2章 16 クオンエキス
別荘に移って間もない初日の夕食時に集まるとそれぞれの変化に驚いた
長い髪を切ったアースリー、様子の違うマーナ、クオンの隣に椅子を持って来てピッタリと横に座るニーナ、ボコボコのレンド・・・たった数時間で見違えるように変わった4人に周囲が驚きの声を上げる
「お主・・・その髪は・・・」
デラスがアースリーを見て絶句
「ジュウベエ・・・やり過ぎ」
アカネがレンドを見て呆れ
「おい!なんだ~その距離は!」
ジュウベエがニーナを見て怒り
≪ステラを・・・使役しおったか!≫
マルネスがマーナとステラを見て叫んだ
初日のたった数時間で効果が出るとは思わなかったクオンが遠い目をして今後の事を考える。正直クオンとしても効果あり過ぎだろと内心ツッコミ、次の展開を急いで考えてる次第だ
食事の最中もやいのやいのと騒がしい周囲を余所に、何とか考えのまとまったクオンが口を開く
「明日はペアをシャッフルする。俺とニーナ、ジュウベエとアースリー、アカネとマーナ&ステラ、黒丸とデラス・・・それぞれ役目を・・・」
クオンがペアを入れ替えてそれぞれに役目を与えた
クオンとニーナはギフト一覧とにらめっこ
ジュウベエとアースリーは戦闘訓練
アカネとマーナ&ステラも同じく戦闘訓練
黒丸とデラスはデラスのギフトの底上げ
レンドは・・・療養
「え~そろそろストレスMAX~」
≪待て!チェンジだ!そろそろクオン切れだ。クオンエキスが足りぬ≫
「何がクオンエキスだ・・・ジュウベエにはそうだな・・・明日の午後は俺とやろうか。黒丸は・・・明後日2人で出掛けるか」
クオンの言葉にジュウベエはニンマリとして黙り込み、マルネスは目を見開いて固まった。思いがけない2人でのお出掛け・・・天に昇って消滅一歩手前だったと言うのはマルネスの後日談である
「流石に初日から捨丸を使役するとは思わなかった・・・何か変わったことはあるか?」
「さっきレンドにも確認したんだけど、どうやら他の人には分からないステラの言葉が分かるようになったみたい。それ以外の変化は今のところ分からないわ」
ステラが急に言葉を話せるようになったと思い、レンドにステラの声を聞いてもらっていた。しかし、レンドにはギャアギャアとしか聞こえないと言われ、自分がおかしくなったのではないかと悩んでいた
「そうか。一応説明しておくと、使役とは契約みたいなものと思っていい。主従の契約を交わした・・・それによりマーナと捨丸との間にパスが出来、それを通すから言葉が分かるようになった。そのパスは強力で離れていても途切れる事はない。だから、遠くに居ても会話が出来るはずだ」
パスは『器』と『器』の繋がりであり、繋がった瞬間に上下関係が構築される。上はパスを繋げようとした方、下は受け入れた方となる。今回、マーナは知らずにステラにパスを繋げようとし、ステラがそれを受け入れた為に両者が繋がった。クオンはいずれそうなるように仕向けようとしてただけに初日で繋がったのは嬉しい誤算であった
「明日はアカネと立ち合ってもらうが、なるべく捨丸に全力を出させてくれ。マーナが指示し捨丸が攻撃する・・・慣れるまで時間はかかるだろうけど2人なら大丈夫だろう。調整は任せるぞ?アカネ」
「ハイハイ・・・急造ペアに負けないように頑張るわ」
アカネの『火』はステラの操る『水』に弱い。しかし、アースリーと交わした言葉通り負けてはいられないと闘志を燃やす
「アースリーは中途半端でも良い・・・ゴーレムでジュウベエに攻撃を仕掛けてくれ。生身の人間に攻撃するには抵抗があると思うが、ジュウベエなら何をされても大丈夫だ。ジュウベエはアースリーを攻撃しないように・・・午後には俺が相手してやる」
「はい!けちょんけちょんにしてやります!」
「う~ん、午前中の疼きを午後に放出・・・堪らないな~」
ハキハキと喋るアースリーを見て、髪を切って性格まで変わったのか?と疑問に思いながら次に痛々しいレンドを見た。ここの使用人に手当てしてもらったのか包帯をグルグル巻かれて食事もままならない状態である
