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最強の番犬と黒き魔女  作者: しう
『招くもの』
36/160

2章 12 キャミキャミカモーン

フォロからの報告を受けてラフィスが使っていた部屋を開け放つと血の海に沈むアカネが横たわる。クオン、マルネスがそれを見て顔を顰めていると後から来たジュウベエが駆け寄ろうとしたのでクオンが止めた


「なんだ!!」


ジュウベエが止めたクオンを睨み付けるが、クオンはそれを無視して室内を鋭く観察する。アカネは手練であり、部屋に争った形跡がないことから特殊な攻撃でやられた可能性がある。無警戒に突っ込めば同じ轍を踏む事になりかねなかった


部屋の入り口で警戒していると騒ぎを聞き付けたハーネット達がやって来る。中には治療のスペシャリストであるソフィアも居た


「クオン!」


「ハーネット・・・悪いがソフィアの能力を借りたい。俺と黒丸、ジュウベエが絶対に守るから一緒にアカネの元へ来てくれ」


ハーネットは頷き、ソフィアに視線を移す。ソフィアはその視線を受けて頷くと、クオン達と共に部屋の中に入った


部屋は薄暗く、机の前で横たわるアカネ以外は特に何も見当たらない。奥にあるベッドからも人の気配は感じられず、警戒しながらも中へと進む


4人の後ろからハーネットとガトー、ジゼンも部屋に入り警戒に当たるが襲撃はなく、クオン達がアカネの近くに辿り着くと、足元に広がる血の海に気付いた


ギリっとジュウベエの歯の軋む音が聞こえる。その横でソフィアが注意深くアカネを観察し指示を飛ばす


「今見えている範囲では傷は見当たりません。そっと身体を起こして下さい」


その言葉を聞き、クオンは床に片膝を落としゆっくりとアカネを抱き起こす


首が力なく反り返るが、腕で頭を支えると仰向けになったアカネを見た


「腹部・・・!服をめくって下さい!傷口を塞ぎます!」


ソフィアの指示にジュウベエが素早く動き、服をめくる。未だ血を吹き出す腹部に手を当てたソフィアがギフト『回復』を使い傷口を塞いだ


血は止まったが意識は戻らず、月明かりに照らされた顔色も悪い。ソフィアは奥のベッドに寝かせるよう指示し、クオンは従いアカネをベッドに運んで寝かせた


ジュウベエとソフィアにこの場を任せ、廊下に出て今後の事を話し合う


「まさか屋敷の中でこんな事になるとは・・・すまない」


「ハーネットのせいじゃない。これは明らかに俺のミスだ・・・油断していた」


「クオンはアカネを襲った犯人を分かっているような口ぶりだのう」


マルネスが言うとクオンは頷き、未だ目覚めないアカネの方を見て呟く


「分かっている・・・いや、これでハッキリしたというべきか・・・犯人はラフィス・トルセン・・・奴が『招くもの』だ」


意外な人物の名に周囲の者達は驚きを隠せなかった。アカネを助け、アカネが連れてきた男。元男爵だが、今回の件で準男爵となり、屋敷も建て直しが決まっている男がなぜと疑問が浮かぶ


「明日届くであろうギフト一覧で確定すると思ったが、ギフト一覧を見る前に先手を打ってきた。ギフト一覧はとうに出来上がってる。俺が追加で頼んだもの以外はな」


「ちょ、ちょっと待ってくれ!ラフィスのギフトは『開花』・・・花を咲かす能力のはずだが・・・」


ハーネットがようやく我に返り、聞いていた情報を口にする。ラフィス本人が自分のギフトを説明し、アカネもその能力を見たと話していた


「ディートグリスのギフトは自己申告制。有用なギフトでなければ爵位は剥奪され、有用なギフトであると嘘をつけば死刑・・・だから嘘をついていないという前提で管理していた。系譜も調べずにな」


「系譜?」


「ラフィスは父親の『突風』のギフトではなく母親の『開花』のギフトを受け継ぎ、トルセン家には他に子が居なかった為に爵位を剥奪された。自己申告でわざわざ有用ではないギフトを申告する訳がないという心理を利用して深く調べさせなかった」


