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最強の番犬と黒き魔女  作者: しう
『嗤うもの』
148/160

5章 22 後始末

鬱蒼とした森の中、小屋の前を爪を噛みながら行ったり来たりしているローブ姿の男が居た


ブツブツと何か呟きながら時折森の方へと視線を向けてはまた行ったり来たりを繰り返す


「さっさと始末して・・・早く・・・早く戻って・・・っ!?」


ガサッと音がして男が音がした方向に視線を向けた。緊張した面持ちで目を見開いてじっと観察するが、何も無い事から動物か何かが通り過ぎたのだろうと安堵すると一旦小屋の中に戻ろうと振り返る


「なっ!?」


入口の前に人が立っていた。その人物を男は知っている・・・ギリギリと歯噛みしながら絞り出すようにその名を口にした


「ケルベロス・・・クオン!どうして貴様がここに!」


「どうしてって言われても、こっちもゲームの途中なんでね」


「ゲーム?・・・なんの事だ!」


「あれ?聞いてないのか?俺がバースヘイム相手に仕掛けたゲーム・・・今日の日没までにヴォーダを俺から守り通せるかどうか・・・ああ、そう言えば昨日の事のように覚えているから挨拶が遅れた・・・久しぶりだな・・・フェイスン・グレイス先生」


フェイスン・グレイス・・・10年ほど前にシントで武技専門コースの講師をしていた男。そして、ケルベロス家排斥派でもあった


クオンの担任であったレイナの死もフェイスンがクオンを煽ったりしなければ起きなかった。グレイス家を追われ、シントから姿を消していたのだが・・・


「まさかバースヘイム王国でコツコツ普及活動してるとはね・・・」


「な、何の話だ!」


「ケルベロス排斥派・・・子供の頃はただのやっかみのようなもんだと思っていたが、色々と知ってくるとどうも違う・・・なぜケルベロス家を毛嫌いしていたのか・・・それも派閥まで作って。それはケルベロス家が憎いとかじゃなくて、ケルベロス家が邪魔だったから・・・魔の世に行くのを邪魔するケルベロス家がね」


「ば、馬鹿な事を・・・何を根拠に・・・」


「根拠?なら聞かせて欲しいもんだ・・・お前がここで何をしていたのかをな」


「!・・・貴様には関係ないだろう・・・」


「それが大ありなんだ・・・小屋に入らせてもらうぞ」


「おい!待て!」


フェイスンの制止を無視してクオンは振り返り小屋の中へ


灯りもない薄暗い小屋の中をクオンが見ているとフェイスンは回り込み小屋の奥に立てかけてあった剣を手にする


「クハハハッ、何も無い小屋に何の用事だと言うのだ。どれ久しぶりに稽古でもつけてやろうか?」


「お前に稽古つけてもらった覚えはないが・・・ところでそこから顔を出しているのは誰なんだ?」


クオンが首を傾げて言うとフェイスンは足元を見る。しかし誰も居ないのを確認するとようやく嵌められた事に気付いた


小屋の中が暗く、クオンがどこを見て言っているのか分からずに誰かが顔を出す可能性がある場所に目をやる・・・簡単な誘導に引っかかった事に怒り剣を向ける


クオンは距離を詰め、フェイスンの手首を捻り上げ背中に回るとフェイスンの見ていた床を観察する


すると少し隙間が開いている場所があり、そこを一気に蹴り上げた


「地下か」


床の一面が剥がれると地下に降りる階段があり、奥からは微かに声が聞こえてくる。クオンは掴んでいた手首を離すと背中を蹴り吹き飛ばす


「貴様っ!・・・うっ!?」


蹴り飛ばされたフェイスンが振り返り、クオンに斬り掛かろうとした時、鼻先の刃に気付き立ち止まる。いつの間に・・・そう思い目の前の刃先からクオンに視線を移すと身体が震え始めた


「今・・・少し気が立ってるんだ・・・大人しくしてろ」


凍てつくような視線に震えるフェイスンを横目に、クオンはゆっくりと地下への階段を降りて行く


むせ返るような臭い、すすり泣く声、ムチで何かを打つ音・・・降りる度にクオンの表情は険しくなる。下まで降りると扉があり、その扉を押すと中には想像を絶する光景が広がっていた