「レンドは今日の夜からやってもらいたい事がある。後で部屋に行くから待っててくれ。黒丸とデラスはギフトの向上・・・つまり『鑑定』から『解析』への昇華だな。もしかしたら、黒丸やシャンドのように人化する魔族が現れないとも限らない。その見極めはデラス頼りになるのだから・・・頼むぞ」
≪まっ、任せろ!余裕綽々だ!≫
「願ったり叶ったり・・・よろしくお願いします、マルネス様」
正気に戻ったマルネスが胸をドンと叩き、デラスはマルネスに向き頭を下げた。その様子を見ていたクオンは隣のニーナに袖を引かれる
「わ、私達は何を・・・」
「ああ、ギフト一覧に載ってる中で有用性の高いものを見つける。居場所が分かれば尚良い・・・地図はあるか?」
「あるにはあるが・・・今回の件で手伝わせるのか?」
「いや、しばらく身を潜めてもらう必要があるかも知れん・・・」
「?・・・なぜ?」
「・・・うーん、ほら、ラフィスがディートグリスに恨みを持ってたとしたら、王都を攻め込もうとしているかも知れない。そうなると厄介なギフトを持ってる奴は早目に潰しておいた方がいいと考えるかもしれないからな」
笑顔でニーナに語るクオン。ニーナはなるほどと頷きそれ以上追求しなかった
食事も終わり、クオンはレンドの部屋に赴き一通り話をすると自室に戻る。こうして別荘での長き一日が終わりを迎えた
次の日の朝、朝食を食べ終わると昨日のクオンの提案通りのシャッフルが行われる
各々が課題を持ち、レベルアップすべく汗を流す・・・はずだった
「・・・なんでそんな格好なんだ?」
「服装の指定があったか?ギフト一覧を2人で見るだけだ。どんな格好でも構わぬだろ?」
妖しく微笑みながら言うニーナの姿は往年の赤ドレス。と言っても着ていたのはさほど昔ではないのだが、ほぼ毎日着用していたニーナにはかなり久方ぶりとなる
ただクオンが見た事のある赤ドレスよりも大分様相が変わっており、胸元はこれでもかと開き、ドレスのスカートは太もも部分までスリットが入った凶悪仕様。この格好で街中を歩けば10人中10人が振り向くであろう
「・・・そうだな」
クオンはやっとの思いでそう呟いた。18歳の健全な男にはあまりにも目に毒な格好・・・これならば上級魔族と対峙してる方がよっぽど楽だと思えるほど
「ほれ、何をしている。さっさとギフト一覧を見るぞ」
立ち止まってるクオンを引っ張り、ニーナの自室の中央に置いてあるテーブルまで数歩進む。その間に胸が腕に押し付けられた回数は4回・・・歩いた歩数と同じだった
そこから息もつかせぬ連続攻撃
テーブルを挟み対面に立つとこれみよがしの前屈み。地図を見せてくれと言うと、わざわざ上の方に置いた地図を取ろうとしておみ足全開。次第にクオンは視線をどこに向けていいか分からなくなり目を回していた
陥落寸前のクオンに好機と判断したニーナは隣に擦り寄り、耳に息がかかるように口を近付けて昨日の夜に疑問に思っていた事を問い質す
「なぜ・・・昨日は嘘をついた?」
吐息混じりの質問にクオンは現実に戻され、昨日の嘘という言葉に思いを馳せる
「あー、アレか。下手に皆を怖がらせる必要はないと思ったからな・・・ギフト一覧に載ってる有用性の高いギフトを持ってる奴に身を潜ませる理由は1つ・・・ギフトを奪われないようにする為だ」
「ギフトを・・・奪う?」
「ああ。これは人には伝わっていない魔族特有の技みたいなものだ。他人の器を奪い、自分のものにすることによりギフトを奪う・・・魔の世で魔族同士の戦いが禁じられているのはその為らしい。奪い合いが許されてしまえば魔族は滅びの一途だからな」
「禁じるだけで収まるものなのか?この屋敷に訪れた魔族は好戦的だったし、私の想像では魔の世は血を血で洗う世界であると思っていたが・・・」
「そんな事をすれば魔族はすぐに滅ぶ。なにせ魔族同士では子は産まれないからな」
「なんだと!・・・そんな種族が・・・バカな!有り得ん!」
「有り得るんだよ。そんなバカな話がな」
