2章 11 始まりを告げる花
ディートグリス国国王ゼーネスト・クルセイドとの謁見から2日後、法の番人であるニーナ・クリストファーがハーネットの屋敷に訪れた。まるで嫁入り道具でも持ってきたかのように何台もの馬車を連ね、ハーネットの屋敷の前に陣取ると次々に屋敷へと運び込まれる
「・・・ここを拠点にするつもりはないぞ?」
「ならば都度運べば良い。年頃の娘は何かと入用なのを知らぬのか?」
「ドレスは要らないぞ?」
「馬鹿な事を・・・ドレスなど持ってきておればこの数倍は荷物が増える。そんな事も分からぬか」
ニーナの言葉に荷物片手に長旅をして来たマーナ、アカネが白い目をニーナに向ける
運び込まれる荷物の量にハーネットは口を引き攣らせながら見つめ、ガトーとジゼンはため息を、ソフィアは聞こえないように舌打ちする
「私の部屋はどこだ?バーミリオン家の屋敷なら来賓の部屋があろう」
「それがですね・・・今は全て埋まってまして・・・相部屋に・・・」
「何と申した?相部屋?この侯爵たる私が誰と?」
「はーい、私!よろしくね」
アカネが手を上げると固まるニーナ。ギフト『審判』は告げる・・・真実であると
「な、何の冗談だ?バーミリオン卿。私があの娘と?」
「侯爵扱いしないと言っただろ?お前はニーナ・クリストファー侯爵ではなく、ただのニーナとしてここにいる。それが嫌ならギフト管理官でも代わりに連れてくればいい」
「い、嫌だとは言うてはいない!」
「じゃあ、そういう事でよろしくね。ちなみに前に名乗ったけど私の名前はアカネ・フェワード。アカネでいいわ、ニーナ」
「ニ・・・くっ・・・よろしく頼む、ア、アカネ」
何がそんなに嫌なのか理解に苦しむクオンにフォーが近付いた。最近めっきり影の薄いフォーは神妙な面持ちでクオンに話しかける
「すまない、クオン。私はそろそろセガスに帰らないと・・・ジュウベエさんの件も片付いたし、領地を兄とエイトに任せっきりになってしまってる。幸いバーミリオン卿が私兵を護衛として貸していただけるので、私一人でも帰れるのだが・・・」
チラリとアースリーとレンドとマーナを見る。元々はジュウベエの連行で一緒に着いてきただけ。これからは『招くもの』の捜索となるといつまでかかるか分からない。フォーはもとより今見た3人も残る義務はなかった
「謝ることはない。長く引き止めて悪かった。それにセガスに送れずに・・・」
「気にしないで欲しい。それで・・・3人はどうする?戻るタイミングはこれを逃すと何時になるか分からないぞ?」
「私は残ります!私で力になれるか分からないけど、まだ来ただけだし・・・」
「僕も残ります!足でまといかも知れませんが、何かに役立てるはずです!」
「ワタシも・・・土弄りした・・・だけだし・・・」
3人が残る事を告げるとフォーは微笑み頷いた
「となると、部屋が一つ空くのではないか?私がそこに・・・」
「ガクノース卿との相部屋ですが・・・」
「さっさと拠点とやらを決めろ!」
あくまでも1人部屋を望むニーナに対してハーネットが答えると逆ギレニーナ
クオンとアカネで話し合った結果、王都を拠点にするのは効率が悪いと判断していた。魔素がない事が1番の理由だが、王都に居ては魔族の動向が掴みにくい。王であるゼーネストですら情報が少なかったので、集まる情報も期待できない
「なかなか見つからないんだよ・・・それが。条件を満たす場所となるとそうそう見つからない」
「どんな条件だ?」
「人里離れており、王都からは近い場所。食事と寝る場所に困らずに知り合いの保有する場所」
「・・・あるではないか。私の別荘が」
「貸してくれるのか?臭わないか?」
「おい!!!」
「血の」
「・・・血か」
「何の臭いだと思ったんだ?」
「うるさい!・・・て言うか、どうせ私の別荘に決まってたのだろう?当て付けがましい条件など出しおって」
「分かるか?」
「分かるわ!何人だろうと構わぬ!ギフト一覧が届き次第別荘に行くぞ!」