数名の全裸の女性・・・部屋の隅ですすり泣く者、生気を失い横たわる者、膝を抱えて震える者、そして、今まさにムチで打たれ泣き叫ぶ者・・・そのムチを持つ醜い男、ヴォーダはムチを打たれる者の視線に気付き、振り返る


「ばっ!・・・バカな!?な、何故・・・」


クオンは刀を肩に乗せ、苛立つようにトントンと刀で肩を叩きながら睨みつける。振り返り醜悪な姿を晒すヴォーダに苛立ちながら口を開いた


「虫の居所が悪い時にこれか・・・勘弁してくれ・・・ゲームオーバーだ、ヴォーダ・フレバイン」


「くっ・・・何がゲームオーバーだ・・・グレイス様!グレイス様!!」


「騒ぐな・・・ここで殺してやる・・・ケルベロス!!」


いつの間にか降りて来ていたフェイスンが剣を手に突っ込んで来る。クオンは振り向き、肩に乗せた刀を跳ね上げるとそのまま振り下ろした


キーンと高い音が鳴る。クオンは刀を腰に差し、動かなくなったフェイスンを無視して振り返る


「次はお前だな」


「・・・つ・・・ぎ?」


ヴォーダにはクオンで隠れてフェイスンの状況が見えず聞き返す。するとクオンの背後で掠れる声が聞こえてきた


「お・・・の・・・」


「ゲームに関係してない奴はなるべく殺さないつもりだったが・・・あの世でレイナ先生に謝れ・・・フェイスン」


振り向かずクオンが言うと周囲にいた女性達が悲鳴を上げる。直後ドシャッと音がし、床には左右に分かれたフェイスンの死体が転がった


「は?・・・はひぃ?」


「さて、じゃあ本題に戻ろうか・・・ムチを持ってるって事は抵抗する気があると思って良いんだな?」


「あっ!・・・いや・・・こ、これは・・・お、お願いします!どうか命だけは!!」


急ぎ持っていたムチを捨て、全裸で土下座し懇願するヴォーダ。周りの女性達はフェイスンの死体に恐怖していたが、ヴォーダを侮蔑の目で見つめていた


クオンは汚物を見るような目で暫くヴォーダを見下ろすと、女性達に服を着るように言った。ヴォーダは何故か自分も許されたと勘違いして頭を上げるが、クオンのひと睨みで再び頭を床に擦り付ける


女性達が服を着終え、一息つくとクオンが尋ねた・・・ヴォーダをどうするか、と


初めは何を言われたのか分からなかった女性達だったが、意味が分かると全員口を揃えてこう言った


『八つ裂きに』と


「当然だわな・・・さて、それだったら・・・」


クオンは頭を掻きながら突然歩き始めるとフェイスンの右半身が握っている剣を強引に剥ぎ取った。手入れは行き届いていないがそこそこ切れそうな剣・・・それを女性達の前にポンと投げ入れる


「・・・え?」


「八つ裂きにしたいんだろ?ゲームクリアの条件だったが、あんたらに譲るよ・・・まっ、手に入れようと思えばいつでも手に入る」


「え・・・でも・・・」


先程まで一様にヴォーダを睨みつけていた女性達は戸惑い、後退る。てっきりクオンがヴォーダを・・・そう全員が言いたげにクオンを見つめているとヴォーダが突然立ち上がり置いてある剣目掛けて走り出した


「動く事を『拒む』」


「んぎっ!」


クオンの能力で走り出した格好のまま止まるヴォーダ。これがスマートな男だったのなら絵になるような格好も醜く腹の出たヴォーダがやると滑稽を通り越して憐れにすら感じる


「獲物も起き上がった事だし・・・誰から刺す?」


「さ・・・そ、そんな事出来ません!」


「じゃあどうやって八つ裂きにするんだ?」


服を着て分かったが、5人居て2人がメイドで3人は街にいる普通の娘だった。恐らくヴォーダが立場を利用してこの場に連れて来たのだろう。剣すら握った事の無い者達に無抵抗の者を切り刻めと言っても無理な話・・・クオンが諦めて剣を拾おうとするとそれよりも先に剣を拾う者がいた


