2章 23 驚天動地
圧倒的・・・その言葉が似合う程にヴァネス達はシャンド・ラフポースを攻めていた。シャンドがいくら瞬間移動で目の前から消え、見失ったとしても他の二体がすぐにシャンドの移動先に反応し攻撃を加える
シャンドの戦闘スタイルは至って単純で、瞬間移動で相手の虚を付き致命傷を与えるというもの。故に複数を相手にするには向いてないといえた
徐々に傷が増え、弱っていくシャンドを見て、ギフトを持たぬ魔族だった時には味わえなかった高揚感に支配されていく
≪どうした?・・・所詮はその程度か?泣いて命乞いをすれば見逃してやらんでもないぞ?≫
息を切らすシャンドを見て勝ち誇るヴァネス。あれほど恐れていたシャンド・ラフポースを見下ろす日が来るとは想像もしていなかった
言われたシャンドは息を整えながら首を振る
≪流石に・・・笑えませんね。この程度だったとは・・・≫
≪自らの力が分かったか。だが、我らを相手によく戦ったというもの・・・流石は七長老相手に・・・≫
≪三体で挑んでおいて未だに私は死んでないのですが何故でしょうか?もう少し効率的に魔技を使われたら如何ですか?≫
≪負け惜しみを・・・≫
傷だらけのシャンドが余裕たっぷりの表情で言うのが滑稽に見え、これが恐れていた上級魔族かと自嘲気味に笑う。ヴァネス達も手探りで攻撃していたところもあり、本気を出していればシャンドは既に倒していたという気持ちもあった
≪おや、どうやらそろそろ詰めに入るみたいですね≫
シャンドはクオン達の方を見つめ目を細める。その表情に未だ余裕の色が残っているのがヴァネスは気に食わなかった
≪ああ・・・こっちも詰めに入ろうか・・・≫
≪ひとつお聞きしたいことが・・・貴方の主は貴方達の他に使役しているものはいますか?≫
≪答えると思うか?≫
≪ですか。やはり主の言う通り捕らえねばなりませんね。厄介な魔技をお持ちですね、貴方達の主は≫
≪何を・・・≫
ヴァネスが言いかけた時にクオン達の方から凄まじい圧力を感じ思わず言葉を止めて振り返る。そこには禍々しい黒いオーラに包まれたクオンが立っていた。先程までの雰囲気と違うことに狼狽するも今はシャンドを倒す事が先決と振り返ると・・・
≪貴様・・・貴様傷はどうした!?≫
≪傷?ああ、さして気にしていなかったのですが、貴方達が我が主の方を向いている時に少し・・・でも、気にしないで下さい。先程までも痛々しく見えたかも知れませんが表面上の傷ばかり・・・癒えても癒えなくてもさほど変わりませんので≫
≪バカな・・・そんなはずは・・・≫
≪貴方の打撃も彼の切断も・・・そちらの方の圧も大したものではありませんでした。もう少し楽しめると思ったのですが・・・ガッカリを通り越して笑える・・・を更に通り越して笑えませんね≫
いつもの執事服は切り刻まれたままであったが、傷は跡形もなく消え去っていた。更に憐れみのような視線を向けられ、ヴァネスの怒りが沸点に達する
≪ふざけるなー!!≫
ヴァネスは怒りに任せてシャンドに殴り掛かるが、当然の事ながらシャンドは瞬間移動で消えていなくなる。何度も同じ行動を起こし、その度に同じように叩き伏せてきた。今回も移動先を他の二体が・・・そう思い振り返るとベッツの背中からシャンドの腕が覗かせていた。その手に魔族の心臓部である核を持って・・・
≪なっ・・・ベッツ!!≫
≪正直上から圧をかけられるのは不快でした。まだ切り刻まれたり、殴られた方がマシです。ひとつ勘違いされてるようなので言っておきますが、私は本来相手の背後に移動してとどめを刺すのを好みます。貴方達の見える範囲に移動していたのは・・・気紛れという事にしといて下さい≫
手の中で拳大程の核をコロコロと回しシャンドが言うと、ベッツは自分の核とシャンドを交互に見て何か言おうとする。が、シャンドはその言葉を待たず核を持つ手と反対の手でベッツの首を切断した
