2章 18 ラビットタイガー
不機嫌なマルネスをよそにランスは淡々と説明する
ノーズの東側にある森の中奥深くに突如現れたラビットタイガー。今までこの辺りで生息も確認された事はなく、更にその身体は異様に大きく凶暴であった
猟師よりその姿が発見されてから国からの依頼という形で冒険者を募り、数ヶ月経つが未だ依頼は完了に至ってない。そればかりかノーズの有力な冒険者が次々と倒れ、他の依頼が滞っていたり、森の奥で他の魔物や動物がそのラビットタイガーに食い荒らされ、森の生態系すら変わりかねない状況となっていた
「仕方なく僕が退治してやろうと思ったんだが、ラビットタイガーがいる場所が森の奥との報告だ・・・未知なる敵に当たるのに万全でないのは少々不安が残る。そこで道中の魔物を引き受けてくれる冒険者を探していたんだ」
ラビットタイガーを討伐しに行く為、途中に出て来た魔物を討伐してもらおうと冒険者を探すも、ラビットタイガーの名前を聞いた瞬間に断られる始末。たとえラビットタイガーに相対するのは自分だけと説明してもとばっちりで食い殺されるのは御免だと取り付く島もない
「情報を持って帰って来た奴も二度と行きたくないと家で震えているらしい。通常のラビットタイガーであれば愛くるしいペットとして人気なのだが・・・どこをどうすれば人や魔物を食い殺す程に変異するのか検討もつかない」
ラビットタイガーは手の平サイズの小型から大きくとも人の膝くらいまでの魔物で、大人しい性格の個体ならペットとしても需要がある。賢くて小さい頃から飼っていれば番犬ならぬ番猫としても活躍できる
「黒丸・・・どう思う?」
≪ラビットタイガーは元々獰猛・・・こっちにいるのは隙間に落ちて異種配合によって生まれた亜種だろうのう。そこから考えると件のラビットタイガーは招かれた可能性は高いのう≫
「捨丸と同じか・・・もしそうなら無視は出来ないな」
「ラビットタイガーが獰猛?人を襲うなどほとんど聞いた事がないぞ。それに大きさだって・・・」
クオンとマルネスの会話の意味がほとんど理解出来ず、理解出来た所だけ反論してみるもクオンとマルネスからは返事がなかった
≪放置しても問題ないと思うがのう。言うても猫だ。それに寿命も数十年と聞くし食糧が尽きれば魔力も心許なくなり、いずれ餓死するか弱った状態で人里に出て退治されて終わりよ・・・擬態など覚えるほど賢くもない≫
魔の世から落ちてきたのであれば魔素の薄い人の世での活動は極端に制限される。ステラのように擬態化すれば魔力を消費せずに済むが、擬態化が出来ないのであれば魔力を持ったものを喰らわなければいずれ消費の方が上回り弱体化していくだろうとマルネスは予想する
「つまりは討伐しに行った奴らがラビットタイガーの魔力の元って訳だな・・・喰らった奴の魔力量によっては長引くぞ?」
≪わざわざ餌になりに行くとはご苦労な事だ・・・≫
「と、とにかく・・・僕が退治に行くのに同行して欲しい。もちろん報酬も払う・・・ギルドから出る依頼達成の報酬全てを君達に・・・そして、望みとあれば僕からも・・・」
「なぜそうまでして?」
「・・・自分がどれだけ出来るようになったか知りたい・・・そして、自信にしたい・・・彼らと肩を並べる為に・・・」
「彼ら?」
「・・・なんでもない!頼む!この通りだ!」
テーブルに両手をついて頭を下げるランス。大声を出した為に周囲の客もなんだなんだと注目する
「・・・目的地までどれくらいかかる?」
「は、半日だ!」
「・・・ニーナの使用人達に冒険者を雇って護衛してもらうよう伝えないとだな。それと・・・」
「では!・・・」
ランスが顔を上げてパッと表情を明るくするとこれからの予定を詰めようとする。しかし、クオンに手で遮られそのまま無言の時が経過した
