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最強の番犬と黒き魔女  作者: しう
『招くもの』
31/160

2章 8 一瞬の再会

王都ダムアイト近郊の森の中、少し拓けた場所でマルネス達は思い思いの行動をとっていた


ジュウベエとレンドは剣を交え、アースリーはぬいぐるみに土を詰め、ハーネットとフォーが会話をし、マルネスは犬を抱いて座ってマーナから魔力を譲渡されていた


少し離れた場所でバーミリオン家の私兵を指揮し警護にあたるガトー、ジゼン、ソフィアの姿も見える


≪うがー!≫


マルネスが突然叫ぶと抱かれて心地好く寝ていた犬が驚き目を覚ましマルネスの腕から離れる。いきなり叫んだマルネスを見て首を傾げ、『え?なに?』と訴えかけるが、マルネスはそれを無視して再び叫んだ


「ちょっと、マルネス様!じっとしといて下さい!流れが乱れます!」


≪うるさいうるさい!もーう切れた!クオン切れだ!こんな所離れてクオンを探しに行くぞ!≫


「あっ、それ賛成~♪たまにはいい事言うね~」


既に日課になっていた魔力供給を途中で遮断され、マーナがマルネスを窘めるが、マルネスは駄々っ子のように寝そべり足をバタバタさせていた。マルネスの言葉にジュウベエも同意する


「だから・・・ジュウベエ様の沙汰が下るまでの辛抱ですって!ちょうど法の番人で在られるクリストファー侯爵が魔力回復の為に別荘に行かれているので、戻り次第審議するとのお達しが・・・」


≪魔力回復なんぞマーナに頼めば良かろう!そもそも街中で回復出来るようにすればそんな手間は要らぬであろうも!≫


王都ダムアイトは結界により街中に魔素が存在しない。元々は魔物の侵入対策として張られた結界だったのだが、副作用なのか魔素自体も弾く為、街中での魔力回復は出来なかった


その為魔素を必要とするマルネスとステラには死活問題となり、毎日街を出て魔力回復に努めている


ステラはようやく魔力を消費しない生物・・・犬に変化する事が可能となり、先程までマルネスに抱かれていた犬こそがステラであった。茶色い毛に愛嬌のある面構え、トテトテと歩く姿は人々を魅了して止まなかった


「手間を考えればそうですが・・・安全を考えれば結界を解くことはないでしょう。とにかく今は待つしかありません」


フォーも知らなかった結界の存在に当初は戸惑ったが、魔力を使わなければ特に困る事はなく、安全面では申し分なかった


ディートグリスは全体的に魔素は薄いが存在はしている。マルネスやステラのように動いただけで魔力を消費するものでも、日常生活には支障はない。が、完全に魔素を遮断すると例え魔族や魔物がダムアイトに侵入したとしても直ぐに魔力切れを起こす為、魔力を消費しないものに変化せざる得ないのだ


なので街中ではマルネスは木刀のまま、ステラは犬のまま過ごす他なかった


「休暇は一日から二日で別荘までの距離も一日かからないらしいから、もうそろそろ戻って来るはずだ。気持ちは分かるがもう少し・・・いや、なんなら私が先にクオンを探しに・・・」


「ダメです!」


ハーネットがマルネスの気持ちを汲んで翼を広げろうとするが、遠くからガトーらに止められた。恨めし顔で3人を睨むが、3人はそれを無視して警護を再開する


「せめてエリオット君がいたらなぁ~」


ジュウベエがレンドの攻撃を捌きながら呟く。レンドは決してジュウベエに師事を受けている訳ではなく、ジュウベエの暇潰しの相手をしているだけ・・・それでも必死に攻撃を繰り出しているのだが、全ての攻撃はあっさりといなされてしまう


