2章 15 ペア
話を終えたクオン達一行は直ぐに出発し、その日の夜にはニーナの別荘へと到着していた
馬に乗れず荷物も大量のニーナは馬車で行くと言い張ったが、馬にはアカネが一緒に乗り、荷物は馬車で後から運ばせるよう手配し、渋々了承させた
慣れない馬に長時間乗ったニーナはお尻を押さえながら別荘の部屋割りをテキパキと行う
メンバーはクオン、マルネス、アカネ、ジュウベエ、デラス、マーナ、レンド、アースリー、ステラとニーナ9人と1匹。客室は7部屋の為にアカネとアースリー、マーナとステラが同部屋となり、ニーナは自室がある為そこに寝泊まりする
別荘に初めて来た者にラフィスが訪れた場所を案内して、そこに立ち寄らない事、それと事情があり、入る事になったとしても重要な話などはしない事を約束させる
それともう1つルールを設けた
それは1人で行動しない事
いつ何時ラフィスが襲ってくるとも限らない。そして、襲ってくる可能性があるとしたら、1人になっている時と考える
「戦力的に考えると・・・俺とデラス、黒丸とニーナ、アカネとアースリーにマーナとステラ・・・最後にジュウベエとレンドか」
「異議あり~」
≪同じく!≫
ジュウベエと人への擬態化を解いたマルネスが勢いよく手を上げる。クオンは面倒そうに2人を見るとため息をついた
「・・・なんだ?」
「ボクだけなんで男となんだ!差別だ!ジュウベエ差別だ!」
≪妾はクオンと一心同体!再考を希望する!≫
「お前ら師弟関係だろ?共に行動した方が何かと都合がいいだろうし、万が一レンドがお前を襲ったら、俺はレンドの墓標に『勇者ここに眠る』と刻むだろう。それと黒丸、お前の言い分は検討の余地もない。死ぬ気でニーナを守れ」
「師になった覚えはないぞ~!教えてくれって言うから暇潰しに教えてただけだ~!」
「・・・」
≪横暴だ!何が悲しゅうて高慢女と行動を共にしなくてはならぬのだ!≫
「こ・・・何ですってー!」
ジュウベエの言葉にレンドは泣き、マルネスの言葉にニーナは憤慨する
しかし、クオンは有無を言わさず、結局言った通りの組で行動する事となった
シントからの救援部隊のフウカ達が到着するまで時間が空くために、それぞれ思い思いの行動を開始した
~アカネとアースリー~
「わっ!」
アカネがびっくりして飛び上がる
なぜなら足元をクマのぬいぐるみが通り過ぎたからだ。自足歩行して
「・・・何よこれ?」
「・・・ムキムキマッチョメン・・・クマです」
「ムキムキマッチョでもメンでもないけれど・・・なんで動いてるの?」
「ぬいぐるみの中に土と魔力の器を入れました・・・簡単な起動式しか刻んでないので今は歩く事しか出来ませんが・・・」
「充分凄いわよ・・・確か起動式って創造力がかなり必要と聞いたことあるわ。歩くって自分では何気なくやってるけど、歩けない人に教えるとしたら・・・考えるだけで嫌になるわ」
無意識で行っている行動を他人に教えるのは難しい。歩くという動作一つをとっても単純に足を上げて下ろすだけでは、その場で足踏みするだけになってしまう
「いえ、ぬいぐるみは関節とかないから・・・多分誰でも出来ると・・・思います」
アースリーは共に旅して来て分かったことがある。それは自分の才能のなさ。マーナとレンドはメキメキと力をつけている。それを横目にアースリーがした事と言えばぬいぐるみに土を詰めていただけ。ギフト持ちという優位な立場であるがゆえ、力をつけていく二人を見て焦燥感は日に日に増していった
「ふーん、そう・・・ねえアースリー・・・あなたはなぜここにいるの?」
「ワタシは・・・まだ先生に教わりたい事が沢山あって・・・それで・・・」
「あっそう・・・じゃあ、もう1つ聞くわね。あなたはなぜ私といるの?」
「え?・・・それは先程の話で・・・2人1組でって・・・」
「違うわ・・・私が強いから。そして、あなたが弱いから・・・だから、あなたは私といるの」
「!・・・」
アカネに痛いところを疲れて押し黙るアースリー。手をギュッと握って震えるがアカネは容赦なく言葉をぶつける
「私なら耐えられないわね。足でまといなんて死んでも嫌・・・どうせなら放っておかれて死んだ方がマシね」
「・・・」
「アースリー・・・あなたはゴーレム創りの才能があるかもしれない。それこそ環境の整った場所で研究していれば誰にも負けないくらい凄いゴーレムが創れるかも知れない・・・でもあなたは私達に付いてきた・・・もう一度聞くわ・・・あなたはなぜここにいるの?」
「ワタシは・・・先生に・・・」
アースリーは同じ事を聞かれて、もう一度同じように答えようとする。しかし、いくら振り絞ってもそれ以上言葉が続かなかった。見かねたアカネはため息をつくと指を1本立ててその指先に炎を灯した
その明かりがアースリーの顔を照らし出す。普段は長い髪に隠れている瞳がアカネの炎で照らされて瞳の中に炎を宿す
