2章 9 謁見の間
朝、寝相の悪いマーナの蹴りで起きたレンドはテントを出て陽射しを浴びながら伸びをする
すると、隣のテントからクオンが出て来て目が合ったので、目を泳がせながら会釈し挨拶を交わす
「おはよう、レンド。慣れないテントで眠れたか?」
「あ、まあ、はい・・・ハハハハハ・・・」
アンタと寝相の悪い妹のせいであまり眠れなかったよ!とは、言えず、愛想笑いしているとクオンの後ろからマルネスが顔を出す
「なんだ不気味な笑いをしおって・・・。クオンよ、何故か知らんが物凄く腹が空いたぞ・・・飯はまだか?」
顔だけ出すマルネスに、え?もしかして裸?・・・と淫らな想像と昨日の大人マルネスを思い出し自分用の妄想をし始めるレンド18歳。昨日の大人マルネスが出現した時に食入いるように見ていた為に脳裏に焼き付いており、妄想は容易であった
「黒丸は昨日の夜から食べてないからな」
「そう思って準備しておいたぞ!友よ!」
後ろから声がして振り返るとそこには爽やかな笑顔のハーネットが立っており、後ろには10人ほど座れる大きめのテーブルが置かれていた。真っ白なテーブルクロスが掛けられ、所狭しとお皿とグラスが置かれている
ハーネットがパチンと指を鳴らすと、木の陰から執事とメイドがワラワラと現れ、編み込んだカゴに大量に入れられたパンを皿にのせ、逆さまに置かれたグラスをひっくり返して飲み物を注ぐ。ものの数秒で貴族風の朝食風景が完成された
マルネスは嬉嬉としてテントから出てテーブルに向かい、マルネスがテントから出た瞬間に視線を逸らすレンドとハーネットの行為に呆れているクオンが佇んでいた
「お前がどういう目線で俺を見ているのか分かったよ」
レンドの肩を叩きテーブルに向かうクオン。レンドは慌てて言い繕う
「い、いや、寝起きの女性の姿を見てはまずいと・・・決して裸だと思っていた訳では・・・」
「女性?あれがか?」
消え入りそうな声で言い訳をするレンドに対してクオンが指差した先には、テーブルに並べられたパンを貪り、果実ジュースで胃に流し込むマルネスの姿。食べ方は汚く、そして幼い。見た目相応なのだが、とても女性と表現出来るものではなかった。レンドの心配?していた格好は裸ではないにしても初めてマルネスを見た時の黒革の下着姿ではあったがちゃんと身に付けていた
「フオンもウッショニタブルか?このフアンウバイゾ」
「口に物を入れて喋るな。それとゆっくり食べろ」
呆れながらも席に着いたクオンにレンドも続こうと歩き出すと、クオン達のテントからひとつの人影が飛び出して来てクオンの座った席の後ろに立つ
「主、これを」
飛び出して来た人影、シャンドは執事服の懐からハンカチを取り出すとクオンに手渡す。クオンはそれを受け取り首元に掛けるとパンに手を伸ばし一口また一口と口に運ぶ。木洩れ日の中そこだけが別世界の風景を醸し出す
「ハーネットは済ませたのか?まだなら早く食べないと黒丸に食べ尽くされるぞ?」
「お、おお。では・・・」
先程まで悠然と構えていたハーネットだったが、あまりにも絵になるクオンとシャンドに見とれ、話しかけられて我に返ると席に着く
遅れながらも起きてきたマーナと共にレンドも席に着き、全員が朝食を食べ始めた
「ゲフ・・・パンの他にはないのか?食い足りぬぞ?」
「少し街から離れてるからね・・・足りないのなら持って来るより向かった方が早い・・・ってそれは無理か」
マルネスは散々食べておいて腹をさすりながら言うとハーネットは街の方を見てマルネスに答える。しかし、途中でマルネスがそのままの姿では街の中に入れない事を思い出し、別の方法を考え始めるとクオンが首を振る
「もう大丈夫だ。黒丸もシャンドもこのままの姿で入れる」
首から掛けたハンカチで口元を拭きながらクオンが言うと、ハーネットは首を傾げた。街の中は結界の影響で魔素がなく、魔族には存在自体がキツイはず。その為にマルネスも中に入る際には魔素を必要としない木刀になり過ごしていたはずだった