「・・・戻る事が遅れることを伝えておいた。黒丸、使用人を探すぞ」
「一体何を?」
≪どこぞの執事気取りの奴に連絡しておったのだろう。やれやれ・・・この埋め合わせは後日してもらうからな!クオン!≫
「楽しい討伐デートじゃないか」
微笑み立ち上がると会計をし店を出た。渋々とマルネスがついて行き、1人残されたランスはようやく置いていかれた事に気付き慌てて後を追う────
使用人達を見つけて謝罪した後に冒険者ギルドに向かい6人ほど護衛を雇った後、使用人達と別れ、討伐の準備をする事に
特に必要なものなどない為、水と食料を買い込むとその足で東の森へ出発した
もう昼を過ぎており、半日かかるとなると夜に到着する事になる。だが、クオンとしても長居は出来ないとランスに伝えて強行する
森に入った途端に魔物に襲われるがそれをクオンとマルネスが難なく撃退。ギフトを持っているマルネスはともかく、クオンに関しては半信半疑であった実力を確認出来てほっと胸を撫で下ろす
しばらく魔物の襲撃が続き、魔物の多い森という印象を持ち始めた頃にパタリと魔物の出現が止まった
ランス曰く元々奥にいた魔物がラビットタイガーに追い出されて入口から中腹近辺まで来ていたのではないかとの事
中腹から奥へと続く道に辿り着いた頃には日も落ち始め、野営の準備をとランスは提言するが、クオンとマルネスは首を振る
「このまま行こう」
「ばっ・・・到着する頃には日は完全に落ちる!聞くところによるとラビットタイガーは夜行性だぞ!?」
≪お主の万全は期すが相手の万全は知らぬか・・・それで倒して何になる?倒すだけなら倒せる者を向かわせれば良いだけ・・・お主はラビットタイガーを倒して自信を得たいのだろう?ならば相手の得意とする状況下で倒してこその自信だと思うがのう≫
「くっ・・・しかし、僕が倒せなかったら街の者たちが・・・」
≪カッカッ、安心せい。お主が食われてもラビットタイガーの天命は幾ばくもないわ。クオンと妾がいるからのう・・・安心して食されい≫
「食されいって言葉、初めて聞くよ」
「黒丸はランスに辛辣だな」
≪ふん・・・辛辣にもなるわい。奇異な服装しておるし、それに・・・ムッ・・・おるぞ≫
マルネスが何かに気付き会話を中断する。クオンとランスが警戒し周囲を探るが見える範囲では何もいなかった
≪ラビットタイガーは聴覚に優れておる。どうやらこちらの音に気付いて近付いて来ておるな・・・そろそろ来るぞ!準備せい!≫
マルネスが口早に言うと迫り来る方向を睨んだ。それに合わせてクオンとランスがその方向を注視すると見えはしないが微かに葉の掠れる音が聞こえてくる
ランスが身構えると次第にラビットタイガーのものと思われる足音が聞こえ、その音が大きくなっていく。ランスの短剣を握る左手に汗が滲み、緊張からか呼吸が荒くなる
時は夕闇、視界は狭まり木々に囲まれた状況の中、足音の主は一際大きな音を立てランスの前に姿を現した
「これが・・・」
ランスはペットとして飼われているラビットタイガーを見た事がある。友人の腕に抱かれ気持ち良さそうに長い耳を垂らしてに眠る姿にほっこりした。だが、目の前に現れたラビットタイガーは全長3m程の巨体に剥き出しの牙、威嚇するような唸りと鋭い視線でランスを今日の食事となるか見定めていた
≪耳が進化して鼻が退化した末路よのう。ここにご馳走があるのに≫
「ご馳走言うな。動くぞ」
クオンの言葉通りラビットタイガーが前足を屈めると一気にランスへと飛び掛る。それをギリギリ横に飛び躱すとすぐさま起き上がり、短剣を逆手に持ち替えると再び構える
ラビットタイガーは躱されても冷静で、着地した後振り返り、ゆっくりとランスの周りを距離を保ちつつ歩き始めた
