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最強の番犬と黒き魔女  作者: しう
『招くもの』
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2章 24 王都襲来

王都ダムアイトの中にあるバーミリオン家の屋敷。そこでクオンと交信を終えたレンがクオンからの指示を残っている者達に伝えた


屋敷にはハーネット、アカネ、デラス、レンドとダムアイトの襲撃を聞きつけ急ぎ屋敷に駆け付けたソクシュが居た


「クオンがそのように・・・しかし、街の門番の慌てよう・・・それに街中もざわめき始めている。果たしてジュウベエとマルネスに任せておいていいものか・・・」


「ハーネット・・・私はクオンの言う通りに行く。マルネスの強さは知っているし、クオンが陽動だと言うならそうなんだろう。アイツはいつも先を見てる・・・その事で後で文句を言いたい所だが・・・」


ハーネットが大量の魔族の出現の方を気にかけ迷っているとソクシュはキッパリと言い切った。ハーネットも本心ではクオンの言う通りに動くべきだと思っているが、目の前で民が危険に晒されているのを黙って見過ごす事が出来なかった


「街の入口にはあの二人が行ってるのよ?心配なんていらないわ」


アカネの一言で二の足を踏んでいたハーネットは頷いてようやく重い腰を上げ行動を開始する


だが、屋敷を出ると信じられないような光景が広がっていた


街の入口の方向から街の中心へと逃げ惑う人々。それを追いかける魔族と思われる者。その魔族の腕は血で真っ赤に染まっていた


「おのれ!」


ハーネットは瞬時に『天使翼』を出し、剣を抜いた。アカネ達の制止を聞かず飛び立つと魔族に向かい斬り掛かる。しかし、魔族はハーネットに気付き腕を強化して剣を受け止めた


≪グウ・・・『天族』・・・いや、『天人』か!?≫


「うるさい!この地で穢れた息を吐くな!」


ハーネットは怒りに身を任せ翼を広げると羽根を魔族へと打ち込む。至近距離での唐突な羽根の攻撃に魔族は為す術もなく朽ち果て、その身を消し去った


ハーネットは消え去った魔族を一瞥すると魔族が来た方向・・・街の入口を睨みつける。魔族の姿は見えないが、逃げ惑う人々は後を絶たない


「くそっ!」


ハーネットがそのまま街の入口へと向かおうとした時、後ろから肩を掴まれ、振り返ると顔面を平手打ちされた


目を白黒させて叩いた相手を見ると、ソクシュが涙を溜めてハーネットを睨め付けていた


「ハーネット・バーミリオン!四天の一人として国から何を任されていますか!?民を守ることですか!?王を守ることですか!?違うでしょ!私達四天は・・・」


身体を震わせて叫ぶソクシュの言葉を聞いて冷静さを取り戻したハーネットは翼をしまう。そして、目を閉じ唇を噛んだ


「すまない・・・民は警備兵、王は近衛兵、四天は・・・目の前の惨状に血が上り、迂闊な行動を取るところだった。もう大丈夫だ・・・もう・・・」


自分の役目を放棄して感情のまま動こうとしたハーネット。それを諌めたソクシュ。2人には目の前の惨状を無視してでも行かねばならない場所がある。民を助けたいと思う気持ちを押し殺してでも


アカネも街の様子を見てジュウベエとマルネスの様子が気になっていた


2人なら大丈夫・・・そう信じてはいるが、相手の数が分からない状態と2人が居るのにも関わらず街中に侵入してきた魔族を見て不安が一気に押し寄せる


「私が・・・」


街の入口に向かい、民を助け、ジュウベエ達の様子を見てくると言いかけた時、一人の男が立ち上がった


「僕が残ります!ジュウベエさんに剣の指導を受け、クロフィード様に魔力の操作を教わった僕なら・・・ま、魔族の一体やそこらから・・・民を守ることができると思います!ハーネット様達はご自分の使命を・・・アカネさん達はその手助けを!」


アカネの言葉を遮り声を上げるレンドはハーネットとソクシュ、そして、アカネが見る。その瞳は恐怖を感じてはいるものの使命感に燃えていた


「僕では力不足ですが・・・」


「そんな事はない・・・街を頼む!」


「そういうのはジュウベエが居る時にしなさいよね・・・任せたわ!」


レンドが言葉を続けようとした時、ハーネットがレンドの両肩を掴み目を見つめて言い、アカネがレンドの背中を叩いた


アカネの背中への一撃は強烈だったが、その痛みを勇気に変えてレンドは強く頷く


その表情に安心したのか、ハーネット達は頷き返すと街の中心へと向かって行った


ハーネット達の後ろ姿を見るレンドの表情は非常に精悍だった


ほんの少し前までジャイアントアントに囲まれて震え、シールドベアをマーナと協力してやっとの思いで倒していたレンドはもういない。『招くもの』に対抗するクオン達の一員としての一歩を踏み出したのだ


