2章 4 王都到着
「なぜ私の名を知っている?」
アカネは指先に魔力を込める。すると魔力は炎となり、部屋の温度を上げた
男を睨みつけるアカネの脳裏には気を失い倒れるまでの事が次々と浮かんでくる
ディートグリス国王より付けられた連絡用の者と案内人が姿を消し、突如現れた5体の魔族。こちらを見るやいなや攻撃を仕掛けてきた為、応戦するも次々と倒れていく仲間たち。自分に相対していた魔族はなんとか撃退したものの、4人の仲間たちは全員魔族に殺され、怒り狂い技を連発し魔力切れを起こし気絶した
魔族を全て倒せたかどうかは分からない。命があるので倒せたのだろう。しかし、あの場で気絶したにも関わらず見知らぬ建物のベッドで目覚め、目の前の男は自分は見覚えがないのにこちらの名前を知っている
その事実がアカネに『目の前の男は敵』と認識させた
「ちょ、ちょっと待ってくれ!仕方なかったんだ!」
「何が?王に命令されて仕方なく私たちに魔族をけしかけたと?」
「え?魔族?待ってくれ・・・パンツのことではなくて?」
「パ・・・頭おかしいの?なんでこの状況でパンツが出てくるのよ!」
「いや・・・名前の事を聞かれたから・・・し、仕方なかったんだ!手当てするのに服を・・・それで目に入ってしまって・・・」
男が顔を赤らめて説明する内容を頭の中で反芻する
手当・・・服・・・名前・・・パンツ!?
急ぎ自分の着ている服を確認する。明らかに自分のものではない服を着ていることに今更ながら気付いた。いつの間に着替えたのか覚えていない。そもそも自分の服ではないのだから、着替える訳がない。そうなると誰かが着替えさせた・・・そして、目の前の男の発言と赤面している事、そして、おパンツに名前を書いているという事実を思い出す
「き・・・貴様!」
「だ、だから仕方なかったって・・・待って!なんでさっきより炎の勢いが増してるの!?」
詩が書かれた紙は一瞬で燃え尽き灰となる。アカネの指先には天井に届かんばかりの炎が荒ぶる
「燃えちゃう燃えちゃう・・・ちょっと・・・ヒィィィ」
男が炎を見て慌てるも、何も出来ずに尻もちをついた。その姿勢のまま後退りして叫ぶ姿があまりにも滑稽であり、少しアカネは冷静さを取り戻す
「・・・本当に・・・ディートグリス国王から指示された訳じゃないの?」
「た、たまたま・・・倒れている君を見かけて・・・周りには誰もいなかったし・・・頼むからその炎を・・・」
アカネは男を警戒しながら考える。もし国王の指示を受けていたとして手当する意味があるだろうか?手当てしたとしても拘束もせずに野放しにするだろうか?見張りもおらず、建物の中も閑散としている。もしかしたらこの建物の中にはこの男しかいないのかもしれない
「あなた・・・何者?」
「ラフィス・・・ラフィス・トルセンと言います。これでも元男爵なんですよ」
ラフィスはようやく炎が消えて安心したのか立ち上がり、笑顔でアカネに名乗った
そこから改めて今までの経緯を2人ですり合わせる。盛大な勘違いをしていたアカネは大きく息を吐きラフィスを見つめた
「ごめんなさい。助けてもらったのに・・・」
「いえ、私も手当の為とはいえ・・・」
「それ以上は言わないで」
「はい」
おパンツで身バレしましたなんて、アカネにとっては人生最大の屈辱・・・全てのパンツに名前を書いてないだけあってなぜ今日に限ってこのパンツを履いてしまってたんだと悔いても悔やみきれない
「しかし、なぜあんな所で・・・先ほど魔族やら国王とおっしゃってましたが・・・」
話題を変えようと倒れていた原因を尋ねるラフィス。アカネは即答せず、しばらく目を閉じて考えた後に口を開いた
「私はシントから来たの。ある事を調査するためにね。それで国王にも謁見して、いざ調査を開始しようとした時に・・・魔族に襲われたの」
「魔族に・・・よくご無事で・・・」
「無事じゃないわ。4人・・・魔族に殺されたわ。私も1体の魔族は倒したのだけど残り4体に囲まれて・・・その後から記憶がないの」
「魔族を1体倒すだけでも凄いと思うのですが・・・それにしても5体の魔族とは・・・」
「別に信用してくれなくていいわ。とにかく今は国に報告を・・・」
「ああ、それなら私の方で致しましょうか?陛下へ文を・・・」
「馬鹿を言わないで!なんで仕掛けてきた奴に報告しなきゃならないのよ!報告するのはシントによ!」
「しかけ・・・え?まさか、陛下が魔族を!?そんなはずは・・・」
「自国の兵士がいないタイミングで私たちの人数に合わせた5体の魔族・・・それに謁見した時の対応・・・怪しむなっていう方が無理よ」