「わ・・・私がやります!」


メイド服を来た一人の女性が震えながら両手で剣を手に取り、何とか剣を構えるとヴォーダを睨みつける


「旦那様の借金を逆手に取り・・・私を差し出すように仕向けた貴方を・・・私は許さない!」


大方その借金も難癖つけて作らせたのだろうとクオンは思いながらことの成り行きを見つめる。女性は自分を鼓舞するように叫ぶとヴォーダに一歩ずつ進んだ


「ま、待て!私が悪かった!サラニア卿の借金の件なら私が責任を持って・・・おい!止めろ!おい!・・・ギャッ!」


ズブリと剣先が肉に沈み込む。ほんの数mm入っただけで血が流れヴォーダは泣き叫ぶ


「んぎゃあ!!止めろ!!止めてくれ!!」


「ヒィ!」


女性はヴォーダの叫びに驚き剣を落とし後退る。刺した脇腹からは血が伝い、他の女性達は恐怖したのか口に手を当てへたりこんだ


「ぐぅ・・・許さぬ・・・許さぬぞ!!貴様ら全員・・・」


「全員・・・どうするつもりだ?」


「・・・と、取引せぬか?クオン・ケルベロス・・・私もそこの使者殿に唆されて仕方なく・・・このまま私を帰してくれれば全てなかった事に・・・イミナ・・・陛下を攫った事も全て!」


「使者・・・ね。それはそうと俺はここにいる者達にお前の処遇を譲った立場だからな・・・決めるのは俺じゃないし、手は貸さない」


クオンは言い終えるとヴォーダにかけた能力を解いた。するとヴォーダは崩れるように床に座り込み、女性達をじろりと睨みつける


ヴォーダ・フレバインは侯爵であり、女性達にとって普段であれば口もきけない程高い身分にある存在・・・非道を行われたとは言え睨まれると自然と萎縮してしまう


「フフ・・・フハハハ!そうか!この侯爵たるヴォーダ・フレバインの命を下賎の者達が握ると?私が吹けば飛ぶような者達が?・・・くくく・・・これはいい・・・」


クオンが手を出さない事を知るとヴォーダは形勢逆転と言わんばかりの高笑い。ゆっくりと立ち上がると身体に付いたホコリを払い奥に向かって歩き出す


奥に脱ぎ捨ててあった服を拾い上げると鼻歌交じりに着始める。女性達はその様子を何も出来ずにただ汚物を見るような目で見つめるだけだった


「いやー、お待たせ・・・刺された脇腹が痛くてね・・・着るのに時間が掛かってしまったよ・・・しかもシャツに血が・・・このシャツは高かったのだけどね・・・借金まみれのサラニア卿に払えるのかどうか・・・」


「それは貴方が!」


「貴方?・・・誰にものを言っている」


「!・・・それはフレバイン様が・・・」


「私が?なんだ・・・続きを言ってみたまえ・・・私が・・・なんだ?」


「いえっ・・・その・・・」


言い淀むメイドを見てヴォーダは醜く嗤う。フェイスンが殺された時は終わったと思ったが、まさかの手を出さない発言・・・形勢は逆転し力関係は完全に元に戻る


女性達が助けを求めてクオンに振り返るが、クオンは視線を合わせようとせずただひたすらことの成り行きを見つめていた


「おいおい、そこの男は自ら『手を貸さない』と言ったんだ。頼っても無駄・・・そうでしょう?クオン・ケルベロス」


「ん?ああ、そうだな。俺は手を貸さない」


「くくく・・・聞いたか?・・・そう言えばさっき私をどうすると言ったか・・・『八つ裂き』・・・だったか?貴様ら平民風情が侯爵たる私を『八つ裂き』と・・・これは死罪は免れぬなぁ」


ヴォーダは嬉しそうに言うと先程捨てたムチを拾い上げ先端に何かを付けた。先の尖った分銅のようなもので、付け終えた後にムチを振り回し壁を狙って振ると石で出来た壁に大きな穴を開ける


