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最強の番犬と黒き魔女  作者: しう
『拒むもの』
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1章 2 朝食

ディートグリス王国の東にある街セガス


冒険者ギルドにおけるゴタゴタがなかったかのように清々しい朝を迎えていた


あれからクオンはレンドとマーナに宿屋に連れて行かれ、強制的に1泊させられる。路銀を持っていないと主張するも2人は強引にクオンを部屋に押し込んだ


仕方なくそのまま1泊し朝を迎えると、レンドとマーナに連れられ宿屋にある食堂へ。そして、今に至る


テーブルにつくと焼きたてのパンとコーヒーを恰幅のいい女性が運んで来て3人分置くとニカッと笑い去っていく。これで金がないと言ったら彼女に挟まれて圧死だなとクオンは思った


「昨日はバタバタしてて夕食も誘えず申し訳ありませんでした。てっきりこちらで食べて頂けると思ってしまってまして」


「いや、保存食がまだ残ってたから大丈夫だ。それに昨日も言ったが路銀がなくてな」


「あ!伝えていませんでしたね。ここは僕達の両親が経営する宿屋でして、昨日の事を両親に話したところ好きなだけ泊まってくれて構わないと。もちろん食事も。すみません、お伝えできなくて」


「そうだったのか。それよりも()()?」


「ええ。紹介が遅れました。僕はレンド・ハネス。こっちはマーナ・ハネス。双子の兄妹です」


てっきり恋人同士か何かと思っていたクオンは少し驚き改めて2人を見比べる。似てると言われれば似てるが、似てないと言われれば似てない。心の中で微妙な双子だなと思いながら遠慮なくパンを口に運ぶ。タダだから


そして、昨日のジャイアントアントに囲まれた経緯をなぜか得意気に話し始めるレンド


特に特徴のない街セガスで宿屋を経営している両親。稀にくる旅人や出稼ぎの冒険者、商人などが利用するのだが経営は思わしくない。そこで2人は冒険者として採取依頼『ジャイアントアントの蜜』を受け採取に向かう。本来ならば孤立したジャイアントアントを狙うのだが、運悪く逆に見つかってしまい囲まれてしまったとの事


マーナを逃がし、1人奮戦している所に颯爽と現れたクオンに助けられたのが事の顛末だったのだが、まさか街に戻ってから一悶着あるとは考えもせず2人してクオンに頭を下げる


「命の恩人に申し訳ありません」


「別にレンドが悪い訳ではないだろ?特に気にしていないし、路銀がないのに宿にも泊まれた。旅の疲れと汚れを落とせて感謝してるよ」


「いえいえ。それよりも旅って事はどちらかに向かわれているのですか?」


「ああ。ちょっと用事があってディートグリスの王都にな。途中まで一緒に行動していた者達が居たのだが、はぐれてしまって馬もいなくなり、途方に暮れていた時に蟻に襲われているレンドを見つけたって訳だ」


