2章 19 ソクシュとシャンド
≪なるほど、主が傷付く原因となったお間抜けさんとは貴方の事でしたか≫
「グサッと来る言い草ね・・・本当にクオンの執事?」
ノーズの街で言い合うシャンド・ラフポースとソクシュ・イダーテ
いつもの執事服のシャンドはソクシュが睨み付けても涼しい顔のままだった。それが余計に腹立たしくソクシュは掴みかかりそうになるが、何とかぐっと抑える
この2人がなぜ言い争うのには理由があった
時は少し溯る────
ラビットタイガーの討伐を終え、一夜明けるとクオン達は足早に森を後にした。帰り道、ラビットタイガーの首が原因か不明だが魔物に襲われる事無く街に辿り着く
冒険者ギルドにラビットタイガーの首を持って行くとギルド内は火が付いたような大はしゃぎ。ギルドの職員が慌てて各方面にこの朗報を伝え走った
昼時なのにも関わらず仕事そっちのけで酒を飲み始めたり、道端で踊り始めたりとお祭り状態
取り残された感じになったクオン達はただただそれを呆然と眺めていた
「どうした!?主役達がシケたツラして!今日は俺の奢りだ!みんな飲め飲めー!!」
とは、ノーズの街のギルドマスターの言葉
その言葉に場は更に盛り上がった
ギルドの中だけではなく、街中が騒いでるのを知り、それほど切羽詰まっていたのだと改めて認識したクオン達はしばらく付き合うかとギルドの中にある酒場で食事をとることに
クオン達が食べ始めるとその場にいた冒険者達が列をなしてクオン達の話を聞きに来る
どうやって倒しただの、他にラビットタイガーは居ないかだの、中には仲間に入れてくれと言ってくるものも居た
食事の邪魔をされ、いい加減頭に来たマルネスが怒鳴り散らすも冒険者達は笑いながらマルネスの頭を撫でてくる
「留守番してたのか?エラいぞ!」
「夫婦で子連れの冒険者か・・・これは伝説を見たな」
「あの時女と分かっていれば・・・いや、でも、人妻か・・・」
と、好き放題言いまくる
どうやら冒険者達にはクオンとソクシュが夫婦でマルネスはその子供という認識らしい。それもそのはずソクシュはサラシを外したままの為、胸の膨らみがハッキリと分かり、マルネスは見たまま幼女・・・まさかラビットタイガーを倒したのがマルネスとは誰も思わない
夫婦という単語で一瞬気を良くしたマルネスだったが、子連れという言葉で言わんとしている事を察し、ますます不機嫌になっていった
クオンは特に否定せず、ソクシュは女とバレた恥ずかしさから何も言わずにいると冒険者達は更に好き勝手言い始め、頭に来たマルネスが立ち上がり抗議しようとするがクオンに止められた
≪なぜ!?≫
「否定したら本当の事を細かく説明しなきゃいけなくなるぞ?好きに言わせておけ」
≪だが・・・くっ≫
本当に討伐したのは誰かなんていうのはマルネスにとってどうでもいい。しかし、クオンが自分以外の者と夫婦と噂されるのは我慢ならなかった
≪聞けい!皆の者!この男、クオンは妾と夫婦だ!決してこの男女と夫婦ではない!≫
「・・・おい」
「お、男女?」
マルネスの叫びにクオンとソクシュだけが反応し、周囲にいた冒険者達は一瞬黙りギルド内が静寂に包まれる
そして、始まるヒソヒソ話
「お、おい、どういう事だよ?」「バッカ、子供の冗談に決まってるだろ?」「だよなー、だって・・・アレは犯罪だぜ?」「俺はいける」「おい!誰かこいつ牢屋に入れてこいよ!」「てか、本当だったらヤバくね?」「それよりもそうなると男女ちゃんはフリーって事じゃね?」「お~」
「『お~』じゃない!・・・クオン、出ないか?ここにいると『クインチュ』の毒を振舞ってしまいそうだ」
ソクシュの言葉を聞いてヒソヒソ話をしていた連中はピタリと口を閉ざす。中にはコップを手で塞ぎ、毒が入らないようにする者までいた