「まさかラフィスは父親のギフトを?」


「違う・・・母親のギフトを受け継いだのは間違いないだろう。しかし、ギフト名を虚偽報告した・・・恐らくラフィスのギフトは『開花』という花だけに限定したものではなく、あらゆるものを『開く』能力・・・」


「『開く』?例えそうだとしても、有用には思えないが・・・


「・・・例えば人の世と魔の世を『開く』事が出来ればどうなると思う?」


「バカな!そんな事が出来るとは・・・」


「ギフトは・・・能力は要は土台だ。その先をどのように伸ばすかは本人次第・・・例えばジゼンのギフト『伸縮自在』。これは武器を伸び縮みするだけと思うか?腕を・・・足を伸ばせると思わないか?」


「で、出来るのか!?」


「出来る。というより武器を伸ばすよりイメージしやすい分そちらの方が簡単だと思うぞ?・・・話が逸れたが、凡そ俺の予想はそんな感じだ」


「・・・なぜそこまで分かるんだ?ラフィスはそんな素振りを全く見せなかったぞ?」


「俺はアカネは信用しているがラフィスは信用していない。アカネから聞いたラフィスの話だけで判断すると疑わしい行動ばかりだ」


魔族に襲われた後のアカネを助け、その後アカネと共に行動し、ラフィスが近くにいる状態で上級魔族が出現する。短い間で国も把握していないような魔族と2度も出くわすのは異常とも言えた


「アカネさんの近くに居たから・・・って言う可能性もあると思うが?」


「ああ。可能性で言ったらそれもある。だから、ギフト一覧が必要だった。ラフィスが嘘をついている証拠がな。ラフィス本人が虚偽報告したとしても、その母親がしているとは考えにくい。問題は母親自体も『開く』を『開花』と思い込んでいればギフト一覧にも『開花』と書かれている可能性がある。そうなったら疑いが晴れるまで見張らせてもらうつもりだったが・・・」


「先にラフィスが動いて来た・・・か。しかしこう言うのもなんだが、1番近くに居たアカネさんが気付くと思うのだが・・・」


「アカネの話では真っ先にラフィスを疑っている。だが、ラフィスは目の前で能力を見せることにより1度疑いを晴らしている。花を咲かす能力と魔族を招く力が繋がりにくいのと1度疑って晴れたらもう1度疑うとしたらハッキリとした証拠がないと難しい。それに・・・」


クオンは部屋で拾った紙を握り潰す。アカネの血で染まった紙には何か書いてあったが、今はもう読めない


「感情的にも・・・な」


自分に好意を寄せているものを疑うのは心情的に難しい。それを利用していた可能性を考え、クオンの紙を握る手に力が籠る


その時突如部屋のドアが開かれ、治療を終えたソフィアが出て来た。魔力切れに近いのか顔色は良くない


「ソフィア・・・状況は?」


ハーネットが尋ねると顔を伏せて首を振るソフィア。血だらけになった服を気にすること無く状況を説明する


「傷は塞がりました。ですが、血を流し過ぎています。意識も戻らずこのままでは・・・」


「分かった・・・ありがとう」


クオンはソフィアに礼を言うと足早にどこかへ向かった。置いていかれた形となったハーネット達。その中でガトーが息を吐いて呟いた


「何だかな・・・仲間がやられたってのに・・・」


「なんだ?言いたいことがあるならハッキリ言えばよい。でかい図体に似合わず奥歯にものが挟まったように言いおって」


置いてけぼりを食らい、少々機嫌の悪いマルネスがガトーの呟きに反応する。ガトーは頬をかきながら思った事を口にする


「だってよぅ・・・クオンの奴すげえ冷静じゃねえか・・・普通ならもっとこう・・・」


「冷静さを欠き、血眼になって犯人を追いかけろと?お主は今日の昼間の道場の件で何も学ばなかったか?それ以前にクオンと戦い、己を見つめ直さなかったか?」


「昼間の・・・?」


「怒りで我を失い自分はおろか味方にまで危険な状態に晒した盾使いを見て何も思わぬか?クオンに挑んだ時、そこの天人がやられて頭に血が上り、回復の娘を残してやられたのは誰だったか?また同じ事を繰り返すか?」


