2章 14 準備
アカネが刺されて意識不明の重体となった次の日、色んな人の助けを借りてアカネは無事目を覚ました
当の本人はみんなの苦労など知る由もなく、起きたら自分の部屋ではなく、ジュウベエがベッドに寄りかかって寝ており、強烈な空腹感が襲いくる現状に戸惑っていた
アカネはとりあえずジュウベエを揺り起こすと、目を覚ましたジュウベエはパッと笑顔になりアカネに抱きついた
「アカネ~良かった~目が覚めて~」
「んな、大袈裟な!寝たらいつかは覚めるわ!」
「寝てたらね~」
力強く抱き締めてくるジュウベエに困っていると部屋のドアがノックされメイドがドアを開けた
「アカネ様のお召し物を・・・はっ!」
恭しく礼をして頭を上げた際にアカネと目が合い驚くメイド。そのまま後退りして廊下に出ると行ってしまった
「失礼だな・・・人の顔見て驚いて逃げるとは・・・」
「そりゃあ~驚くでしょ?起きてたら」
「いつから私はそんなにお寝坊さんになったんだ?言っとくが毎朝ジュウベエよりは・・・」
「アカネ!」
どちらかと言うと早起きのアカネがジュウベエより早く起きてると告げようとした時、突然部屋にマルネスが飛び込んで来た。手にはグツグツと煮えたぎる何かが入った小さな土鍋を持っている
「うわお!なんだよマルネス・・・てか、それ何?」
「粥だ。堪能するがよい」
ズイっと土鍋を近付けられ、さすがに手では持てないと断ろうとするが、マルネスは更にズズイっと近付ける
湯気だけで火傷になりそうだと思ったアカネは咄嗟に先程メイドが落として行った着替えを拾い上げ、手に巻くと土鍋を掴んだ
「なんなんだ・・・この勢いは・・・今日はお粥記念日か?」
「くだらん事で言ってないで早う食え。今が最高の時なのだ」
マルネス言葉は理解出来なかったが、とりあえず空腹には勝てずにお粥をすくい息を吹きかけて冷ますと一気に口に放り込んだ
しばらくモグモグして、一瞬目を見開いたと思ったら、更にモグモグ。その様子をマルネスはキラキラした目で見つめていた
「・・・美味い!」
「うはー、そうだろ?美味かろう?カッカッ・・・これからはカユネス様と呼ぶがよい!」
「そりゃー最高級の食材でダシを取れば美味いのは当たり前でしょうに・・・カユネス様」
疲れ切った表情のマーナが廊下から顔を出し、マルネスを軽く睨む。だが、マルネスは気にした様子もなく高笑い。昨夜から屋敷にある食材をどんどん使うマルネスを止めるべくメイドがとった行動はマルネスと共に来たマーナを叩き起し、止めるようにお願いする事だった。起こされたマーナはマルネスを止めようとするが、マーナの言う事を聞くはずもなく、何故かそのまま手伝いをするよう言われて現在に至る
「カッカッカッ!存分に食らうが良い。空腹は最高のスパイスという・・・妾の最高の粥に最高のスパイス・・・さぞかし絶品だろうて」
部屋の真ん中で着替え用の服を鍋敷きにしてお粥を食べているのか甚だ疑問ではあったが、マルネスのお粥は美味しいことには変わりなく、空腹も手伝ってガツガツと食べ始めた
「ふう・・・美味しかったよ、カユネス!」
「・・・改って聞くと嫌な響きだのう。もうカユネスと呼ぶな」
「ボクもお腹空いたよ~カユネス~」
「オカワリカユネス!」
「呼ぶなと言うておろうに!」
女性4人が集まりワイワイやっていると、ハーネット達も集まって来て人数が増えたので食堂に移動することとなった
「・・・夢じゃなかったか・・・」
昨日の顛末を一部始終聞いたアカネはポツリとそう言った
刺された影響なのか血を流し過ぎたのが原因か、アカネは昨日の出来事を夢だと思い込んでいた
朝起きたら傷もなく、ラフィスの部屋でもない・・・その状況が夢だったという思いを加速させていた。アカネは助けてくれた面々に感謝と迷惑をかけたことを謝ると、昨日の出来事を覚えている限りみんなに話した