「陛下に限ってそんな・・・」
「元男爵のあなたがどれだけ現国王と親しいって言うの?」
「・・・」
アカネに痛いところを突かれて黙り込むラフィス。男爵は貴族としては最も下位であり、主に地方の領主などをしているものが多く、王と頻繁に会う男爵などは少ない。王都に住む男爵もいるが、ラフィスの屋敷がこの建物で、元男爵との事情から国王の事をよく知る人物には思えなかった
「確かに私は・・・現国王であられるゼーネスト・クルセイド陛下とは面識もありません。しかし・・・」
「フン、そんな名だったのね。こちらが使者として名乗りを上げても名乗るどころか一言もしゃべりもしない。代わりにペラペラとしゃべっていたのは横にいた赤ドレスの女だけ・・・そんな対応をされて元男爵に陛下に限ってなどと言われたところで信用など出来ないわ」
「それでも!陛下が魔族を使ってアカネさん達を襲うなんて・・・まるでディートグリス国自体が魔族を従属させてるみたいじゃないですか!」
「だから・・・でしょ?」
「なっ!」
「都合が悪いから私たちを消そうとした。で、その都合の悪いことっていうのが、魔族を従属させていることだとしたら・・・辻褄が合うわ」
「まさか・・・そんな事・・・」
「あるわけないと言うの?なら言わせてもらうわ。私たちは魔族が大量発生している場所がディートグリスと特定して調査をしに来たのよ。そして、調査協力の依頼で国王に謁見した。その後に魔族に襲われて・・・疑わない道理があると思う?」
ラフィスに言ってなかった自分たちがディートグリスに来た理由。その理由があるからこそ国王が最も疑わしかった。なぜならば国王に謁見するまで自分たちの目的は他の者に知らせていない。国王に話した途端魔族に襲われたのだから、まず疑うのは国王だろう
「あまりにも・・・短絡すぎではありませんか?もし陛下がそのようなことを・・・致したとしても、バレれば全世界を敵に回します・・・もしかしたら、陛下に疑いの目を向けさせようとしている誰かの仕業かも・・・」
「まあ、私もそう思うわ」
「・・・へ?」
「これで国王が犯人だったら間抜け過ぎる・・・私を殺していれば犯人は国王かも知れない・・・でも、私をわざと殺さずに国王を犯人に仕立て上げようとしてる・・・そうとしか思えない」
「なるほど・・・でも、恩着せがましく聞こえるかもしれませんが、私が助けなければ魔物に・・・」
ラフィスがそう言いかけたところでアカネが目を細める。ラフィスは先程の炎が頭にチラつき思わず身構えた
「そう・・・だから今私が1番怪しんでるのはあなた」
「ですよねー・・・潔白の証明はどのように・・・」
「必要ないわ」
アカネは微笑むとラフィスを指差し、その先端から炎を生み出す。部屋が再び明るさと熱を増し、ラフィスは炎越しに見えるアカネの妖艶な表情に息を呑んだ
「身の潔白など証明のしようがない。あなたが元男爵に身を落とした理由など聞いても嘘か本当判断出来ない。だから、私はあなたが男爵の身分を奪われ王を恨み国を恨んで『招くもの』になり、国家転覆を計画していると思う。間違ってたらごめんなさい。でも、私のパンツを見たのだから許してね」
「やっぱりまだ怒って・・・って、そんな馬鹿な!・・・そうだ!私のギフトを・・・」
「?・・・いらないわ。何をしてもこれから先、あなたを信用など出来な・・・い?」
ラフィスが後ろを向いて何かを手にした瞬間、アカネの指先から炎が蛇のように放たれるとラフィスを取り囲む。その中でラフィスは手にした花をアカネに見せた。まだ蕾の赤い花・・・その花になんの意味があるのかと一瞬考えた時、その花はゆっくりと花開く
「これが・・・母の!・・・そして私が受け継いだギフト『開花』!父はギフト『突風』を持っていました!そのギフトがトルセン家が男爵である生命線・・・しかし、父は母と出会い、母を愛し、私が産まれて母が死んだ後も・・・母を愛し続けていました!私がトルセン家の生命線を受け継がなかったと分かった後も!そんな私を自慢の息子と言ってくれた!」
炎の輪に囲まれる中、ラフィスはアカネを真っ直ぐ見つめ、震えながらも花を差し出す
「私は母を知らない!でも、ここにある母の残した詩が・・・母のくれたギフトが・・・母の人となりを教えてくれる!そして、母を愛し続け、貴族にしがみつかなかった父を・・・私は尊敬する!もし私を殺すなら・・・母の遺してくれた詩と父の遺してくれた屋敷を・・・壊さないで下さい」