「そうだな。黒丸が余計な事を言うから・・・討伐報酬は用意するのに時間がかかるらしいから、ソ・・・ランスが受け取っておいてくれ。いずれ半分貰いに行く」
「全額渡すと言ったはずだが?それにわ・・・僕からも報酬を出すとも・・・」
「名前はともかく一人称は『私』でいいだろ?」
「そうだな・・・で、報酬の件だが・・・」
「修行の総仕上げになれば全額貰っても釣り合いが取れたかも知れないが、黒丸が手を出したからな・・・ランスも骨折り損だろ?それに俺らはノーズを出るから使う暇がない・・・ラビットタイガーのせいで街も大変だったろうからノーズに落としていった方が街のためにもなるだろうしな」
「私も別に長居するつもりは・・・ハア、そうだな、倒すだけが街のためにもなる訳ではないし、少しだけ街に残るか」
ソクシュの残るという言葉に反応して周囲が歓声を上げた。周囲の者達も話の内容からクオン達が急造のチームと分かり、そうなるとソクシュはフリーである可能性が高くなる。髪を短くし、男装姿だが、よくよく見ると美形でスタイルも良いソクシュを好む男性は多かった
「お前ら止めておけ。このランスは同じ名前の男にご執心だぞ?」
「は!?おい、何を言って・・・」
「違うのか?街中で名前が出ただけで気になるほど珍しい名前でもあるまい。これがハーネットの名前でも同じようにしたかどうか・・・」
「い、いや、真っ直ぐな生き方に憧れると言うか・・・その・・・でも・・・許される仲ではないし・・・」
ゴニョゴニョと口篭るソクシュと落胆の声を上げる周囲。クオンも女バレしてしまったソクシュのフォローのつもりで言ったのだがあながち間違いではなかったようだ
その後、クオンとマルネスは乗って来た馬を引き取り、ソクシュと共に街の出口に来ていた
「世話になった。報酬が出ても本当に持って行かなくていいのか?」
「屋敷の買い出しが3日に1度ある。次の時に俺は来れないが、シャンドと言うものが来るからその者に渡してくれ」
「分かった。シャンドだな?落ち合う場所など決めておくか?」
「そんなに大きい街じゃないし、シャンドに探させる。街を出るなら冒険者ギルドに言伝しといてくれればいい。どうせ買い出しの時は暇だろうからな」
「買い出しの時が暇?じゃあシャンドとは護衛か?」
「・・・まあ、そんなところだ。顔面蒼白で長身の執事服が居たらそれがシャンドと思っていいぞ」
「護衛なのに執事服?よく分からないが分かった。君らなら心配する事もないと思うが・・・気をつけて」
「ああ。・・・『招くもの』は突然現れる・・・ラビットタイガーを招いたのが本当に『招くもの』ならノーズにも現れる可能性がある・・・油断するなよ」
「・・・分かった」
こうしてソクシュと別れ、ニーナの屋敷へと馬を走らせる
道中、クオンの前にちょこんと座るマルネスが上を向いてクオンの顔を見上げると疑問に思っていた事を口にする
≪のう、クオン。妾は先日・・・その・・・デラスに聞いたのだ。クオンの気持ちを・・・≫
「気持ち?・・・ああ、信用の件か」
≪う、うむ。とてつもなく嬉しく、思わず果てそうに・・・いや、それはどうでも良い。だが、一つ疑問に思うてのう・・・妾以外信用してないと言うが、他の者も充分信用しておるように見えるし、信用足る者もおると思うのだが・・・≫
クオンとデラスがペアを組んだ時の話しをデラスはマルネスにしていた。クオンとしても隠すつもりもなく、話してもらっても構わなかったが、それを聞いたマルネスには疑問が残った。付き合いの日が浅いディートグリスの人達ならいざ知らず、シントのアカネやジュウベエ・・・それにシントには両親や妹もいる。そうした中でマルネスだけと言われても素直に信じる事は出来なかった
