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最強の番犬と黒き魔女  作者: しう
『招くもの』
55/160

2章 30 反撃の狼煙

ジャバの踏み出す足に視線が向かう。鋭い爪が石で出来た床を傷付け、破片がそこかしこに飛んでいく。父であるクゼンと共に歩み、冒険者をやって早50年・・・幾多の街を陰ながら救い、その功績が認められ父と共に国内最強の称号AAランクの冒険者となる


AAランクの称号を貰い受け、しばらく王都で生活していたが、クゼンが武者修行に出ると言った時、それに付いて行かずに王都に残る事にした


魔物を退治する日々に明け暮れていた日常から開放されたミゼナは今まで出来なかった事をしようと決断する


美味しい物を食べ、色々な服を買っては着て、男性と恋をする・・・憧れていた街の娘を満喫していた


貯めていたお金が底を突くが、冒険者は真っ平御免と夜の街でダンサーとして活躍する。ミゼナが踊ると客は歓声を上げ、誘うように指を動かすと男性はミゼナの虜となる・・・ミゼナは天職を得たと思うほどになっていた


ある日、そんなミゼナに指名依頼が入る


なんでも要人の護衛であり、王都の周囲を1周するだけの簡単な仕事。だが、その割には依頼料は桁違いでミゼナは怪しみ受けるかどうか悩んだ


しかし、ちょうど欲しかった服がある・・・そんな理由で怪しく思っていた依頼を受けてしまう


朝早く、仕事終わりで着替える暇もなかったミゼナは王城前の集合場所へと向かった


そこには豪華な馬車にそれを取り囲む近衛兵らしき集団がミゼナを今か今かと待ちわびていた


近付いていくとミゼナを見た近衛兵がミゼナを見つけるが格好からミゼナ本人であると思わず向こうに行けと手を振ってくる。ミゼナはため息をつくと胸に手を突っ込み、AAランクの称号を見せ近衛兵達を驚かせた


確認が取れ、ミゼナは馬車の中に案内される。そして、今度はミゼナが驚いた


馬車の中には年端もいかない少女がミゼナを目を輝かせて見ていたからだ


要人?とミゼナが頭を捻っていると少女が自己紹介をする。ゼナ・クルセイドと


ミゼナが目の前の少女が王女である事に気付き畏まるが、少女は矢継ぎ早に質問してくる


その格好は何なのか、寒くないのか、なぜ肌が黒いのか、口元を隠すのは何故なのか・・・などなど・・・


せっかく馬車で王都の周囲を1周しているにも関わらずゼナの興味はミゼナに注がれる。しばらくするとゼナは名前が似ているからとミゼナをお姉様呼びし始め、更にミゼナは畏まってしまう


こうして踊り子の格好をしてながら騎士のような喋り方のAAランク冒険者、ミゼナが誕生してしまった


ゼナは気晴らしの王都の周囲散歩に毎回ミゼナを呼ぶようになり、ミゼナもそれに応じる。いつしかミゼナはゼナを姫と呼ぶようになり、ゼナは王女よりはマシかなっと微笑んだ


ある日、ミゼナはゼナの役目を知り、その重責に悲しんだ。自分ではどうする事も出来ない無力感を感じるが、ならば自分の出来ることをしようと必死になってゼナを楽しませる


そんな矢先にゼナを狙う者がいることを耳にした


ミゼナは怒りに震える


もしかしたら、ゼナの境遇と自分の魔物を退治する日々を重ねていたのかもしれない。自分は今自由を謳歌し、ゼナはいつ終わるかも分からない役目をこなしている・・・そんな少女を狙う輩に殺意が芽ばえる