「ならばどうして魔族は産まれた!?なぜ繁栄した!?」
「さあな・・・そこまでは俺も知らない。解き明かす気もない」
ニーナの疑問はもっともだった。子を成さないまでなら何とか理解出来る。人工物・・・例えばゴーレムに命を吹き込もうが子は成さない。だが、魔族は人とは子を成す事が出来る。そうなると魔族の存在意義自体が揺るぎかねなかった
「なんなのだ・・・魔族とは一体・・・あっ!」
ここでニーナは自分の侵したミスに気付く
ギフト一覧を並べたテーブルの横にはベッドがあり、いつでも押し倒されてもいいように準備していた。テーブルからベッドへの角度から、距離など緻密な計算がされていた。鏡で見るのも恥ずかしい格好をして誘惑を続け、最終段階に入ったところでの完全なるミス・・・真面目な話をしてしまったのだ
クオンは明らかに冷静さを取り戻している。先程までの状態だったのであればいつ押し倒されてもおかしくないはずだった。それが今では距離すらもいつの間にか離れていた
「あ・・・あのクオン?今日の私の格好は・・・」
「とにかく奪われてはまずいギフトを探して奪われないようにしないとな。ラフィスが魔族を使役しギフトを奪わせたら・・・上級魔族が大量に押し寄せてくるぞ」
「え?あ・・・そうね」
お色気を真面目な話で返されて撃沈したニーナ。そこから持ち直す事は出来ずにギフト一覧とのにらめっこが午後まで続いた────
「ステラ!そこでウォーターブレス!」
≪承知!≫
10m以上の巨躯から放たれるウォーターブレスがアカネを襲う
しかし、その動きはアカネにしてみれば鈍重、たとえブレスの幅が広くても避けるのには苦労はしなかった
「『炎蛇!』」
ウォーターブレスを躱しながら指先から炎の蛇をステラに放つ。しかし、ステラの周囲には水の加護が施されており、炎の蛇はステラに届くことなく霧散する
「チッ!」
マーナとステラはアカネには聞こえないが相談しながら戦っていた。パスを通して会話し、ステラは自分の出来る事、マーナはその中で有効な手段を選択する
まずは守りを固めるため周囲に霧状のブレス『ミストプロテクション』を張り、その後に飛び上がりウォーターブレスにて攻撃。ミストプロテクションで術を退け、飛び上がる事によって直接攻撃を警戒しての作戦だ
その作戦はアカネに対して見事にハマり、アカネは効きにくい火の術で対抗せざる負えない
だが、マーナとステラの方も攻撃手段がウォーターブレスのみであり、結果お互い決め手に欠けていた・・・マーナがいなければ
「・・・また・・・」
アカネが呟くと上空を睨む。そこにはステラの背に乗り、ステラに魔力を譲渡しているマーナの姿があった
ステラが魔力を使い、マーナがその魔力を回復する。魔力を回復する術が周囲の魔素を取り込むしかないアカネにとっては持久戦になればどちらが魔力切れになるか火を見るより明らかだった
戦闘経験では明らかに上になるアカネにも今まで経験したことのない状況を打破する答えを持っておらず、結果魔力だけがジリジリと減っていく事態となる
アカネは大きく息を吐くと覚悟を決めてステラの背中にいるマーナに向かって叫んだ
「マーナ!」
「はい!」
「・・・死なないでね」
「はいぃ!?」
マーナの返事を聞いたアカネは1度ブレスを躱すと、ステラに向けて八本の指に炎を宿す
「龍を凌ぐ蛇・・・たーんと味わえ!────」
「アッチは派手にやってるね~」
別荘近くの森の中、ズズズと地響きが聞こえると、剣を肩に乗せたジュウベエが音のする方を見て呟く
ジュウベエの足元には無数の土の塊が転がり、アースリーが膝を落とし地面に手をついて肩で息をしていた
「寸評~土塊人形の創る速度、操る手腕はそこそこ~。その他はダメダメ~」
ジュウベエのアースリーへの評価は厳しいものであった。それもそのはず、アースリーは対人戦だけではなく、戦い自体が初めてであり、創る事に関しては情熱を注いでいるが、誰かを倒すなど考えた事もなかったからだ
