1章 16 出発前日
馬に乗りセガスに戻っている3人の前にレンドがステラを頭に乗せてやって来た。東側とだけクオンに聞いていた為に街道をひたすら東に進もうと歩き出した矢先の事だった
「あれ?・・・もう?」
レンドが呟くとクオンとマルネスに気付いたステラがレンドの頭から飛び出し、馬上のマルネスの腕の中にすっぽりと収まった。宿屋の部屋から出る時にまだ寝ていたステラを置いていったのだが、起きると2人が居ない事に気付き不安になって鳴いているとその声にレンドが気付き連れてきたのだった
≪なんだ・・・甘えん坊だのう。まあ、奴が近くにいるから不安で仕方ないか・・・≫
昨日のジュウベエの発言を思い出し、腕の中で丸まるステラの頭を撫でてやる
「一旦ウチに戻ったら物凄く鳴いてたもので・・・ところで彼らは?」
レンドが聞く彼らとは当然ハーネット達のこと。倒した事を告げるとレンドは顎に手を当てて考え込む
「どうしたの?レンド」
「・・・いや、セガスとバリーム村のちょうど境くらいってシールドベアが出没する場所じゃないかと・・・」
「・・・」
「・・・」
「大丈夫だろう。Aランクってのは強いんだろ?」
≪まあ、クオンに女以外気絶させられておったがな≫
「・・・」
「・・・」
クオンの楽観視をすかさずマルネスがかき消す。冷や汗がダラダラと出てきたマーナをよそに、しばらく何かを考えていたクオンがポンと手を叩く
「よし!明日出発しよう!」
「えっ?」
「無事でも食われてても面倒臭そうだ。さっさとジュウベエを送り届けるとしよう」
「食われてって・・・助けに行かないんですか?」
≪アホか。向こうから喧嘩を仕掛けて来たのだ。死ぐらい覚悟の上であろう。もし助けたくば1人で行くとよい≫
「もう行くぞ。フォーの屋敷の昼食に間に合わなくなる」
話は済んだとばかりに馬を走らせ街に向かうクオンたち。呆然とそれを眺めた後、残ったマーナに振り返る
「マーナ・・・クオンさんに一体何が・・・」
マルネスは出会った当初からクオン以外はどうでもいい感じだった。しかし、クオンはレンドを助けたり、街を救ったりと面倒見がいい印象だっただけに変わりように混乱する
「それは────」
マーナはレンドを自分の馬に乗せると、マルネスから先程聞いたクオンの話をした。三重人格のこと、その性格の違いのこと・・・それを受けてようやく合点がいったのか、レンドは唸るように言葉をひねり出す
「早く・・・右目さん戻って来ないかな・・・」
にわかに信じ難い話だったが、クオンの変わりようを見ていたら納得せざるを得ない。今までのクオンが親しみやすかっただけに切に願うのだった
屋敷に着いたクオンら2人と1匹は何とか昼食にありつけ、その食事中に明日の出発を提案する。いつの間にか居座っているデラスとアースリーは承諾するが、領主であるフォーは簡単にはいかない
「きゅ、急だね・・・兄さんは最近まで領主だったから引き継ぎなんかは要らないけど、それなりに根回しとか必要なんだけど・・・」
近隣の街の領主への手紙、それとこれから赴く先の貴族への根回しなど細かい作業が残っているフォーが明日の出発に難色を示す。しかし、マルネスがフォーの言葉を聞いて不機嫌になるとデラスが「貴族は度胸」と訳の分からない格言を持ち出して強引に明日の出発を同意させた
現在は旅の旅費を調達する為に泣く泣く家宝などを街に売りに行っている
屋敷に残されたクオン達は中庭に出て各々暇を潰す
一際急務なのがステラの擬態化
今のドラゴン縮小版では何かと説明が面倒だとクオンがマルネスに違う生き物への擬態を教えろと言ったのがきっかけだった。人の言葉を理解するステラはクオンの「このままだとジュウベエに・・・」という脅しに焦りを感じ必死に特訓していた
「クオン・・・少しいいか?」
「・・・なんだ?」
ステラの特訓をマルネスに丸投げして、1人木陰で寝そべっていたクオンにデラスが話しかける。完全に閉じていた目を少し開けて寝たまま聞き返すと咳払いをしクオンの隣に腰掛けた
