表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強の番犬と黒き魔女  作者: しう
『招くもの』
30/160

2章 7 カーテンコール

「・・・無事だったんですね!良かった!」


ラフィスはアカネの姿を見て安堵の表情を浮かべると息切れしたのか膝に手をかけ肩で息をした。アカネは未だにゼネストに鷲掴みにされているケインを横目で見てラフィスの楽観的な物の見方に呆れると共にその身を案じる


「何しに来たの!?早く屋敷から・・・」


≪それは叶わぬ。この部屋に入った時より我が舞台の演者だ。勝手に舞台を降りるのを許す事は出来ない≫


気取った様子で語るゼネストにアカネは苛立ちを覚えニーナは自分の屋敷を勝手に舞台化されたことに腹を立てた。しかし、彼の手にはケインの命が握られている。下手に刺激して握り潰されないように2人は気持ちを抑え込む


「彼は戦闘力皆無の情報屋・・・能力も花を咲かせるだけのヘナチョコよ!」


「ヘナチョコって・・・」


アカネの言葉にショックを受けたラフィスは息を切らしながらもアカネに抗議の視線を送る。しかし、アカネとしては危険だからとわざと遠ざけたにも関わらず飛び込んで来たラフィスを睨み付け、それを受けてラフィスは視線を落とした


ゼネストはアカネの言葉に興味を持ったのか、ラフィスを一瞥すると口を開く


≪ほう・・・そんな魔技は見たことが無い。いずれかの魔技の退化か≫


ラフィスから興味を逸らそうとして言った言葉に興味を持たれ、アカネは内心舌打ちをする。ゼネストがただ単純に強いものを求めている訳ではないことを知る


未だシナリオが整わない『魔王』ゼネストはニーナ、アカネ、新たに現れたラフィスを順に見ると1つの決断をする。『魔王』としての第一歩を踏み出す決断を────


≪よし、なかなかのシナリオが出来た。当初の予定通りそこの娘を攫い、ディートグリスという国を滅ぼす。その前に色付けとして恋人を助けに来た男を殺し、復讐に燃える女戦士というサブシナリオを追加しよう。5年後に我を倒せると豪語するくらいだ。復讐に燃えていた方が時期も早まりやる気も出るだろう≫


自分の考えがいたく気に入ったようで薄ら笑いを浮かべながら語るゼネスト。すると手の中で微かに動く男の存在に気付いた


≪ああ・・・そうなるとコレは無用だな≫


グシャッと音が鳴り、その後にドサリとケインの身体が地面に落ちる


他の3人は一瞬何が起こったか理解出来ずにその様子を無言で見つめていた


少し・・・ほんの少しだけニーナは自分は何となく助かるのではないかと思っていた。侯爵であるクリストファー家に生まれて今まで悠々自適に生活していた。与えられた仕事と言えばギフトを使って相手の嘘を見抜くだけの簡単な仕事。ほとんどが国王の傍にいる為に安全は確保されていた。危険と言えば月に一度の魔力を回復する為に訪れる別荘への道のり。それも私兵と国から派遣される近衛隊の者がいればどんな魔物が来ようとも平気と確信していた。だが、ケインの頭部が失われ、首から大量の血を吹き出すのを見て、魔族の恐ろしさとこれから魔族の子袋となる事が現実味を帯びる


「ヒァッ」


恐怖で叫ぼうとするが、度が過ぎたのか息が漏れるのに留まる。瞳孔は開き、ただただ物言わぬ骸と化したケインを見つめていた


「ラフィス逃げて!」


現実を一番早く受け入れたのはアカネ。魔物との戦闘経験もあり、人の死に一番身近にいたアカネだからこそ頭の整理が追い付いた。ゼネストの言葉通りなら次に殺されるのは────ラフィス


