5章 16 会戦~炎帝王~
クオンが宣戦布告した期日・・・その朝がやって来た
三日間で何か劇的な変化を起こす事は出来ず、結局今ある戦力で迎え撃つと作戦らしい作戦もなく期日を迎えていた
ムサシは腰に二振りの刀『龍ノ顎』を差し、いつ来るか分からないクオン達の出現を欠伸をしながら待っていた
「ムサシ隊長!分かってます?この戦いがバースヘイム王国の未来を左右する・・・」
「わーってるって!一昨日はコジローと喧嘩して、昨日は作戦会議だなんだで・・・ふああぁ」
「欠伸!ハア・・・コジロー隊長が何故私をムサシ隊長に押し付けたか分かる気がします」
ムサシとコジローの共通副官であるタブラが緊張感の足りないムサシを見てため息をつく
前日に行われた作戦会議・・・布陣をどう敷くかに終始した。密集しヴォーダを守るのか、バラけてクオン達を迎え撃つか・・・密集すれば守りは固くなるが、遠方からの魔法で狙われやすく、かと言ってバラけてしまうとヴォーダを守るのは困難になる。ほとんどの者が密集して今回の標的にされているヴォーダを守る方を選択するも、その標的のヴォーダ自身がバラけて迎え撃つ事を選択した
当然反発の声が上がるも、ヴォーダの『ならばシントの者に救援するのはやめろ。信用し後ろから刺されるのは敵わん』という一言に反発の声を上げていた者・・・主にレーズンはぐうの音も出ずバラけて迎え撃つ事に決まった
しかもヴォーダ自身もクオンを迎え撃つと言い出し、クオンが言っていた『5人』に対抗すべく5部隊に分かれる事となった
ムサシ率いる第1部隊、コジロー率いる第2部隊、レーズン率いる魔法部隊、フウカ率いる傭兵部隊、ヴォーダ率いる本隊の5部隊
ムサシ、コジロー、レーズンは元々自分が率いている部隊であり、フウカはギルドからの冒険者の寄せ集め、ヴォーダは第3から第5までの部隊全ての人員を率いている
場所の指定などなかった為に、訓練と称して部隊をリメガンタルの外に配置。これで戦闘になっても国民を不安にさせる事はない
場所は部隊の訓練で使っている場所でもあり、年に数度ではあるが大規模な訓練も実施している為に不思議に思う住民も少ないだろう
舞台は整った
ヴォーダの部隊を中心に左翼端にムサシ、左翼中心側にコジロー。右翼端にフウカ、右翼中心側にレーズンが並んでいる
日が暮れるまで・・・曖昧な勝利条件を目指すのではなく、元凶を断つ為に組まれた陣形であった
「・・・これ昼飯はどうすんだ?」
「まさか悠長に食べる訳にもいきますまい・・・昼抜きです」
「お前なあ・・・腹が減っては戦ができぬって有名な言葉知って・・・」
タブラが当然のように言うので、ムサシが反論していると何処からともなく報告が上がる
──────前方に不可思議な現象発見──────
それと同時に右翼端より上空に向けて風魔法が放たれる。それは事前に話していたフウカからの合図・・・魔力の澱みを感知したフウカが報せる為に魔法を放ったのだ
「・・・昼飯までに決着しそうだな」
「だと良いのですがね・・・」
場が兵士達の緊張でヒリつくのを肌に感じ、ムサシは報告にあった前方付近に視線を向ける。すると不可思議な現象・・・空間の歪みからクオン達がその姿を現した
「ムサシ隊長!」
「騒ぐな・・・陣形をそのままに・・・少数に部隊で突っ込めば相手の思うつぼだ・・・俺1人で行く」
「えっ!?相手の思うつぼって?」
「お前らは奴が魔物を使って来た時の為に配置されてる。いざとなったらヴォーダ・・・元軍総司令官殿を守る為に動け」
「隊長・・・ですから奴らの思うつぼって?」
「・・・頼んだぞ!タブラ!」
「あっ!コラ!ムサシ隊長!思うつぼって!!」