「そうだな・・・人にはそれぞれ優先順位がある。例えばデラスはディートグリス国王の臣下で、俺らより国王の言葉に従うだろう。そうなると俺がいくらデラスを信用したとしても、国王と俺の意見が食い違えば国王を取るだろうな。それは当たり前だし、責めるつもりはない。ただ、そういう事があるから掛け値なしに信用する事は出来ない。それと同じく誰であろうと俺より優先すべきものがあると思ってる・・・だから、黒丸以外は限定的ではない限り信用するという言葉では片付けられないな」
≪つ、つまり妾は・・・≫
「俺よりも優先すべき事があるか?」
クオンが見上げるマルネスに微笑むと、マルネスは急に下を向いた。そして、聞こえるか聞こえないかくらいの声でボソリと『ない』と答える
「と、言う事だ。決して疑うという訳ではなく、『もしかしたら』を常に考えている。性分なのか臆病なのか・・・ん?」
クオンが自嘲気味に笑うと目の前でプルプルしているマルネスに気付く。そっと覗き込もうとするとボソボソと何か言っていた。馬を走らせているために聞こえづらく、耳をすましてみると・・・
≪・・・もうダメだ・・・我慢出来ん・・・今なら・・・いや、初めてが馬の上というのは・・・だが・・・辛抱たまらん・・・≫
「黒丸・・・一体何を・・・」
≪後生だ!クオン!せめて・・・せめて一瞬・・・いや、先っちょだけ!≫
グルンと首を回しクオンを見つめる瞳は正気の瞳ではなかった。瞳を潤ませ、鼻息荒く身体も後ろに向ける
「待て!おい・・・黒丸!一旦落ち着け!」
≪む、無理だ!クオンが悪いのだぞ!昨日の夜から・・・限界だー!≫
「昨日の夜?何のことだ!おい!脱ぐな!この────」
今日のマルネスは昨日に引き続きドレス。肩を肌けさせて脱ごうとするマルネスを必死で止めるクオン。結局クオンが『拒むもの』を使い強制的に脱ぐのを止めさせ事なきを得るのであった────
貞操の危機を脱したクオン達がニーナの屋敷に到着した時には辺りはもう暗くなっていた。屋敷に入るとシャンドが出迎え、クオンはとりあえず2階の自室に行くと伝える
≪シクシク・・・拒まれた・・・≫
「いつまで嘘泣きしてるんだ。さっさと着替えて飯にするぞ」
2人が屋敷の2階へと上がると何やら足音が聞こえる。しかも、切羽詰まっているのかかなり急いでいるようだった。上がってみるとレンドが必死の形相でクオン達の方に向かって来る
「レンドか・・・どうした?血相変えて」
クオンがレンドに尋ねるが、レンドは無言でクオンの両腕を掴み、今にも泣きそうな顔をして何かを訴えかける
≪なんだ?腹を下したか?≫
意味不明な行動にマルネスが急いでいる理由を尋ねると廊下の奥から鬼の形相のジュウベエが現れた
「待てゴラァ!・・・ん!クオン!」
ジュウベエがやって来るとレンドはクオンの後ろに回り込み身を隠す。訳が分からないクオンが隠れるレンドを見ようとするとジュウベエが何故か顔を赤らめる
「何してんだ?ジュウベ・・・」
「クオン!準備万端だ!行くぞ!」
「何の準備だ?それに今帰ってきたばかりだ。どこへ・・・」
≪クオン!下がれ!こやつから不穏な匂いがする!≫
何かに気付いたマルネスがクオンの前に立ち、クネクネするジュウベエに立ちはだかった。そのマルネスを見たジュウベエは歯を剥き出し威嚇するように叫んだ
「あんだとツルペタ!」
≪盛るな!狂犬!≫
お互い敵意むき出しで取っ組み合いの喧嘩が始まった。お互い本気を出している訳では無いが、その一撃で青アザくらいは出来そうな勢い。まさかお互いお股を濡らしてるとは露知らず、屋敷が壊れるほどの殴り合いはしばらく続いた
「何があった?レンド」
「いや、まあ、色々と・・・」
