2章 10 嘘
荒れに荒れた謁見は仕切り直され、クオン、アカネ、ニーナ、ゼーネストの4人で別の場所にて続ける事となった。人選はゼーネストからされ、それをクオンが了承する形となったのだが、護衛など一切付けない為にランスや衛兵達が騒ぎ立てる
それをゼーネスト本人が諌めて少人数の会合で使う応接間に通された
「えらく大胆だな。俺とアカネに対して戦闘力皆無の法の番人だけを付き添いに選ぶとは」
ニーナが戦闘力皆無と言われて一瞬ムッとするが、紛うことなき事実なのは本人も承知の為、クオンを軽く睨むとそっぽを向く。ゼーネストはそれを見て苦笑し、クオンを見て自嘲気味に笑った
「よく言う・・・あれだけの事をされたのだ。どんな戦力を用意したとて意味はあるまい」
「確かに。戦力の差だけで言うならこの現状もさっきの謁見の間も変わらないしな」
「大した自信だ」
「事実を述べただけだ」
用意されたお茶をすすりながら答えるクオン。腰より低いテーブルにふかふかのソファーが二脚対面に並べられ、それぞれにクオンとアカネ、ゼーネストとニーナが腰掛けている。他に目立ったものはなく、簡単な話をするのに用いられているのが伺えた
「勝者の権利だ・・・何を望む?」
「あの状況で俺らを勝者と呼ぶか・・・器が大きいな」
「これでも一国の王だ。それにまだ孫の顔を見る楽しみが残っている。死ぬには早い」
「賢明だな。ただの出涸らしだと思ってたんだがな」
「ギフト至高主義だが、何もギフトが全てと思っている訳ではない。見くびるなよ小僧」
「それは全てを聞いてから判断するとしよう」
クオンの出涸らし発言にニーナが顔を真っ赤にして睨みつけるが、それを無視して2人は会話を続ける。ゼーネストは特に怒った様子はなく、クオンはクオンで平然と王に対する
「では、こちらの要望を・・・まずはジュウベエの無罪放免・・・は当然だな。謁見の間でそちらの意見を押し通したんだ・・・これでジュウベエを罰しようとするなら、その喉元に爪を突き立てた状況から再開しようか」
「ふん、吐いた唾を飲む気は無い。王族に対して武器を向けた国境警備に非があると認めよう。しかし、その場にて斬り捨てた事により相殺・・・謝罪はせぬ」
「結構・・・こちらも行き過ぎた対応だとは思っている。シント国王に謝罪させ、賠償させよう」
クオンの言葉を聞いてゼーネストはおろかアカネまでもが反応する。何勝手に約束してんのよ!と強く抗議するがクオンはそれをスルーする
「なに?それでは辻褄が合わないのではないか?」
ゼーネストにとっては先程の謁見の間のやり取りでコチラの非を責め立てられる覚悟をしていただけに拍子抜けしていた。先に手を出したのはディートグリス側というのを認めたのだから
「ジュウベエが国境を無理に通ろうとしなければ国境警備隊の者も武器は向けなかっただろ?ジュウベエに対しての教育がなってない国王の責任だ、ジュウベエには責任はないが、シント国王には責任がある・・・って訳だ」
「力押しで進める訳では無いのだな」
「初めからアカネの意見を聞いていれば喉元に爪を突き立てられる事もなかったろうに」
「確かに・・・な」
謁見の間でアカネの意見を聞き入れていればクオンは侵入することもなかった。クオンからの提案はアカネがしようとしていたものそのものだった
ヒリヒリとした空気の中、ようやくひと心地ついたアカネがお茶をすする。同時にお茶に手を伸ばしたニーナと目が合うと同じ気持ちである事を悟り苦笑した
「で、だ・・・本題に入ろう」
アカネとニーナがお茶をすすっていると、ゼーネストが予想外の事を言い出しお茶を吹き出しそうになる。本題とは?と目を白黒させてゼーネストの顔を見た
「さて・・・それは『招くもの』の事かな?それとも・・・」