「正直・・・行き詰まってな。マルネス様に言われてギフトを昇華しようと試みたのだが、イマイチ分からん。ずっと王の食事の鑑定をしているだけの毎日に満足してしまったからなのかも知れないが・・・」
デラスは研究熱心ではあるが、それは他人に対して。自分のギフト『鑑定』には満足していた。だが、ギフトには先があり、それをまざまざと見せつけられて55歳にして自らへの探究心に火がついていた
「ギフトってのは魔族の力を引き継いだ結果、魔力を流したら発動する土台の事だ。で、その土台の上にどんなものを創るか・・・それはその人次第って訳だが・・・」
クオンは上半身を起こしデラスを見つめる
「デラス・・・あんたはどう在りたい?」
「どう在りたいって・・・そりゃあ、より細かく相手の詳細を・・・」
「なら鑑定から解析への昇華だな。まずは簡単なものを鑑定し、そこから更に詳しく観るように心掛けるといい。シントの道具屋なんかは必須のギフトだったよ。仕入れや買取なんかで騙されないようにしないといけないからな。まあ、単純なものから初めて最終的に研究したいものを観る・・・って感じで」
言い終えた後に再び寝転がるクオン。今までマルネスとステラにしか興味が湧かなかったが、この若さで知識量の多さに興味がそそられる
「シントでは常識なのか?その・・・ギフトの昇華とは」
「・・・生きるのに必死だったからな。魔素が濃い為に魔物が寄ってくる。それを退ける為により強く、より強力な武器防具を必要とした。単純に必要だったからってのが答えかもな」
「満足してしまえばそこで成長は止まるか・・・確かにな・・・ん?クオン、お主にお客だ」
デラスは屋敷の警備兵を強引に押し退けて入ってくる一団を見て寝転ぶクオンに伝える。クオンは目を閉じながらも誰が来たのか凡そ見当はついていた
寝転んだままでいると、足音が聞こえ、次第に大きくなり目の前で止まった
「捜したぞ!」
「お前らの捜してるのは俺じゃなくてエリオットって奴だろ?」
「今は・・・貴様だ!」
クオンに付けられた傷が完全に回復したハーネットが寝転ぶクオンの前で仁王立ちする。その後ろにはガトー、ジゼン、ソフィアがいた
「で?何の用だ。リベンジにしては早過ぎないか?」
スっと左目を薄く開けながら頭だけ起こすと、ハーネットと目が合う。するとハーネットは勢いよく頭を下げた
「すまなかった!実力を見誤り勝負を挑んだのは私の落ち度・・・謝罪して訂正する。きさ・・・君は強い!今ならエリオット君を追い詰めたという言葉を心から信じる事が出来る」
「そりゃどうも。で、それだけ言いに来たのか?」
「いや・・・私は・・・自分を過信していた。このメンバーならドラゴンですら勝てる・・・そう思っていた。それがあっさりと君に打ちのめされ・・・」
下を向き拳を握るハーネット。後ろの3人も同様に思っていたらしい。自分らは強いと
「私が気絶した後に2人が君に襲いかかったのを聞いた。巨大な魔物を討伐するならいざ知らず、人に対して多対一で挑むなど愚劣極まりない・・・その上それでも届かない君に尊敬の念を禁じ得ない。私の名はハーネット・バーミリオン!伯爵家バーミリオン家の次男にして次期当主!」
「末席とか家が嫌でとか言ってなかったか?」
「・・・ギフト『天使翼』を受け継いだ者は見聞を広めるため冒険者をする事になっている。だが、それを知られると次期当主に取り入ろうとする輩が多くてな・・・そう言って誤魔化してるのだ。後ろの3人はバーミリオン家が用意した私の護衛だ。最初はつまらないと思っていた冒険者も・・・今回の敗北で冒険者になって良かったと初めて思えたよ・・・君という強者に会えたからな」
「・・・そいつは良かった。で、何の用だ」
回りくどく要領を得ないハーネットに苛立ちを覚えたクオンは語気を強めて問い質す。ハーネットは言いにくそうにモジモジしていたが、意を決したのかクオンを見つめて口を開いた
「私の・・・と、友達になってくれないか!」
爽やかな風がクオンの頬を撫でる。さて、これはなんの冗談だろうと考えているとハーネットは焦ったように再び口を開いた
