1章 13 襲来
セガスの東にある森の中
そこでひたすら剣を振るう男の姿があった。男の名はエリオット・ナルシス、ギフト『飛翔剣』を持つAランク冒険者だ。エリオットはクオンとマルネスにやられた後、2人に復讐する為にセガス近辺で技を磨いていた
より速く、より強く、より多くの飛翔剣を出す為に
街には戻らず腹が減れば動物や魔物などを食らい、1日の大半は剣を振ることに費やす
ふと目線に気付き振り返るといつの間にかローブ姿の人物がフラフラしながらエリオットを見ていた。剣を振るのを止め、苛立った表情で剣を肩に乗せる
「見せもんじゃねえぞ!さっさとどっか行け!」
エリオットが叫ぶとローブ姿の人物、ジュウベエが首を傾げてフードを取った
「ボクの事~?」
お前以外に誰が居るかと問い詰めたい気持ちを抑え、エリオットは手をシッシッと振り、再び剣を構える
「ねえ?聞こえてる?」
「なっ!?」
先程まで遠かった声がすぐ後ろに感じて咄嗟に飛び退いた。見るとジュウベエはニコニコしながらエリオットの傍まで来ており、相変わらずフラフラしながらエリオットを見ている
「・・・そっちこそ聞こえてるかぁ?僕はどっか行けと言ったはずだけどなぁ」
「?・・・なんで君の意見をボクが聞かないといけないの?」
「はぁ?だから言ってるだろ?邪魔だから・・・」
ジュウベエがピタリと身体を止め剣の柄に手をかけた時の殺気に気圧され、エリオットは言いかけた言葉を続ける事が出来ず口を閉ざし後退る
「そんな怖がんないでよ~こんないたいけな少女に対してさ~」
あっけらかんと言うジュウベエに対して警戒心を更に強め、握っていた剣を強く握り締める。それに対してジュウベエは笑顔のままエリオットに近付いた
「な、何なんだ・・・お前は・・・」
「ボク?ボクの名前はジュウベエ。君が特能を変な使い方してるから気になっちゃってさ~。ねえ?なんで無駄な事してるの?」
「特能?何の事を・・・」
「それ『千の剣』でしょ?せっかく出した剣を飛ばしたら意味ないよ~?」
「せん?・・・え?飛ばしたらって・・・」
「魔力を剣に変える能力でしょ?ボクが前に戦った時は結構手こずったんだよね~。千まではなかったけど、同時に数百人と戦ってるみたいで大変だった・・・で、君は剣を投げて何がしたいの?馬鹿なの?」
「・・・魔力を剣に変える能力・・・」
「君が自分からパスを切ってどうすんの?剣を創り出し、パスを繋げて自由に動かすのが強みでしょ?勿体ないよ?」
エリオットは自分の手を見つめ、今までのやり方を振り返る。『飛翔剣』は近くにある時はある程度動かせたのは知っている。それを相手目掛けて放っていたから、自由に動かせるかどうかは知らなかった
「ひ、『飛翔剣』」
エリオットが1つの魔力の剣を生み出す。そして、放るのではなく、剣を振るイメージを浮かべてみた。魔力の剣は振り下ろすような軌道を描き、地面をえぐると消えていく
「ハハッ、拙~い。散々投げてたからクセになってるぽいね~勿体ないな~」
「・・・なぁ!その『千の剣』を使ってた奴ってどこにいる?そいつに学べば僕も・・・」
「え?殺したよ?戦ったって言ったじゃん~。ボクと戦って生きていられるのは伸び代があるかどうか・・・なければ殺すに決まってるでしょ?生かしても次がないなら意味ないしね」
自分よりも遥かにギフトを使いこなしていたとみられる人物を平気で殺したと言うジュウベエにエリオットは喉を鳴らす。先程から得体の知れない恐怖がエリオットを包み込んでいた
「君は随分伸び代があるから・・・生かしておいてあげる♪ボク以外の人に殺されたら・・・やだよ?」
「ふ・・・ふざけ・・・」
「じゃあ、頑張って『千の剣』を目指そう!期待してるよ?って訳でどこがいい~?」
