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最強の番犬と黒き魔女  作者: しう
『招くもの』
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2章 6 魔王

屋敷が焼け落ちてから1週間・・・アカネ達はとある場所にいた


そこはとある人物の別荘で、その人物が月に一度休暇に訪れるとの情報を得たからだった


その人物とは赤ドレスことニーナ・クリストファー


爵位は候爵で法を司るクリストファー家の現当主である


「ギフト『審判』だっけ?あの女がそんなレアな特能持ちだとは思わなかったわ」


「あの女って・・・クリストファー家の方は法の番人と言われており、ギフト『審判』は声色で嘘か誠か見極める力があるみたいです」


「普通なら能力は同等以下にしか効かない・・・でも、既に発せられた言葉になら誰にでも効くってわけね。ホント・・・あの女には勿体ない特能ね」


「アカネさん・・・」


雲の上の存在の候爵に対してあの女呼ばわりするアカネに呆れるが、アカネにとってはニーナが主犯である可能性が高い為、仕方の無い事だった


ディートグリス国王と謁見した際に全ての会話をニーナを通してしていた。つまり、ニーナはアカネの言葉にギフトを使用して真偽を確かめていたはずである。それなのに魔族に襲われるという事はニーナがアカネは嘘をついていると虚偽の報告をした可能性が高かった


「あくまでも可能性です。謁見の間で話した内容と親書の内容を信じていれば国がアカネさんを襲う理由はないはず・・・そうなると誰かがアカネさん達の言葉を嘘と決めつけている可能性があったので、真偽が分かるニーナ様が怪しいと言っただけで・・・」


「何にせよあの女は私が無実って事を証明出来るのは間違いないわね。私が嘘をついていると言ったらあの女がクロ確定だし、新書の内容と私の言葉に嘘偽りないと国王に伝えているのであれば他の誰かの陰謀説・・・って事になるわね」


「そうですね。候爵家が陰謀を企んでるなんて考えたくないですから、後者であって欲しいですが・・・でも、あの警戒の中直接話すのは厳しいですね」


屋敷の周辺は警備兵が常に巡回して不審者が居ないか目を光らせている。別荘の中にも恐らくは警備兵が数多く居ると思われた


アカネはしばらく考えている素振りを見せると、おもむろにスカートをたくし上げる


「ぶっ・・・何を・・・」


「・・・これしかないか・・・」


「どれしかないんですか!?」


今は夕刻、日が落ちる前の夕焼けがアカネの太ももを怪しく浮き上がらせ、ラフィスは思わず声を荒らげた


かなり離れた木陰から屋敷を見ていたとはいえ、その声は屋敷の周辺を巡回している警備兵の耳にも届く。遠くで警備兵同士が顔を見合わせ頷くと、その中から2人の警備兵がアカネ達に向かって歩き出した


「もう・・・興奮するから・・・」


「アカネさんが突飛な行動するから・・・ど、どうします?」


「まあ、私の色香で誘い出す予定だったから概ね予定通りね。・・・色香に誘われたのが予定外の人物だったけどね」


アカネの言葉にラフィスが顔を赤らめて視線を外す。アカネはその様子を見てため息をついて2本の指を立てると指先に力を込めて炎を生み出した


「アイツらを誘導してその隙に屋敷の中に入る。ラフィスは反対側に逃げて!」


「いや、私も・・・」


「正直足手まとい!私一人ならなんとかなる・・・お願い・・・私を信じて待ってて」


アカネは言うと指先に生み出した炎を縄状に伸ばし見える範囲の木々を避けて離れた場所を燃やし始める。周辺は乾燥していたのか火の手は勢いを増し、近付いていた警備兵と待機していた警備兵達がにわかに騒ぎ始めた


アカネに足手まといと言われ、無言でアカネを見つめるラフィス。日はすっかり落ちて炎の明かりがその顔を照らす中、アカネの言葉を噛み締める


ギフトも役に立たず、剣技もまともに出来ないラフィス・・・現状アカネをサポート出来るのは元男爵としてのツテを使い情報収集のみ。それでも力になりたいと思うのだが、足手まといと言われてしまえば従わざるおえない。自分の力の無さに歯噛みし、苦渋に満ちた顔で頷いた


