2章 3 合流
フォルスン家の屋敷の中庭・・・そこに長剣を携える女性が数十名の者達を正座させるという異様な光景が展開されていた
「なんですかね・・・この状況・・・」
「分からない・・・目が覚めたら正座と言われて・・・」
「そこ~勝手に喋らない~」
レンドが隣で正座するフォーに耳打ちするが、目敏くそれに気付いたジュウベエが注意する。全員仮面を外し、既に正体はバレバレ。フォーも観念したのか髪の毛を元の長さまで戻していた
ジュウベエが長剣を握ってから蹂躙が始まった。と、言っても最初の言いつけ通りに警備兵達を殺さずに器用に気絶させていくジュウベエ。全員倒し終えた後にフォー達に近付きニッコリと笑ったかと思ったらいつの間にか気絶させられていた
目が覚めた順番に正座させ、全員が目を覚ましたのが今の状態である
ここでサッと手を上げたのはアースリー。慣れない正座にモジモジさせながら、ジュウベエを見つめる
「なに~?」
「はい・・・お姉様・・・この状況は何でしょうか?」
「・・・気になってたけど、お姉様ってなに~?」
「・・・バッタバッタと敵(警備兵)を倒すお姿に惚れました。憧れます・・・是非お姉様と呼ばせて下さい」
「もう呼んでるし~・・・別に良いけど・・・で?質問は何だっけ~?」
「はい、お姉様。とりあえず倒されて正座してるのはいいのですが、これから何が行われるのでしょうか?」
いいのかい!?と全員が心の中でツッコミを入れる中、ハキハキとジュウベエに聞くアースリー。その質問にジュウベエは笑って答える
「ハハ・・・何もしないよ♪ただの憂さ晴らし・・・夜襲をかけるのに拘束を解かない人や拘束された美少女を吊るし上げる鬼畜な奴らに・・・ね♪約束の日まで後1日あるし、それまでは殺さないよ♪」
「え・・・後3日では・・・」
聞き捨てならない言葉を聞きフォーが慌てて口を挟むとジュウベエは怪しげな笑みを浮かべる
「馬鹿ね~そんなのボクの機嫌次第で変わるに決まってるでしょ~?まっ、領主の屋敷に襲撃して処刑されるかも知れないから日にちとか関係ないかもだけど~」
「うっ・・・それは・・・」
フォーが恐る恐る視線をダサートとフヌートに向けると、2人とも正座をし目を閉じて眉間にシワを寄せていた。思わずヒィッと声を上げそうになるが口を手で押さえて回避・・・視線を彷徨わせて見ないようにする
それからジュウベエのお叱り言葉が延々と続き、朝になるとナムリの元領主の娘であるエリーシャ・サーザント・・・現在エリーシャ・フォルスンが外に出て来た事により事態は終息に向かった
初めは不審者に正座させられるダサートとフヌートを見て混乱していたが、フォーとデラスの弁解を聞いて何とか状況を把握する
「つまり・・・ガクノース卿とダルシン卿は我らがエリーシャの家を貶めたと・・・そこのジュウベエとやらの剣を取り戻すついでに懲らしめてやろう・・・そういう話になったと?」
「ええ・・・概ね・・・そんな感じです」
「よく調べもせず・・・呆れるわい。ダルシン卿だけならいざ知らず名家のガクノース卿まで一緒になって・・・」
「すまぬ・・・つい乗せられてな・・・」
デラスは口にこそ出さなかったが、フォーの言葉を鵜呑みにしたことを激しく後悔する。なにせ勘違いで事件を引き起こした者の弟だ・・・勘違いしやすい家系である可能性を考えなかった自分の落ち度を悔いた
「そうなるとお父様とフヌート様が正座させられる意味はないのでは?」
横からエリーシャが首を傾げながら言うとジュウベエが首を振る
「お前の旦那は上半身裸でボクを吊し上げていやらしい目で眺めた後に拘束されたままのボクを剣で八つ裂きにしようとしたのさ~はっきり言って殺しても殺したりないよ~」
「まあ!」
「いや、待て・・・すごい語弊があるのだが・・・」
そんなやり取りをした後、詳しく話をする為に全員屋敷の中に入った。まだまだ説教し足りないジュウベエだったが、朝食を準備するという言葉に折れて共に中に入る
東門を見張る為にレンドは向かい、残りの4人が案内されたのは食堂。余裕を持って片方10人が座れる長テーブルが置かれ、中央に花が飾ってある。ダサートとフヌートが座り、それぞれの横にエリーシャとダサートの妻であるカリーナが腰掛けた
