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最強の番犬と黒き魔女  作者: しう
『嗤うもの』
157/160

5章 39 センオント

ホントンを出発して1ヶ月近く経ったある日、クオン達を乗せた?馬車はサドニア帝国帝都センオントに到着した


物音ひとつ立てない馬車と悪臭を漂わせる馬車・・・ニ台の馬車が停止するとサドニア帝国の使者であるヘルニスは悪臭漂う馬車の横に立った


「失礼します。クオン・ケルベロス様の馬車には話しかける事を禁止されている為にどうしたものかと相談したいのですが」


ヘルニスが話しかけると馬車の窓が開いた。そこから漂う悪臭にヘルニスは眉一つ動かさず中を見るとシャンドが顔を出し応対する


「どのような御用件でしょうか?私が代わりに承りますが」


「ありがとうございます。サドニア帝国帝都センオントに到着致しました。日は浅いのですが、度の疲れもある事でしょうし、本日は宿屋にて御一泊後、改めて御迎えにお伺いしたいと思いまして・・・」


「かしこまりました。クオン様にはそのようにお伝え致します。しばらくお待ち下さい」


窓は閉められ、ヘルニスは黙って返事を待った。中にいるのは従者と思わしき2人だけ・・・どのように確認するのかと考えていると、再び窓が開けられた


「お戻りになられるようなので暫しお待ちを」


「・・・かしこまりました。では、お待ちしております」


戻る・・・つまり馬車の中に居ないという事になる。馬車から出た形跡がない為に何かしらのギフトを使ったのではと予想しながら待っていると、クオンが乗っていた馬車のドアの開く音が聞こえた


「んー・・・ここも久しぶりだな。しっかり整地されてるのは流石だな。あれだけボコボコだったのに」


クオンが馬車から降りて身体を伸ばす。その姿を見てヘルニスはゆっくりと近付いた


「長期間窮屈な思いをさせてしまい申し訳ございません。従者の方にはお伝え致しましたが・・・」


「ああ、それで構わない。それと部屋は3人分でいい」


「と言うと?」


「1人は出産準備で忙しい。まあ、里帰り出産ってやつだ」


「・・・は?」


それまでどんな悪臭にも表情を崩さなかったヘルニスが初めて表情を崩した。あまりの唐突の事に咄嗟に馬車の中に視線を向けると居たはずのマルネスが居ない事に気付く


「さ、里帰り?」


「出産」


思わず呟くヘルニスの後を続け、クオンは微笑むとセンオントに視線を移す


「今日泊まる宿屋には歩きで?」


「い、いえ!・・・このまま馬車で帝都の中へ・・・宿屋の前まで直行します」


「じゃあ、頼む・・・早くしないと後ろの馬車で死人が出るぞ?」


「・・・は、はっ!」


もう遅いかも・・・とは言えず、ヘルニスは再び馬車に乗り込むクオンを見届けた後、大きく深呼吸をして混乱を取り除き馬車を進めるよう指示した


街中をしばらく進むとクオン達が今晩泊まる宿屋の前に到着。クオンは馬車から降りて宿屋を見ると感嘆の声を上げた


「・・・凄いな・・・宿屋のイメージが覆ったよ」


クオンの宿屋のイメージはセガスにある宿屋『男爵』であり、寝る部屋とちょっとした食事の出来る場所だった。しかし目の前にある宿屋はどちらかと言うと屋敷に近い


「今回の為に空いている屋敷を改造致しました。流石に庶民の泊まる宿屋にご案内する訳には・・・中には執事とメイドもおります。風呂場もありますゆえ旅の疲れを癒されてからお食事などいかがでしょうか?」


「風呂もあるのか・・・ちょうど良かった。せっかくキレイな場所を汚さずに済む・・・早速風呂の準備を頼めるか?」


「伝えておきます。他御用がありましたら随時仰って下さい。メイドも粒揃いを揃えておりますのでご随意に・・・」


「・・・おい」


「冗談です。それでは伝えて来ますので、お連れの方といつでも中にお入りください。私は皇帝陛下に到着の報告を行って来ます」


「頼んだ」


深々と礼をしてヘルニスは去って行った。クオンがヘルニスの後ろ姿を見送ると視線を宿屋から馬車に移す


まるで悪臭が可視化されたように負のオーラが漂う馬車


近付くのも躊躇われ、クオンは離れた場所で声をかける


「シャンド・・・出て来ていいぞ」


クオンの呼び掛けに馬車のドアが開く


離れた場所でさえ悪臭が鼻につき、顔をしかめると中からシャンドが出て来た


そして・・・


「た・・・助け・・・て・・・」


這いずるように出て来るフリット


馬車の中に1ヶ月近く監禁され汚物と化したフリットを見てクオンは後退る


「シャンド・・・運んでやれ」


「・・・ご命令とあらば・・・」


シャンドにしては歯切れの悪い返事をし、指でフリットの服を摘むと持ち上げる。コレを屋敷に持参していいものだろうかと悩んだが、捨ておく訳にもいかず3人は宿屋の中へと向かった──────




「ぶはー!生き返る~!!」


宿屋に入ったクオン達を迎えるのは総勢10数人のメイドと小綺麗な壮年の執事。汚物と化したフリットを見ても表情ひとつ変えずクオン達を風呂場へと案内すると礼をして立ち去った


脱衣室で服を脱ぎ、動けないフリットの服を引っぺがすと湯船には入れずにお湯をかけまくる。もしそのまま湯船に入れてたらお湯の色が変わってしまった事だろう


ようやく汚れを落とし、湯船に入った一言が冒頭の言葉だった


風呂場はタイル張りとなっており、手前が洗い場、奥が湯船となっていた。広さは一度に10人以上が一気に入ってもまだまだ余裕がある程広く、湯船は泳げるほどの巨大なもの・・・風呂という文化を聞いた事があるだけのクオンは興味深く観察する