ハーネット達の後ろ姿が見えなくなるとフーっと息を吐き、街の入口へと振り返る。逃げる民を誘導しながら愛しのジュウベエの元へと向かわなければならなかった


≪うーん、逃げてる奴よりはマシぽい?≫


振り返ると目と鼻の先に魔族の顔があり、マジマジとレンドの顔を覗き込んでいた


「ヒィィ!いつの間に!?」


レンドは先程の勇ましさが見る影もなくその場に尻餅をつくと、両手両足を器用に使い後退る。その姿が滑稽に見えたのか魔族はレンドを指差して大笑い。ハーネット達が行った後で良かったと安堵するも目の前の魔族から如何に生き残るかを考える


≪ここは本当に居心地が悪いね。魔力の低い僕なんかはすぐに死んでしまいそうだよ。だから・・・魔力の補給をしないとね?≫


少し幼く見える魔族がニッコリと笑いレンドに近付く。レンドは後退りながら剣を引き抜き、来るな来るなと左右に剣を振るうが、魔族はお構い無しに近付いてきた


≪決めた!丸焼き!≫


あと数歩の所で止まると魔族は手の平から炎の玉をいくつも創り出し無造作にレンドへと放り投げた


慌てて火の玉を避けるレンド。当たるまで続け様に撃ち続ける魔族に対して反撃の「は」の時も考える事は出来なかった


それもそのはず、レンドに撃ち込まれている炎の玉はセガスの街にてエイトが放った炎の玉の数倍はあり、火力も音と密度で段違いなのがすぐに分かる。そんな高火力の炎の玉に当たろうものなら先程魔族が言っていた丸焼きレンドの出来上がりである


こんがりレンドになってたまるかと逃げ回るレンドを見て、中々当たらない苛立ちと共に魔族はひとつ気付いたことがあった。そして、それはレンドにとって致命的な気付きとなる


≪なんだ、そういう事?君は逃げるのが上手いから気付かなかったけど・・・君・・・人の居ない場所に逃げてるよね?≫


「へ?」


そんな大層な志を持って逃げ回ってはいなかったレンドだが、否定するのも格好悪いと思い否定せず。魔族は自分の気付きが正しかったと笑い、更に自分の考えの素晴らしさに笑みを深める


≪大した騎士道精神だね・・・じゃあ、これならどうかな?≫


魔族は今までのより更に巨大な炎の玉を創り出し、その炎の玉をレンドにでは無く、逃げ行く街民に向けて放り投げた


かなりの街民が巻き込まれる・・・咄嗟にレンドは自分がどう動くべきか考えた時にある人物が浮かんだ。それは双子のマーナではなく愛しのジュウベエでもない。同い年なのに何事も飄々とこなしてしまうあの人物・・・クオンならば、どう動く?そう考えたら自然に体は魔族の元へ走り出し、持っていた剣に魔力を流すと胸に突き刺した


≪ガッ!・・・なっ!?≫


先程からレンドが見せる騎士道溢れる行動からは想像もつかなかった行動。民を見捨てて自分を攻撃してくるとはチリほども思っていなかった為に隙が出来、急所である核を偶然にも貫かれてしまった


≪君・・・なぜ!?≫


「クオンさんなら・・・全てが上手くいく方法を考える・・・はず。自分の身を犠牲にしてみんなを守ったところで僕が死んだ後にみんなが殺されてしまったら本当の意味で守った事にはならない・・・ならどうするか・・・そんな時に思ったんだ・・・倒せば魔法も消えるんじゃないかと・・・」


レンドの予想通り魔族の放った炎の玉は街民に当たる前に霧散した。巨大な炎の玉に襲われた街民達は九死に一生を得るが、その場にいるのが怖くなり悲鳴を上げながら退散していった


≪思った?・・・たまたまかよ・・・≫


「そうだ。たまたま偶然・・・僕は運が良いと思うんだ。クオンさん達に会った事も・・・共に行動して未だに生きているという事実も・・・」


≪冗談じゃ・・・≫


魔族は実力では圧倒していた相手に倒され、しかもそれが運であるという事に納得出来ず叫ぼうとするが魔力切れを起こし言葉の途中で消え去った


レンドは使い慣れない武具強化を使った影響と魔族を退けたという達成感が重なり、膝から崩れ落ちる


一部始終見ていた一人の女性がレンドに近付くとレンドの腕を自らの肩に回しレンドを立ち上がらせた


「・・・?」


「ありがとうございます!貴方のお陰で・・・」


肩を借りて立ち上がったレンドが補助してくれた女性を見るとかなり綺麗なお姉さんだった。意図せず美女を助けたレンドはこういう出会いも悪くないと心の中で思うが、次の瞬間、後ろの方から鋭い声が発せられた


