2章 幕間 レンドとステラの災難
~レンド~
謁見から戻って来たジュウベエさんは不機嫌だった。ハーネット様は問題ないと言うので、恐らく国境破りの罪は何とかなったのだろうけど、ムスッとして誰も近寄れない。ステラなんかは尻尾を丸めて隅っこでガタガタ震えてるくらいだ
不機嫌の要因の一つとしてアカネさんとクオンさんがまだ戻ってない事も関係してるのだろう。1人だけ蚊帳の外・・・どちらか1人でも一緒に戻って来てくれてたらどうにかなったのだろうが・・・
ハーネット様もなんだかんだで忙しいし、マーナはジュウベエさんとあまり接点がないのかあまり喋ってるのを見たことない。デラス様もいないし、フォー様に頼るわけもいかず、アースリーさん・・・は無理
と、なると普段から稽古を付けてもらってる俺の出番・・・ただ今、師事を仰ぐとエラいことになりそうだ。最近稽古の後にソフィアさんに治療してもらってるのだが、この前ボソッと『お金取ろうかしら』と言っていた。まるでゴミ虫を見るような目で・・・
ただ強くなりたい。強くなっていずれはジュウベエ・・・いや、ミンさんを守りたい!
意を決して俺は歩き出すと床にゴロゴロしているジュウベエさんの前に立つ
「稽古を付けてください!」
さあ、僕と共に剣の世界へ!
「う~ん、もう少しで出そうだから、今は無理~」
何が!?いや、乙女に聞く事ではない。興味はそそられるが、それを聞いたら首から上がなくなる。しかし、ゴロゴロしているのにそんな意味が・・・今後はもっと注意深く観察しよう
しばらくジュウベエさんを観察すると、ゴロゴロがピタリと止まり、ピコーンと音が鳴ったような顔をしたと思ったら、尋常じゃない速さで駆けて行く。追いかけたい気持ちをグッと抑え、しばらく待っているとスッキリした顔のジュウベエさんが戻って来た
「出たからいいよ~行こうか~」
くっ!何が!?・・・いや、詮索するのはマナー違反。遠巻きからチラチラ見える胸の谷間も、今後は見せてくれなくなるかも知れない。気になるがここは我慢だ
2人で模造刀を持っていつもの森へ。二人っきりは初めてでちょっとドキドキ。あー、これがデートならどれほど嬉しいか・・・
「骨は打楽器ポキポキポキ~♪」
イヤ!何その歌!?百歩譲って打楽器扱いはいいとしても、音的に折れてるじゃん!
「肉を切り裂けピョンピョンピョン~♪」
?・・・ハハッ、前半部分は怖いけど、切り裂いてもピョンピョンって音は・・・
「おお~見えるは我が背中~♪」
首飛んでるじゃん!ピョンピョン首刎られて背中見えちゃってるじゃん!
少しだけジュウベエさんとの距離を空けて歩く・・・いや、ダメだ!覚悟を決めろ!なーに、模造刀で首を刎られるなんて・・・
「怒りをぶちまけゴ~ゴ~ゴ~♪」
ジュウベエさんが通り過ぎ様大木を切り付ける。ヒュンと音がして何事も起こらずにそのまま歩いていると風を受けて木が倒れ始めた。ドスンと地響きを鳴らし倒れた大木は軽く僕の胴体を超える大きさだ。うん、模造刀の意味無いね
何故か歩みが重くなり、泥沼の中を歩いている感覚に陥った。それでも稽古場には辿り着く・・・辿り着いてしまう。帰ってきた時の不機嫌そうな顔は、何かを出した後からニコニコ笑顔だ。それならそうと言ってくれよ!
模造刀を指先で器用にクルクルと回し、反対の手でかかって来いと言わんばかりにクイクイと動かした。その顔がまた妖艶で男のある部分が疼いてしまう
ああ、抱かれたい
いや、何を考えている!今から稽古を付けてもらうんだ!抱かれたい。全身に魔力を巡らせる。ジュウベエさんも僕と同じ全身強化が得意だけど、1度として僕には使わない。抱かれたい。今の目標はジュウベエさんに全身強化を使わせる事だ
大地を蹴り、真っ直ぐにジュウベエさんの元に!このまま剣を手放して両手を広げたら抱きしめてくれないだろうかと考えながら、間合いに入る前に再び大地を蹴り斜めに飛ぶ
シールドベアと対峙した時にクオンさんから教わった事・・・真正面から向かうのではなく、なるべく自分の優位な態勢で望むべく、剣を持つ手と反対の方に飛んだ。撃ち落とされた
「ゲプ!」
瞬殺・・・まさにその言葉が似合うやられっぷり。背中に衝撃が来たと思ったら地面にうつ伏せに倒れるやられっぷり。まだどこもピョンピョンしてないので、生きている
「ねえ~無駄な動きが多過ぎて不快なんだけど~」
はう・・・機嫌を直してもらおうと思ってたのに、逆に損ねてしまう結果に・・・。不甲斐なさと痛みで泣きそうになりながらも地面を掴み立ち上がる
「まだまだー!」
今度は真正面から斬り掛かる。ジュウベエさんはその場で揺れるだけで剣はジュウベエさんの見事な肉体を掠ることなく素通りしていく
まだ・・・まだだ・・・もっと速度を上げて・・・かすり傷一つ・・・いや、剣を振る風圧がジュウベエさんの髪を少しでも揺らしたら僕の勝ちだ!