「私の能力は『炎』・・・いえ、『火』よ。四大元素の一つであり、魔族だったら誰でも使える能力・・・四精とか持て囃されてるけど、所詮は基礎の能力。それでも私は強くならなきゃいけなかった・・・人を守る立場として・・・人を率いる立場として・・・。でも、私は弱い。・・・ねえ・・・私の能力見た事ある?」
突然聞かれてアースリーは首を振る。首を振ったアースリーを見たアカネは微笑むと指先に灯した炎を操り蛇を象る
「私はね・・・蛇が大嫌い!」
「・・・え?」
能力はイメージが大事・・・これはマルネスが口を酸っぱくして言っている言葉。アースリーもその教え通り毎日イメージトレーニングは欠かさない
だからこそアカネの蛇が嫌い発言には驚いた。アースリーにとってイメージしやすいものと言えば好きなもの・・・それなのにアカネは嫌いなものをイメージして能力として発現していたからだ
「小さい頃に噛まれて以来・・・見るのも嫌なの。トラウマよトラウマ!・・・でも、そんな蛇をイメージして能力に取り込んでいる意味・・・分かる?」
アカネは言うと蛇を自分の身体に絡みつかせる
「私はね・・・クオンやジュウベエ・・・マルネスより弱い。勝てるイメージがまったく湧かないわ。そうなると彼らを倒せる炎のイメージも湧かない。だから・・・私はこの世で1番嫌いで!1番凶悪な!それでいて最もイメージ出来る蛇を選んだのよ!」
握り拳で力説するアカネの周りで絡み付いていた炎の蛇は激しく勢いを増したと思ったらそのまま消え去った
叫び終えたアカネはスッキリしたのか、蛇が消え去って満足したのか分からないが、怪しげな笑みを浮かべていた
「あの・・・えっと・・・」
アカネの対処に困ったアースリーが言い淀んでると、アカネは顎を上げ、アースリーを見下ろすようにして叫ぶ
「これで最後よ!あなたはなぜここにいるの?何の為に?」
アースリーは再三の質問の意味がようやく分かった。アカネはアースリーの答えに満足していない。アースリー自身が本心と思っていても、アカネはそれがアースリーの本心ではないと見抜いていた
アースリーはスカートの裾を力強く握り、声を絞り出す
「ワ・・・ワタシは・・・今まで自室に引きこもっていました。外の世界に興味なく・・・ただ自分の好きな事をしていました・・・でも・・・旅に出て・・・戦うみんなを見て・・・ワタシがどれだけ役立たずか知りました・・・それと同時に・・・誰かの役に立ちたいと・・・思うようになりました・・・ワタシは弱いですし・・・何も出来ないけど・・・」
「よし!じゃあ、次の質問よ!あなたはなぜ私といるの?」
「・・・それは・・・」
この質問に関してはアースリーは答えを持っていなかった。クオンに言われるがまま組んだとしか言いようがない。それを分かってかアカネは手を前に突き出し、自らが答える
「それは4人と1匹の中で私が1番弱いから!5人の中であなたが1番強いから!」
「えっと・・・意味が・・・」
「分からない?単に強い順に5432154321と点数をつけ、組み合わせの時に合計で6になるように仕向けたのよ・・・あの細目は!そして、私が5番目・・・あなたが6番目よ!アースリー」
「私が・・・6番目?」
「そうよ!今の私はステラにすら勝てない自信があるわ!」
妙に自信を持って答えるアカネに先程まで感じていた威圧的な態度は消えていた
「アカネさん・・・なんで・・・」
「私とあなたは5番目と6番目・・・つまりひとつしか違わないライバルよ!そのライバルがウジウジしてるのが許せない!だって下から上がって来る人にビクビクして必死になって鍛えてる私が馬鹿みたいじゃない!」
「アカネ・・・さん・・・」
「だから・・・あなたは私を超えなさい!でも、私も立ち止まってないわ・・・私も絶対に・・・強くなる!」
アカネとアースリーの強さにはかなり差がある。それは2人にも分かっているが、アカネは言わなくてはならなかった。一歩踏み出せないアースリーの為に。上級魔族に手も足も出なかった自分の為に
アースリーは真っ直ぐ見つめてくるアカネの瞳を見つめ返すとおもむろにアカネと近付いた。そして、アカネの腰に差してある剣を指差す
「それ・・・貸してくれませんか?」
アカネは無言で頷き剣を引き抜くと柄の方を向けてアースリーに差し出す。それを右手で受け取ったアースリーは左手で髪を束ね一気に切り裂いた
「ちょっと!」
「・・・これがワタシの決意の証・・・ワタシはアカネさんを・・・超える!」
手に持った髪を持ち、真っ直ぐとアカネを見つめるアースリー。突然の行動に驚いていたアカネもその目を見て微笑む
「上等よ・・・受けて立つわ・・・アースリー」
「近しい人は・・・アリーと呼ぶ・・・」
「フフ・・・負けないからね・・・アリー」
「誰にも負けない・・・ムキムキマッチョメンを・・・」
「・・・そこはブレないのね・・・」
奇しくもペアを組むことになったアカネとアースリー。2人は互いに強くなると誓い、修行に励むこととなる────
~ジュウベエとレンド~
ペアを組むことになったジュウベエとレンド
しかし、組んでから小一時間が経過しようとしているが、ジュウベエは部屋でゴロゴロしており、何かをする気配はなかった