「レンド!その娘は人化した魔族だ!」


レンドは聞き覚えのあるその声を聞いた途端、持っていた剣を女性に突き刺した。柔肌を突き刺した感触に魔族なら魔力を流さなければ剣は通らないはずと思い人を殺してしまったと青ざめる


しかし、その女性が刺された事により逆上し本来の姿を見せるも時既に遅く女魔族は絶命した


「ハア・・・ハア・・・ハア・・・」


その場にヘタリ込み、消えた女魔族が居た場所をしばらく眺めた後、レンドは視線を声がした方へと向けた


ずんぐりむっくりの体型に髭面で強面・・・とても心強い援軍には見えないがレンドには随分と頼もしく見えた


「デラス様・・・ハアハア・・・なんで・・・」


決してデラスに興奮している訳ではなく、上がった息を何とか整えようとしているレンド。デラスはその問いに片方の眉毛を上げて答える


「なんでもなにも、お主と同じ理由よ。ハーネット様達の足手まといになるくらいなら、この命を民のために・・・それとも老いぼれなんざ要らんか?」


「いえ、心強いですし、助かりました・・・それに55は老いぼれじゃなくて働き盛りですよ?」


「まだまだこき使うつもりか・・・まあ、ワシも探究心が枯れるまでは現役のつもりだがのう」


「・・・一体何歳まで現役でいるつもりですか・・・」


お互い軽口を叩き合い微笑むとデラスが近寄りレンドに肩を貸す。先程まで恐怖で足が震えて立てなかったが、仲間の存在にいつの間にか足の震えは収まっていた


「まさか人化してるとは・・・デラス様が言ってくださらなければ今頃・・・」


「適材適所だて・・・ワシには見破る事しか出来んがな。もうお主は・・・いや、とにかくワシが『解析』で魔族かどうか見破るから、お主はその剣で倒せ。人化してる方が倒すのは容易かろう?」


「容易くは・・・ないです」


自信なさげに答えるレンドにデラスは呆れながらため息をつく。デラスが飲み込んだ言葉・・・『もうお主は充分強い』は意図的に伝えずにいた。レンドが魔族と戦ってる時に見た解析の結果、本人は自覚していないが国の近衛兵と遜色ない実力までになっていたレンド。増長し油断しないよう言葉を飲み込んだのだが、伝えれば良かったとデラスは後悔する


レンドはデラスから離れると一旦握り続けていた剣を鞘にしまい、両手で頬を叩いて気合を入れる


そして、レンドとデラスは未だ次々と逃げ惑う民を逆行し、街の入口へと向かうのであった────




ディートグリス王都ダムアイト内王城の謁見の間


そこはラフィスが襲撃してくる可能性があるとして使用はしばらく控えられていた


その謁見の間に5つの影


ラフィスとラフィス率いる魔族の姿があった


≪うへー、なんかピリピリする≫


「ほう・・・魔素がないだけではなく、何かの干渉があるのだろうか?」


「どうだろう?それも魔素を消している人に聞けば分かるだろうね。急ごう・・・恐らくは上にいる」


ラフィスとヴァネス達四体の魔族は謁見の間に現れると即座に廊下へと出て王城内を捜索し始めた


謁見の間は王城中央棟の1階にあり、上階は王の居住区画となっている。左右中央と3つに棟が分かれているが、左右の棟は2階まで、中央棟は4階まで存在した


一般的に2階以上に行く事はまずないのだが、ラフィス達は中央棟の階段を探し1番上の4階を目指す


途中ラフィス達を見咎めた兵士達をなぎ倒し、上階へと進んで行くと2人の人物が立ちはだかる


「この先に何の用だ?ラフィス・トルセン」


「この騒ぎの中、お2人がココにいる理由が答えです。ランス様にシード様?」


4階へと上がる階段の前に立ちはだかるのは四天の二人、ランスとシード。ランスは穂身の中程に、枝分かれした別の穂身がある左右対称の十字槍を持ち、シードは中央に光り輝く宝石が埋め込まれた盾を持ちラフィスを待ち構えていた