最後は小さい声で・・・悲しく微笑みながら言うラフィス。それを見てアカネは決心が揺らぐ。ディートグリスに来て国王に謁見した後に起きた惨劇・・・その時に怒りを覚えたのは仲間を殺した魔族にではなく、油断していた自分に対して
もう油断しないと決めたからこそのラフィスへの攻撃だった
もしここでラフィスに心を許し、後ろから刺されれば次にシントから来る仲間も同じ事になりかねない。それならば心を鬼にして怪しきものには鉄槌を・・・
「・・・私はまだあなたを疑っている。魔族が出た時にディートグリスの兵士が居なかった事、あなたがタイミング良く私を助けた事・・・全てが納得出来ない。私にはあなたを生かす理由がない・・・」
「なら!・・・私はあなたからの信頼を得る為に手伝います。今は貴族でもなんでもないですが、あなたよりディートグリスに精通しています!もしそれでも疑わしければ殺して頂いて結構です・・・」
「・・・なぜ?」
倒れていた女性を介抱して、その女性に殺される・・・そんな事に納得出来るものなど、この世にいるとは到底思えなかった
「あの・・・詩は・・・アカネさんを見つけた時の事を詠んだものです・・・私はあまりの綺麗さに・・・心奪われました。『月夜に照らされ 紅い花は輝きを増す その輝きはやがて 私の心を奪うでしょう』この詩の続きを・・・私に書かせてもらえませんか?」
炎に囲まれながら花を差し出す男に唐突に言われた言葉。その言葉の意味を理解したのは、囲っていた炎が消えた後だった────
────
フォルスン家の屋敷の騒動から1週間・・・何とか王都ダムアイトに着いたフォー達一行
あの襲撃からエイトはセガスの守りがあると街に戻り、エリオットは王都に行く用事があると同行した
エリオットの用事というのはセガスに戻ってギルドで喚くエイトに会った際、ギルド受付のカミラに見つかり捜索願いが出ている事を聞いた事だ
ジュウベエにとってはストレス発散のいいオモチャが同行する事に喜び、他の者達はジュウベエの相手をしてくれる者をありがたり、エリオット自身もギフトの強化に願ってもない相手と喜んだ。いずれは頬の借りは返すと息巻いていたが、ジュウベエと模擬戦をしている時は実に楽しそうだった
エリオットにはフォー達に同行する理由がもう1つあった。それは────
「あのー、エリオット君・・・そんなに見つめないでください」
「見つめてない!」
エリオットの視線が気になりマーナが注意する・・・そんなやり取りが道中何度かあった。エリオットの見つめてないという言葉には『お前は』という注釈が入る。それもそのはず見つめているのはマーナではなくマーナの腰に差してあるマルネス木刀なのだから
クオンの無事を聞いた時のマルネスの涙を見た瞬間、エリオットの中で何かが弾けた。自分を一撃で気絶させるくらい強いマルネス。そのマルネスが1人の男の無事を聞いただけで涙するその姿はエリオットにとっては神々しく映ったのだ。マルネスにとっては神々しいなど侮辱以外の何物でもないのだが
門の前に立つ警備兵にフォーが貴族の証明を見せて街の中に通されるとセガスの数倍はあるであろう街並みが飛び込んで来た
「うわぁ・・・これがダムアイト・・・」
道幅も建物の数も人の数も桁違いな光景に素直に驚きの声を上げるマーナと、デラスとエリオット以外は初めて見る光景に言葉を失っていた
「お待ちしておりましたよ」
不意に声をかけられて見るとそこには礼装に身を包んだハーネットがいつもの3人を引き連れて立っていた。そして、微笑みながらフォー達の中にいるであろう人物を探している
「ハーネット・バーミリオン卿!なぜここに?」
フォーがハーネットの存在に驚きの声を上げ、ジュウベエ以外が乗っていた馬から下りた。来た早々の出現に疑問をぶつけるがハーネットは心ここに在らずの状態で口を開く
「・・・うん?・・・ああ、各街にガクノース卿とダルシン卿が通ったら私に・・・報告するようにと・・・ところで、クオンは?姿が見えぬようだが・・・」
キョロキョロしながら答えると我慢出来なくなり直接聞いてきた
「はあ・・・その、クオンとは別行動を取っていまして・・・」
「なぜ!」
「あ、いや・・・それは────」
あまりにも激しい「なぜ!」にフォーは冷や汗をかきながら事の顛末を話し始めた
魔族に襲われた事、そして、魔族を足止めしたクオンはそこから別行動を取っている事。加えてハーネットが以前探していたエリオットを呼び、無事見つかったと告げると・・・
「そうか。で、クオンは現在どこに?」
もう依頼は降りたとはいえ一時期探していた人物の発見を一言で終わらすハーネット。エリオットもハーネットの事は知っており尊敬もしていただけにぞんざいな扱いに口をひくつかせた