模擬戦とはいえ初めて人と相対し、やった事といえばゴーレムもどきの土塊人形を創りジュウベエに向かわせただけ・・・攻撃手段も皆無であり、ただ突撃してくるだけの土塊人形をジュウベエは一振で壊しただけに過ぎなかった
「そのぬいぐるみの方がマシな動きしそう~それ使えば~?」
「こ、コレはダメです!」
「コレ~?」
「え・・・ええ。コレは初めての・・・」
「じゃなくて、名前ないの~?そのぬいぐるみ」
「名前・・・ですか?」
「ボクの友達にも人形使いが居るんだけどね~。名前を付けてるの~一体一体に。数は少ないけど一体一体が強くてね~壊すとめっちゃ怒るんだよ~」
ジュウベエは剣を肩に担ぎ、シントでの出来事を思い返す。人形使いの名はチリと言いアースリーと同じ『土』を操る。マッドサイエンティストと呼ばれ、実験と称して禁忌に触れるのも厭わないチリと戦ったのは3年前────
「チリ~それはボクでもダメだと思うよ~人を創るのは~」
「人じゃない。人を超えた『超人』だ」
小さい身体にダボダボの白衣を身にまとい、小さい丸メガネをズラしながらジュウベエを睨みつけて傍らにいる人形の肩に手をかける
「超人か変人か知らないけど獣の皮はおろか人の皮まで手を出すなんてどうかしてると思うよ~」
「死んだら何もない。テップの皮となれるだけ幸せな方だろ」
「テップ?」
「この子の名前だ。我らが『器』魔族が『核』と呼んでいるものにも名を刻んでいる。みんな勘違いしている・・・人とは・・・魔族とは・・・全て『器』が本体なのだ。皮などそれを覆う為のものでしかない」
「だからって墓荒らしはまずいでしょ~」
「ジュウの字・・・お主理解しているのか?人の死とは何か・・・それは心の臓を破壊された時ではない・・・頭部を踏み潰された時ではない・・・『器』を失った時だ。『器』を失った身体には何の価値もない。それを有効利用してやろうとしてるのだ・・・感謝されこそすれ文句言われる筋合いはない」
「ボクは・・・チリを友達と思ってる・・・でも、その考えには同意出来ないかな~」
話は平行線を辿り、捕縛する為にジュウベエはチリに剣を向ける。それを見てチリはニヤリと笑った
「なら試してみるといいよ・・・『超人』テップが如何に素晴らしいかを!────」
「そのテップとの戦いは凄かった~。人体のように関節はあるんだけど曲がる角度が人のそれとは違うの~もうしっちゃかめっちゃか~。動きも早いし痛みも感じない・・・結局本気出して切り刻んだらむちゃくちゃ怒ってね~」
「そのチリって人は・・・」
「今も牢獄~。でも、殿も甘いから研究所みたいな牢獄だけどね~」
「『との』?」
「あ~、こっちで言う王様の事~。殿は陛下とか王とか呼ばれるの嫌いだから~」
「そうですか・・・そのチリって人にはシントに行けば会えますか?」
「会えるよ~。牢獄もチリ以外は出入り自由だし~。興味湧いたの~?」
「『器』が本体って事をもっと聞きたいです。ワタシもそれに近い現象を経験していますから・・・」
アースリーはチラリとぬいぐるみを見て呟く。ぬいぐるみは今も自由気ままに歩いているが、時たま止まってはしばらく動かず、時間が経つとまた動き出す。恐らくは『器』の中の魔力が切れた為だと認識しているが・・・
「魔力切れで止まるだけなら分かります。でもそれなら魔力が
回復したらすぐ動くはずが、ある一定の魔力が回復するまで動かなかったり・・・まるで自らが学習してるような動きをするです。そんな事は刻んでないのに・・・」
アースリーはジュウベエの話に出てきた『器』が本体と語るチリと無性に話したくなった。そうする事でアースリーは自分の理想に一歩近付けると言う確信があった
いずれシントに赴く事を決意し、まずは自分なりにやってみようと新たな決意を胸に屋敷へと戻るのであった────
昼食を終えた午後、別荘近くの森の中腹、少し開けた場所で対峙する2人・・・クオンとジュウベエを昨日の傷がまだ癒えぬレンドが大木を背にして見つめていた