「この先は貴様のような裏切り者と後ろの穢れた者達が入る事はおろか近付く事も許されない神聖な場所。近付いた罰としてこの神槍『ルーン』のサビにしてくれよう」


「ほう・・・ハーネット様の屋敷ではあまり賢くないお方だと思っておりましたが、今の口上はお見事でした」


「貴様・・・」


ランスがバカにされたと歯軋りし、食ってかかろうとするとシードが前に出てそれを制する。そして、ラフィス達を見据えて呟いた


「あまり・・・調子に乗るなよ。ディートグリスが誇る最強の鉾と盾・・・越えれると言うのなら越えてみるがいい」


シードが盾を構えると中央の宝石が更に光を強くし膜のようなものを形成する。その膜がドーム上に拡がりラフィス達の元へと近付いていく


「神盾『デュバン』でしたか?なんびとたりともその盾を破ること叶わず・・・か。ガドラス!」


「はっ!」


人化しているガドラスが指に魔力を込めてシードの光の膜を切り刻む。しかし、シードの光の膜は傷一つ付かず更に大きさを増していく


「主・・・」


「硬いな・・・魔素のないこの地でまともにあの膜を壊そうとするのは難しそうだね。普通なら・・・」


ラフィスがガドラスを下がらせるとガドラスと同じように指に魔力を込めて膜に向けて線を引く。すると線が左右に開かれ、膜は形状を維持する事が出来ずに霧散した


「なっ!?」


「へぇ、円を保てなくなると消えるのか。不思議な力だね。歪さを許さない天使特有の能力って所かな?」


「シード、どけ!俺が出る!」


「ワット!」


≪ハイな!≫


ラフィスの呼ぶ声にワットが反応し、左腕を伸ばしてランスを攻撃する。伸びた左腕はランスの首を捉え、そのままランスを吹き飛ばすと壁に押し付けた


「全てを打ち破る神槍『ルーン』も使い手が軟弱だと宝の持ち腐れってやつだね。揃いも揃って・・・」


「主!・・・むー、『水壁』!」


背後からの気配を感じたジニアが咄嗟にラフィスを庇いながら後ろを振り向くと炎の蛇が襲いかかってる来る。それを水の壁で防ぐと炎の蛇と水の壁は相殺すると、奥から炎の蛇を放った人物が現れた


「不意打ちには不意打ちを・・・と思ったんだけどね。元気だった?ラフィス」


「また貴女に会えた嬉しさに震えてるよ・・・アカネ」


アカネは両脇にハーネットとソクシュを伴い姿を現す。前後に挟まれた形になるもラフィスの余裕の表情は崩れない


「今まで『アカネさん』と呼んで震えてた男が随分と物騒な奴らを連れて偉そうな事・・・貴方は隅で震えているのがお似合いよ?」


「相変わらず勇ましく美しい・・・また詩が浮かびそうだ」


「やめてよ・・・ゾッとするわ。貴方の顔を見ただけでもお腹の傷が疼くのに、詩なんて聞いたら傷口が開きそうだわ」


「あの時はどうせ他のものに踏み躙られるのなら、いっそ我が手で摘むべきと思ってしまい・・・申し訳ない。今なら貴女を迎え入れる準備が出来ている。貴女の国の方と引き換えにコチラに来ると言うのはどうだろうか?」


貴女の国の方という言葉に反応するアカネ。脳裏には行方知れずとなったフォロの顔が浮かぶ


「・・・無事なの?」


「もちろんだよ。貴女と彼を怒らせる気は毛頭ない。ちょっとしたすれ違い・・・冷静に話し合えば分かち合えると僕は信じてる」


「彼?誰の事よ?」


「クオン・ケルベロス・・・神扉の番犬だよ」


「・・・」


ラフィスの意図を掴みかね、アカネはラフィスを警戒しながら思考を巡らせる。今の現状でクオンとラフィスが分かち合えるなど到底思えなかった


アカネが思考を巡らせる横でハーネットが奥にいるシードとランスの状態を確認する。シードは無傷、ランスは壁に押し付けられているが、無事のようだった。しかし、ランスを押さえ付けているワットを見て眉間にシワを寄せる


「貴様・・・そのギフト・・・」


ワットは腕を伸ばしランスを押さえ付けている。腕を伸ばす・・・先日クオンから聞いた一言、『伸縮自在』は腕や足を伸ばすことが出来る・・・その言葉を思い出し、つい最近殺された仲間の父親に結び付く


「貴様・・・貴様か!!」


突然激昴するハーネットにラフィス達は訳が分からずにいるとハーネットが翼を出して攻撃しようとする。それをアカネがハーネットの前に出て制するとハーネットが気付いたことを口に出した


「ラフィス・・・彼の腕が伸びているのは・・・奪ったギフト?」


「・・・そうだよ。まさかハーネット様の知り合いだったのかな?彼のギフトは・・・ああ、そうそう。確か街でたまたま見かけたギフト持ちだったかな。領主でもなかったし、引退した冒険者かと思ったんだけど・・・」