ミゼナはゼナの護衛を買って出て、ゼナと共にこの部屋で過ごした


いつ襲われるか分からない恐怖に怯える妹を放ってはおけなかった


そして、今・・・ゼナの命を奪わんと伝説級のドラゴンが迫り来る


視線を上げることが出来なかったミゼナが勇気を振り絞り、ゼナへの想いを力に変える


「我が名はミゼナ・クローム!姫に会いたくば我が屍を越えてから行け!」


ミゼナは視線を上げると鞭に魔力を流し込むと黒いモヤが今まで以上に立ち込める


「頭が高いぞ!ドラゴン風情が!」


ミゼナは飛び上がり、ジャバの長い首に鞭を巻き付ける。上級魔族であるジニアにすら効いた鞭・・・エンシェントドラゴンとて無事では済むまいと思いっきり引っ張った


あわよくば首を削ぎ落とし、最悪傷さえ付けられれば相手が決して届かない敵ではないと皆に示せると考えていたミゼナだったが、結果は最悪を上回る


最大級に込めた魔力をものともせず、ただ巻かれた鞭を鬱陶しい方に見下ろすジャバの瞳がミゼナを絶望へと誘う


≪誰にじゃれついている≫


ジャバは前足を横に払い、鞭にぶら下がるミゼナを吹き飛ばす。ミゼナは抵抗する間もなくそのまま壁に激突し、血を吐き出すと床に倒れ伏した


≪あー!ジャバ様ー!≫


≪あれぐらいでは死なんだろ?≫


≪死ぬってー!人は脆いの!あー、もうっ・・・って、ウソ!?≫


ミゼナが死んだと思いジャバに抗議するジニアの目に、立ち上がろうとするミゼナの姿が映り込む。壁に手をかけ立ち上がり、フラフラしながらもジャバを睨みつけ歩き出す


≪ほれ見ろ・・・だが、立ち上がり再び立ち向かって来るとは思わなんだ・・・敬意を表しこれを返してやろう≫


ジャバは器用に首に巻かれた鞭を外すとミゼナに向けて放り投げた。しかし、ミゼナは気付いていないのか放り込まれた鞭に見向きもせず、ゆっくりと足を引きずりながらジャバへと歩く


それを見ていたカインが震える足を殴りつけ、恐怖で落としていた宝剣『蜘蛛』を拾い上げる。そして、柄から糸を出しながら恐怖で動けない同胞に激を飛ばす


「死なない生物などいない!我らが殺せなくても良い!下で戦っている四天の方々が!クゼン殿が来るまで時間を稼げ!」


カインは正直ミゼナを快く思っていなかった。突然現れ王女の護衛をするだけならまだしも、扇情的な格好に、近衛兵より頼られる姿が憎らしく思えていた


しかし、今のミゼナの姿を見て、そこらの近衛兵・・・自分も含めて1番近衛兵らしいのが彼女に思えた。だからこそ彼女を失ってはならないとカインは糸をジャバに向けて繰り出す


≪まさかエンシェントドラゴンと呼ばれるようになって、このような辱めを受けるとは・・・≫


≪アハハハハ!ジャバ様緊縛プレイ!≫


カインの糸を絡められ呆れかえるジャバとそれを見て腹を抱えて笑うジニア。カインは顔をしかめて他の者達に攻撃するよう命じようとした時、ジャバを拘束していた糸は簡単に弾け飛ぶ。ただジャバが一歩進んだだけで