残りの魔力を指に込め、恐怖で動けぬラフィスとゼネストの間に入り込む。しかし、それよりも早くゼネストが手をラフィスに向けると強大な炎の玉を生み出し放った


アカネは手を伸ばし、その炎の玉を自らが受けようとするが届かず、一直線にラフィスの元へ


ラフィスはがむしゃらに腕を動かすが、身体を覆い尽くす程の炎の玉は眼前まで迫っていた


「ラフィスー!!」


アカネは何も出来ず、ただ腕を伸ばし叫ぶ。炎が当たる瞬間にラフィスはアカネを見つめ微笑んだ。それを見てアカネはギュッと目を瞑り思考を加速させる。どうすればラフィスをこの窮地から救えるか


しかし、何も浮かばないまま炎の玉が弾ける轟音が部屋中に響き、煙が充満したところで自分の不甲斐なさを呪った


「ラ・・・フィス・・・」


まだ晴れぬ煙の奥で息絶えたであろうラフィスを想い呟くと、元凶であるゼネストを睨み付ける


しかし、そのゼネストはアカネではなく煙の奥を睨み続ける


≪飛び入り参加とは・・・行儀が悪いな≫


≪主の(めい)で急ぎ来たものの、突然の火魔法での御出迎えとは行儀を語るに値しないですね。主からは『アカネ』と言う方とその周辺もなるべく助けろと言われているのですが・・・入口に転がってるのとそこに転がっている死体は私が来る以前のもので間違いないですよね?≫


煙が徐々に晴れてきて姿を現したのは執事服の男。仰々しく礼をしながらゼネストの来襲を伝えに来た警備兵とゼネストの後ろで横たわるケインの亡骸を指して言う


執事服の男の後ろでは尻餅をついたラフィスが何が起こったか分からずただ呆然と執事服の背中を眺めていた


「だ・・・誰?・・・」


ラフィスに手を伸ばしたままのアカネが執事服の男に尋ねると、男はアカネを上から下まで見て微笑む


≪あぁ、良かった。その紅色の髪・・・貴女がアカネ様で間違いありませんか?≫


「え、ええ・・・で、貴方は・・・」


≪素晴らしい!これも偏に主への忠誠心がなせる業・・・≫


アカネの言葉を無視して恍惚の表情を浮かべる執事服の男。ゼネストも男を警戒してか先程までの表情から余裕が消え身構えた。そして、憎々しげに呟く


≪シャンド・ラフポース!なぜ貴様がココに!!≫


シャンド・ラフポース・・・ジュウベエを連行中のクオン達を襲った上級魔族が何故かアカネを救いにニーナの屋敷に突然現れた。同じ上級魔族であるゼネストがシャンドを見て喉を鳴らし叫ぶがシャンドは気にすることなくアカネに近寄る


≪主がウォーウルフの群れに囲まれて到着が遅れています。それまで僭越ながら私が貴女を守りましょう。ついでにこの部屋にいる者も守りますが・・・優先順位は低いので死にたくなければアカネ様の近くにいることをオススメします≫


「・・・」


腰を抜かして尻餅をついているラフィスが涙目でアカネを見つめる。一方ニーナは呆然と佇みシャンドの言葉を聞き取れていないようだった


とりあえずラフィスの方に向かおうとアカネが動こうとした時、根本的な問題がある事に気付く


「その・・・主って誰・・・ですか?」


その主が分からぬまま、守るという言葉を鵜呑みにするのは危険だと判断したアカネがシャンドに尋ねると、シャンドは顔だけをアカネに向けて無表情で答える


≪主は主です。この世で上級魔族を従えるなど主以外他には存在しません。ところでこの目の前にいる魔族の名前をご存知ですか?私の名前を知ってるようなのですが、私は全く存じませんので・・・≫