「残念だったわね・・・知っての通りハーネットとクオンは友人よ。クオンの友人であるハーネットの仲間の父親を殺しといて分かり合える?冗談は詩だけにしといて」


「傷つくなあ・・・僕とクオンさんは相性抜群のはずなんだけどね・・・運がないな」


「運だけじゃなくて寿命もなくなるわよ?フォロを返しなさい!」


「フォロ?・・・ああ、彼女の事か。・・・そうだな、返して欲しければ君が・・・と、言いたいところだが、まずは彼の誤解を解かないとね。三日後、我々が捕まえているフォロという女性が居た場所で待つ。もちろん生きた状態で引き渡すけど・・・クオンさん1人で来て欲しい。もし誰かを連れて来た時には約束しよう・・・連れて来た事を激しく後悔する事を」


「そんなの!・・・」


「無理強いはしないさ。今日ここで四天を殺してしまっても良かったが、それも断念しよう・・・どこで誰が誰と繋がっているか分からないのは身に染みたよ・・・事を起こす前に話し合うべきだったんだ・・・僕らは」


ラフィスはアカネに笑いかけると目の前の空間に1本の線を引く。するとその線が左右に拡がり、別の空間と繋がった


「ラフィス!」


「三日後だ・・・またね、アカネ・・・生きていてくれて嬉しかったよ」


ラフィスが隙間に入るとヴァネス達も後に続き、最後にワットがランスを離して入ると隙間はスっと閉じた。解放されたランスは首を押さえながら咳き込み、むざむざと逃がしたとハーネットは壁を殴りつける


「くそっ!」


「ごめん・・・フォロが捕まってしまったから・・・」


「そうじゃない・・・そうじゃないんだ。恐らく僕らは・・・アカネがこの場に居なかったら殺されていた。それも手も足も出ずに・・・ね。奴ら一体一体のプレッシャーがまるでクオンと対峙しているような・・・そんな気がした。気がしてしまった。・・・僕らでは・・・まだ奴らには届かない」


悔しさを滲ませてハーネットはもう一度壁を殴りつけた


四天の他の3人もハーネットの言葉に否定すること無く下を向く


魔素のない空間・・・圧倒的優位な状況でさえ勝てる気がしなかった4人が落ち込む中、アカネはまだ戦ってるであろうジュウベエとマルネスの様子が気になり、4人を置いて駆け出した


4人はこの場から動くべきではないと判断する


それは絶対に行かせては行けない場所の近くをラフィスに見られたから


彼らはこれからどうするべきか途方に暮れながら、駆け出したアカネの後ろ姿を見送るのであった────




────時はハーネットの屋敷に魔族が大量に現れたという報せが届いた後まで遡る


その報せを聞いたジュウベエが嬉嬉としてその場所へと向かい、マルネスは仕方なくその後を追従する


既に大量の魔族の出現を知った街民はパニックになり街の中心へと逃げ始めている中、ジュウベエは街に入って来た魔族の一体を一刀両断。そして、そのままの勢いで街の外へと出た


「終わった・・・もう我が国は・・・おしまいだ・・・」


ハーネットの屋敷へと報せに走った兵士が呟く。後から来たジュウベエの存在に気付かず、ただ呆然と目の前の光景を眺め、膝から崩れ落ちた


「う~ん・・・これはボクの手に余るね・・・」


≪急に駆け出すな!人の身では速く走れぬ・・・って、これはなかなか壮観だのう・・・≫


崩れ落ちた兵士の横でジュウベエが絶句していると同じく街の外へ出たマルネスが人化を解いて元に戻るとジュウベエの横に並び目の前に広がる光景を見た


街を守る為に懸命に戦ったであろうディートグリス兵士の手足を奪い合いする魔族の数ざっと100体。その後ろにはラフィスが創ったであろう隙間が2つあった


新たに街から出て来た2人に気付いた魔族達が目をギラつかせ2人に歩み寄る


「ねえ~・・・魔族って人食べるの~?」


≪魔族・・・と言っても魔獣に近い奴らは食うのう・・・核・・・器があれば肉体には魔素が染み込む。食べれば魔素が回復するでな・・・お主らが獣を食べて血肉にするのと同じ事よ≫


「え~野蛮~・・・ってえと、奴らは見た目は人に近くても中身は獣って事かな~?」


≪そうだのう・・・まあ、こヤツらのない中には賢しいものもおるみたいだのう・・・兵士に見向きもせず街中へと入ろうとしとるものが何体かおる・・・ジュウベエ、協力せい。妾が殲滅する魔法を・・・っておい!≫