「必ず戻るから・・・身を潜めておいて」


アカネは微笑みラフィスの肩をポンと叩くと屋敷に向かい走り出す。背後で言われた通りに燃え盛る炎とは逆方向に動き出したラフィスに感謝しながら・・・


自分一人ではここまで辿り着けなかった


ラフィスの情報収集があってこそと思ってるから・・・仲間として素直に足手まといと告げたのだ


屋敷周辺を巡回していた警備兵達は慌てふためき火事の鎮火に行動を開始している。隊長らしき人物が警備兵に向けてあれこれ指示し、数名が屋敷に戻り、残りは現場に向かって走り出す


屋敷の周辺に一瞬人が居なくなると、そのタイミングでアカネは屋敷の壁を乗り越え侵入に成功した


壁の内側に降り立ったアカネは、中庭の木に身を隠しながら屋敷へと向かう


途中バケツを持った警備兵が外に駆け出すのを身を隠してやり過ごしながら屋敷の玄関に近付くと扉を開けて屋敷内への侵入に成功した────



「何かあったのか?」


別荘である屋敷の主人、ニーナ・クリストファーが慌ただしく動いている警備兵の1人に尋ねた。警備兵は敬礼して状況を説明する


「ボヤ?人の声がした後にか・・・人の声と火の気のない茂みからボヤ・・・どう見る?ケイン・ラドニレス」


赤いドレスに身を包み、リラックスした様子で椅子に座るニーナは傍らに立つハーフプレートに身を包んだ男、ケインに話しかけた


「お分かりになっているのでしょう?答えるまでもありません」


後ろ手を組み、目を閉じながら答えるケインにつまらなそうに息を吐き慌てる警備兵を見送った


ニーナが別荘に来ている理由は余暇を楽しむ為ではなく、公務で来ており、他の警備兵達はクリストファー家の私兵であるが、ケインだけは国から派遣された近衛隊の隊員である


「この屋敷に警備兵は幾名ほど?」


「全部で30。交代制で現在は15程が出ておる。待機している者も呼び出すか?」


「無理に呼ぶ事はないでしょう。緊急事態ならまだしも、ボヤ程度なら必要ありますまい」


「優しいな。私はボヤが広がり景観を損ねるのが心配なのだが・・・で、お客にはどう対する?」


「客人に対しては私が傍にいる限り問題ないかと。それよりも景観に関してまで頭が回りませんでした。使用人に頼んで待機組を呼びますか?」


「何時に交代か把握しておらんでな。寝たばかりだと些か可哀想な気もする。現在出張ってる者達で事足りるならそっとしておこう」


「お優しいことで・・・どうやら参られたようですね」


ケインが近付いてくる物音に気付き、扉の方に視線を向けると次の瞬間扉は激しい音を立て開け放たれた。開けられた扉の奥からはニーナ達を睨み付けるアカネが立っていた


「無粋ね・・・シントでは扉の開け方すら習わないのかしら」


「ディートグリスの扉は粗悪なものが多くてね。ついつい力を入れ過ぎちゃうの」


アカネは悪びれる様子もなくツカツカとニーナに歩み寄る。それを見てケインが間に割り込むと腰に吊るした剣に手をかけた


「止まれ!貴様にはいくつもの嫌疑がかけられている。それ以上近寄るなら容赦はせぬぞ!」


「あらヤダ・・・人様の屋敷を燃やしといて被害者面はないんじゃない?」


アカネは立ち止まると、両手を広げて攻撃の意思が無いことを示した。今回の侵入はあくまでも確認の為。今のアカネには明確な敵が見えていない・・・お互いにボタンの掛け違いをしている可能性が高いと踏んでいた


「お主も私の屋敷の周辺を燃やしたろうに」


「屋敷を燃やされるよりマシでしょ?それとも燃やされてみないと分からないかな?」


「候爵家の周辺と元男爵の屋敷では釣り合いは取れまい。無論候爵家の周辺を燃やした方が罪は重い」


「こちらは味方4人も殺されているわ。4人の命と屋敷全焼・・・候爵家の周辺が少し焦げたくらいで釣り合いが取れると言うのならその喧嘩喜んで買うわ」


「待て・・・4人の命?それはこの前に謁見の間に来たお主以外の4人のことか?」


「それ以外に誰が居ると?自らの手を汚さず魔族を使って殺しにくるなんて・・・殿が聞いたら戦争以外の道が見当たらなくて困ってるの」


アカネの言葉を聞いてニーナの表情が曇る。ギフト『審判』を常時発動させ、相手の声色に嘘が含まれていないか見ていたのだが、目の前のアカネは嘘をついていないと出ている。つまり、魔族にアカネ以外の使者が殺されたのは事実という事になる