≪何をするつもりだったか知らぬが、するならば間をおかずするべきだな。まあ、か細い糸を巻き付けてする技など大したものではあるまい≫


カインは呆然としながらも、さっきの絡めたのが技そのものだと心の中で叫んだ。しかし、その叫びは表に出ず、目は近寄ってくるジャバの一点を見つめる


息を吐く毎に煙を出す口・・・最初に喰われた兵士の事を思い出し、再び足が竦んでしまう


≪もう何も無いのか?ならばいただくとするか・・・前菜にはなりそうだ≫


ジャバの口が大きく上下に開かれ、カインの身体を包み込む。目に映るのは巨大なドラゴンの口の中・・・舌が少しだけうねるのを見て自分の最後を悟った


が、恐怖で腰を抜かし、ストンとへたり込むと運良くジャバが口を閉じるより早く脱出する事に成功する


ジャバは逃げる食材に少しだけ腹を立てた


≪しゃんと立っておれ!核ごと喰らわねば不味くて仕方ない!≫


「え?」


カインがジャバの言葉に疑問を持ち見上げるとジャバの歯の隙間には人の髪の毛らしきものが挟まっていた。その後カインの視界は真っ赤に染る


「ひぃゃ・・・ひゃぁぁぁ」


頭部の一部を齧られた


その事実に気付き、カインは這うように後ろに下がる。かなり離れたと思っても、ジャバのたった一歩で距離は詰められた


≪なかなかの時間稼ぎであった。誇るが良い≫


ジャバの口が上下に開く。先程見た光景・・・しかし、今度は避ける術はない


全身に力が入る。剣などとうにどこかに置いて来た。ゆっくりと視線を動かすと隙間からジャバに向かって歩くミゼナの姿が見えた


心から尊敬する────


カインは自分がもう立ち向かえない事を悟っているからこそ、瀕死の状態でも立ち向かうミゼナを見て思った


もうミゼナの姿も見えない。身体はすっぽりと口の中に入っている。後は閉じるだけで・・・


「閉じるのを『拒む』」


一向に閉じられない口・・・微かに聞こえて来た聞き覚えのある声・・・次の瞬間、二度と拝めないと思っていた明かりがカインの目に射し込んでくる


≪なにやつだ!≫


ジャバが頭を上げ、口を開きながら振り向くとラフィスの後方から3人の人物が部屋に入って来た


「・・・この期に及んで仲間を見捨てるんですか?クオンさん」


「仲間を見捨てないからこの期に及んだんだよ・・・ラフィス・トルセン」


クオン達はラフィスと言葉をかわすとそのまま通り過ぎ、ジャバの元へと歩いて行く


途中、下半身だけの死体と炭と化した兵士達を見て顔を歪めながらも真っ直ぐに進むと足を引きずりながら歩くミゼナの肩を叩いた


「もう大丈夫・・・少し休んでな」


「だい・・・じょうぶ?」


ミゼナは意識が朦朧として、クオンが誰だか分からずにいた。しかし、その優しい声と言葉に安心したのかミゼナはその場で意識を失う


倒れそうになったミゼナをクオンが抱きとめると、その身体を抱えて壁際まで運びゆっくりと下ろす。壁を背にして倒れないように座らせるとジャバへと向き直った


「まさかエンシェントドラゴンまで招くとはな・・・人脈広いな、ラフィス」


「見損ないましたよ、クオンさん。仲間を見捨ててまで天族の味方をするなんて・・・」


「お前に見損なわれるのがある意味目標みたいなもんだったからな・・・それより」


クオンは言葉を切り、ジャバの目の前でへたり込むカインの傍に向かうと怪我の様子を見てホッと胸を撫で下ろす


「安心しろ、頭皮が削られただけだ。誰かコイツを壁際に!」


「女は自分で運んで、男は人に運ばせるのね」


「・・・すぐ近くに大口開けてるドラゴンがいるのに油断は出来ないだろ?」


「マルネスに通じるかしら・・・そのセリフ」


クオンに付き従う2人の内の1人が呆れたようにため息をつく。2人はローブを深く被っており、誰であるか傍から見ても判断出来なかったが、声からして1人は女性であるとラフィスは気付く


