまった部下の事を思い睨みつけるが、ラフィスは平然と答える
作戦としてはこうだ
魔族にシントの使者であるアカネ達を襲わせて、寸での所で助け恩を売る。後は行動を共にしていれば苦せずして王城へと入り込める。『法の番人』を抱え込み、アカネが案内役達を襲ってないと分かればシントの使者の仲間として国王ゼーネストに会えると踏んでいた・・・そして、実際に会うことが出来た
「ふん・・・確かに私がアカネ達はやってないと分かれば陛下は今一度アカネに会おうとするだろうな」
「でも、ニーナの屋敷で現れた上級魔族・・・ゼネストだっけ?シャンドが助けに来なければあんたはやられてたんじゃないの?」
「僕があれしきの魔法でやられるとでも?確かに僕が扉を開いてあの魔族を引き込んだ・・・ただの魔族をと思ってたのにあれは予想外だったよ。ギリギリまで魔法を引き付けて、ダメだったら扉を開けようと思ってたけど・・・良いタイミングだったね・・・あの時は・・・!?」
言外に今回はタイミングが悪いとシャンドを責めるように見つめるが、いつの間にか瀕死だったシャンドが無傷になっていて目を見開く
≪瞬時に移動出来てタイミング悪ければ意味はないですからね。?ああ、傷ですか?もう私の力は必要ないと判断しましたので、魔力を回復に当てさせてもらいました。せっかく新調した服は台無しですが・・・これは誰に請求すれば?≫
「王女を助けたんだ・・・後でたんまり王から貰ってやるよ。で、話の続きは?まだおぞましくないんだが・・・」
「・・・おぞましいのはこの後さ・・・」
ラフィスは言うと扉近くの壁に寄りかかる。身動きは取れるようになっていたが、逃げる気はないと示すように両手を広げ、話の続きをし始めた
シャンドとクオンの合流・・・これはラフィスの計画の範疇であった。そして、計画通り事は進みラフィスは謁見の間へと通される
一度訪れた場所ならば『扉』は何時でも開ける。こうしてラフィスはディートグリス国王を何時でも殺せる状態になった
ここでラフィスが黙って消えれば作戦は完璧だった。しかし、ラフィスはミスを犯す
「ミス・・・ね」
アカネがお腹を擦りながら言うと、ラフィスはそれを見て目を細める
「ああ・・・ミスだ。憎まれ嫌われるくらいなら・・・裏切り者と罵られるくらいなら・・・誰かに取られるくらいなら・・・そういった感情を抑えきれなかった僕のミスだ」
自嘲気味に笑うとラフィスはそこからの軌跡を話す
仲間の魔族と合流し、戦力強化の為に器を奪い始める。時には押さえつけ奪い取り、時には反抗され殺し奪い取った
ある時、街の諜報活動をしていたジニアから元四天の一人、バーミリオン家の家族とその護衛が滞在していることを聞かされた。なかなか有用なギフトに出会えなかったラフィス達は元とは言え四天の護衛ならば良いギフトを持っていると判断し護衛のギフトを奪い取りに行く────
ある宿屋で元四天のハーロット・バーミリオンを護衛していた2人を襲撃。激しい抵抗に合い1人を死なせてしまうが、無事器を奪い取る事に成功する
ついでに元四天のハーロットのいる部屋へと入った。天族の搾りかすであり、殺すべき相手ではなかったが、ついでに・・・とラフィス達が部屋に侵入すると裸の男女が悲鳴をあげる
ラフィスは特に気にする事もなくヴァネス達に殺すよう命ずるが女が気になる事を叫んだ
「私は関係ないから助けて!!」
関係ない?ハーロットの妻だろ?関係ないとは・・・と尋ねると女はただの街娘でハーロットとの間に子を成せば大金と王都に住む権利が得られると聞いて行為に及んだと話した
意味が分からずに問い質すとハーロットは怯えながらこう答えた
政策の一部だ・・・と
バーミリオン家はもちろん四天の家系は天使の魂を受け継ぐ天族と呼ばれる者達。天族に器は存在せず、魔力など存在しない。その為、天族と器を持つ者が結ばれれば、子は器を持って産まれる場合と持たずに産まれる場合があり、国が器を持たない人を増やそうと積極的に推進していたのだ・・・元四天や器を持たぬ者達の子作りを