元凶のレンドは言いづらそうに頭を掻く。特に掘り下げようとせずにクオンとレンドが喧嘩を傍観してると騒ぎを聞き付けたニーナが階段を駆け上がって来た
「何をやって・・・何をやっている!」
最初は騒がしいなくらいの感覚で見に来たニーナも、2人が屋敷を破壊しながら殴り合っているのを見て青ざめると怒鳴り散らす。傍観しているクオンを見つけて早く止めろとまた叫ぶ
クオンの仲裁でようやく2人が喧嘩を止めるとジュウベエは去り際にレンドへと何か呟いていた。クオンには聞こえなかったが、部屋に戻るジュウベエとレンドを見やるとレンドは不気味に笑っていた────
次の日の朝、クオンは初日のペアで行動するよう伝えるとニーナと食堂のテーブル席に座りこれからの事を話し合う。なぜ食堂かと言うともちろん誘惑対策であった。流石に人目につく所では普段の毅然とした態度で話をするニーナ。クオンは安心してソクシュに会った事と帰るのが遅れた理由を話した
「貴方の引き寄せ体質はどうなの?」
「俺か?俺が原因なのか?」
ニーナの言葉に少し不満顔のクオン。クオン自身も若干思わなくもない事だった為に人から言われるとやはりショックだった
決して好き好んで争い事に首を突っ込んでいる訳ではなく、争い事の方からクオンに擦り寄ってくる。更に言えば事を大きくしている可能性すらあった
「それにしてもソクシュが無事で良かったわ。あの子は生真面目だから1人だと何かと抱え込むし・・・同じように重要なポジションについた同性だから話す機会も多くてね。妹のように思っているの」
「へー、そう言えばソクシュは幼く見えたな。幾つなんだ?」
「ソクシュは・・・確か今年で17かしら?」
「なんだ、俺と1つしか違わないのか」
「そうよ。まだまだ・・・え゛っ?」
時が止まる。聞き捨てならない言葉を吐いたクオンをじっと見つめる。ニーナの頭の中では緊急会議が行われていた。議題は『17-1と17+1』について。最終的には『17+1≠クオンの見た目』という失礼極まりない式が完成した
「・・・なんか失礼な事を考えてないか?」
「少し・・・休ませてちょうだい・・・」
ニーナは立ち上がり頭を抱えたままフラフラと食堂を後にした。残されたクオンはニーナがなぜ突然席を立ったか理解しており、深くため息をついた
哀愁漂うクオンの傍にいつの間にかシャンドが現れる
≪お呼びでしょうか?≫
「呼んだから来たんだろ?」
≪これは失礼致しました。あまりにも落ち込まれてるので、どう声をかけて良いのか分からず・・・申し訳ありません≫
「・・・そんなに落ち込んで見えたか?」
≪はい。あまり気を落とされずに・・・年齢と見た目の差など些細な事です≫
「・・・聞いてたのか?」
≪いえ。主が落ち込むとしたら、その辺かと・・・違いましたか?≫
「・・・お前は本当に優秀だよ」
≪恐れ入ります≫
クオンは椅子の背にもたれ掛かり、後ろに立つシャンドを見上げる。シャンドは恭しく礼をすると再度呼ばれた意図を尋ねた
それに対してクオンは昨日までの出来事を掻い摘んで話、そこからシャンドにやってもらいたい事を説明する
まずは今日の内にノーズに向かい、『瞬間移動』出来るようにしておく事
次に2日後に使用人2人を連れてノーズに向かい、連れて帰って来る事
最後にノーズに向かった際にソクシュと落ち合う事
その他細かい事を説明し終えると、今度はシャンドがクオンの元を離れて行っていた調査報告をする事となった
クオンは王都を離れる際にシャンドにある命令を下していた
それはディートグリス全土に『瞬間移動』で移動出来るようにし、来るラフィス討伐に備える事だった
能力で移動出来る者に対するのに、クオン達も移動出来るようにならなければ話にならない。その為にシャンドはディートグリスの各街や村に赴き、記憶して回っていた