最初はトイレか?と注意深くジュウベエを観察していたレンドだが、トイレではない事を知ると触らぬ神に祟りなしとゴロゴロジュウベエを放置していた
ハーネットの屋敷に居たのなら一手指南でもと考えていたかも知れないが、この別荘にソフィアが居ない為、どうしても申し出る勇気が湧かなかった
そうこうしていると突然ピタリと動きを止めたジュウベエがレンドの方を見た
「今日は稽古をつけてくれって言わないのかな~?」
「あっ・・・いや、いつ敵が襲ってくるとも限らないので・・・その・・・」
「なるほど~。あのソフィアとか言う回復女が居ないから不安なんだな?ヘタレめ~」
バカにしたように笑うジュウベエにレンドは何も言い返せなかった。ジュウベエの指摘した通り、ソフィアが居ない事により立合いを申し込むのを躊躇していた。全身の骨を折られたのが軽いトラウマだ
「ジュウベエさんがもっと手加減を覚えてくだされば・・・」
「君が強くなれば良いだろ~?人のせいにするなよ~みっともない」
ヘタレと言われて癇に障ったので言い返したら、更に言い返される。口でも剣でも勝てないレンドは押し黙るしかなかった
しばらく無言になっていたが、レンドは意を決してジュウベエに尋ねる
「ジュウベエさん・・・僕に剣の才能はありますか?」
「ない」
「ふぐっ!」
「てか、剣の才能ってなんだ?そんなものはボクも持ってないぞ~」
「え?・・・いやいや、そんな・・・そんなに強いのに・・・」
クオン曰くシント一の剣豪であり、『剣聖』の称号を持つジュウベエ。そのジュウベエに剣の才能がないなど考えられなかった。だが、ジュウベエは不思議そうに首を傾げると起き上がり壁に掛けていた剣を手に取る
「剣の才能とやらがあれば強くなれるなら楽で良いな。ボクは強くなると決めてから血反吐を吐き、手の平の豆を何度も潰しながらも剣を振ったよ。気付いたら『剣聖』なんて言われてたけどまだまだ・・・アレには届かない・・・」
「アレ?」
「うん。ボクはもっともっと強くならなきゃならない。そして、アレを手に入れるんだ~」
「ジュウベエさん・・・そのアレって何ですか?」
「そんなの決まってるだろ~。クオンの事だよ~」
「・・・なぜクオンさんの事をアレなどと・・・」
「え?だってまだボクのものじゃない。ボクのものになって初めてアレはカレになる。当たり前だろ~?」
当たり前ではないとツッコミたかったが話が進まないと思い我慢する。それよりも話の内容が深刻だった。ジュウベエの話からするとクオンに勝てば恋人に、勝てなければ恋人になれないと言っている。ジュウベエの恋愛観からすると、逆も同じなのではないだろうかとレンドは考えた。つまりジュウベエに勝てないとジュウベエの恋人にはなれないと
これはまずいとレンドは必死に考える
今のままでは逆立ちしてもジュウベエには勝つ事はおろか傷一つすら付けることもままならない。ではレンドがとる行動はひとつ・・・ジュウベエの恋愛観を変えることだった
「ジュウベエさん・・・恋愛に強さは関係ありませんよ?」
「ボクが決めたル~ルだよ~。勝手でしょ~?」
手強い・・・レンドの額から汗が滴り落ちる
「でも、ジュウベエさんがそうでも、相手は違うと思いますよ。ほら・・・優しい女性が好きとか料理の上手な女性に惹かれるとか・・・」
「うん。で?」
「で?って・・・」
「相手がそういう人が好きだとしたら、そういう人にならないといけないの~?ボクは好きな人に全力をぶつける・・・そして、勝ち取るだけ~♪」
相手の気持ちは関係ない。ただ自分の気持ちをぶつけるだけ・・・そう告げるジュウベエの言葉がレンドの胸に突き刺さる
相手の気持ちを最優先に考えていると自分に言い聞かせ、恋愛に臆病になっていたレンド。ただ振られるのを恐れて一歩が踏み出せなかったレンドにはジュウベエの一方通行とも思える考え方が羨ましくも尊く思えた
もしかしたら見た目だけではなく、そういった自由奔放な生き方に惚れたのかもと心の中でキザに語り、ついつい調子に乗ってしまった
「ジュウベエさん!僕はあなたが好きです!」
「ふ~ん、ならボクに勝たないとね~」
「え!?」
勇気を振り絞り告白した。レンドとしては感情任せの直球勝負のつもりだった。強さとか関係なく好きという気持ちだけで押し切る・・・ジュウベエが言っていた相手に合わせる必要などないという理論を実践した。にも関わらずジュウベエは平然とレンドを自分の土俵へと誘う
「あの・・・僕は強さとか関係なく・・・その・・・」
「うん?君が強さは関係なくても、ボクは強さを気にする。だから、ボクが付き合う人はボクより強くなきゃ~」
「それって・・・ジュウベエさんがクオンさんに勝ったら、クオンさんはジュウベエさんより弱いってことになるんじゃ・・・」
「何言ってるの?今勝てたとしても、次負けるかもしれない・・・そういう緊張感の中で付き合うから燃えるんじゃない~♪それが出来るのは今のところクオンだけ~。もしボクを抱きたいなら、その次元にまで上がって来なよ」