「我が国の秘密・・・どこまで掴んでおる?」
睨む訳ではなく、真っ直ぐな視線をクオンに向ける。アカネとニーナは言っている意味が分からずに首を傾げた
「流石にウチの諜報部員が優秀でも国の秘密までは探れない・・・感じたまでを言ったまでだ」
『言った』と言うのがどの事を指すのか分からずに訝しむアカネとニーナ。聞く雰囲気でもない為に視線をただクオンとゼーネストへ交互に向けるだけに終始する
「・・・どうするつもりだ?」
「どうもこうもしないさ。俺はどこの味方でもない。何かを企もうが俺や俺の知人に被害が及ばなければ止めたりはしない」
「企みではない!本来の姿に戻るのだ!」
突然激昴しテーブルを叩くゼーネスト。タイミングよくクオンはお茶を手にしていたが、アカネとニーナの茶碗はひっくり返りテーブルに零れる
「内容を知らなければそれがどんな崇高な事であっても企みだ。それとも内容を教えてくれるか?その為に人選したんだろ?」
アカネとニーナが零れたお茶を台拭きで拭いている中、クオンはお茶に口をつけてゼーネストを見つめた。ゼーネストは目を細め、まるで値踏みするかのようにクオンを見つめ返す
「食えぬ男だ。そこのシントからの使者がいる時点で話す気は無い事も分かっているだろうに・・・」
「まあな。アカネも連れて来たのはシント国がどこまで知っているかを確認する為。俺がどこまで知っていて、どこまでアカネに話しているか・・・で、その言葉に嘘はないかを確認する為にニーナ・クリストファー・・・『審判』も同席させた」
「つくづく・・・その通りだ。で、どこまで知っておる?」
何かを言おうとしたが途中で止めてゼーネストはクオンに尋ねる。クオンは茶碗を置き、深く腰掛けた
「王都ダムアイトは魔素が存在しないって時点でおかしいと思った。魔素は魔力の素・・・空気中に漂う魔素だけを遮断する能力や道具など存在しない。もし存在したとしても、その中では魔力すら使えないだろう。しかし、話を聞いていると王都で魔力は行使しているという・・・そうなると魔素の遮断は嘘・・・では、魔素がなぜ存在しないか・・・って考えれば自ずと分かってくるだろ?」
え?そうなの?とアカネとニーナが顔を見合わせる。アカネはシントで魔力の事にはそれなりに詳しいが王都に魔素が無いことに特に気にする事もなかった。ニーナも王都で普通にギフトを使い、魔力回復の為に別荘に赴く事に疑問を抱いていなかった
「国王が言えばそうなのかと考えもせず普通に暮らすのが普通・・・生活に支障がなければ尚更な」
「それでギフトの管理か。臣下なら疑問に思う事はあっても口には出さない・・・もし国民がギフトを持っていれば疑念が噴出し、気付くものも出てくる・・・か」
「ギフトは便利なものが多い。一度手に入れれば使いたくなるのは道理・・・それが王都では魔力が回復しないとあっては不満も出てくるであろう。不満は原因追求の糧となる」
「国の方針に口を出すほど野暮じゃない。さっきも言ったが俺と俺の知人に被害が及ばなければ口出ししない。だが、降りかかる火の粉は払うぞ?」
「本来の姿に戻すだけ・・・火の粉など振りかからぬ」
「・・・分かった。これ以上は詮索しない。するつもりもなかったがな。この事は誰にも話していないが・・・『審判』するか?」
「必要ない。クオン・ケルベロスを信用しよう。どこにも属さぬ番犬ならぬ野良番犬らしいからな」
「一方に肩入れするなよって釘を刺されてるみたいだな」
「みたいでなく、刺しているのだよ・・・釘をな」
微笑み見つめ合うクオンとゼーネスト。お互いに含みのあるほほえみだが、アカネとニーナは会話の内容が理解出来ず、お互いの顔を交互に見て眉をひそめる
しばらくして、アカネにとっては今度こそ本題である『招くもの』の話が始まった