「なるほどのう・・・にしてもアカネ殿に近付いた理由が分からぬな。これまでの魔族の襲撃がラフィスの手によるものなら、明らかにアカネ殿を狙ってる事となるが・・・」
デラスはアカネの話を聞いてラフィスの行動を解析する。5体の魔族の襲撃、ニーナの別荘での上級魔族の襲撃の2件はアカネをピンポイントで狙った可能性が高い
「そうよね・・・私を殺したいなら機会はいくらでもあった・・・でも、その度に自ら助けに入り、その機会を潰してるんだもん・・・訳が分からないわ」
「1度目は気絶したアカネさんを自分の屋敷に運んで介抱・・・2度目は窮地に駆け付けた・・・でしたっけ?」
アカネが改めてラフィスの行動を振り返るとレンドが聞いていた話を思い出すように口に出す。レンドとしてはその話を聞いた時に、勇気ある行動と心の中で賞賛していただけに今回の件は残念に思っていた
「魔族には襲わせる事でアカネ君を窮地に立たせ、救う事により信頼を得る・・・で、今回の凶行に至ったのはラフィスがアカネ君を利用し終えたから?・・・あっ、すまない・・・言葉が過ぎた」
「いえ、ハーネットさんの言う通りですね。ただそうだとしても特にラフィスが危険を冒してまで私に近付いて得られるものなんてなかったはず・・・」
アカネが考え込んでいると食堂に新たに人物が現れる。部屋のドアを開けて食堂にいる全員を見つめると呟く
「それは何となく分かっている」
「クオン!・・・人が意識不明の重体の時にデートですかね?」
「目の前で祈れば治るならいくらでも祈ってやるさ。治せることが出来ないなら、俺は俺のやれる事をやるだけだ」
「ふーん、それがデート?」
「そうなるな」
「デ・・・阿呆な事を申すな!お主と私は・・・」
アカネが思い悩んでいると城に出掛けていたクオンがニーナと共に戻って来た。アカネもクオンが自分の為に色々奔走してくれた事は知っていた。しかし、目が覚めた途端に居なくなった事とニーナと共に行動していた事に少し苛立ち嫌味を言う
軽口を叩きあった後、クオンはニーナの言葉を遮り、何故かハーネットに近付き耳打ちすると、ハーネットは怪訝な表情を浮かべるも頷いて立ち上がる
「全員こちらの部屋へ・・・」
ハーネットの言葉にその場に居た者達は首を傾げるが、ハーネットが食堂から別の場所へ向かうと、その後に続く。クオンが耳打ちした後の行動なので、それがクオンの指示であると認識していた
食堂から離れた場所の一室にハーネットが入ると全員その部屋に入る。そこは円卓と椅子が並べられただけの質素な部屋で、広さも充分な事から話し合いが行われる場所という印象を受けた
ぞろぞろと入り思い思いの椅子に座り始めるが、ジュウベエとマルネスはクオンが座るのを待ち、隣の席を狙う
最後に入って来たクオンがマーナの席の隣に座り、空いた席はあと一つ・・・ジュウベエが素早くクオンの隣の席をゲットするとマルネスは勝ち誇ったようにクオンの膝の上に座った
「ムッ・・・そこがあったか」
「ふ・・・まだまだだニャッ!」
ジュウベエが悔しがる様を見て更に勝ち誇っていたマルネスの脳天に無言で手刀を食らわすクオン。しかし、マルネスを退けることなく、そのまま全員が座ったのを確認するとようやく移動した意図を説明した
「説明もなく移動させて悪かった。さてと・・・アカネ、具合はどうだ?」
「あんたがデートしている間にすっかり元気になったみたい・・・お腹を刺された事自体夢であったと認識するくらいね。で、なぜ食堂からここに?」
「そいつは良かった。その前に食堂で何を話していたか聞かせてもらえるか?その後に移動した理由は話すよ」
「はいはい。別に大した話はしてないわ。ラフィスが私を信頼させて仲間のフリをしていた理由をあーだこーだ言ってただけ」
「そうか・・・なら良かった」