身体強化を更に上げ、これでもかと剣を振るう。ピクリとジュウベエさんの指が動いた瞬間に全力で飛び退いた
「あっ、クオン~♪」
ジュウベエさんが俺の後ろを見て手を振る。騙されないぞ・・・そんな子供騙し・・・と、思ったら、僕の身体がポキポキと乾いた音を響かせる。本当だ・・・骨は打楽器だ・・・
「お、おい!やり過ぎだ!バカジュウベエ!」
「だって~早く終わらせたかったから~」
・・・消えゆく意識の中、アカネさんの声が聞こえた・・・ああ、そうか・・・2人は戻って来たのか・・・それで稽古を切り上げたくて・・・
ソフィアさんは治してくれるかな・・・また嫌そうな顔するんだろうな・・・ちょっとゾクゾクするあの顔を────
~ステラ~
そう我は犬だ。いや、違う違う。魔の世生まれの魔の世育ち、生粋のウォータードラゴンだ
何の因果か人の世に落ちてしまい、気付いた時には息苦しさを感じる日々。これならば魔族に怯えるとしても魔の世の方がマシというもの
同族のいない世で我が出来ることと言えば・・・狩り。魔物を喰らい、魔力を補い、天空の覇者となろう
まずはこの地から離れ、魔力の回復をせねばならない。この場所は魔素が薄過ぎる。しばらく飛んでいると徐々に魔素が濃くなるのが分かる。コチラの方角に何かあるのだろうか?
活発に動いても充分に魔力が回復する土地に到着・・・まずはこの一帯を我が根城にし、人の世をりゅうの世と変えてみるか
良さそうな建物を見つけた。人が建てた建造物だろう。よく見ると頂上に人が立っておる。まずは軽く挨拶でもしてやろうか
怯え震える人の姿が目に浮かぶ・・・と思ったら、その者は飛び上がると我の背中に乗ってきた
振り落とそうと急降下と急上昇を繰り返す最中、首に痛みが走る
「アハハハハ!目印目印~と♪」
あろう事か我が龍鱗に傷を付ける人・・・ちょっ・・・そこは見えないからどうなってんの!?
しばらくしたら人は小声で呟いた
「ねえ・・・降りて・・・静かに降りてね・・・そうしないと・・・首ちょんぱ♪」
やる・・・こいつは絶対にやる!い、いいだろう。不覚にも後ろを取られたが、正面からならこの我の独壇場・・・水圧で跡形もなく消し去ってくれる!
指示通りに静かに降りると人はピョンと我から降り、その小さい身体をさらけ出す。もう遅い。今から泣いて許しを乞おうが誇り高きドラゴン族の龍鱗に傷を付けた事・・・死をもって償え
我は魔力を込めてブレスを人に向けて放つ。これが天空の覇者としての第一歩・・・これから始まる・・・
「ウハハハハ!」
なんかブレスの上を泳ぐ人が見えた。しかも楽しそうに・・・これは現実か?夢現の時は鼻先に人が降り立った時に現実と知る
「水ドラかぁ~♪当たり?外れ?」
寄り目になるのでそこには立たないで欲しい。よく見ると人は年端も行かぬ少女と分かる。話に聞いていた人とは魔力の使い方も分からぬ捕食対象者・・・話が違う
「ねえ?目からビーム出せる?口から以外でなんか出せるなら出してよ~」
懇願されたところで目から何かを出すのは無理。てか、口以外から何かを出すのは無理。大概の敵はブレスで倒せるし・・・もしかして、この少女は人のフリした魔族?
「・・・つまんないな・・・ボコるか」
何その不穏な言葉!ボコるって何!?
と持ったら鼻先に一撃拳がめり込む。痛い
続けざまに身体を移動しながら次々と拳をめり込ませていく。痛い
『龍鱗を破れるものなど存在しない』
と、笑いながら言っていた爺龍を殴り倒したい。柔肌ではないか!
次々とめり込む拳に耐えられなくなり翼を覆いかぶせ丸まってみる。必死に耐えれば奴の拳の方が駄目になる可能性もなくはない!