「え?貴方魔族?嘘・・・だって執事服を着て・・・」


≪アカネ様は私の質問に速やかに答えてくだされば結構です。余計な詮索は必要ありません≫


「アカネ様と呼ばれているのに全く敬われている感じがしないんだけど・・・上級魔族で名前はゼネスト・・・って言ってたわ」


ゼネストの後が出てこなかったので適当に誤魔化したが、シャンドは気にせず自らの記憶を手繰る


≪・・・知りませんね。むっ・・・そう言えば主が最近似たような名前を口にしていました。気のせいとは思いますがやはり当初の予定通りに致しましょう≫


「当初の予定って?」


≪貴女を守る事です。そのついでに貴女を襲っている魔族を滅してしまおうとも考えたのですが、止めておきます≫


「へぇ・・・そう」


シャンドの肩越しに見えるゼネストの顔が凶悪さ増していく。顔は真っ赤となり湯気が出るほど熱を持ち、牙は剥き出しでその先からはヨダレが伝う。彫刻にして展示したら題名が決まっていなかったら誰もが『憤怒』と付けるだろう


抑えきれなくなった怒りをぶつけるべく、ゼネストが進み出るがそれに気付いたシャンドがチラリとゼネストを見た


蛇に睨まれた蛙・・・一瞬でゼネストの表情は憤怒から焦り、そして、恐怖へと変わっていく。今までの高揚感をかき消した憎き相手だが同じ上級魔族とはいえ格はシャンドの方が上であった


≪そこで大人しくしていなさい。主が来るまで生を謳歌するのをオススメします。まあ、主が気まぐれで生かしてくれる可能性も無くはないと思いますので望みは棄てることはありません≫


ゼネストに優しく語りかけるシャンド。自暴自棄になり、暴れて誰かが犠牲になるのを避ける為の言葉だったが、思いの外ゼネストには響いたようで素直に歩みを止めた


自称『魔王』の一連の態度から後から来たシャンドの実力がゼネストの数段上を行くとアカネは察し、そのシャンドを従えている人物も大体理解出来た。自分を守るように言いつけ、上級魔族を従えるような奴などアカネの知り合いでは2人・・・いや、従えるという意味では1人しかいなかった


ほどなくして開け放たれたままの扉の奥から姿を見せたのは予想通りの人物・・・思わず目が潤みそうになるのを必死に我慢して叫んだ


「クオン!」


「ふぅ・・・無事だったか。レンが急かすし、ウォーウルフには囲まれるし散々だったが無事なら良かった・・・で」


現れたのはクオン。クオンはアカネを見てホッとし、部屋の状況を確認する。壁際にアカネとシャンド、奥に赤いドレスの女、中央に裸の男、入口付近クオンの前に尻餅男・・・と入口と中央に死体が2つ


≪あ、主!違います!私が来た時には既に息絶えておりました!決して手を抜いてなど・・・≫


「いや、助かった。お前がいなければ間に合わない所だったポイな」


≪んほー!とんでもございません!このシャンド、どのような御命令でも命を懸け挑む所存です!≫


「ついでに・・・優先順位低い・・・死にたくなければ・・・」


シャンドがニーナとラフィスに対して言った言葉をボソッとアカネが言うと、シャンドはクオンに見えない角度でアカネの方を向き鬼の形相で睨み付ける。その表情が『お前少し黙ってろよ』と語っていた


≪と、とにかく私が到着した時から死者は出ておりません!アカネ様を害しようとしていたのは中央にいるそのもの・・・名はゼネストと申すものです≫


アカネを睨み付けた後、表情をガラリと変えて微笑みながらクオンに状況を説明する。クオンはその言葉を聞いて頭を傾けた


「ゼネスト?ディートグリスの国王?」


「誰が陛下だ!陛下の名はゼーネスト・クルセイド!そんな奴と一緒にするな!不敬罪で・・・ひぅ!」


ニーナがクオンの言葉に我に返り猛抗議すると、そんな奴扱いされた自称『魔王』とクオンに対して叫ぶ事に不快感を覚えたシャンドに睨まれた


「そうか・・・紛らわしいな。で、そいつは上級魔族?」


≪はい。私は名前を知らないのですが本人が上級魔族と名乗っているようですからそうだと思われます。上級魔族でないものが上級魔族と名乗る事など有り得ませんので。如何致しましょうか?≫