シャンドは手の中にあるベッツの血で汚れた核を、懐から取り出したハンカチで綺麗に拭き取るとハンカチと共に懐にしまう。あまりの一瞬の出来事に動けなかったヴァネスとガドラスがそれを見て我に返ると身構えた
≪さて、必死に・・・必死に生き残る方法を考えなさい。そうすれば少しは・・・少しは私を楽しませる事が出来るかも知れませんよ?≫
シャンドは微笑み二体と対峙する────
ボトッ・・・まるで他人事のように自分の腕が地面に落ちるのを見ていた
魔族の身体は硬い。それこそ並の剣ならば余裕で受ける事が出来る。それを更に強化する事が可能であり、強化した際には鱗のような皮膚となり、生物上最も硬いとされるドラゴンの龍鱗すら凌ぐと言われている。更にそこに魔力で強化すればどのような剣でも弾けると思われていた
しかし、その強化に強化を重ねた腕が、クオンの持つ小刀によってあっさりと斬り落とされた
≪ガッ・・・≫
腕を落とされた衝撃で我を忘れていると痛みが後からやってくる。血を吹き出した右腕を押さえながらよろめくと、小刀を持った死神がゆっくりとワットへと近付いて来る
ワットが取った行動は最善だった
クオンを脅威に感じた時点で接近戦を止め、アルテにラフィスを逃がすように言うとなるべく時間を稼ごうと自分が得意な距離で戦う事を選択する。魔法があまり得意でないワットは手に入れた能力『伸縮自在』を駆使し牽制しつつ後退しようと目論んでいた
その為に強化した腕に魔力を込めて攻めると言うよりは守る為に攻めるスタンスで攻撃も無闇にはしない
クオンが歩みを始めた瞬間、小手調べと右腕を伸ばす
当てるつもりはない攻撃。クオンの持つ小刀はアルテのナイフよりは長いがせいぜい30センチほど。間合いを確かめる意味でもギリギリのところで腕を戻そうと考えていた
その矢先に腕が落ちる
理解が追い付かず痛みを感じるのが遅れた。そして、クオンに対する対応も
目の前には既にクオンがいる
決して早足ではないにも関わらず、ワットには恐ろしい速度に感じていた
あの小刀は触れれば斬られる。ならばどうすると考えていると後ろから数本のナイフがクオン目掛けて飛んで来た
≪!?アルテ!主を連れてけって・・・≫
顔をクオンに向けながらも後ろにいるであろうアルテに意識を少しだけ注ぎ、未だに逃げていないアルテを責めるが、アルテから悲痛な叫びが返ってくる
≪ソイツが主の能力を阻んでいる!まずはソイツをどうにかしないと逃げるに逃げれない!≫
≪・・・マジかよ≫
上級魔族となり、自分でもそれなりに強くなったと思っていた。その自分の全力の攻撃をいとも容易くいなしながら尚、離れた場所のラフィスの能力まで妨害する・・・理解し難い状況に次の一手をどう打つべきか迷うワットをよそに何本ものナイフが投射されていた
ナイフを難なく弾き返すクオン。今までは弾かれたナイフは地面へと落とされていたが、今は違う。アルテの『増加』により増えたナイフは元のナイフを象った魔力の塊。時間の経過か創り出したものが解除しない限り消えないはずだったがクオンに弾き返されたナイフは消え去っていく
様子を見ていたラフィスは全員に指示を出した。言葉に出すのではなく、主従関係を結んだ事により離れた場所に居ても話す事が出来る『交信』。核同士にパスを繋げ、それを通して会話出来る為、クオンとシャンドにはその声は届かない
指示を受けたアルテが後ろに下がったワットを見ると呟い
≪・・・・・・ワット≫
≪ああ。人の世に来てから初めて会ったが・・・嫌いじゃなかったぜ≫
≪よしてよ、感傷に浸るのは・・・寒気がするわ≫
≪最後まで辛辣だな≫
≪それはそうでしょ?私達は上級魔族・・・最後まで誇り高く生きる義務があるわ≫
≪初めて聞いたよ・・・魔技返していいかな?俺の性分に合わねえ気がする≫