「良かった?」
「ああ。ラフィスは俺が思っているような能力なら、1度でも行った事がある場所と自分の位置を繋げる事が出来ると思う。だからさっきハーネットにお願いしてラフィスが行っ事がないこの場所に移させてもらった」
「それってどういう能力よ?」
「今までの行動から考えると、能力は『開く』だと思う。花を開き、魔の世と人の世を開き、どこかとハーネットの屋敷のラフィスが使ってた部屋を開いた・・・そして、食堂もラフィスは使用していたので、もしかしたら開く事が出来るかも知れない・・・来た事がある以外に条件はあるかも知れないが、恐らくは1度も来た事がない所には開く事が出来ないはず」
「・・・根拠は?」
「何となく・・・と言いたい所だが、正直に話そう。シャンドのギフトの話だ。あんまり他人のギフトを語るのは気が進まないが、俺の仲間になら伝えていいとシャンドから言われてるからな・・・シャンドの能力は『瞬間移動』。見た事のある場所に瞬時に移動出来る。距離や共に移動する人数によって魔力消費量が違うらしいが、魔力の制限さえなければどこにでも行ける・・・逆に見た事の無い場所には行けない」
シャンドの能力を見た事のある者達は各々がその場面を思い出し納得する。初めてシャンドと会った時、来た道を戻ろうとしていたマーナ達だったが、いつの間にか回り込まれていた事。アカネとニーナはゼネストとの戦いの最中、ハーネットは謁見の間でそれぞれ『瞬間移動』を目撃していた
「クオン・・・シャンドは以前に謁見の間には行った事があるって事か?」
謁見の間で突如現れたクオンとシャンドとマルネス。これがシャンドの『瞬間移動』という事なら、先程の話からすると訪れた事があるのでは?とハーネットがクオンに聞いた
「ガトー達に扮して謁見の間の扉の前まで行った時、扉が開かれた瞬間にシャンドが中の様子を見ていた。まあ、一瞬しか見れなかったから、1番印象に残った玉座に飛んでしまったって訳だ・・・で、ここから先は俺より能力について詳しい黒丸に説明してもらう。黒丸・・・能力について詳しく話してくれ」
「・・・うむ。クオンの頼みだ、話してやろう。呼び名がギフトや魔技など様々だから総じて能力と呼ぶ事にする。知ってる者もおると思うが能力の基礎は魔力の操作にある。これも呼び方は様々だが身体全身を強化する全身強化、一点に魔力を集める一点強化、物に魔力を流すなど本人ではなく他に魔力を流す武具強化。それに加えて四精である、火、水、地、風が『核』に元々備わっており、能力として発現する事が可能だ」
「『核』?器じゃないんですか?」
「『核』と『器』は同義だ。そうだな、馴染みのある『器』で話そう。『器』に魔力を溜めて能力を発現するには本人の創造力を必要とする。例えばそこの回復娘の『回復』は武具強化の派生で物ではなく人に対して魔力を流す事により癒している。マーナが魔力を譲渡しているのと同じ感覚で癒しの効果を追加する事による能力だな」
「回復娘て・・・」
「私も回復する事が出来る?・・・」
ソフィアが呼び名を不服そうに、マーナが希望を持つが、マルネスは首を振りその希望を打ち消す
「『器』に刻まれていない能力は発現するのが難しい。『器』に刻まれておれば魔力を流すことにより発現するが、刻まれておらねば魔力を流す前に術式を刻まねばならぬ。完成した料理は知っているが、1から作れと言われてもそうはいくまい?」
「確かに・・・つまりソフィアさんは焼いただけで料理が完成するけど、私の場合は素材集めから下ごしらえ、味付けなど全部やらないといけないんですね」
マルネスの言葉に納得するマーナだが、なぜか引き合いに出されてお手軽的に言われて少し膨れるソフィア。ガトーとジゼンは苦笑いするしかなかった