「え?何それ?それじゃあまるでボクがいじめっ子みたいじゃん!」
我にどうしろと!?
翼の隙間から少女の顔を覗くと先程までの薄ら笑いは消え、無表情でそこに佇んでいた。脳裏に産まれた時からの映像が次々に浮かぶ
初めての狩り
初めての魔族
初めてのブレス
初めての・・・
いつの間にか我は翼を広げ大空へ
遠くから『あ~ん、待ってよ~』と甘えた声が聞こえるが知った事ではない。まずは魔力を回復し、自らを強化しよう。そして再び・・・は、やめておこう。細々と暮らし、違う土地で天空の覇者となるのだ!
残りの魔力を使い最速で元来た場所へと舞い戻る。魔力が切れかけた時にふと居心地の良さげな場所を発見・・・うむ、ここを一時の根城としてやろう
近くに居た雑魚を喰らい魔力補給。フハハハ、逃げ惑う姿が実に滑稽だ
腹は膨れど魔力は膨れず・・・仕方なしに目を付けた場所で休憩しよう
しばらくすると何やら声がする。そっと覗いてみると人・・・人・・・人・・・ゴクッ・・・とりあえず威嚇の咆哮を上げると無様に逃げて行きおった
そうだ・・・これが本来の姿
あの少女がおかしいだけで、本来はこうなるはず!
再び威厳を取り戻した我だったが、どうも魔力の回復が遅いのでしばらく魔力の回復に努める事に
起きては狩り、起きては狩りを繰り返し、ようやく魔力が回復の兆しを見せた時、遠くからご馳走の匂いがしてくる
これは・・・魔の世でもそうそう嗅ぐ事の出来ない香りに誘われ、ふらふらと匂いの元へと降り立った
まずはブレスで動けなくしてから喰らってやろう
そう思い放ったブレスは風の魔法で掻き消された。ふむ、手加減したとは言え、少しはやる
再びブレスを放つと1人の人の腕が吹き飛ぶ・・・そうだ・・・その表情だ・・・恐れ・・・敬え・・・えっ、ちょっと、痛い・・・痛い!
いつの間にか目の前にいたいい匂いの男が容赦なく我を刻む。え?やっぱり柔肌!?
飛び上がった男は「伏せ」と言いながら殴って来た。理不尽な!
地面にめり込む程の衝撃を受け目が回る。もうこうなったら残りの魔力を込めてブレスをと思った矢先に鼻先を殴られた
溜めた魔力が暴発し、口の中で弾けるブレス
内部はダメだ内部は!柔肌とは言え龍鱗に守られていない口の中はもうボロボロ。精神もボロボロ・・・
ようやく痛みが収まって来た頃にあの少女よりも更に幼く見える少女が近付いてくる
この少女もいい匂いだ。もしや、我にその身を献上し・・・
≪お主落とされたのか?落ちたのか?召喚されたのか?喰われたいか?≫
え?不穏な言葉が一つ入ってましたが・・・魔力を感じるその声は・・・魔族!?
≪答えよ。それとももう少し痛みが必要か?≫
指先に黒い魔力・・・あー、上級魔族だ。手を出したらヤバいやつだ
≪グウ!(落ちた!)≫
ここは素直に従っておこう。上級魔族が人の世にいるとは・・・
≪なに?喰われたい?≫
いやいやいやいや・・・全然全く伝わらない!思いっきり首を振り、違う事を意思表示する我
≪なんだ?・・・落ちたか?≫
ウンウンとこれでもかと肯定の頷き。少女はほうと呟くが、本当にコイツ分かってくれたのか?
≪そうかそうか・・・お主も辛かったろう。落ちた人の世でジュウベエのような雑な女に出会い、取り乱しただけだったか。・・・お主にはこれから我らに従ってもらう。人はドラゴンを恐れる・・・このままでは討伐されて晩飯だ。それは嫌かろう?≫
勝手にストーリーが構築されていく・・・まあ、概ね合ってはいるが・・・
≪お主擬態化か小型化か出来ぬか?今の姿では目立つし魔力の消費が激しい為に魔力切れで死ぬぞ?≫
あーもー踏んだり蹴ったり・・・と言うか我に小さくなれと?擬態化など以ての外だが、小さくなるのも気が進まん・・・
≪出来るのか出来ぬのかどっちだ!≫
ヒィ・・・苛立つ少女に首を振る我。それを見た少女は鼻息荒く妾は厳しいぞとか訳の分からん事を言う
≪ふむ、少し待っておれ≫
少女は人の元へと一旦戻り、またこちらへと戻って来た
≪では、始めようか!生き残りをかけた小型化を!≫
え?生死がかかってるの?我の?