「え?どこが・・・」
「ブブ~時間切れ~。見やすいように頬で良いかな?大丈夫・・・死にはしないよ」
そこからエリオットには記憶が無い。ただ起きて顔を洗いに川に行くと、川面に映った顔の頬に十字の傷が出来ていた────
2台の馬車がセガスに向かっていた。1台はダルシン家の執事が行者をするダルシン号。もう1つはデビット家が手配したデビット号。行きは1台の馬車と馬3頭で移動したが、帰りは馬車2台だけとなった
組み合わせはダルシン号にフォー、クオン、レンド、マーナが乗り、デビット号にはマルネス、デラス、アースリーが乗っていた。デラスとアースリーたっての希望だったのだが、マルネスはクオンと離れた事により不貞寝ではなく不貞木刀状態。馬車の椅子に置かれている木刀をオジサンと少女が眺める奇妙な光景が続いた
帰りは何事も無くセガスに到着したが、警備をしていた者がフォーに何かを耳打ちする。一瞬険しい表情をしたフォーだが、そのまま馬車を屋敷へと向かわせた
「何かあったのか?」
先程のやり取りが気になり、クオンが屋敷に向かう途中で聞いてみるが、フォーからは屋敷に着いたら説明するとだけ言われ、無言のまま屋敷に到着。そして、全員が馬車から降りた後、ちょうど昼食時という事もあり食堂へと向かった
食事が運ばれるのを全員が席に着いて待っていると神妙な面持ちのフォーが全員の顔を見た後に口を開く
「皆さん聞いて下さい。先日我が国とバースヘイムとの国境にて我が国の国境警備隊の者が惨殺されたと言う情報が入りました。詳細は不明ですが、国境を許可なく越えてきた者がいる可能性が非常に高いと思われます。詳細が分かるまで屋敷は厳戒態勢に入りますので宜しければ屋敷でお過ごし下さい」
「国境警備隊を?バースヘイムの方の警備隊は殺されてないのか?」
「その辺も詳しくは・・・なので我が国から出た時に揉め事があったのか、我が国に来る際に揉め事があったのかも分からないのです」
「国境警備隊絡みだとすると情報統制を敷かれている可能性もあるか・・・ワシの方でも聞いてみよう。ダルシン卿、どこからの連絡と?」
「警備通信網からです。国からではないので指示などはありませんでした」
「そうか・・・適当な部屋を貸してくれ。倅なら何か知ってるやも知れん」
「分かりました。ラントス、ガクノース卿を部屋に案内してくれ。私の執務室で構わない」
フォーが執事のラントスに指示すると早速デラスは立ち上がり食堂を出た
残された者達は起こっている事態が掴めずに困惑し、ただ2人のやり取りを見ている事しか出来なかった
しばらくしてデラスが食堂に戻って来た。その表情は険しく、待っていた者達に緊張が走る
「どうでしたか?ご子息は・・・」
「ん?・・・ああ、やはり把握しておった。しかし・・・まずいことになった・・・」
「まずいこと?それは・・・」
「倅の話だと国境警備隊の2名が殺され、犯人は行方不明。バースヘイムの国境警備隊は無事らしい。それで犯人と思わしき人物は特定されとる・・・」
言葉を途中で切り、チラリとクオンを見やる。その目線に気付いたクオンは何かを察したのか眉を顰めた
「シントのジュウベエなる者との事・・・」
その言葉を聞き、突然クオンの頭の上にいたステラが飛び上がり部屋の隅に降りガタガタとその身を震わせた。首を折り曲げ小さい身体を更に縮める
「ス、ステラ?」
「どうやら捨丸は言葉を理解するみたいだな・・・とりあえずフォー・・・馬を貸してくれないか?」
「馬?ええ、それは構わないのですが、どうして?」
「・・・ジュウベエを止めないと死人が増えるし下手したら戦争に発展しかねない」
「え?」
「アイツは歩く災厄だ・・・」