「そうなるな。でだ、ここまではアースリーにゴーレム創りを教えた時に聞いていた者もいるので知ってたと思うが、ここからが本題だ。魔力はそれ自体はエネルギーの塊だ。そのエネルギーの塊に方向性を持たせることにより発現する力を変えるのが能力だ。シャンドの能力で言うと見た事がある場所・・・つまり、記憶にある場所をイメージし、そこに移動する事をイメージし能力を創造する。ややこしいがそういう事だ。で、ラフィスとやらの能力がもし空間を繋ぐ能力であるならば、繋ぐ先をイメージし創造せねばならぬ。もちろん見た事がなければイメージのしようがない。勝手な想像だと繋ぐことは出来ぬだろうな」
「なるほど・・・つまりラフィスが来たり見たりしてない場所には突然来れないから安心・・・あっ!謁見の間!」
ハーネットが能力について納得して頷いていると、ラフィスが先日謁見の間に訪れたことを思い出す。もしラフィスが国王を狙って謁見の間と空間を繋げて魔族などを送り込んで来たらと心配になりクオンを見る
「その辺は説明しておいた。謁見の間はしばらく使わないだろう。後はラフィスが通った通路などは特徴的な所はないからイメージしにくいから大丈夫だとは思うが、念の為近衛兵を配置するとの事だ」
クオンの言葉にホッとするハーネット。その話をした時に同席していたニーナも頷いた
「クオンよ、拠点の話もした方が良いのでは?」
王都内のハーネットの屋敷では魔素がない為に何かと不便となる。そこで拠点の候補地として上がっていたニーナの別荘だが・・・
「ニーナの別荘はまずくない?屋敷の中もそうだし外もラフィスは見てるよ」
「いや、拠点の条件としてはニーナの別荘が最適だ。屋敷の中を見たと言っても1階の2部屋だけ・・・2階にあるらしい個室には入ってないから大丈夫だろう。更に言えば現状は向こうから襲って来なければ捕まえるのが難しいんだ・・・どこまで遠くに繋げられるか分からないが、魔の世に繋げられるくらいだ・・・居場所を突き止めても意味が無い」
「居場所を突き止めても、向かってる間にとんでもない遠くへ逃げられるか・・・ならば迎え撃つのみかも知れないが、向かって来なければどうする事も出来ないのか?」
「いや、それだとジリ貧だ。だから、ラフィス捕獲用に対策を講じる。その為の1人も救援で来ているメンバーの中に入っていたし、早々に合流できるだろう」
「誰よ?」
シントからの救援という言葉に反応してアカネがクオンに尋ねると、クオンは少し間を置いて答える
「フウカ」
「・・・マジで言ってるの?風斬り丸壊したのに?」
「事情を話せば分かってくれるさ・・・多分」
クオンが遠い目をして答えるのを呆れるように見つめるアカネ。クオンの膝の上のマルネスもフウカという名前に苦笑いする
「その救援に来るフウカという人物がキーマンか。到着次第魔族を呼び寄せる『招くもの』との決戦か・・・腕が鳴る」
「ハーネットは・・・いや、ハーネット様はニーナ様の別荘には行けませんよ」
闘志を燃やすハーネットにガトーが即座に冷水をぶっかける。かけられたハーネットはガトーを振り返り目を見開いた
「何故だ!?亡国の危機だぞ!四天の1人である僕が・・・」
「その四天の1人だからですよ。その『招くもの』ラフィスが国王陛下を狙ったらどうするんです?奴の動機が不明な分、四天として国王陛下をお守りするのは当然かと」
「グッ・・・しかし、こうしている間にも・・・」
「奴が1度行った事のある場所に自由に行けるのだとしたら、王都はもちろん、城にも入れる事になります。そんな状況で王都を離れると?」
「だからその脅威を早目に・・・」
「それはクオン殿達にお任せする他ありません。ハーネット様はハーネット様に与えられた仕事をしなくてはなりません」
「・・・」
ぐうの音も出ないハーネットはクオンに助けを求めるような視線を送る。仕方なくクオンはハーネットを諌めるガトーを見て口を開いた