「いや、変な意味ではない!正直な話君の強さに憧れた・・・戦ってる最中、繰り出す攻撃を平然と返す君に畏怖と共に・・・気絶から目覚めた後、泣きじゃくるソフィアを見て敗北を知った。だが、湧き上がる気持ちは憎しみではなく尊敬・・・恨みではなく憧れ・・・君のように・・・僕はなりたい!」
拳を振り上げて力説するハーネット。後ろでガトーとジゼンがウンウンと頷く。ただ1人ソフィアはそっぽを向いていたが
「尊敬と憧れが渦巻き、街に戻る最中ずっと考えていた。僕は彼をどうしたいのか・・・もう一度戦いたい?違う!教えを請いたい?違う!・・・ならばこの感情は・・・と考えていると分かったのだ・・・僕は君の横に並びたい・・・君のようになりたいと!」
「へ、へー」
「僕には友はいない・・・後ろの3人は大切な仲間だが、やはり立場がある・・・伯爵家と伯爵家に雇われたという立場が。でも君は・・・」
「ハーネット」
「な、なんだい?ク、クオン」
「立場がって言うが、その隔たりを作ってるのはお前じゃないのか?護衛としての立場なら俺だったらお前を俺と戦わせない。戦うにしても最初から戦いに参加する。2人がお前に戦わせたのはお前の意思を尊重したからじゃないのか?その後にやられたお前を回復する為に俺を攻撃した・・・って言うより、お前がやられた事への怒りで攻撃してきたように感じた。それは護衛としてじゃなくて、仲間が・・・友がやられた怒りのせいじゃないのか?」
右目を薄らと開けて諭すように言うクオン。それを聞いてハーネットは後ろを振り返るとガトーは頬を掻き、ジゼンは下を向いて頭をかいた
「・・・お前達・・・」
「大切な仲間だが友じゃない・・・そう思ってるのはお前だけだよ。だから、友がいないなんて言ってやるなよ」
「・・・そうなのか・・・そうなのだな・・・」
「仲間と友の線引きは曖昧だけど、お前が3人を対等な立場と思うなら混同してもいいんじゃないか?その3人が大切な仲間ならな」
「もちろん大切だ!彼らがやられそうになったら命を賭して・・・そうか・・・この感情こそが・・・」
「てな訳だ。だから俺と友達になってくれなど・・・」
「それとこれとは違う!僕は君と・・・君とも友となりたい!」
「いや、だってお前のこと知らないし・・・」
「これから知ればいい!頼む!」
頭を下げて手を差し出すハーネット。若干引いているクオンの前に話を聞き付けた人物がその手を払いのける
「イタッ・・・って、え?」
≪やはり不快だのう・・・天人は・・・≫
離れてステラに擬態化を教えていたマルネスがいつの間にかクオンとハーネットの間に入り込む。マルネスはギロりとハーネットを睨みつけるとクオンのお腹にダイブした
「ぐっ・・・おい、黒丸!」
≪クオンは妾のだ。ぽっと出の・・・しかも男になんぞくれてやるものか≫
「それは誤解・・・っていうかクオン・・・友としてその年齢の子に手を出すのはどうかと思うが・・・」
「その年齢ってのは年増って事か?」
「年増って・・・え?」
≪年増とは酷いぞ!永遠の・・・16歳って事で≫
「見えるか・・・せいぜい6、7歳だろ・・・ハーネット、コイツは魔族だ。見た目と年齢は全然違うし、手も出していない」
「ま、魔族?通りで・・・クオンが従属させてるのかい?」
昨日折られた手首を思い返し納得すると改めてマルネスを見る。金髪ロールはどこかの貴族を思わせる気品に溢れ、よく見ると目は人ではありえない金色の瞳、軽くハーネットの手首を折る身体能力も魔族と言われれば納得出来る
「従属させてる訳では無い。共に行動しているだけだ」
「なっ!?き、危険ではないのか?」
≪クオンを付け狙うお主の方がよっぽど危険だろうて≫
「付け狙っていない!」
「魔族を一括りにするなよ。良い魔族もいれば悪い魔族もいる。黒丸は・・・悪い?」
≪おい!そこは良いでいいだろう!・・・使役などされずとも妾はクオンと共にある・・・身も心もな≫
「マルネス先生・・・エロい」
マルネスとステラの修行をぼーっと眺めていたアースリーもクオン達の元に来ていた。クオンのお腹の上でクネクネするマルネスを見て呟く
「魔族が・・・自分の意思で・・・ありえない・・・」