クオンはジュウベエについて説明する
シントでクオンと同い年ながら最強の剣士の称号『剣聖』を授かり、強力な魔物の討伐を一手に引き受けているジュウベエ・・・特に気に入った獲物には印を付けて執拗に狙う様から『死神剣聖』と言われている
「じゃあ、ステラを追って?」
「分からない・・・が、その可能性が高い。自国にいる分には誰もあの印が付いていれば討伐はしないのだが・・・他国に行ってしまった場合、印なぞ知らない者にとってはただの傷だからな・・・他の者に討伐されるのを嫌がって追いかけて来たかも知れん」
「なんでそこまで・・・」
「ドラゴンは成長するのが遅いからな・・・大体シントでも遭遇するのは幼龍だ。小龍までに成長したドラゴンは珍しいからな・・・恐らく取られたくないんだろう」
クオンは呆れたようにため息をつくとフォーに馬を借り街の外へと繰り出した
残された者達は用意された昼食が喉に通らず、ただ無言でクオンの帰りを待つ
「クオンさん・・・クロフィード様置いて行っちゃった」
「そう言えば起きないね・・・封印の布も巻かれてないのに・・・ステラ?大丈夫だよ・・・クオンがきっと追い払ってくれるから・・・」
レンドとマーナが置いてけぼりにされたマルネス木刀を見ながら話し震えるステラの傍まで行くと優しく背中をさする
クエェと小さく鳴き、応えるステラの声はあまりにも弱々しくレンドとマーナはジュウベエという人物の恐ろしさを感じるのであった────
馬を走らせ街を出て、街道をひたすら真っ直ぐ国境の方へと進むとふらつきながら歩く人物が目に入る。よく見るとその人物はクオンもよく知る人物であった為に馬を止め話しかけた
「どうした?えーと・・・」
「お前!?くっ・・・」
クオンに気付き、身構える人物・・・エリオットは左頬を手で抑えながら剣を抜こうとするが倒れそうになり片膝をつく
「まさか・・・ジュウベエにやられたのか?」
「ジュウベエ?あの頭のおかしい女の事か!?くそっ・・・あの女・・・僕の顔に・・・」
「印を付けられたか・・・おい、ジュウベエはどこに?」
「知るか!お前もアイツも・・・全員殺してやる!今に見てろ!全員・・・ぐっ」
痛みからかエリオットは剣の柄から離し地面に手をつく。それを見たクオンが懐から布に包まれた物を取り出してエリオット前に落とした
「薬だ。痛み止めの効果も付与されてるから塗れば大分楽になる」
「ふざけるな!お前になんか施しを受けるか!」
「施しじゃない。貸しだ・・・ちゃんと返せよ」
まだ喚くエリオットを無視してクオンは馬を返して街に戻る。その表情はいつもの余裕はなく、焦りの色を隠し切れていない。馬は来た時よりも速度を上げ、全速力で街へと駆けていく────
「うーん・・・こっちかな~?」
屋根の上で匂いを嗅ぐような仕草をするとジュウベエは屋根伝いにダルシン家の屋敷へと向かう。剣が落ちないように柄を握りながらピョンピョンと飛び跳ね、果ては屋敷の壁すら飛び越えて中庭に侵入しまた匂いを嗅いで辺りを探る
「何者だ!」
「どうも~ドラゴンいる?」
突然現れた侵入者に屋敷の警戒に当たっていた警備兵が2人、ジュウベエの元に駆け寄るとジュウベエは笑顔で返す
フォーよりジュウベエの事を聞いていた警備兵はその言葉で侵入者がジュウベエである事を察するともう1人の警備兵に耳打ちした
「・・・領主様に伝えろ・・・俺はここで食い止める」
フォーより決して手を出さないようにと厳命されている為、1人を報告に行かせて引き攣りながらも笑顔で対応する
「ドラゴンですか?そのようなお名前の方は屋敷にはおりませんが、どのような方でしょうか?」