「ハァ・・・ハァ・・・仕方ない・・・ですよ・・・勝手にいなく・・・なったので・・・今は謹慎・・・中・・・ですから!」


息が切れそうになりながらも攻撃を繰り出すレンド。だが、その攻撃は虚しく空を切る


捜索願いまで出されていたエリオットは王都に戻ってすぐに謹慎を言い渡され、自宅に戻って謹慎中。ちなみにデラスは王都にある実家に一時帰宅中である


「刺激~刺激が欲しい~」


≪クオン~クオンが欲しい~≫


ジュウベエとマルネスが訳の分からない歌を口ずさんでいると、警護にあたっていた者から一報が入る


どうやらクリストファー侯爵を乗せたであろう一行が王都近くまで来ているとの事だった


それを聞いたジュウベエがピクリと反応し、マルネスはスンスンと匂いを嗅ぐような仕草をする


「お待ちかね~さっさと審議させて王都を出るぞ~!」


≪この芳醇な香りは!?間違いない!≫


「ちょっ、ちょっと待って下さい!」


2人が街道に向けて突然走り出し慌てて全員が後を追う。侯爵に対して失礼を働けば伯爵のバーミリオン家では庇いきれない。男爵のダルシン家など同行者の無礼と言うことでついでに取り潰される可能性もある


必死に追いかけるが、異様な速さの2人に追い付ける訳もなく、ハーネットだけが何とか付いていけていた


しばらく走ると目の前には街道・・・そして、護衛に囲まれた豪華な馬車が目に付く。そこで一気に加速したのはマルネス。とてつもない速さで馬車へとまっしぐら


護衛が色めき立ち馬が嘶くのを気にせず馬車へと辿り着こうとした瞬間、マルネスの目の前に執事服の男が立ち塞がる


≪なっ!?貴様がなぜここに!?≫


≪それはこちらの台詞です。マルネス様、そんなに急いでどちらに?≫


執事服の男、シャンド・ラフポースがマルネスの行く手を阻み、後ろで手を組み微笑みながら尋ねる


ジュウベエもようやく追い付き、シャンドの姿を見た瞬間に先程まで使っていた模造刀を構えた


≪そちらの方も見覚えが・・・確か主と共に居た・・・≫


「ジュウベエだよ・・・このすっとこどっこい!」


≪すっと・・・?まあ、何にせよ今は主とお知り合いの方が王都に向かっておりますゆえ、離れてくれませんか?護衛の方達が怖がっているではありませんか≫


暴れる馬をようやく宥め終わった護衛達がゾロゾロとマルネス達を囲み始める。見た目少女と模造刀を持った女性・・・王都の近くという事もあり盗賊の線は薄いが、走って来た速度から只者ではないと警戒する


≪質問に答えろ!シャンド!なぜ貴様がここにいる!!≫


マルネスは確かに感じていたのだ。愛しい人の匂いが・・・しかし、目の前にはその愛しい人が倒したと思っていた魔族が立っている。理解出来ず思わず叫ぶマルネスに対してシャンドは首を傾げる


≪主が居る場所が私の居る場所ですが?マルネス様にとやかく言われる筋合いはありま・・・≫


シャンドが答えている最中に馬車の扉が開き、中から人影が出て来る。その人影を見て感極まったマルネスと野獣のような動きを見せるジュウベエ。マルネスが飛びつこうとした時には既にジュウベエが抱きついていた


「クオン~♪」


≪あ・・・≫


≪おの・・・れ!≫


遅れを取り呆然とするマルネス。クオンに抱きつき顔をグリグリと押し付けるジュウベエを見てどこか遠い世界を眺めているような気分になる。虚をつかれたのはシャンドも同様で、主を守らんとするシャンドだったが、ジュウベエの速さに一瞬のスキを突かれ歯噛みする