「ふむ・・・見た目では分からぬか。今の妾とシャンドは人に変化しておる。魔素を使わずに動くのは不慣れではあったが、そう難しいものではないのう」
「え?・・・だって昨日・・・」
マーナはクオンの後ろに立つシャンドを見た。犬もあれだけ嫌がったからてっきり人になるのも嫌なのではと勝手に想像していた為に少し拍子抜けする
「実際は人に変化するのも本来は忌み嫌われる行為です。ですが、主と同じ種族になる事が躊躇われるかと問われれば・・・答えは否。むしろ喜んでといったところでしょうか。問題は魔力は使えるのですが、突然攻撃されてしまうとこの身体は脆く破壊されてしまうでしょう。主の盾になるべき時になれないのが不安ではあります」
マーナの視線に気付き、心境を吐露するシャンド。この忠誠心はどこから?という疑問とどんだけバイオレンス設定だという疑問が聞くものの心に過ぎる
「突然攻撃されるような環境はなるべくさけたいな。だが、この国は魔族に対しては少し居心地が悪い・・・気を付けるに越したことはないな」
「クオン、それはどういう意味だ・・・?確かに結界を張ってはいるが、排他的な考えを持っている訳ではないぞ。魔族には慣れてないだけだし、結界は住民の安全を・・・」
「そうだと良いが・・・な」
ハーネットの言葉に王都の中心にある城を見つめながらクオンは答える。その表情にハーネットとレンド、マーナは不穏な空気を感じていた
ちょうどその頃、ハーネットの屋敷であるバーミリオン邸に書状が届けられる。その書状には謁見の日時と内容について書かれてあった────
「どういう事?これは」
ハーネットがクオン達を連れて屋敷に戻り、全員が食堂に集まると書状の封を開け目を通した。その後、書状をアカネに渡すと疑問の声を上げる
「書いてある通りだ。急だが今日の午後、陛下は会われると書かれてる」
「そうじゃなくて書いてある面子よ。私は当然のこと、ラフィスも被害者だし入ってておかしくないけど、何でクオンの名前が書かれてないのよ」
書状にはアカネとラフィスが名指しで書かれており、2人で来るよう念押しされていた。つまり、護衛や従者の名目で誰かを連れて行く事は出来ないと受け取れる
「護衛兼案内役として私が指名されている。ジュウベエ殿の連行役も兼ねてな。その書き方だとアカネ殿にラフィス、ジュウベエ殿以外は連れては行けない・・・クリストファー卿と何かあったか?クオン」
先に戻ったニーナが王に今回の件を説明し、改めて国王との謁見を取り付けた。その際のニーナの説明によってクオンが意図的に外された可能性がある
「別に・・・魔族から助けただけだ。まあ、助けたのはシャンドだけど」
「お姫様抱っこしてたじゃない」
アカネの言葉にギンとした目でクオンを睨みつける2人・・・マルネスとジュウベエである。見ず知らずの女をお姫様抱っこしたという言葉を聞いて呪い殺さんとする勢いであった
「あれは仕方なく・・・まずかったか?」
「まずいに決まっておろう!その女に鉄槌を!」
「ボクもされたことないのに・・・ねじ切るか・・・」
「ま、まあ、それぐらいなら怒らせたとは思えないが・・・他に心当たりは?」
マルネスとジュウベエの言葉を無視してハーネットが話を続けるが、クオンは首を振り、アカネも首を傾げてあの時の事を思い出す。ラフィスも馬車に乗っている時までの事を思い出してみるがそこまで怒らせる態度を取っていたとは思えなかった
「ほぼ方針が決まっているから最低限の人で済ませようとされているのでは?」
「・・・それもそうね。あの女がクオンに対して怒るなんてとても思えないし、逆に・・・は面倒だから言わないけど・・・まあ、深い意味はないか」
ラフィスの言葉にアカネも納得する。クオンに対するニーナの態度はどちらかと言うと好意的な印象を受けた。ただそれを口に出すと2人がうるさそうだから途中で止めた