「正直申すと全く分からぬ。王都には魔族の被害はないし、周辺からも被害の報告は上がっていない。いつぞやどこかの街でドラゴンの棲息を確認し、調査したが空振りに終わったしな」
「ああ、それ本当にドラゴンが居たぞ。カダノースの話だろ?調査隊に俺と黒丸が一緒に行って、その場でドラゴンを倒した。今は擬態化まで覚えて王都で駆け回ってるよ」
「・・・お主何者だ?」
「また名乗ろうか?」
「・・・いや、いい。つい聞きたくなっただけだ。それに今の話もニーナに確認するまでもなく真実なのはワシにも分かるが、そのドラゴンどうするつもりだ?」
「先約が入っていたから引き渡そうと思っていたが、意外に懐いてな・・・飼う事にした」
クオンの事でもう驚かないと思っていたゼーネストとギフトで真偽を見ていたニーナはドラゴンを飼うと言っているクオンに驚きを隠せなかった。今回のドラゴン調査にしても本当にドラゴンであれば国を挙げての討伐になるだろうと思っていただけに余計に
言葉を失った2人を放っておき、クオンは強引に話を戻す
「そのドラゴンも『招くもの』が招いた可能性が高い。上級魔族からドラゴンまで・・・何がしたいのか分からないが、もし無差別ならタチが悪い」
「仮にディートグリスの者としても、そのようなギフトは存在せぬと思うが・・・魔の世から呼び寄せられるとしてもせいぜい下級の魔物くらいだろう」
「ああ。上級魔族とドラゴンは自ら来たと言っている。つまり、呼び寄せられた訳ではなく、隙間を創る能力って事になるな」
「隙間を創るか・・・ギフト管理官に調べさせよう。ただ外部から来た者や虚偽報告されたり、ギフトが変質したりしていた場合は調べられないがな」
「虚偽報告・・・ギフトは申告制か?」
「うむ。基本は貴族のみとなるギフト・・・虚偽報告すれば処刑対象となる為、虚偽など皆無だと思うが・・・」
「・・・国が把握しているギフト一覧みたいなものは出せるか?ギフトに関してはシントは一日の長がある。『隙間創造』なんて直接的な名前でないにしろ、似たような効果を生み出すものが分かるかもしれない」
「そんなもの流出してみろ・・・国が滅ぶぞ?」
「その前に『招くもの』に滅ぼされるかもな。下手すれば上級魔族一体で国が滅ぶぞ?」
「・・・上級魔族がどれほどのものか分かっているつもりだ。ニーナから聞いたゼネストと言う魔族一体にケインを要する警護の者達が全く歯が立たなかったと・・・そのものは『魔王』と名乗っていたと。人の世に稀に出る『魔王』を『招くもの』が原因で生み出すのであればお主が言うように国は滅びるであろう。しかし、不確定なものに対して公開出来るほど安い情報ではない」
「なら公開していいギフトだけで構わない。男爵や子爵くらいまでならそこまで重要なギフトは持っていないだろ?魔族や魔獣は魔素を求めてシントまでやって来る・・・時間が経てば経つほど取り返しのつかない事になりかねない」
「・・・」
クオンの言葉に黙り込むゼーネスト。『招くもの』の脅威と自国の情報を天秤にかける。聞けば聞くほど『招くもの』の脅威は計り知れない。しかし、自国の情報・・・ギフトに関しては国の生命線とも言えた。それを他国の者に渡すとなるとかなりの危険を伴う
「・・・二つ・・・条件を出す」
「なんだ?」
「一つは閲覧はお主のみ。他の者は一切見ること叶わぬ。もう一つはその約定を監視する者を付ける。一覧はその者が持ち、閲覧する時はその者とお主の2人で見ること」
「構わない。で、誰がその役を?」
クオンも当然誰かが目付け役として付くことは理解していた。ただ機密扱いのギフト一覧を管理するとなると誰にでもという訳にはいかない。クオンの言葉を受け、ゼーネストは横に座るニーナに振り向く
「ニーナ。お前がクオンに付け」