待ち望んだ再会がジュウベエのせいで台無しとなり、自分が本来いる場所にすっぽりと収まるジュウベエを涙をためながら睨み付けた


「成長したな・・・黒丸」


ジュウベエに抱きつかれながらクオンはマルネスに微笑むとそう呟いた


久しぶりに聞いた声に一瞬我を忘れるも、言われた言葉を解釈すると自分の身体を改めて見てみる


≪へっ・・・あ・・・そ、そうか?そう言えば胸が少し膨らんで尻も・・・≫


「身体じゃない・・・精神的な意味だ」


クオンに言われて胸を触りお尻を見ているマルネスに呆れながら勘違いを正した。間違った事と会えた喜びで顔を真っ赤にして俯くと頭の上にポンと手を置かれる


思わずためた涙が零れそうになるが必死で耐えて顔を上げると、飛び込んできたのはクオンの顔。既にジュウベエを降ろしており、空いているクオンの腕の中に飛び込んだ


一瞬シャンドがそれを阻もうとするがクオンに目で制され、渋々見逃すとマルネスは無事クオンの腕の中へ。もう離さないと言わんばかりに服をギュッと掴んだ


「クオン~」


後ろからクオンに降ろされたジュウベエが甘えた声を出すが、その肩に誰かの顎が乗る


「ジュウベエ・・・あんたやらかしたんだって?」


「あっ、アカネ~元気~?」


「元気~じゃないわよ!何しれっと重犯罪犯してるのよ!コッチはそのせいで色々大変だったんだからね!」


ジュウベエの肩に顎を乗せたアカネがグリグリと顎でジュウベエを攻撃する。アカネの息が耳にかかり、あふぅと声を出し崩れていくジュウベエ。それを後ろからラフィスが覗き込み少し興奮していた


「クオン!ようやく着いたか!」


マルネス達に遅れることやっと到着したハーネットが笑顔で声をかけるが、現場は乱れに乱れ切っていた。少女に抱きつかれる男とその後ろでくんずほぐれつの美女2人、それを忌々しげに見る執事服の男と盗み見る男・・・ハーネットの笑顔は一瞬で凍りつき、足は完全に止まってしまう


「おお・・・ハーミット!元気してたか?」


「ハーネットだ!その微妙な間違いは何か心に来るぞ!・・・って、何だ?」


≪・・・貴方、臭いですね≫


我に返ったハーネットがようやく歩みを再開すると、その前をシャンドが立ち塞がる。片手を前に突き出し、それ以上近付くなと意思表示をしてからの『臭い』のひと言に思わず自分の匂いを確認してしまう


「く、臭いだと!貴様誰に向かって言っている!」


≪目の前の貴方にです、臭い人。主にこれ以上近付かないで頂きたい・・・匂いが移るので≫


「よせ、シャンド。ハーネットは天人だ。お前ら魔族にとって天敵だから臭うかもしれないが、至って普通・・・いや、多少汗臭い程度だ」


「・・・クオン・・・」


≪なるほど。かしこまりました。では、貴方・・・多少の臭いは我慢しますので口を閉じて息をせず、主から半径1kmほど離れて頂ければ幸いです≫


「何をかしこまったんだ、何を・・・。クオン・・・この執事、斬って良いか?」


「やめとけ。お前の今の実力だと逆に瞬殺されるぞ?シャンドもその辺にしておけ」


マルネスを抱っこしながらシャンドに対してシッシッと手を振る。それを受けてシャンドは恭しく礼をするとその場から姿を消した


「瞬殺?・・・僕が?」


「わかりやすく言うとハーネット達と戦った時の俺でも全く歯が立たない」


「・・・それはわかりやすいな・・・そして、井の中の蛙はまだまだ大海を知らずにいた事も理解した・・・」


「海は広くて大きいからな」


「・・・底が知れないな・・・」


いずれクオンの横に並び立つと心に決めていたハーネット。しかし、現実は厳しい事を改めて知る。『白銀の翼』を無傷で倒したクオンが全く歯が立たない魔族・・・そして、その魔族を従えているクオン・・・あの時のクオンがどれだけ手加減していたのか今のハーネットには想像すらつかなかった