昨日の夜にクオンから自己回復のコツを教わり、昨日の夜から午前中にかけてずっと1人で四苦八苦しているとクオンに見るのも修行になると言われて強引に連れて来られていた
クオンから魔力の基礎と魔物の戦い方を学び、ジュウベエから剣技を学んでいるレンドにとって2人の戦いは師と師の戦いになる
クオン曰くジュウベエの方が剣の腕は上・・・だが、剣の腕はである。その他の要素を足すと一体どちらが上なのかレンドには見当も付かなかった
「ルールは・・・」
「ちょい待ち~ル~ルなんて・・・」
「殺さぬこと」
「・・・りょ~か~い」
クオンの言葉に咄嗟に口を挟むが、好みのルールであった為に了承するジュウベエ
お互い見つめ合い、空気がヒリつくのをレンドは感じていた
ただの立ち合いではない・・・そう告るかのように突然動き出すジュウベエ
目にも止まらぬ速さでクオンの懐に入り、剣を振るった
右上段からの袈裟斬りに対してクオンは咄嗟に剣を斜めに構えてジュウベエの斬撃をいなす
いなされた事でジュウベエは剣を途中で止めると、強引に軌道を変え、力でクオンを推し潰そうとする
それを嫌ってかクオンはすかさず飛び退いて剣を構え直した
魔力で全身を強化しているジュウベエは怪力で俊敏、その力を余すことなく剣技に応用できるのがジュウベエの強みだった。方やクオンは全てにおいてジュウベエに劣る為に後手に回る
余裕の表情を浮かべて歩いて近寄るジュウベエに対して、ジリジリと下がるクオン
一瞬の攻防の重圧感、歩くジュウベエの威圧感、一撃で何もかも終わってしまうと思える緊張感にレンドは息をするのも忘れ手に汗握る
「今ので何割だ?」
「う~ん、5割かな?本気出してくれないと、ついでに余計なものを斬っちゃうよ?」
嫌な予感をヒシヒシと感じているレンドを横目に、クオンは開けていた右目を1度閉じると両目を開いた
「じゃあ、これで10割だ」
「・・・うそ・・・」
両目を開けたクオンに見つめられ、普段見られないような呆然とした表情で呟くジュウベエ。その呟きを聞いたクオンがニヤリと笑ったと思ったらクオンの足元が爆ぜる
突然の土煙で2人の動きを見失っているとジュウベエがまるで何かに跳ね飛ばされたように宙に浮いていた
「なっ!?」
≪主が大地を蹴りあの娘に近付いて剣を振ったのです。あの娘は辛うじて剣で受けたのですがあまりの衝撃に吹き飛ばされた・・・という訳です≫
「わぁ!・・・えっと・・・シャンド・・・さん?」
レンドが何が起こったか分からずに叫ぶと、後ろから突然解説してくるシャンド。振り向いて驚き、恐る恐る声をかけるも華麗に無視された
≪あの娘もやりますね・・・まさか咄嗟に剣で受けるとは・・・≫
シャンドは唸りながら吹き飛ばされたジュウベエを褒めると視線を忙しなく動かす
もう既にジュウベエは宙に舞っておらず、所々から剣と剣がぶつかり合う音だけが聞こえてきていた。しかし、レンドには先程の土煙で何も見えない
≪ほう・・・防戦一方とは言え、主の剣を受け続けますか・・・人の身では最高峰なのでしょうね。あの娘≫
「あの・・・なんで急にクオンさんは強くなったんですか?」
勇気を振り絞り、解説魔族のシャンドに尋ねると、明らかに嫌そうな顔をしてレンドを見た後、ため息をついて説明する
≪主は普段力を抑えているだけです。急に強くなったのではなく、相手に合わせて実力を出したに過ぎません・・・・・・承知致しました≫
「え?」
≪いえ、主から貴方に分かりやすく説明するようご命令を受けましたので、話の途中でしたが返事をしたまでです≫
「??・・・えっと、今?今、クオンさんから命令が?」
≪はい。で、どこまで話しましたか・・・そうそう、主は今、あの娘に対して丁度いい実力で戦っております。あの娘が全身強化の出力を高めれば、それに対応した魔力で応戦・・・細かく言うと瞬時に動かす部分に魔力を流し、あの娘を圧倒しているのが現状です≫
しれっと解説の続きを言うが、レンドの思考は停止していた。どうやってシャンドに命令したのか気になり、その先の説明が頭に入ってこない