「私・・・この服しか持ってないのですが大丈夫でしょうか?今日の午後ですよね?」
ラフィスが自分の服装を見ながら不安そうな声を上げる。屋敷が襲撃されてから着替える余裕もなく、ほのかに臭いを発していた。ちなみにアカネはジュウベエに『汚れなきもの』をかけてもらい、着ていた服も新品同様になっている
「服はこちらで用意しよう。それかジュウベエ殿に・・・」
「無理~パス。知らないおっさんにはかけない~」
「知らないおっさんって・・・」
ジュウベエの言葉に涙目になるラフィスをハーネットが慰めて執事に頼んで服を選んでもらう
今日の今日という事もあり慌ただしくなる中、クオンがハーネットに耳打ちした。その内容に驚き、ハーネットはクオンに向き直る
「・・・本気か?友よ」
「何もなければそれでいい・・・だが、準備はしておきたい」
クオンの表情を見て冗談ではないと判断したハーネットは渋々頷いた
刻一刻と謁見の時間は迫り皆が準備をする中、今回の件で関係の無いマーナとアースリーはマルネスの着せ替えに終始する。今は不在だがハーネットには妹がおり、その妹の着なくなった服をマルネスに着せているのだが、伯爵家の令嬢の服という事もありフワッとしたドレスなどがほとんど。旅向きの服や面白い服などはなく、マーナとアースリーは楽しんでいたが、マルネスが気に入る服はなかった
ようやく決まったのは街の外に出歩く用のラフな格好として持っていたシャツに半ズボン。動きやすいとマルネスは喜び、可愛くないとマーナとアースリーは残念がる
マルネスの着替えも終わり、ひと息付いたところで昼食となりアカネとラフィス、そしてジュウベエがハーネット同行のもと城へと向かった。ジュウベエは後ろ手で拘束されており、それをハーネットが持つ形となっている。魔力封じのロープであり、後ろ手でキツく結ばれている為に暴れる心配はなかった
馬車で城前まで行くと、4人とハーネットの従者3人が馬車を降りて城門を通過、その後ハーネットが書状を見せると扉は開かれ中へと案内される
謁見の間の前に到着すると衛兵が書状を確認し、4人は中に入り、従者の3人は止められる
「ガトー、隣室で待っていてくれ」
ローブを深く被ったガトーが頷くと、3人はハーネット達が中に入るのを確認した後に衛兵の1人に案内されて謁見の間の隣室へと向かった
3人を案内した後に衛兵が持ち場に戻ると、残っていた衛兵が話しかける
「なあ、バーミリオン伯爵様の従者って言えばソフィア様も居ただろ?見たか?」
「いや、従者の方は3人ともローブを深く被っていたからよく分からないが・・・そのソフィア様がどうかしたのか?」
「バッカ、知らねえのかよ。凄い可愛いんだぜ。ムチムチでボインボインで・・・」
「お前・・・うん?てか、あの3人の中でそんな体格の女性居たか?」
「いや、ローブ着てたから分からなかったなぁ。着痩せするタイプなんじゃねえの?」
「そう・・・かな?」
謁見の間でこれから行われる事など興味もない衛兵が扉の外側で無駄話をしている中、謁見の間の内部ではアカネにとっては2度目の、ジュウベエとラフィスにとっては初めての謁見が始まろうとしていた────
謁見の間の中央に案内された4人は跪き頭を下げる
玉座にはディートグリス国王、ゼーネスト・クルセイドが座し、その傍らには赤ドレスことニーナ・クリストファーが立っていた
アカネは頭を下げる前に状況を確認し、前回より人が増えているのに気付く。明らかに違うのは玉座の少し前、左右に2人の兵士が立っている事
恐らくは国境破りのジュウベエがいるからだろうと考え、意識を切り替えて国王に相対する
恙無く進行していく中、アカネ達は言われるがまま頭を上げ、国王より前回の謁見時の非礼を詫びられた