フォー達も案内されるまま腰掛け、ようやくひと心地つく
「朝食を取りながらで構わないのでまずは誤解を解いておこう」
ダサートは立ち上がるとフォーが街中で聞いて誤解してしまったエリーシャの家、サーザント家について語り出す
ナムリの元領主であるサーザント家は国より不正を疑われていた。それはある時から納税額が少なくなり、それがずっと続いていたからだ。国から内部調査の依頼を受けたダサートは人を送り内部調査を進めていくとある真実に辿り着く。それは使用人である執事が私服を肥やすために虚偽の報告をして納税額の1部をネコババしている・・・という話
「見抜けないものですかね?最終的には領主が確認して出すものですが・・・」
「・・・サーザント家は・・・その・・・おっとりしておってのう・・・悪く言えば・・・」
「抜けてる・・・のです。父も・・・私も・・・」
ダサートが言いづらそうにしているとエリーシャが言葉を続けた。綺麗なドレスに身を包み、髪をまとめたその姿はとても凛としていて抜けているようには見えない
「まあ、全幅の信頼を寄せていた執事が悪さをする事などないと思っていたみたいでな・・・それで調査報告でサーザント家に不正の意思なし、全て執事の仕業と報告したのだが・・・」
国からの返事はサーザント家の監督義務者の責任と断じ、即座に不正分の支払いとお家取り潰しが下された。その際に払えなければ死罪という文も付け足されており、エリーシャに惚れていたフヌートは居ても立ってもおられずナムリに向かった
「そこで待ってたのは街の1部を占拠した荒くれ者達・・・恐らく執事に雇われた者達だと思うがそいつらがエリーシャの屋敷を襲ってる最中だった・・・俺は何とかエリーシャを救い出せたが、他の人達は・・・」
単身乗り込んで録に準備もしていなかった為にエリーシャだけは救えたが、他のサーザント家の者達は荒くれ者達に殺されたという。荒くれ者達の数は多く、警備兵も執事の手により少なくなっていた為に救えなかった
チーリントに戻ったフヌートはナムリを取り戻す為に準備しているところにフォー達に襲われて現在に至る
「俺の体格に合う武器がなかなか無くてな。行商に尋ねた矢先に持って来たから少し怪しんだが・・・盗むつもりはなかった・・・すまねえ!」
「い、いえ、そもそも失くしたのはこちらの落ち度ですので・・・頭をお上げください」
「まあ、いいよ~返してくれたから~」
「あなたは少し黙ってて下さい」
フヌートの謝罪に対してフォーが焦って立ち上がるが、朝食を食べて機嫌の良くなったジュウベエの言葉に苛立ちを覚える
「調査依頼の達成にかっこつけて国はフォルスン家を男爵から子爵に引き上げてナムリも見ろと言ってきた。街の噂の浪費家でケチってのもあながち間違いじゃねえな」
頭をかきながらフヌートは言うと現状を細かく説明する。現在チーリントの警備兵を増員し、ナムリに住み着く荒くれ者達を排除しそのまま一部の警備兵をナムリに常駐させる計画を立てている。子爵に上がったからと言ってすぐに資産が増える訳てもなく、ナムリに資産が残っているとも思えない。仕方なくチーリントの財政で行わなくてはならず、そのしわ寄せがチーリントの住民にいってしまってるとの事
「まっ、内部事情をこと細かく説明する訳にはいかねえしな・・・ナムリが落ち着くまで浪費家でケチなフォルスン家でいかせてもらう」
「・・・ごめんなさい・・・私の・・・」
「お前の親父のせいじゃねえよ」
「いえ、私の父の執事のせいで・・・」
「お、おお。そうだな・・・」
今のやり取りを見てフォーとデラスは思った。『いや、お前の親父のせいだろ』と。エリーシャを見て人の上に立つような人物ではなかったのだろうなと思い浮かべ、納得する2人
話を終えた辺りで食堂が開かれ、東門に立っていたレンドが顔を出す
「あの・・・マーナ達が・・・」
使用人に案内されて食堂に顔を出すが、貴族の屋敷にどういう対応をすれば良いのか分からずに顔だけ出してフォーを伺う。フォーはそれを聞いて急ぎ立ち上がりレンドの元へと向かった