「申し訳ありませんが分かりません。何ぶん突然の事だったので細かい事は打ち合わせ出来ず・・・ただ彼も王都に向かっているかと。それよりも道中大変助かりました。バーミリオン卿が・・・」
「くっ!もどかしい・・・ガトー!みんなを屋敷に案内してくれ!僕は空から・・・」
「ダメです!・・・てか・・・ハア」
心ここに在らずの様子でフォーの話途中にも関わらず飛び立とうとするハーネットをガトーが肩を掴んで何とか止める。止められた事への抗議の視線を送った後、うるうるし始めるハーネットを見てため息をついた
ジゼンとソフィアもその様子を見てため息をつき、フォー達はただただ呆然とそのやり取りを見て3人の苦労を感じ取る。道中で色々あったので共感出来る部分は多かった
しばらくしてハーネットは落ち着きを取り戻し、ようやくフォー達を自らの屋敷へと案内する。その道中でレンドが1人呟いた
「あの・・・ジュウベエさんは・・・どうなってしまうのですか?」
馬の背に立ち、人々の注目を集めているジュウベエ。本人はこれからの事など全く気にしている様子はない
「・・・その話は屋敷で話そう。事態はあまり良い方向に向かっていない・・・」
ハーネットが神妙な面持ちで呟くとレンドは顔を歪める。今回の目的はジュウベエの連行。つまり、罪を犯したジュウベエを国に引き渡す為にここまで来た。確かにジュウベエは破天荒でキレやすく、すぐに手を出したりする。国境警備隊の隊員を2人も殺しているのは事実・・・だが、共に旅をしてきて思ったことがあった
「彼女を・・・助けたい・・・」
知り合う前なら・・・旅をする前なら思わなかった。いや、もしかしたらクオンとマルネスに会わなければ思わなかったかも知れない。短い間だとしても共に行動した人が殺されるのが・・・こんなにも苦痛になるということを
犯した罪は許されない。警備隊の2人には家族もいただろう。友も・・・恋人も居たかもしれない。そう考えると当然、国に委ねて罪を償わせるのが当たり前
「レンド・・・それはダメだ」
レンドの呟きを聞いたフォーが首を振りながら諭すように言う。フォーも感情だけで言うのであればレンドと同じ気持ちだった
「分かってます・・・でも・・・」
「君が彼女に親族を殺されて尚、助けたいと言うのなら止めはしない。しかし、君は『知らない誰かが殺されたから知っている彼女を助けたい』・・・そう言ってるのだよ?」
「・・・」
葛藤していた事を人から言葉にして言われると自分がどんなに浅はかだったか分かる。レンドも理解はしていた。理解しているつもりだった。しかし、フォーにハッキリと口に出されて言われると自分がどれだけ理不尽な願いを言ったか理解する
「落ち込む必要は無いよレンド。私は死罪はないと考えている」
「え?」
「ダメだと言ったのは、我々ディートグリスの者が彼女を助ける事。私だって彼女を助けたいという気持ちはある。だから、国王陛下の気持ちになって考えてみた・・・シントの者が自国の者を殺害したとして、どういう思考をするかと」
「シント・・・そうか・・・ジュウベエさんはシントの人・・・それならば」
「ああ。ディートグリスとしては勝手に処刑なぞ出来ない・・・はずだ」
「屋敷で話そうと言ったのに・・・まあ、無理もないか。仲間と認識している者への処遇だ・・・気になるのは仕方がない。ならば、詳しくは話せないが伝えておこう。希望を砕くようで悪いがシントと国交断絶し戦争準備に入っているぞ・・・我が国は」
レンドとフォーが話しているのを聞いて馬を隣につけたハーネットが2人だけに聞こえる声で衝撃の事実を告げる。ディートグリスとシントの国交断絶、戦争・・・予想外の言葉に2人は言葉を失う
ディートグリスとシントは直接的な国交はあまりない。間にバースヘイム王国があり、バースヘイム経由で魔導具の取引きをしているくらいだ。友好国とまでは言わないまでも、高度な魔導具を製作するシントに対して敵愾心を持っているなど聞いたことがなかった
「私も友の同郷の者の事なので色々と探ってみたが、つい最近起きた事件がきっかけで事態は悪い方向に転がっている」
「最近起きた事件・・・ですか?」
「ああ。シントの使者に我が国の兵士が数名殺され、シントの使者はその後、我が国のある没落貴族と組んで我が国に対して色々と画策しているらしい」
「・・・は?」
ハーネットの話す内容が荒唐無稽すぎて頭に入って来なかったフォーが思わず聞き返す。その返しにハーネットは一度目を閉じてから再び目を開けてフォーを見て告げた
「始まるぞ・・・戦争が」