≪そうね・・・貴方には合わないわ・・・ね!≫
アルテはありったけのナイフをクオンに向けて放つ。それと同時にシャンドに相対していたヴァネスとガドラスが、そして、アルテのそばに居たワットがラフィスに向けて走り出した
≪・・・おい≫
同時に動き出した三体を見て、クオンがアルテのナイフを弾きながらツッコミを入れるが、視線を遮るようにアルテが目の前に立ちはだかる
≪男のケツを追わないで私を見なさい!坊や!≫
≪暇なら是非そうしたいがね・・・シャンド!コイツを!≫
≪はっ!≫
クオンはシャンドに逃げるラフィス達を追わせるのではなく、アルテを相手するよう命じた。シャンドにラフィス達を追わせてもラフィスを庇う何体かは殺せても、肝心のラフィスには逃げられてしまう。全員逃がさないようにするには自分がラフィスの能力を『拒め』ばいい。そう判断してシャンドにアルテをあてがい、クオンは横に飛んでラフィス達を見た
≪させない!・・・≫
アルテは叫んだ後に何か呟くと自分の胸に手を突き刺し、核を握り抜き放つ。そして、ぽっかりと空いた胸の傷から血が大量に吹き出しクオンの視界を遮った。シャンドが『瞬間移動』でアルテの背後に回り込み腕を突き刺すも首を傾げアルテの手の内にあるものを見た
≪貴方・・・≫
シャンドが探してたものがそこにあった。アルテは自分の血を『増加』した後に自分で『増加』が刻まれた核を抜き去り、大量の血を吹き出す事によりクオンの能力を妨害した
クオンは内心舌打ちする
何度かラフィスの能力を『拒んだ』際にラフィスの方を見ているのに気付かれていた。見ていなければ発動しない能力というのがバレ、アルテは自分の血でクオンの視界からラフィスを遮る選択をした
血が収まると既にラフィスは居らず、他の者達もラフィスが創り出した『隙間』へと飛び込んでいる。シャンドが目線で追うか尋ねるが、クオンは首を振りそれを止めた
≪通った瞬間に閉じられたらお前もああなるぞ?≫
クオンが半分になり絶命しているラビットタイガーを指差した。その時、崖の方から人影がひとつ躍り出て『隙間』へと飛び込む。チラリと見えたその影は見たことも無い女性だったが、恐らくはラフィスの仲間の1人だろうとクオンは気にせず残ったアルテに振り返る
≪やってくれたな・・・なぜ自ら核を抜き取った?≫
≪奪い・・・返される・・・なら・・・壊せってね≫
アルテが残りの力を手に込めて核を破壊しようとする。しかし、それよりも早くシャンドが背後からアルテの腕を切り落とす
≪あら・・・あら。レディーに対して・・・酷い事するのね?≫
≪申し訳ありません。貴方よりもその核の方が美しかったのでつい≫
≪そう・・・酷い・・・男≫
ラフィスが状況を見て下した指示は3つ。『アルテ以外撤退』『アルテはクオンの視界を妨害し、最後に『増加』の核を壊せ』『クオンの正体を探れ』の3つだった。アルテは瀕死になりながらも最後の指示を全うする
≪ねえ・・・最後に・・・聞かせて・・・貴方の周りに纏わり付いている黒い・・・モヤみたいなものは何?≫
≪ラフィスとのパスを切れば教えてやるよ≫
≪・・・切ったわ・・・≫
≪じゃあ・・・≫
≪主!≫
シャンドはアルテの問いに答えようとするクオンを止めようとする
パスを切る・・・それは一方的に主従関係を解消する事を意味し、シャンドにはそんな事をアルテがするとは思えなかったからだ。従者側から切れる主従関係だからこそ切らない事に価値がある。シャンドはそう思っているし、同じ魔族であるアルテもそう思っているはずと考えて話そうとするクオンを止めようとしたのだが、そんなシャンドを見てクオンは微笑み首を振った
≪俺は────≫
クオンの話を聞き、アルテは驚愕の表情を浮かべた後、納得するように微笑んだ。どうりで手も足も出ないはずだと