食堂の扉の向こうには疲れ果てたマーナ、それにエリオットの姿が。ステラはマーナの腕の中で丸くなり、マルネスはマーナの腰帯で木刀してる
「マーナ!良く無事で!・・・エリオット殿・・・あなたがマーナを?」
「あー、おっぱいは守った。安心しろ」
「・・・おっぱい?」
「こ・・・の・・・!」
気力だけでエリオットを殴ろうとするが躱されてしまい、よろけるマーナ。もう涙目・・・いや、泣いていた
「と、とにかく今はフォルスン家の方に手当を頼もう!」
「どうした?・・・何があった?」
「あれ~獲物の匂いが2つも・・・」
フォーが振り向いた時にはフヌートとジュウベエがおり、険しい表情をするフヌートとその陰からジュウベエがマーナ達を覗き込む
「あっ!お前!」
「ん?あ~・・・獲物?」
エリオットがジュウベエを見て叫ぶと、ジュウベエもエリオットの頬の傷を見て思い・・・出せなかった
思い出せないジュウベエに憤慨したエリオットがジュウベエに殴りかかろうとして一悶着・・・レンドとフヌートが必死に止めて何とか場が収まった
「それでAランク冒険者のエリオット殿がナムリに向かい、そこのマーナを助けたついでに荒くれ者達を倒したと?」
「全部か分からないけどね。街を出る時にも追いかけて来たから、そいつらは全員殺しといたよ」
「そ、そうか。フヌート、これは・・・」
「ああ。これは好機だ。Aランクのエリオット・・・聞いた事あるし、本当だろう・・・」
「Aランクの称号に誓って言うよ。嘘じゃないとね」
エリオットはカードを取り出し皆に見せた。そのカードはギルドカードと言われてギルドマスターが持つシントお手製のペンでランクや名前などを記している。エリオットのギルドカードにはハッキリとAと書かれていた
「ふむ・・・確かに。その歳でAランクという事は戦闘系のギフト・・・しかも希少なものか。それでも大したものだ」
ダサートがカードを見て1人納得していた。Gから始まるランクだが、ギフト持ちは優遇され、最初から高ランクとなる。その中でも希少で強いとされるギフトは最初からBランクという事例もあるくらいだ
「へ~・・・アレで~?」
「くっ!」
得意気な顔をしていたエリオットをニヤニヤと見つめるジュウベエ。また一悶着あっては堪らないとフォーが2人の間に入り話を進める
「それで・・・その・・・私達は・・・」
「気になさるなダルシン卿。思いがけず夜襲の訓練が出来たと思えば問題ない。怪我こそあるが死人も出ていないしな」
「・・・大変申し訳ございませんでした」
「それよりも卿らのおかげでナムリの件がスムーズにいきそうだ。エリーシャも気にしていたし、感謝する」
「ええ。街の東側を占拠されて・・・住民も西側に避難しているみたいですが早く解放してあげたいと思っておりました」
ダサートの後にエリーシャが言葉を続けてお辞儀をする。本来なら子爵家に夜襲をかけた時点でお家取り潰しだが、不問に終わり事なきを得た
たまたまエリオットが荒くれ者達を倒してくれたおかげなのだが、結果良ければとフォーが安心して胸を撫で下ろしているとエイトが封書を2通取り出した
「フォー兄・・・クオンの奴からジュウベエとマルネス宛に手紙を・・・」
≪なんだと!?≫
壁に立て掛けられていたマルネスがクオンの名を聞いた瞬間に人化して叫んだ。ジュウベエもいつの間にかエイトの後ろに立ち、自分の名が書かれた封書をもぎ取る
マルネスの事を知らないフォルスン家の面々が目を白黒させている中、マルネスもエイトに近付いて封書を受け取るとその場で開けて中身を確認した
≪・・・フン、愛しの旦那様からの頼みだ。致し方あるまい≫
「・・・照れ屋だね~クオンは・・・まっ、聞いといてあげるか~」
お互い手紙を読んで同時に一言
≪狂犬・・・何が書いてあった?≫
「・・・知りたい~?でも、聞いたらショックで魔の世に帰りたくなるかもよ~?」
≪戯言を・・・ちなみにこっちには『愛しのマルネスへクソ生意気なジュウベエの連行を頼む』と書いてあったが≫
「ふ~ん・・・こっちは『王都に着いたら結婚式を挙げよう』って書いてあるわ~」