「なぜ・・・案内人と連絡用に付けた兵士を殺した?」


「馬鹿を言わないで。魔族が襲撃してくるタイミングで都合よく居なくなった人達の事なんて知らないわ。魔族をけしかけるタイミングで逃げたんじゃないの?」


これまた嘘はついていないと判定が下る。そうなるとニーナ達が考えていたシントの陰謀説が音を立てて崩れ去る。ニーナとディートグリス国王であるゼーネストは仮説を立てていた。魔物の出現の調査と偽り魔物を従属させる事に成功したシント国がディートグリスを乗っ取りに来たと


理由は2つ


1つは魔物や魔族の出現の被害報告がディートグリスに上がっておらず、シントの狂言ではないかと疑っている事。これは使者であるアカネが嘘をついていない事で解消されたと思われたが、ギフト『審判』はあくまでもその人物が嘘をついているか否かを判定する能力。もしアカネがシント国王に騙されていれば嘘は見抜けない


もう1つは国境破り。今までシントとの交流は直接的なものはなく、バースヘイム王国を経由して魔導具などを仕入れるだけだった。しかし、使者が来たタイミングでシント国の者が国境破りを行った事実に何かあると考えさせられていた


「シントのとある人物が国境警備隊の隊員を2人殺して国境を破った。それについては知っているか?」


「はあ?そんな事する訳ないでしょ?誰よそんな無法者は・・・」


「名は知れておる。ジュウベエと申したか・・・」


「ごめんなさい!それはウチが全面的に悪いわ!」


ニーナが呆れるほど素早く謝罪するアカネ。その頭を下げる速度はケインが思わず剣を抜いてしまうほどだった


「お、おお・・・つまりお主の件とは関わりがないと?」


「関わりがないと言うか・・・わざと教えてなかったと言うか・・・とにかくジュウベエに知られたら『招くもの』を殺すなんてとんでもない、そいつにドンドン強い魔族を連れて来てもらおう!なんて言いかねない・・・」


青ざめた顔でブツブツと呟くアカネに若干引きながらもニーナは頭の中で現状を整理していた。アカネは嘘をついていない。そうなると事実を捻じ曲げようとする第三者がいる事を示唆していた


「そうなると話はガラリと変わってくる・・・まだ回復し切っていないが急ぎ陛下と協議せねば・・・」


「敵ぶちゅ!」


ニーナの言葉を遮るようにけたたましく扉が開かれ、現れたのは1人の警備兵。しかし、その姿は顔半分が削り取られたようになくなっており、扉を開けて叫んだ直後に息絶えた


「敵ぶちゅ?」


「恐らくは敵襲かと」


入口で倒れた警備兵よりも叫んだ言葉に疑問を抱いたニーナが呟くと、ケインが補足し開けられた扉の奥を睨み付ける


するとコツコツと音を立てながら歩いてくる人影が目に入った


「・・・魔族・・・か」


≪暇を持て余し、開けられた扉に飛び込んで見たものの・・・あまり空気が良いとは言えないな。だが・・・そこの娘からは良い匂いがする≫


2m程の巨体にズタボロの小さな服を着て部屋に入ると部屋の中を見回した後、ニーナを見据えてニヤリと笑う。2本の尖った歯が剥き出しになり悪意に満ちた表情が凶悪さを更に増大させていた


「アカネとやら・・・このタイミングはどうなのだ?」


「私もビックリよ。そこの男は使えるの?」


「精鋭揃いの近衛隊の1人に対して使えるかと問うか・・・お主が関係ないと申すなら下がって見ておれ」


ニーナの言葉を受け、アカネは魔族を警戒しながら壁際に進み、代わりにケインが魔族の前に立つ


ケインは柄頭の部分を捻り準備は終えたとばかりに上段に剣を構えると真っ直ぐに斬りかかった


魔族は特に警戒すること無くずっとニーナを見つめ続ける。まるでケインが存在しないかのように振る舞う魔族に対して渾身の上段からの袈裟斬り・・・魔族は左肩から右脇腹まで斜めに斬りつけられ血を吹き出す