「あっ・・・いや・・・」


「感情に振り回されるな。ただ感情は殺すな。制御し力に変えよ。・・・と言っても妾もクオンもまだまだ未熟。あまり下手なこと言うなよ・・・消し飛ぶぞ?」


マルネスは言うとクオンが向かった方向に歩き出す。残されたハーネット達はゴクリと喉を鳴らしその姿を見つめるしか出来なかった



コンコンとドアがノックされ、相部屋の相手が戻って来たと思い返事をしたニーナは入って来た人物を見てつい胸元を隠す。宵も更けた頃に男性と相対するのは初めてだったので、どうすれば良いか分からず取った行動であった


「そう警戒するな。夜這い来た訳では無い」


「そ、そういう意味ではない!礼儀としてこうした格好を男性に見せるべきではないと・・・ではなく、こんな夜更けに何用だ!」


ドアを開けた状態で佇む人物、クオンを睨み付け、顔を真っ赤にするニーナ。普段自分の屋敷ではパジャマなのだが、さすがにそれは幼いと背伸びしてネグリジェを着てみたら、まさか男性に見られるとは思わなかった為、すぐにでも布団に潜りたい気持ちになる


「夜分遅くてすまないが、ギフト一覧を今出来てる範囲で良いから見せてほしい」


「そう急がずとも明日には出来ると・・・」


「今すぐだ」


間髪を入れずに言い放つクオンに苛立ちを覚える。そもそもネグリジェを着ているのにいやらしい目も向けず、用件だけを言うクオンに対して思うところがある


「・・・何かあったのか?」


「アカネが刺された。傷口は塞がったが、血を流し過ぎたみたいで血が足りないとの事だ。何か助けになるギフトがないか確認したい」


「・・・ふん、そのままであれば私もこの部屋を1人で・・・ヒッ」


ニーナは相手にされない鬱憤から思ってもない事を口走る。自分に意識を向けさせる為に出た憎まれ口はクオンの逆鱗に触れてしまっていた。音もなく気付いた時には首元に剣を押し付けられ、鋭い視線を向けられる


「・・・まだまだ俺も未熟だな」


アカネを見た時から抑えていた衝動はニーナの言葉で抑えきれなくなってしまう。寸でで止める事は出来たが、下手をすればそのままニーナの首を刎てしまうところだった


目を閉じて剣をしまうと薄目でニーナを確認する。怒らせてしまえばギフト一覧の取得が遅くなってしまう。恐る恐る表情を見てみると・・・大粒の涙・・・そして・・・


「・・・出て行け・・・」


「ニーナ・・・落ち着け。誰にも言わな・・・」


「出て行け!今すぐに!」


クオンはニーナに押されてやむなく部屋の外へ。ドアはニーナに思いっきり閉められ、屋敷中にその音が響き渡る


やってしまったと顔に手を当て、次の手を考えていると部屋のドアが静かに開いた。恐る恐るクオンが部屋の中を見ると鬼の形相のニーナが普段着で立っている


「・・・早いな」


「何がだ?着替えがか?」


「気持ちの切り替えが・・・だ」


クオンが部屋を出て数分で気持ちを切り替えて出て来たニーナに心底驚いていた。だが、ニーナはそれを賞賛と受け取らずプイッとそっぽを向いて答える


「・・・うるさい・・・それと・・・すまなんだ。悪気はなかった」


「こちらこそ・・・感情を抑えられなかった。すまん。それで・・・」


「分かっておる。しかし、この時間にギフト管理官を訪ねるのは叶わぬ」


「ニーナ!」


「あ、いや、そうではない。必要ない・・・と言った方が正しいか。アカネの血が足りぬのだろ?そして、それを補えるギフトの持ち主を探す為にギフト一覧が必要・・・で間違いないか?」