≪貴様・・・よくもワシに魔技を・・・≫


ようやく口を閉じる事が出来たジャバが口から蒸気を発しながら首を伸ばしクオンを覗き込む。鼻息が熱風となりクオンらに吹かかるが、クオンは平然と答えた


「口を開きながら話すのも不気味だが、閉じながら話すのも不気味だな。言葉を話すならせめて口を合わせたらどうだ?」


≪いいだろう・・・貴様を咀嚼しながら試してみよう!≫


「お待ちください!その者に・・・聞きたいことがあります!」


「偶然だな。俺も聞きたいことがある」


ジャバがクオンを喰らおうと大口を開けるが、それをラフィスが止めた。ジャバが振り返るとラフィスは既にジャバの隣まで移動してきており、クオンと対峙する


「・・・なぜ仲間を見捨ててまで・・・邪魔な天族の味方をするのです!貴方の友人は殺さないように指示してます・・・貴方が出張る意味はないはず!」


「お前は友人が殺されないからと言っていたぶられるのを黙って見てる趣味でもあるのか?」


「大事の前の小事でしょう!天使が復活すれば魔族は淘汰されます・・・そんな事も分からないのですか!?」


「かと言って人の犠牲の上で成り立つ事に加担する気にはなれないな」


「大局も見抜けぬとは・・・フォロを殺れ・・・おい!どうした!なぜパスが・・・」


ラフィスが目を閉じこめかみに手を添えてブツブツと呟く。何度も誰かに呼びかけるように呟いた後、目を開けてクオンを睨み付けた


「まさか・・・居場所を突き止めたのか?」


「どうした?普段の物腰の柔らかさが消えてるぞ?」


「そんなのどうでもいい!フォロをどうした!?」


「助けた。言ったろ?仲間を見捨てないからこの後に及んだって。もう少し早く助けられたら犠牲も出ずに済んだんだがな」


「ふざけるな!あの場所は行った事ないはずだ!僕も極力近付かず、移動するにも片道だけでも3日はかかるはず・・・それが・・・なんだそれは?」


「ムキグモ君2号だ」


「は?」


クオンが首元から何かを摘むと、手の平に乗せてラフィスに見せた。手の平で微動だにしない極小のクモ。アースリーが土から創作したゴーレムである


「1号はラフィス、お前に付けていた。しかし、風呂に入ったタイミングなのか、たまたま潰されたのかいつの間にかお亡くなりになられたらしい・・・で、2号はここに。更にもう一体居てな・・・」


「まさか・・・あの時・・・」


ラフィスはモコズビッチの屋敷でクオンと対峙した時を思い出す。その時に『扉』を開き、フォロの姿をクオンに見せていた


「そう・・・あの時手を伸ばし、ムキグモ君3号をあの空間へと放り投げた。身体に付けると洗い流されたりするかも知れないからフォロが捕まっている部屋の隅に待機させ、アースリーが3号を探し出しディートグリス全土を瞬間的に移動できるシャンドが乗り込んだ・・・ってまあ、簡単に説明したが、これが結構大変でな。ムキグモ君は微弱な魔力しか持たないから近くに行かないと検知出来なくて2人には方々探してもらった・・・結果、さっき見つける事が出来たのは早かったのやら遅かったのやら・・・」


「くっ・・・貴様・・・」


「しかし、懸念もある。お前はフォロがいた場所に魔族を三体置いていた。他にも俺が知らない魔族をどこかに配置してるのか知りたくてな」


「・・・当たり前だ・・・各地に魔族を配置し、僕の命令で一斉に動き出す!この王都にも人に扮した魔族がわんさかと・・・」


「この街に魔族は居ない。デラスがレンと一緒に街を見回り、一体でも魔族が居たら俺に連絡が来るようになっている。今のところ連絡は・・・ない」


「・・・フッ、他にも色々仕掛けている。貴方は僕らを裏切った事をせいぜい後悔するがいい・・・」


「いいね、その抽象的な『色々仕掛けている』って言葉。具体的に言うと看破されるから、それを避けてるのが見え見えで」


「・・・!ならば教えてやろう!各街に魔族を待機させ!僕の命令で街を襲う手筈になっている!ここ王都なら防げるとしても、一介の冒険者や戦闘経験の乏しい貴族しかいない街で魔族に対抗など・・・!?」


ラフィスが激昴して叫んでるとクオンは手をスっと前に出した。まるでそれ以上聞く気がないという仕草にラフィスが更に顔を真っ赤にし形相を変えるとクオンではなく、後ろに居たローブを被った1人が前に出る


「それだけ聞ければ満足だ・・・ラフィス・トルセン。語るに落ちるとは正にお主のことを言う・・・しかと聞いたぞ・・・お主の嘘を」


「ニーナ・・・クリストファー!!」


「侯爵だ。元男爵の犯罪者よ。清々しいまでに嘘を並べおって・・・まあ、『審判』を使うまでもなく、今のお主の追い詰められた表情を見たら誰が見ても嘘だと分かるだろうがな」


