2章 29 四つの死地
クゼンは1体の魔族を引き付けると少し離れた場所に移動し、ハーネット達の様子を伺った
どうやらすんなり組み分けは終わったみたいでホッと胸をなで下ろすと目の前の魔族を見据える
「なあ、本当にお前さん・・・上級になりたてか?ゾワゾワし過ぎて寒イボが止まらねえんだが」
≪・・・言葉の交わりに意味は無い・・・主の命により排除する≫
「けっ・・・連れねえ奴だ」
目の前の魔族、ガドラスの言葉にクゼンは唾を吐くと持っている刀に魔力を込めた。すると刀身は黒いモヤに包まれた
≪黒魔か・・・≫
「言葉の交わりに意味は無いんだろ?ヒヨッコ達が待ってんだ・・・一撃で終わりにしてやるよ」
クゼンは構えると同時にガドラスに向けて駆け出した。ガドラスは右腕に魔力を込めてそれに対抗しようとするが、何かに気付き、後方へと飛び退いた
「かぁー・・・腕1本かよ」
≪貴様・・・魔族か≫
飛び退いたガドラスの右腕はなくなっており、血が大量に吹き出す。クゼンの足元にはガドラスの右腕が転がっていた
クゼンの刀を持つ右腕は左腕に比べて一回り大きくなっており、肌も鱗のようなもので覆われている。駆け出した時は普通の右腕だった。しかし、斬りかかる直前に右腕は変容し、それに気付いたガドラスが飛び退いた事により腕1本で済んだと言える。もしそのままその場所に居たとしたら、身体は真っ二つになっていただろう
「ディートグリスに住むには魔力を極力抑えないとな・・・だから、身に付けたんだよ・・・部分擬態解除ってやつをな」
≪・・・言葉の交わりも時には必要・・・か≫
ガドラスは吹き出す血を気にすることなくクゼンへと近付く。警戒したクゼンが飛び退くと、ガドラスは自身の右腕を拾い上げ血が吹き出す傷口に持っていく
「おいおい・・・そんな事しても腕はくっつかねえぞ?」
≪切り口が鋭いお陰で助かった≫
ガドラスは左手を右腕から離すが、右腕は落ちることはなかった。更に吹き出していた血も止まり、まるで何事もなかったようにその場に佇む
「てめぇ・・・何しやがった?」
≪言葉の交わりの時間は終わりだ≫
「ちっ・・・化け物め!」
≪それは貴様も同じだろう・・・今度はこちらから行くぞ≫
ガドラスがゆらりと動くとクゼンは一旦右腕を擬態化に戻し身構える。クゼンはハーネットより聞いていたラフィス陣営のギフトを頭の中で並べて、ガドラスがどれに該当するか考えていた
『増加』『伸縮自在』『切断』『千里眼』
ガドラスは魔力を腕に魔力を込めて刀に対抗しようとしていたので持っているギフトは『切断』と思っていた
しかし、斬り落とした腕をくっつける様を見て未知のギフトではと考える。まだこちらが知らないギフトをラフィス陣営は隠し持っていると
「いよいよもって・・・やべぇな・・・」
冷や汗が額を伝い顎まで来ると地面に落ちる。他の戦況も気になってはいるが、目の前のガドラスから目が離せないでいた────
直立不動で佇む魔族
ランス達がラフィスに向かって走り出すと、それを阻むように立ち塞がった魔族、ヴァネスは無言でランス達を見つめていた
出来るだけ早く目の前の魔族を倒し、ハーネット達の救援に行こうと3人は目配せをして頷く
最初はソクシュが駆け出すと回り込み背後を取る。しかし、ヴァネスは微動だにせず、ただ棒立ちで正面にいるランス達を見つめていた
自分は相手にされてないと感じたソクシュは両足に込めた力を更に強め、背中に向けて蹴りを繰り出す・・・が
「え?」
当たる寸前、ヴァネスの身体は目の前から消え、気付くとソクシュの背後に回っていた
「ソクシュ!伏せろ!」
蹴りが空振り、いつの間にか背後にいるヴァネスと目が合った後、頭が混乱し動きが止まってしまっていた
ランスが叫び、ヴァネスからの攻撃を躱すように指示するが、ヴァネスはソクシュを見下ろしたまま、微動だにしなかった