「ん~人じゃないよ。って・・・あれ?あの子縮めたんだ・・・それとも成長したのかな?この屋敷に入れるわけないし・・・」
ジュウベエがニヤリと笑うと冷酷な笑みが大気を凍り付かせ、警備兵の背筋に冷たいものが走った
「あ、あの・・・」
「ん?なぁに?」
それでも警備兵は時間稼ぎの為に話しかける。気を良くしたのかジュウベエは笑顔でそれに応えた
「こちらはセガスの街の領主であられるダルシン家のお屋敷です・・・そのドラゴンなどは・・・」
「そうなの?うーん・・・匂いがするんだけどな~・・・もしかして殺しちゃった?」
「けっ・・・決してそのような・・・」
「おい、お前!」
覗き込むようにジュウベエが尋ねると、狼狽しながらも言い繕う警備兵。その後ろから突如現れたのはダルシン家三男エイト。街の警備兵の様子がおかしいから事情を聞いて心配になって屋敷を見に来ていた
「ん~?ボク~?誰君?」
「俺の名はエイト・ダルシン!ダルシン家の三男だ!」
「ボクはハガゼン・ジュウベエだよ。よろしくねダルシンくん」
「・・・よろしく」
警備兵に聞いていた不審者と思い勇んで名乗るも相手の様子に肩透かしを食らうエイト。しかし、ジュウベエは笑顔ではあるが剣を握っているのには変わりなくビシッと指をジュウベエに向けて指すと声高らかに叫んだ
「剣から手を離せ、ハガゼン!ここをどこだと思ってんだ!」
「あ~コレ?中間のバンドが切れちゃってさ~。離すと・・・ほら、ね?」
ガシャンと音を立ててジュウベエの長剣が地面に落ちた。それを見て何とも言えない気持ちになったエイトは次の言葉が出ず、ぼーっと落ちた長剣を眺めていた
「ねえ、ここの人ならドラゴンの事知らない?ボクの獲物なんだけどさぁ、何を思ったか魔素の薄いこの国に逃げ込んだっぽいんだよね。匂いではここら辺で間違いないと思うんだけどね~」
「ドラゴン?何を言ってるんだ・・・ドラゴンなんて屋敷に入れる訳ないだろう」
「いや、多分こんくらいのドラゴン」
「そんな小さなドラゴンいる・・・訳ないだろ」
ジュウベエが大きく円を描き大きさを示し、エイトが否定しようと口を開いた時、脳裏に街の噂話を思い出した。小さきドラゴンのような生物を頭に乗せた男がいると。だが、エイトはそのまま言葉を続けた
「あの小龍・・・でも・・・いや、奇跡的にこの地で・・・」
「おい、とりあえずそこでブツクサ行ってないで屋敷から・・・」
「うん!やっぱりボクの目で確認してくる~」
「なっ!おい!」
1人ブツブツ言いながら考え込んでいると思いきや突然顔を上げて屋敷へと歩き出すジュウベエ。慌ててそれを止めようとエイトが腕を伸ばすと、ヒュンと風きり音がした
「・・・邪魔」
歩を止めて弧を描くように長剣を振り、剣先をなけなしの鞘に収めるとエイトを一瞥して再び歩き出す
エイトの目の前では誰かの腕がゴトリと地面に落ちて鮮血を撒き散らしていた
その腕が自分の腕である事に気付いた時、痛みと恐怖で屋敷中に響き渡る程の叫び声を上げる。先のない右腕から出る血を抑えのたうち回りながら
エイトの叫び声を意に返さず歩いているとジュウベエの前に立ちはだかる人影が。眉間に皺を寄せ、その人物を見るとローブから出た手から炎の玉が生み出され、ジュウベエ目掛けて飛んで来る
「ほえ?」
「ツ・・・ツー兄・・・」
間抜けな声を上げて炎に包まれるジュウベエと腕を抑えながらも炎を放った人物、ツーを見て呟くエイト。屋敷の地下に封印の鎖に繋がれて幽閉されていた兄の姿に思わず腕を失った痛みすら忘れてしまう
「俺の犯した罪は償えるとは到底思えない・・・だが、せめて・・・せめて残ったお前らは俺が守る!」
母と・・・妻と子と・・・父を殺めた罪深き業火がジュウベエを包み込む。更に魔力を込めた炎の玉を生み出し未だ炎に包まれるジュウベエに向かって投げ入れると周囲に向けて叫ぶ