「にしても、ポンポンと魔族出過ぎだろ・・・一体出現したら国中大騒ぎの魔族とこうも頻繁に出くわすとは・・・」


『魔王』も出たぞ・・・なんて言うと話が長くなりそうだったので、とりあえずは黙っておいた



王都を目前にして足踏みをしているのに痺れを切らしたニーナは怒りながら「先に行く」と言い残し、馬車は王都へと再び走り出す


クオン、アカネ、ラフィスはその場に残り、全員で先程まで居た森に向かうとお互いの現状を報告し合った


フォー達は全員が無事である事、ジュウベエの事、王都の結界の話をし、クオン達はアカネの事、ラフィスの事、ニーナの屋敷で起こった事を話す


クオン達の話があまりに強烈で、自分らが大変だったという気持ちはどこかに飛んで行ってしまった。フォー達も命からがらだったのだが、クオン達の話に比べるとどうしても見劣りしてしまう


その中でフォーは複雑な心境になっていた。ダルシン家の家臣を3人シャンドに殺されており、そのシャンドがクオンの下僕となっている事に対して思う所が多々あった


「済まないな・・・フォー」


「いえ、立場が違えば私達も同じような事をしていると思います。素材になるからと言って魔物を狩ったり、脅威になりそうだと駆除したり・・・そう簡単に割り切れるものでもありませんが、理解はしているつもりです」


従えているクオンが謝るとフォーは首を振り答えた。今後どうなるか分からないがとりあえずクオンと共に行動している間はシャンドも付いてくる。わだかまりを残したままではと思いを飲み込む


≪クオン・・・そう言えば風斬り丸はどうした?≫


地面に腰掛けたクオンの膝の上に座るマルネスがクオンの愛剣がないのに気付き尋ねる。それを聞いてフォー達もチーリントで行商人から聞いた折れた剣の話を思い出した


「シャンドと戦ってる最中に折れた」


「はぁ?あんた何言ってるの!?フウカがどんな気持ちで・・・ああ・・・怒られる・・・私もついでに怒られる・・・」


場所を変えてもジュウベエに絡み付いていたアカネが顔を起こしてクオンの言葉に激しく反応する。風斬り丸の付与者である『フウカ』。彼女の怖さを身を持って知るアカネはガタガタと震えだす


「あちゃ~折れちゃったか~・・・フウちゃん怒ると怖いからね~・・・こりゃあ荒れるね~」


ジュウベエは苦笑しながら首に決まったアカネの腕をポンポンと叩き降参を示すとようやく解放され首をさすっていた


ディートグリスでは魔導武具と呼ばれ国宝級とまで言われる武器を失った事よりも1人の人物に恐れる様子を見て価値観の違いを改めて感じるフォー達だった


「と、とにかく全員が無事集まる事が出来て良かった。侯爵様は後日使いの者を寄越すと仰っていたので、後は待つだけだが・・・」


「もちろんクオン達もウチに泊まってくれて構わない。部屋にはまだ空きがあるし、ひとつの所にまとまっていた方がいいだろう。幸い父上と兄上達は屋敷には当分戻らぬからゆっくりくつろいでくれ」


フォーが剣の話から今後の話に切り替えるとハーネットがクオンとアカネ、そしてラフィスを見つめて提案する。なんだかんだとフォー達もずっとハーネットの屋敷に泊まっている為、宿代や食事代が浮いて大助かりだった


「ゆっくりしてる場合ではないんだけどね・・・まっ、ディートグリス国王ともう一度謁見しないと話は進まないか・・・」


アカネは何一つ調査が進んでいない事に危機感を覚えていた。シントに増援を送ったは良いが、4人の従者を死なせてしまい、調査が少しも進んでいないのは失態以外の何ものでもなく、このままおめおめとシントに戻る事は出来ない。何か一つでも手掛かりらしいものを手に入れていれば一時的に帰ることも可能なのだが・・・


「シャンドの時は隙間と思って飛び込んでこちらの世界に来た時、辺りには誰もいなかったらしい。そうなると本当に隙間の可能性もあるが・・・」


アカネの言葉を受け、クオンがシャンドから聞いていた話を全員に伝える。そのシャンドは消えたまま姿は見せてはいなかった


「上級魔族2体に魔族5体・・・ゼネストとシャンドは隙間に落ちたと認識して、魔族5体は明らかに使役されていた・・・もしかしたら偶然時が重なっただけで、『招くもの』は魔族しか呼び出せない?」