「ああ」


「ならば必要ない。私が知っているからな・・・そのギフトの持ち主も居場所もな」


「そいつはどこに?」


「・・・ギフトの詳細は聞かぬのか?」


「症状が分かっててお前が導き出したギフトだ。間違えるとは思えない。そいつの居場所だけ教えてくれ」


「くっ・・・そやつのギフトは『増加』。王都の繁華街で飲み屋紛いの店を営んでおる。そやつの名は────」



デビット・モコズビッチ・・・繁華街でキャミソール姿の女性がお酌する『キャミキャミカモーン』という店を営んでいるギフト『増加』の持ち主


ギフト『増加』はその名の通り、物を増加する事が出来る。王都では増加した物を売る事は一切禁じられており、販売する事は出来ない。だが、販売する事は出来ないが提供する事は出来るため、デビットの店は最高級の酒を増加して安価で提供していた。綺麗どころにお酌され、最高級の酒を安価で飲むことが出来る店として連日大盛況の模様・・・


クオン達はハーネットに行き先を告げ、足早に『キャミキャミカモーン』を目指す


「ん?あれは・・・」


「あ?・・・どうひた?」


繁華街を足早に歩いて行くクオン達を見て1人の男が反応する。その横で足取りがおぼつかない男がろれつの回らない様子で男に尋ねた


「なぜあの二人がこのような時間にここに?」


「ああ?誰だか知らねえが、ここにいるってことは飲む為に決まってんだろ?・・・ほら、次行くぞ次!・・・次は・・・勝つ!」


クオン達を見て考える男をよそに、もう1人の男は考える男の肩を抱き、次なる店へと誘う。そうして2人は夜の街へと消えて行った────



『キャミキャミカモーン』は今日も多くの客で大盛況。店内は魔導具の怪しい光で照らされ、低いテーブルとソファーが所狭しと並べられ、キャミソール姿の女性にお酌された男達が最高級の酒をあおっていた。ソファーの背もたれにもたれるフリをして女性のうなじを眺めてニヤニヤする者、連日同じ子を指名して口説き落とそうとする者、ボディータッチ禁止にも関わらず酔ったフリをして太ももを触り怒られる者など様々であった


店の奥、関係者以外立ち入り禁止の場所で、酒にではなく店の大盛況に酔いしれる男女が会話していた


「笑いが止まらねえよな・・・客は女に鼻の下を伸ばし、タダ当然の酒に金を払う。人件費はかかるが、他の店より安いから客はひっきりなしだ。しっかし、税金さえなけりゃもっと稼げるのに・・・国の連中は足元見やがって・・・」


上機嫌な男、デビット・モコズビッチは妻であり、元『キャミキャミカモーン』のNo.1であったナターシャの肩を抱き寄せながら言い放つ


「仕方ないよ。どっかの街では脱税して爵位を剥奪された連中もいると聞いてるし、王都は人口も多いから客も多いからね・・・税金さえ払っておけば上は文句を言わない・・・上に睨まれたらおしまいだからね・・・」


「ああ、分かってるさ。でも、愚痴も言いたくなるぜ。こっちがせっせこ働いた金を苦もなく貪っていきやがる・・・俺がどんだけ国に貢献しても何も恩恵はねえ・・・爵位くらいよこせってんだ」


ナターシャの言葉にテーブルに置かれた最高級の酒を一気に飲み干して愚痴っていた。儲ければ儲けるほど納める税金は上がっていく。国と構える気はないが、それでも愚痴りたくもなる