「誰か!エイトの治療を頼む!ここは俺が・・・」
「俺が~?」
ジュウベエが剣を振るうと包んでいた炎は一瞬にして消え去る。しかも身体全体を炎に覆われていたにも関わらず服が所々焦げた程度で無傷であった。
「なっ・・・」
「ひどいな~、コレ一張羅なのに・・・ボクが特能持ちじゃなかったら激おこだよ?・・・『汚れなきもの』」
ジュウベエが剣を振り上げ能力の名を呟くと服に付いた焦げ、欠損した部位が元通りになる。ジュウベエの能力『汚れなきもの』は身に付けているものの汚れや欠損部位を元に戻すクリーニング屋真っ青な技である。戦闘には向かない技だが、体格が変わらない限り常に新品の服が着れるこの特能をジュウベエはいたく気に入っていた
「なぜ!?なぜあれだけの炎に包まれて火傷の1つも負ってない!?」
「あのね~・・・アカネの炎ならともかく、こんな炎で何とか出来ると思ってるの~?」
「くっ・・・化け物め!」
ツーは冷や汗をかきながら近付いてくるジュウベエを見つめる。その先では使用人がエイトを抱え運び出そうとしている姿が目に映った。まだ時間稼ぎの必要があると判断したツーは効かないと分かっていながら再び手に炎を灯す
「ねえ?せっかく元に戻したんだからさぁ~・・・無駄な足掻きはやめて・・・死んでよ」
ツーが炎を放つ前にジュウベエは間合いを詰めて剣を払う。剣先がツーの首に届きそうになった瞬間、何かに弾き返された
≪無駄・・・ではなかったのう。よう時間を稼いだ。後は任せよ≫
「あれ?どっかで見た事あるような・・・あ~泥棒魔族!なにその格好?」
≪誰が泥棒魔族だ。この狂人め≫
マルネスは前にも着ていたゴスロリ調の服に身を包み、ツーの首元まで来ていた凶刃を爪を刃化して弾くとそのままジュウベエと対峙する
ふと後ろで尻もちをついているツーを見やり、数分前のやり取りを思い出していた────
数分前、ジュウベエが中庭で確認された時、食堂内ではクオンの安否とステラをどう逃がすかで慌てふためいていた。そこに現れたのが前家長であるツー・ダルシン。フォー、それにエイトと数日対話を続け、フォーは独房からツーを出していた。もちろん封印の鎖は付けたままではあるが、憑き物が落ちたように変わった兄を独房に入れ続けることは出来なかった
現れたツーと同時にマルネスも木刀姿から人の姿へと変え、クオンが居ない理由を聞いた
ようやく事態が飲み込めたマルネスはマーナに魔力を譲渡するよう指示し、その間の時間稼ぎを依頼した
その時間稼ぎを買って出たのがツー。止めるフォーの制止を振り切り、封印の鎖を解くよう迫るとフォーは渋々封印を解き今に至る
「お前がいるってことはクオンもいるの?」
≪留守だのう・・・代わりに妾が相手しようぞ≫
「相手?その魔力切れ状態で?バカなの?」
≪貴様如きこの状態で充分・・・塵と変えてくれようぞ≫
「あは♪」
魔力が底をつきそうなのを瞬時に見抜かれ、内心冷や汗をかくマルネス。それに対してジュウベエは剣を器用にクルクルと回し構えをとる
突如ジュウベエの足元付近の地面が爆ぜると、ジュウベエがマルネスに接近、それを迎え打つべく両腕を変貌させた
何合か打ち合うが、徐々に切り刻まれていくマルネス。青白い顔を苦痛で歪め、それでもジュウベエの長剣を受けては流し、反撃の糸口を探る
服は切り刻まれ、所々から血が吹き出すも後ろにいるツーに被害が及ばないように前進する
その行為をさも楽しそうに笑うジュウベエは更に剣速を速めた
「ははははは♪いい気味。クオンに捨てられても尚人間を庇うなんて・・・魔族の鏡ね。滑稽過ぎて怒りすら覚えるよ」