国王が一言も話さなかったのには理由があり、アカネ達のギフトが不明であった為に警戒していたとの事。シントはディートグリスにとって未知なる国。ニーナのような発した言葉に影響する未知なるギフトがあるかも知らないと思っての苦肉の策だった
続けてラフィスの屋敷の襲撃の件についても謝罪する。これについては悪い事が重なった為に起きた勘違いであるとニーナとの話で理解していた。ジュウベエの国境破り、アカネ達に付いた兵士の死去、アカネ達の失踪・・・その3つが重なりシント国の謀略という結論に至ったのは無理もないと思っている
だが、突然国王ゼーネストの口調が変わり、ジュウベエを睨み付けると事態は一変する
「シント国の言う『招くもの』が引き起こしている一連の騒動・・・我が国の兵とシント国の使者が犠牲になった・・・のは分かる。しかし、そこのジュウベエなるものが犯した罪は『招くもの』とは関係なく、身勝手で残忍な犯行だと思うがその辺はいかがかな?」
「・・・仰りたいことは理解しております。この件は一度国に持ち帰り・・・」
「ふざけるな!」
「国境破りなど言語道断!今すぐ極刑にするべし!」
「国に持ち帰るだと!?そんな猶予を与えると思うか!」
アカネの言葉に周囲にいた者達が一斉に叫び出す。それをゼーネストが片手を上げて静めると再び口を開いた
「此度の件は我が国にとっても前代未聞。即戦争になってもおかしくないと理解しているのかな?」
「・・・理解しております」
「ならば何故当事者が生きておる?本来ならば身内で処理し、首を持って参じるのが礼儀ではないか?」
「なっ!?」
「陛下!?」
アカネとニーナが同時に驚きの声を上げた。別荘から王都への道中でニーナはジュウベエの話をクオンとアカネから聞いていた。そして、もちろんその話はゼーネストにしている。それなのにとニーナは動揺し思わず声を上げてしまった
「なんだ?ワシはおかしな事を言ったか?ニーナ・クリストファーよ。例え王族の娘だろうが犯した罪は万死に値するもの・・・それともシント国ならば死んだ者を生き返らせるとでも言うのか?国境警備の者達を生き返らせると?」
「あ・・・いや・・・」
「お言葉ですがゼーネスト国王陛下・・・国境では確かにジュウベエは国境警備にあたるものを殺しました。しかし、バースヘイムの国境警備のものが通すように言ったのにも聞かず、ジュウベエの身分すら確認しなかったそちらの落ち度もあるのではないでしょうか?」
「身分証も出さずない者を他国の警備隊の者の意見を鵜呑みにして我が国へ入るのを許可しろと?職務を全うし散った者に落ち度とな?お里が知れるな・・・シントの使者よ」
「ぐっ・・・」
「へ、陛下・・・ここは一旦シント国の意見を・・・」
「助けられて情に絆されたか?我が国の者が殺されたのだぞ?魔族ではなく人にな。しかも、相手はこちらに非があると言う・・・それでいてその者の国にお伺いを立てよと申すか?」
ニーナは食い下がるが、頑として聞かないゼーネスト。まるで初めから決められていたシナリオを進めるようにジュウベエの処分が決められようとしていた
アカネはどうにかなると甘い考えをしていた自分を呪い、更なる訴えを起こそうとした時に肩を掴まれる
「アカネ・・・大丈夫~」
アカネが振り返るとジュウベエは笑顔でそう言い、突然立ち上がる。周囲はどよめき、玉座の前の二人の男が身構えた
「我が名は剣聖ハガゼン・ジュウベエ!ウォール・ミンの名を捨て剣聖となった!しかし、今ここに剣聖の地位を捨て、ウォールの名を捨てよう!国を捨て、名を捨てて1人の戦士となった我に立ち向かうならかかって来い!」
「バカジュウベエ!何を言って・・・」
アカネが止める暇もなくジュウベエが叫び終えると、部屋の中にいた衛兵達がアカネ達を取り囲む
ラフィスは何が何だか分からずに慌てた様子でキョロキョロし、ハーネットは顔を手で覆い長いため息をついた
「ハーネット・バーミリオン!何をしている!!」