≪むっ・・・主の剣がもたないかも知れませんね・・・≫
聞こえてくる音に違和感を感じたシャンドが呟く。違いの分からないレンドがますます混乱しているとそれに気付いて顔に手を当てた
≪・・・主からのご命令です。疑問があるならお答えします≫
「あ・・・えっと、いつクオンさんから命令が?僕には声が聞こえませんでしたが・・・」
≪そこからですか!?・・・驚きを禁じえません・・・まさか主ともあろうお方がこのような・・・まあいいでしょう。ご説明致します。主と私は主従関係にあります。貴方達の言葉では使役などと言われていると思います────≫
そこからシャンドは事細かくレンドに説明した
クオンと戦い敗れた後、主従関係を結んで欲しいと自ら願った事
主従関係を結んだ事により器と器にパスが出来、それを通してクオンに命令された事
≪戦いに関しては、あの娘が全身強化して動いているのに対して、主は必要な部分を一点強化しているのが現状です。あの娘もなかなかの出力ですが、流石に主の一点強化には適わず、ジリジリと追い詰めています。ですが、主の剣からは鈍い音がしているので、剣にヒビが入っているのでしょう。直に剣は折れるでしょうね≫
「じゃあ、クオンさんの負け・・・?」
≪剣がなくとも主が負ける道理はありません。なぜならこの私が主の剣を折ったにも関わらず負けたのですから・・・≫
その言い方だとシャンドはジュウベエよりも強く、そのシャンドよりも素手のクオンが強いという事になる。信じられない気持ちで目に見えない戦いを見守るが、シャンドからまた信じられない言葉を聞いた
≪主は手加減する為に剣を使っています。私も主から通常では治せない程の傷を受けました。つまり主の剣が折れてしまえばあの娘は・・・≫
言葉の途中で甲高い音が鳴ったと同時に剣の一部がレンド達の前に飛んでくる。見間違えることなくそれはクオンの剣
「ジュウベエさん!」
先程までの話からジュウベエの身を案じて叫ぶレンド。それに応えるように土煙は晴れ、2人の姿が浮き彫りとなる
刃先の折れた剣をクオンがジュウベエに投げつけると、それを剣で弾く。だが、いつの間にか距離を縮めていたクオンがジュウベエの右腕を掴み動きを封じると顔面を殴打。ジュウベエの顔は勢いよく反対方向を向かされ、その口からは血反吐が飛ぶ
「ちょっ!クオンさん!?」
そこから流れるような連続攻撃。ジュウベエは為す術なく全ての打撃をその身に受け続けた
レンドの声が聞こえていないのか一方的に殴る蹴るを続ける
嵐のような攻撃が止み、クオンがその場から離れた瞬間に更にレンドが叫ぶ
「クオンさん!やり過ぎです!女性に対して・・・」
「レンド!それ以上言うとジュウベエに殺されるぞ?」
「何を言って・・・」
クオンの言葉の意味が分からずに聞き返そうとすると、ボロボロになりながらも剣を手放さなかったジュウベエが揺れ始める
「ああ~楽しいな~・・・なあ?クオン~」
「楽しいか?俺は拳が痛いからさっさとくたばって欲しいんだが・・・」
「連れないな~・・・クオン!」
一瞬ジュウベエの揺らぎが大きくなると、その場から一気にクオンに斬り掛かる
クオンはそれに反応してジュウベエの剣を持つ手を蹴り、反対の足で剣自体を蹴り上げると、ジュウベエはようやく剣を手放した
そのままクオンは身体を回転させ踵をジュウベエのこめかみ付近に打ち付けるとジュウベエは真横に吹っ飛び、ピクリとも動かなくなった
「クオンさん!あんた・・・」
レンドがクオンに怒りを露わにして一歩踏み出そうとすると首筋にシャンドの長く伸びた爪が当たる。冷りとした感触がレンドを一気に冷めさした
≪主もあの娘も侮辱するような行為・・・本来ならば物言わぬ固形物に変えてやりたいのですが・・・≫
「止めておけ。理解し難い世界もある」
≪・・・ですか。ならば共にいるべきではないかと・・・≫
「世界は変わる。本人次第だがな・・・ジュウベエは俺が運ぶ。お前はレンドを屋敷に送ってくれ」
≪はっ!≫