「ありえないも何も目の前にいるだろうが。ちなみにあそこで飛んでいるのはお前らが討伐しようとしてたドラゴンだぞ?あいつも従属させることなく一緒にいる」
パタパタと飛んでいるステラを指さして言うと、ハーネット達はそれを見て言葉を失う。それから今までの経緯を順を追って説明した
クオンがシント出身であること
マルネスとの出会い
エリオットを倒し代わりにドラゴン調査に行ったこと
その際にドラゴンを見受けしたこと
これから王都に向かい国境破りの罪を犯したジュウベエを届けること
「僕達も着いていこう」
「断る」
「何故だ!我が友よ!」
「・・・人数が多すぎる。馬車を使わずに各々馬に乗って行く予定だから荷物も極力減らしたい・・・もちろん人数もな。帰りの事も考えるとフォーの護衛も必要だし・・・4人も増えたらそれこそ大所帯だ。それにエリオットの捜索はどうした?」
「エリオットの捜索は他に任せる。無事だと分かれば危険はないだろうし・・・しかし、人数か・・・」
クオンのそばにいる面子をチラリと見る。クオン、マルネス、デラスにアースリー。これにレンドとマーナが加わりフォーと護衛を加えると10名ほど。人数が多くなるのを避けてフォーの護衛を3名まで絞り、レンドとマーナも護衛として参加する事になった
「旅路で伯爵家の名前は何かと役に立つぞ?ほら、領主の屋敷に泊まれたり・・・」
「私がいるので大丈夫ですよバーミリオン卿。これでも子爵の身・・・逆に伯爵家では相手が萎縮してしまいます」
「うぬぅ・・・」
「デラスの言う通りだ・・・なぜそこまで共に行動したいか分からんが、諦めてくれ」
「友として共に在りたいと思うのは普通だろ?友の役に立ちたいのだ」
「なら、諦めろ」
「ぐっ・・・」
「バーミリオン卿は王都へお戻りに?」
「ああ、そのつもりだ。目的のドラゴンも居らぬしこの辺より王都近辺の方が依頼も豊富だしな」
「ならば先んじて王都に戻ってもらい事情を説明して頂ければありがたいのですが。今回の件は国境破りとの事もあって非常に神経質になってると思われます。バーミリオン卿からのお口添えがあれば穏便に事が進むかと」
デラスが恭しく言うとハーネットは唸りながら考え込む。デラスとしても伯爵家の次期当主相手には頭が上がらない。もし機嫌を損ねればお家取り潰しの可能性もあるからだ
「そうだな。そうしてくれると助かる」
「そうか!助かるか!友の頼みならば仕方ない!」
パッと笑顔になりウンウンと頷くハーネット。後ろの3人は苦笑いするしかなかった
結局この後ハーネットは王都にあるバーミリオン家の屋敷に絶対来てくれとクオンに念押しし、手を振りながら去っていく。ガトーとジゼンは蟠りはなさそうだったが、ソフィアは終始不機嫌そうにクオンを睨みつけていた
ようやく嵐のようなハーネットが帰り、ステラの修行を再開しようとした時、アースリーが疑問の声を上げる
「なんであんなに・・・クオンに執着してるんでしょう?」
「俺が知りたい」
≪ふん・・・大体見当はつく。大方今までまともに戦った相手などおらぬのだろう・・・身分やら実力やらが抜きん出ておってな。そこにクオンという絶対強者が現れて戦い敗れ・・・スッキリしたのであろう。身分関係なく実力を発揮し敗れたのだからな≫
「・・・えらく理解してますね?同類ですか?」
≪ど・・・バカを言うでない!妙にスッキリとした顔をしてるからそう思ったまでのこと・・・ところでいつの間にウオンに?≫
「ウオン?」
「・・・どうやら左はハーネットが面倒臭いと思ったらしい。魔力の回復に努めたかったが・・・まあ、使わなければ魔力切れを起こすこともないだろう」
≪サオンめ・・・ところで今晩はあのパジャマは・・・≫
「着るかボケ。恥ずか死するぞ、あんなの」
≪恥ずかしくて死ぬのか!むー・・・寝る時だけサオンにならんか?≫
「ならん」
「・・・サオン?」
2人の会話に置いてけぼりにされているアースリーがひたすら首を傾げる
昼食を食べ終えて屋敷に来たレンドとマーナ。家宝を泣く泣く手放して資金を調達してきたフォーが戻って来てようやく全員揃い明日の準備を終えるのであった────