玉座の前にいた1人がゼーネストを守りながらハーネットに対して叫ぶ。ディートグリスの伯爵として動かねばならないハーネットは歯噛みしながら立ち上がり拘束しているローブを引っ張った
ゼーネストは玉座から立ち上がり、守られながら後ろに下がり、ニーナはなぜこうなったとドレスの裾を力一杯握りしめた
「気にしなくていいよ~君の立場ならそうせざる得ないってクオンもきっと分かってくれる・・・でも、タダではやられてあげないよ?」
ロープを手繰り寄せるハーネットの表情を見て無邪気に笑うジュウベエ。その表情が更にハーネットの心に痛みを走らせた
「なら私も・・・ただのアカネって事で!」
「き、貴様!」
「待て!」
伸び切ったロープを指から出した炎で焼き切り、すぐさまジュウベエの拘束を解く。火の手が上がった瞬間に衛兵達が一斉に槍を構えるが、それをハーネットが制した
「想定外だわ~・・・死ぬよ?」
「何よ、ここまでは想定内だったの?友達が死ぬのを黙って見てるくらいなら、一緒に暴れて死ぬくらいどうって事ないわ」
「馬鹿だね~」
「本当よね・・・今から謝ったら許してくれるかしら?」
「無理だね~」
拘束されていた手首をさするジュウベエと仕方ないと笑うアカネ。ハーネットに一時は止められた衛兵達も我に返りジリジリと距離を縮め、槍先を2人に近付ける
ジュウベエは指を鳴らし、アカネは指先に魔力を溜める。ラフィスは震えて頭を抱えて丸くなり、ハーネットは剣を抜くと額から出る汗を腕で拭う
先程のジュウベエとアカネの会話を聞いて胸をうたれたハーネットはどうにかしてこの状況から2人を助けねばと考えていた。しかし、ジュウベエ達は王の前で啖呵を切り、ギフトを使用した・・・それは即座に取り押さえ斬首となる案件である
もう既に間合いは詰められ、あと少しでも動いたら戦闘が始まってしまうという時にハーネットは叫んだ
「クオン!!」
部屋中に響き渡る声。誰もがなんの事かと不思議に思っていると、ありえない所からその声に返事をするものがいた
「そんなに叫ばなくても聞こえてる。よく分かったな・・・ハーネット」
空いた玉座に腰掛けるローブ姿の人物とその傍らに同じようなローブ姿が2人。王座に腰掛けた人物がローブを剥ぎ取ると、そこにはハーネットが叫んだ人物・・・クオンがいた
玉座の傍らに居た2人も、クオンがローブを剥ぎ取ったのを見て自分らもローブを剥ぎ取る
出て来たのはシャンドとマルネス。ガトーらに扮して従者として城に潜り込み、つい先程隣室へと入っていった3人がいつの間にか謁見の間に侵入し、誰に気付かれる事もなく玉座まで辿り着いていた
信じられない光景にハーネットが口をパクパクさせていると、クオンは微笑み言葉を続ける
「まさか見つかるとは思わなかったよ。気付かれないようにジュウベエとアカネを助けてしまおうと思っていたのに・・・流石はハーネット・・・ってところか」
クオンの言葉が全く理解出来ずに呆然とするハーネット。先程叫んだのはどうしていいか分からずに友にすがり思わず叫んだだけ・・・決してクオンを見つけたから叫んだ訳では無い。それなのにクオンはさも自分がクオンを見つけて叫んだかのように話す
「さて・・・見つかってしまったからには仕方ない・・・話をしようかゼーネスト・クルセイド国王陛下?」
玉座から立ち上がると部屋の隅に避難していたゼーネストを見つめる。しかし、その前には槍を持った男と盾を持った男が立ち塞がった
衛兵がゼーネストを謁見の間の奥に誘導しようとしていたが、ゼーネストは軽く手を上げて誘導を拒否すると現れたクオンに向き直る
「・・・ニーナより聞いておる。神扉の番犬、クオン・ケルベロス・・・何用で参った?」
「知人が理不尽な裁定で殺されそうになってると聞いたので馳せ参じた」
「理不尽?法に照らして判断したまでのこと。理不尽とはそちらのことでは無いのか?2人の命を奪い、国境を破ったそちらのな」