「は、へ?はい?」
思いもよらぬセリフにニーナは動揺し素で聞き返す。一瞬相手が国王である事を忘れてしまった
「ジーナはまだまだ息災であろう?『招くもの』の件が片付くまで法の番人はジーナに任せ、お前がクオンと帯同しろ」
「た、確かに父上は元気ですが・・・なぜ私めに?」
「クオンと顔見知りであり、今回の件も熟知しておる。『審判』も役に立つ時があるだろうし、これほどの適任者は他には居ないと思うておる。他にもあるが・・・全て言うか?」
「い、いえ。ご期待に添えるよう全力を尽くします」
ニーナに断る理由はない。法の番人としての職務だけが気掛かりであったが、それも前任の父であるジーナが代役を務めるなら気兼ねなく同行出来る。ゼーネストの他の理由も気にはなったが、ここでは聞けない雰囲気を察し、頷いて話を受けた
「と、言う訳だ。どうだ?どうせ共をするなら綺麗どころの方が嬉しかろう?」
「・・・侯爵扱いはしないぞ?いちいち身分を出されても困る」
「無論。ただニーナは実の娘のように想うとる。お主は知人が危機に瀕すれば国すら敵に回す男だ。その知人にニーナを加えてくれればそれでいい」
言いながら鋭い視線をクオンに向けるゼーネスト。その視線を受けてクオンはため息をついた
「まだ刺したりなかったか?」
「釘を刺したのではなく重荷を背負わせた。お主ならニーナを背負うくらい訳ないだろて」
「充分重いが・・・」
「クオン!」
重いという言葉に激しく反応するニーナ。別荘の時にお姫様抱っこされた時の事を思い出し顔を真っ赤にするが、クオンは呆れ顔でニーナを見つめて呟いた
「体重の話じゃない。命の話だ」
「くっ!」
自分の勘違いだと分かると更に顔を真っ赤にする。やり取りを見ていたアカネはその顔を見て苦笑するが、ニーナに睨まれてすぐさま表情を元に戻した
「・・・魔族二体とドラゴン一体を従えておるお主に釘を何本刺そうが根元まで届くまい。釘ではなく杭でも刺そうものなら別だがな。刺した傷は残るが重荷なら下ろせばいい・・・ワシなりの優しさだったのだがな」
「下ろさせる気は無いのによく言う・・・何気に『招くもの』が片付くまでと期限を区切るように見せかけて俺にプレッシャーをかけるし・・・逆を言えば解決するまで戻れないって話だろ?」
「そうなるな」
「何が優しさなんだか・・・まあ、俺も時間をかける気は無い・・・すぐに現職復帰させてやるよ」
「あ、当たり前だ!サッサとその『招くもの』とやらを見つけるぞ!サボっていたら蹴りをくれてやる!」
「・・・それは構わないがそのドレスは勘弁してくれ。いちいち裾を上げて蹴りをしていたら面倒だろ?」
「当たり前だ!」
真っ赤な顔に真っ赤なドレスのニーナが露出している部分全て真っ赤にして怒鳴る姿を見て、このまま怒らせればドレスと一体化するのではないだろうかとくだらない事を考えるアカネであった────
クオン達が去り、応接間には冷静になり顔色を戻したニーナとゼーネストだけとなった。既にギフト一覧の作成を指示し、それが完成すればニーナはクオンの元に行くことになる
「そう時間は掛かるまい。書き起すだけだからな・・・男爵と子爵・・・後は冒険者や技術者・・・数人で掛かれば一日もあれば出来るであろう」
「膨大な数だとは思いますが、ギフトの名だけなら確かに・・・それよりもなぜ私めに?先程の理由で納得は出来るのですが、私よりギフトに詳しいギフト管理官を付けた方がいいのではと思ったのですが・・・」
「確かにな。先程の理由はクオン達を納得させる表向き・・・理由は別にある」
既にクオン達が居ないので、ニーナはソファーの横に立っていた。ソファーに腰掛けるゼーネストを見下ろさぬよう少し離れた場所で立ち、ゼーネストの言葉に耳を傾ける