≪嫌になるわね・・・本当・・・ねえ・・・ここに私の核があるの・・・貴方にお願い・・・出来るかしら?≫
アルテは自分の胸の中心を指差してクオンを見つめた。先程まで微笑んでいた表情は変わり少し寂しげに笑いながら
≪ああ。お前の主の面倒は俺が見てやる。安心して逝け≫
≪そこまで頼んで・・・ないわ・・・でも、そうね・・・主に会ったら伝えといて・・・『楽しかった』と・・・≫
≪自分で伝えればいい≫
≪もうパスは切った・・・でしょ?≫
≪そういえばそうだった・・・伝えておく・・・じゃあな≫
≪ふふ・・・サヨナラ・・・優しい人・・・≫
クオンが動くと数秒後にアルテの身体は跡形もなく消え去る。消える間際のアルテの表情は満足そうに微笑んでいた
≪主・・・宜しかったのでしょうか?≫
アルテはパスを切っていない。そう思っているシャンドはアルテに秘密を話したクオンに確認する。しかし、クオンは先程と同じように首を振った
≪構わない。それよりも核の回収を頼む。向こうに倒れている奴の核は?≫
≪本体の核はここに。『圧』の核は体内にありますが・・・≫
≪本体の核を壊していい。『圧』の核を返すと奪われた核が譲渡出来る事を報せる事になる。取り返すのは『増加』だけでいい。それともお前が使うか?≫
≪いえ、必要ありません。では・・・≫
シャンドはベッツの核を懐から取り出すとその場で握り砕いた。するとベッツの身体がアルテと同じように消えていく
「さて、合流して戻ろうか。次はどう出てくるか・・・もう少しヒントが欲しかったが・・・」
≪ラフィスとやらが呼び出した魔族と魔獣は後何体いるのか・・・それが分からねば彼を殺す事は出来ない・・・でしたか≫
「ああ。主が死んだら主従関係が切れた魔族達がどう行動するか・・・下手すれば国が滅ぶ」
≪収拾がつきませんね。好き勝手に暴れられると≫
「そういう事だ。行こうか。あまり待たせるのも可哀想だ」
≪はっ!≫
いつの間にか左目を閉じていたクオンが歩き出すとシャンドが従いついて行く。後に残されたのはアルテとベッツのものと思われる大量の血の跡だけであった────
「結局、奴の能力は聞き出せなかったか・・」
拠点としているモコズビッチの別荘に戻って来たラフィスがアルテとのパスが切れた瞬間に呟いた
既に逆転の目はないと踏んだラフィスは拠点に戻った後にアルテにクオンの情報を聞き出すように指示していた。しかし、アルテからの返事はなく、あのまま殺されたのだと理解する
≪あ、主・・・やっぱりアルテは・・・≫
「ああ。たった今パスが途切れた。彼女から切るとは考えにくいから間違えなく殺されたのだろうね」
≪くっそ!・・・あの野郎!≫
≪・・・アルテ・・・≫
「君らは当初から僕に仕えてくれていた・・・僕も悲しいが彼を憎んではいけない・・・彼は味方だ」
悔しがるワットとヴァネスを諭すように語りかけるラフィスの言葉を聞いて信じられないと顔を強ばらせて顔を上げた
≪主・・・それは・・・≫
≪ちょっ・・・じゃあなんで!≫
「すまない・・・彼が『拒むもの』と知っていれば彼の仲間であるアカネを刺しはしなかった。他の者に奪われるならいっそうの事と思い、手を出したがそれが仇となったね」
≪『拒むもの』が味方?ちょっと、主・・・よく分かんないんだけど・・・≫
「『拒むもの』の能力・・・それは僕もよく知っている。そして、彼の役割も。僕達のやろうとしている事は彼の役割と同義だ。だから仲間に引き込める可能性は非常に高かったのだが、僕が彼の仲間に手を出した事により交渉の場は失われてしまった。本来なら交渉し仲間に引き込んだ後に有用なギフトを奪い決戦に備えるべきだったが・・・今は全てが裏目に出てる」