「なるほど。ちなみにどちらから来られたのです?」


「遥か東のシント国。知ってるか?」


「シント!?あの!?」


「あのが何を指してるか知らんが、シントって国が2つなければそうだろうな。ああ、そう言えば正式に名乗ってなかったな。俺の名はケルベロス・クオンだ。よろしく」


「あ、はい。よろしくお願いします。ってお名前がケルベロス・・・さん?」


「いや・・・そうか。こちらではクオン・ケルベロスだ。名がクオンで家名がケルベロス」


お互い名乗りを終えたところで食事を再開し他愛のない話をする。文化の違いが要所要所に見受けられ、擦り合わせるように確認していく


「シントではギフトを特能って呼ぶんですね」


「ああ。特殊能力の略でな。まあ、名前が違うだけで能力自体には差はないみたいだな。あのエイトは稚拙な技しか使えなかったみたいだが」


「それでも・・・ギフトのない者にとっては脅威ですよ。クオンさんみたいな魔導武具を持っていれば別ですが」


「ギフトがない?戦闘系ではないって事か?」


「いえ、ギフト自体がありません。しょせん庶民ですから」


「?庶民だから?」


「ええ。え?・・・もしかしてクオンさんはギフト持ちで?」


椅子から腰を浮かし、テーブルに手をついて体ごとクオンに近付くレンド。クオンは相手が女性ならば自らも体を突き出していたであろうが、男のレンドに迫られて体を仰け反る


「あ、ああ。てか、逆にレンドが持ってない方が不思議なんだが・・・」


「ええ!?クオンさんって貴族様!?」


「貴族・・・この国の階級か。いや、違うぞ?」


「じゃあ、なんで!?」


今度はマーナがレンドと同じように迫って来たので、少し仰け反るのをやめた。しかし、男女両方から迫られている状況なので突き出しはしない


「それはこちらが聞きたいな。もしかしてディートグリス王国では貴族以外はギフトがない?」


「いえ、全員がない訳ではないのですが・・・ギフトは国に管理されているので、一般の人はほとんどギフトを持っていません。逆に貴族はほとんど持っています」


少し冷静になったレンドが腰を落ち着かせ、マーナもそれにならい座り直す。クオンは頭の中で今の話を整理する


「なるほど・・・政策の違いか。シントは特能・・・ギフトを広めている────」


クオンの出身国のシントでは特殊能力、略して特能は広く一般市民にも普及している。と言うよりほぼ全ての人が持っている。特能が受け継がれる条件は両親が特能を有するかどうか。両親2人共に特能があれば、どちらかの特能を受け継ぎ、どちらか片方しか特能がなければ、受け継がれるか特能なしとなる。もちろん特能なし同士であれば特能は受け継がれる事はない


シントは政策として特能を広める為に率先して特能なしと特能ありの人同士の結婚を勧めてきた。それにより現在は特能なしの人口は減り、特能なしの方が希少となっている


「凄い!・・・でも、それだとギフトなしの人は蔑まれるのでは?」


「そんな事は無い。いや、むしろ逆と言っていい。特能なしの人と特能ありの人が結婚し子供が産まれた時、その子が特能ありだった場合、国から奨励金が出る。もちろん子供が特能なしでも、その子はモテモテになるだろうな。奨励金目当てだが」


「・・・それはそれでどうなんですかね?」


「いや、そんな殺伐とした雰囲気ではないぞ?要は差別されない程度って考えた方が正しいかな。それにどうしても自分の特能を受け継がせたいって時は受け継ぐ子が産まれるまで頑張るだろ?それだったら相手が特能なしでも特能ありでも関係ないしな」