「木偶の坊かよ!」


斬られても特に反応を示さない魔族に対してケインは連続で斬りつける・・・両手・両足・腹・首・頭と連続して斬りつけるが、魔族は棒立ちのまま。だが、血は吹き出せど切断までには至らず、薄皮1枚を斬るのが精一杯・・・その事実に苦虫を噛み潰したように表情を歪め一旦距離を取る


≪表にいた者と何ら変わらぬな・・・だいぶ人類は衰退したらしい。前回の魔王から何年ぶりになるのだ?≫


見る見るうちに傷が塞がり、無傷の状態になった魔族が問い掛ける。ケインは肩で息をしながら眉をひそめ、ニーナは口に手を当て魔族の言葉の意味を考える


「まさか・・・上級魔族?」


アカネの呟きにピクリと反応する魔族。そして大仰に両手を上げたかと思うと屋敷全体に響くような大声で叫ぶ


≪そうだ!優しい我ら魔族が人間の衰退に嘆いて何年・・・いや、何百年に1度もたらす一大イベント!上級魔族がこの世に降り立ち、人間と魔が戦いを繰り広げる。人間は試行錯誤し上級魔族を倒そうとする・・・魔は眷属を率いてそれに対抗する・・・血湧き肉躍るイベントに我は選ばれた・・・この上級魔族であるゼネスト・ランデブーが!今代の『魔王』に!≫


ゼネストは叫び終えると恍惚の表情を浮かべてしばらく静止した。ボロボロの小さいシャツに身を包み、自らを魔王と名乗るゼネスト。その言葉を聞いてニーナの手が傍から見ても分かるくらい震えていた


「勘違い・・・でも、嘘をついてる事にならないんじゃない?」


「そ、そうだな・・・魔王などおとぎ話でしかない」


「・・・こやつが魔王ならば今代の勇者は私ですかね?」


ゼネストが嘘をついていないと判断したニーナに、冷や汗をかきながらおどけるアカネ。ニーナも我に返り同意しケインは再び剣を構えてゼネストと対峙する


≪この程度で勇者を名乗るのはおこがましいな。まだそこの娘の方が可能性があるように感じる≫


アカネに視線を送り剣を構えるケインに目もくれないゼネストだが、ケインはニヤリと笑い柄頭をまた捻る


「そりゃあ見下されたものだ。では、これはどうかな?」


ケインが剣を突き出すといつの間にか柄頭から出ていた糸が意思を持ったかのようにゼネストの身体をグルグルと巻き付き拘束する。全ての糸がゼネストに巻き付くとケインは剣を引いて糸を突っ張らせた


最初に斬りかかる前に柄の中に仕掛けてある糸を出しながら剣を振り、ゼネストに気付かれないように糸を排出し、拘束するのに充分な量が出たと判断して仕掛けを止めていた


≪鋼糸か。で、どうする?先程みたいに斬りつけるか?≫


「その余裕・・・いつまで保つかな?」


ケインが柄に魔力を込めると糸を伝い流れていく。ゼネストに巻き付く全ての糸に魔力を流し終えるとケインは両手で柄を握った


「魔族ってのはバラバラになっても生きられるか試してやるよ!」


力を込めて思いっ切り剣を引くケイン。それにつられて糸は引っ張られゼネストを締め付けた。魔力で強化された糸はゼネストの肉に食い込み血が吹き出す・・・が、切断までには至らなかった


「化け物が!」


更に力を込めるが、それ以上はピクリとも動かない。ゼネストはその様子を見てため息をついた


≪ふむ・・・もう少し盛り上げてくれないと演技のしようもないな。まあ、出没したばかりの『魔王』がいきなり窮地に立たされては盛り上がりに欠けるか≫


「そうでもないわ。『魔王』はディートグリスとシントの者に倒されました・・・現状だとかなり盛り上がるわよ・・・『五蛇帯捕』」


アカネが右手の指先全てから炎の蛇を生み出し、拘束されているゼネストに向けて放つ。5匹の蛇はゼネストの両手両足と首に巻き付きゼネストの身体を燃やし始めた


≪む・・・≫


ゼネストが身に付けていたシャツは燃え始め、徐々に身体全体を炎が包み込み始める。ケインはそれを好機と捉え、柄から手を離し糸を掴んだ


「『操作』!」


糸から魔力を流されたケインの剣はゼネストに向かい飛んでいく。ケインのギフト『操作』は手に持った武器を自由に操作出来る。糸と剣は繋がっている為、糸を持っていれば剣を自由に操れた