ラフィスはショックでハーロットを害すること無くその場を後にし、より一層天族を消滅させる事に邁進する────
「・・・ん?終わりか?」
「どこかで聞いたような話しね。どっかの国の殿の顔が浮かんだわ」
「・・・まさか・・・そんな・・・おぞましい・・・」
三者三様の反応、その中でクオンとアカネの反応が気に入らなかったのかラフィスが青筋を立てる
「分かっているのか!?妻や子が居ながら他の女性と子作りなど・・・しかも国が推進など・・・有り得ない!例え魔を人の世から根絶させるためとはいえ・・・」
「ピュアか」
「ピュアね」
「────!!」
ラフィスが言葉を失い驚愕しているとクオンは首を振る。そして、信じられないといった表情のラフィスを見てため息をついた
「ラフィス・・・お前の言いたい事は分からんでもないが、ディートグリス国の方針が魔を根絶させるに対して、お前の言うそのやり方が最も人を傷付けないやり方に思えて仕方ないんだが・・・もちろん妻と子の意思や相手の意思を尊重した場合だが・・・」
「クオン・・・四天に特定の妻や夫は居ません・・・恐らく・・・今ラフィスが言った事を実行しやすくする為に・・・」
クオンの言葉を補足するようにニーナが呟く
「・・・なら、尚更平和的な・・・」
「どこがだ!魔を根絶させる為に複数の者と子作りをするのが・・・」
「いやいや、天族を根絶しようと罪もない人や魔族を殺すのと比べるまでもないのが分からないか?」
「大義はこっちにある・・・多少の犠牲はやむ得ない」
「大義?向こうの言い分も聞かずにか?大した大義だ」
「元々は平和に暮らしていた!それを壊したのは天使だ!」
「それはお前の言い分だ。しかも確かめようのない過去の話だ」
「母さんは見て来た!幸せに暮らす人と魔族を天使が壊す様を!過去の話ではない!今なお続く悲劇だ!」
「俺はお前の母親を知らない。だからその話が本当か嘘か判断出来ない」
「母さんが嘘をついていると言うのか!」
「だから知らないから判断つかないって・・・それにもし本当だとしても俺は俺の判断で動く」
「貴様の判断だと!?このままでは手遅れになる!天使が現れたら・・・」
「俺が何とかする」
「このっ・・・なぜ分からない!ディートグリスが行っている事が天使を復活させようとしている事に繋がっていると!アモン様でも止められなかった天使が・・・もうすぐそこに・・・」
「じゃあ自慢の母さんに聞いてみろよ。そのアモン様ってのは犠牲の上に成り立つ平和を求める魔族だったのかを」
「うるさい・・・うるさいうるさい!人と魔族が共存する世界を・・・僕と母さんで創り上げるんだ!」
「頑張れ」
「黙れ!・・・え?」
「俺には何が正しいかなんて分からない。もしかしたら天使が復活し器を持つ人と魔族を根絶やしにするかも知れない」
「だったら僕と・・・」
「でも、そうならないかもしれない。だから、そうなったら考える」
「・・・そうなったら終わりなんだよ・・・当時の最強と謳われたアモン様が殺されたんだぞ!」
「だから俺が何とかする」
「・・・話にならない。君は天使を知らな過ぎる」
「お前も知らないだろ?10歳児。母親の知ってる事が全てじゃないぞ?」
「もういい!黙って見てろ!僕が天族の頭を・・・!」
背中を預けていた壁から離れると、ラフィスは奥の小部屋に向けて歩き出した。そのラフィスの前にクオンではなくアカネが立ち塞がる
「決めていたの。ラフィス・・・あなたの相手は私がすると」
「・・・アカネ・・・君もクオンさんと同じ意見なのかい?天使が復活するのを指をくわえて見てるだけ・・・天使が復活したら僕はもちろん・・・君も殺されるぞ!!」
「そんなに怖かったら自慢の能力で胸を開いて器を取り出せば?」
「くっ・・・」
「憐れな人・・・ある意味あなたも被害者かもね。母親にいいように誑かされて」
「違う!!母さんは!」