「それは・・・?」
「ニーナ・・・お主今年で幾つになる?」
「へ?・・・失礼しました。今年で齢22となります」
「浮いた話を聞かぬがどうなのだ?」
「どう・・・と、申されますと・・・」
「22ともなると縁談の話も腐るほどあろう」
「・・・法の番人として色恋にかまけている時間はありません。幸いギフトは弟達も引き継いでおりますゆえ、私は・・・」
「だからだ。言うたろう・・・ワシはお主を実の娘のように想うてる。その娘の婚期を心配するのは当たり前だろうて」
「それと今回の件がどのように・・・まさか・・・」
ゼーネストの言わんとしている事に気付き、真っ赤ニーナ再び
「神扉の番犬と法の番人・・・なかなかの組み合わせではないか。クオンも言うていたではないか。シントは出身地・・・それだけであり、神扉があるからシントにいるだけだ。ディートグリスの侯爵と結婚しても何ら問題はあるまい」
「へ、陛下!」
「半分は老婆心・・・もう半分は彼奴の力が欲しい・・・政略結婚は嫌か?」
「・・・嫌ではありません。侯爵家の娘として生まれたからにはそのような事も覚悟の上です。しかし、彼は陛下の言う通り神扉の番犬・・・鎖で繋ぐにしてもその場所はシントでしょう・・・」
「彼奴がここにいる時点で番犬に代わりがいると言っているようなもの。交代で常に番をしているはずが離れた我が国に来ているのがその証拠だ。それにもし彼奴がシントに戻るとしても付いて行けばよかろう・・・政治的な意味を失っても、老婆心・・・いや、親心はある。彼奴の話をする時のお主の顔を、今のお主に見せてやりたいものだ」
ゼーネストの言葉で遂に着ているドレスと同じくらい真っ赤になるニーナ。ここにクオンが居なくて心底良かったと思いながらも、念の為周囲を見回した
「へ、陛下・・・何を・・・私は別に・・・」
ゼーネストは目を細めて暖かい目で見守るも、乙女をこじらせてるニーナに少し面倒臭さを感じていた。22にもなってウブか!と突っ込むのはやめて、静かにニーナが退室するのを待つ事に決めた────
乙女ニーナの退室により、1人残されたゼーネスト。この後来る人物を待っている為、護衛は部屋の外に立たせていた
ドアがノックされ、待っていた人物が姿を現す
形式的な挨拶をして対面のソファーに座らせると、少しの間世間話をする。世間話が一段落するとゼーネストは少し間を置き尋ねる
「この後の予定は?」
「特にありません」
「そうか。いや、なに、久しぶりに一緒に食事でもと思ってな。予定がないのなら少しばかり付き合え」
「はっ。しかし、久しぶりにと申しましても私は仕事でしたので・・・」
「ハハッ、そうだったな。ところでデラス・ガクノースよ。そなたに頼みたい事がある────」
────時は少し遡り、応接間退室後
「クオン、どうやって部屋に入って来たの?」
部屋から出て衛兵の案内により王城内を歩く2人、クオンとアカネ。ゼーネストの態度も180度変わり、協力的になったお陰でハーネットの屋敷まで馬車を出してもらえることとなった。先に帰したジュウベエとラフィスはハーネットの馬車で帰っており、マルネスとシャンドは王城の外でクオンを今か今かと待っていた
王が用意してくれた馬車に向かう途中、アカネが混乱の最中であった為に聞きたかったことを不意に聞いてみた
「・・・俺の能力じゃない」
「あっ、そうよね・・・つい気になっちゃったから・・・もう聞かないわ。それと助けてくれてありがとう」
「・・・なんだ?妙にしおらしいな。燃え尽きたか?」
「何それ?なんで私が熱血少女みたいな感じになってるのよ!」
「てっきり『助けに来るのが遅い!』くらい言われるかと思ってた。それとアカネはもう20だろ?熱血はともかく少女はないだろ少女は・・・」
