2章 5 ジュウベエの正体
「コッチです!早く!」
ラフィスの呼び掛けにアカネは向きを変え全力で走る。その後をディートグリス国の兵士が何人も続くが見失ったのかキョロキョロと辺りをうかがっていた
「どうして・・・」
「目障り・・・って事ですかね。探る私達が・・・」
ようやく兵士達が遠のいた為、アカネが呟くとラフィスは苦虫を噛み潰したような顔をして返す。遠くの方で燃え盛る屋敷が闇夜を照らしていた────
時は遡り1週間前────
屋敷で目覚めたあの日から一夜明けて外に出てみると、そこは小さな集落の中にある屋敷であることに気付いた。男爵として治めていた村の内の1つであり、今では新たに決まった男爵の領地民となる
屋敷はその男爵が別の場所に新たに建てるらしく、そのままラフィスが使い、ラフィスは村の一員として生活を送っていた
ラフィスは『親の遺産が残っている間は詩を創るのに集中する』と笑顔で言い、日中は村のみんなを手伝い、夜は詩を創る生活を繰り返す
3日ほどラフィスの生活を見て、手伝ってもらうことを決断した。3日目の村の手伝いが終わって帰って来たラフィスに手伝って欲しいとお願いすると、ラフィスは二つ返事で了承した
その夜、2人は今後について話し合う
アカネの傷は動くには申し分ないほど回復している。だが、闇雲に動いてまた魔族と出くわしてしまうと命がいくつあっても足りない
そこでアカネはシントへ救援を要請するのと『招くもの』の絞り込みをする事に専念するという案を出した
「シントへの救援は分かりますが、絞込みなら今までアカネさんがやってきた事と変わらないのでは?」
「違うわ。私達は他国の者としてディートグリスを調査していた。でも、あなたがいれば違うやり方がある」
「違うやり方?」
「この国に精通しているんでしょ?なら怪しい人物の1人や2人いるんじゃないの?」
「元男爵の社交性・・・舐めないで下さい。と言っても所詮は地方の男爵・・・アカネさんの知識に毛が生えた程度しか知らないですが・・・」
「頼りないわね・・・とりあえずここ最近で地位を得た人物、もしくはあなたみたいに地位を剥奪された人物は分かる?」
「・・・引きこもってたので知りません」
「毛・・・少ないわね」
アカネの質問の意図は『招くもの』が国として動いている場合は前者、国を貶めようとしているなら後者が該当する可能性があるからだった
「前者は『招くもの』としての貢献、後者は国への恨み・・・って事ですか?」
「そうね。ウチは貴族制をしいてないから分からないけど、何もしてないのに地位は上がらないでしょ?」
「そうですね。それは簡単に調べられそうですが・・・そもそも『招くもの』ってどんなギフトなんですか?」
シントと違いディートグリスのギフト普及率は低い。そして、ギフトの管理もしっかりしているためギフト名さえ分かれば調べられる可能性が高かった
「さあ?」
「さあって・・・」
「でも、『召喚』ではないわね。我が国で『招くもの』と呼んでいるのには理由があって、1つは呼び出した魔物や魔獣、魔族を使役していない場合がある事。もう1つは明らかに術者の力量を超えているであろう魔族を呼び出している事よ」
召喚を使える者はシントにもいるが、呼び出すには前提条件がある。それは術者より魔力が低い事、そして、呼び出されたら術者の下僕となる事
アカネ達を襲撃した魔族達は使役されていたように感じたが、シントに訪れた魔物達にはその気配はなく、召喚で呼び出された可能性は低かった
「で、でも今までもたまに魔族など出没していますがそれは・・・」
「・・・稀に魔の世に『隙間』が出来ると言われてるわ。その『隙間』に偶然落ちた魔族や魔獣が、時折人の世を滅ぼそうとするのは有名よ。ドラゴンや上級魔族なんかは伝説の~とか魔王とか言われて人と戦いを繰り広げている・・・中には人の味方する魔族なんかもいるみたいだけど」
「!もしかして、『招くもの』とはその『隙間』の事ですか?」
「・・・それはないと思うわ。これがややこしいのだけど、『隙間』が閉じずに放置されてるならどんどん勝手に出て来るだろうし、使役するのも難しいと思う。『召喚』なら呼び出したもの全て使役出来るはずだし・・・だから、分からない・・・って返答しか今は出来ないわ」