「罪なき人を殺していい大義なんてこの世に存在しない。あなたとあなたの母親はやり方を間違えた・・・ただそれだけ」
挑発するアカネの言葉にラフィスはたじろぎ、後ずさる。人と魔族の混血であるラフィスは耐久力には自信はあった。ニーナの屋敷で放たれた上級魔族の魔法でさえ・・・しかし、目の前のアカネの凄む姿に気圧されてしまう
「あなたは私を『始まりを告げる花』と言った。でも違う・・・私は『終わりを告げる花』よ」
「・・・アカネ・・・」
「自分で花言うか・・・」
「お黙りクオン!見てなさい!あんたすら倒しうる私の炎を!!」
アカネの指先に炎が灯る。ひとつふたつと増えていき、両手合わせて8つの炎が灯ると両手を前に突き出した
「8つ首の魔獣よ、その体躯を今ここに顕現せよ・・・」
8つの炎がアカネの前で集まり、姿形を変えていく。そして、現れたのは8つの頭が生えた大蛇
「待て!待ってくれ!話を・・・」
「話は充分聞いたわ。あなたは所詮母親のあやつり人形・・・何も届かないし何も響かない。あなたは憐れな人・・・それでも罪は償わなければならない・・・だから、せめて私がケリをつけてあげる────『八七岐大蛇』」
8つの頭を持ち、7つの股を持つ巨大な蛇が一斉に炎を吹く。その炎は熱線となり全てがラフィスがいる場所に向かった
ラフィスは咄嗟に『扉』を開こうとするも発動しない。見るとクオンが手をラフィスに向けて向けていた
『拒むもの』
ラフィスはクオンを一瞬睨み付けると、すぐに向き直りアカネに手を伸ばす
「アカネェー!!!」
ラフィスが叫んだ次の瞬間熱線は交差し凄まじい爆発を引き起こす。部屋に居るもの全てに爆風が押し寄せ、収まった後見てみるとラフィスは跡形もなく消え去り、ラフィスの後ろにあった壁や扉も破壊されて外が見えていた
「・・・お前・・・これ喧嘩で使うなよ?」
「もう既に模擬戦で使ってマーナとステラに思いっきり怒られたわ・・・」
使ったんかいと呆れたクオンはラフィスが居たであろう場所をしばらくじっと見る。その表情に厳しさが残っていた為にアカネは気になり聞いてみた
「何かあるの?」
「・・・いや、結局カーラは出て来なかったと思ってな・・・」
「・・・そうね。ラフィスを産む為にこっちに来てたのに・・・」
≪いえ、1度も来ていない可能性はありますよ≫
2人で話しているとシャンドがクオン達に近寄りながら話しかける。その言葉の意味にアカネは首を傾げた
「何言ってるの?ラフィスはトルセン家の屋敷で生まれ育って・・・それも嘘ってこと?」
≪いえ、それは分かりません。ただ分かるのはアモン様の従者であったカーラ・キューブリックが人の世に現れるとは考えにくいのです。彼女が言いつけを破るとはとても・・・≫
「言いつけ?」
≪はい。アモン様は現在神扉と呼ばれている結界をお創りになられた御方。つまり魔の世と人の世の行き来を禁じたのと同義です。彼女がそれを破るとは思えませんので、もしかしたら・・・≫
「ランド・トルセンの方から赴いた・・・いや、カーラ・キューブリックがランドを魔の世に招いたか」
「・・・じゃあ、カーラは1度もこちら側に来ないでラフィスを産み、操っていた?」
アカネは言い終わると未だ見た事のないカーラに対して歯噛みし悔しむ
「想像の域だ・・・でも、これだけ出て来ないなら有り得るな」
「また・・・第二第三のラフィスが?」
「さあな・・・俺達の仕事は『招くもの』ラフィス・トルセンの調査・・・今は退治だっけか?それは達成したんだから、後はディートグリスに任せよう。なあ、ニーナ?」
「・・・おぞましい・・・不潔・・・おぞましい・・・」
アカネの放った『八七岐大蛇』の爆音にすら気付かず先程のラフィスの話を引きずるニーナ。ブツブツと呟き、時折顔を顰めていた
ようやく室内に静けさが戻り、奥の小部屋が開かれ国王ゼーネスト達が顔を出す
こうして『招くもの』ラフィス・トルセンの件は一応の決着となった────