「もうって何よもうって!まだ20よ!」
「・・・そうか。で、ラフィスとはどうなんだ?」
「その間が凄く気になるけど・・・てか、なんでラフィスの名前が出て来るの?・・・ハハーン、お姉さんピーンと来ちゃった。クオン・・・嫉妬してるんでしょ?私とラフィスの仲を怪しんで」
「そうだな」
「え゛っ!?あんた私をハーレム要員にする気?」
「なんだハーレムって。俺はただ・・・」
「着きましたよ!」
案内していた衛兵、ブルーノ・タマシス25歳独身は疲れ果てていた。朝から謁見の間での準備に駆り出され、配属されたのは謁見の間での国王の護衛。四天の2人が主に護衛に当たるので、そのサポートとして配属された。午後一番に昼食と取らずに迎えたのはシントの罪人と使者。罪人を謁見の間に入れるなんて・・・と思ったが、どうせ死刑宣告して終わりだと思ったら突然暴れ出す
仕方なしに罪人を捕らえるべく近付くと今度は使者までもがご乱心。どうでもいい友情ごっこを披露したと思ったら、今度は玉座に誰かが座ってる。もうここまでくると半分夢だなと思いつつも玉座に現れた3人を取り囲む
この時点でMAX。精神的にも肉体的にもお腹の空き具合も。夢なら覚めてくれと願いながらも槍を構えてると、3人の内1人が消えたと思ったら離れた場所に居た国王のすぐ後ろに・・・
もう何が何だか分からずに構えた槍の重さにプルプルしていると突然解散、ご苦労さま
やっと昼飯にありつけると食堂に駆け込むと新たな任務を課せられる。その時初めてこれは夢ではないと確信した。夢ならもう少し自分に優しいはず
ニヤけながら仕事を振ってきた上司にブツブツ文句を言いながら、やって来たのは応接間の前。要人を城の外に準備してある馬車まで誘導せよとの事だが、入って来たのだから帰り道ぐらい分かるだろうと心の中で文句を言う
そして応接間から出て来たのは乱心炎娘と玉座に座っていた頭のおかしい薄目の男
変人から要人に格上げされたのを知らなかった為、見た瞬間に数秒固まる
現実を受け入れ、何とか城の外まで案内するが、後ろから聞こえてくる会話に苛立ちが募る
ハーレム?てか、あの顔で20以下?嘘だろおい!と心の中でツッコミを入れているといつの間にか城門まで辿れ着いた
老け顔の薄目のクセに・・・玉座に座って見つかったとほざく変人に・・・ハーレムなんぞ築きやがって・・・からの
「着きましたよ!」
「ああ・・・って!」
「クオン!」
クオンがブルーノの語気を強めた言葉に返事をした瞬間、門の奥からマルネスが飛び込んできた。それを一応受け止め、すぐに地面に下ろすと抗議の声を上げる
「長い時間待たせておいて横暴だ!至急お姫様抱っこを要求する!」
「先に帰っておけば良かっただろ?サッサと帰るぞ」
「それでは私はこれで失礼します・・・ペッ」
ブルーノは丁寧に礼をした後、去り際に気付かれないように唾を吐く。一日の疲れと空腹とクオンに対する怒りが頂点に達した為の愚行・・・ただクオン達に気付かれないように少し離れた場所での唾吐きだった
「・・・俺何かしたか?」
ただ1人ブルーノの行為に気付いたクオンは衛兵に唾棄される原因を考えるだが、思い当たる節があり過ぎて、どれに対して怒っているのか分からなくなり、首を傾げていると後ろから
「始末しますか?」
と、シャンドが気を利かす。いつの間にかクオンの後ろに立っていたシャンドは目ざとくブルーノの行動を見ていたのだが、その行為自体の意味は分からなかった為にどう動くべきかクオンに確認した
「あれはディートグリスの歓迎の行為だ。気にするな」
「なるほど。では、今度この国の者に唾を吐いておきましょう」
「・・・やめておけ」
シャンドなら本当にやりそうだとクオンは思い、適当に教えた事を後悔する。シャンドが本当の意味を知った時、彼の命はないだろうなと内心冷や汗をかきながら足早に馬車に乗り込んだ