「うーん、任せる。出来るか?」


≪造作もございません。主はただ命令して頂ければ、私はその命に全力で応えるまでです≫


「じゃあ、頼む。とりあえず俺らは部屋から出るか・・・アカネは動けるか?」


「ええ、私は。でも・・・」


クオンの問いかけに頷くと、残り2人の様子を伺う。ラフィスは腰が抜けているのか動けそうになく、ニーナもずっと1歩も動いていない。アカネがクオンに目で訴えるとクオンは頷いて奥へと歩き出した


部屋の中央に差し掛かった時、自分の存在を特に気にすることも無く歩くクオンに対して額に青筋を立てたゼネストが牙を剥き出し爪を伸ばす。クオンを殺して形勢を取り戻そうと伸ばした爪を突き立てるべく振り上げるが、その手を後ろから掴まれた


≪なっ!?≫


≪主の許可なく動かないで下さい。貴方の処分は私に委ねられましたので、主が部屋から退出された後にゆっくりと・・・≫


シャンドはゼネストの手を掴みながら不気味に微笑む。力を込めてもピクリとも動かない手に実力差を思い知り愕然とする


クオンは奥にいたニーナの前に到着し、動けそうにない事を確認すると足と背中に手をかけて抱き上げた


「なーーー!」


「おい、暴れるな・・・黙っててやるから」


突然抱き上げられ叫ぶニーナに、ポツリとクオンが呟くと、ニーナは顔を真っ赤にして塞ぎ込む。静かになったニーナを抱えたまま来た道を戻りアカネに目で合図した


アカネは頷き動き出すとラフィスの前で屈んで肩を貸す


「んしょ・・・ほら、ラフィス立って」


ラフィスは言われるがまま、アカネの肩を借りて何とか立ち上がる


こうして4人は何とか部屋から出る事が出来た。ラフィスと共に部屋の外に出たアカネがラフィスを離して、部屋の扉を閉める間際、先程まで優越感に浸った声を出していたゼネストの断末魔の残響が聞こえたがそのまま扉をきっちりと閉める


「さてと・・・ゆっくり話せる場所はあるか?お前も着替えたいだろうし・・・」


「ぶ、無礼者!お前とは何だ!クリストファー・・・いや、ニーナ様と呼べ!それにいつまで私を抱えてるつもりだ!さっさと下ろせ!」


「この・・・助けて貰っておいて・・・」


「いい・・・アカネ。それよりも歩けるか?なんなら部屋まで運ぼうか?ニーナ・クリストファー侯爵?」


「いらん!爺!おるか!・・・ニーナと呼べと言うたのに・・・」


「何か言ったか?」


「言っておらん!さっさと下ろせ!」


抱えられたままで暴れるニーナをそっと下ろすと、奥の方から執事服の老年の男性とメイド服の女性が4人パタパタと駆け寄ってくる


下ろされたニーナはクオンを睨んだ後に鼻息荒く執事とメイドを引き連れて2階へと上がって行った


「隠れて・・・いたんですね」


ラフィスが突然湧いて出て来た執事達を見て呟くとアカネはため息をついて振り返る


「それが正解ね。下手に出てこられても人質にされたら目も当てられないし・・・誰かさんよりよっぽどやるべき事が分かっているわ」


「うっ・・・」


「フォロの事話したでしょ?感情で動くとろくな事にならな・・・イタッ!」


「お前もな。レンに聞いたぞ。ファイ達が魔族にやられて4体の魔族に突っ込んで行ったって。たまたま勝てたから良かったが、お前も引くことを覚えろ」


偉そうにラフィスに説教をするアカネの頭をコツンと叩き、フォロの相棒であるレンから聞いたアカネの無謀な行動を諌める


「・・・元々クオンが私達からはぐれたのが原因だと思うけど!」


「寝てたら置いて行ったのはそっちだろ?」


「馬走らせながら寝るな!」


「はは・・・仲良いですね」


しばらくそんなやり取りをしていると2階から着替えたニーナが降りてくる。先程までの赤いドレスから赤いドレスへ。同じドレスかと思いきや先程のドレスよりも胸元が開いており、階段を降りる度にスリットから脚を覗かせる