「・・・うーん、計算外だ」
「何がだ!」
「内緒だ」
クオンは頭を掻きながら周囲を見渡しため息をつく。拠点となる場所の確保に成功はしたが、浮かない顔をしていた
それからフォーは荷造りを始め、別荘に行く者たちは必要な物を買い出しに出掛けた。クオン、アカネ、ジュウベエ、ラフィスは特に買う物がなく屋敷に残り、他の者達は街に繰り出す。マルネスもマーナとアースリーに連れられて屋敷を出て行った
自室に戻ったラフィスがひと息ついているとドアがノックされる。どうぞと声を掛けるとアカネがドアを開けて入って来た
「アカネさん?一体どうし・・・」
「今までありがとう!・・・一緒に行かないんでしょ?ニーナの別荘に・・・」
別荘に行く準備をしている他の者を横目に、ラフィスが寂しそうな顔をしているのをアカネは見ていた。謁見の間の騒動の後、ラフィスは準男爵の身分を与えられ、屋敷の建て直しを約束された。ディートグリスの準男爵の地位は一代限り・・・しかし、一般の者が男爵の位に上がるより遥かに簡単で、国に認められるギフトを持った子を成せば男爵になれた。他の男爵家のギフトを持った子は準男爵である者へ嫁ぐ事が多い。クオン達一行の中で言えばアースリーが該当する
例えばラフィスとアースリーが結ばれ、アースリーのギフト『土』が継承された子が産まれればその子にラフィスの跡継ぎにする事により準男爵から男爵と格上げされる。ラフィスも男爵に上がれ、アースリーのデビット家も格上げに貢献したとして賞賛される
その為、今ラフィスがやる事は『招くもの』を探す手伝いではなく、屋敷の建て直しに立ち会い、ギフト持ちの嫁を探す事であった
元々はアカネを助けた事により巻き込まれた形のラフィス。残る義務はない
「・・・本当ならアカネさん達について行きたい・・・でも、せっかく頂いた好機に少しばかり揺らいでしまいました。無くした時は貴族の位なんて・・・と思ってたのですが、いざ準男爵の位を頂いたら・・・」
「そんなの当たり前でしょ?逆にもらったチャンスをふいにして私達について来るって言ったらぶん殴ってたところよ!」
「ははっ・・・そうですよね・・・」
それでもラフィスはアカネについて来てくれと言われたかった。だが、ニーナの別荘で自分がどれだけ役立たず・・・いや、足を引っ張るか身に染みていた
「ラフィスが私を助けてくれなかったら・・・私は今ここにいない。ラフィスは私を助けなかったら・・・屋敷を失う事もなかった。だから、ごめんなさい・・・そして、ありがとう!」
「アカネさん・・・」
2人はしばし見つめ合う。2人きりの部屋の中、無言で見つめ合う2人・・・照れ笑いしながらラフィスは頬をかく
「あの時の詩・・・覚えてますか?」
「え?・・・え、ええ。もちろんよ!」
すっかり詩の事など忘れていたアカネ。もちろん覚えていない
「あの詩が完成しました。でも、目の前で読まれると気恥しいと言うかなんと言うか・・・なので、私が屋敷を去った後、机の上に置いておきますので、読んで貰えませんか?ハーネット様にはしばらく誰も入らないように頼んでみますので・・・」
「ええ、楽しみにしてるわ。それでいつ・・・」
「王都から屋敷の建て直しの件で大工の方が現場を見に行くと通達があり、それに同行しようかと・・・なんでもすぐに出れるみたいなので今日・・・」
「・・・そう。・・・元気でね」
「ええ・・・是非遊びに来て下さい・・・待っています」
「新しい屋敷が建った頃に遊びに行くわ。じゃあ、また・・・」
「ええ・・・また」
今生の別れではないと約束した2人はお互い微笑み、その後アカネは部屋を出た。ラフィスはそのまま荷造りを始め、ハーネットに言伝すると屋敷を出た
ラフィスが屋敷を出た直後、屋敷の前に1台の馬車が止まる。その馬車から出て来たのはデラス・ガクノース
「ハア・・・気が重いのう」