ソクシュはランスの言葉で我に返り、ヴァネスを睨みつけたままランス達の元に戻り、息を整える。そして、何が起きたのかランスに聞くが、ランスは首を振る
「気付いたら・・・お前の後ろにいやがった・・・ギフトなのかアイツが恐ろしく速いのか・・・全く分からない」
「単独で突っ込むのは危険だ・・・アイツに『天墨守』は破れないはず・・・僕が前に出るから2人は隙をついて攻撃してくれ!」
ランスが神槍『ルーン』を握りしめ弱気になっているとシードがランスを鼓舞するように神盾『デュバン』を掲げて叫んだ
当初は時間稼ぎをするつもりだったが、今は一刻も早く倒さねばならない。ならばとシードは盾を構えてヴァネスに向かって走り出す
ランスはシードの意を汲み、少し遅れて走り出す。長年タッグを組んでいた2人・・・シードがどのようにしてヴァネスの隙を作ろうとしているのか言わずとも理解した
「うおおおおおお!『天墨守』!」
シードはヴァネスに近付くと光の膜を展開
シードの持つ『デュバン』から光の膜が急速に拡がっていく
ランスは躊躇なくその光の膜の中に入ると、膜の内側からヴァネスに対して槍を構えた
「喰らえ!『天輸攻』!」
ランスの持つ『ルーン』が輝きを放ち、ヴァネスに向けて突き出される
膜の内側からもヴァネスの姿は捉えていて、当たると確信したが、ランスの突きは虚しく空を切る
当たる寸前まで居たはずのヴァネスの姿はどこにもなく、ランスとシードが周囲を見回していると後方から呻き声が・・・振り返り見ると喉を掴まれて持ち上げられているソクシュの姿が飛び込んできた
「は?なっ!?ソクシュ!」
「いつの間に!?」
≪・・・この女が主の言われたソクシュ・・・反吐が出るほど臭いが殺す訳にはいかない・・・さて、どうするか≫
「ぐぅー!」
臭いと言われて喉を掴まれているが、抗議するソクシュ。足に力を込めて蹴ってやろうと考えるも喉の締め付けがキツく力を込める事が出来ない
ヴァネスはソクシュの喉を締め付けながらどう対処しようか考えていると、ランスとシードが怒りの籠った目でヴァネスを見つめ距離を詰める
「ソクシュを離せ!クソ魔族!」
≪ちょこまかと動かれては邪魔だ・・・かと言って殺す事も叶わぬとなると・・・人は首の骨が折れると死ぬか?≫
「あ、当たり前だ!ボケナス!さっさと離せ!」
≪・・・これは困った。人は羞恥で動けなくなると言うから裸にひん剥くか・・・それとも・・・≫
「んーーー!!」
ヴァネスの言葉を聞いて両手は喉を掴んでいる手を引き剥がそうとし、足はバタバタと動かし必死の抵抗を試みる。しかし、ヴァネスはビクともしない
ランスとシードはソクシュが捕まっているので下手に手出しが出来ずにいた。隙があればいつでも攻撃を繰り出せるように準備はしているが、目の前で持ち上げられているソクシュがどうしても邪魔になる
≪やはり動けなくするにはこれが一番か・・・≫
ヴァネスは呟くとソクシュの喉を掴んでいるのと反対の腕を肥大化させる。そしておもむろにソクシュの太ももを掴んだ。肥大化した腕の手はソクシュの太ももを握るには充分な大きさであり、太ももを掴まれた瞬間、ソクシュは何をされるか理解する
≪これで・・・動けまい≫
「ゔぁぁぁぁぁ!!」
グシャリと音が鳴り、その後にボトリと地面に何かが落ちる音が聞こえる。喉を掴まれている為にくぐもった悲鳴を上げたソクシュは歯を食いしばり眼下のヴァネスを睨みつけた
「ぁ・・・」
「そんな・・・」
あっさりとソクシュの右足は太ももの付け根から失う
四天の一人であり、ギフト『神速』の片翼を担う足が失われた事に呆然としていると、ヴァネスはソクシュをまるでゴミのように放り投げた
≪さて、主の仰っていたソクシュは戦闘不能。ハーネットというのは向こうか・・・。安心しろ・・・特に殺さないように言われてた2人以外も生かすように言いつけられている。なので殺しはしない・・・右腕と左腕はもらうがな≫