「・・・今から舞踏会か?」


「・・・多分赤いドレスしか持ってないのよ」


「お二人共・・・不敬罪で牢獄行きになりますよ?」


降りてくるニーナに聞こえてないかハラハラしながらラフィスが突っ込む。どうやらニーナには聞こえなかったみたいで、階段を降りると特に何も言うことなく顎をシャンドとゼネストがいる部屋とは反対側の部屋に向けた


無言でその方向に歩き出すニーナを3人が見送っていると途中で止まり振り返る


「普通この場合付いて来るでしょ!?皆まで言わせないでよ!」


1人気取って歩いた恥ずかしさから顔を真っ赤にして怒るニーナ。それを受けてアカネとクオンが顔を見合わせる


「・・・らしいわよ、クオン」


「今度から顎を動かす時は注意しよう。色んなものに付いて来られたら堪らん」


「お二人共・・・時と場所と人を考えましょうよ」


からかってるのか本気なのか分からない2人にラフィスが冷や汗をかきながら突っ込む


2人の会話を聞いて更に怒鳴り散らすかと思われたニーナだが、フンと鼻を鳴らすとズカズカ目的の部屋へと歩き出した


いつの間にか部屋の扉の前にいたメイドがニーナが前に着くと扉を開けると、ニーナはその中へと入っていく。それに続いて3人が部屋に入ると、中は応接間なのか大きめのテーブルに向き合うように並べられたソファーが二脚、壁には豪華な額縁に入れられた絵画が所狭しとかけられていた


ニーナが奥のソファーに腰掛けると対面のソファーにクオンとアカネが座り、ラフィスはソファーの傍らに立つ


「・・・貴方も座りなさい。1人立っていたら話しにくいわ」


「は・・・はいっ」


ソファーはゆったりと3人が座れるスペースがあり、ニーナに即されたラフィスはアカネの隣に腰を落ち着かせる。しかし、肩身が狭いのかソファーのギリギリの所に座り、背もたれから距離を空けて縮こまっていた


「まっ、それが普通の反応よね・・・」


クオンとアカネは背もたれに寄りかかり、メイドが出した紅茶を即座に飲み干す。クオンは水もくれと注文をつけるほどだ


ニーナは呆れながらも自らも出された紅茶に口をつけ、改めて先程起こったことを思い出す


「・・・外に警戒に出ていた兵は・・・」


「恐れながら私が見た限りではあの魔族に勇敢に立ち向かい・・・」


「そうか・・・」


アカネが起こしたボヤを消そうと動いていた警備兵達は突如現れた上級魔族であるゼネストに次々と殺されてしまった。それを遠くから見ていたラフィスはニーナの問いに答える


ニーナは執事を呼び出すと屋敷に残る警備兵に外の様子を見に行くのと警備兵達の埋葬をするよう命ずる。その際に今現在戦っているであろうゼネストとシャンドがいる部屋には近付くなと伝える


「・・・ここで暢気に座っている私が言うのもなんだが、アレを放っておいて良いのか?」


「逆に居ても邪魔になるだけだ。本人が任せろと言ったんだから大丈夫だろ」


「そういうものか」


「そういうものだ」


ニーナは戦闘とは無縁の暮らしをして来たのでよく分からなかったが、出された水を飲みながら慌てる様子もないクオンの言葉に納得したのか背もたれに身体を預けようやくひと息ついた


アカネの侵入から始まった一連の流れに心身ともに疲れ果てたが、屋敷の主としてやるべき事は多く残っている。目を閉じて頭の中を整理すると身体を起こし目の前にいるクオンを見つめた


「大方想像つくが・・・お主は何者だ?」


「大方の想像通りだ」


ニーナの質問にクオンが返し、部屋は静寂に包まれる。無言で見つめ合った後に息を吐き、ニーナは視線をラフィスに向けた


「・・・ラフィス・トルセン、どうにかせい」


「は、はいっ。あの・・・『大方想像つくが』は地位の高い方がよく使われる文法で訳すると『私に知らないものなどないけど、本当は知らないから何者か説明してね』って意味でして・・・」