首筋から爪を引くとクオンに礼をした後、レンドの肩を掴み屋敷へと瞬間移動した。突然視界が代わり腰を落とすレンドを見下ろしながらシャンドが容赦なく言い放つ
≪主が止めなければどうなってたかよく考えるのですな。貴方は主に命を救われた・・・私とあの娘から落とされるはずだった命を・・・≫
言うとシャンドはレンドを放置しその場から消えた。置いていかれたレンドはシャンドの言った意味を考える。シャンドからは分かる・・・しかし、ジュウベエから救われたという意味が理解出来なかった
「何だよ・・・世界が違うって・・・」
1人残されてクオンとシャンドの会話を思い出しながら呟くレンド。住む世界が違うと分かっていたが、本人は必死に食らいつき、同じ世界を共有していたつもりだった。双子のマーナがドラゴンを使役し、アースリーも何かを掴みかけているように見えて焦りは募る
セガスより旅立ち、何も変わらない自分に対して苛立ち、どうすれば良いのか分からない焦燥感がレンドを苦しめていた────
屋敷での夕食に2人の姿が見えなかった。1人はクオンにボコボコにされたジュウベエ。今は自室にて療養中。もう1人はレンド。マーナが呼びに行った時、食欲がないと断り自室に篭っている
レンドに関してはしばらく1人にさせてやろうと全員が考え、特に触れずに食事を終えてそれぞれの部屋に戻る
マルネスももれなく自室に戻っており、今日の疲れを癒そうと着の身着のままベッドへとダイブした
1日デラスの指導に当たり、精神的に参っていた
布団のふかふかな感触に風呂にも入らず眠気に誘われ微睡んでいると部屋の扉がコンコンと鳴らされる
一瞬寝入っていたのか、出ていたヨダレを腕で拭い扉の方を見ると扉の先の気配に驚く
≪ど、どうぞ!≫
予想外の人物にベッドから飛び降り、佇まいを直すと来客を迎え入れる
「・・・寝てたか?ヨダレの痕が残ってるぞ」
≪はうわあ!≫
拭ったはずのヨダレを指摘され、慌ててもう一度腕で拭う。指摘した人物、クオンはそれを見て呆れたようにため息をついた
「眠いなら出直すが・・・」
≪眠くない!むしろ朝まで起きてられる万全な状態だ!≫
「睡眠不足は成長の妨げになるぞ?」
≪子供扱いするな!・・・い、いや、ほれ、そんな所で突っ立ってないで中に入れ≫
「大した用事じゃない。ここで良い」
クオンはそう言うと後ろ手で扉を閉めてその場から動かなかった。マルネスはどうすればいいのか分からずに視線をあっちこっちに向けてあたふたする
しばらくあたふたしていると、クオンの変化に気付いた。クオンは両目をしっかりと開け、優しげにマルネスを見つめていたのだ
≪クオン・・・お主・・・≫
「今日の午前中・・・そして、午後になかなか強烈なアプローチを食らった。午前はニーナに・・・午後はジュウベエに・・・健全な男である俺は危うく・・・」
≪ひゃう!≫
突然クオンに抱きしめられたマルネスが驚きの声を上げる。顔に熱を帯び、真っ赤になってる顔を真横にあるクオンの顔から背けると、視線は部屋に備え付けられたベッドに向けられた
「そこでだ・・・」
≪な、なんだ?滾る気持ちを鎮めに来たのか?も、もちろん妾は構わぬ・・・構わぬぞ!もしなんだったら・・・≫
人化して元の姿でと言おうとしたが、ニーナとの会話を思い出し続く言葉を失った。もしニーナとの会話がなければ言わずとも擬態化していただろうと歯噛みする
「俺も幼女趣味はない・・・俺だけが悶々としているのは不公平だと思ってな・・・」
≪・・・は?≫
「さて、これでスッキリした。明日はウオンが共に行くだろうから・・・今日の事は内緒だぞ」
抱きしめていたマルネスを離し、コツンと額を指で弾くと悪戯が成功したのを喜ぶように微笑むと部屋を後にした
残されたマルネスはしばらくボーっとした後、やっとクオンの狙いに気付き、近くにあったクッションをクオンが去った扉に投げ付けた
≪なんじゃそりゃ!!≫
かき乱された心は戻ることなく、朝まで先程の抱擁を思い出しては悶々とするクオンエキスMAXなマルネスであった────




