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最強の番犬と黒き魔女  作者: しう
『嗤うもの』
153/160

5章 26 報せ

バースヘイム王国の問題が解決した後のテント生活4日目


森の中で対峙する2つの影があった


1つはクオン・ケルベロス


両目をしっかりと開け、神討『絶刀』を手に佇んでいる


もう1つはシャンド・ラフポース


肩で息をしながらクオンの一挙手一投足をつぶさに見つめている


クオンが一歩踏み出すとシャンドは転移で背後に回り込み蹴りを放つ。それを屈んで躱すと身体を捻り刀を振るう


再び転移し更に背後を取ろうとするシャンドに対してクオンは回し蹴りで応戦するが、それをシャンドは腕で受け、その足を掴んだ・・・が、そのまま強引に足を振りシャンドを吹き飛ばす


吹き飛ばされたシャンドは木に激突する寸前で転移し上空へと脱出するも吹き飛ばされた勢いそのままに身体が自由に動かず、その隙にシャンドの背後を取ったクオンに蹴り落とされ地面に激突し周囲に轟音を響かせた


《終わりか?》


《・・・ええ・・・再生すれば何とかといった具合です。続ければ再生する前に塵と化すでしょう》


足から着地出来たが勢いが凄まじく足はボロボロとなってしまった。立つのもままならない状態でシャンドは降参を余儀なくされた


「ふう・・・で、感想は?」


「・・・お暇を頂いた時にお伝えした通り魔の世に行きラージ様と戦って来ました。流石原初の八魔で在られるラージ様・・・人の世とは別格の強さ・・・と言うより操る地の魔力量が違うだけでこれだけ差が出るものかと驚嘆致しました・・・そのラージ様に届くか届かないか・・・」


クオン達がバースヘイム王国に向けて旅立った後、約束があると言ってシャンドはクオンに魔の世行きの許可を求めて来た。何かあったら報告をしろと伝えていたが、特に何も無いと判断したクオンはそれを許可しシャンドは久々の魔の世を満喫しに行った


その目的が原初の八魔『地』のラージとの戦い


ファストとの戦いの折、ラージが創ったゴーレム軍団との対決を約束したシャンドは早速魔の世に赴き約束を果たしに来たと告げた。本当に来るとは思ってなかったラージは面を食らうも約束通り自慢のゴーレム軍団を出してシャンドと戦い・・・それに圧勝する


再生の能力を駆使して何度も挑むシャンドだったが、結局シャンドはゴーレム軍団に為す術なくやられるが、得たものも大きいと本人は言う


「・・・なるほどね。もしマルネスの力・・・『黒』を使えば?」


「同等・・・もしくは超える事は可能でしょうが、とてもアモン様には・・・」


実際にアモンと戦った事があるシャンドならではの感想だった。遠い過去の話ではあるが、今も鮮明に覚えている。何とかすれば勝てるとか、今はまだ届かないとかそういうレベルではない。絶望的な実力差に二度と戦いを挑む事はないと決意させる程の衝撃はこれから先も受けることはないとシャンドは言う


「そうか・・・原初の八魔最強の男・・・そう簡単には至れないか・・・」


「天族と・・・ことを構えるおつもりで?」


「望んでないがな・・・話し合いに応じてくれれば1番だが相手が力で来るなら相応の力を持ってないと同じテーブルには付けない・・・圧倒的に勝つ・・・そんで話し合いに持ち込むのが理想かな」


「もし圧倒的に勝ったとしても相手が話し合いに応じなければ・・・どうされるおつもりで?」


「その時はその時考える・・・まっ、なるようになるさ」


「・・・楽しみです」


「おい・・・どこに楽しむ要素が・・・」


クオンが本当に楽しみにしているシャンドにツッコミを入れていると、遠くからフリットの声が聞こえた。どうやら朝食が出来たらしいのでクオンは元に戻ろうとするとシャンドが動けない事に気付く