「おい!」


「はひぃ!」


クオンにラフィスが説明するが、その内容が気に入らないようでニーナは声を荒らげる。雲の上の存在のニーナに恫喝されたラフィスは声を裏返し、縮こまった


「なるほど。シント国のクオン・ケルベロス。アカネの護衛として王都に向かっていたが不幸な事故ではぐれてしまってな・・・ようやく先程合流出来たところだ、ニーナ・クリストファー侯爵」


不幸な事故ってと睨み付けるアカネを華麗にスルーするクオン。揺れが心地好くて馬を走らせながら寝てはぐれましたとは言えなかった


「クオン・・・ケルベロスだと?まさか神扉の番犬か!?」


「さすが『私は知らないものはない』だな。その通りだ」


「ちょっ!」


ラフィスが存在を消そうとしていたのにも関わらず、自分の言葉を引用して火に油を注ぐクオンに待ったをかける。しかし、時既に遅く、ニーナはクオンを睨み付けるとその後にそっぽを向いた


「あまり我が国の情報網を舐めるなよ。貴様らが秘匿にしていようが・・・」


「特に秘匿にしていないぞ?知られて困る事でもないしな」


「ぐっ・・・神扉の番犬が何の用だ!」


「だから言ったろ?アカネの護衛って。知ってると思うがアカネがディートグリスに訪れた用件は魔族や魔物を呼び出してる通称『招くもの』の調査だ。危険を伴う為に護衛を頼まれた。こんなんでもアカネは四精将と呼ばれる王の1つ下の身分の者の娘でな・・・言ってみれば次期侯爵みたいなもんだ」


「こんなんでもって・・・」


「次期侯爵みたいな?では、なぜ身分を隠した?身分を明かせばそれ相応の対応をしたものの」


クオンの発言にアカネが不服とばかりに頬を膨らませ、ニーナは疑問の声を上げる。謁見の間ではアカネに対してあまりいい対応ではないと自覚していた


「シントでは身分とかあまり重んじないわ。それに四精将は次期であって、今はただの四精将の娘よ。隠すも何も四精将の娘ですって言う方が恥ずかしいわよ」


「国の違いか・・・クオンの地位はどの辺になる?」


「ない」


「は?ないとは何だ、ないとは」


「ケルベロス家は特殊でな。地位を定めてしまうとちと問題が出る。地位は人に上下関係を生み出すから神扉の番犬をしているケルベロス家が地位を得てしまうと上の地位のものに命令される可能性がある・・・例えば『神扉を開けろ』とかな。だから上下関係を生み出さないように地位も定めないようにしている」


「だが、お主はシント国王の命令でアカネと共に来たのではないのか?」


「護衛を頼まれただけで命令を受けてはいない」


「物は言いようだな」


「ああ。解釈も自由だ。お前がそれを命令と見なすなら勝手にすればいい。ケルベロス家が誰からも命令を受けないのは独自に決めたルールだから、破ったからと言って法に触れる訳でもないしな」


のらりくらりと言ってのけるクオンにニーナは何も言えなくなる。確かに法に触れている訳では無いし、ディートグリスとしても知らなかったルールだ。とやかく言う資格もなければその気もなかった


「ならば改めて聞こう。その『招くもの』が引き起こしてるとされる魔族と魔物の召喚事件・・・シントは関与していないのだな?」


「当たり前だ。ウチは迷惑してるから調査して止めさせたい。何の目的か知らないが迷惑極まりない」


「止めさせたい?人為的であるのは確定してるのか?」


「ウチの隠密は優秀でね。大体アカネの身に起こった事は聞いている。上級じゃないとはいえ魔族が徒党を組んで人を襲うのはおかしい。誰かに使役されてると考えるのが普通だろ?」


フォロ経由でレンから聞かされた内容の中に魔族五体に襲われた時のことも入っていた。それだけで人為的と決め付けるのは早計かもしれないが、クオンは断定する。人の世において魔族を1番知っていると言っても過言ではないクオンならではの見解だった