「確かにね。・・・それよりあんた・・・前に話していた別荘の件だけど・・・」


「親父!妙な客が・・・」


ナターシャがデビットに言いかけた時、部屋のドアが開けられて次男のマクターが慌てた様子で駆け込んできた


「なんだ?揉め事か?」


「いや、親父に会わせろって・・・なんでもギフトの件で相談したい事があると・・・」


「こんな時間にか?・・・風貌は?」


「うーん・・・剣士ぽいって言うかなんて言うか・・・それと、女と同伴で来ていて、女の方はそこらの女と同じ格好なんだけど、男の方は異国の服ぽいな」


「剣士・・・異国・・・ギフトか・・・」


デビットはマクターの話を聞いて考え始める。厄介事は遠慮したいが、所々に金の匂いがする。危険な香りもするが、興味の方がそれに勝る


「今兄貴が止めてるがどうする?」


「・・・剣士つったな?って事は剣を持ってるんだろ?それを外させてここに通せ。外さなければ衛兵に突き出せばいい」


「分かった。伝えて来る」


「あっ、それと対応してるサンワーをそのまま連れて来い。ギフトはねえが腕はたつ。用心棒として部屋に同席させる」


マクターは手を上げて了承すると部屋を出ていく。デビットには3人の子供がおり、長男であるサンワー、次男のマクター、長女のプロネスとなっている。ギフト『増加』は次男のマクターのみが受け継ぎ、長男のサンワーは店の用心棒として、長女はキャミソールを着て店員としてせっせと婚活中である。狙いは子爵以上の玉の輿


そうこうしていると長男のサンワーが2人の男女を引き連れて部屋へと入って来る。マクターの言葉通り女性は普通だが、男の方は異国風の格好であった


対面のソファーに座らせるとお互いに軽く自己紹介。男はクオンと名乗り、女はニーナと名乗った。挨拶もそこそこにクオンは用件について話し出す


「血を『増加』してくれと?」


クオンの用件はデビットのギフトの能力で傷付き血を失った者の治療。これまでそんな事はした事がない為に出来るかどうか分からなかった。しかし、何世代か前のモコズビッチ当主がそんな事をしたと言っていたのを聞いたことがあった為に出来ると仮定してデビットは話を進める


「こんな夜更けに突然押しかけてきたと思ったら・・・もちろん構いません」


デビットの言葉にほっとする2人。しかし、デビットの続けて出た言葉にニーナは瞬時に顔を真っ赤にする


「報酬は・・・1億ゴルド」


「バカな!法外過ぎる!ギフトでの治療ならせいぜい千ゴルド程度・・・冗談も休み休み言え!」


「冗談?冗談ではありませんよ、お嬢さん。これは正規の治療ではない。そして、当家のギフト『増加』でしか治せないでしょう。そうなると値段は患者の命の値段と同等・・・そう思いませんか?」


ギフト使用料ではなく、アカネの命の値段と論点をすり替え、値切れば命をかろんじているように思わせる事により法外な金額を払わせようと目論む。実際は払えるように思えない為、デビットの方から値切るか、もしくは代替案で商談をまとめようとしたのだが・・・


「分かった。1億ゴルドで頼む。今から・・・」


「まてまてまて、ダンナ!アンタ自分の言ってる事を理解しているのか?1億ゴルドだぞ?」


渋ることなく快諾して話を進めようとするクオンに対して、値段を吹っかけたデビットの方が焦る。思わず立ち上がり、1億ゴルドがどれだけ途方もない金額か語ろうとするが、クオンは冷静に口を開く


「仲間の命に値段は付けられない。そうなると言い値で払うしかないだろ?」


特に問題なさげに言うクオンにデビットはピンと来た。コイツは払う気は無い。治させてしらを切る気だと商売人の魂が警告する


「・・・見たところ手元にないようですが・・・」


「ディートグリスでは1億ゴルドを持ち歩くのか?」


「普通は持ち歩きませんね。ただ払うと言ったダンナが持ってないのはおかしくないですか?」


「治してもないのに払わせるつもりか?治してくれれば払う」


「初見の・・・しかも他国の方に払うと言われて信用してたら商売人は務まりませんよ。信用取引をするにしても、ダンナと私じゃ1億ゴルドの取引なんてとてもとても・・・」


クオンの『ディートグリスの』という言葉と格好で異国人は確定。そうなるとますます治療後に逃げられる可能性がある。金額を聞いても動じないのは逃げると決めてるからだろうとデビットは考える