無理・・・それは無理。だが、ジュウベエの口から出た言葉・・・『抱きたいなら』が頭の中で何度も繰り返される。心の中のどこかが沸き立つのを感じ、レンドは思わず口走る
「稽古を・・・付けてください!」
「・・・いいよ~」
ニヤリと笑い、受けてくれたジュウベエを見てすぐさま後悔する
レンドは気付いたのだ。この別荘に模擬刀がない事を────
~マーナとステラ~
「あら?ジュウベエさんとレンド・・・今から稽古かしら?」
別荘の外でステラに魔力の譲渡を行い、丸まって眠るステラを枕にして魔力の回復をしていたマーナが剣を持って歩いて行く2人を見てそう呟いた
ステラは犬形態のまま眠っており、マーナの言葉に反応して片目を開けるが、特に気にした様子もなくまた目を閉じて眠りにつく
この辺は魔素も薄いが存在し、ドラゴンに戻っても小型化していれば充分魔力は自然に回復するのだが、ステラは犬のまま戻ろうとはしなかった。マーナにはもうどれが本来の姿か分からなくなるほどドラゴン姿のステラを見ていない
しばらくするとマーナは自分の魔力が満タンになった事を感じる
マーナは魔力をスムーズに移動させる才能があった為にふたつの恩恵を受けていた
ひとつは魔力の譲渡の際にほとんど損失がない事
もうひとつは魔力の回復速度だ
魔素の薄いディートグリスでも驚異的な回復速度で魔力を回復するマーナ。それにより魔力量が膨大なマルネスすら満タンに出来てしまう程であった
現在はステラとペアを組んでいる為、溜まった魔力を全てステラに譲渡していた
「ステラ。また魔力を渡すわね」
マーナは起き上がり、枕にしていたステラのお腹に手を当てると魔力を流し込む。淡い光がマーナ手に宿り、その光が吸われるようにステラの身体に染み込んでいく
しばらく魔力を流していると今までに感じた事の無い引っ掛かりのようなものを感じた。上手く魔力が流れていかない。不思議に思うも、気にせず流し続けているとステラの身体が輝き始めた
「え?・・・え?」
咄嗟に手を離し、ステラから距離をとると見る見る内にステラの身体が巨大化し、毛に覆われていた皮膚が龍鱗となり、可愛らしい犬の顔が厳ついドラゴンの顔へと変貌していく
ものの数秒でステラは初めて遭遇した時のウォータードラゴンの姿へと変貌を遂げていた
見上げるマーナを意に介さず、ステラは久し振りに元の姿に戻れた事に興奮したのか大音量の雄叫びを上げた
咄嗟に耳を塞ぎ事なきを得たが、そのまま聞いていたら鼓膜が破れていたかもしれない。そう思える程の大きな声と巨大な身体、そして、震える程の迫力に今更ながらステラがドラゴンであることを思い知る
巨大なウォータードラゴンを目の前にして、ステラと分かっていても震えるマーナの耳にどこからともなく笑い声が聞こえてきた
その声の主はジュウベエ
恐らくウォータードラゴンの気配を察知したジュウベエは、嬉嬉としてステラであるウォータードラゴンを討伐に来たに違いない・・・マーナは青ざめ、必死にステラに話しかける
「ステラ!戻って!奴が・・・奴が来るわ!」
『ワハハハハ』と笑う声が近付いてくる。遭遇してしまえばマーナには止める術はない。必死に呼び掛けるも、ステラは興奮しているのか聞く耳を持たなかった
どうすればと思考を巡らせると思い出したのはクオンに習った事。魔力を操作する事により強化できる・・・武器でも身体の一部でも・・・ならばと思い声に魔力を乗せて叫んだ
≪ステラ!小さくなりなさい!≫
魔力を込めて必死に叫ぶと、ステラの額の辺りが一瞬輝き、その後シュルシュルと音を立てて巨大な身体が小型化していく
ジュウベエが到着した頃には完全に小型化し、それを見たジュウベエが舌打ちして去って行った
去り行くジュウベエの姿を確認し、安堵の表情を浮かべたマーナは、腕を振り上げステラを睨み付ける
「こら、ダメでしょ!ただでさえジュウベエさんは血に飢えてるんだから!」
ハーネットの屋敷にいる時に度々耳にしていたジュウベエの独り言『あ~なんか斬りたい~』を思い出し、間に合って良かったと安堵し暴走したステラを叱りつける
暴走した原因が魔力の過剰供給なのは薄々気付いていたが、知らぬ存ぜぬで押し通すつもりだ
〘すまぬ・・・我、我を失って・・・〙
「何よワレワレって・・・いい?今後は勝手に元に戻っちゃダメよ!」
〘うむ・・・肝に銘じよう〙
「本当にもう・・・・・・・・・え?」
〘ん?〙
マーナが小型化したステラを見つめ首を傾げる。するとステラも何かと思い首を傾げた
「・・・ステラ」
〘なんだ?〙
呼ぶと口を開き答えるステラ。口元の造形が違う為、本当にそう言っているのか判断は難しいが、ちゃんと口を開き答えるステラに混乱する
「・・・なんであなた喋ってるの?」
〘む?マーナこそ何を言っている・・・我は常に喋っておったぞ?犬の時は喋れぬが・・・〙
「え゛っ!」
ステラのギャアギャアという鳴き声しか聞いた事がなかったマーナは混乱に拍車をかける。そして、喋るドラゴン爆誕に見世物小屋に売ればお金には困らないなと不穏な事を考えてしまうのであった────