「なんか・・・子沢山になりそうですね」


「ああ。実際優良な特能持ちの家は子沢山だ。特能もかなりの普及率になったから、だいぶ人口も落ち着いたけどな」


「ディートグリスの貴族と同じですね。貴族はギフトを増やす事によって地盤を盤石にしたがります。ギフト=力ですからね」


≪特能やらギフトやら・・・せせっこましいのう。人の世というのはいつもそうだ。広く大きく見られんかのう≫


いつの間にかマルネスがクオンの隣に座り、クオンに出されたパンに齧り付いていた。そして、喉を詰まらせ、慌ててコーヒーで流し込む


「誰が出てこいって言った?」


≪む・・・仕方ないだろ?昨日から人の世に顕現して腹が減ってるのだ。もうないのか?≫


「あっ、すぐに持って来ます!」


レンドはすぐに立ち上がり、厨房があるであろう奥へと消えて行った。マルネスはそれを満足気に見つめ椅子に座ると届かない足をバタつかせてレンドの帰りを待つ


「あの・・・魔族なんですよね?」


≪なんだ小娘?気軽に話しかけブゲ≫


不機嫌そうにマーナに言葉を返すマルネスの延髄にクオンの手刀が炸裂。目を白黒させてクオンを睨みつけた


「なんか文句あるか?」


≪幼女虐待で捕まればいい≫


「ほう・・・」


≪やめい、やめんか。ったく・・・で、なんだ小娘?≫


「あ、その・・・魔族・・・なんですよね?」


≪だったらなんだ?シバくブベ≫


2度目の手刀は喉にヒット。喉を摩りながら睨みつけるが、クオンは何処吹く風でマルネスの前に置かれたコーヒーを取り上げると残りを飲んでいた


≪上級魔族クロフィード・マルネスだ。クロフィード様と呼ぶがいい≫


「この国では名前と家名は逆に言うらしいぞ」


≪ほう・・・人の世界はややこしいのう。では、マルネス・クロフィードだ≫


「そうなるとお前は黒丸じゃなくて丸黒か」


≪それ・・・なんか嫌なんだが≫


「あの!クロフィード様!クロフィード様はなぜ木刀に?」


丸黒と呼ばれて嫌そうな顔をしているマルネスにマーナが疑問に思っていた事を投げかける。突然の質問だが、様呼ばわりされた事に気を良くしたマルネスはニヤリと笑いマーナを見た


≪外の世界が見たかったからだ≫


「外の・・・世界?それが木刀と何の関係が・・・」


「お待たせしました」


タイミング良くレンドがマルネスの分のパンとコーヒーを持って戻り、マルネスの前に置くとなんの話しをしていたのか気になり全員の顔を見渡す


「黒丸・・・少し喋り過ぎだ」


≪ふ、ふん!≫


クオンに窘められ、置かれたパンを手に取るとそっぽを向いて食べ始める。話についていけないレンドがマーナの顔を見るが、マーナは首を振ってこれ以上は話を拡げない方がいいと諭す


しばらくの沈黙の後、場の雰囲気を戻そうと決心したレンドが口を開く


「黒丸さんって魔族なんですよね?」


まったくの同じ展開に思わず口に含んだパンを飛ばしたマルネス。隣に別のテーブルに座っていた商人のリチャードの皿にパンの破片が降りかかるが、ある意味ご馳走ですと残さず食べた


ちなみに商人のリチャードは先程からクオン達の会話に耳を傾けている。商売に繋がるのでは・・・と期待してるのか幼女趣味なのかは不明だ


≪お前ら・・・似てないのに思考回路は一緒だのう。てか、黒丸と呼ぶな!クロフィード様と呼べ≫


「あ、すみません・・・マーナも同じ質問を?」


レンドの言葉にマーナが頷く。2人が魔族と確認するのも無理はない。人の世に魔族が現れるのは災厄とされている。数多の魔法を使い、人より強靭な肉体を持つ魔族は恐怖の対象。2人は初めて見るのだが、とても伝え聞いた話とイメージが合わず混乱していた


「黒丸は間違いなく魔族だ。木刀だが魔族だ」


≪木刀言うな!仕方ないだろうに・・・人の世は肌に合わん≫


「・・・つまり、人の世に留まる為に姿を変えて?」


≪そうだ。それ以外に何がある?くだらんことを聞くな≫


「偉そうに言うな。また桶に沈めるぞ?」


≪な゛っ!あれはやめい!危うく溺れるところだったのだぞ!≫


「桶?」


「ああ、焦げ臭かったからな。桶に水を貯めて沈めた」


≪このっ人でなし!あの後泡まみれにするわ冷水をかけるわ・・・≫


「え?え?クオンさんが・・・洗ったのですか?」


「他に誰が洗う?・・・もしかして、変な想像してないか?こんなツルツルペタペタに・・・下の毛も生えてない幼女だぞ?」


「ツルツル・・・」


レンドが復唱すると空気が一瞬で変わる。マルネスの表情が瞬時に獣のように険しくなり、右腕がレンドの首を狙って凶悪な形となり伸びていく。レンドの喉元に届くか届かないかのところで一瞬止まると、クオンがその腕を掴み狙いをずらす


「・・・おい」


≪こやつから欲情の匂いがした!妾を見て欲情しおった!≫


「落ち着け・・・そんな訳ないだろ?」


≪確かにした!下賎のものが・・・許さぬ・・・許さぬぞ!≫


「あ・・・あ・・・」


レンドとマーナは何が起こったか分からずにただ2人のやり取りを見ていた。喉元に突然マルネスの手が鋭い刃となり襲いかかり、それをクオンが止めた。だが、それまでの過程が一切目で追えず、ただ止まった瞬間からの映像が目に入ってきた為、混乱し言葉を失っていた