「時間がない。具体的にどうすればいいか言ってくれ」


「そうですね。私とダンナでは信用がない。ならば信用あるものに保証人になってもらうしかないでしょう。ダンナが払えなかった場合、その方に払ってもらえると私が納得すればすぐにでも」


異国の者が自分を納得させられるような保証人など連れて来れるはずもない・・・そうデビットは目論んでいた。法外な金額もこのような追い込みも目の前のクオンではなく、隣に座るニーナ目当て。舐め回すようにニーナの身体を見る。上品そうな顔立ち、スタイル抜群と店の誰よりも美女であるニーナを取り込むために吹っかけていた。もちろん金も貰うつもりでいるが、最悪ニーナの身柄さえ確保出来れば充分元は取れると算段していた


その時突然部屋のドアが荒々しく開かれ、その音に驚きながらデビットは男の顔を見た


「その話、僕が受けよう!」


「ちょ・・・ちょっと、お待ち下さい!」


部屋に飛び込んで来たのはハーネット。制止するマクターを振り切ってズカズカと部屋に入りクオンの後ろに立つ


デビットももちろんハーネットが何者か知っていた。四天の1人であり伯爵であるバーミリオン家の次期当主。対外的にはバーミリオン家でありながら冒険者に身を費やす落ちこぼれとなっているが、王都では既に次期当主として知れ渡っていた


「こ、これはハーネット・バーミリオン様・・・この方とお知り合いで?」


「知り合い?口を慎め、デビット・モコズビッチ!僕とクオンはただの知り合いではない!友・・・いや、親友だ!話は聞いていた・・・僕が保証人となろう!」


胸を張り堂々と宣言するハーネット。ハーネットは部屋の前でそば耳を立てて中の会話を聞いており、内容は理解していた


「お、お言葉ですがバーミリオン様とて1億ゴルドの保証人には・・・」


「なに?伯爵であるバーミリオン家の価値は1億ゴルドないと?」


「い、いえ、価値など私では計れるはずもございません。ですが、私も商売人の端くれ・・・それに家族や従業員を養う責務がございます。後から払えませんでしたでは済まないのです。その為広く一般的に伯爵家の方の支払い能力を計算させて頂きますと2000万ゴルドほどかと・・・」


バーミリオン家と争う気は毛頭なく、言外にハーネットの力不足を伝えるが、ハーネットはそれでも解決しようと悩み始めた。伯爵家が2000万など適当であり、デビットが伯爵家に請求など出来るはずもない。このままハーネットを保証人にしてしまうとせっかくの好機が水の泡になってしまうと考え、どうにかハーネットに手を引かせようと頭を巡らせる


「き、貴族の方も信用第一と思われます。もしこちらのダンナが払えなかった場合、バーミリオン家の威信も・・・」


「?お前は何を言っている?クオンが払えぬ訳がないだろ?今手持ちがないだけで、保証人が必要と言ったから僕がなるって話なのに、なぜ払えなかった話など必要になる?」


「あ、いえ、その・・・万が一もありますので・・・」


デビットはますますクオンという男が分からなくなる。伯爵であるハーネットにここまで言わせるとなると異国の大富豪の息子か何かかと勘ぐる


「・・・伯爵家が2000万なら侯爵家はいくらだ?デビット・モコズビッチ」


頭が混乱する中、なぜここで侯爵家が出てくる?と思いながらも頭の中で金額をはじき出す


「侯爵様なら5000万ゴルドくらいですかね・・・」


「ふん、それでも足りぬか」


「えっと・・・足りぬとは?」


「私とバーミリオン卿が保証したとしても7000万・・・3000万足りぬという意味だ」


「私とって・・・あっ!」


デビットがようやくニーナの正体に気付いた。税を納める際に嘘誤魔化しがないか調べる為に立ち合う法の番人・・・いつも赤いドレスを着て化粧もしている為に今まで気付かなかったが、目の前にいる女性こそニーナ・クリストファー本人である。危なく侯爵家の当主を夜の店で働かせようとしていた事実に冷や汗が全身より吹き出た