ギフト『審判』を使い、クオンが嘘をついていないのは明白、度重なる魔族の襲来にニーナは国の者かは分からぬが、国内に『招くもの』がいることを初めて認識した


「済まなかった。五体の魔族にこの屋敷に訪れたゼネストという魔族・・・シントの手の者でないとすればその『招くもの』の仕業なのだろう。クオンの言う通り目的が知れぬのが不気味だが国を挙げて調査に乗り出せば自ずと見つかるであろう」


「・・・クオンの言葉には素直よね。私が言っても聞かなかったのに」


「ふん、総合的な判断をした結果だ。1人の言ではその者が騙されている可能性もあるので判断がつかん。それに魔族から助けてもらったのもある。あれが自作自演だとは到底思えないからな」


シャンドが間に合わなければ確実にラフィスは命を落とし、ニーナは攫われていた。そうなれば5年後復讐に来たアカネを迎えるのは子沢山の自分であると身震いしながら思い返す


「とにかくシャンドが倒し終えたら急ぎ王都に向かおう。黒丸とジュウベエの事もあるしな」


「・・・そう言えばマルネス見ないと思ったら別行動?あんた恐ろしい事をするわね」


「シャンドに襲われている時にな・・・信頼出来る者達に任せてるから大丈夫だとは思うが・・・それよりもジュウベエが暴れてないかが気掛かりだ。一応釘は刺しておいたが」


ラメス村からセガスへ救援依頼と同時にマルネスとジュウベエに宛てた手紙・・・そこに記したのは『任せる』と『信用してる』の一言ずつだった。クオンは2人にはそれで充分だと思っている。なんだかんだで2人を信頼しているクオンであった────



≪グアアアア!≫


シャンドが掴んでいた腕を捻りあげ、そのまま腕を折るとゼネストは大きな呻き声を上げた。部屋を出たアカネが扉を閉める間際の出来事である


シャンドが掴んでいた腕を離すとすぐさま距離を置き折れた腕を回復させる。それを止めることなくシャンドは部屋の中央に佇んでいた


≪貴様・・・上級魔族としてのプライドはないのか?≫


≪プライド?何の話でしょう?≫


≪人に従い、同族に手を上げるなど・・・≫


≪ああ・・・くだらないお喋りをして回復の時間を稼ごうとされているのですね。どちらがプライドがないのか・・・≫


シャンドが口に手を当てクスクスと笑うと、ゼネストは眉間に皺を寄せて歯を剥き出す


≪違う!シャンド・ラフポースともあろうものが人に従うのが心底解せぬのだ!国で誰にも属さず、己の好き勝手に生きていたはずだろう!それが・・・≫


≪おやおや、適わないと分かると懐柔ですか?人に従わず我と共に人の仇となろうと?滑稽ですね、貴方≫


≪滑稽だと!?人に従っている貴様に言われたくないわ!我は今代の『魔王』として人と対峙し、人を導く為に・・・≫


≪ああ、聞いた事があります。低俗な連中の中で流行っていた『魔王』ごっこのお話ですね。究極の暇潰し・・・隙間に落ちた上級魔族が人の世で好き勝手暴れて最終的に人に殺される・・・国で立場のないただ生きているだけの輩で盛り上がっていたと聞いていますが・・・救いようがないですね≫


≪何だと!≫


≪確かにそのような事をしたものがいるのは聞いています。しかし、その話に救いを求める日々を過ごしていたと想像すると・・・同情を禁じえませんね≫


魔の世にてそれ相応の実力者であったシャンドと名が知れていないゼネスト。片や自由を謳歌し、片や『魔王』を夢見て肩身の狭い生活を強いられる。魔の世では格の差が全てであり、シャンドとゼネストではその差が歴然であった


≪『七長老』が決めた唯一不変のルールである同族間私闘の禁止・・・だが、人の世ではルールに囚われず自由に力を使い、劣る人を蹂躙する優越感に浸れ、自分が考えたシナリオでことを進め、満足したら朽ち果てる・・・低俗なものが見る夢としては最高なのでしょう。その『魔王』とやらは≫