≪移動も全て魔技で行っていた為に魔力を消費しました。2日間は魔力の回復に努めたいと思います≫
「そうしてくれ。マーナに頼んで回復してもらうか?」
≪よろしければ。・・・にしても、マーナというあの娘は末恐ろしいですね。使い方によっては人の世を統べる事も可能かと・・・≫
「使うとか言うなよ。それに人の世を統べる必要などあると思うか?現状でも悪くないだろ?」
≪・・・ひどく心地の良くない場所も御座いましたが≫
「あそこは・・・いずれ何とかする。それが俺の役目だからな」
≪役目・・・ですか。『七長老』は知っているのですかね・・・主の役目を・・・≫
「さあな・・・知ってるもしくは知ったとしたらどうなると思う?」
≪総じてプライドの高い方々です。怒り狂う姿が目に浮かびます≫
「やれやれ・・・報われないな・・・」
食堂の2人はその後も細かい打ち合わせをし、シャンドは人化して魔力の回復を、クオンはニーナが居ないために他のみんなの仕上がり具合を見て回った────
その日より2日後、シャンドはノーズに使用人2人と共に向かうと使用人達は買い出しに、シャンドはクオンに言われた通りソクシュを探す
街に入るとまずは冒険者ギルドにアタリをつけて向かっていると、1人の少年が明らかにわざとシャンドと接触し尻餅をついた。その少年の名はサケオ
「あー!親父に頼まれて買って来た幻の酒がー!」
サケオの演技が始まるが、シャンドは気にせずスタスタと冒険者ギルドを目指す。慌てたサケオが急いで起き上がり、小走りにシャンドに近付くと執事服の裾を掴んだ
「ちょ、ちょっと待てよ!どうしてくれるんだ!」
≪?裾を離してくれませんか?腕を切り落としますよ?≫
「え?」
これまでにない反応に戸惑うサケオ。サケオを見るシャンドの目は冷ややかで、とても誰かに仕える執事のそれには見えなかった
動揺するサケオが助けを求めるようにシャンドの向かおうとした先を見つめると仕方なさそうに大柄なハゲ頭が登場・・・もちろんゲオヤである
「おいおい!どうしてく・・・グエ!」
≪主より言われておりました。もし街中で大柄で禿げあがった者に絡まれたら名を聞けと。もし『ゲオヤ』という名なら容赦なく街の警備に引き渡せと。何でも主に絡んだが、温情で見逃し、真っ当に働くよう諭したとか。まさか主の温情を無下にする者など存在しないとは思いますが・・・お名前を聞いても?≫
シャンドはゲオヤの首を掴み、持ち上げるとゲオヤの特徴を確認しながら尋ねる。片手で自分の巨体を持ち上げるシャンドに驚きながらも、締める手を両手で何とか外そうともがくが、ビクともしない
「グア・・・グッ・・・」
≪ああ、これは失礼。このままでは話そうにも話せませんね≫
シャンドが手を離すとゲオヤは地面に落ち、締められていた喉を手で抑えながらむせ返る。サケオが心配そうにゲオヤの背中にヒシっと掴まり、当のゲオヤはこの場面をどう切り抜けるか考えていた
目の前の執事服の腕力は異常・・・このまま名乗れば警備に引き渡される。かと言って偽名を名乗るといつの間にか周囲に集まった者達からチクリが入るかもしれない
悩んだ挙句出した答えが沈黙
まるで喉が潰されてしまったかのように演技する事にした
「ガハッ・・・あ゛・・・あ゛ー・・・」
「ゲオヤ!?まさかお前また!」
演技を開始した瞬間に野次馬の中からネタバレをする人物が躍り出る。その人物を見て野次馬達がヒソヒソと話し始めた
「魔のトライアングルの男女だ」「ノーズの英雄!」「ラビットタイガー殺しランスよ」「今日も可愛いな」
