5章 27 自在の塔
巨大な円柱状の塔に降り立った4つの影。クオン、マルネス、シャンド、フリットの4人
シーフとボムースはと言うとフウカの元へ向かうと早々に別れていた
シーフ曰く『あっしをあの国に連れて行ったのは五魔将か天族と戦わせる為だろ?まあ、どちらとも戦えなかったがフウカを育てるのが愉しくなってきたからね』
消化不良と言い人の世に残っていたシーフ。まだまだ消化不良は続いているようで、それをフウカを育てる事にぶつけるようだ
ボムースは実力不足を嘆き、更なる力を手に入れる為にシーフと共に行く事を決意し、2人はフウカが戻って来るであろうシントの街を目指して旅立った
残された4人はゼンに言われた通りにすぐにサドニア帝国との待ち合わせの場所であるホントンを目指すべく近くの塔へと転移したのだが・・・
「なぜ塔の上?」
「記憶にあったのがここでしたので・・・下に転移しますか?」
「いや・・・折角だから塔の中を見ていこう。シャンドが言ってた怪しい気配ってのも気になるしな」
高さが変わり、見に来た冒険者が戻らない塔・・・怪しさ満点の塔の屋上でクオンは塔の入口を探し始める
「・・・フン・・・」
快気祝いで朝食は腕によりをかけて作り、夜はしっぽり・・・と計画を立てていたマルネスは終始不機嫌顔。クオンは膨れっ面のマルネスを横目で見て苦笑しながら入口らしきものを発見し皆を呼び寄せる
「シャンド」
「はっ」
輪っかが二つ地面に付いており、その二つを同時に引くと中から階段が現れた
シャンドは振り向き、クオンが頷くとその階段を降りて行き、4人は塔の内部へと進入する
「明るいな・・・魔光石程ではないにしろ壁に何か発光する工夫がされているな」
シントの技術の結晶とも言われている魔素を取り込み光る石『魔光石』。日が当たらない場所で大活躍なのだが、作れる量が少ない為に流通していない。なのでほとんどが魔力を流して炎を出す『焼明』か普通に松明が使われていることがほとんどだ
クオンは壁を触り淡く光る正体を探る。指に付いた何かを見つめるとそのまま何も言わずに階段を降りて行く
何階分か降りると開けた場所に出た。まだ高さから1階には降りてないはずだが、階段は途切れている為、他の場所にあるだろう階段を探すことになった
一本道の通路を通ると奥に扉があり、扉の隙間から光が漏れている。シャンドが前に進み出てその扉を推し開けると全員に眩い光が差し込んだ
「今まで何人か侵入者は訪れたが、流石に屋上からは初めてだよ。何か用かな?」
待ち構えるように立っていたのはメガネをかけたスーツ姿の優男。後ろ手を組み、目を細めてクオン達を品定めするように見つめると微笑んだ
「特に用はないな。ホントンって街に用事があるからついでに寄っただけだ」
「随分とまあ寄り道したものだね。確かにホントンは近いが人の家に土足で入る理由にはならないと思うけどね」
「そうか?そこに意味の分からない建造物があれば立ち寄ってみたいと思うのは普通だと思うがな。その証拠にさっき聞いていたろ?『何か用かな?』って」
「私が聞くのは当然ではないかな?ここは私の家なのだから」
「俺がここを訪れるのも当然だと思うがな。ここは俺の領地になる予定だし」
「・・・バースヘイムの貴族か?」
「どうとでも解釈してくれ。謎の人物に名乗る名はない」
「・・・なるほど・・・随分とまあ横柄な客人だ・・・お引き取り願おうか」
男の顔から笑みが消える。ガラリと雰囲気が変わった男を見てクオンはシャンドを見た
「怒らせたか?」
「そのようですね・・・処理しますか?」
「いや・・・理由が聞きたい。生かしといてくれ」
「かしこまりました」
「・・・お前ら悪魔か」
クオンとシャンドのやり取りを聞いて、フリットは呆れた声を出す。小悪党を地で行くフリットから見たら2人はただの悪党にしか見えなかった
そんなフリットを無視してシャンドは男の前に立つと深々とお辞儀をした
「なんだね・・・今更謝罪かな?」
「せめて・・・安らかにお休み下さい」
「いや、生かせよ」
クオンのツッコミを聞いたかどうか分からないが、シャンドは男の背後に転移し蹴りを放つ。その一撃で決まったかのように思えたが、意外にも男はシャンドの蹴りを腕で受け止めていた