≪黙れ!捨てられてなどおらん・・・託されたのだ・・・ここにいる人を守るようにとな!≫
「魔族に?人を守るように?・・・ぷっ、頭湧いてるの?たまたまクオンの気まぐれで人の世に出て来れた魔族如きが調子に乗って・・・託す?んな訳ないでしょ?身の程を弁えなよ」
唸りを上げて襲いくる長剣を必死に捌くマルネス。しかし、徐々にジュウベエの剣先がマルネスの肉を深く抉りだす
「ねえ?どんな感じ?人の世にでしゃばって魔力尽きかけて人に刻まれて・・・信じてた人に裏切られて・・・ねえ?泣きたい?ねえ?」
≪クオンは妾を・・・≫
「気安くクオンの名を呼ぶんじゃねえよ」
≪ぐっ!≫
笑みを浮かべていた表情が一転無表情へと変わり、剣先がマルネスの腹部へと突き刺さる。苦悶の表情を浮かべるマルネスを見て、ジュウベエは再び笑みを浮かべると剣を捻り内蔵を掻き回す
≪グアアアア≫
「んふ♪魔族らしい下品な叫び声・・・『拒むもの』が気まぐれで受け入れたからと言って調子に乗ってるからそうなる。四肢を切り落として魔の世に投げ込んであげるよ♪で、どこがいい?」
呻くマルネスを楽しそうに見つめ、剣を引き抜くと全身を見渡す。そして、獲物の印を付けるべく剣を構えた
「特別に顔全体に印を付けてあげる♪鏡を見る度に思い出しなよ?人のものを盗ると罰を受ける・・・ってね!」
痛みで集中力が途切れ、両腕が元に戻ってしまう。絶体絶命の中、ジュウベエの刃がマルネスの顔に狙いを定めた
身動きの取れないマルネスに剣を止める術はなく、迫り来る刃に目を閉じると来るはずの痛みは来なかった。静かに目を開けるとそこにはいつもの背中が見える
「黒丸が何を盗ったって?」
クオンは右目を開け風斬り丸でジュウベエの剣を受け止めると力を込めて弾き飛ばす。それを受けてジュウベエは自らも後方に飛び退き間合いを取った
「クオン~♪お久~元気だった?」
ヒラヒラと手を振り悪びれた様子もなく笑顔を振りまくジュウベエを無言で睨みつけると後ろのマルネスを振り返る
≪クオン・・・すま・・・んー!≫
魔力切れと痛みでフラフラになりながらクオンの留守を守れなかった事を謝罪しようとしたマルネスをクオンは無言で抱き寄せ唇を奪う。身長差から抱っこするような形となり、マルネスは宙に浮いた足をバタつかせた
しばらくしてバタつかせていた足が収まると恍惚の表情を浮かべたマルネスを降ろし、再びジュウベエに向き直る
「ねえ・・・何してるの?」
「魔力の譲渡」
「ボクの目の前で何してるの?」
「同じ質問をするなよ、ジュウベエ」
「なんでキスしてんのか聞いてんのさ!」
「魔力の補充は口からが1番効率が良いのは知ってるだろ?それに俺は魔力の譲渡は苦手だからな・・・魔力切れの状態と傷の状態を考えたらあの方法しかなかった・・・で、満足か?」
目を細めて淡々と答えるクオンに業を煮やしたジュウベエが剣先をクオンに向ける。飄々としていた雰囲気とは一変。歯を剥き出しにしクオンを睨みつける
「魔族如きに・・・それにボクを前にして魔力を譲渡して・・・死ぬの?」
「殺したいのか?」
「お望みならね!」
ジュウベエがクオンに向かって駆け出すとクオンは右目を閉じ左目を開けた。乱雑に繰り出される長剣を受けながら後ろで惚けているマルネスに叫ぶ
「黒丸!『剣』になれ!このままじゃ風斬り丸が負ける!」
≪へ?剣?・・・ほいきた!旦那様の言う事なら何にでもなろうぞ!≫
誰が旦那だとツッコミながら風斬り丸を腰の鞘に収め、剣へと変貌したマルネスを受け取る。黒く禍々しい雰囲気を醸し出すその剣は木刀の時と違い黒いオーラのようなものを纏う
その剣を見たジュウベエは舌打ちし一旦距離を置くと、じっとクオンを見つめた