≪そんな訳あるかボケ≫
「人の世で出しゃばるなツルペタ」
未だに何が起こっているのか理解出来ないフォルスン家を見て、罵り合う2人を宥めてマルネスの事を説明するという重責に、深いため息をつくフォーであった────
────
「・・・こ・・・こは?」
薄らと目を開けて呟いたのは見知らぬ光景が目に入ってきたから。薄暗い部屋の中は何一つ記憶にないものばかり。天井、ベッド、シーツ、テーブル、花瓶に至るまで・・・
ゆっくりと身体を起こし更に周囲を見渡そうとした時、全身に刺すような痛みを感じ、微睡みが一瞬で解かれる。痛む部分を手で触るとそこには治療の後なのか包帯が巻かれていた
薄暗さに目も慣れ、痛みに耐えながら立ち上がるとドアまで進んだ。施錠されているかもと思ったが、ドアノブに手をかけ回すと普通にドアは開いた。部屋よりも廊下は暗く、薄気味悪さを感じる
廊下の壁を手で触れながら壁伝いに歩く
歩くと同時に少しずつ記憶が蘇ってくる
魔族・・・倒れる仲間・・・魔力切れ・・・
魔力切れにより意識を失った覚えがあった。そこからは記憶がなく気付いたらベッドで手当されて寝ていた・・・もし記憶が確かなら誰かが運んでくれて手当してくれた事となる
まずはその誰かを知る事が先決かと思い、薄暗い廊下をしばらく歩くとドアの隙間から明かりが漏れている部屋を見つけた
最初に目を覚ました部屋と廊下の暗さから今が夜である事は推測出来る。そうすると漏れている明かりは人工的な明るさ・・・つまり人がいる可能性が非常に高かった
手当してくれたとは言え誰が何の目的かも分からない状態では相手が味方かどうかも分からない。喉を鳴らし、ゆっくりとドアノブに手をかけると音がならぬように注意しながら回した
カチャリと静まり返った空間に音が響く。中に人が居るのなら恐らく気付いただろうと思ったが、部屋の中からは特に反応がなかった
勇気をだしてそのままドアを押すと、徐々に明かりは大きくなり、次第に中の様子が伺えてくる
部屋の中では向こう側を向いた男が何やら書き物をしているようだった。椅子に座り、机の上でペンを動かしている
注意深く観察するが腰周りや周囲に武器などはなさそうだった。しかし、ギフトの種類によっては武器など必要のない者もいる。それでも男の正体を知らねば先に進めないと判断し、意を決して声を出す
「何をしている?」
声をかけるとビクッと男は背筋を伸ばし、ゆっくりとこちらに振り向いた
「や、やあ、目が覚めたのかい?き、傷の具合は・・・」
「何をしている?いや、何を書いていた?」
男の正体が分からない。振り返って見せた顔も覚えがなかった。そうなるとまずは相手の素性を知らなくてはならない。もし男が建物に運んでくれて手当をしてくれたとしても、何か目的があったのかも知れない・・・そう考えて男の問いかけには答えずに質問を重ねた
「いや・・・その・・・」
男は後ろめたい気持ちがあるのか、書いていたものをチラリと確認した後、頬を掻きながら言い淀んでいる
その光景に怪しいと睨み、部屋の中央まで歩を進めて手を出した
「見せろ」
男を警戒しながら書いていたものを見せるよう更に歩を進めると、男は観念したように机の上の紙を差し出してきた
奪い取るように受け取り、男から少し距離を取ると紙に目を通す。もしかしたら、自分を捕らえた事の報告書を作成していたのかも知れない・・・そう予想していただけに飛び込んで来た文面に絶句してしまった
「な・・・なんだコレは?」
『月夜に照らされ 紅い花は輝きを増す
その輝きはやがて ・・・』
「そこから先の言葉がなかなか浮かばなくてまだ未完成なんですよ」
頭をかき照れながら言う男に苛立ちを覚える。寝起きにいきなり冷水を浴びせられたと思ったらぬるま湯だったような・・・警戒していただけに拍子抜けしてしまい声を荒らげる
「いや、そういう事ではなく!」
声のトーンで文の内容ではなく文自体に疑問を持った事に気付いた男は微笑み、口を開いた
「?・・・ああ・・・詩です。下手でお恥ずかしいですが・・・倒れているあなたを見てつい・・・気が付いて良かったです。アカネさん────」