「ほう」
「転移!?・・・なかなか!」
男は臆することなくシャンドに殴り掛かり激しい打ち合いが始まった
シャンドは転移を使用せず立ち止まり、男が繰り出す攻撃に応じた。受け止め、躱し、拳を放つ・・・お互いに一歩も譲らず殴り合う
「あの男も化け物かよ・・・」
「その言い方だとシャンドも化け物って事になるが・・・」
「・・・化け物だろ?俺以外全員・・・」
飽きれるフリットにクオンが苦笑すると、男は飛び退きシャンドではなくクオンの方を見た
「シャンド・・・シャンド・ラフポース?」
男の問い掛けにクオンは頷く。そして、魔の世で名が知れ渡っている有名人シャンドに声を掛けた
「いつの間に人の世でも有名になってたんだ?」
「人の世ではあまり名乗ってはおりません・・・名乗った相手もクオン様のお仲間以外は処理していますので・・・」
「となると・・・正体は魔族か」
クオンの言葉で部屋は静まり返る。謎の塔の中にいるのが魔族だった・・・フリットは次から次へと出て来る魔族の存在に辟易していると隣にいたマルネスの表情の変化に気付く
「・・・嬢ちゃんどうしたんだ?」
「嬢ちゃん言うな・・・らしくないと思うてのう・・・」
「婆ちゃん・・・それはどう言う意味だ?」
「次に婆ちゃんと言うたら・・・分かっておるな?クオンの事だ・・・普段のクオンならあんな喧嘩腰にはならん・・・何故あれほど怒っておる?」
「・・・ば、嬢ちゃん・・・そ、そりゃあ溜まってんじゃねえか?」
「溜まる?何がだ?」
「はあ?何がってお前・・・今の姿だとあれだが、夜はあっちの姿なんだろ?しかも新婚ホヤホヤと来たもんだ・・・やりたい盛りの年頃で骨が折れてるからお預け食らっちゃ溜まるだろ?」
「??・・・いや、妾の事ではなく、クオンの・・・」
「だから・・・なに?嬢ちゃんの旦那はそんなにタンパクなのか?俺だったらあの姿の嫁がそばにいれば毎晩押し倒してるぜ?・・・欲求不満なら俺が相手してやろうか?」
「・・・つ、つまり・・・クオンが・・・」
「俺の事は無視かよ・・・あー、そうだよ。本当なら寝る間も惜しんでズッコンバッコンだ。腕の骨折がなけりゃあな」
「ズッコン・・・バッコン」
「もう腕は治ったんだろ?まっ、覚悟しといた方がいいぜ。乾く暇もねえぜ?・・・色々とな」
「いや・・・しかし・・・クオンに限って・・・」
「おいおい・・・処女と童貞じゃあるまいし・・・どうせ折れる前はヤリまくってたんだろ?嬢ちゃんの旦那が羨ましいぜ・・・あんな姿になれると知ってたらテントの中を覗いてたちゅうのに・・・今の姿じゃただの変態だからな」
言いたい放題のフリットの言葉が胸に刺さる。男女の営みはどんな内容か知っている・・・ケルベロス家新人メイドのメーナのお陰で知識だけだが。クオンがもしフリットの言う通りのやりたい盛りなら、第2夫人に先に手を出す可能性もある・・・ニーナも共にメーナから学んだのだから
「まずい・・・まずいぞ!いずれはと覚悟しておるが、先は妾・・・これだけは譲れぬ・・・譲れぬぞ!」
瞳に決意の炎を燃やすマルネス
そんな決意をしているとは露知らず、魔族と思わしき塔の住人とクオンの話し合いは続いていた
「・・・話が読めませんね。かの有名なシャンド・ラフポースを連れ、このような何も無い塔に何の御用で?」
男は相手がシャンドと聞いて冷や汗を流す
魔の世の暴れん坊であるシャンドと事を構える気はないのか、敵意がないと証明するように固く握った拳を開きクオンに見せる
「これだけの建造物に光る壁・・・人の技術力を超えている・・・チリ以外のな。バースヘイム王国にそんな技術者が居たとは聞いた事がない・・・俺が知らないだけってんならそれで良いが、嫌な噂を耳にした・・・この塔を訪れた者は行方知れず・・・それを確かめる為に少し強引に試してみたが・・・あながち噂はただの噂じゃないようだ」
クオンから殺気が溢れ出る。さっきまでとは明らかに違う雰囲気に男の額から汗が滝のように吹き出す