絶望の時間が始まる────
「ハーネット様・・・もしやアイツは・・・」
「僕らで奴を倒す・・・それが僕らに出来る弔いだ」
≪あん?何勝手に盛り上がってんだ?弔いって・・・あー、そうか。この核の持ち主の知り合いか何かか≫
ハーネット達と対峙した魔族、ワットは自分の胸を指差して言うとジゼンが顔をしかめる。それに気付いたワットは大きく口を開けて笑った
≪図星か?最初はあまり使えないと思っていたが、今では感謝してるぜ!クオンって奴に斬られた腕も・・・ほら、この通り伸ばす事が出来る・・・指がないのが残念だがな≫
ワットが斬られた右腕の付け根の部分を伸ばして満足気に笑うと、ジゼンの怒りは頂点に達する。自然と足はワットに向かい、槍を構えて突きを繰り出す
「うおおおお!」
≪お前・・・四天じゃないよな?≫
クゼンの突きを余裕で躱したワットはジゼンの背後に回り込むと冷たい声で呟いた。ゾッとして振り返ろうとするジゼンにワットの左腕が伸びてくる
「『天翼羽』!」
≪おっと≫
ジゼンに攻撃を加えようとしていたワットだが、後ろからハーネットが羽根で攻撃を仕掛けてきた為にその場から離れて躱す
「ジゼン!自分を見失うな!」
「そうだ!長年そのギフトと付き合ったお前が離脱したら誰がそいつの攻略法を見つける?さっさとこっちに戻ってこい!」
ハーネットが上空からジゼンに向けて叫びガトーが窘める。2人の言葉にようやく我に返りジゼンは槍の石突部分を地面に当てると槍を伸ばしハーネット達の元へと戻った
「すまない・・・頭に血が上って・・・」
槍を元の長さに戻しながらジゼンがシュンとなっていると、ガトーがその頭に手を乗せて髪をぐしゃぐしゃにかき回す
「謝る必要はねえよ。それよりさっさと攻略法を見つけてくれよな!このままだとちっと厳しいぜ?」
ただでさえギフトがなくても数段上の相手。それにギフト『伸縮自在』が加われば手が付けられない。何とか活路を見出そうとハーネットが上空から牽制するが、腕や足を伸ばせる為、あまり優位とは言えなかった
「ハーネットが上空で攻撃を躱した際の伸びきった腕を狙えば・・・」
「おいおい、敬称付けろよ」
「・・・僕らは『白銀の翼』・・・だろ?」
「・・・違いねえ・・・久しぶりの大物退治だ!いっちょ派手にやるか!」
「ああ!」
ガトーは両方の拳を胸の前で当て、ジゼンは槍を回して構え直すとハーネットを攻撃しているワットに向けて走り出した
「次・・・ハーネットを攻撃した瞬間に・・・」
「ああ!残った左腕・・・俺らで奪ってやろうぜ!」
お互い顔を見合せ頷くと、自然にジゼンが前を走り、その後ろをガトーが追う。そして、ワットが左腕を伸ばしてハーネットを攻撃した瞬間、ジゼンが飛び上がると後ろからガトーが叫んだ
「『エアーハンマー』!」
ガトーは飛び上がったジゼンの背中に風魔法のエアーハンマーを叩き込む
ジゼンの身体はエアーハンマーに押され勢いを増すと、伸びきったワットの腕に突っ込んだ
「もらった!」
ジゼンの渾身の一撃がワットの腕に突き刺さる・・・と、思われたが、ガキッと鈍い音を立てて槍は腕の皮膚を貫くことなく、まるで硬い岩を突いたような感触にジゼンは顔を歪めた
≪痛えな・・・おい≫
ワットは肘の下から失った右腕を伸ばすと宙に浮くジゼンの腹に突き刺した
ボグゥと鈍い音が響き渡り、ワットはそのまま腕を伸ばし続けると元いた場所辺りまで突き飛ばされる
「ジゼーン!」
ガトーは叫び、飛ばされた方向を見ると、ソフィアがジゼンの傍に駆け寄っていた。死んではいない・・・しかし、暫くは動けない程のダメージを食らったのは確かだった
「貴様!」
ハーネットが上空からワットを睨みつけるも、涼し気な顔でそれを見返す
≪おいおい、俺はただ反撃しただけだぞ?残った腕をツンツンしやがって・・・殴られたくなけりゃ、隅っこで丸くなってな!≫
ワットは言うと、今度は左腕をガトーに向けた