ローブのフードを外しながらニーナが言うとラフィスは舌打ちしジニアに目配せする。パスを繋げて交信すればいいだけだったのだが、ニーナに言われたとおり追い詰められ焦っていた


それを見たもう1人のローブ姿の者がフードを外すと、ラフィスはその姿を見て目を見開く


「私の相手はその子かな?流石にドラゴン・・・しかもファイヤードラゴンは相性悪いし・・・本当はラフィスにやり返したかったんだけどね・・・乙女のお腹を刺した事の仕返しを」


「・・・アカネ・・・」


「相性悪いって・・・同じ『火魔法』同士じゃないのか?」


「同じ属性同士なら火力勝負になるわよ?あんたここを灼熱地獄にしたい訳?それにあんたの予想だと・・・あの魔族がフォロの器を持ってるんでしょ?」


「恐らくな」


「なら私が奪い返してやる・・・って事でドラゴンよろしく」


「簡単に言うなよ・・・たかがドラゴンだぞ?」


「クオン・・・言葉のチョイス間違ってるわよ。『たかが』は弱い相手に言うべき言葉よ?」


「ああ・・・つい本音が・・・」


アカネを見て驚くラフィスを無視してクオンとアカネが誰を相手にするか決めていた。黙って聞いていたジャバは震え、ジニアはアカネを睨みつける


「今度は・・・見逃しませんよ・・・アカネ!」


「あらー、助かるわ。私達が2匹を倒すまで・・・大人しく待っててね」


≪匹ー!?もう怒った!魔族の恐ろしさ・・・身体に刻んでやる!≫


「こんがり焼いてあげるわ・・・もう半分焼けてるけど」


≪これは日焼けだー!!≫


≪で、ワシに最初に食べられるのは、貴様で良いのだな?≫


「そうみたいだ。美味しく召し上がれ」


≪カーラに感謝しよう・・・貴様を喰らうて力をつけ、ドラゴンを統べる機会をくれたのだからな≫


アカネとジニアが対峙し、クオンとジャバが向かい合う。ニーナは邪魔にならないように他の者達と同じように壁際に移動すると胸の前で両手を組み、2人が負けないよう祈りを捧げた────




王城庭園にてワットの左手の指が高速で伸び縮みする。親指、人差し指、中指、薬指、小指が順にハーネットの身体を穿つと『天使翼』で飛んでいる訳でも無いのに身体は宙に浮いていた


≪ハハハハ・・・さすが天使の胴体!なかなか頑丈じゃねえか!≫


ワットは楽しげに永遠と攻撃を繰り返す。既にハーネットの意識はないのか顔は俯き、抵抗する気配はない


「ハーネット!」


ジゼンとガトーの治療を終えたソフィアがハーネットの背中に周り、背中から治療を施す。前に出てハーネットの代わりにワットの攻撃を受けようとも考えたが、それだと誰が傷付いた者を治すのだと自分を戒め、治療に専念する


幸いワットはハーネットを殺す気は無いと言っていた。敵を信じるのは愚かだと思ったが、今はその言葉に縋るしか手はなかった


しばらくするとワットの攻撃が止んだ。そのまま倒れ込むハーネットに治療を続けていると、ワットから非情の通告をされる


≪どうやら・・・あの野郎が敵に回ったらしい。残念だったな、もうその男を生かしておく意味はねえ≫


いたぶるのを楽しんでいた時の表情とはうって変わり、冷めたような目付きでハーネットとソフィアを見下ろすワット


ワットが左手を再び2人に向けるとソフィアがハーネットの前に立ち両手を広げた


「・・・」


無言で涙を流しながらワットに向き合うソフィア。それを見てワットが鼻で笑う


≪そう・・・あの時も・・・アルテは俺を逃がす為に・・・それをあの野郎は・・・クソが・・・クソッタレが!!≫


ワットの左手が禍々しく変貌する。爪が伸び、鱗が生えると鱗が逆立つ。今まで本当に殺す気はなかったのだと理解したソフィアは次の一撃で自分とハーネット・・・恐らく後方で気絶しているガトーとジゼンも殺されるであろうと悟った