「一番槍はもらった~と!」


ジュウベエはマルネスの言葉を聞かずに魔族の群れに飛び込む。空中で背中の剣を引き抜くと群れの中に飛び込み、デタラメに剣を振り回した


ジュウベエの剣『大虎太』はジュウベエの身体強化に呼応して魔力を帯びる魔導武器。しかもジュウベエの魔力のみに反応する特別製である。その大虎太を振り回し何体かの魔族を薙ぎ倒すが、すぐに囲まれてしまう


≪あの阿呆が!≫


マルネスは舌打ちし、両腕を強化しジュウベエの元へと向かおうとする。しかし、ジュウベエはかなり奥まで飛び込んでおり、すぐには辿り着けそうもない。しかも、魔族達全員が全員ジュウベエやマルネスを襲おうとせず中には隙を見て街への侵入を試みる魔族もいた


マルネスにとってクオン以外の人がどうなろうが知ったことでは無い。ただクオンに褒められるにはどのような行動を取れば良いかをひたすら考えた


最良は誰も傷つかず魔族を全て撃退。もう求婚される勢いである


次点でジュウベエなどクオンの知り合いが傷つかず、魔族を全て撃退。夜呼ばれるのは確実であろう


最悪はクオンの知り合いが傷つき、魔族が残った状態。少しだけ口をきいてくれないかもしれない


考えた挙句に出た結論は、街に侵入する魔族を極力抑えながらジュウベエのフォローに回る・・・だった


街中にもクオンの仲間がおり、ジュウベエは魔族の真っ只中。両方完璧にこなそうとしたら、最悪の結果になりかねない。そこで完璧にこなさないまでも被害を最小限に抑える方法を選択した


開かれた街の門の前に立ち、攻め込んでくる魔族を蹴散らしながら、ジュウベエのフォローをする。ジュウベエがいるのと絶え間なく攻め込んでくる魔族に対応している為に殲滅魔法を唱える隙はないが、ちょっとした魔法なら打てる為、魔法でジュウベエの援護し、攻めてくる魔族へは強化した腕でバッタバッタと薙ぎ倒す