降りた瞬間にため息をついてハーネットの屋敷を見つめる。ゼーネストと会食した後、ガクノース家の屋敷に戻り準備を終えてやって来ていた
「陛下も老体に鞭打つわい・・・1人の探求者としての余生を・・・」
ブツブツと言いながら屋敷に入るデラス。フォーとラフィスが去り、デラスが来る事により、ハーネット宿屋は今日も満員であった────
買い出しに出掛けた者達が戻って来て昼食を屋敷の食堂で済ませ、歓談に勤しむ面々。買い出しはまだまだこれからだと意気込む女性陣に対して、レンドは疲れ果てた表情でテーブルに突っ伏した
それもそのはず、レンドが1人で買い物をしていると街中でマーナ達に遭遇・・・犬に擬態化しているステラの背中に山のように積まれた荷物を見て出会した事を後悔する
マーナは目を光らせ、荷物持ちゲットと喜んだ。逃げようとするとマルネスが
「ほう、妾に荷物を持てと?」
と軽く脅して来た為、荷物持ちという強制イベントが発生してしまったのだ
午後からも買い物に行く気マンマンな3人を横目に突っ伏すレンド。同じ買い物に出ていたガトーとジゼンを見ると視線を逸らされる。ガトーとジゼンは心の中で『俺らはソフィアの買い物の付き添いで精一杯だ。頑張れ!』とレンドにエールを送っていた
他に手伝ってくれそうな者を探すレンド。戻って来たデラス・・・は、無理。フォーは午後一番でセガスに向けて行ってしまう。ハーネット、クオンは論外・・・そうなると・・・
「あれ?ラフィスさんは?」
今更ながらにラフィスが居ないことに気付いたレンドが誰ともなしに尋ねると、アカネが首を振った
「ラフィスは屋敷の建て直しをする為に戻ったわ。国が派遣する大工と共にね。まっ、元々巻き込んだ感じだしね」
と言いながら寂しそうな表情のアカネ。レンドは同じような立場の人が減り、別の意味で寂しさを感じていた
その後、まったりとした時間が過ぎ、いざ買い物へとなった時、執事がハーネットに耳打ちをする
何事かと皆が注目していると、ハーネットはため息をついてクオンを見た
「・・・厄介な奴が来た」
心底嫌そうな顔をしてクオンにそう告げるハーネット。クオンは誰か分からずに眉を上げ、他の者達は首を傾げる
結局全員でその厄介な者を玄関で待ち受けると現れたのは・・・
「待たせたな!決着をつけるぞ!クオン・ケルベロス!」
「・・・確かに厄介だな」
玄関の扉を蹴破るように入って来た男、ランス・ランクリフと謁見の間でゼーネストを守っていた盾の男、シード・クーフーだった
「人の屋敷に殴り込みとはいい度胸だ・・・ランス、それにシード」
「ハーネット・・・四天の面汚しが!お前は黙ってろ!俺はそこの番犬に用がある!」
「僕は止めたんだけどね。ランスがどうしても納得いかないって言うから」
ランスは槍をクオンに向けて吠え、シードは疲れたようにため息をついた
ランスが槍を向けた状態でしばらく時が止まる。誰も一言も話さずにしばらくすると、槍の重みでプルプルし始めたランスが再び吠える
「臆したか!番犬!」
「臆したもなにも、何をしに来たんだ?用があると言ったから待っててやったのに」
「そんなものは決まってるだろう!勝負だ!陛下の首に爪を立てる躾のなってない番犬を調教してやる!」
「俺ではなくてシャンドだぞ?爪立てたのは」
「お前が命令していただろ!ゴチャゴチャ言わず俺と立ち合え!」
「・・・天人はみんなこんな性格なのか?」
クオンがハーネットを見て呟くと、ハーネットはクオンとの初対面の時を思い出す。言動は違えどやってる事に変わりない事にハーネットも気付き、赤面した
「返す言葉もない」
「だからゴチャゴチャ言うな!なんならこの場でやっても良いんだぞ!」
「そう吠えるなよランラン。四天の名が泣くぞ」
「ランスだ!四天を知らずに語るな!」
「四天って事はあと一人いるのか?そいつは何やってるんだ?」
「『神速』ソクシュ・イダーテは修行中だ!」
「ランス!」
「なんだ!」