せめて愛する人の腕の中でと意識のないハーネットを抱き締め目を閉じる


暗闇の中、ハーネットの心臓の音が聞こえてくる。こんな状況でも心地良い音色に感じてしまい悪くない死に方だと自嘲気味に笑う


その後、いくら経っても訪れない痛みに、もしかしたら既に死んでいるのではと目を開けると、突然ワットの叫ぶ声がソフィアの耳に飛び込んできた


≪なんだ、てめえは!?≫


≪フハハハ!我輩の名はボムース・ヴィクトリー!≫


≪いや、だからなんだてめえは!?≫


ソフィアの前に立つその男はワットの攻撃を受けたにも関わらず、変なポーズをしながら高笑いして名を名乗っていた。クオンの仲間なら全員知っているはずだったソフィアも知らないその男は、筋骨隆々の肉体を惜しげも無く見せつけ、下半身にはなけなしのパンツを履いている変態チックな格好をしていた


誰?と頭を捻っていると、ふわっと風がソフィアの頬を撫で、振り向くと今度は見知った女性がいつの間にかそこに立っていた


「ソフィーちゃん大丈夫ぅ?」


「あっ・・・フウカさん!」


思わず叫ぶソフィアにニッコリ笑顔で応えるフウカ。ソフィアの状態を見て怪我がないことを確認すると横たわるハーネットを見つめた


「ギリギリね・・・ソフィーちゃん魔力は?」


「まだ・・・少しなら・・・」


「魔力切れするかも知れないけどぉ・・・ハーちゃんに治療を使ってぇ・・・ワタシが手伝うからぁ」


手伝う?と疑問に思いながらもソフィアは両手をハーネットの胸に当てるとギフトを使い治療をする。その手にフウカが手を重ね、魔力を注ぎ込んだ


「治療の能力は水ぅ・・・生命の力ぁ、それに対してぇ風わぁ・・・全てを育む力ぁ」


「え?」


「風はねぇ助けるのが大好きなのぉ・・・火を大きくしたりぃ、土を運んだりぃ・・・水の力を強くしたりも可能なのぉ」


ソフィアのギフト『回復』。ソフィアの家に代々伝わる能力であり、器に刻まれている為に魔力を流せば深く考えなくても使えていた。手をかざし、魔力を込めて念じるだけで


流す魔力の量により回復する速度や度合いは変わるが、それにも限度があった。俗に言う『手の施しようがない』状態に陥れば治すこと叶わずに目の前の命を零してしまうと母から聞かされていた


しかし、フウカが手を重ねてソフィアに魔力を流し込むと今までに感じたことのない力が溢れ、見る見るうちにハーネットの傷が治っていく


「これは・・・」


「風は誰かを癒すことは出来ないのぉ、でもね、癒す人を手助けすることはできるのぉ・・・素敵でしょぉ?」


ハーネットの傷は完全に治り、今はただ寝ているように息をするハーネットを見てソフィアは涙を流しながらフウカに答えた


「ええ・・・本当に・・・素敵」


心の中で常に思っていた。ハーネットさえいれば他は要らないと。ガトーやジゼンすらも邪魔と思っていた。私がいれば大丈夫・・・ハーネットは死なせない・・・傷付いても私が治すと強く思っていた


だが、今のソフィアに去来する思いはフウカがいて良かった・・・ガトーがジゼンがいてくれて良かったという思い。ハーネットは私しか治せないという思い上がりは、重ねられたフウカの手により吹き飛んだ


笑顔のフウカにソフィアも満面の笑顔で返すと魔力切れを起こしたのかそのままハーネットの上に倒れ込む


「あらあら・・・微笑ましい光景だことぉ。さーて、ボムちゃんはどうかしらぁ?」


フウカは立ち上がり、ワットの相手をしているボムースの方に振り返る。戦況を見て、放っておいても大丈夫と判断したフウカは風の力を借りて2人を浮き上がらせ、巻き込まれないようにガトー達がいる所まで避難した