その後、魔族の少女の指導の元、ようやく小型化に成功する・・・それはもう強引に・・・
なかなか出来ない我に業を煮やした少女がありえない腕力で圧力をかける。必死に耐え続けたが、いつしかもういいやとなり、圧力に身を委ねると小型化に成功した我
≪良くやった!妾の名はマルネス・クロフィード・・・マルネス様と呼ぶが良い≫
笑顔のマルネス様を見て、魔力が切れる寸前の我はコクコクと頷いた
≪ふむ・・・連れて行くには名が必要か・・・首元の傷・・・星に見えなくもない・・・いや、星だな・・・『ステラ』・・・お主は今日から『ステラ』を名乗るがいい!≫
我、ステラとなりました
マルネス様に連れられて人の集まっている場所へ行くと意識が朦朧とする中、いい匂いに釣れられてふらふらと飛び立ち着地する
ああー、いい匂いだ・・・堪らん・・・あれ?口いっぱいに広がるこのハーモニーは・・・
その後の記憶はごっそり失われていた。何からか全力で逃げた記憶があるのだが・・・
魔素が薄いせいで小型化しても魔力が回復してるのやらしてないのやら・・・
そう言えば美味しそうな男のご主人様はクオン様と言うらしい。マルネス様より教わり、この2人の言うことを聞いていれば大丈夫との事
時折我を見て寂しそうな顔をするのが気になる。なんであろう?
しばらくすると恐怖再び・・・あの少女がやって来た。我を求めてやって来た・・・
マルネス様とクオン様のお陰で少女を撃退に成功・・・我の勝利である
恐怖に怯え、部屋の隅っこで震えて縮こまっていた我にサヨナラ、天空の覇者の我にコンニチワ
しかし、災難は続く
なんとあの少女を連れて長旅をすると言うのだ・・・んな馬鹿な!
旅は馬ですると言い、我はマルネス様の膝の上に乗り、時折チラリとあの少女を見ると、馬の背中に立ってるあの少女・・・馬鹿じゃなかろうか・・・
だが、あの目で見つめられると身体が竦む・・・首元の傷がジンジンと痛む・・・
そうこうしていると、新たな上級魔族の登場
我らは散り散りとなり、我はマルネス様と女と共に街に辿り着く
そこで襲いくる者達・・・魔力の切れたマルネス様と我
女は必死に逃げ惑うが、体力の限界も近付いている
我は渾身のブレスを放とうとするが、チロチロと水鉄砲が如くの水圧しか出せぬ・・・くっ、不覚!
追い込まれた我らの前には数多の敵がズラリと並ぶ。本調子ならば魔力も使えぬこヤツらなど物の数ではないのだが・・・
追い込まれた女は我にマルネス様である木刀を渡すと、いきなりほおり投げおった。咥えた木刀からはマルネス様の旨み成分が・・・
とにかくあの女を見殺しにしたとあればマルネス様とクオン様に申し訳が立たぬ・・・
まずはマルネス様を外に逃がし、あの女の元へ・・・さあ、食らうがいい・・・龍の爪!・・・
しかし、体重差は如何ともし難く、我は突き飛ばされてしまった。活躍の場を後から来た男に奪われ、我は役立たずである事を知る
魔力がなければ我はただの可愛いトカゲ・・・ならばどうすればいい・・・そう、魔力を溜めるのだ
あの女・・・マーナは魔力を他人に渡すのが上手い。まずはマーナに取り入ろう
そして、何と言ってもこのワガママボディ
小型化し、魔力の消費は抑えられてはいるが、溜まりはせん。ならばなるしかないだろう・・・魔力の消費しない生き物に!
道端でマーナが犬とやらを撫でている・・・ほう、マーナはあの獣が好きか・・・
道中必死に犬の姿を思い浮かべる・・・犬・・・犬だ・・・我は犬だ!
すると突然我の姿は犬となる
マルネス様とマーナは驚き、あの少女は特に関心なさそうに、その他大勢は・・・うん、まあ何か反応していた
我を褒め称えるマルネス様と撫でるマーナ・・・むっ?尻尾がちぎれんばかりに振られているぞ?
我の意志とは関係なく動く尻尾に疑問を抱きながらも、我は魔力の回復に努めた
目的地である場所に辿り着く・・・顎が外れるかと思った・・・魔素が・・・ない・・・
こんな場所が存在しようとは・・・これでは我の努力は一体・・・
≪良かったのう。ステラが旅の途中で擬態を覚えて≫
「そうですね。ドラゴンのままだと入れなかったですし・・・日頃のマルネス様の指導のお陰ですね」
待て待て・・・我は独自に擬態化を・・・
「良かったね、ステラ。一緒に街に入れるね」
ふ、ふん、まあ良い。尻尾がまた勝手に動き出すが、些細なこと・・・そう我は犬。マルネス様とクオン様・・・そして、マーナの忠犬ステラである────