ランスは視線だけをラビットタイガーに向け、フーと息を吐き肩を落とすとギフトを発動する
『神速』
一瞬消えたかと思える超スピードでラビットタイガーを通り過ぎ背後を取ると頚椎部分に毒を塗った短剣を突き立てる
「・・・おい」
≪阿呆が!そんなものが通るか!≫
皮膚の硬さと短剣の硬度では皮膚の硬さが勝り、傷を付けることは叶わない。その為、毒の効力も発揮出来ずランスは無防備な状態をラビットタイガーに晒してしまう
ガルゥと唸り背後にいるランスに向き直るとまるで羽虫を叩き落とすように太い前足を振り上げ、そして振り下ろす
「チッ」
クオンは駆け出すがとても間に合う距離ではなく、無情にも振り下ろされた前足がランスの肩口に襲いくる
「きゃあ!・・・あ?」
為す術なく目を閉じ衝撃に備えて身体を強ばらせるが、一向に来ない痛みに目を開ける。すると、まるでお手でもするようにランスの肩に前足を載せたラビットタイガーが不思議そうに佇んでいた
ランスは理解し難い状況に首を傾げると思わずラビットタイガーも首を傾げる。今までのか弱い生物なら、この一撃で吹っ飛ぶはずだと認識していた為、小さい脳ミソはパンク状態だった
≪バカ者が!早う距離を取れ!いつまでクオンに強いるつもりだ!≫
「え?」
マルネスの声でようやく我に返りクオンの方を見ると右目だけを開けてラビットタイガーを睨み付けていた。訳も分からずランスはマルネスの言う通り一旦飛び退くとラビットタイガーは邪魔をしたと思われるクオンに視線を移した
≪流石のバカ鼻でもその距離なら気付くか・・・どうする?小娘・・・このままではクオンに獲物を取られるぞ?≫
「くっ・・・しかし、刃が・・・」
≪通る訳なかろう。魔獣に通る刃なぞ余程強化されたものか魔力を流したものくらいだ。剣の腕でも可能だが、お主には無理だな≫
「魔力・・・しかし・・・」
≪剣に頼るな。お主には不快な力があるだろうて≫
「不快な力?」
「つまりこういう事だ」
「・・・どういう事だ!?」
マルネスとランスが話している間にラビットタイガーはクオンに襲いかかっていた。しかし、クオンは噛み砕こうとして開けた口を両手で受け止める。ランスがクオンを見た時には食われる寸前で必死に抵抗している人間の図が完成しており、ランスは思わずツッコんだ
「流石に俺もラビットタイガーの噛む力を手で抑えることは出来ない。だが、魔力を両手に流していれば何とか耐えられる・・・魔力・・・かどうか知らんが、さっき使ったギフトはただ素早く移動するだけか?」
クオンが開けている左目でランスの足を見る。短剣はラビットタイガーには通じない・・・そうなるとランスに残された手段はひとつしかなかった
「やる・・・やってやる!」
「その意気だ・・・って、このクソ猫!」
ランスがやる気になり、クオンが満足気に微笑むと無視された形になったラビットタイガーが更に口を閉じようと力み始めた。徐々に閉じられていく口にクオンは苛立ち思いっきり放り投げる
ラビットタイガーは宙でクルリと回転すると華麗に着地するが、自分の半分ほどの大きさのものに投げられた事により警戒心を強め、すぐに襲いかかって来なかった
「・・・恩に着る」
ランスはクオンよりも前に出る為歩み、すれ違いざまに呟くと気合いを入れるために両頬を叩いた
「よし!・・・来い!ラビットタイガー!」
ラビットタイガーは今まで自分を攻撃してきたもの達との違いを認識する。恐れおののき、慌てふためいて逃げて行くものとは違うと
ラビットタイガーはグルルと喉を鳴らすと全身・・・特に爪と牙の部分に淡い光を灯し始めた。魔力を流し、攻撃力を上げてきた
辺りはすっかり暗くなり、その暗闇の中でラビットタイガーの身体が淡く輝く事により、いっそう不気味さを醸し出す