炎に包まれたゼネストに剣が突き刺さるとアカネは更に魔力を左手の指先に込めると再度5匹の蛇を生み出しゼネストに放った


合計10匹の蛇に絡まれ、ケインの鋼糸で締め付けられ、剣を突き立てられたゼネストが断末魔を上げる


「部屋が焦げた分はシントに請求するぞ」


「自称『魔王』を倒した報奨金で済むかしら?」


ニーナがアカネをキッと睨むがそれも余裕が出てきた証拠。ニーナの手の震えは既に止まっていた


ケインはギフト『操作』で剣を操ると手元に引き寄せ、そして、柄の中に鋼糸を収めていく。アカネの炎でも溶けなかった糸に安堵の表情を浮かべると、剣を収めゼネストの最後を見届ける


燃え盛る炎の中、断末魔は既に途切れ、黒焦げた肉体が直立不動で存在する。立ったままこと切れたのかと観察していると、黒焦げた顔面の一部・・・口の部分が動き、中から凶悪な牙を覗かせる


「チッ!まだだ!」


ケインが叫び収めた剣を再び引き抜くと柄頭の部分を捻り鋼糸を出す。黒焦げゼネストはその足をゆっくりと進めケインとの距離を縮め始めた


「うそ・・・なんでアレで動けるの!?」


「瀕死であるのは確か!再度拘束する!」


ケインは剣を前に突き出し、糸をゼネストに絡みつかせる・・・が、ゼネストは不気味に微笑んだ


≪瀕死であるのは確か・・・か。服を燃やされ、皮を焼かれたのが瀕死と表するなら確かに瀕死だな≫


絡みつく糸を無視して尚も歩を進めるゼネスト。徐々に焼け焦げた表面が元の色に戻っていく。同時に焼かれてチリチリとなった髪の毛も復元され、まるで巻き戻しているかのように元通りになるのにあまり時間は要さなかった


「ば・・・ばかな・・・」


≪今の一連の攻撃で凡そ一割程度消耗した。つまり、後9回同様の攻撃を行えば我を倒せるだろう。しかし、せっかく人の世に来れたのにすぐに終わってしまうのは些か残念・・・であるがゆえ再生させてもらうとしよう≫


話しながら進み、ケインの目の前に着く頃には服以外は元通りになったゼネスト。ケインの出した糸は腕と一緒に胴体に巻き付いていたが、ゼネストは強引に糸を引きちぎり、そのまま手を伸ばしケインの顔を鷲掴みにした


「ぐっ・・・ああああ!」


メリメリと指が食い込み、ケインは呻き声を上げ持っていた剣を落とす。必死にゼネストの手を引き剥がそうとするがピクリとも動かない


≪さて、君とそこの炎の娘が人の世でどれ程の実力者なのか。それによっては今後の方針を変えねばならぬな。炎の娘よ、正直に答えよ。貴様は人の世でどの位置にいる?≫


「その前に手を離しなさい!『魔王』なら人に対してもう少し寛大なはずよ!」


アカネはゼネストが魔王である事に拘っている事を逆手にとってケインの解放を申し出る。しかし、ゼネストは言葉ではなくケインの顔面を掴んでる手に更なる力を込めることで応えた


メキメキと嫌な音が鳴り、更に激しく呻くケイン。ゼネストの腕に爪を立てるも全く傷を付けられず外れる気配はなかった


「わ、分かったわよ!えーと、ディートグリスや近隣の国と比べた事ないから分からないけど、シントでなら中の上を自負してるわ!お願いだから力を緩めて!」


≪・・・『ディートグリス』?『近隣の国』?『シント』は神扉の事か?要領を得ないな。手短に説明せよ≫


ゼネストに聞かれて魔族には国が1つしかないと聞いていた事を思い出す。そのゼネストに国の名前を連ねても分かるはずもないと国はいくつもある事とディートグリスとシントが国の名前である事を説明した


≪なるほど・・・同じ種族で国を分けるか・・・面白いな。で、炎娘がシントという国出身で中の上の実力者。この男がディートグリスという国の出身で・・・≫


「か、かなり上位なはずよ!ケインの所属する近衛隊は精鋭揃い・・・Aランク冒険者に匹敵すると言われているわ!」


顔面を鷲掴みにされて話せないケインの代わりにニーナが答えるとゼネストはケインを掴んでいるのとは反対の手を顎に当てて思案する


しばらく思案した後にアカネ・・・そしてニーナを見つめて有り得ない発言を繰り出す


≪国が別々では力関係が分かりにくい。我を倒す為に人が一致団結し、望むのが理想か。後は炎娘が中の上・・・これを基準に考えると些か人類にとって我という存在は絶望にしかならぬ。ならば新たなる魔人を生み出すしかあるまい・・・そこの娘が適任か・・・良き器を持っておる≫