悔しさを滲ませて言うラフィスを見て、ヴァネスとワットは主が言うのならそうなのだろうと納得する。主を責めることは出来ずアルテとベッツの死を悲しんでいると横から状況の飲み込めないものが首を傾げ手を上げた
≪はいはーい!なんで主の居場所がバレたの?そういう魔技があるのかな?≫
手を上げて質問をしたのはジニア。魔族は特徴として病的な程色白のものが多い中、彼女は人に近い肌の色をしており魔族には見えない見た目をしている。その為、街への調査などでは彼女が行く事が多かった
今回も彼女が街に繰り出し、領主の情報収集を行っていたが、領主のギフトが『水』であった為にギフトを奪わず、帰っている途中でラフィスからの連絡を受け崖の下に潜んでいた
ジニアは戦闘系のギフトを持っていない為、戦闘には参加せず、しばらく待機した後にラフィスからの指示によりギリギリになって『隙間』を通り抜け無事別荘に戻る事が出来た。クオン達が見た人影はジニアであったが、それを知る由もない
「ギフトの可能性が高いけど、どんなギフトかは全然分からないね。ココもバレている可能性は非常に高い・・・気に入ってたんだけどね・・・この悪趣味な屋敷を」
≪そっか・・・主、ちょっとお耳貸して≫
ジニアはチョイチョイとラフィスに屈むように手で合図すると何かを耳打ちする。ラフィスはジニアの言葉に一瞬目を細めるとジニアを見て頷いた。ジニアは頷くラフィスを見た後ニコリと笑い部屋の外へ・・・残された形になったヴァネス達が何事かとラフィスに尋ねるとラフィスはこう答えた
「ちょっとお花を摘みに・・・ね」
何の事か分からずに怪訝な表情を浮かべるヴァネス達を楽しそうに眺め、ラフィスは窓に近付く。既に日は落ちかけ、目の前にある森は暗闇に包まれていた────
ちょうどラフィスが窓辺に立って屋敷の対面にある森を眺めている頃、その森の中の木の上から屋敷を伺っている人物がいた。クオンの命令で屋敷を監視しているフォロである
モコズビッチ家の長女プロネスの情報を元にラフィス達が屋敷を占拠しているか確認に来ていたのだが、来た当初はもぬけの殻。屋敷の外から内部を観察すると誰かが生活した後は確認出来た為にその人物が戻るまで見張っていた
フォロのギフト『透視』により外からでも屋敷の内部を見る事が出来、今正に目的が達成出来たところであった
同じ諜報部のレンと『レン話』が出来るのは、レンから繋いで来ないと出来ない為、定時になると連絡が来るようになっている。その定時までには時間がある為に少し移動しようとした矢先に何者かの気配を感じた
「!?」
≪人の屋敷を覗くなんて・・・趣味悪いなー≫
フォロの乗っている木をコンコンと叩き下から見つめているのは先程まで屋敷の中にいたジニア。見つかった事に舌打ちし、フォロは木を飛び渡り逃げに徹する
しかし、何本目かの木に飛び移った瞬間、背後から耳打ちされた
≪逃げられないよ≫
ラフィスは森が静けさを取り戻したのを確認すると、外に向けていた視線を部屋に戻し、ヴァネス達に告げる
「さあ、始めようか────」
ラフィス達を逃がした後、ニーナの別荘に戻って来たクオン達は食堂で消費した魔力をマーナに回復してもらっていた
今回のマーナの役割は魔力の回復。常に探知しているフウカはもちろん、クオン達が消費した際に回復出来るよう常に魔力を満タンにしている。更にステラも満タンに保つ事によりマーナ自身の魔力が不足した場合はステラから魔力を吸収する。主従関係を結ぶと遠く離れた場所での会話の他に魔力の譲渡が容易になり、ステラから損なく魔力を吸収する事が出来た
「はい、これでおしまい。さすがに2人回復したらステラの魔力もかなり消費したわね・・・やっぱりラフィスの周りには上級魔族がいっぱい?」
「少なくとも後三体・・・シャンド、最後に隙間に入ったのは?」
≪魔族です。取るに足らない存在でしたが、始末した方がよろしかったですか?≫