ランスとラビットタイガーが睨み合い、膠着状態が続いていたが、焦れたラビットタイガーが先に動いた
警戒している為か飛び掛るのでは無く地面を這うような低い姿勢でランスに近付き、噛み付こうとせず頭突きをかまそうと顎を引き額を向ける
ランスは冷静にギフトでその場から移動し難なく躱すと先程と同じようにラビットタイガーの背後を取った
しかし、先程とは違い攻撃をせずじっくりとラビットタイガーの動きを観察し、ラビットタイガーも躱された事への焦りもなく背後に回ったランスに振り返りお互いが立ち位置を入れ替えただけとなった
しばらく睨み合うとランスは小さく息を吐きギフトを発動する
全身を輝かせるラビットタイガーと足を輝かせるランスが対峙し、お互いが相手の出方を伺い動きを止める
ランスの額から滲み出た汗が顔を伝い、地面に落ちた瞬間、申し合わせたように1人と1匹が動き出した
ラビットタイガーは素早く動くランスに対応すべくサイドステップを繰り返し迫り、ランスは発動しているギフトを使わずに真っ直ぐラビットタイガーに突撃する
動きの遅いランスに業を煮やしたラビットタイガーが左にステップした後に足に力を込めてランスに飛び掛った
それを待っていたかのようにランスは左足のギフトを使い加速するとラビットタイガーの身体の下に潜り込み身体を仰向けに倒し、両手を地面につける
そして、一気に腕を伸ばすと同時にラビットタイガーの顎に右膝を当てると、ラビットタイガーの身体は宙に浮き、ランスは更に両足を揃えて顎に食らわせた
短剣では味わえなかった効いているという感触に満足するが、ランスの攻撃を食らったラビットタイガーはその勢いを借りて一回転すると地面に足から降り立ち、まだ空中で逆さになっているランスへと襲いかかる
空中では大地を蹴る事も出来ず、ランスはラビットタイガーに無防備な格好でその身を晒していたが、首を捻り襲いくるラビットタイガーを睨み付けた
噛み付かれた後にどうするべきか・・・先程とは違い目を閉じず今反撃出来る手段を考え抜き、出した答えが手の中にある短剣・・・口の中や目ならば・・・と強く握り締めた
大口を開けて襲いくるラビットタイガー。恐怖に打ち勝ち、何とか空中で身体を捻り相対する。噛まれる前なら口の中を、間に合わず噛まれた後なら目を短剣で穿く・・・覚悟を決めて雄叫びを上げた
ガッと音がしてラビットタイガーが目の前にいる事から噛まれたと判断したランス。しかし、身体はそのまま地面に落ち
一向に来ない痛みにまたクオンが何か不思議な力を使ったのかと思いきや、起き上がりよく見ると自分のではない誰かの腕がラビットタイガーの口の中で血まみれになっていた
「すまないな・・・どうやらここまでだ」
「あ・・・え?・・・」
噛まれている腕の持ち主はクオン
そのクオンが苦痛の表情を浮かべながらランスに呟く
ここまでとはどういう意味かと尋ねる前に、遠くの方から凄まじい怒気を含んだ声が森全体にこだまする
≪誰の腕に齧り付いてるんだうらー!!『黒獄』!!!≫
マルネスが叫ぶとラビットタイガーに向けて出された手の平から黒い光の帯となりクオン達の目の前を通り過ぎて行く
残されたのはラビットタイガーの頭部のみ。頭部より下はすっぽりと消滅し、ラビットタイガーはクオンの腕を噛みながら絶命していた
マルネスの放った黒い光の帯はラビットタイガーを飲み込み更に奥の木々を消滅させていた為に木々が倒れ始め、その音でランスが我に返る
「なっ・・・なんだ!?あ、あの子のギフトは『火』じゃないのか!?」
「違うとだけ言っておく。ほれ、討伐証明にはなるだろ?」
クオンはランスに答えると死後硬直が始まったラビットタイガーを引き剥がし、ランスへと放り投げた
ドチャという音と共に地面に転がるラビットタイガーの頭部を見て顔を引き攣らせるが、それよりもクオンの腕の事を思い出し、顔を上げて腕の傷を見た