~マルネスとニーナ~
別荘のニーナの自室。使用人ですら用事がなければ入らない聖域に見目麗しき幼女が瞳を輝かせて物色する
「これ、触るでない!ああ・・・強引に開けようとするな!投げるな!」
マルネスがニーナの部屋で豪華な箱を見つけ開けては中身を見てはつまらなそうに箱を投げる
≪くだらんのう。キラキラ光る石やピカピカの鎖に何の価値がある?通貨という概念は理解できるが、こればっかりは理解出来ぬのう≫
「それは仕方ないわ。もう少し大人になれば理解出来るから今は我慢しなさい」
≪カッカッ・・・それは残念だ。生涯理解出来そうにないのう≫
ニーナはその言葉を聞いて思い出す。目の前にいるものは見た目幼女だが、魔族であり人とは比べる事も出来ない永劫の時を生きている
「・・・あなた実際何歳よ?」
≪乙女に年を聞くでないわ。だが、お主より長生きしているのは間違いない。それでいて理解出来ぬのだから、これからも理解できぬだろうのう≫
無邪気に笑い暇潰しに更に漁り始めるマルネス。先程から話していてニーナは少し困惑していた。それはギフト『審判』で真偽を読み取ろうとしても読み取れないからだった
今まで読み取ろうとして読めなかった事は1度もない。それはどんなに力量差があっても、既に発している声に干渉するギフトである為に誰でも読み取る事が出来た。だが、マルネスの発する声には魔力が帯びている為にニーナのギフトは弾かれてしまっていた
ギフトが通用しなくなると途端に不安になる。それは人間関係を構築するのにギフトに頼って生きてきたからである。何が嘘で何が本当か自分で判断すること無く過ごして来た為にギフトの通じないマルネスに困惑する
しばらく距離を取り、観察してマルネスという人物を知ろうと努力している為にマルネスの暇潰しを止めるには至らなかった
≪ふむ・・・クオンの所にでも行くとするか≫
家探しに飽きたマルネスがおもむろに立ち上がるとそう呟いて部屋を出ようとする。ぼーっとマルネスを見ていたニーナは慌ててマルネスを呼び止めた
「ちょ、何しに行くのよ?」
≪ふむ・・・考えておらんかったな・・・伽でもするか≫
「伽って・・・クオンは幼女趣味でもあるわけ!?」
≪幼女趣味・・・ははーん、お主勘違いしておるな?伽とは話をする場合も使う。まあ妾はそちらでも一向に構わん・・・いや、むしろウェルカムだがのう≫
「なっ・・・紛らわしい言い方するでない!それにウェルカムって・・・無理よ・・・絶対に無理!」
≪?・・・何が無理なのだ?≫
「そ、そんな幼女の見た目で・・・私より年上だからといって・・・そんなのは・・・」
≪ふむ・・・そういうものか。確かにこの姿ではクオンを受け入れるのは難しいか・・・どれ≫
マルネスはニーナに言われて自分の姿を見つめ、何かを想像して納得する。そして、次の瞬間マルネスは光り輝き姿を変えていく
「これなら申し分ないであろう。擬態化も同じ姿の方が魔力の消費は少ないが、そういう事なら致し方あるまい」
マルネスは人化し、更に大人バージョンとなっていた。初めて見るニーナはその美しさに息をのみ、喉を鳴らす
幼女マルネスをそのまま大人にしたような風貌・・・それだけならまだしも、服のサイズは幼女に合わせていた為に大人になったマルネスにはピチピチを通り越してピッチピチだ。マルネスの現在の格好は室内にいる時に好んで着るメイド服、そのメイド服は今や清楚さの欠けらも無いいやらしいお店の定員を彷彿とさせる服へと変貌を遂げていた
「では行ってくる」
「ちょっと!ちょっと待って!」
何事もなかったようにクオンの元へ行こうとするマルネスを必死に止めた。脳の処理が追い付かず、止めただけで続く言葉は出て来ない
「何だ?忙しないのう。幼女の姿だと無理と言うから元の姿に戻ったまで。まあ、人にならねばこの姿になれぬのが口惜しいがのう」
「それが元の姿・・・今までの姿は一体・・・いえ、そういう問題ではないわ!あなたは何をしに行こうとしているの?」
「だから言うておろう・・・伽だ」
「だからどっちの意味の・・・」
「ほんに下世話な奴よのう・・・どちらの意味でもいいように姿を変えた・・・これでよいか?」
それを聞いたニーナは脳をフル回転させる。人化してからギフトの効果が発揮され、マルネスの言葉に嘘偽りがない事が分かった。つまりマルネスの言葉を脳内変換すると『お話しに行くけど抱かれちゃうかも』だ。ニーナは何故か止めなくてはならないと使命感に燃え、脳の回転を更に上げる
「ガクノース卿がクオンの近くに居ますよ?」
自分で言っていて訳が分からない止め文句。それでも思い付く言葉はそれくらいだった
「席を外させればよかろう・・・何ならこの部屋に招かせるが?」
いや、いらんわ!と脳内でツッコミ、更なる一手に踏み切る
「その・・・あなたとクオンはそういう関係・・・なの?」
止める文句が浮かばない為の苦肉の策・・・話を長引かせて、その間に考える作戦に出た
「・・・まだだ」