「なんだ?連帯保証は法でも認められておるぞ?法外な金額だがクオンが払うと申すなら止めはせぬ。元々相場などないからな・・・血の増加など。だが、保証人が必要と言い連帯保証が駄目とは筋が通らぬぞ?」


「いえ、決してそのような・・・」


侯爵がいるとは露知らず、適当に金額を提示した事に後悔するデビット。しかし、よくよく考えれば法の番人であるニーナがいれば契約書さえ取り交わせば法的に有効になる為に破る事はないと思い付く。そうなるとハーネットとニーナの2人の保証を認めさせた方が利はあると考え口を開こうとした時・・・


「話は聞かせてもらったよ。2人が保証人になるなら、我らもそれに加わろう。彼には借りがあるしね」


「・・・密談には向かないな・・・この部屋は」


「あえ?・・・ええ??」


ハーネットに続いて現れた人物、シード・クーフーとランス・ランクリフ。この2人はハーネットが店に入ったのを見て後を追いかけ、ハーネットが部屋に入ると同じようにそば耳を立てていた。クオンは呆れ、デビットは訳が分からずただ来た2人に振り返り驚いていた


「ハーネットが2000万なら当然我らもそれと同等かそれ以上。ならば1人1500万で4人の合計が1億ゴルドになるよね。会ったばかりのクオンの事はあまり知らないけどハーネットとは旧知の仲・・・ハーネットが払えると言うなら払えるのだろうから保証人ならなってもいいよ。それにさっきも言ったけどクオンには借りもあるしね」


「借り?昼間返してもらったが?」


「あれは勝負の賭けの代償。まさか買い物に付き合わされて支払いと荷物持ちをさせられるとは思わなかったけど・・・借りは勝負の時に命を奪わないでもらった事・・・」


「次は・・・勝つ・・・」


「・・・だそうだ、デビット・モコズビッチ。時間が惜しい・・・保証人も揃ったし文句はないだろ?シャンド!」


「ここに」


クオンが呼んだ後、すぐにシャンドが部屋へと入って来た。シードは自分をかいくぐり国王に爪を突き立てた人物を睨み付けるが、当の本人はどこ吹く風で気にせずにクオンの元まで歩み寄った


「ハーネットの屋敷までだと何人だ?」


「今の残量では私を含めて3人が限度かと・・・」


「分かった。何か契約書が必要なら残った者達で処理しといてくれ。ギフトをつかうのは?」


「あ、ああ。息子のマクターが・・・」


デビットはチラリとハーネットと共に部屋にやって来たマクターを見る。それを受けてクオンとシャンドが近付いた


「俺らは先に戻っておく。ハーネットはニーナを頼む。後・・・シャンドの能力は他言無用だ」


クオンは全員に向けて言うとシャンドに合図する。するとクオン、シャンド、マクターが瞬時に消えていなくなった


「なるほど・・・ね。彼の力は『瞬間移動』か・・・」


シードは謁見の間に突然現れた3人・・・そして、シャンドが一瞬で国王ゼーネストの背後に回り込んだ事を思い出し納得したように呟く


残されたニーナは呆けるデビットを叩いて気を取り戻させ、保証人の契約書にサインするのであった────



「ンヒィ!」


シャンドの能力により一瞬で屋敷に戻った3人。何が起こったか分からずにマクターが情けない声を上げるが、意に返さずスタスタと屋敷の中に向かう。シャンドは屋敷の外でクオンを見送り、未だに呆けるマクターを睨み付けた