≪ええい!鬱陶しいのう!≫


何体か街の中へと入っていく姿が見えたが、門の近くでへたり込んでいる兵士すら無視して行く様を見て追いかけても無駄と切り捨て目の前の群れに集中する


≪貴殿は上級魔族と見た!我輩は・・・ぐわああああ!≫


≪貴女様はもしや・・・ぎゃああああ!≫


≪降伏しま・・・じゃああああ!≫


容赦なく迫り来る魔族を倒していくマルネス。チラチラとジュウベエの様子を伺い、まだ無事である事を確かめる


≪しかし・・・キリがないのう!・・・って、むう!≫


背後からの攻撃を躱し倒した際にへたり込んでいた兵士に近付く魔族が目に入る。咄嗟にマルネスはその魔族の首を刎ねるが、魔族達に背中を向けてしまった為に隙が生まれる


≪お主!さっさと街の中へ・・・ぐっ!・・・逃げろ!≫


目の前で魔族の首を刎ねるマルネスの言葉に我に返った兵士はコクコクと頷き這うように街へと逃げて行く。その様子を見て鼻で笑うとゆっくりと振り返った


そこにはマルネスの隙を付き、背中を穿った魔族がその手に付いた血を舐め、その後ろにはそいつに続けと言わんばかりの魔族達が我先にと蠢く


≪よもや雑魚に傷付けられるとはのう・・・妾の血は美味しかろう?妾に触れたかろう?良いだろう・・・このマルネス・クロ・・・ケルベロスが相手してやる!夢見て眠れ!≫


マルネスは笑い魔族の群れへと突っ込む。ジュウベエの存在を忘れ修羅の如く暴れ始めた


一瞬で数体始末すると血に飢えた獣のように次の獲物を求め駆け出して行く────



一方ジュウベエは徐々に押され始めていた


最初はマルネスの援護もあり、何とか魔族達に競り勝つが、魔族達もジュウベエの実力を知ると距離をあけ、魔法攻撃に移行したり、連携して攻撃たりと工夫するようになる


勢いのまま乱戦になればジュウベエに分があったが、冷静に対処されると数の多さで圧倒する魔族達に流れが傾く


≪炎舞撃!≫≪水槍!≫≪土砲!≫≪風刃!≫


四体の魔族が奇しくも同時に魔法を放つ。炎が舞い、水の槍と土の塊が飛んで来て、風が刃となり襲いかかる。『大虎太』で魔法を切り裂くがその残滓がジュウベエの視界を塞ぐ


≪ハッハー!≫


「ちっ!」


視界が塞がれ気配だけを頼りに魔族の攻撃を躱すが左腕を削られ鮮血が飛び散る。よろめきながらも器用に剣を回し魔族の首を刎ねるが、魔族の数は一向に減る気配はなかった


チラリと魔族達の背後にある隙間を見るとそこから新たな魔族が出て来るのが見えた。減らないはずだと舌打ちし、ジュウベエは大声で叫ぶ


「ツルペタ~!あの隙間閉じれないか~!?」


≪ホイホイと開けたり閉めたり出来るか!扉じゃあるまいし!・・・そうか!・・・いや、それどころではない!妾の元へ参れ!狂犬!≫


「ん~残念・・・もう一段階上げてみようか~」


遠くで叫ぶマルネスを無視してジュウベエは身体強化を更に上げる。それに呼応し大虎太も輝きを増していくとジュウベエは妖しく微笑んだ


「さあ、狂乱だ!」


ジュウベエは叫び、手当り次第に魔族を狩る。まるで増える速度より減らす速度を上げれば良いと言わんばかりに。しばらくするとジュウベエは大量の返り血を浴び、自分の血なのか魔族の血なのか分からない


だが、弱い魔族も存在すれば強い魔族も存在した。ジュウベエの大虎太を受け止める猛者が現れ勢いは失われる


「へぇ~?」


≪調子に乗るな人如きが!四肢をもぎ取り、苗床にしてやろう!≫


これまで狩ってきた魔族とは明らかに違う雰囲気。ジュウベエは舌なめずりしその魔族に構える


「楽しめたらくれてやるよ~。ガッカリさせるなよ~」


≪ふっ・・・人如きが。貴様らは我が身を見たら平伏し、我が名を聞いたら震えておれば良い!我が名はべルート・アノスン!この名をしかと刻むが良い!≫


「エアーハンマー!」「槍よ!」


べルートが叫び、いざ戦おうとした時、横から風の塊と槍がべルートに襲いかかる。ジュウベエに集中していた為かべルートはそれをまともに受け、土煙に隠れると攻撃をした人物がジュウベエに対して叫んだ


「なんて数だよ全く!・・・援護する!共に切り抜けるぞ!」


ジュウベエに声をかけて来たのはガトー達3人。ジゼンの父親が襲撃され亡くなるとハーネットが半ば強引に3人を父親の元に行かせていた。しかし、ハーネットの事が気になる3人はジゼンの父親の亡骸に祈りを捧げるとすぐに王都へ戻って来た


ようやく着いた王都前では何者かが戦っており、状況を確認する為に近付くとそれがジュウベエと分かり、相手が魔族と分かった時点で攻撃を繰り出した


しかし、ジュウベエはガトー達の行いを感謝するどころか天を見上げて一言呟く


「・・・クソが・・・」


離れているガトー達には聞こえはしなかったが明らかに様子のおかしいジュウベエに首を傾げる


次第に土煙が晴れ、べルートの姿が見えてくるとガトー達は愕然とした。不意打ちの上に全力で攻撃した。しかし、ガトーの『エアーハンマー』の傷は見当たらず、ジゼンの槍は肌を1ミリも通すことなく止まっていた


それもそのはずガトーの『エアーハンマー』はただ風を1箇所に集めてぶつけるだけ。ジゼンの『伸縮自在』は鉄の槍を魔力を帯びずにただ伸ばすだけ。魔族の強靭な身体には全くもって通用しなかった


「バ、バカな!」


≪人にも劣る屑が水を差しおって・・・しかし、1人はいい魔技を持っている・・・1人は女か・・・群がるぞ≫


べルートがガトー達を一瞥すると吐き捨てるように呟く。そして、べルートの言う通りジゼンとソフィアを目指して魔族達が群がり始めた


「くそっ!来るな!来るなぁ!!」


唯一襲われていないガトーが『エアーハンマー』を乱発するも魔族達は意に介さず2人へと迫る


ジュウベエはそれを見て盛大に舌打ちすると3人へと駆け出した


≪隙ありー!!≫


「ガッ!」


駆け出したジュウベエの横腹をドロップキックで吹き飛ばす魔族。べルートは倒れたジュウベエの頭を踏みつけるとドロップキックをかました魔族を睨み付けた


≪僕が倒したのにー≫


≪ほざけ!これは我の獲物だ。貴様らはあの雑魚の血肉でも喰らっておれば良い。それとも我に逆らうと言うのか?≫


≪・・・ちぇっ・・・まあ、いいや。足ぐらい貰えるかなー≫


ドロップキック魔族はべルートのひと睨みで退散し、ガトー達の元へ向かう。べルートはそれを確認し、ジュウベエに向き直るとジュウベエの頭を踏みつける足に更に力を加えた


≪さて・・・この状態で手足をもぎ取るとするか。安心しろ、殺しはしない。我の子を心ゆくまで孕むが良い≫


「楽しく・・・ないね~・・・」


ジュウベエは踏みつけられながらもべルートを睨み付ける。しかし、この体勢からでは身動きが取れない。下手に動けば頭が踏み潰される・・・そういったプレッシャーがべルートから発せられていた