「ひっ!」


女性達が悲鳴を上げてこの場で唯一頼れるクオンの後ろに避難した。会話の流れからヴォーダはクオンに逆らえない・・・そう判断しての行動だったが、ヴォーダは特に焦った様子もなくニヤリと笑う


「私のギフトを知らないようだな・・・ギフト『ムチ自在』・・・あらゆるムチを自在に操るこの私に死角は無い」


「えらい限定的な能力だな・・・」


「・・・まずは1人目だ!死ね!!」


クオンに当てる気はないと示すように遠回りでクオンの背後に隠れた女性達を狙う。ムチは長さも自由に変えれるようで弧を描きながら女性の頭部目掛けて伸びていく


女性は避ける間もなく、死を覚悟して目を閉じるがムチは届かず・・・ゴトッと音がしたので目を開けるとムチを斬り落とすクオンの姿が目に飛び込んでくる


「なっ・・・なんで・・・」


1番驚いたのは女性達よりもヴォーダだった。手を貸さないと言ったにも関わらず舌の根が乾かぬうちに手を貸すクオンに視線を向けるとクオンは飽きれながら刀を腰に差す


「バカか?お前は。俺が言ったのは()()()()()()、だ。彼女達がお前にどんな屈辱を受けたか俺は知らない・・・お前をどんだけ憎んでるかも俺は知らない。だから、俺は彼女達にお前を殺す権利を譲った・・・お前を()()()()()()()()()()


「そ、そんなの・・・き、詭弁だ!」


「詭弁?どこが?勝手に手を出さないと勘違いしたのはお前だろ?」


「ぐっ・・・」


ぐうの音も出ないヴォーダを放っておき、クオンは女性達に振り向いた。凶悪なムチから逃れ安堵はしているものの、ヴォーダをどうする事も出来ずに不安な表情・・・クオンは顎に手を当てて考え、思い付いた事を口にする