少し寂しそうに言うマルネスにホッとするニーナ。だが、ホッとしている場合ではないと頭から湯気が出そうなくらい考える。ひたすら考える。そして、浮かんだのは少し踏み込んだ話・・・言い出すべきかどうか悩んだが、他に思い付かない為に勇気を振り絞り口に出す
「あなたは本来魔族よね?で、今の姿は人・・・本当にそれでいいの?」
「何がだ?魔族であろうと人であろうと妾は妾だ。関係なかろう」
「いえ・・・その・・・もしクオンを受け入れて、子を成した時・・・その子は人?それとも魔人?」
踏み込んだ・・・深く深く踏み込んだ。もう後戻りは出来ない・・・禁断の果実を両手で掴み、貪るように食べ始めてしまった
「むっ・・・そう来るか!・・・確かに・・・擬態化・・・他の生物になるのは魔族にとって禁忌・・・それゆえに試したものなど皆無であろう・・・妾にも分からぬ・・・」
かかった!とニーナは歓喜で打ち震える。後はゆっくりと思い直させる為に引き寄せるだけと慎重に事を運ぶ
「もし・・・クオンを人として受け入れ、魔族に戻った時、果たしてどうなるのかしら・・・その・・・お腹の子は・・・」
言っていて頭がおかしくなりそうになる。禁断の果実の味は思いの外不味かった
「む・・・ぅ・・・それは・・・身体の構造自体は同じ・・・そうなると魔族とは・・・人とは・・・そこに行き着くか・・・犬に擬態化したステラを食べたら、それは犬肉か龍肉か・・・」
何故か物騒な話に展開し焦るニーナ。小声で『試してみるか』と呟くマルネスの表情が恐ろしい。何とか軌道修正しようと視線を部屋全体に巡らせる。そして、目に入って来たのはマルネスが先程放り投げた宝石の入った箱であった
「ねえ・・・あなたは今さっき自分で言っていた宝石と一緒・・・キラキラしているけど、価値はないわ」
「なぬ?」
「だってそうでしょ?その姿はあなたの本来の姿かも知れないけど所詮は擬態・・・偽りの身体よ。その姿で惚れさせたとしてもそれは宝石で着飾った姿で惚れさせたのと何ら変わりないわ!」
こじつけもいいところだが、それでもマルネスには響いていた。子供の件も影響来ているかもしれない
「・・・うむぅ・・・そうなるのか?・・・」
「そ、そうよ!そうなるのよ!」
「・・・しかし、なぜお主は必死になっておる?・・・まさか・・・」
声が上ずりながら自分を止めようとするニーナに訝しげな視線を向けた。ジュウベエ然りマーナ然り・・・これ以上障壁は増やしたくないとするマルネス。いくら取るに足らない相手とはいえ邪魔なものは邪魔であった
「な、何を言う?・・・私はただ・・・そう!私は法の番人!偽る事を許せないだけよ!」
「まだ何も言うておらんが・・・まっ、お主は大丈夫そうだのう。恋愛経験も無さそうだ」
「なっ!・・・」
反論しようとするもズバリ経験がないニーナは言葉が出て来ない。侯爵家当主であり、見目もかなり上位と自負するニーナには何度も婚姻の申し込みはあった。伯爵や同じ侯爵からも・・・。何度か会った事もある。しかし、会って後悔する日々が続き、やがて会うことすら億劫になっていた
その理由はニーナのギフト『審判』によるもの
会う男会う男上っ面だけの嘘つき男。些細な事に嘘をつき、ニーナを幻滅させていた。嘘を指摘するとしどろもどろになり、次第に目も合わさなくなる男達・・・そんなものと共に暮らすなど想像もつかない
そんな事が続き、婚姻はおろか付き合いさえもなくなり、ニーナは生涯独身を貫く決意をする
「・・・ふん、男にうつつを抜かしている暇はない。男なぞ所詮は皆同じだ・・・」
言いながら胸にチクリと痛みが走る。嘘を見破る事を生業としているにも関わらず嘘をついたからだ
男は皆同じ・・・そう思っていたのは最近まで。今ではこんな男もいるのかと思っている
その男は軽い嘘をついてきた。それをすかさず見破る事により、今までの男のような反応が返ってくると思っていた。しかし、男は今までの男とは違う反応を示す。嘘を見破った事を褒め、それから嘘偽りのない話をし始める。それくらいの反応は今までもあった。だが、その男の表情は、今までの男とは比べようもないくらい優しい顔で微笑んでいた・・・嘘を見破るものに対して・・・まるで関係ないと言うように
その為、逆にニーナの方が動揺してしまいその男には感情的になってしまう。平然と喋るその男を気にしてしまっている自分が怖かったから・・・その男の名はクオン・ケルベロス・・・会ったその時から無礼な言動を続け、仲間の為に一国の王にすら喧嘩を売る男・・・
「おい!何を物思いにふけっておる!」
「・・・ごめんなさい・・・嘘ついたわ。私はクオン・ケルベロスが好き。だから、あなたをクオンの元へは行かせない」
≪・・・ショックで元に戻ってもうたわ・・・お主は何を言うておる・・・自分が言うてる意味が分かっておるのか?≫
幼女マルネスはニーナに近付き見上げるとニーナの真意を探るように瞳を見つめた
その瞳を見つめ返し、ニーナは再び口を開く
「ええ。この『招くもの』の1件の間に・・・私はクオンと男女の関係になる・・・それが私の使命・・・それが私の運命」