「どんなギフトか分からないとなると調べようがないですね・・・地位が変動した者を調べて魔物を呼べるようなギフトか調べる・・・簡単そうでいて難しいですね」
「ディートグリス国が協力してくれたなら手っ取り早く見つけられた可能性が高いけどね」
ボヤくアカネと考え込むラフィス。結局シントに救援要請を出し、独自に調査する事になった2人だったが、それから4日後の夜に屋敷に火を放たれてしまう────
────
「母上の・・・詩が・・・父上との思い出が・・・」
燃え盛る屋敷を眺めて呟くラフィスの横に並び、ギリッと歯を噛み締めるアカネ。逃げ切れた事の安堵はなく、仕掛けてきたディートグリス国に怒りを滲ませた
「巻き込んでごめんなさい・・・でも、これで国家ぐるみは確定したようね」
「・・・信じられない・・・陛下がそのような事をするなんて・・・」
アカネとラフィスは特に目立つような事はしていない。アカネが行動すると目立つので、ラフィスにお願いして周辺の街や村に聞き込みに出向いてもらったぐらいだ。本格的な調査はシントからの救援が来てから・・・そう思っていた矢先に屋敷を襲撃された
ここからは予想だが、アカネに監視がついており、怪しい行動をしているから襲撃した・・・もしくは魔族に殺されていたと思っていたアカネが生きていたから殺しに来た・・・その2つが考えられる
「フォロ!」
アカネが名前を呼ぶと目の前に黒装束の女性が現れる。ラフィスは話は聞いていたが見るのは初めてで、その俊敏な動きに腰を抜かしそうになった
「はっ!ここに!」
「周囲に私を監視する者は?」
「いません。注意深く見ていたのですが」
「フォロが見つけられないって事は本当にいないか、特能での監視か・・・あれからレンからの返答は?」
「国への文は飛ばしたとの事です」
「そうか・・・引き続き監視を・・・何かあれば頼む」
「はっ!」
フォロは返事をした瞬間にスっと闇夜に紛れて消えた。それを見ていたラフィスはふと何かに気付いたのか首を傾げて顎に手を当てる
「・・・あれ?そういえばフォロさんって常にアカネさん達の傍に居たんですよね?」
「そうよ」
「じゃあ、アカネさんが倒れてる時も・・・」
「そうね。近くにいたはずよ」
それを聞いた瞬間にラフィスは口を半開きにして乾いた笑いを見せる。アカネが倒れているのを発見した時、焦っていた自分が恥ずかしかった。だが、アカネはそれを見て息を吐き首を振る
「あのねー・・・フォロの仕事はあくまでも国への報告。例え私が目の前で殺されようとしてても助けに入る事はないわ」
「それはそれで・・・どうなんですか?」
「どうもこうもないわ。私を救おうとしてフォロも私と共に殺されたら、誰が私の死を国に伝えるの?」
「それでも目の前で!・・・私だったら仲間が殺されるのを黙って見てられません!」
「そう・・・ね。でも、彼女達は決して救わないわ。彼女達が見た情報がどれだけの人を救うか分からないから・・・目先の感情で動かない」
それが訓練されたものなのか本人の性格なのかは分からないが、アカネは当然の事のように語りこの話は終わりとでも言うように視線を周囲に向けた
「・・・アカネさんも・・・割り切れるのですか?・・・」
納得出来ないとラフィスが話を続けると、アカネはラフィスを見つめて即答する
「私は無理ね。そこまで強くなれない・・・そして、強くない」
「私も・・・無理そうです。・・・アカネさん!」
「・・・なに?」
「私が・・・魔族に捕まったりしても・・・逃げて下さい!国の・・・シントの為に!」
「・・・それなら出来そうね」
「ちょっ!それはそれでどうなんですか?」
兵士達の気配がなくなり、アカネ達は村を出る事にした。拠点として使っていたラフィスの屋敷が使えなくなり、村に残ろうにもいつの間にか追われる立場となった2人が居れば村人達に迷惑がかかると判断したからだ
突然襲って来たディートグリスの兵士達・・・その真意が掴めぬまま2人は闇夜に紛れて姿を消した
────
ハーネットの屋敷に招かれたフォー達一行。クオンと合流してジュウベエを送り届けて終わるだったはずが思わぬ事態となっていた
ディートグリス国がシントと国交断絶。そして、戦争の準備をしている事態にフォー達は頭を悩ませる