クオンはゼーネストの言葉を受けて無言で腰から剣を抜き放つ。風斬り丸が折れた為にハーネットより借り受けた普通の剣。その剣先がディートグリス国王であるゼーネストに向けられる
「なっ!?貴様!!」
「国王陛下に剣を向けるとは!!」
「不敬罪・・・いや、大逆罪だ!」
口々に騒ぎ立てる周囲の者達。ジュウベエ達を取り囲んでいた衛兵達も動き、今度はクオン達を取り囲む
「大袈裟な・・・剣を向けただけだろ?」
「何を・・・国王陛下に剣を向けるなど万死に値する!即刻その首を刎ねてやる!」
「そうなのか・・・王族に対して武器を向けると死罪か・・・知らなかった。本当か?法の番人、ニーナ・クリストファー侯爵」
「え?・・・え、ええ。王族に武器を向けるのは大逆罪。審議は要らずその場で処刑になるわ」
「ほう」
突然水を向けられて混乱する中慌てて答えるニーナ。その答えを聞いてクオンは感嘆の声を上げる
「知らなかったでは済まされぬぞ!全員・・・」
「あー、ここまで言質が取れれば充分だ。『王族に武器を向けたらその場で処刑、知らぬは通らぬ』って事で良いかな?」
「何を・・・まさか・・・」
クオンの言っている事が理解出来ずに槍の男が問いただそうとするが、途中で言わんとしている事に気付く
「つまりだ。シント国第二継承権を持つ歴とした王族であるミン・ウォールに対して身分証を提示しなかったとは言え武器を向けた国境警備隊の者は処刑されても仕方ないと・・・ジュウベエがミン・ウォールである事を知らなかったでは済まされないと」
「詭弁を・・・それに貴様は陛下のお名前を呼んでいたではないか!貴様は知っていて・・・」
「俺はそれらしい人物に話しかけただけだろ?見た事もないんだ、当てずっぽうに聞いてみただけ・・・その言葉に肯定の言葉はなかったから、俺はまだ誰がゼーネスト国王陛下か知らない」
「このっ・・・」
「本当です!・・・彼の言っている事に嘘はありません」
槍の男が突っかかろうとした時、後ろからニーナが口を開く。槍の男はニーナに振り向き青筋を立てながら抗議する
「一体どっちの味方なんですかね・・・ニーナ・クリストファー卿!」
「私は法の番人。どちらの味方でもありませんわ、ランス・ランクリフ伯爵」
槍の男、ランスに毅然とした態度で答えるニーナ。ランスは舌打ちし、更に何かを言おうとした時にゼーネストがそれを止めた
「茶番はもう良い。我が名はゼーネスト・クルセイド、ディートグリス国国王だ」
「それはどうも。クオン・ケルベロスです、ゼーネスト陛下」
ゼーネストが名乗り、それを受けてクオンが名乗ると剣を収める。暫し無言で見つめ合う2人・・・それを周囲が緊張の面持ちで見つめていた
「そこのジュウベエとやらは国境警備隊の者を亡きものにしたのは武器を向けられたからと?そのような報告は入っておらぬが・・・」
「それは調査が甘い。ウチの諜報部員は優秀でね・・・ジュウベエが通ろうとした際に進路を塞ぐ為に国境警備隊の者がジュウベエに槍を向けたと聞いている」
「・・・ニーナ」
「・・・嘘は付いておりません」
ゼーネストはギフト『審判』を使っているニーナに確認するとニーナは首を振りながら答えた
「ふむ・・・では、お主が言いたいのは、ここでお主を罰するのなら、そこのジュウベエとやらは無罪と言いたいのだな?では、逆に聞こう、お主を許したとしたら、ジュウベエとやらはどうなる?」
クオンがゼーネストに武器を向けたのが有罪なら、ジュウベエに武器を向けた国境警備隊は有罪となり、殺されても文句は言えない。だが、クオンが無罪なら、ジュウベエの行為は無罪の者を殺した事になる
「散々俺に大逆罪など言っておいて、逆にも何もないだろ?都合のいい方に変えるのがディートグリスの法か?」
「・・・では、お主は今回の罪を被り、ジュウベエとやらは無罪・・・そう言いたいのだな?」
「御明答・・・流石はディートグリス国の国王だ」
「ならば・・・罪を償ってもらおう!」