クオンの問いに素直に答えるランス。それをシードが諌めると、ランスは苛立ったようにシードに振り返る
「お前は本当にもう・・・」
「だからなんだ?ソクシュの事ならどうせ裏切り者のハーネットから聞いているだろうよ。シントの奴らを自分の屋敷に泊めたりして」
「確かに俺とクオンは親友だ。だが、国の話などしていない。国という垣根を越えた友情だからな。それに知っていればお前に聞かないだろ?ランス」
ここぞとばかりに親友アピールのハーネット。ランスもハーネットの言葉を聞いて自分の失言に気付く
「今言った事は忘れろ!」
「そうしよう」
「メモるな!記憶から消し、尚且つ記録に残すな!」
「注文の多い奴だな・・・安心しろ、俺は人の名を覚えるのは苦手でな。で、何の用だったか?ランラン」
「ほう、それなら安心だ・・・ってなるか!それにランスだ!記憶が無くなるまでボコボコにしてやる!」
「つまりここにいる全員をボコボコにすると・・・」
全員が集まりしっかりとランスの言葉を聞いていた。その中には使用人達もおり、メイド達は『え?何それ怖い』とヒソヒソ話し、マーナは何を思ったか胸を隠す
「シード・・・俺はどうすればいい・・・」
「からかわれてるだけだよ。クオンくん・・・ランスの相手をしてくれないか?別に命を取ろうって訳じゃない。あの時の勝負は君に出し抜かれた形になったけど、ランスからしてみたら決着はついていないんだ」
「勝手な言い分よのう。己の陣地に踏み込まれて尚且つ陛下を危険に晒しといて決着がついてないとは・・・お主の思考回路は一体どうなっておる?ランス・ランクリフ卿」
シードの言葉にニーナが呆れたように言い放つとランスとシードはニーナの方を向いて怪訝な表情を浮かべた
「おい、シード・・・ニーナ様にそっくりな女がいるぞ?」
「紛れもなく本人だと思うけど、違和感が・・・あっ、赤いドレスを着ていないからか」
赤いドレスではなくワンピース姿のニーナに混乱したランスとシード。その様子にニーナの眉間にシワがよる
「陛下の決定に不服を申し、私に対して暴言を吐くか・・・面白い」
「そんなつもりは・・・」
ニーナが睨み付けるとシードは苦笑いしながら手を前で振る。2人は伯爵家の為、侯爵のニーナには頭が上がらない。だが、その状況になってクオンはため息をついて口を開いた
「ハア・・・分かった。ハーネット、何処か立ち合う場所はないか?」
「なんでだ!この流れは私が場を諌めて・・・」
打って変わって勝負を受ける流れに、ニーナが異議を唱えるが、クオンは首を振って答える
「何の流れだそれは。権力を振りかざすのは好きじゃない。これでニーナが2人を帰したところで遺恨は残る。どうせ受けるつもりだった勝負だ・・・人手がいるみたいだしな」
クオンがチラリとレンドを見るが、レンドは何が言いたいのか分からずに首を傾げる
「なら、さっさと受ければ良かろう!なんだったんださっきまでの流れは!」
「からかってただけだ」
「・・・なんだ・・・それは・・・」
クオンが困ってると思いしゃしゃり出たのに、空振りで終わり絶望するニーナ。アカネはクオンのその行動に慣れているのか同情するように肩を叩いた
「・・・ランスは強いぞ・・・あんなだが」
「負けると思うか?あんなのに」
「あんなあんな言うな!さっさと場所を決めろ!」
ハーネットの心配をよそにクオンは余裕の表情。待ちくたびれたランスの叫び声が玄関に響き渡る
結局立ち合う場所はハーネットの屋敷内の修練道場に決まった。魔素がないのでいつもの場所でと提案したハーネットだったが、外に出るのが面倒という理由で敷地内の道場での立ち合いとなった
全員で移動し道場の壁際に座る面々をよそに、命を取らないという言葉通り、ランスは持って来た自分の槍を置き、道場に置いてある木で出来た槍を手に取る。クオンもそれにならい木刀を手に取ると両者は道場の中央で対峙する
「一つ提案がある」
「なんだ!」
「一回で済ませたい。盾君も同時に来てくれるとありがたいのだが・・・」