アカネが頭の後ろで手を組んで起こった出来事を振り返る。調査を開始してアカネの知る限り魔族7体と遭遇している。シントでも魔族は珍しいのに数日でこの数は明らかに異常であった


アカネの偶然とは、上級魔族魔族の2体は隙間に落ちた時期と、魔族の5体が『招くもの』に召喚された時期が偶然重なっただけなのではという事。もし本当に偶然なのであればそこまで警戒する必要が無くなる。シントが懸念しているのはあくまでも上級魔族の存在。魔族しか召喚出来ないのであればそこまで警戒する必要はなかった


「あの・・・上級魔族と魔族の違いって・・・」


恐る恐る手を上げて質問するマーナ。この中で自分以外は知っているのかもしれないと思って聞き流していたが、どうにも気になって勇気を出して聞いてみた


実の所はシント出身の者以外は知らなかった。全員が特に疑問に思わず聞いているので何となく聞き辛くなっていたので、心の中でマーナに拍手する


「人で言う貴族階級が上級魔族、それ以外がただの魔族だ。魔の世で国はひとつ。王はおらず上位の上級魔族が定めたルールに則って暮らす」


スラスラと魔族の世界について語るクオン。全員がその言葉を聞いて驚きを隠せない


「ず、随分詳しいな・・・クオン」


「まあな。神扉の番をしていると暇な魔族が神扉の前までやって来て聞いてない事までベラベラ喋る・・・」


≪クオンは魔族界のアイドルだからのう。神扉前は激戦区であった≫


「何がアイドルだ。どうせ言葉巧みに誘い出して喰らおうとしていたんだろ?ドラゴンなんかは大体ヨダレ垂らしてたぞ?」


≪卑しいドラゴンと一緒にするでない・・・なあ、ステラ≫


突然の流れ弾にマーナの膝の上で丸まっていたステラが慌てて首を振る


「そう言えばその犬も実はドラゴンで、隙間か『招くもの』に呼び出されたんだっけ?うーん、やっぱり隙間説はないかなぁ・・・」


バッと手を上げたのはレンド。アカネがどうぞと言うと予想通りの質問をする


「隙間って何ですか?」


「ディートグリスは大丈夫なの?あまりにも知らな過ぎるわよ?」


「魔の世から遠いって事もあるが情報統制をされてる可能性もあるな。王都の結界に天人・・・貴族とギフト・・・ギフトの管理・・・国が違えばと言ってしまえばそれまでだが、俺らが知らない何かがあるんだろ?とりあえず隙間についてだが────」


呆れるアカネの代わりにクオンが一から説明を始めた


隙間・・・シントにある人の世と魔の世を繋ぐ道とは別に、突如として現れる人の世と魔の世の繋がりの事を隙間と呼んでいた。ずっと繋がれてる訳でもなく、出現する場所も時間も不明であり、人為的ではないとされている


説明が終わるとクオンの膝の上に座っていたマルネスが補足のような形で上機嫌に話し出す


≪ステラに聞いたら落とされたのではなく、目の前に大きな裂け目が出来てそこに飛び込んだらこの世に来ていたという事だ。まあ、大きな隙間の可能性もあり何とも言えんが、通常の隙間は2mくらいらしいから、違う可能性が高いのう≫


「あの・・・魔族は落ちるでドラゴンは落とされるんですか?」


≪うむ・・・マーナの言う通り魔族は『落ちる』と表現して、ドラゴンは『落とされる』と表現する。魔族の場合は自らの意思で人の世に行くことから『落ちる』とされ、ドラゴンの幼龍は身を守る為に親龍などから『落とされる』。魔族の中にはドラゴン狩りを趣味にしているものもおるしのう・・・人の世なら何とか生き延びるだろうと隙間を見つけるとポイポイ落とす親龍もいるくらいだ。気持ちは分からんでもないが、落とされた幼龍が成長して人の世で覇権を握ってないという事は人に狩られているという事・・・親龍の事を思うと切なくなるわい≫