しばらくお互いが剣を構えながら対峙していると溜め込んだ息を吐き出しジュウベエが背中の小さな鞘に剣を収めた
「やめやめ~さすがに2人がかりは卑怯じゃない?」
「そう思うなら剣の柄から手を離したらどうだ?」
「え~だって中間のバンドが・・・」
「元から無いだろ?バランス感覚を養う為とか言って付けてないのは誰だったか」
「う~細かい事覚えてるし・・・結婚の約束は忘れてるのに・・・」
「した覚えがないしな。とりあえず剣から手を離せ」
戯けるジュウベエに剣先を向けると観念したのかジュウベエは両手を上げて降参の意を示した
それを見てクオンはマルネスを放り投げると地面スレスレで人化する
≪ちょっ!クオン!≫
「さっき運ばれてたエイトの元に行って腕を繋いでやってくれ。まだ間に合うだろ?」
マルネスが地面を見ると無造作に転がるエイトの腕があった。文句を言おうと顔を上げるが、クオンの表情から下手な冗談は言えないと察し、渋々腕を拾い上げて使用人に連れられていたエイトの元へと向かった
残されたクオンとジュウベエ・・・それに未だに尻もちをついているツーにいつの間にか屋敷から出て来ていたフォーが事態の収束の為に口を開く
「あなたがジュウベエさんで間違いないですか?」
「そうだよ?だから~?」
「・・・国境警備隊の隊員殺害の嫌疑がかけられています。もし異存があるならこの場でお聞きしたいのですが・・・」
「国境・・・あ~あれね。だってゴチャゴチャうるさいし邪魔だったからね。で?」
「・・・第1級犯罪者ジュウベエ!拘束し王都へ連行します!」
フォーが手を上げると警備兵達が武器を構えてジュウベエを取り囲む
「拘束~?連行~?」
10名の警備兵に囲まれても余裕を見せるジュウベエ。手を頭の後ろで組みニヤニヤと笑っていた
「動くな、ジュウベエ」
突然クオンが割り込みジュウベエに言うと剣先だけが鞘に収まっていた長剣が音を立てて地面に落ちる。フォーはジュウベエが動いていないと思っていたのでクオンの動くなという言葉に疑問を覚えた
「クオン?」
「コイツは長剣を剣先だけ収めて、後は動いてバランスを取っているんだ。今も周りから見て分からないほど素早く細かい動きを繰り返しバランスを取っていた。その状態から動かれると一瞬で殺られるぞ?」
「なっ!?」
手の平に棒を乗せてバランスを保つのも難しいのに、背中・・・しかも囲まれている状態でバランスを取っていた事に驚きを隠せなかった
「てへっ・・・クオン~見逃しちくり~」
「自分のケツは自分で拭け。フォー、連行はどのように?」
「あ、ああ。封印の鎖に繋いで馬車で・・・」
「封印の鎖はジュウベエには効かない。ある程度は抑えられると思うが・・・もし本当に連行する気なら剣を取りあげて裸にひん剥き、後ろ手で封印の鎖、足は固定具に遊びを作らずにくっ付けて運ぶしかないな」
「ひぃ~剥かれる~」
「・・・いや、それでも抜け出しそうだ。連行は必要か?」
「第1級犯罪を犯した者は王都で裁く決まりになっている。もし我らが無理なら王都から・・・」
「その間の拘束はどうする?俺に24時間見張ってろと?」
フォーは言われて頭を抱える。エイトやツーのギフトをものともせず、ドラゴンを標的にするような人物を何日も拘束できるような施設はない。かと言って逃がす訳にはいかない
「・・・仕方ない、俺が王都に連行する。どうせ近々王都へ行こうと思ってたしな。費用はもちろんそっち持ちな」
「ふむ・・・それしかないか・・・」
「わーい♪クオンと旅行だ~♪」
無邪気に喜ぶジュウベエを見て顔に手を当てため息をつくクオン。ひょんな形で目的地へと行く事となったクオンは未だ屋敷の中でステラと共にいる仲間達に事情を話しに向かうのであった