ワットは退避するフウカを見て内心助けを求めていた。目の前のボムースの話の通じなさが異常であった為だ


≪・・・お前、魔族だろ?だったら天族は敵だろうよ!なんで味方してるだよ!≫


≪我輩にとって敵とは己以外の全て。逆もまた然り≫


こうした問答が何度も続いていた。最初はワットも真剣にツッコミを入れていたが、遂に我慢の限界を超え実力行使に出た


≪食らえ!『魔指銃マシガン!』≫


実はこっそりと技の名前を考えていたワット。各指を高速で伸び縮みさせて攻撃する技でワットのお気に入りだ


ボムースは避ける事が出来ずに鮮血をまき散らす


トドメと言わんばかりに残っている右腕の先に魔力を込めてボムースに打ち込もうとすると左手の人差し指がボムースに掴まれた


≪ちっ!≫


≪もう一度だ!≫


≪・・・え?≫


訳が分からなかった。人差し指を掴まれて一転して窮地に立たされたと思った矢先に指を離され、もう一度と催促される。何故か考えるのが馬鹿らしくなり、もう一度お気に入りの技を放つ


≪『魔指銃』≫


まるで先程の続きを見ているように身体中に穴を空けられるボムース。空けてるワットには言い知れぬ虚無感が襲ってきていた


≪フン!フン!≫


≪なっ!?≫


ボムースは気合いの掛け声と共に今度は親指と中指を掴みとる。だが、やはりすぐに指を離すと手をクイッと動かして催促してきた


≪お前は一体何をしたいんだ!≫


≪見て分からぬか。全ての指を掴もうとしてるのだ≫


≪・・・俺の指は何本だ?≫


≪5本だな≫


≪お前の腕は何本だ?≫


≪2本だな≫


≪・・・・・・そうか。頑張れよ・・・『魔指銃』≫


もう関わるのはよそう・・・ワットは心の中で呟き、三度(みたび)技を繰り出す。すぐに指を2本掴まれるが、ワットは掴まれた指をそのまま伸ばし続けボムースの身体を穿いた


≪ぐっ・・・これは・・・≫


≪さっきまでは掴まれて驚き止めていただけ。本来は途中を掴もうが・・・≫


≪ズルだな≫


≪は?≫


≪漢と漢の勝負!全て掴めば我輩の勝ち・・・掴めなければお主の勝ち・・・にも関わらず掴んだ指を更に伸ばすなど言語道断!魔族の風上にも置けぬ奴め!恥を知れ!≫


≪ま、待て待て!そんな勝負を受けたつもりは・・・≫


≪問答無用!食らえ!秘奥義・・・フン!≫


ボムースが拳を突き出すと、離れているにも関わらずワットは殴られたような衝撃を受けて後方に吹き飛ばされる


地面に足を伸ばし、摩擦で吹き飛ばされた勢いを殺すと何とか止まり膝をつく


≪なんだあ?今の技は・・・≫


≪秘奥義だ!≫


その場から動かずに腕を組みワットの呟きに律儀に答えるボムース。しかし、答えになってないとワットは歯噛みし謎の攻撃を警戒する。ベッツの魔技『圧』に似ている・・・もしやベッツの核を抜き取り我がものにしたのではと考えると怒りが再燃した


≪・・・おのれ・・・おのれぇ!!≫


ワットは叫ぶと身体の至る所を伸ばし始める。首、両腕、胴体、両足と伸ばしウネウネと蠢いた


≪むう・・・珍妙な!いいだろう、受けて立とう!≫


ワットの姿を見て口の端を上げてニヤリと笑うとボムースはワットに向かって走り出すとワットは四肢全ての箇所を使いそれを迎え撃つ


≪奥義!フンヌ!!≫


≪うおおおおおおお!!!≫


ボムースの拳が真っ赤に染まり、放たれた拳はワットの四肢を全て飲む込むほどの爆発を起こした。ワットは為す術なく吹き飛ばされ、伸ばしていた胴体と首が元に戻った


≪ガハッ≫


ボムースの攻撃により四肢を失ったワットが横たわり空を見上げているとぬっとその顔を覗き込むボムース。ニカッと笑うと胸に手を突っ込み1つの核を取り出す


≪取り戻せと言われておったのを忘れておったわ・・・危なく爆散される所だったぞ≫


取り出された『伸縮自在』が刻まれている核を見て、ワットは自分が上級魔族から普通の魔族に戻った事に何故か喜びを感じた。そして、戦闘中に気になった事をボムースに尋ねる