「・・・手で歩けるか?」


「お望みとあらば」


「・・・ハア・・・」


クオンは大きくため息をつくと仕方なさそうに足の潰れたシャンドに背中を向けて屈んだ。シャンドは何をしているのか不思議そうに見つめるだけで動こうとはしない


「何してるんだ?さっさとおぶされ」


「・・・?背中に乗れと?」


「それ以外にあるか?」


「私はクオン様の従者ですが」


「俺の従者がここで身動き取れなくなっているのを他の誰かに見られたら恥ずかしいだろ?」


「森の中ですので誰も通らないと思いますが」


「そうとも限らんさ。そろそろ来る頃だしな・・・さっ、早くしないと朝食当番の黒丸が飯が冷めると言って怒り出すぞ?」


頑なに屈んだままの姿勢でいるクオンに折れたのかシャンドは身体を起こし両手を肩にかける。するとクオンは立ち上がりシャンドをおんぶした格好になり歩き始めた


しばらく歩いているとおもむろにシャンドは首筋に爪を立てる。が、クオンは一向に気にする様子もなく歩いているとシャンドは口を開いた


「このまま・・・爪を突き立てればクオン様とて無事ではありますまい」


「そうだな」


「では、なぜ何も対応しようとしないのですか?」


「・・・そうだな・・・お前が俺を攻撃するならそれなりの理由があるんだろ?俺に思い当たる節はないが、な」


「理由なくしているとは思いませんか?」


「思わないな。だって・・・お前の楽しみが減るだけだろ?」


クオンが一度も振り返らず、止まらずに言い切ると、シャンドは一瞬目を見開きその後に微笑むと爪を収めた


「よく分かってらしゃる・・・ですが非情の心をお持ち下さい・・・時として情は足元を掬いかねません」


「・・・肝に銘じるよ・・・」


クオンはシャンドの忠告に素直に頷くとマルネスの待つ場所へと歩き続けるのだった




おんぶ姿で現れたクオンを見た時は機嫌良さそうなマルネスの顔が一瞬凍り付くが、すぐに機嫌を直して出来たての食事を器によそいクオンに手渡す。近くに置かれたシャンドにも笑顔はないもののフリットを介して食事を渡すと全員でマルネスの作った料理を口にした


「・・・これは・・・味は濃いが今までで1番まともだな」


大きな鍋に森で採れた食材を適当に入れた今までの大味な料理と違い、何度も味見して作ったマルネス自信作。キノコで出汁を摂るくらい真剣に作った料理を褒められマルネスは更に期限を良くしていた


「であろう!?このスープがなかなか上手く出来なくてな・・・かなり試行錯誤した結果だ」


「俺が教えたんじゃねえか・・・」


「黙らっしゃい!・・・それで、どうだ?なんか色々と効能があると聞いておるが・・・」


フリットのボソッと言った言葉にツッコミを入れた後、何故かクオンに擦り寄り上目遣いで尋ねるマルネス。クオンはモグモグと口の中で咀嚼し、マルネスの言葉の真意を確かめる


「・・・別に・・・普通の飯だな」


「なぬ!?いや、ほら・・・何かあるだろう?ほら・・・妾を見て・・・こうグッとくるとか・・・どこかしらが熱くなるとか・・・」


「・・・何か盛ったのか?」


「ぶはっ!馬鹿な事を言うでない!ただ・・・その・・・色々と効くと聞いたからのう・・・」


マルネスは言いながらフリットをジロリと睨み付けた。フリットは殺気も多分に含まれたその視線を受けてかき込んだスープを吹き出すと大急ぎで弁明する


「ちょっ、ちょっと待て!俺は『獣の〇玉は精力増強に効く』と言っただけ・・・まさか・・・」


フリットは恐る恐る器の中身をスプーンで掬うとちょうど得体の知れない丸い玉がスプーンの上に乗っていた


「・・・黒丸・・・」


「ち、違うのだ!妾の腕の快気祝いに少し豪勢に・・・」


ブンブンと折れていた腕を回し、治った事をアピールしながら釈明する


「なんで快気祝いが精力増強なんだ?」


「・・・それは・・・その・・・腕が治ったら・・・遂に・・・」


「・・・来たか」


「え?」


モジモジしながら言うマルネスを無視してクオンが器を置いて呟くと、マルネスはクオンの視線の先を追うように振り返る。すると遠くにこちらに向かっている人影が見え隠れしていた


そして、木の間をすり抜けて姿を現した2人にクオンは立ち上がって応じる


「国王って仕事はそんなに暇か?ゼン」


「暇なものか!こんな内容を誰かに言伝頼んだらどうなる事やら・・・人を伝言人扱いするのはやめろ!」


「こんな内容って言われてもな・・・大方想像はつくが」


「お察しの通りだよ!バースヘイム王国イミナ殿より伝言だ!『サドニア帝国からの使者がリメガンタル北に位置する街、ホントンに着いたので取り急ぎご連絡を。尚、サドニア帝国の馬車は検分免除と特例を出している為に乗って問題なし』だ!」