「なっ!?」
クオンの言葉にランスのこめかみに青筋が走る。槍を持つ手が怒りに震え顔を真っ赤にしてクオンを睨み付けた
「ふざけるな!貴様何様のつもりだ!俺とシードの二人がかりだと!?身の程を知れ!」
「怒らせるつもりで言ってるのかい?それは悪手だよ、クオンくん。ランスは怒りで攻撃が単調になるほど馬鹿じゃない。それとも・・・本気で言ってるのかな?」
「そんな姑息な手段は取らないよ、盾君。格上ならまだしも格下にそんな事する必要はないだろ?それにパターン的に『次は僕が相手だ』なんて言うのが見えてるからな。それならいっそう・・・」
クオンが話している途中で道場に置いてある木の盾を手にするシード。その顔は無表情ではあったが、言い知れぬ怒りに満ちていた。無言でランスの横に立ち、スっと盾を構える
「お、おい、シード・・・」
「ランス・・・これはもはや勝負ではない・・・制裁だ。四天を怒らせるとどうなるか・・・その身に刻み込む」
「お、おお・・・」
シードの怒気に気圧されて、ランスは槍を構えてクオンを見据えた
「それで、この勝負・・・俺に何のメリットもないから、俺が勝ったら一つ頼み事をしていいか?」
「貴様が勝ったらなんでも望むがいい。この『天墨守』を突破するなどありえないからな」
「なるほど・・・怒りで単調になるのは盾君の方だったか」
「貴様ァー!!」
「おい!シード!」
シードは盾を構えたままクオンに向けて突進する。木の盾が淡く光るとそのまま全身を包み込んだ。クオンは左目を開けてニヤリと笑うと床を蹴り突進する────
シードは目を開けると見慣れない天井に眉をひそめる。ここは何処かと記憶を探るが左頬の痛みで遮られた。ひんやりとした床に大の字で寝転がる状況に頭を抱えてると声をかけられた
「おっ、ようやく起きたか」
声の主はハーネット・バーミリオン
近付くハーネットを見てようやく状況を飲み込んだ
「負けた・・・のか?」
「・・・ああ、お前らの完敗だ」
身体を起こすと同じように大の字で床に転がるランスの姿が目に入る。どうやってやられたのかさえ分からなかったが、負けた事は間違いないのだとため息をつく
「どうやって負けた?」
「覚えてないのか?」
シードはハーネットから先程の戦いを聞いた
シードがギフトを使いクオンに突っ込むが、クオンは床を蹴りそれを無視してランスへと向かった
シードの突然の突進に動揺していたランスは向かって来るクオンに対応出来ずに木刀の一撃を食らい気絶してしまう
クオンを見失っていたシードはランスが倒されたのを見て更に激昴、怒りに任せて再度突進する
クオンがシードに対して右手を向けるとシードを包んでた光は消え、更に回り込んだクオンに左頬を木刀で突かれて気を失った
「・・・容赦ないね・・・」
「手加減して欲しかったのか?」
「まさか!・・・敗因はなんだと思う?」
「実力差、自惚れ、冷静さ、経験不足」
「・・・君も容赦ないね・・・」
自分から尋ねてみたもののハッキリと言われ少しゲンナリする。覚えてないくらい一瞬でやられたのも手伝って敗北感はなかったのだが、徐々に自分が負けたのだと自覚してきた
「全部僕にも当てはまる。以前の僕にね」
ポツリと呟くハーネット。シードは確かにハーネットは変わったと感じていた。少し前まではもっと近寄り難いイメージであったはずが、今は妙に親しみやすい
「今は違う・・・って事かな?」
「まだまだだよ。まだ僕は彼の足元にも及ばない。もっと研鑽を重ね、肩を並べてやっと心底友と呼べる気がする」
「君はなぜ・・・なぜ彼と友になろうと?倒すべき相手・・・ライバルでもいいと思うけど」
「君達と同じように僕も彼に戦いを挑んだ。初めは少し痛い目を見せてやろうと・・・だけど僕の技は一切通じなかった・・・傷一つ付けられずに負けて・・・悔しいなんて気持ちすらおこがましいと思ってしまった。そんな彼をライバルなんて思えると思うかい?」