「そうだな・・・直接的に殺せないなら間接的に殺すのはどうだ?」


「か、間接的・・・ですか?」


「あいつの全財産・・・それに屋敷を売っぱらって5人で分ける・・・侯爵の地位も奪ってやりたいが、そうなると色々と面倒だから金だけ奪ってやるのがいいかな」


「お、おい・・・何を勝手に・・・」


クオンの提案に少し心揺らいだ女性達だったが、すぐに表情が曇る


「で、でも・・・」


チラリとクオンの後ろにいるヴォーダを見た。クオンはそれに気付き女性に微笑む


「大丈夫・・・君達の事は忘れさせる。約束とかそんなんじゃなくて、強制的にね」


「ど、どうやって・・・」


「簡単だ・・・君の名は?」


「え?・・・ローナです・・・」


クオンはメイドの女性、ローナの名前を聞くと振り返りヴォーダを見る。ヴォーダはこれから何をされるのかビクつきながらクオンを見た


「お前は知ってたか?」


「・・・名前をか?・・・当然だ・・・ローナ・エナス・・・サラニア卿の所のメイドだ・・・」


「ふむ・・・この子の名を思い出す事を『禁』ずる」


「へ?」「は?」


ヴォーダとローナが同時に声を出す。何を言ってんだコイツは・・・そんな目でクオンを見つめているとクオンはヴォーダに近付いた


「さて、あの子の名前を言ってみな」


「何を言っておる・・・そんなの・・・・・・???」


さっきまでハッキリと覚えていた名前が思い出せない。混乱するヴォーダに更にクオンは追い打ちをかける


「立つ事を『禁』ずる」


「うがっ!」


言われた瞬間にヴォーダは床に手をつき四つん這いに。見ていた女性達は何が起こっているのか分からずにポカーンと口を開けているとクオンが能力について説明した


クオンの能力『禁』はその名の通り相手に禁じる事が出来る。それは行動だったり記憶だったりあらゆるものを


「つまりここで行われた事や君らの事を忘れさせる事が可能・・・更に言うなら・・・」


クオンは四つん這いになっているヴォーダに近付き頭を踏み付ける


「ぶっ!」


「コイツは今からされる事を思い出せない・・・何をしてもね」


「・・・」


「ふざけるな!忘れないぞ!私にこんな・・・」


「何をされたか思い出すのを『禁』ずる」


クオンが足をどけ、屈んで耳元で囁くとヴォーダは目をギョロギョロとさせ周囲を見渡す


「・・・??私はなぜ・・・四つん這いに・・・」


「さあ?」


クオンは立ち上がり振り返ると女性達に微笑みかける。それがきっかけとなり女性達はヴォーダの元へとにじり寄る


「な、なんだ貴様ら・・・あれ・・・貴様は・・・誰だ?」


ローナの顔を見て名前を思い出せずに思わず尋ねるヴォーダ。その瞬間にローナの顔は険しくなる


「思い出さなくて結構です!」


ローナの顔面への足蹴りに始まり、女性達は次々に立ち上がれないヴォーダを蹴り始める。ヴォーダは必死に止めろと叫ぶが女性達の怒りは暫く収まらず、ヴォーダが気絶するまでそれは続いた


ヴォーダが気絶した事に気付いたのか1人が蹴るのを止めると全員が蹴るのを止めた


「まだ息があるけどいいのか?」


「ハア・・・ハア・・・死なせてしまっては・・・お金が・・・貰えないので・・・」


息を切らせながらクオンに返答するローナ。その表情はスッキリとしており、笑顔すら垣間見せた


「確かに・・・さて、と」


クオンは納得し苦笑すると気絶したヴォーダに近付くと3日間の記憶と女性達の記憶を思い出す事を禁じた


「これでここで行われた事は思い出さないから報復はない。金は後で届けさせる・・・コイツにじゃなくて国からな」


「・・・そう・・・ですか・・・」


「・・・君らの記憶も消そうか?」


「私は・・・」


ローナが他の女性達の方に振り返る。全員ローナと同じ思いなのか振り返ったローナに首を振った


「残します・・・辛いですが、何をされたか忘れて生きるより・・・」


「そうか・・・まあ、知ってるのは君らだけだ。他の誰かに言う必要はないし、国も配慮してくれるだろう」


ローナ達としては辛い記憶・・・しかし、それを忘れたとしてもされた事は変わらない。忘れてのうのうと生きるよりも覚えておいて乗り越える事を選んだ


「でも・・・もう1人知っている人がいますよね?」


ローナが上目遣いでクオンをじっと見ると、クオンは苦笑し頬を掻く


「言ったろ?俺はここで何が行われたのか知らない」


「・・・どれだけこの豚野郎を憎んでいるかも知らない・・・でしたっけ?」


ローナはクオンの言葉を思い出し、続けて言うと微笑んだ


全員に笑顔が戻り、クオン達が地下から出るとそこには執事服の男が立っていた。驚いた女性達がクオンの背中に隠れるが、クオンは構わず前に進み出る。すると執事服の男は恭しく片膝をついた


「お待ちしておりました、我が主」


「ああ・・・首尾は?」


「恙無く・・・ご指定の場所にお連れ致しました」


万能執事、シャンド・ラフポースはクオンの問いかけに返事をすると立ち上がり後ろの女性達を見た


「そちらの方達が?」


「ああ、全員街に送って欲しい。俺は仕上げが残ってる」


「かしこまりました」


「えっ?あの・・・その方は・・・」


ローナがクオンの背後からひょこっと顔を出し、シャンドが何者かを尋ねる。クオンはシャンドを紹介し、シャンドの能力である『瞬間移動』で街に送って行く事を告げた


「すまんな・・・巻き込んだ形になって・・・」


「いえ!・・・その・・・ここに連れて来られた時・・・アイツは私達に言ったんです・・・『いずれはと思っていたが、こんなに早く実現するとは』と・・・つまり今回の件がなくてもアイツは・・・」