食いちぎられてはいないが、かなり牙がくい込んだらしく血は止まらず地面を濡らしている。急いで立ち上がり駆け寄ろうとするが、その前にマルネスが飛び込んで来る
≪血がぁー血がぁー≫
クオンの腕をマジマジと見て触れるか触れないかの位置で手をワキワキさせる。しばらく呻いた後に突然周囲を見渡すと茂みへと入って行った
何をやってんだかと呆れながらマルネスの消えた方向を見ていると葉っぱを山ほど抱えて戻り、クオンの前に辿り着くと葉っぱをペタペタと傷口に貼り付ける。そして、傷を全て葉っぱで覆い隠すとまたキョロキョロ見回し、今度はランスにロックオン。妖しい笑みを浮かべながらソロリソロリと近付いていく
「な・・・なんだ!?なんだその顔は!?」
≪お主・・・包帯の代わりになるものを持っておるだろ?寄越せ・・・包帯寄越せー!≫
襲い掛かるマルネスに抵抗虚しくひん剥かれるランス。クオンは右手で顔を覆い、やれやれと盛大なため息をついた────
夜も更け、真っ暗になった森の中で焚き火を囲う3人
ランスは胸に巻いていたサラシを外されて不貞腐れ、クオンは葉っぱの上から包帯を巻いた後は血が止まり寝転がっており、マルネスはクオンの横にピタリと身を寄せていた
「・・・いつから・・・気付いていた?」
ランスが顔を伏せながら聞くとクオンは少し頭を起こして座っているランスを見つめる
「最初から」
「最初?・・・声か?腕の細さか?顔か?」
「匂い」
「にお・・・!」
「男と女じゃ匂いが違う。このサラシだって・・・」
「嗅ぐな!」≪嗅ぐな!≫
腕に巻かれた包帯の匂いを嗅ぐと2人に怒鳴られて渋々鼻から腕を離す。ランスは顔を真っ赤にし1度俯くが、聞くべき事はまだあると顔を上げた
「僕の事を・・・女であること以外で気付いた所はあるか?」
「本当の名は四天のソクシュ・イダタタだろ?」
「イダーテだ!そんな痛々しい名ではない!・・・全てお見通しって訳か・・・」
「天人ってのは最初から分かってた訳じゃないさ。マルネスは分かってただろうけど」
≪当然だ。女が男の服装をしているのは若干物珍しいで済むが、流石に天人の匂いは珍しいでは済まないからな。奇異な服装に天人とあらば関わると面倒になるのは道理・・・お陰でクオンの腕が穴ぼこだらけだわい≫
「また匂い・・・って、そうか・・・僕の・・・私の責任だ・・・ごめんなさい・・・」
ランス改めソクシュは素直に謝罪した。マルネスはそっぽを向き鼻を鳴らし、クオンは軽く手を振り、気にするなと伝える
「で、なんでランスの名を騙って俺らに近付いた?ハゲ親父達もお前の仕込みか?」
「まさか!偶然通りかかったら難癖付けられている君らを見かけてな・・・ランスの名が聞こえたから気になって・・・」
ソクシュ・イダーテは修行の総仕上げとして噂のラビットタイガーを倒そうと考えた。護衛の者達を置き去りにしてノーズに来たはいいものの、街で情報収集していると1人では難しいと判断し、急遽仲間を募集し始めた
ラビットタイガーの恐怖心で街の冒険者の腰が重い事に悩んで街中を歩いている時に騒ぎに遭遇・・・知り合いのランスの名前が聞こえたので興味本位に見ていると巨漢の男が暴力を振るおうとしていた為に助けに入った
マルネスのギフトを見て、自分の知るランスの知り合いであれば身元も保証されるし、道中の魔物くらいなら倒せるのではと考えて同行を願った
「なんで男装を?趣味か?」
「趣味ではない!元は修行の為に動きやすい格好をしていたら、この服装に行き着いた。それに女の格好をしていると余計なトラブルを招きやすい・・・嘆かわしい事だが、女と見るや自分より弱いと決め付ける輩が一定数いるからな・・・いちいちそんなのに相対するのも馬鹿らしくて男装していた」