≪・・・確かに我は『魔王』という存在に憧れを抱き、虐げられる日々を過ごしていた・・・しかし、貴様はどうなのだ!?人の世に現れ、人に従うなど・・・≫


≪10年ほど前に開かれた晩餐会・・・貴方はご存知ですか?≫


≪なに?晩餐会?≫


突如として言葉を遮りシャンドが口にした言葉にゼネストは記憶を探る。10年前の晩餐会・・・ゼネストはその言葉に聞き覚えがあった。突然現れた人間の子供・・・その子供と魔族の死闘・・・クロフィード家の・・・


≪まさか・・・あの男が『拒むもの』・・・≫


≪そうです!神扉の番犬・・・『拒むもの』・・・そして、晩餐会の主役が我が主こと、クオン・ケルベロス様です!愚かにも私は主に挑み、倒されました。その時の傷がコレです≫


シャンドが執事服をめくると脇腹の部分が紫に変色し、傷の中心から渦を巻いていた


≪私如きの治癒力では一生治らないでしょう。この傷を付けられた時の高揚感、敗北感、絶望感・・・生まれて初めて感じた感情はこの先忘れる事はないでしょう。そしてその時思ったのです。主と共に歩めばこの先同じような・・・いや、もっと素晴らしい事が起こるではないかと!気付いた時には私は主の前に跪いていました。『どうか私を貴方の下僕として扱いください』・・・と。その場で朽ち果てても良かった!しかし、私は更なる高みを渇望したのです!≫


力説するシャンドが隙だらけになっているのに気付いたゼネストが攻撃を仕掛ける。だが、目標は目の前から消え、動きを止めると後ろから囁かれる


≪話の途中で仕掛けるなんて無粋ですよ。貴方の魔技は『超回復』ですね?腕の傷が癒え、隙だらけの私を見て好機と思ったかも知れませんが貴方と私では格が違い過ぎます。大人しく私の糧となりなさい≫


ズブリと音がして激痛でゼネストは顔を歪める。背中からシャンドが自分の内部に手を入れ掻き回している事に気付いたのは痛みがなくなりかけてからの事だった


≪あ・・・が・・・≫


シャンドの言う通りゼネストは『超回復』の魔技を使いアカネから受けた火傷を回復させていた。戦うことのなかった日々から一転、ダメージを受けて回復するという自分本来の戦い方・・・生き方を行使出来て喜びに震えていた。しかし、今は回復する間もなく内蔵を掻き回され、何も出来ぬまま死を迎えようとしていた


≪ふむ・・・なかなか見当たりませんね。この辺だと思いましたが・・・ああ、コレですね≫


シャンドがゼネストの内部を漁り、取り出したのは魔族の心臓・・・ゼネストは振り向き、その心臓が自分のものと理解した




舞台は人から奪い取った城の謁見の間


玉座で待ち構えるのはこの日の為に用意したと言っても過言ではないゆったりとしたローブに身を包んだ『魔王』ゼネスト・ランデブー


扉は勢い良く開け放たれ、数人が雪崩込む


先頭にいるのは勇者・・・顔はぼやけているが瞳は『魔王』を見据え、部屋の中央まで駆けると剣を抜き構えた


鍛え上げられた剣身が眩い光を放ち、『魔王』を退治する為に用意されたものである事を物語る


勇者は名を名乗り、口上を述べる


傍らには紅色の髪の魔導士。恋人の仇を刺すような視線で睨み付けている


『魔王』ゼネストは立ち上がり、仰々しく手を広げて勇者達を歓迎した





≪よ、よくぞ我が前に・・・現れた・・・勇者よ・・・≫


虚ろな目で口から血を吐き、たどたどしく呟くゼネスト。そのセリフを聞いてシャンドは微笑む


≪良き夢を・・・名もなき『魔王』よ≫


シャンドは心臓を持つ手と逆の手でゼネストの額に触れると魔力を流し込む。するとゼネストの身体は跡形もなく霧散し、部屋の中は静寂に包まれた────




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