「ま、待ちたまえ!屋上からの侵入者など想定外・・・この塔は入口を塞いでいる。私が出入りする時だけ出入口のある1階部分を出しているのだよ!だから侵入者は君らが初めてだ!」
「なぜそんな事をする?」
「君らの行動が答えだろう・・・興味があれば人が侵入し揉め事になる可能性が高い・・・私は静かに暮らしたいだけだ・・・もう・・・火種は作らない!」
「火種?」
クオンの疑問に男は静かに語り始めた
男の名前はデーク・バネット。初めて魔族が人の世に降り立った時から存在した唯一の魔族。ファストが『操』を使い、魔族を全て魔の世に送り返した・・・が、デークだけは『操』で操られずに人の世に残ったのだ。その理由は・・・
「私は人に興味を持ち、早々に人化し人の世に溶けんでいた。時には子供の姿をし学び、時には農家、時には貴族・・・時には冒険者として場所を転々と移し暮らしていた。目立たないように暮らす為に人口の少ない場所を選んで・・・なので情報はあまり入って来ず、魔族が私だけになった事に気付いたのは魔族が去ってから100年の月日が経った後で・・・」
それからも身を潜めて生活し、歳を取らない事を不審がられないように住む場所を転々とする
人に興味のあったデークは数々の女性と恋愛し子孫を増やしていった
「・・・つまり、火種っていうのは・・・お前の子か?」
「そうだ。私は・・・私の子孫が私の魔技を受け継ぎ、それを使用している姿を見てきた。もちろん人の為になるような事をしている者もいた・・・しかし中には・・・」
「それでもお前の子や子孫だろ?悪さしてたら教育してやるのが筋じゃないのか?」
「・・・その・・・色々と手を出してしまい・・・どこに誰が居るのか・・・」
「よし、シャンド、殺れ」
「ま、待ってくれ!」
クオンの命令に待ったをかけるデーク。シャンドはクオンに待つか否かの判断を仰ぐとクオンは仕方なさそうに攻撃を止めるよう指示した
「待つからには返答を期待していいのか?今のお前は、好き勝手生きて子供を方々に作り手に負えなくなったから逃げ隠れしている奴という印象だ。これを覆す位の返答が聞けるんだろうな?」
クオンの鋭い視線にデークは怯む。実力は分からないが、かの有名なシャンドを従えている時点で勝ち目はないと諦めていた。抵抗する気もなく弁明する事も出来なず、デークが黙り込んでいるとクオンの後ろからマルネスがひょっこりと顔を出す
「お主はなぜ子を捨てた?ずっとそばに入ればこのような事にはならなかったであろう?」
「・・・私は魔族・・・長く同じ場所で生活していると必ず人は不審がる・・・あの者は歳を取らない・・・と」
「で?」
「いや、なので私はその地を離れなければ・・・」
「なぜ子を連れて行かぬ?妻も子も連れて行けばよい問題であろうも。それとも連れて行けない理由があったか?」
「・・・それは・・・」
「妾の弟子でのう・・・お主と同じように人と結ばれ子を成した者がおる。その者は妻と死別するまで共におり、子と共に各地を転々としておった。それに比べるとお主の行動はひどく身勝手に感じるのは妾だけか?」
「うっ・・・」
「薄っぺらい言葉を並べたところで、お主が我が子を火種と言った事実は消えぬ。関わる事を拒絶するなら最初から子を作らねばよい・・・お主はただ親の責任を放棄しただけ・・・」
「くっ・・・貴方のような子供に何が分かる!・・・妾の弟子?」
「妾の役目は不要な魔族や魔獣の処分・・・久方ぶりに役目を全うするとするか》
マルネスの身体を黒いモヤが覆う。その姿を見てデークは気付いた。マルネスの正体に
「まさか・・・原初の八魔『黒』のマルネス・クロフィード様!?」
《今更気付いても遅いわ・・・死して自らの行いを悔いるがいい!あだっ!》
「勝手に話を進めるな、黒丸」
ゲンコツを頭に食らい涙目になりながら振り返る。クオンは抗議の視線を送るマルネスを無視してマルネスの前に出た
「が、黒丸・・・マルネスの意見には俺も概ね賛同だ。放置して手に負えなくなったから引きこもるじゃ話にならん。自分のケツは自分で拭け」
「ど、どうしろと?」
「決まってるだろ?お前の能力を使って悪さしている奴を片っ端から教育し直せ。それこそ永遠の時間のあるお前にはうってつけの仕事だろ?」