いつもの糸目ではなく片目だけ開けたクオンが溜息をつき、マルネスの頭に手を乗せる。そして、ゆっくりと座らせるように上から圧力をかけた


「とりあえず・・・座れ」


怒りの形相のマルネスはレンドから目を離しはしなかったが、クオンに押されて徐々に腰を落としていく。そして、完全に椅子に座るとレンドから目を離しそっぽを向いた


「すまんな。で、なんだったか?」


「い、いやいやいや、何事もなかったようにそんな!」


「気にするな。いつもの事だ」


「いつもの・・・」


レンドとマーナは同時に喉を鳴らす。時間が経ち理解出来るようになり、初めて恐怖を感じる。クオンが止めなければ今頃・・・


しばらく沈黙が続き、落ち着いたマルネスはそっぽを向きながらも残りのパンを手に取り口に運ぶ。レンドはマルネスが動く度に恐怖し体をビクつかせる


マーナは今の空気を変えようと口を開く


「そ、そう言えばクオンさんはギフト持ちなんですよね?どんなギフトなんですか?」


≪ブフッ!・・・無知もここまでいくと罪よのう≫


「笑うな。この国とシントでは事情が違う。マーナ、戦う者にとって特能は奥の手。気軽に答えられるものではないんだ。まあ、俺のは教えてもいいがな」


≪お、おい!正気か!?≫


「俺の特能は・・・目を開けると服が透けて見える」


クオンが言った瞬間にマーナは胸と股を、レンドは股を隠す。レンドはあまり自信がなかった


「・・・ってのは冗談だ。あまりひけらかせる能力ではない。すまんな」


「い、いえ、変な事聞いてすみません・・・本当に冗談ですよね?」


まだ隠しながら顔を赤らめ確認するマーナはお年頃。最近お腹も気になるので腕が3本あったならと思いを馳せる


「クオンさんはいつ頃王都へ旅立つのですか?」


「ふむ・・・それが困った事に問題が発生している」


「え?」


「路銀がないのはもちろんのこと、馬もなければ保存食も尽きた。仲間が俺を探してると思うがそれもいつになるか」


「そんな!そのお仲間が来られるまでこの宿屋を使って下さい!見た目はボロでもデッ!」


「ボロで悪かったね!お前の代で建て替えな!・・・クオンさん、このバカ息子の言う通り気にする事なく使ってくんな」


「助かるよ。だが、いつ仲間が来るか分からないからな。何か金を稼げる手立てはないか?」


宿屋の女将がレンドの後ろにいつの間にか立っており、宿屋をボロ呼ばわりした頭にゲンコツを落とす。レンドは頭を擦りながら涙目で頷くが、クオンは宿や食事以外に衣服などもなく苦しい懐事情を解消しなくてはならなかった


その悩みを解消し、尚且つレンド達も助かる妙案がレンドにはあった。目を輝かせクオンに迫りながら提案する


「クオンさん!僕達と一緒に冒険者やりませんか?」



────時は遡り昨日の昼頃────



セガスよりやや中央寄りの森の中で馬を走らせる一団がいた


「アカネ様、クオン様が見当たりません」


「え?クオンって殿に居たのでは?」


紅色の髪を高い位置で束ねた少女が振り向いて一団の後ろをみるが、そこに目当てのクオンは見当たらない。手を上げて走る速度を緩めるとしばらく進み完全に停止した


「いつから?」


「先程からです」


答えを聞いてガクッと肩を落とすアカネ。6人でシントを発ち、1人居ないのに何も言わない男を睨みつける


「なぜ言わない?」


「クオン様ですから」


返ってきた答えに妙に納得してしまい、先頭で走り続けて気付かなかった自分を責める


「馬も休めないといけないし、一旦ここで休憩しましょう。その内追いつくでしょ?」


「探しには行きませんか?」


「大方馬に乗りながら寝ていてはぐれたのでしょう。しばらく休んで来なかったら置いていきます。今回の件は急を要します・・・クオンなら1人でも何とかなるでしょう」


その後1時間程その場で休憩するもクオンは来ず、アカネは元来た道を見つめた後、目を閉じる。しばらくして目を開け馬に乗ると目的地へと馬を走らせた


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