このまま国に引き渡せばジュウベエの処刑の可能性は高い。知り合って間もないとはいえどうにも気持ちの整理がつかなかった
「このような事態にならなければダルシン卿の言う通り他国の者を処刑する可能性は低かっただろう。しかし、その他国が戦争の相手国となれば話は別だ。即刻死刑・・・もしくは人質として扱い交渉に出るか・・・」
「戦争相手に交渉しますか?」
「戦争相手だからこそだよ・・・えっと、レンドだったかな?ただ彼女に交渉する価値があるかどうかだけどね」
ハーネットが改めて説明し、当事者であるジュウベエを見つめた。ジュウベエは特に気にした様子もなく出された食事に舌鼓を打っている
「やはりクオンを待った方がいいですね。彼には色々と恩がある・・・それを仇で返したくはない」
「ダルシン卿の言う通りクオンを待つしかないだろうが・・・その先の事で考えておいた方が良いのではないか?」
「クオンがジュウベエさんを逃がすと決めたら・・・国に楯突くことになる・・・」
マーナの言葉に全員が黙り込む。頭の中の天秤にジュウベエが乗り、もう片方に家族や友人が乗る。天秤は・・・家族や友人に傾いてしまっていた
「国境破りに魔物を使った兵士の虐殺・・・どんな言い訳をすれば許してもらえるかのう」
デラスの呟きに返す者はいない。ハーネットが聞いた話によると使者として来たシントの者は魔物の調査をする為という名目だったという。その調査の許可を出し、国から案内役の兵士を付けるもそれを殺して逃亡・・・現在は没落貴族と一緒にいるらしい
目撃者の話から、兵士達は魔物によって殺されたという話だが、シントの使者の姿がない事で使者の仕業と断定・・・現在捜索中だという
「何かの間違いであると思います。クオンがその使者の一員だったはずなので、クオンに聞けば分かるかと・・・まあ、国境破りは申し開きも出来ませんが・・・」
「心象はだいぶ違うでしょうね。2件ともシントに非があるかないかでは」
「・・・ですな」
フォーとハーネット、それにデラスが話していると、ようやく食べ終わったジュウベエが首を傾げて3人を見る
「なあ・・・国境破りってボクの事?」
「おまっ!」
ハーネットの後ろに立っていたガトーが目くじらを立ててジュウベエに言い寄ろうとするが、それをハーネットが手で止めて、ジュウベエに対して頷く
「そうだね。国境を証文もなく通過して、あまつさえ国境警備隊の隊員を2人も殺した。重罪も重罪・・・戦争の引き金にもなりかねない」
「ふ~ん・・・じゃあ、魔物を国に寄越すのは犯罪じゃないの~?」
「・・・何が言いたい?」
「だって、ディートグリスから魔物や魔族が次々にシントに送られて来てるんだよ?いい加減怒った殿がアカネ達を派遣してそれにクオンも同行したってわけ。ボクもディートグリスからやって来たドラゴンが逃げたから追って来たんだよ・・・犯罪国家が国境破りくらいでよく言うよ」
「我が国が魔物を呼び寄せてると言いたいのか!」
「そうだよ。そこのウォータードラゴンもクオンと戦っていた魔族も・・・ここディートグリスで呼ばれている。いや、ディートグリスと繋がっている・・・かな。とにかくひじょ~に迷惑だから止めてくれって言いに来たら追われる立場になり、討ち漏らした魔獣を追いかけて来たら邪魔されて・・・ホント迷惑だよね~」
淡々と語るジュウベエにハーネットは眉間にシワを寄せる
「・・・証拠はあるのか?」
「証拠?ないから調査に来たんでしょ?て、言うか調査に来たアカネ達がディートグリスの兵士を殺す意味があると思う?しかも魔物を使って・・・嘘ならもっとマシな嘘つけと言っといて~」
「・・・」
そこはハーネットも気になっていた部分だ。調査に来たシントの者達がディートグリスの兵士を殺す理由がない。調査が嘘だとしても、シントの利点などないと断言出来る
「大方調査されたくない奴がアカネ達を嵌めてるんでしょ?まっ、アカネなら何とかするだろうから問題ないとして・・・ボクが大人しく拘束されていたのはクオンが居たから。で、クオンから大人しくついて行けと手紙で言われたから。目的地に着いたし、クオンも居ないから帰る~・・・邪魔するなら・・・殺す」
「君は・・・ココがどこだか分かって言ってるのか?伯爵であるバーミリオン家の屋敷の中で・・・殺すだと?」