聞こえてくる言葉に赤面しながらも真っ直ぐシャンド達の元に歩み寄るランスことソクシュ。クオンに聞いていた特徴と合致した執事服を見て件のシャンドだろうと考えていると突然シャンドがゲオヤの手首を掴み捻りあげる
「イデデデ!お、おい!何しやがる!」
喉潰され作戦をソクシュに阻まれ、シャンドに手首を極められて思わず叫ぶゲオヤ。それを見て慌ててソクシュが止めに入る
「ま、待て!手荒な真似はするな!子供もいるんだぞ!」
≪・・・なんですか、貴方は。横から入り邪魔をしないで頂きたいのですが・・・≫
「このっ・・・クオンから聞いているでしょう?私がランスだ!」
≪なるほど、主が傷付く原因となったお間抜けさんとは貴方の事でしたか≫
「グサッと来る言い草ね・・・本当にクオンの執事?」
こうして出会ったシャンドとソクシュ。クオンが包帯を巻く羽目になった元凶であるソクシュに冷たい視線を送るシャンドと痛いところを突いてくる執事を睨むソクシュ。睨み合いは警備兵が訪れるまで続いた────
騒動は警備兵の登場により沈静化し、ゲオヤを警備兵に引き渡そうとするシャンドをソクシュが止め、何故か4人で食事処の卓を囲む
主であるクオンの言いつけを守ろうとするシャンドに対してソクシュが噛み付いていた
「君達は何がしたいんだ!?見逃したと思ったらまた絡まれて・・・」
≪主が更生の機会を与えたにも関わらずそれを無下にした輩を警備に引き渡そうとしただけです≫
「その割には痛めつけようとしてるように見えたけど?」
≪主より言われていたのは万が一絡まれたら警備に突き出せとの命令です。ですが、五体満足でとの事ではなかったので腕の1本くらいは頂いておこうかと≫
「なんでそうなるの!?」
≪主の厚意を無下にする輩など本来なら存在する価値もありません。腕の1本や2本くらいはもがれて当然でしょう≫
ゲオヤは当然じゃありませんと心の中で思いながら先程捻られた手首をさする。その横では好きな物を頼んでいいと言われたサケオが美味しそうにパンケーキを食べていた
「あの・・・牢屋行きはいいのですが・・・痛いのは勘弁してもらえないかと・・・」
「貴様は黙っていろ。クオンの厚意を無駄にしたのには私も些か怒りを感じている。子供の前でなかったら止めるつもりはなかったぞ!」
「ヒィ!」
≪子供の前だからこそやるべきでは?悪い事をしたら腕がもがれるぞという情操教育の一環として≫
「ただのトラウマよ・・・それ」
≪なるほど。では、どう致しましょうか?許してダメなら許さない・・・と、そう簡単な話ではなさそうなんですが≫
「ゲオヤを警備に突き出したら、子供はどうするつもりだったの?」
≪主より『ランスに預ければ何とかしてくれる』と≫
「・・・あの細目!」
≪主の目は細くはありませんよ?薄目をしてるだけです≫
「どっちでもいいわよ!」
知らぬ間に仕事を押し付けられそうになった事とどうでもいい訂正をされた事で声を荒らげると、食事処に居た他の客がソクシュの存在に気付いてヒソヒソ話をし始めた。既にノーズでは知らぬ者がいないほどの有名人。居心地の悪さから早く王都に帰りたいと思う今日この頃であった
見た目の強面に反してビクビクとしているゲオヤ。こうして見ると根っからの悪者には見えずソクシュは疑問に思い始めた
「ねえ・・・なんで悪事を働くの?この前で懲りなかった?」
ソクシュに毒の短剣を突きつけられたり、マルネスに持っていた剣を溶かされたりと散々な目にあったにも関わらず同じ事を繰り返すゲオヤ。もしかしたら何か理由があるのではと勘ぐるとゲオヤは悩んだ挙句にぽつりぽつりと語り始めた
ゲオヤとサケオは街の外れにある通称『掃き溜め』と呼ばれる所に住んでいた。そこはクスカスという人物が仕切っており、逆らうと痛い目に合わされ、最悪殺されてしまう。そのクスカスに借金のカタとして妻が囚われており、手っ取り早く稼ぐ方法を模索している時にクスカスから教わったのがクオンとシャンドに仕掛けた詐欺である