≪コラコラコラ・・・勝手に浸るな!何が運命だ!クオンは妾と・・・≫
「それはクオンが決めること・・・私より長い年月一緒に居たのにまだって事は・・・私にもチャンスはある」
≪グッ・・・なんでこう・・・≫
2人の愛を育もうとすると邪魔者が現れる。シントの時はジュウベエ、ディートグリスに来てはマーナ、そしてニーナ。こんな事なら早めに既成事実を作っておけばと後悔するも後の祭りであった
「マルネス・クロフィード!私ニーナ・クリストファーは正々堂々と勝負を挑みます!クオン・ケルベロスを賭けて!」
マーナについ先日宣戦布告されたばかりなのに、またしても宣戦布告され顔を手で押さえてため息をつく
ニーナは言った事により何やらスッキリした表情を浮かべ、マルネスはこれ以上ライバルが増えない事を祈りながらペア初日を過ごすのであった────
~クオンとデラス~
クオンが割り当てられた部屋のベッドに横たわり、ペアとなったデラスは部屋にあるテーブルでお茶を飲んでいた
特に何することも無く時間だけが経過すると、デラスが不意に目を閉じているクオンに話しかける
「クオンよ・・・なぜペアにしたのだ?敵の情報も少ないし、突然襲われる可能性もある。全員揃って行動するか2手くらいの方が安全ではないか?」
デラスの言葉に反応して薄目を開けると寝たままの状態でクオンは答える
「確かにラフィスの情報は少ない。奴のギフトも出来ることが全て分かった訳じゃないしな。だから、この別荘に集まっているんだし、ここから別行動する為のペアではなくて、普段の生活で1人にならない為のペアだ」
「なるほど・・・な。お主は奴の目的はなんだと思う?」
「さあな。ただアカネを襲った時に王都に関して言ってたようだし、アカネについてきたのも王都に・・・城に入る為だろうな。元男爵がホイホイと城に入る事など出来ないだろ?」
「うむ。お家取り潰しの逆恨み等を疑われて牢獄行きが関の山・・・陛下との謁見など間違いなく無理だろうな」
「となると、狙いはディートグリス国の何か・・・逆恨みかも知れないし、別の何かかも知れないし・・・その辺はデラスの方が心当たりがあるんじゃないか?」
「・・・あればお主に聞いておらぬよ。それにしても厄介だな。魔族を使役し、至る所に出没出来る・・・そのような万能なギフトがあったとは・・・」
「万能でもないさ。恐らくだが移動できるのは行ったことある場所だけ、使役出来るのも上級魔族を除く魔族のみ・・・それにディートグリスの王都は魔素がないときたもんだ・・・ここからラフィスがどう出るか見ものだな」
「万能ではない分知恵を働かせてるか・・・大量の魔族を組織したとしても、王都は安泰・・・逆に周辺の街は・・・」
「絶望的だな。ディートグリス内に王都以外で魔族に抗う戦力があるとも思えん。しかし、それは目的次第だ。目的が王都にあるのなら、俺なら魔素のない理由を叩く」
「・・・それを奴が掴んでいる可能性は?」
「ないとも言えないな。俺が知らないからラフィスも知らないとは限らないだろ?魔素のない理由は知ろうと思えば知れる程度の秘密なのか?」
「・・・どうだろうな・・・」
言葉を濁し、お茶を飲むデラスに顔を向けた後、クオンは身体を起こした
「今度はこちらから質問だ・・・国王に何を言われて来た?」
聞かれた瞬間、カップをテーブルに置こうとした手が止まる。クオンに見つめられているのが分かったが、顔を向けずにゆっくりとカップをテーブルに置いた
「何のことだ?ワシはまだ研究の途中だから戻って・・・」
「そうか。なら、俺からの質問は以上だ」
クオンは言い終わると再びベッドに横たわり目を閉じる。デラスは置いたばかりのカップをもう一度持ち上げると口をつけたままクオンを見据えた
「・・・クオン・・・なぜそう思った?」
デラスが尋ねるとクオンは目を閉じたまま答える
「・・・俺は俺を含めてマルネス以外誰も信用していない。何となく雰囲気が違ったから聞いてみただけだ」
「・・・マルネス様が聞いたら泣いて喜びそうな言葉よな・・・信用していない理由を聞いてもいいかな?お主自身もという理由も含めてな」
「臆病なんだよ。信用していた者に裏切られたらどうしようって考えてしまう。だから、ラフィスが屋敷を去った後に見張らせていたが、勘づかれたのか巻かれてしまった。まさか移動系の能力と思わなかった俺の失態だ」
クオンはレンに頼みラフィスの後を付けさせていた。そのレンから見失ったと報告が来た時にもっと警戒すべきだったと後悔している。アカネにその事を伝えておけば、アカネはラフィスの部屋に行かなかったかも知れない
「なるほどな・・・臆病と言うより慎重と思えるが・・・で、なぜお主自身すらも信用していない?」
「・・・期待を裏切り続けてきたからな」
「誰からの期待だ?」
「自分自身の期待・・・出来ると思っていた事が全然出来なくてな・・・期待外れもいいとこだ。だから、期待に応えられるように必死になれる・・・自分の・・・マルネスの期待に応える為にな」