「いや、別に・・・てか、シャンドの取るに足りる相手なんていた日にはどうなることやら・・・。少なくとも後四体・・・上級だけでな」
「上級じゃない魔族の存在・・・スキル狩りはまだ続くのかな・・・」
「どうだかな・・・ラフィスを倒せばおしまいって事だったら楽なんだが・・・」
クオンがあそこにいた上級魔族以外の敵の存在を想像しため息をつくと食堂の扉が勢いよく開けられ珍しく息を切らせたフウカが入って来た
「ひ・・・開いたよぉ!」
「休む暇もないな。どこだ?」
フウカの言葉を聞いてクオンがテーブルに地図を広げる。凡その場所さえ分かればシャンドの瞬間移動ですぐにでも移動出来る。しかし、フウカが指を差した場所は意外な場所であった
「ここぉ」
「・・・ここはこの屋敷だが?」
「うん」
見つめ合う2人。ややすると屋敷に悲鳴が響き渡る
「サロンか!」
ニーナの別荘の1階にある食堂と同じくらいの広さのあるサロン。人が集まった時の社交場として使用していたが、今はメイドが掃除で入るくらいで使用はしていなかった。それもそのはず、その場所こそがラフィスが屋敷で訪れた部屋2つの内の1つだったからだ
クオンがシャンドを伴ってサロンに向かうと、扉の前で腰を抜かしているメイドが部屋の中を見つめて固まっていた。傍により無事を確かめるとメイドの視線の先を追う
サロンの中心部に隙間が開かれており、その前に上半身裸の男が立っていた
≪フシュウウウ・・・とうとう我輩の時代が到来≫
「シャンド・・・効果音を口で言うアイツは知り合いか?」
≪存じません≫
≪おぉ!?珍妙な格好をしているがお主シャンド・ラフポースではないか?久しいのう!≫
扉付近で独り言を言う魔族を眺めていると、魔族がクオン達の存在に気付き声をかけてきた。シャンドは知らないと言っていたが、向こうはシャンドの顔を見て嬉しそうに笑う
「シャンド?」
≪存じません≫
「・・・そうか。任せていいか?」
≪ご命令とあらば。滅殺、服従、滅殺・・・どれに致しましょう?≫
「・・・任せるよ」
頑なに知らないと言い切るシャンドに魔族の相手を任せると、クオンは隙間を能力を使って閉じ、腰を抜かし動けないメイドを抱えてサロンの扉を閉めた。選択枠のおかしさから恐らくは滅殺されるだろう魔族を少し気の毒に思いながらもメイドを本物の執事に預けるとフウカ達の元へと戻った
「クーちゃん!ちょっとしっちゃかめっちゃかぁ!」
「なに?しっちゃかめっちゃか?ん?ちょっと待て」
フウカが慌てた様子で話しかけてくるが、タイミング悪く『レン話』が入る。クオンはフウカの話を後回しにし『レン話』に集中する
〘クオン様ー!緊急事態!フォロと連絡がつきません!それと王都に大量の魔族が!ジュウベエ様とマルネス様で応戦していますが、数が多過ぎます!〙
〘フォロが?いつからだ?〙
〘2時間前の定時連絡は取れましたが、今回の定時連絡で・・・繋がりません!ど、どうしましょう!〙
〘落ち着け・・・フォロの件は俺が何とかする。王都はどんな状態だ?〙
〘ダムアイトの入口付近に大量の魔族が突如発生しました!今さっきジュウベエ様とマルネス様が向かった所なので状況は分かりません!〙
〘アカネとデラスとレンド・・・それにハーネットは?〙
〘アカネ様とデラスさんと男は屋敷に・・・ハーネットさんは鎧をつけてジュウベエ様達の援護に行くと・・・〙
〘男?・・・レンドか。ハーネットには今から言う所に向かわせろ。アカネとデラスとレンドはそれについて行くように伝えてくれ。レンはダムアイトの入口から離れて安全な場所で何度かフォロと連絡を取ってみてくれ。それと俺との交信は10分に1回必ず行ってくれ。ハーネットに向かってもらいたい場所は────〙
レンとの『レン話』を終えたクオンは、先程から目の前をうろちょろしているフウカの肩を掴んだ。ようやく『レン話』が終わったと判断したフウカは堰を切ったように話し出す