まさかそんな理由でドラゴンが人の世に来ていたとは知らなかったとハーネットは頬をかく。ドラゴン=人類の脅威=討伐という図式はとりあえず頭の中から消しておいた


何故かしんみりとしてしまった一行は日も落ちてきた事だしとハーネットの屋敷に戻ろうとするが、マルネスが頑なに拒否する


≪イヤだ!街の中は妾は木刀になるしかない!ここでクオンと泊まる!≫


「勝手に俺を巻き込むな。今まで大人しく変化してたんだろ?」


≪イヤなものはイヤだ!おい、お前・・・妾とクオン用に布団を用意せい。いや。まあ、1枚でも構わぬぞ?≫


「おいおい、誰に言ってるんだ」


ハーネットを指差して命令するとガトー達が騒ぎ出す。フォー達がどうしたもんかと悩んでいるとマーナがポンと手を叩いた


「マルネス様もステラみたいにい・・・」


犬になればと言いかけた瞬間、突然声が出なくなり、パクパクと口だけを動かす。目を動かしてクオンの方を見ると、右目でマーナを見つめていた


「それ以上は言うな、マーナ。魔族はプライドが高い・・・特に上級魔族はな。もしその言葉の続きを言えば黒丸か・・・」


ゾクリと背筋に冷たいものが走り、何かの気配を感じる。マーナ以外の者はその姿を見て驚愕の表情を浮かべていた。いつの間にかマーナの背後にシャンドが立っていたからである


≪主に感謝なさい。あのまま言葉にしていれば、私に向けられた言葉ではないにしろ許される事ではなかった≫


もしクオンが止めずにそのまま『犬になればいい』と発していればシャンドは躊躇なくマーナを殺していた。魔族の中で物に変化するにしても武器か防具のみとされている。それは技として確立されているから。魔力を帯びた剣に変化し強大な古代龍に挑む英雄譚なども存在するくらいだ。しかし、武器や防具以外に変化する事は忌避されていた


≪シャンド・・・自分に向けられた言葉で他人が怒るのは何ともこそばゆいものだが・・・妾は例えマーナが全て言葉にしていても怒りはせん。なのでその殺気はしまうがいい≫


≪マルネス様?何を仰っているのですか?私達魔族に対して犬になれなど最大の侮辱・・・それに対して怒りを覚えぬなど・・・≫


≪それは我らの考えであって人の考えではない。更に言うなら、そこのマーナは妾とクオンが共におれるよう考えた結果の発言であり、決して侮辱する意図などない。ただ言葉の上辺をとって怒るなど愚の骨頂≫


≪まるで魔族と人が同等のような言い方をしますね≫


≪同等か・・・そうやもしれんな。我らが勝っているのは寿命と力・・・その力も超えられてはただの長生きだ・・・ん?≫


力も超えられての部分でふと見上げるとクオンと目が合う。クオンは少し驚きながらも微笑み、マルネスの頭に手を乗せた


「・・・らしいぞ、シャンド。俺は魔族を知ってる分、お前の言い分も分かる・・・大体の魔族はお前と同じような考え方だろう。それだけに()()()()の言葉には正直驚いた。すぐに変われとは言わない・・・ただ人を見下すだけではなく、ちゃんと見て欲しい。お前が俺に望むものを・・・他の者も持ってるかも知れないぞ?」


≪・・・主の仰せのままに≫


シャンドは無表情のまま礼をするとその場から姿を消した。クオンはその様子を見てため息をつくと向けられた視線に気付く


「なんだ?黒丸・・・」


≪先程!マルネスと言った!け、結婚か!?・・・ギャン!≫


「とち狂うな・・・なぜ名前を呼んだだけで結婚になる?」


マルネスの頭に拳骨が落ち、痛みで涙目のマルネス。出会った当初はマルネスと呼ばれ、最近では黒丸としか呼ばれなくなっており、久しぶりにマルネスと呼ばれなぜか興奮してしまった