ニーナはゼネストの言葉が理解出来ずに顔を顰めるが、アカネはその言葉を聞いて驚きに目を見開き叫んだ


「そんな・・・馬鹿げてる!」


「なんだ?彼奴の言ってる意味が分からぬが・・・お主は分かるのか?」


「・・・要するに、貴女に自分の子を産めと言ってるのよ」


「・・・は?」


「歴史の授業をさせる気?あの『魔王』は新たな魔人を生み出す・・・そして、その器に貴女が適任と言ったのよ?魔人を生み出すとしたら・・・人と魔族が・・・交わって子を成すしか方法はないでしょ?」


「人と魔族が交わるだと!?有り得ぬ!そんな・・・」


「貴女の能力は何よ?そもそもその能力は貴女の先祖が魔族と交わった結果でしょ?それとも何?降って湧いたとでも思ってたわけ?」


「え、あ・・・ギ、ギフトは神より授けられた・・・」


「馬鹿なの?そのギフトを使うのに必要な力を言ってみなさいよ」


「何?・・・そんなの魔力に決まって・・・」


「そう魔力よ!魔の力と書いて魔力!神から授かった能力を魔の力で行使するってどんなギャグよ!歴史を改変するならもっと上手くやりなさいよ!」


「そんな・・・この力が・・・魔族の力?」


ニーナは自分の手の平を見ながら呟く。アカネに言われるまで疑問にすら思っていなかっただけにショックは隠しきれない。神聖な力と思っていたのに、それが敵の力の一部なのだから仕方ないだろう


ニーナは『審判』の能力でアカネが嘘をついていないと分かっている。それだけに信じ難い内容も信じるしかなかった


≪歴史の授業は終わったか?≫


「終わったから!だから、そうやってすぐに力を込めるのやめてくれる!?」


蚊帳の外にされたゼネストが暇潰しに力を込めた為にケインが痛みで暴れ出す。慌ててアカネはそれを止めようとするがゼネストは首を振った


≪今の会話で色々と事情が見えて来た。つまり、炎娘の国は正確に歴史を伝え、こやつらの国は伝えなかった。あまつさえ我らの力を神とやらの力と偽るとは・・・存在するに値しないな≫


「待って!それはこの人達のせいじゃなくて国が・・・」


≪うむ。だから国が存在するに値しないと言うている。魔王としての初仕事はこやつらの国を滅ぼし人類の敵となろう。なあに、数十年後には我とそこの娘の子が我の力を引き継ぎ我を倒しに来る。そうして人類は安寧の時を取り戻すのだ≫


「全然話が頭に入って来ないのだけど・・・実は魔族は人の言葉を上手く話せないのではないか?」


ニーナが混乱してアカネに聞くが、アカネは首を振る


「いいえ、流暢に話しているわ。・・・とりあえず結婚おめでとうと言えば良いかな?」


現状、圧倒的な力を持つゼネストに対抗する手段はなく、このままだとゼネストの言葉の通りに事が進むだろう。それでもニーナには受け入れ難い状況に歯噛みしアカネを睨み付けた


「これほどまでに不快な祝辞は経験がないな・・・どうにかならないか?」


「どうにも・・・なりそうにないわね・・・今は」


「今は・・・か。いつならどうにかなる?」


「5年後くらい?」


「・・・何人孕めと言うのだ・・・」


アカネの目算では5年ほど修行すればゼネストに届く・・・そう告げるが、ニーナにとっては今をどうにかしなければ貞操の危機であった。頼みの綱のケインは既に抵抗する力も失われ、残るアカネもゼネストには届かない・・・ニーナはドレスの裾をギュッと掴む。それは覚悟を決めたのではなく、打開策を考える為・・・その時、開け放たれたままの扉の奥から人影が現れた


一縷の望みになり得るかとニーナとアカネはその人影に視線を移すが、人影の正体を知り、更なる絶望へと追いやられる


「アカネさん!」


花を咲かす詩人、ラフィス・トルセンの登場であった────


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