「街の者でなければ警備兵にも目を付けられにくい・・・だから旅人・・・しかも身なりの整った者を狙って・・・」
「なるほど・・・ね。でも、原因が借金じゃ自業自得ね。同情の余地は・・・」
「借りた訳じゃない!みかじめ料として毎月摂取されてるんだ・・・貢献度が低いとみかじめ料も跳ね上がり・・・」
「何それ・・・そんなの警備兵に言えばいいじゃない。払う必要のないお金を請求されてるって・・・」
「あんたは知らないんだ・・・『掃き溜め』は無法地帯・・・警備の巡回ルートからも外れている見捨てられた場所・・・一度入ると抜け出せない・・・抜けられるのは・・・死んだ時だけだ・・・」
「ふーん・・・分かったわ。私がそのクスカスって奴に話をつけてあげる。みかじめ料なんて国が認めてないお金なんて払う必要ないわ。奥さんも取り戻してあげるから安心して」
「やめてくれ!そんな事したら・・・どうなるのか・・・前にクスカスに逆らった奴がいたんだ・・・そいつは次の日には殺されてた・・・街のど真ん中でね・・・奴は見せしめに残虐な殺し方を・・・」
「ちょっと待ってよ・・・なんでそれでその・・・クスカスって奴は捕まってないの?」
「証拠がないし・・・しょせん『掃き溜め』の住民が殺されただけ・・・警備も本格的になぞ捜査しないさ・・・」
「・・・」
ソクシュがそれを聞いて悩んでいるとパンケーキを食べ終わったサケオがメニューを見ながらチラチラとソクシュを見ていた。どうやら頼みたいものがあるらしく、それを察すると微笑み頷いた。するとサケオは目をキラキラさせて店員の所にメニューを持って行き注文している。その姿を見て首を振って自らの頬を手のひらで叩くとクスカスの事を話して縮こまるゲオヤを見た
「私に任せてもらえないか?悪いようにはしない・・・」
≪主より言伝です。『ゲオヤを警備兵に引き渡せ。さもないと面倒事に巻き込まれるぞ』との事です≫
「は?何を言って・・・」
≪今までの話を逐一主に報告しておりました。それで主からランス様にそう伝えろと≫
「離れてる場所の人と会話・・・何かラビットタイガーの討伐の手伝いをお願いした時もそんな事言ってたわね・・・もしかしてギフト?」
≪そう思っていただいて構いません≫
「そう・・・じゃあ、クオンに伝えて。もう充分巻き込まれてるわよ!ってね」
ソクシュがシャンドにクオンへの伝言を頼むと再びゲオヤに向き直り真っ直ぐ見つめた
「私の名はソクシュ・イダーテ。伯爵であるイダーテ家の・・・そして、四天の1人として小さい子が悲しむ姿を放っておくことは出来ない!必ず・・・必ずゲオヤとサケオの家族を取り戻し、『掃き溜め』を綺麗に掃除してあげるわ!」
ソクシュの突然の告白に呆けるゲオヤと注文したジュースを美味しそうに飲むサケオ。周囲にも声は届きまたいつものヒソヒソ話が始まる
「おい・・・伯爵様だってよ」「魔のトライアングルの男女が?マジかよ」「やっぱり小さい子が好きなんだな」「貴族様は変態趣味が多いって言うけど・・・男も女も関係なしかよ」
ソクシュがヒソヒソ話をしている者達をキッと睨むとすぐに静かになった
≪主より言伝です≫
「何て!」
クオンと通話を終えたシャンドが、返答を伝えるべくソクシュに言うとソクシュは声を荒げて内容を問い質した
≪『健闘を祈る』と≫
「くっ・・・見てなさい!スッキリ私が解決してやるわ!」
立ち上がり決意表明するソクシュを見て、ゲオヤはどうしてこうなったと頭を抱え、サケオは飲み終わったジュースのコップを名残惜しそうに見ていた────