「お主、自分を過小評価し過ぎではないか?それにその想いをマルネス様に伝えておるのか?ワシがマルネス様なら嬉し過ぎて脳髄が出るわい」
「伝わってないか?」
「傍から見たら豆粒程もな・・・てっきりそういう事に興味がないのかと思っていたぞ?」
「生憎だが幼女趣味はない。話はそれだけなら俺は寝るぞ」
幼女趣味がないのに、唯一信用しているのが幼女という訳の分からない状態に呆れながら、寝に入るクオンを見てため息をついた
「まだ日も高いと言うのに・・・」
「果報は寝て待てって言うしな」
「ラフィスは果報か」
「見方によってはな」
それからしばらくするとクオンは寝息を立てる。取り残された形となったデラスは先程の会話を頭の中でまとめていた
クオンは恐らくまだ自分を疑っている
会話をまとめた中での結論はそうなった
だが、デラスはクオン達を裏切るつもりはない。ただ話すことは出来ない
ディートグリス国王ゼーネスト・クルセイドより『知り得た情報を秘密裏に伝えて欲しい』と頼まれた
デラスはディートグリスの国民であり、子爵である。王に仕える身として命令される立場にあり、それが頼まれたとあらば何を捨ててでも優先しなければと思う・・・今までであれば
正直デラスは葛藤していた
知り得た情報の中にはクオン達にとって不都合な情報が含まれるかもしれない。その情報を渡すほどデラスは情に薄くはなかった。だが、その情報こそが王の知りたい情報だとしたらデラスはどちらを取るのか・・・
最初は魔族であるマルネスとギフトに造詣の深いクオンから知識を吸収したいという思い。それが共に行動していく中でこれまでの人生で経験したことの無いことの連続に年も忘れ興奮していた。楽しかった
「ワシは・・・どうすれば・・・」
「思うように行動すればいい」
「!起きておったか・・・」
「俺は俺の最善を尽くす。デラスもデラスで最善を尽くせばいい」
「お互いの最善がお互いにとっての最善とは限らぬぞ?」
「そりゃそうだ」
「なに?」
「ラフィスを倒すのにフウカとシャンドと俺だけで事足りる。なら他の連中に必要なのはなんだ?この先の自分の目的を達成する為の力を得る事じゃないのか?」
「この先だと?・・・」
「デラスはラフィスを倒したら人生終了か?違うだろ?この先生きていく上で・・・目的を果たす上で必要な経験や力、知識は山ほどある。それを得ながら誰も欠けることなくついでにラフィスを倒すのが俺の最善だ」
「ラフィスは国を・・・いや、大陸全土を揺るがしかねない能力を持っている可能性があるのだぞ!それをもののついでとは・・・」
「ついでだよ。ラフィスの目的が何かは知らないが、その目的と俺の目的が偶然重なり合い邪魔になったからぶつかり合うだけ。デラスもそうだろ?」
「ワシは・・・」
ラフィスを倒さなければならないと思ったのは何故か自問自答する
ディートグリスに被害が及ぼうとしてるから・・・ならばなぜディートグリスに被害が及ばないようにしたいのか・・・それは家族が住んでるから。使命感や目的の為ではなく、ただの防衛本能・・・それは決してデラスの探究心を満たすものではなかった
「ああ、そう言えば俺とデラスがペアになった理由を言ってなかったな。理由は2つ・・・1つは俺ならデラスを守れるのと、もう1つは俺と行動する事により、デラスは最善に近付けると思ったからだ」
「ワシの最善?」
「ああ。ただし2つ目はあくまで可能性・・・俺の最善は1つ目で叶うから、2つ目が外れてたとしても俺は痛くも痒くもない」
「そうか・・・そういう事か」
デラスはようやく理解する。クオンの意図とゼーネストの意図を。今の今までゼーネストの言っていた『知り得た情報』と言うのはラフィスの事に関してだと思っていた
しかし、それは間違いである
ゼーネストが言っていたのはラフィスの情報ではなくクオン達の情報
謁見の間での詳細は聞いている。四天の3人がいる中で優位に事を進めたのはクオン達であった。それは実力が不明のラフィスよりも余程脅威であり、注意しなければならない相手であると認識するには充分
なので既にクオン達の懐に入り込んでいるデラスに白羽の矢を立て、情報を得ようとしているのだ
『知り得た情報』と濁したのはクオン達にバレぬように自然に情報収集させる為。そして、クオンはそれを知りつつもデラスとペアを組み、『思うように行動しろ』と言い放ったのだ
「お主はやはり自分を過小評価し過ぎとるよ」
『思うように行動しろ』が、ペアを組んで共に行動しても情報を与えるつもりはないという意思表示なのか、それともディートグリスに情報を知られてもどうにでも出来るという意思表示なのかは分からない。しかし、どちらであったとしても強がりには見えない事は確かであった
「そうでもないさ。優雅に湖を泳いで見える白鳥も水面下では必死に足で漕いでるもんだ」
「ならばせっかくペアになったのだ・・・その必死で漕いでいる様を見せてもらおうか」
デラスは寝そべるクオンを見つめ、その後そっと目を閉じた。これから水面下で必死に動いている様を見届けるのに体力を温存する為に────