「うわあああ!」「いやあああ!」「やめろ!やめてくれ!!」


ガトー達の悲鳴が聞こえる。ジュウベエは頭を踏み潰される覚悟の上で動こうとした。その時────


≪動くのを『拒む』≫


凛とした声が周囲に響き渡り、ジュウベエを踏みつける力が一瞬で失われた


聞き覚えのある声。聞きたかった声の主を見る為にべルートの足を押しのけ立ち上がると、声のした方を見る


「クオン~!!」


そこには今まで激しく動いていた魔族達がまるで時を止められたように動きを止めている異様な光景が広がり、その中心でクオンが佇んていた


≪クオンー!!≫


どこから現れたのかマルネスがクオンに抱きつくとクオンはマルネスを抱えたままジュウベエ達の元へ。その姿を見てジュウベエは微笑むが胸の奥でチクリと痛む何かを感じていた


クオンはジュウベエと合流すると更に進みガトー達の元へ


突然動かなくなった魔族達に驚きながらもジゼンは傷口を拭い、ソフィアは乱れた衣服を直しクオンを迎える


「クオン・・・これは・・・」


≪魔族達の動きを『拒んだ』。さすがに数が多いからもう少ししたら、動き出す。その前に黒丸の魔法で殲滅する。黒丸・・・魔力は?≫


唯一被害のなかったガトーがこの不思議な光景を創り出していると思われるクオンに尋ねるとクオンは事も無げに言い放つ。そして、抱えているマルネスにクオンが聞くとマルネスは少し考えた後に答えた


≪・・・ち、ちっと足りぬかのう・・・ほ、ほれ、これだけの数だ。魔力がかなり必要となるし・・・≫


≪・・・まあ、途中で魔力が足りなくなるよりはマシか≫


クオンはおもむろにマルネスの顎を掴むと唇を奪う。ピチャピチャと音を鳴らし抱えられているマルネスは足をピンと伸ばした


「なっ!?・・・」


突然目の前で濃厚なキスシーン・・・それも敵がまだ数多く残り、片方が幼女という事もありガトー達は言葉を失う


数秒後、2人が口を離すとその間には糸が引かれ、マルネスは恍惚の表情を浮かべていた。クオンはぼーっとしているマルネスを地面に下ろすと肩を掴み魔族達の方を向かせる


≪ほれ、いつまで惚けてる。さっさと終わらすぞ?≫


≪お、おお、そうだな!さっさと終わらせて続きを・・・ムッ、そう言えば隙間は・・・≫


≪片方は魔の世に繋がっていて、奥の方から怖いのがこちらを覗いていたからな。来て早々に2つとも閉じておいた≫


≪さすが妾の旦那様・・・この数だと詠唱せねばなるまい・・・≫


マルネスが魔族達を睨みつけた後、目を閉じると身体から黒いモヤが溢れ出す。それを見てクオンがガトーに振り返った


≪ガトー!その辺の奴らを『エアーハンマー』で群れの中心に吹き飛ばしてくれ!≫


「お、おお!」


クオンがジゼンやソフィアに襲いかかっていた魔族達を指差すとガトーは頷き『エアーハンマー』で次々と吹き飛ばす


それを見計らってかマルネスは魔法の詠唱を始めた


≪綴られた星々よ────黒き花となり────我が敵を滅せ────黒花星章≫


マルネスはゆっくり魔力を高めながら唱えるといくつもの黒い花が魔族達の近くで咲き乱れる。そして、マルネスが手の平を花に向けて握り込むと花が次々と弾け魔族達を飲み込んだ


軍隊アントに向けて放った時とは段違いの威力と数。クオンに動きを封じられている為、悲鳴をあげる事も叶わず魔族達は花に飲まれ消えていく


気付いた時には黒い花は全て散り、魔族達は跡形もなく消え去っていた


その光景を目の辺りにしたジュウベエが唇を噛み締める。自分とマルネスの実力差、そして、クオンとの距離をまざまざと見せつけられた気がしたからだが、今はその時ではないと思い直し悔しさで噛み締めていた唇を緩め、改めて生還出来た喜びを素直に感じることにした────

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