ハーネットはワットのやろうとしてい事に気付き急降下するが間に合わず、ガトーの胸はワットの人差し指に貫かれる
「ガトー!!」
いつの間にか胸に刺さった指を見て、ガトーは呆気にとられていると、ハーネットが上空から降りてきてその指に斬り掛かる。だが、ワットは指を高速で戻しハーネットの剣は空を切った
≪案外丈夫だな。貫いてそのまま後ろの方にいる女も串刺しにしてやろうと思ったんだが・・・さて、天人はどうだろうな。頼むから死んでくれるなよ?≫
ワットは左手を地上に降りてきたハーネットに向けた────
ジニアと共にことの成り行きを見ていたラフィスは情勢が決したと判断し『扉』を開く
行先は王城4階の扉前
前回はアカネの邪魔が入り撤退したが、今回は邪魔するものはもういない
移動を終えたラフィスとジニアは扉の前に立ち、余裕の笑みを浮かべていた
「中はどうだい?」
≪この前と違ってうじゃうじゃいるよ!主は後ろに居て≫
ジニアは言うと高さ10メートルはある両扉を両手で押し開けた
「ってぇ!」
扉の中から誰かの声が上がると、扉を押し開けるジニアに次々と矢が飛んできた。矢は何本もジニアに当たりはしたが、その度にジニアの皮膚に弾かれ床に落ちていく
≪ウザイなー、もう!≫
ジニアが扉を開ききるとラフィスの目には弓を構える兵士達とそれを指揮するカインの姿が映った。他にもチラホラと腕に自信がありそうな者達が見受けられる
部屋はかなり広く天井も高い。舞踏会でも開けるのではないかと感心していると一際目立つ者が前に出て来た
顔を半分布で覆い隠し、服装は褐色の肌が所々に見える露出の多い下着姿のような服装。舞台の上で踊りを披露するダンサーのように見える。手には鞭を持ち、クネクネと腰をしならせてラフィスへと近付いた
「いやー、見てるこっちが照れるなぁ」
≪・・・主の助平・・・≫
ラフィスが頭をかいていると、ジニアはジト目でラフィスを睨みつけた
部屋の中央付近でその女性は立ち止まり、暫くラフィス達を観察すると口を開く
「我が名はミゼナ・クローム!国王陛下より王女の護衛を頼まれた者だ!ラフィス・トルセンに相違ないか!」
「違うと言ったら王女に会わせてくれるかな?」
「手足をもぎ取らせてもらった上で姫が会うと言われたのならな」
「そいつは勘弁して欲しいな。にしてもその格好でその喋り方は似合わないな・・・あっはんうっふん言ってくれると会話も弾みそうだが?」
「見た目で人を判断しない事だ!ここにいる者達の中にもお前と同じ事を考えて、自分が鳴いていたぞ?涙を流しながらな」
「なるほど・・・なかなか鋭い棘をお持ちのようだ」
「触りたくば覚悟するがよい」
「遠慮するよ・・・ジニア!」
≪えー!?私、非戦闘員よー!≫
「非常事態の戦闘員の略だぞ?」
≪知らなんだ・・・はぁ、魔族使いの荒い主だこと・・・≫
ジニアが項垂れながらとぼとぼと歩くとミゼナとラフィスの間に立ち塞がった
≪・・・痛くしないでね?≫
「痛みもなく一瞬で逝かせてあげよう」
≪げぇ、その台詞おじさん臭い・・・死んじゃえ!≫
ジニアは舌を出して吐くふりをすると悠然と構えるミゼナに飛びかかる。右、左と拳を突き出すが空を切り、回し蹴りを繰り出すと鞭を両手で張り蹴りを防いだ
「ふっ、さすが非戦闘員・・・話にならんな」
ミゼナが鼻で笑うと鞭を押し出してジニアを吹き飛ばし、片手で鞭を持つと魔力を込める
鞭全体に黒いモヤがかかると、ミゼナはジニアに向かって鞭を振るう
「ジニア!避けろ!」
≪ひゃい!≫
咄嗟にラフィスの叫びに反応し、ぶっ格好ながらも鞭を寸でで避けたジニア。鞭は床を叩き、その床はごっそりと抉れる
≪え?・・・何これ?≫
「あの黒いモヤ・・・ギフトだね」
床の材質は石。通常なら皮で出来てる鞭では傷を付けるのも困難だが、ミゼナの鞭はそれをいとも簡単にやってのけ、床に大きな溝を作り出す