「そのハーネットの仕事って何だ?」
「申し訳ありませんがお答え出来ません」
ガトーが答える前にソフィアがピシャリと言い放つ。そして、これ以上、この話はしないようにとガトーを睨み付けていた
「分かった。そっちにもそっちの事情がある。シャンドのギフトの件は黙っていてくれ。それとアカネの件と長い間泊めてくれた件・・・ありがとう」
「礼には及びません。客人の怪我に対する当然の行いをしたまでです」
「あと最後にひとついいか?」
「・・・なんでしょう?」
「ハーネットを頼む」
「!・・・あなたに言われるまでもありません!我ら3人はあなたに会うずっと前からハーネット様をお守りしています!」
「なら安心だな」
「くっ・・・」
声を荒らげるソフィアに対して微笑むクオン。その会話を聞いていたハーネットは目を潤ませて自分の身を案じてくれたクオンを見つめる
「クオン!助けが必要ならいつでも・・・いつでも言ってくれ!僕は全力で応える!」
「ならお前も助けて欲しい時は全力で叫べよ・・・助けてやる」
クオンが片手を差し出すとハーネットはそれを両手で握った。硬い握手を交わし、クオン達はニーナの別荘へと向かうべく部屋から出て準備に向かう
各々の部屋に戻る途中、マーナがマルネスの姿を見つけ走りよる。それに追従するようにステラも走るのはもう見慣れた光景であった
「マルネス様・・・1つお聞きしたいのですが・・・」
「なんだ?粥のレシピなら教えんぞ?」
「いや、一緒に作ってたので知ってますし・・・ではなくてですね、クオンの事で・・・」
「ほう・・・勝手にライバル宣言しといて、敵方に尋ねるか・・・塩を送るのもやぶさかでは無いが、負けを認めたのも同じぞ?」
「そんな話ではありませんって。クオンが言っていたラフィスさ・・・ラフィスの話はあくまで憶測ですよね?でも、みんなそれを当たり前のように受け入れているので、もし違ったとしたら・・・」
クオンは恐らくとか可能性という言葉を使い、断定的な言葉は避けていた。しかし、それでも皆はそうだったらの過程の話で行動を開始する。確かにクオンの言葉には説得力はあったが、あまりにも情報が少なすぎる為に特定は難しかった
その状況下にも関わらず自分も含めてなんの疑いも無く行動する事に少しばかり不安を覚えた
「マーナよ。クオンと付き合いの浅いお主がそう思うのは仕方ない。だが、クオンがなんの根拠もなくあのような発言をすると思うか?クオンは考えてなさそうで色々と考えておる。ラフィスのことしかり、我らのこともな。そのクオンが言うのだ・・・万が一間違っていたとしても誰も責めまい」
マーナもそれはよく分かっていた。過ごした時は短いが、クオンの行動は常に周りを気にしていた。今回もマーナ自体は疑いなど抱いていない・・・しかし、自分より付き合いの浅い人達も疑わないというのが少し疑問に思えていた
「誰も責めないのは分かりますが・・・人ってもっと根拠がないと動かないものだと思ってたので・・・」
「それはその通りだと思うぞ。根拠なき言動に動かされるのを嫌う性質があるのは間違いなかろう。だが、根拠のない、もしくは薄い話でも信じていれば間違いないと思わせるのがクオンだ」
「なるほど・・・クオンだから・・・って事ですね・・・」
妙に納得してしまうマーナ。マルネスだけならまだしも他の人たちも同じ気持ちで行動していると思うと何故だか少し妬けてしまうマーナであった────
────ディートグリス国境地点
馬に乗った一団がディートグリスの国境へと差し掛かった。警備隊の隊員は規則通り一団を止めて許可証の提示を要求する
一団の1人が許可証を提示すると警備隊の隊員はジロリと一団を睨み付けた
「またシントからの・・・」
うんざりしたように吐き捨てると、許可証を確認した手前通さない訳にも行かずに早く通れと言わんばかりに手を振って視線をきる