「そう言えば・・・クロフィード様って少し大きくなってませんか?」


≪どこを見ておる!≫


「いや、そこじゃなくて・・・」


レンドの言葉に胸を隠すように腕を組み腰をひねるマルネス。慌てて否定するが、周囲からも白い目で見られてしまった


「・・・確かに・・・重くなった」


クオンが呟くとすぐさま膝の上から飛び退き、膝から崩れ落ち地面に手をつくマルネス。え?嘘?まじで?と呟きながら周りに見えないようにこっそりお腹を摘む


「何か悪いものでも食べたか?」


≪何で悪いもの食べると太るんだ!・・・あれ?≫


項垂れていたが、ツッコミの為に立ち上がった瞬間、バランスを崩してよろける。そして、両腕で自分の身体を抱え込むようにして震え始めた


「マルネス様!?」


「近寄るな!」


その様子を見てマーナが駆け寄ろうとした時、クオンから鋭い声が届く。そのクオンはじっと右目でマルネスを見つめていた


≪主・・・これは・・・≫


「分かってる。兆候はあったしな」


姿を消していたシャンドが再び姿を現しクオンの背後から耳打ちする。それでもクオンはマルネスを見てるだけで動かなかった


震えるマルネスが次第に肉体を変化させていく。急激な成長・・・サナギが蝶になるように少女の身体は女性の身体へと変貌していく


周囲がただただ息を呑む中、クオンだけが冷静に事の成り行きを見つめ、成長を止めたマルネスに近付いた


「久しぶりだな・・・()()()()


≪・・・クオン・・・変わらぬな・・・息災か?≫


クオンの言葉に反応し話すマルネスを見て全員が固まる


流れるように風になびく金色の髪、透き通るような肌、吸い込まれるような金色の瞳、人形のように整った顔立ちの幼女マルネスをそのまま大人にしたような絶世の美女となったマルネスに男女関係なく見惚れてしまう


「まあな。てか、変わらぬなってどうなんだ?あれから結構経ってるぞ?」


≪ふふ・・・そういう所が変わらぬと言っている≫


「なんだそれ・・・ところでマルネス」


≪なんだ?愛しき人よ≫


「まだ早い」


≪・・・そうか・・・そうなのだな・・・≫


一瞬寂しそうな表情を浮かべたマルネスはふわっと浮いたと思ったらクオンの前に降り立ち、クオンを包み込む


「・・・またな」


≪ああ・・・また・・・≫


クオンが優しく微笑むとマルネスもまた優しく微笑む。そして、先程とは逆に大人の姿から少女に・・・そして、幼女へと変貌していく


マルネスは気を失い倒れそうになると、クオンはマルネスの身体を抱きとめる。あまりの出来事で誰もが言葉を忘れ無言の時間が続いた


「クオン・・・何が起こった?その魔族は一体・・・」


意を決してハーネットが口火を切ると、他の者達も次々にクオンに説明を求めた


クオンは抱き方を仰向けに変えると、その場に座り今起きた現象をポツリポツリと話し始めた


「10年程前・・・俺は神扉を通り、単身で魔の世へと向かった。そこで魔族や魔獣と戦い倒していくも長くは続かず傷付き倒れてしまった・・・。倒れた俺を救ってくれたのが今目の前に出現したマルネスだ。彼女は俺を助けた時の後遺症で幼女の姿へとならざる得なかった。なので先程の女性の姿がマルネス本来の姿で、今の姿は仮初の姿・・・って所だな。セガスに居る時と先程再会した時、マルネスが幼女から少女に成長しているのを見てもしやとは思っていたが、恐らくマルネスが本来持っている魔力に近付いた為に元の姿に一時的に戻ったのだろう」