「ほう?初見で良く見破った。まあ、見破ったところで詮無き事だがな」
ミゼナは言うと鞭を頭上で鞭を回し始める。鞭はミゼナの身体を包み込むように回転し、黒いモヤの塊と化す
≪うわぁーえげつな!どうやって攻撃すんのコレ?・・・主、一旦帰らない?≫
「うーん、そうだね。これはガドラスに任せた方がいいかな・・・」
「逃がす訳が・・・ないだろう!」
ミゼナが叫ぶと鞭の先端がラフィスに向かって伸びてくる。咄嗟に目の前に『扉』を創り出し、事なきを得るが、あと少し遅ければ先程の床のように抉られていたであろう。ラフィスは扉を閉じて鞭を短くしてやろうとするが、ミゼナはすぐに鞭を引っ込めてしまった為に鞭の切断も失敗する
「これは・・・参ったね。まさかディートグリスにこれ程の人がいたとは・・・」
「父上もすぐに魔族を仕留めて救援に来るはず・・・お前らの負けだ!」
ミゼナは再び鞭を回し、離れて見ていたカインや兵士達もタイミングを見て飛びかかろうと準備する
打つ手なしと判断したラフィスは指先に魔力を込めるとミゼナに背を向けて逃げ出した
「ジニア!」
≪はいはーい、お任せあれー≫
ラフィスが何をしようとしてるのか悟ったジニアがラフィスを鞭から守る為に2人の間に入る。ミゼナは逃がすまいと鞭を振るい、ジニアが魔力を込めた右腕でそれを受け止める
「右腕を差し出すか・・・健気だな」
≪取れるもんなら・・・取ってみなー!≫
絡まった鞭をそのままに、ジニアの腕は変質していき硬度を上げるが、鞭はその腕に徐々にくい込み始める
「硬い肌だ。とても落としがいがあるぞ、その腕」
≪乙女の肌を硬い言うなー!ぐっ・・・マジでヤバい・・・主ー!≫
「ミゼナ殿が魔族を抑えている間に首謀者ラフィス・トルセンを捕らえるぞ!続けー!」
カインが剣を引き抜くと既に部屋から出て行ったラフィスを捕らえるべく指示を飛ばす
弓を持っていた兵士達は弓を捨て剣を持ち、次々と駆け出した
ラフィスのギフトは戦闘向きでは無い『扉』であるのは周知の事実。魔族でなければどうにかなると兵士達は我先にと部屋の出口へと向かって行く
ミゼナに腕を拘束されているジニアを通り過ぎ、1人の兵士が出口に差し掛かるとラフィスでは無い人物が部屋に侵入してきた
髪が無造作に生え、服は一切身に付けていない場違いな男は歳の頃なら30代に見えた。無精髭を生やし、赤黒い瞳が不気味に光る
男は部屋を見渡し、首を捻ってゴキゴキと鳴らすと後ろにいるであろうラフィスに話しかける
≪なんだ広いではないか。これなら人型にならずともよかったな≫
「それで大きく門を創ったんですが・・・お伝えする暇がなく申し訳ありません」
≪ふん、構わん。して、何をすれば良い?≫
「この部屋の奥の小部屋・・・そこにいる天人以外の者を根絶やしに・・・」
≪なるほどな。カーラからの頼みだ・・・聞き入れた≫
「ありがとうございます」
≪建物は壊して良いのか?ダメならばこのままで動くが≫
「ご随意に」
≪ならば元の姿で蹂躙してやろう。魔素がないからな・・・喰らうて補給しながらの方が効率は良かろう≫
「貴方様の真の姿ならば、ここにいる奴らなど毛ほども魔力を使う必要はないかと」
≪ふん、言いよるわ。では・・・行くか≫
会話が終わると男は正面に立っていた兵士を見て口を歪ませる。兵士は瞬時に理解した。この男は人ではないと
その兵士が見つめる中、男の口が裂け、身体が隆起する。人の肌であったそれは鱗となり、色は赤黒く染まっていく
身長が同じくらいであった兵士が見上げるほど大きくなった時には、おとぎ話や人伝でしか聞いたことの無い生物・・・ドラゴンへと変容していた
全長は5m程。部屋の高い天井には届く事はなかったが、それでも威圧により部屋を埋め尽くす程の圧迫感を感じる
≪流石に素の大きさは厳しいな・・・まあ、ここにいるものくらいなら充分であろう≫
翼を広げ、首を動かして周囲を確認すると大きさの調整に満足したのか目を細める