「なるほど・・・沸かした湯を水と混合して流し、溢れぬように別の場所に排出して湯温を保ってるのか」


「そのようですね」


「・・・馴染むのが早いな・・・シャンド」


ちゃっかり湯船に浸かっているシャンドを見てクオンは苦笑する


フリットはと言うと旅の疲れを全力で癒そうと湯船にぷかぷかと浮いていた


「お待たせしました。メイドをお連れしました」


3人が湯船に浸かっていると執事がメイドを連れて戻って来た。執事は服を着ているが、メイドは全員裸・・・しかも誰一人恥じらう様子もなく隠そうとはしていない


ぷかぷかと浮いていたフリットが慌てて起き上がるとかぶりつくようにガン見する。その視線を遮るようにクオンは手を伸ばし、執事に言った


「必要ない。もし次同じような事をしたらサドニア帝国を出て行くとお前の主に伝えろ」


「わたくしの主は現在クオン様となります」


「なら尚更だ。俺はそんな事は望まない。もしこの男が手を出して来たら教えてくれ・・・こっちで処理する」


「マジかよ!!!」


「かしこまりました。では・・・」


執事が指を鳴らすとメイド達が戻って行く


フリットは待ってくれと言わんばかりに手を伸ばすが、シャンドが移動しフリットの視線を遮ると恨めしそうな顔して湯船に沈む


「お召し物はいかが致しましょうか?新しいものをご用意出来ますが・・・」


「俺とシャンドの・・・執事服は間に合ってる。悪臭を放つやつだけ捨てて新しいものに替えてくれ」


「かしこまりました。では、ごゆるりと」


執事は言うと礼をして立ち去る


沈んでいたフリットが浮上するとクオンを睨みつけた


「なんで断んだよ!くそっ!・・・ちょっと楽しんでもバチは当たらねえよ!ずっと馬車に閉じ込められて・・・ケツは痛えはくせぇはで・・・」


「臭いのは貴方だけです」


「わーってるよ!なんなんだよ魔族ってのは・・・飯も食わねえウンコもしねえ・・・お前は良いよな!幼女とはいえ女と一緒に楽しい馬車生活だ!俺なんて・・・俺なんて・・・」


「ん?馬車にはほとんど居なかったぞ?」


「は?どういう事だ?」


「馬車に乗っていたのは最初だけ・・・後はほとんど別の場所に居た」


「・・・意味が分からん・・・だって乗ってたじゃねえか・・・」


「乗ってるフリをしてただけだ。サドニア帝国なんて一瞬で行く手段があるのにわざわざ馬車に乗り続ける必要なんてないだろ?」


「・・・なんで俺は乗らされてたんだ?」


「2台とも空っぽだと怪しまれるだろ?」


「それだけ?」


「それだけ」


「ぐんぬぬぬ・・・おい!俺をいつ解放すんだ!」


「俺が必要としなくなるまでは解放する気はないな」


「あ?・・・いや、普通は期限とか・・・そもそも必要としなくなるまでっておかしくないか?」


「そうか?」


「そうだよ・・・なんだよそれ・・・うわっ!?」


フリットがそっぽを向いていると突然視線の先が歪み出す。そして中からカーラが現れるとクオンに向けて礼をした


洗い場に突然服を着て現れたフリットは驚き、クオンは呆れながら口を開く


「・・・黒丸は?」


「はっ。ケルベロス家の屋敷に居た執事とメイドを送り届けました。お産は経験があるようで大丈夫なようですが、如何せん放置された場所ですので掃除が大変と嘆いていました。マルネス様は特にお変わりなく順調でした」


「イミナ達が居るなら大丈夫か・・・ニーナの様子は?」


「御立腹です」


「あー、今夜行くと言っといてくれ。で、お前はなんで風呂場に現れた?」


「働きに対するご褒美かと・・・」


「どんな褒美だよ・・・引き続き黒丸の監視とニーナの護衛を頼む」


「はっ・・・ところで私めにはいつ・・・」


「・・・行け」


「はっ」


カーラは残念そうに扉の奥へと消えて行った


フリットはカーラガンズ去った後、扉があった場所とクオンを交互に見ると気になったワードを拾い上げて口にした


「・・・お産?」


「ん?ああ、黒丸に子が出来たからな。お産の準備をしている」


「待て待て・・・黒丸ってあの嬢ちゃんだよな?・・・は?」


「おかしいか?」


「おかしいを超えてもはやファンタジーだよ!ありえねえだろ!・・・魔族って1ヶ月くらいで子を産むのか?」


「産む訳ないだろ」


「・・・」


「おめでとうございます。クオン様」


「旦那もすんなり受け入れてんじゃねえよ!・・・ああ、ダメだ・・・頭がクラクラしてきやがった・・・」


「湯あたりしたか?」


「誰のせいだと思ってんだ!もう俺は出る!」


フリットは勢いよく立ち上がると肩をいからせズンズンと脱衣場まで歩いて行った。そして・・・


「なんだこの服は!?」


脱衣場でも騒いでるフリットに呆れながらクオンは肩まで浸かり天井を見上げる


「騒がしい奴だ」


「殺しますか?」


「・・・やめとけ・・・」


クオンはため息をつきながらシャンドに答え目を閉じる


今夜ニーナと会うのが明日のサドニア帝国の皇帝と会うよりよっぽど骨が折れるとどう対応しようか頭を悩ませるのであった──────


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