「しかしどこにいるかも分からない・・・」
「ちなみにお前の能力は?」
「・・・『自在』・・・」
「なるほど・・・通りで・・・」
クオンの脳裏には『自在』とまでいかなくても、それに近い能力を使う者達が浮かんだ。ジゼンやヴォーダ・・・コジローの持つ『影法師』。クオンが知るだけでもそれだけの人や武器が出てくるのだ他にも多く存在する事が容易に想像出来る
「『自在』?ふむ・・・なかなか使い勝手の良さそうな魔技だが、魔の世では聞かんかったのう」
落ち着いたマルネスが呟き首を傾げるとデークは肩を落とし俯いた
「そりゃあそうですよ。器用貧乏って感じでしてね・・・例えば有名なサラム・ダートのような『巨大化』・・・その魔技と同じように巨大化する事も可能なのですが、私のはただ大きくなるだけ・・・力も魔力もそのままですよ?張りぼてもいいとこです。魔の世の時は誰かに襲われないか日々ビクビクしていました」
デークはチラリとシャンドを見るが既に興味を失ったのかシャンドは特に気にした様子もなく何処吹く風・・・その様子を見て更にデークは落ち込んだ
「なんか話を聞くと哀れだのう・・・子を放っておいたのは腹立たしいが、逆に放っておいてもさして問題になっておらん・・・」
「だが、悪さをしていると知ってて放置していたのも事実・・・どの程度の悪さかは知らんがな」
「その・・・腕を伸ばして盗みを働いたり・・・身体の部位を全て伸ばして背を高く見せたり・・・」
「小物だのう」「小物だな」
「くっ・・・」
「どうする?クオン。放っておいても問題ないように思えてきたが・・・」
「確かに・・・ヴォーダの場合もその能力があるから悪さした訳では無いからな・・・ふむ・・・」
「そう言われるとそう言われたで何か来るものが・・・」
小物扱いからの放置宣言に心痛めるデーク。どうしたものかとクオンが頭を捻っているとシャンドが1歩進み出た
「クオン様・・・彼を従者にするのはいかがでしょうか?ちょうど第二従者のカーラ・キューブリックが魔の世にいますし、私はクオン様のおそばにいます。離れた場所で何かやらせるには手頃な者かと」
「手頃・・・」
「そうだな・・・今の状態でうろちょろさせるよりは俺の役に立ってもらった方が世の為になるか・・・」
「さっきから黙って聞いていれば随分な言い草ではありませんかね?」
「黙っておれ・・・お主には断る権利などないわ。文句があるなら真っ当な道を選ばなんだ自らを恨め」
「そんな無茶苦茶な・・・」
こうして半ば強引に3人目の従者となったデーク。さっそくクオンはデークに注文を出した
「こ、この塔を開放しろと?」
「別にわざわざ宣伝する必要はない。入口を入れるようにして、自由に入れるようにしてくれればな」
「なぜそのような・・・」
「この塔の光る壁・・・イミナに教えてやってもいいが、それでは俺に頼り過ぎてる感があるからな・・・誰かが発見し、誰かが研究し、それをどう発展させるかはイミナに任せようと思う。まっ、イミナの事だから個人の利権を強引に奪ったりはしないだろうが、上手く国で扱えれば更にバースヘイムは栄えるだろ?」
「わ、私の研究なのですが・・・」
「従者の成果は全て主のもの・・・至極当然だと思いますが?」
「ぐぅ・・・」
ピシャリとシャンドが締め、デークは黙ってしまった
外に出るとデークは名残惜しそうに塔を見つめる。この塔の中で生涯を過ごすつもりだった為、人で言う墓のつもりで建てた塔・・・その墓が人に荒らされるのが残念でならない
「ハア・・・」
「散々騒がしくしたんだろ?決着を付けてから静かに休め」
「・・・いつ頃ですかね?その日が来るのは」
「死ぬまでには訪れるだろうよ」
「・・・寿命がない事を恨んだのは初めてですよ」
「そう遠くない日だ・・・約束する」
クオンは慰めるように言うとシャンドにある場所へと送らせた
シャンドが戻って来るまでの間、クオン、マルネス、フリットが塔の前で待っていると、マルネスがクオンを見上げ服の裾を引っ張る
「・・・なんだ?」
「クオン・・・お主・・・混じっておるのか?──────」