「おおっ!一語一句間違えありませんな!陛下!」


「黙れオッツ!理解したか!クオン!」


着いて早々にがなり立てるシント国国王ゼン。その横でパチパチと手を叩くオッツにゼンは目くじらを立てる


「やっとか・・・で、ホントンって具体的にどこだ?」


「知るか!リメガンタルを北上すればいずれあるだろう!歩け!」


「そうは言っても追われている身でな・・・知ってるか?俺魔人王になったんだぞ?」


「知ってるわボケ!!オッツ!!」


「はっ!」


オッツは持っていた器をゼンに渡すとその後にスプーンも渡す。まだ湯気が出ているスプーンで掬ったスープに息を吹きかけると口をつけて飲んだ


「ほう・・・これは美味い・・・じゃっないっ!」


勢いで器を投げてしまい中身が全てぶちまけられる。フリットはそれを見て口に手を当てアワアワし、クオンは頬を掻き、シャンドは自分のスープを飲み干した


「なるほどのう・・・妾に喧嘩を売るとはいい度胸だ・・・国ごと滅してやろう・・・」


「あっ・・・いや、マルネス・・・今のは・・・オッツ!もう一杯!」


「はっ!」


何故かオッツに投げた器を拾わせて鍋の中にあるスープを掬って持ってこさせる。そして、今度は器に入ったスープ自体に息を吹きかけ冷ますと一気に具ごと飲み干した


「いや・・・これは絶品だ・・・城の料理師も・・・敵うまい・・・特に・・・この丸い・・・肉みたいなのが・・・」


「獣の睾丸らしいぞ?」


クオンの言葉を聞いて思いっ切り吹き出し、そのほとんどが詰め寄っていたマルネスにかかってしまう。ワナワナと肩を震わせるマルネスの身体全体から黒いモヤが立ち上る


「シントの歴史はこの時を持って終焉を迎えた・・・綺麗サッパリ滅するが良いンゴッ!」


「お前が綺麗サッパリして来い。近くの川でな」


クオンにゲンコツを食らい涙目で抗議するマルネスだったが、クオンが有無を言わさず川の方向を指差しながら言うとスゴスゴとその方向へと歩き始めた・・・振り返りゼンを睨んだ後に


「さ・・・先に内容物を言え!」


「何も聞かずに勝手に食ったのはそっちだろ?で、何がしたかったんだ?」


「・・・バカオッツ!!飯じゃない!地図だ!」


「・・・ノリがいいから・・・はっ!」


ボヤきながら懐から1枚の丸めた紙を取り出すとゼンに差し出した。それを奪い去るように受け取り広げるとクオンに見せる


「地図は貴重だから渡せん・・・今ここで覚えろ!」


「ふーん・・・シャンド、この場所は?」


「・・・恐らく転移出来ると思います。少し離れた場所に塔のようなものがあり、そこから近いので」


「塔?」


「・・・『自在の塔』の事か・・・確かにそこから近いな」


ゼンは改めて地図を見て、塔の位置とホントンの街の位置を見て頷く


「『自在の塔』ってなんだ?」


「そんなのも知らないのか・・・『自在の塔』・・・たまに見ると塔の高さが変わっていると噂され誰も近寄らない謎の塔・・・無害な為にバースヘイム王国は調査する事はなかったと聞くが興味本位に調べに行った冒険者が戻らないと噂があるらしい」


「なんでシャンドがその塔を知ってるんだ?」


「クオン様の命令で大陸中を回っている時にたまたま・・・少し怪しい気配を感じたので見てみましたが、気配が消えたので放っておきました」


「怪しい気配・・・ねえ」


基本的に相手が強者でないと興味を示さないシャンドが興味を持った時点で少し嫌な予感がする。なるべく関わりにならないようにするよう心掛けようと思っていると苛立った様子のゼンが吠えた


「そんな事よりさっさと向かえ!ったく・・・問題ばかり起こしやがって。笑顔絶やさず飯だけ食ってろって言ったのに・・・」


「それは相手が泣いている場合でもか?」


「・・・泣いてたのか?」


「例えば・・・だ」


「・・・チッ・・・そんな状況で笑っていられるのはクズだけだ」


「そうか・・・良かったよ」


「何がだ!」


「お前がまともでな」


「チッ!・・・帰るぞ!オッツ!」


ゼンは踵を返しズンズンと歩いて行くとオッツはクオン達に頭を下げた後早足で追いかける


その後ろ姿を見送っている途中で川に行っていたマルネスが帰って来た


「ん?なんだ・・・もう帰ったのか?で、結局なんだったのだ?せっかく作ったものを投げられ忘れてしもうたわい」


「サドニア帝国からのお迎えが来てるからさっさと行けだと」


「ふむ・・・忙しないのう・・・で、行くのは明日か?明後日か?」


「今から」


「そうか・・・今からか・・・なぬっ!?聞いておらぬぞ!!」


急に豹変しクオンに詰め寄る。マルネスの計画では快気祝いで精力の増したクオンに夜・・・と邪な事を考えていたのだが、移動するとなると計画が台無しになる。必死に明日に変更しようと提案するが、クオンは首を横に振る


「シント国国王のゼンからのお達しだ。準備が整い次第出るぞ」


「こんな時だけ・・・普段はゼンの言う事など聞かぬであろう!」


「それはアイツが間違ってるから・・・今回はアイツが正しい・・・ほれ、準備しろ。置いてくぞ?」


「なんでだ・・・何故なんだ!!」


自らの不遇を呪うマルネスの叫びが森中に響き渡る


クオン達は次の目的地、サドニア帝国へ行く為の準備を始めるのであった──────

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