その行為に目を止めた1人が隊員の前で馬を止めた
「ねぇ?あなたお名前は?」
「ちっ・・・答える義務はない。さっさと通れ」
舌打ちして視線を合わさずに業務に戻ろうとする隊員。だが、声をかけた者は馬で先回りし、隊員の前で馬を降りる
「な・・・何なんだ!・・・えっ?」
隊員が先回りされた事に腹を立てて馬から降りた者に怒鳴る。しかし、視線をその者に合わせた途端に息が止まった。水色の長い髪をなびかせて、にこやかに微笑む顔は少しおっとりとした印象を受ける。小柄だがその胸には巨大な山脈が圧倒的な存在感を醸し出していた
隊員は目線を胸と顔に忙しなく移動させながら喉を鳴らす
「一応ぅシントの使者なんでぇそういう態度は良くないと思うんですがぁ」
顔もおっとりなら喋り方もおっとりな女性に、次第に心惹かれていく隊員。顔を真っ赤にして頭を掻きながら女性に謝った
「すみません・・・同僚がこの前殺されちまって・・・その・・・シントからの人に・・・」
「聞いてますぅ。ジュウちゃんがおいたしたってぇ。会ったらメッしときますねぇ」
「会うって・・・無理だと思いますよ?国境破りだけでも重罪なのに、警備隊を2人も・・・」
「うーん、会えると思いますよぉ?だってこの国滅びてないのでぇ」
「へ?」
隊員は女性の言ってる事が理解出来ずに惚けていると、女性はニコニコしたままお辞儀をして馬に飛び乗った
その際に跳ねる山脈を拝む事が出来た隊員は理解出来なかった言葉の事などすっかり忘れ、何故か国境を越えていく一団に手を振って見送っていた
「悪い悪い!昨日の夜に食ったもんが悪かったらしい・・・って、お前なんで気持ち悪い笑顔で手を振ってんだ?」
「・・・俺は今・・・奇跡を見た・・・」
「は?」
トイレで席を外している間に相方に何が起こったか分からずに、ただただ手を振る相方を怪訝な表情で見つめ、それ以上追求することはなかった────
「フウカ様!あのような行為はお慎み下さい」
国境を越えた後、先程国境警備隊の隊員と話した女性、フウカに近付き注意する
「なんでぇ?」
「なんでも何も・・・ラックより聞いておられるでしょうに・・・ジュウベエ様が何をしたかを」
「だからぁ?テストは今後通る人達にも同じように対応されてもいいのぉ?」
「ディートグリスの人達の心情を察すると仕方ないかと・・・」
テストと呼ばれた男はジュウベエが行った事を思い浮かべ、シントでディートグリスの者に同じ事をされたらと考えると、今の国境警備隊の隊員がとっていた行動は致し方ないのではと考えていた。しかし、フウカは首を傾げそれに反論する
「でもぉジュウちゃんは関心ない事に関しては冷徹だしぃそれを知らないでちょっかい出したって話だからぁやられても仕方ないと思うけどぉ」
「その思考は些か危険かと・・・」
「そう?ワタシはぁジュウちゃんがディートグリスを救ったと思ってるわぁ」
「それはどういう・・・」
「相手がぁジュウちゃんに危害を加えていたらぁもっと暴れてただろうしぃもし万が一ぃ・・・ジュウちゃんが殺されてたらワタシがディートグリスを滅ぼすからぁ」
「うっ・・・」
口調も表情も変えずに恐ろしい事を言うフウカに対してテストの背筋に冷たいものが走る。ジュウベエが関心のないものに冷徹だとしたら、フウカは大事なものを傷付けるものに対して異常なほど敵意を向ける。それを知っているテストはフウカが言葉の通りに行動する事も知っていた
普段は温厚で優しいフウカ。しかし、ジュウベエ以上に怒らせてはいけないと周囲は言う
「風斬り丸ちゃんはちゃんとクーちゃんの役に立ってるかしらぁ」
久しぶりに会う自分の分身に思いを馳せ、馬を目的地へと走らせる
クオンから指定されている場所・・・クリストファー家の別荘へ────