「ポッキリ心まで折られたようだね」
「ああ。でも、僕はそれを恥だとは思わない」
真っ直ぐとシードを見つめて言い切るハーネット。四天の中でもプライドが高いと思われていた男の言葉とは思えなかった
「あ・・・あれ?」
ようやく目を覚ましたランスが起き上がるのを見て、シードは立ち上がりランスの元へと歩き出す。だが、1歩踏み出したところで足を止めてハーネットに振り返る
「今回負けたのは認めよう・・・でも、君みたいにはならない・・・いずれ彼を・・・倒す」
「それもいいんじゃないか・・・それよりも約束を果たす方が先だがな」
「約束?」
「それすら覚えてないのか?なんでも言うこと聞くんだろ?」
「あ゛!」
シードは思い出す・・・負けるつもりがサラサラなかったので、「なんでも望むがいい」なんて口走った事を
ハーネットの話ではクオン達は早々に道場から引き上げ、今は食堂でお茶しているとのこと。起きたばかりのランスを連れて足取り重く食堂へと向かった
道場は屋敷の敷地内の離れとなっており、庭を通り玄関へと向かう。玄関の扉を開けると食堂から話し声が聞こえてくる
お辞儀をする使用人達に案内は必要ないと伝え、食堂に入ると一斉に視線を浴びた
「おっ、目が覚めたか」
「・・・次は勝つ」
クオンの言葉にランスが歯噛みし言葉を絞り出す。その言葉を聞いたマルネスは椅子にもたれかかりながら笑った
「カッカッ・・・次とな?生ある事に感謝しろ。それか二度とクオンに近付かないように躾てもいいのだぞ?あまり調子に乗るな小僧」
「んだと!ガキンチョ!」
「マルネスに同感だね。なぜ今生きてるか考える頭がないなら、死んだ方が迷惑にならないよね。雑魚の君にいい言葉を教えてあげよう♪『時間の無駄』」
「ぐっ・・・このっ!」
「怒りをぶつける相手を間違うでない。お主を倒したクオンか?本当の事を言う我らか?完膚なきまでにやられた弱い自身にか?それが分からぬならジュウベエの言う通りお主の存在自体が『時間の無駄』だ。クオンをその『時間の無駄』に巻き込むつもりなら消し去るぞ?」
「そうそう。クオンとボクの時間を無駄にするなんて、死んで生き返ってもう1回死ねばいいのに」
「ジュウベエ・・・クオンと妾の時間だ」
「ああ~ん?」
「やるか?」
睨み合うマルネスとジュウベエ。それを見てクオンがため息をつく
「・・・お前らの喧嘩こそ時間の無駄だな。それよりも約束を果たしてもらおうか。ランランと盾君」
「ランスだ!」
「シードだ。シード・クーフーに二言はない。何でも言ってくれ」
名乗りながらゴクリと喉を鳴らす2人。なんでも聞くと言った手前、どんな要求が来ても断るのは難しい。法の番人であるニーナもいるので、断ったりしたら法的処置をされる可能性すらある
「2人には・・・今日1日女性陣の荷物持ちをしてもらおう」
「・・・は?」
「荷物・・・持ち?」
ランスとシードは買い物などほとんどしない。全て使用人が用意してくれる環境に育ち、街に繰り出し買い物の経験などするタイミングも意味もなかったからだ。それゆえ荷物持ちという単語も聞いたことがなく、何のことを言っているのか理解出来ずにいると、あからさまにほっとするレンドと尻尾を思いっきり振る犬の姿が横目に映る
「あら・・・なら、私も行こうかしら」
「アカネが行くならボクも行こうかな~お金も心配する必要なさそうだし~」
「買い物とな?ならば私も同行しよう。市井の服にも些か興味があるしな」
アカネ、ジュウベエ、ニーナの午前中行かなかった3人が声を上げると、レンドが口の端をヒクつかせる。行かなくて良くなったと思った矢先に人数の増加である。さすがに6人に対して買い物荷物持ち初心者2人では荷が重いだろう
まだ頭の中が?でいっぱいの2人を他所に、レンドがガックシきていると女性陣はワイワイと盛り上がる
あの店は品揃えが良かっただの、気になる服があっただの、表通りの屋台で食べたいものがあるだの・・・