ゼーネストが手を上げると一斉に槍を構える衛兵達。ランスも槍を構え、盾の男はゼーネストの前に位置取る
「・・・そこのニーナ・クリストファー侯爵に聞いていると思うがシントは出身地なだけであって、国には属していない。つまり俺の罪はシントには及ばない・・・で良いかな?」
「詭弁だがそうなるな。クオン・ケルベロスがこのディートグリス国王であるワシに剣を向けた・・・それ以上でもそれ以下でもない。シント国は関係ない」
「クオン!」
ジュウベエとアカネが同時に名を呼ぶ。クオンは心配するなと2人に微笑むと再びゼーネストに向き合う
「理解があって嬉しいよ。これは俺とディートグリス国の喧嘩・・・さて、そうなるとここは少々息苦しいな」
「当たり前だ!ここはディートグリス国王都ダムアイト!一切の魔素を遮断している・・・貴様がどんなに強いか知らぬが魔力が回復しないこの状況で・・・」
「遮断しているんじゃない・・・浄化しているんだろ?なら、ちょっと拒んでみようか」
クオンの言葉に叫んでいたランスが首を傾げ、ゼーネストが眉をひそめる。クオンはその様子を見て口の端を上げると右目を開く
開かれた右目から部屋全体に魔力が広がり、雰囲気が変わる
「さて・・・これでこの部屋は浄化の対象外だ。黒丸!シャンド!」
クオンの呼び掛けに応じてマルネスとシャンドが頷くと2人は人から魔族へと戻る。と言っても雰囲気だけが変わっただけで、見た目はほとんど変わらなかったが
≪ふう・・・魔素のない空間でよく居られるのう・・・息が詰まるわい≫
≪まったくです。浄化という名の汚染ですね≫
マルネスとシャンドは元に戻ることが出来た事に喜び、身体をほぐしながら呟く
「き、貴様何をした!?」
「ま、魔素が・・・魔力が回復しています!」
「なに!?」
異変を感じたランスが叫ぶと後ろでニーナが魔素を感じて叫んだ。魔素を感じる事の出来ないランスは信じられないと言った面持ちでニーナを振り返り、再びクオン達に向き直る
「貴様何をした!」
「何でも答えてもらえると思うなよ。ランラン」
「ランスだ!」
同じ質問を繰り返すランスに呆れながら答えるクオン。今にも飛びかかって来そうなランスに対してクオンは別の人物を見て口を開く
「それに前提が間違っている者に答えるとなると、その前提から話さなくてはならない・・・それは都合がいいのか?ゼーネスト・クルセイド」
「貴様・・・どこまで・・・」
「???」
クオンはゼーネストを見つめて言うと、ゼーネストは歯噛みしクオンを睨み付ける。言ってる事が理解出来なかったランスは槍を構えながらクオンとゼーネストの顔を何度も見た
「ええい!訳の分からない事を!我が名はランス・ランクリフ!四天の1人にして『天輸攻』のランス!この神槍ルーンの錆にしてくれる!」
「あー、ランラン?一つ聞きたいんだが・・・」
「名前を略すな!なんだ!」
「この場合はどうすれば俺達の勝ちなんだ?」
「はっ!この状況で勝つ気でいるのか?四天の3人が揃い、衛兵もいる・・・なぜか魔素が存在したとしても貴様は陛下には1歩も近付けない!」
「ほう・・・つまり王を取れば勝ちか・・・シャンド!」
≪はっ!≫
クオンが命ずるとシャンドは姿を消す。一瞬何が起こったか分からずに目をぱちくりさせると、後ろからゼーネストの呻き声が聞こえた
「なっ!?」
ランスと盾の男、衛兵達が一斉にゼーネストの方に振り返ると、シャンドがゼーネストの後ろに立ち、爪をゼーネストの喉元に押し当てていた
「うっ・・・くっ・・・」
喉元に突き立てられた爪が少し食い込むと、一筋の血が流れる。それを見て全員の動きが止まった
「シャンドって万能だよな」
≪・・・ほら、妾には可愛さがあるから・・・≫
ボソリと言ったクオンの言葉に焦りを覚えたマルネスがここぞとばかりに可愛さアピール。室内にも関わらず冷たい風がクオンとマルネスの間に吹き荒れるのであった────