「君は~誰に口を聞いてるのか分かってるのか~?ボクの名前はウォール・ミン。こっちで言うところの公爵様だゾ~」
「・・・えっ?」
「貴族で言うと~公爵で、シントでは呼び名がないんだよね~・・・身分の。王・・・って言うと怒られるけど、王の弟の娘がボクで、一応王位継承権第4位なんだよね~。そのボクに対して国境を通るのを邪魔したり、捕まえたりして良いのかな~?」
「・・・は?」
「君らの国の国境警備隊はボクの事を知らずにボクの行く手を阻んだ。君らの国は王族の行く手を阻んでも罪に問わないのかい?」
「ちょっと・・・ちょっと待って下さい!ジュウベエ・・・さんですよね?」
「それ通り名。剣聖が引き継ぐ事になってるの~。てか、こんな可愛い女の子がジュウベエって!・・・あ~でも、ジュウベエって呼んでね?ウォール・ミンって名前は棄てたから」
フォーのツッコミにケラケラと笑いながら答えるジュウベエ。王弟の娘は確かにディートグリスでは公爵家に連なる者。他国の王族に対して無礼を働けば、無礼討ちにされても文句は言えない・・・それが例え知らなかったとしてもだ
「なぜ・・・今まで黙って・・・」
「ねえ・・・聞いた?ボクが何者なのか聞いたの?君らは知る努力を怠った。その結果じゃないの?今の代の『ジュウベエ』がどんな身分なのか簡単に知れるよ?」
「じゃあ、ジュウベエさんは姫様って事ですよね!?それなら処刑なんてされないですよね!?」
ニコニコと笑顔で言うジュウベエに全員が対応に困っているとレンドが立ち上がり周囲を見回して叫んだ
王位継承権を持つ他国の要人を処刑などするはずがなく、国境でのいざこざもディートグリス側の不手際で処理される可能性が高い・・・戦争中でなければ
「その・・・アカネさんと言う使者の方が濡れ衣を着せられて、ジュウベエさんの身分が本当に王族でしたら・・・糾弾されるのは我が国でしょう。我が国とシントの間にあるバースヘイム王国に緊急通信が出来るはず。そこでジュウベエさんの身分を確認すれば・・・」
「うん、バースヘイムは知ってるよ。ボク、何度もバースヘイムに出た魔物を狩りに行ったことあるし」
フォーの言葉にジュウベエが返す。バースヘイムの国境警備隊の者はおろか全国民が知ってるのではないかと言うくらいジュウベエは有名であり、バースヘイムでは英雄視されている節すらあった
「待ってくれ・・・仮に君が公爵相当の地位があったとして・・・それを国に報告しても果たして素直に信じるだろうか?君・・・は失礼か・・・貴方様が『ジュウベエ』なのは間違いないだろう。だから、私は今の話を全面的に信じる。しかし、国が・・・王族が自らの過ちを認めるとは思えない。下手したら秘密裏に殺されてもおかしくないと思う」
「だろうな。バーミリオン卿の言う通り国が指名手配した人物が実は要人でしたなんて認めるとは思えない。口封じに来るのは大いにありえる」
ハーネットの懸念する言葉にデラスが頷き、再び場は沈黙する。勘違いでは済まされない失態を国が隠蔽するのか謝罪するのか・・・賭けの対象はジュウベエの命とあれば容易に答えを出すことは出来ない
「そんな・・・それだとアカネさんって人が濡れ衣だったとして、それも認めないって事になるんじゃ・・・」
「アカネなら大丈夫・・・何とかするよ~。だから、解決策としてボクが帰るのが1番良いんだよ。ボクだって黙って殺されるつもりは無いし、邪魔するなら全て殺す。それに・・・ボクが殺されたらディートグリスは滅ぶよ?」
レンドの言葉にジュウベエは優しく微笑み物騒な事を口にする。使者であるアカネの実力は知らないが、ジュウベエの実力は目の当たりにしていただけにジュウベエが暴れたらどれほどの被害が出るか息を呑んだ
「戦争・・・ですか?」
滅ぶ・・・その言葉にフォーが反応して聞くとジュウベエは首を振る
「戦争?違う違う~・・・この国に誰がいると思ってるの?ボクが殺されたら黙ってるわけないでしょ?」
「・・・まさかそれって・・・」
「この国にはクオンがいる。アカネに何かあったら国は半壊・・・ボクに何かあったら・・・滅ぶよ?」
未だ実力の底が知れぬクオン。マルネスという魔族を従え、ドラゴンを屈服させ、Aランク冒険者をパーティごと粉砕する・・・そんな者が怒ったらどうなるか・・・クオンを知る者は全員身震いするのであった────