飛び交う会話をキョロキョロして見ているランスとシードに微笑みながら肩を叩くクオン。その表情を見てゾッとしていると、次の言葉がクオンの笑顔を凍り付かせる
「女性6人に男性3人と1匹じゃ足りないわね・・・ね?クオン」
「・・・アカネ、俺は誰の命令も・・・」
「クオンが行くなら僕も行こう!それでちょうど数も合う!」
クオンの言葉はハーネットに遮られ、ジュウベエとマルネスによってズルズルと引きずられていく
「待て・・・勝負に勝った意味が・・・」
食堂のドアは閉められて置いていかれる残りの面子
顔を見合わせ慌てた様子で3人を追いかける
ポカーンとするランスとシードにニーナが近付き背中を押した
「ほれ、パトロンが行かなくてどうする?どうせ支払いはツケで大丈夫だろ?私も買いたい物があるのだ。急いで追いつくぞ」
「パトロン?」
またもや聞きなれない言葉に首を傾げながら押される2人。後日、100万ゴルド近くの請求が各家にされ、烈火の如く怒られる運命を2人はまだ知らない────
買い物から戻り、夕食を食べた後・・・アカネはラフィスの部屋にいた
荷物がなくなり、机とベッドだけの寂しい部屋は使用人の部屋をわざわざ空けてもらった部屋だ。明日には元々使っていた使用人が荷物を運び込みこちらで寝るのだという。もうもぬけの殻というのに何故か気配を感じるのは今朝までここで生活していたからだろうかとアカネは1人で苦笑した
ラフィスがハーネットに頼み、今晩まで部屋を空けているのには理由がある
その理由が机の上に置いてあった
綺麗に折られた紙を机から拾い上げると中身を確認する
月明かりに照らしだされた紙には、完成された詩が書かれていた。出だしは前に聞いた時と同じ・・・そして、新たに書き加えられた部分をもって詩は完成した
アカネは詩など興味はなかった。魔法の修練に励む毎日、文化的なものに触れたのは初めてであり、些か緊張気味に目を通す
『月夜に照らされ 紅い花は輝きを増す
その輝きはやがて 周囲を包み込み
紅い花は枯れ 彼の者の始まりを告げるだろう』
「・・・?やっぱり私には分からな・・・え?」
腹部に強烈な痛みを感じる
何が起こったか分からずに痛みを感じる部分を見ると、剣が腹部に刺さっていた
アカネの前は机だけ。机の奥は壁である。思わずラフィスの詩が書かれた紙を手放すと、ゆらゆらと床に落ち、剣の出処が目に飛び込んできた
「なに・・・これ・・・」
剣は何も無い空間から出ており、その先に人はいない。柄も見えず、ただ剣身の部分だけが目に見え、そしてアカネの腹部を貫いている
「もう少し君達と居たかったけど、どうやら時間切れのようだ。大体王都の仕組みも分かったし、君は用済みだ。異国の女を抱けると思ったけど・・・なかなか身持ちが固い。どうせなら気絶している時にイタズラしておけば良かったよ」
剣身が引っ込み、そこには空間を引き裂いたような裂け目が出来ていた。アカネは手を伸ばすが、声は別の方向から聞こえてくる
「ああ、そこはもう閉じてしまったよ?君がいつ来るか分からないから何度も開いて待ってた僕の苦労・・・君にわかるかな?さて、フォロがもう彼に報告に言っている頃だろう・・・彼は怖いからな・・・来る前にお暇しよう。・・・ああー、いい。君の流す血はなんて綺麗なんだ。創作意欲が掻き立てられるよ。これも母の血を色濃く引き継いだ僕の宿命かな?では、これで本当にさようならだ・・・君の絶望する顔・・・見れて楽しかったよ」
アカネの顔の前に開かれた裂け目から舌が出てアカネの顔をひと舐めする。目の焦点が定まらないアカネの目からは涙が出ており、その涙が舌で拭き取られた格好となった
「素敵な名前を付けてくれてありがとう。『招くもの』か・・・さあ、僕の始まりを告げる為に枯れておくれ・・・アカネ」
裂け目が消えた後、アカネは無言で自分の出した血の海に倒れ込む。腹部からは血が止まることなく流れ続けていた────