≪・・・なあ・・・お前・・・ベッツの『圧』を取り込んだのか?≫


≪『圧』?なんだそれは?≫


ワットの問いに首を傾げるボムース。流石に取り込んだ核の情報を知らないとは思えなかった


≪違うの・・・か?じゃあ、さっきの・・・秘奥義・・・って≫


≪あれか!あれはフウカ殿に教わった拳圧に風圧を加えた秘技よ!≫


≪・・・フウカ?≫


≪あそこにいる爆乳の女子よ!人にしてはなかなかやりおる≫


ワットはボムースが現れた時に同時に現れた女性を思い出す。ハーネットとソフィアの傍らに降り立った女性・・・その人である女性に技を習ったと胸を張るボムースに疑問が生じる


≪・・・人に・・・魔族が・・・技を?≫


≪おかしいか?お主は人から核を奪ったのではないのか?それとどう違う?≫


≪・・・確かに・・・なあ、もう魔力が切れそう・・・なんだ・・・トドメを刺してくれないか?≫


習うのと奪うのでは大分違うだろと思いつつも自分の死期が近い事に気付きボムースに願うワット。しかし、ボムースは腕を組み首を振った


≪ならん!足掻け!介錯など弱き者の頼る事よ!お主は我輩とやり合った!ならば足掻き生きて見せよ!≫


≪無茶・・・言うぜ・・・≫


≪名を聞こう≫


突然名を聞かれ、そう言えば名乗ってなかったと思い今にも気を失いそうになりながらも気力を振り絞る


≪今かよ・・・ワット・ジョルジョ・・・≫


≪ワットか!では!≫


ボムースは突如組んだ腕を解くと、手刀をワットの胸に突き刺す。四肢のないワットは突然のボムースの行動に目を見開き睨み付けた


≪グフッ・・・・・・オィ≫


≪名を聞いたのならもう友だ!友の今際の際の頼み・・・聞かずにはおれん!≫


≪・・・泣いてんのか?≫


ボタボタと涙を流すボムースを見て、不思議な気持ちになるワット。まるで本当に友に見送られている気持ちになるとボムースは叫んだ


≪友の死に泣かぬものがおるか!死して我輩の糧となれ!≫


≪・・・もう・・・無茶苦茶・・・だな・・・≫


消え入りそうな声で呟くワット。表情は穏やかになり、笑みすら浮かべていた


≪アルテ・・・ベッツ・・・今・・・≫


虚空を見つめ、ワットは1人呟くと跡形もなく消え去った。残されたボムースは空を見上げワンワンと泣き始める。友へ捧げる鎮魂歌のように・・・




「・・・あれ、誰です?」


「んー、シャンちゃんの友達ぃ?」


「シャン・・・シャンド・ラフポースですか」


目の覚めたガトーが座りながらフウカに尋ねると予想外の答えが返ってきた。シャンドに友達がいる事も魔族がまだいた事も初耳だ


「なんかねぇ二ーちゃんの屋敷にいる時にぃ、ラフィスって人の開いた隙間から現れたのぉ。で、シャンちゃんが滅多滅多にしてぇ無理やり手伝わせてるんだってぇ」


「は、はあ」


「クーちゃんとシャンちゃんが出掛けた後にぃ、暇だって言うからぁちょっと遊んでたら・・・弟子になっちゃったぁ。だからガーちゃんとジーちゃんの弟弟子ぃ?」


「ゲッ・・・あんな弟弟子いらないですよ」


「まぁまぁ・・・仲良くしてあげてぇ」


ニッコリと笑うフウカを見てため息をつくガトー。未だ目は覚めていないが全員生き残れた事に胸を撫で下ろすが、涙の跡を隠すことなくこちらに歩いてくるボムースを見て少しげんなりするガトーであった────

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