4人が乗ると馬車はハーネットの屋敷へと向けて走り出す。馬車内は4人だけの為、アカネは先程の話の続きではなく、違う話を振ってきた
「クオンはあの国王をどう見る?」
「・・・年齢は50代前半で中肉中背、剣の腕はたしなむ程度かそれ以下、運動不足で胴回りが・・・」
「じゃなくて!何を考えているかよ!」
「さあな。腹を割って話すタイプじゃないぞ?アレは。お陰で得られる情報も少ない・・・分かったのは『招くもの』と関係してない事くらいか」
「なんでそう言いきれるのよ?」
「嘘をついているから」
「は?」
「詳細は言えないがゼーネスト・クルセイドは嘘をついている。それも自国の国民に対してな。いつからか・・・いや、何代前からか分からないがな。そうまでして成し遂げたい事と真逆な事をするとは思えない」
「えーと、私に分かるように説明してくれる?」
少し苛立ったようにクオンを睨み付けると、クオンは少し考える素振りを見せた後に口を開いた
「・・・要するに『招くもの』のしている事とゼーネストが嘘をついてまでしようとしてる事が真逆な事って訳だ」
「なんであんたがゼーネスト陛下のしようとしてる事が分かるのよ」
「魔素のない王都とゼーネストの言っていた『本来の姿』・・・この2つのキーワードで何となく」
「何となくって・・・間違えてたらどうすんのよ。ただでさえ日にちが経ってるのに・・・」
「大丈夫だ。『招くもの』も大体見当はついている」
「は?誰よ!てか、なんで調べてた私がこれっぽっちも見当がついてないのに、あんたがついてんのよ!」
「何となく」
「このっ・・・あっ!あんたまさかフォロとレンを使って・・・」
「そんな訳ないだろ?彼女らは基本監視だけだ、緊急以外ではテコでも動かないのはアカネも知ってるだろ?」
「とか言って・・・国境での出来事を調べさせてたじゃない!『優秀な諜報部員』とか何とか言っちゃって・・・」
「ああ、アレは嘘だ」
「は?嘘って何よ?」
「だから、調べさせてないし、国境警備隊がジュウベエに武器を向けたかどうかも知らない」
「バカ言わないでよ!あの時ニーナの『審判』で・・・」
「あの『審判』って実はガバガバでな。俺がレンに『国境警備隊がジュウベエに武器を向けた』と言わせたら、俺はレンからその言葉を聞いた事になる。嘘はついてないだろ?聞いたんだから」
「・・・呆れた。あんた事前にそんな用意してたわけ?てか、それも見抜くと思わなかったの?」
「別荘から王都までの間の馬車の中で確認しておいた。言葉の本質を見抜くか上辺を見てるかをな」
「・・・なんか私がバカみたい・・・」
「バカじゃない・・・考えてないだけだ」
「それをバカって言うの!ハア・・・で?その何となく見当をつけてる相手は誰よ?今なら無条件で信じてあげるわ」
「それは言えない」
「なんで?」
「お前は顔に出る。逃がすとまずいからな・・・確定するまで泳がせておきたい」
「ちょっと待って・・・それって私も知ってる人って事?」
「知ってるか知らないか知らん。だから、今は言えない」
「なんだか気持ち悪いわね・・・でも、どうせその人が『招くもの』なんでしょうね・・・何となく」
いつの間にかクオンの膝枕で寝てしまったマルネスと会話を聞いているかどうか分からないシャンドを横目にアカネは馬車から外を見た。少しだけ見慣れた風景からもうすぐハーネットの屋敷に到着するのが分かると、今回の『招くもの』の件ももう少しで終わりを迎えると思えてきた
自分が筆頭に進めてきた『招くもの』の調査は、目の前に座っている年下で薄目の老け顔に全て持っていかれるような気がして喜んでいいのか悩みながらため息をついた────