マクターはシャンドの視線に怯え、急いでクオンの元へと向かう。そのまま2階に上がると目的地まで一直線で向かうクオンにようやく追い付き、部屋の中に共に入った


「誰だ?それは?」


ベッドで横たわるアカネの傍にいたジュウベエが初めて見るマクターを睨み付ける。あまりの迫力に縮み上がるが、その視線を遮るようにクオンがマクターの前に立った


「『増加』の能力を持つ者だ。アカネの血を増加してもらえば血の不足が補えるはず」


「なに!?それは本当か?ならば早くしろ!もしアカネが治らなかったらその首掻き切って血を吹き出させ、アカネに不足した血の足しにしてやる!」


「落ち着け、ジュウベエ。外部から増やせるならとうにやってる。治らねば何をしても良いがまずは治させる事が先決だ」


ジュウベエの不穏な言葉を耳にして、更には庇ってくれたクオンの言葉に疑問を抱くマクター。あれ?そんな話だったっけ・・・と首を傾げながらもクオンとジュウベエに即されアカネの前に立つ


左にジュウベエ、右にクオンに挟まれ緊張して喉を鳴らすと能力を使うべくアカネに手を伸ばした。触れた先の感触が非常に柔らかい。擬音で言うとポヨンだ。まずいと思い手を離した瞬間に恐ろしい程の殺気が左側から感じられた


「おい」


「ジュウベエ、わざとじゃないさ。わざとでも殺すならアカネの治療が終わってからにしてくれ。・・・後、マクターとか言ったな?布団から出ている腕からでも出来るんじゃないのか?」


「は、はい!」


またもや不穏な言葉を聞いて失神しそうになるのを必死に耐えてアカネの腕にそっと手を添えた。そして、1回深く深呼吸した後、囁くように『増加』と呟く


いつもは酒を増量する為に使うギフト・・・そのギフトに今まさに2人の命を背負っている。1人は目の前に横たわるアカネという女性。もう1人は自分・・・恐らく失敗すれば命はない・・・そんな雰囲気がヒシヒシと感じられていた


しばらくするとアカネの血色は良くなっていく。青白かった顔が見る見るうちに赤みを帯びてきて、普段のアカネの肌色になる


「待て!それ以上はまずいかも知れない。一旦ソフィアを連れて来る」


クオンがマクターを止めると部屋を出てソフィアを呼びに行った。残されたジュウベエは血色の戻ったアカネの顔を覗き込む


「おお・・・良かった・・・おい、お前!」


「ハヒィ!」


安堵の表情から一変、ドスの効いた声でマクターを呼ぶジュウベエ。しかし、次の瞬間満面の笑顔を見せた


「良くやった!ボクの乳なら揉ませてやっても良いぞ?殺すけど」


「え?・・・ええ?」


それは良いぞとは言わないのではとツッコミたくなるが、満面の笑みを浮かべるジュウベエを見て、命を賭して揉むのも悪くはないのではと考えてしまった。散々店で綺麗な女性は見てきている。しかし、ジュウベエの笑顔はそれら女性の笑顔の数倍を綺麗に見えた


「・・・何してんだ?」


血迷って手を伸ばしかけたその時、部屋にソフィアを連れたクオンが戻って来た。呆れた様子で見つめられ、マクターは乾いた笑いで応えるしか出来なかった────



ソフィアの診断では失われた血は充分戻っているとの事だった。しかし、予断を許さない状況には変わりなく、クオンの指示で部屋を変えて安静にし、朝になったら医者に見せることになった


マクターはそのまま店に戻り、ジュウベエは念の為アカネの傍に付いている。ひと段落ついたクオンはソフィアに礼をしてニーナとハーネットを迎えに行こうと屋敷を歩いていると、厨房の方から声がする


「お客様!これ以上は・・・」


「うるさい!アカネが目を覚ました時に腹が減ってたらどうする!人は病の後は粥が1番と聞いたことがある・・・妾が目覚める前に作ってやるんだ、邪魔するな!」


「しかし、いつお目覚めになられるか・・・」


「阿呆が・・・クオンが動いておるのだ。すぐにでも目を覚ます。その時に備えて絶品粥を作るのだ!」


「ああー、明日の食材が・・・」


厨房の陰から覗いていたクオンは微笑みそっとその場を離れた。明日は全員粥だなと頭の中で呟きながらニーナ達を迎えるべく屋敷を後にした────


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