話の後半はクオンの憶測であった。しかし、数日ほどしか離れていないのに成長したマルネスを見て元の姿に戻る兆候と感じていた


全員が黙ってクオンの言葉に耳を傾ける中、少しだけ思い当たる事がある人物がいた。マーナである


「あの・・・もしかして、私が魔力をマルネス様に供給していたのが原因?」


ここ数日、事ある毎に魔力を供給していたマーナ。それに加えて最近はマルネスの魔力消費は皆無であり、魔力は溜まっていく一方だった


魔力が回復しない王都に居る時間を除き、常に魔力供給を行っていたマーナには『マルネスの本来持っている魔力に近付いた』という言葉には身に覚えがあり過ぎた


「だとしたら、マーナは凄いな。上級魔族であるマルネスの魔力を数日で満タン近くにしたんだ・・・もし、これが知れ渡ればマーナを側に置きたいと思うものは後を絶たないだろう」


「え?でも・・・クオンはマルネス様に『まだ早い』って・・・それってつまり私が余計な事を・・・」


マルネスの突然の成長とその後に気を失ってしまったのを目の辺りにして、マルネスにとってよからぬ事が起きたと判断したマーナ。しかし、クオンは首を振り、その結論が間違いであると説明する


「事情が事情なのであまり多くは話せないが、マルネスの魔力は多いに越したことはない。詳しくはいずれ話す。それまではこれまで通り魔力供給をしてやって欲しい」


クオンはマーナに言いながら、マルネスに視線を落とす。そのクオンの顔を見て、胸の奥が少し傷んだ。いつものような保護者目線という感じではなく、まるで・・・


「わ、分かったわ!マルネス様の事は任せておいて!それで、どうする?このままだと王都に入れないけど」


マーナは慌てて話題を変えて、今の雰囲気をかき消す。その思いを汲んだのかレンドが後に続く


「気を失っているクロフィード様をそのままの姿で王都に連れていくのは危険ですよね?そうすると目を覚ますまで待つしか・・・」


「当分覚めそうにないな・・・ハーネット、屋敷にテントはあるか?」


「あ、ああ。野営用のテントがいくつかあるはずだ。まさかここにテントを張って野宿するのか?」


「そうするしかあるまい。悪いがテントを貸して欲しい」


「それは構わないが・・・ならば僕も・・・」


「いや、ハーネット達は屋敷に戻ってくれ。ニーナの使者が来るかもしれないし、ここにゾロゾロたむろっていたら目立つ。俺とマルネスとシャンドで・・・」


「私も!魔力供給が必要になるかも知れないし!」


「僕も!連絡係は必要ですよね?」


マーナとレンドが残る事を熱望し、ハーネットは渋々、ジュウベエは何か考え事をしながらハーネットの屋敷へと戻って行った。アカネとラフィスは荷物があるのと旅疲れも手伝い、テントが設営されたと同時に屋敷へと足を向ける。結局残ったのはクオンとマルネス、マーナにレンド、それに姿は隠したがシャンドの5人


テントを運んでくる際にハーネットが護衛として数名手配していたが、クオンの邪魔のひと言ですごすごと帰って行った


テントは2つ用意され、その中の1つで・・・


「なあ、何で残ったんだ?」


「言ったでしょ?マルネス様が魔力切れを起こした時の為よ。あんたこそ何で残ったのよ」


「何かあった時に屋敷に連絡する奴が必要だろ?」


「あんただけで街に入れるの?許可証はフォー様が持ってるし・・・」


「それを言ったらそっちだってクロフィード様が魔力切れを起こしてもクオンさんがいるじゃないか」


「・・・」


「・・・」


「ハア・・・お互い苦労しそうね」


「言っとくけど僕はクロフィード様に惚れてる訳じゃないぞ?僕は・・・」


「嘘でしょ!?最近ハードル上がったのに・・・言っちゃ悪いけど私より絶望的だと思うけど・・・」


「うるさい!宿屋の娘風情が!」


「なによ!宿屋の息子風情が!」


「・・・ぷっ」


「アハハハハ」


お互い同じ親を持つ同士罵り合い笑い合った。クオン達との出会いが2人の人生を劇的に変えたのは間違いない。そして、2人は成長し恋をする。隣のテントが気にはなるが、2人は何だか久しぶりに気を抜いた夜を過ごすのであった────



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