「もうねぇ、しっちゃかめっちゃかなのぉ!ディートグリス全土の至る所にねぇ澱みが生まれてぇ・・・そのラフィスって人ぉー何人いるのぉ?」
「1人だ」
「嘘よぉだってぇほぼ同時に澱みがぁ・・・」
「隙間を創り出し、腕だけを隙間に入れて繋げた先で更に隙間を創ればほぼ同時に色んな場所で隙間を創り出せる。アカネが刺された時も腕だけ見えたらしいしな・・・恐らくは陽動の為だろうが・・・やってくれる」
クオンは歯噛みし何を優先すべきか考える。優先すべきは仲間の命。そうなると連絡のつかないフォロ、この屋敷、そして、王都の3つになる。上級魔族と渡り合えるのはクオン、シャンド、マルネス・・・次点でジュウベエ。能力によってはジュウベエすら危うい
「・・・この屋敷に出て来た魔族をシャンドと共に・・・」
≪お呼びでしょうか?≫
「・・・さっきの魔族は?」
≪滞りなく≫
「お前の相手に同情するよ・・・フォロを送った場所は覚えてるか?」
≪はい≫
「なら、そこに飛んで近くにある屋敷を調べて来てくれ。俺はこの屋敷から動けん。調べ終わったら王都に向かってもらう。なんでも大量の魔族が現れたらしい・・・悪いな、頼りっきりで」
≪造作もございません。それでは・・・≫
「ちょっと待ってぇ!王都に魔族ぅ?」
シャンドがクオンの指示を受け、移動しようとした時にフウカから待ったが入る
「レンからの報せだ。だが、王都にはジュウベエと黒丸、それにアカネが・・・」
「クーちゃん行って!」
「しかし、それだと・・・」
「この屋敷は大丈夫!ワタシやスーちゃんもいる!」
フウカが言うとマーナとステラ、そして、アースリーが頷いた。クオンは悩んだ末、結論を出す
「・・・分かった。シャンド、1度王都前に俺を送ってからフォロの方に向かってくれ。アースリー、小型一体残ってるか?」
「うん・・・コレです」
アースリーは手の平をクオンに見せるとそこにはクモがいた。指先にちょこんと存在する極小のクモだが、本物ではなくアースリーが創ったゴーレムである。ちゃんと中に器も入っており、アースリーと繋がっていた
「おおう・・・凄いな。どうやって創るんだ?」
「手先は・・・器用だから。ムキグモ君2号です」
アースリーからムキグモ君2号を受け取るとムキグモ君2号はクオンの身体を這い、首元に辿り着くと動きを止めた。ゾゾっと寒気がするのを我慢して潰さないように気を付けるとアースリーにムキグモ君2号ができる事を聞く
「何も出来ないムキグモ君1号と違って・・・噛むです」
「潰していいか?」
「ダメです」
「・・・もし屋敷が襲撃されたら・・・俺を噛むよう命令してくれ・・・噛んだら潰すけどな」
「分かったですが・・・潰すのはダメです」
アースリーが念を押すと足元でジールがシュッシュと拳を振るう。潰したらこの拳が唸るぜと言いたげだったが、それを無視してシャンドに振り向くとシャンドは頷いた
≪行きます≫
「すぐに連絡をしてくれ!たとえ勝てそうな魔族でも手を出すなよ?隙間が開きっぱなしだと何体来るか分からん!」
「クーちゃんも気を付けてぇ」
「クオン!みんなをお願い!」
「潰しちゃダメです!」
3人の言葉を受けてクオンが手を上げる。すると2人は瞬時にその場から消えていなくなった
「ジューちゃん、アーちゃん、マルちゃん・・・」
「バカレンド・・・死なないで・・・」
「ムキグモ君2号・・・潰れないで・・・」
1人名前が呼ばれないデラスはさておき、3人が祈るように呟くと食堂の奥にある厨房からエプロン姿のニーナが出て来た
「あら?クオンは?」
ほっぺたに生クリームをつけて生クリームが入ったボールと泡立て器を持ったニーナを見て3人は思った
これがディートグリスの侯爵かと────