「・・・」


思い出して悔しさを滲ませるローナにクオンは優しく肩に手を乗せる。するとローナは突然顔を上げ、クオンの頬にキスをした


「だから・・・これはその・・・助けて下さったお礼です!」


「おい・・・ん?待て・・・お前らまで・・・」


ローナに続けと言わんばかりに女性達がクオンに殺到する。必死に宥めようとしたが、結局全員から頬にキスを頂いてしまったクオン・・・シャンドは何故か目を逸らしており、全てが終わるとボソッと呟いた


「私は何も見ておりません」


「・・・お前、最近誰かに似てきたな・・・」


「従者は主に似ると言いますが・・・」


「にゃろ」


クオンが軽く睨みつけるが、シャンドは何処吹く風とそれを無視して女性達を連れて街へと戻って行った


クオンは見送った後、ため息をついて地下に降りる。手前には真っ二つになったフェイスンの死体・・・そして、奥には土下座のような格好で気絶しているヴォーダがいた


「・・・おい、起きろ」


立つ事を禁じていた能力を解きながら頭を蹴ると、ヴォーダはひっくり返り目を覚ます


「な・・・痛っ!!痛たた!なんだっ!?ど、どこだ!ここは!?・・・ぐぅっ!」


3日間の記憶を失い、突然知らない所で身体全身が痛む為に混乱するヴォーダがようやくクオンの存在に気付き後退る


「お、お前は・・・なぜ貴様が・・・!!まさか・・・あれは使者殿?・・・」


混乱する中、ヴォーダはクオン、そして、クオンの背後で無惨な姿で転がるフェイスンを目にする。訳の分からない身体の痛み、見知らぬ場所、そして、頼れる同志の死にヴォーダは頭が真っ白になる


「やれやれ、ようやく起きたかと思えば煩い奴だ」


「くっ・・・クオン・ケルベロス!私を・・・私をどうするつもりだ!」


「はあ?もうとっくに話はついただろ?今更とぼけるつもりか?」


「な、何を言って・・・」


クオンは記憶を失っているヴォーダにあることない事吹き込む


今日は約束の日で、いざ戦闘が始まるとヴォーダが替え玉を使っている事に気付く。そして、戦闘を切り上げたクオンは隠れているヴォーダを見つけ出し、殺そうとするがフェイスンが邪魔をしてきた。それを一刀両断するとヴォーダは涙ながらに殺さないでくれと懇願し、クオンはそれを受け入れた


「ば、バカな・・・約束の日は3日後のはず・・・デタラメな事を言うな!」


「なんだ?記憶が飛んだのか?・・・じゃあ、その傷はなんだ?」


クオンの言う通り全く知らない場所に知らない傷・・・記憶がないのは明白だったが、それでも信じる事は出来なかった。するとクオンはため息をつくと腰に差した刀を鞘ごと抜くとヴォーダに向けた


「忘れたって言うなら仕方ない・・・もう一度やるしかないか・・・」


「ま、待て!もう一度やるって何を・・・」


「決まってるだろ?お前が泣き叫んで土下座してまで止めてくれって言った事をもう一度やる・・・また記憶をなくされたら困るから頭は勘弁してやるよ」


クオンは向けていた刀を肩に乗せ、トントンと肩を叩きながら説明する。その仕草に忘れていた痛みが全身を駆け巡り、屈むと脇腹に血が滲んでいる事に気が付いた


「ヒィ!・・・血・・・血が・・・」


「ああ、それね・・・叩いてたら鞘が抜けちゃって・・・取りに行くの面倒だったからそのまま刺した傷だな・・・いやー、叩くよりよっぽど効いたのか、その後コロリだったな・・・そう考えるとやっぱり叩くより切り刻んだ方が手っ取り早いか・・・」


鞘から刀を途中まで抜くとヴォーダは一気に顔を青ざめさせた。何が本当か分からないが、このままではクオンの後ろで転がっているフェイスンと同じ目に・・・ヴォーダは観念したように両膝を床に落とす


「分かった・・・貴様の・・・言う通りにしよう・・・」


クオンはその言葉を聞いて微笑むと途中まで抜いていた刀を鞘に戻す


「そうか・・・もう一度言うのは手間だが忘れているようなので一から説明してやるよ・・・お前が命と引き換えにやるべき事を──────」



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