「なるほどね。で、修行の仕上げは失敗か?」
「・・・クオン達が居なかったら私は死んでいただろう。そう言った意味では修行の総仕上げとしては失敗だ。・・・だが、課題が出来ただけマシかもな・・・君らと来れた幸運を素直に喜び、次に繋げるとしよう・・・ところで私の事は伝えたが君らの事はまるで知らない。ラビットタイガーの攻撃が私に効かなかったのも、マルネスのギフトが『火』ではなかったのも・・・ランスの知り合いなのは間違いなさそうだが、私が知らないと言うのも疑問に残る」
四天の1人としてギフトを持っている者達はある程度知っていた。あれだけの威力を持つ者なら知っていないとおかしいとソクシュは2人を訝しむ
「そうだな・・・隠す必要も無いし・・・俺とマルネス・・・他にもいるが、シントから来た。目的は『招くもの』と呼んでいる魔物や魔族を魔の世から招いているラフィス・トルセンを倒す為────」
クオンはディートグリスに来た理由とこれまでの経緯をソクシュに話す。細かい部分は省いてはいるが、大まかな流れは全て話し、全て話終えるとソクシュの傍らに置いてあるラビットタイガーの首を指差した
「そのラビットタイガーも『招くもの』に招かれた可能性が高い。突然変異にしてはラビットタイガーの生息地でもないみたいだし、現れたのも唐突過ぎる・・・突然変異とはいえあそこまで大きくなるのに被害の報告がないのがその証拠だ」
通常よりも数倍大きい身体、短剣を通さない皮膚・・・ラビットタイガーとして見れば規格外の能力とクオンの言葉にソクシュは納得せざるを得なかった
「しかし、そのラフィス・トルセンがラビットタイガーを呼び寄せたとして、今聞いた話だと魔物は魔素の多い所に行く習性があるのだろ?なぜこの森に残っていたんだ?」
≪言うたであろう。ラビットタイガーは耳は良いが鼻は効かぬ。魔素を感じるのも匂いを感じるような感覚だからのう・・・濃いか薄いかくらいは分かるだろうが、どこが濃いかなどは探知するのは難しいだろうのう≫
「・・・なんか耳の大きさって退化の象徴みたいな・・・」
≪そうでもないぞ?ラビットタイガーは昔その名が付けられる前は嗅覚に優れた種族であった。妾は食したことはないが、ラビットタイガーの肉は美味いらしくてのう・・・捕まえようとするものが後を絶たなかったが、匂いで勘づかれ逃げられてしまう。そこで苦肉の策として用いられたのが消臭効果のある葉を身体に巻き付けるというものだ。そうすれば匂いは消え、ラビットタイガーに気付かれず近付くことが出来ていた・・・ラビットタイガーは生き残る為に耳を進化させ、今度は狩りに来たものの音で判断するようになり今日に至る。まっ、1つ進化すれば1つ退化する・・・よう出来た仕組みだ・・・結局狩られる運命とは悲しい末路よのう≫
「美味いのか・・・食ってみたかったな・・・」
≪ぐっ・・・仕方なかろう!クオンの血を見て動転しておったのだ・・・手加減する余裕などなかった・・・≫
「それにしても『黒獄』はないだろう。『黒獄』は・・・」
マルネスの技はラビットタイガーに対して明らかに強過ぎた。地面は抉れ、木々は見えない所までなぎ倒されている。クオンが呆れてるとソクシュが困惑した表情で手を上げた
「・・・あの」
「うん?」
「なんかマルネスの話を聞いてるとまるで進化を見てきたような・・・どこでそんな知識を?まだ幼いのに・・・」
「ああ、言い忘れてたな。黒丸は魔族だ。またの名を上級マゾ君だ」
≪古い話を混ぜっ返すでないわ!≫
「・・・・・・え?」
今日1番の驚きのネタをあっさりと言われ、頭の追いつかないソクシュはクオンに怒り、場に似つかわしくないドレス姿のマルネスを呆然と見つめるのであった────