ミゼナもカインも兵士達も何が起こったのか分からずに惚けていると突如現れたドラゴンは目の前の兵士を鷲掴みにした
≪この大きさではひと飲みは厳しいな・・・核の部分までで良いか・・・≫
鷲掴みにされた兵士の顔にドラゴンの鼻息がかかる。言葉は理解できるが、意味が理解出来ずにぼーっと眺めていると生臭い臭いが鼻を掠める
「あ・・・」
掴まれた兵士が何かを言おうとした瞬間、ドラゴンは大きく開けた口で兵士を咥え込む。一瞬口からはみ出した足がビクンと動くと、ドラゴンの足元に下半身だけが落ち、口からは咀嚼音が部屋に響き渡った
≪・・・不味いな・・・メインディッシュが控えているとはいえ、前菜にもならぬ≫
ドラゴンは足で残された下半身を踏み潰すと、ミゼナ、そして、カインらギフト使いを見て目を細める
≪喰うに値せぬ者共よ・・・灼け死ぬがよい≫
仲間が食い殺されたにも関わらず未だに身動きの取れない兵士達。彼らに向けてドラゴンが火を吹くとラフィスを追いかける為に駆け出していた兵士達が一瞬で黒焦げになり倒れていく
「ぜ、全員退避!」
カインがようやく事態に気付いて声を荒らげるが、残されたもの達は頭の中で疑問に思った。ほとんどの兵士達がドラゴンの一撃で炭と化し、退避するにも扉の前にはドラゴンがいる。この状況で何をと思っているとミゼナがジニアから鞭を離して手元に引き寄せると叫んだ
「何をぼーっとしている!姫を・・・王女を守るのだ!残されたもので陣形を組め!ドラゴンなぞ我が切り刻んでくれよう!!」
ミゼナの叱咤に恐怖に呑まれていた者達が勇気を振り絞る。背後には王女、ゼナ・クルセイドが居る────国王に託された王女の命、散らしてなるものかと武器を手に取り雄叫びを上げる
≪イテテテテ・・・ジャバ様・・・あの女だけ生かしておいてよ。見てよほら、腕がこんなに・・・≫
鞭から解放されたジニアが傷付いた右腕をドラゴンに見せると、ドラゴンは大きく鼻を鳴らす
≪ワシを切り刻むと宣言した小娘か・・・1番の馳走を寄越せと?≫
≪だってー・・・核はあげるからさー、お願い≫
≪ふん・・・気が向いたらな≫
話は終わったとばかりにドラゴン・・・ジャバは悠然と部屋の中心へと歩く。ジャバが歩く度に部屋は揺れ、その揺れがミゼナ達の心を蝕んでいく
「ドラゴン如きが・・・調子に乗るなよ!」
ミゼナが鞭を床に叩き付け叫ぶと、それを聞いていたラフィスが口に手を当ててクスリと笑った
「ドラゴン如き・・・ですか?この世に落とされたドラゴンは幼龍・・・そんな幼きドラゴンをいじめていた人には想像もつかないのですね・・・エンシェントドラゴンが如何に恐ろしいのか」
「エンシェント・・・ドラゴンだと!?」
「髭を見てください・・・こんな立派な髭を貯えるドラゴンを見た事がありますか?髭はドラゴンの象徴・・・そして、格。この世に現れたら世界が終わると言われているドラゴン・・・この御方こそエンシェントドラゴン『炎龍』ジャバ様ですよ?貴方如きが切り刻むなど・・・夢のまた夢ですね」
「そんな・・・バカな・・・」
ミゼナの鞭を持つ手の震えが止まらなくなる。ラフィスの言葉を鵜呑みにした訳では無い。ただ改めてジャバと呼ばれたドラゴンを見て、そして、ジャバが言葉を発している事に気付いて思い出した
エンシェントドラゴンは人の言葉を操る
何気なく発していたので気にとめていなかったが、ラフィスからエンシェントドラゴンという言葉を聞いて思い出した。かつて父から聞いた触れてはならない相手の筆頭に位置するもの。髭の長さは長生きの証・・・だが、ただ長生きした訳ではなく、魔族達がひしめく魔の世で生き抜いてきた証・・・上級魔族に匹敵、下手すれば更に上位の存在であると
奥歯が鳴り、力が抜けそうになるのを必死に堪え、ミゼナは父の言いつけを破る為に一歩踏み出す────姫を・・・王女を守る為に────