格好つけて何となく言ってしまった言葉を執拗に聞いてくるタブラを振り切り、ムサシは現れたクオンの元へ走り出す。見るとコジローとフウカも同様に向かっており、振り返るとレーズンもゆっくりだが1人歩き出していた。動きのないのはヴォーダだけ・・・全身に鎧を着込み、身動きせずに馬に跨っていた
「わざわざ目立ちやがって・・・」
ヴォーダ以外は馬を使用せず、1人だけ馬に跨るヴォーダは格好の的である。誰も忠告しないのをいい事にやりたい放題のヴォーダに腹を立てるが、無駄な時間を費やすよりも今は目の前に現れた敵に集中する事にした
駆け寄る3人にクオン達が動きを見せた
現れたのは宣言通り5人・・・その内の3人が駆け寄る3人に相対す
コジローにはクオンの従者、カーラ
フウカには原初の八魔『嵐』のシーフ
そして、ムサシには・・・
「なんだ用意した兵士は使わないのか?ムサシ」
「てめえが姑息な手を使わないように見張ってるだけだ・・・クオン」
置いてけぼりにされている兵士達を見てクオンが尋ねると、ムサシは腰に差した二振りの刀を抜きながらそれに答える
「・・・刀・・・苦手じゃなかったか?」
「情報通のてめえにしては遅れてるな・・・とっくに克服した」
「へえ・・・しかもその刀・・・ムタさんはとうとう引退したか?」
「父上が引退?冗談言うな・・・父上は俺にこれを渡して言ったよ・・・『私は次の境地に進んでいる・・・故にこれは不要』ってな・・・ったくどこまで貪欲なんだか・・・」
「なら『剣豪』はまだまだ遠いな」
「いや・・・てめえを斬って・・・堂々と名乗ってやるよ・・・『剣豪』ムサシがクオン・ケルベロスを斬り伏せた・・・とな」
ムサシの刀『龍ノ顎』が紅く燃え上がる
五輪一之型『火刀』
両手に持つ刀が炎を纏うと、ムサシは刀を下に向け交差させる。顔は炎に照らされ剥き出しの敵意が瞳に宿る
「クオン・・・ここまで事が大きくなっちまったら引っ込みはつかねえ・・・今すぐイミナ様を解放しろ・・・そしたらてめえの命だけで勘弁してやる」
ムサシは未だにコジローの言った言葉が整理出来ていなかった
『それが知りたければクオンを殺さぬ事だな』
クオンが何故イミナを攫い、バースヘイム王国を乗っ取ろうとしているのか・・・知るにはクオンを生かせとコジローは言う。しかし、ムサシの中で最大のタブーを冒したクオンをどうしてもムサシは許せない。どうするべきか・・・悩んだ挙句、ムサシは考えるのをやめて戦いの中で見出すことにした・・・イミナが無事ならば
言葉と瞳に宿った敵意とは裏腹に迷っている様子を見せるムサシにクオンは苛立ちを覚える。神討『絶刀』を引き抜き肩に乗せると開けている左目でムサシを射すくめる
「・・・良い提案だ。だが問題があってな・・・参加賞だからイミナを解放してもいいが、返品しても文句を言うよ?」
「?・・・どういう意味だよ・・・」
「いやほら・・・攫った日から言うと4日も経過してるだろ?それだけ経てば新鮮なものも熟すというかなんと言うか・・・」
「おい・・・待て・・・何を言ってんだ?・・・」
「まあ、見た目は変わっちゃいないから気にすんな・・・女王様も経験出来て喜んで・・・」
「待てコラ・・・てめえ・・・イミナ様には手を出さねえって・・・」
「俺は、な。いやー、監禁する場所を間違えたかも・・・な!」
ムサシの殺意を込めた一撃がクオンを襲う。躱すクオンに更に左右から繰り出し続ける炎を纏った刀に堪らずクオンは飛び退いた
「・・・おい、解放したらとか何とか言ってなかったか?」
「黙れ・・・てめえとはもう話す気はねえ・・・」
一振の刀の炎が消えたかと思うと、荒ぶる風が刀に纏う
五輪三之型『風刀』
触れさえすればたちまち炎が対象を焼き尽くす『火刀』
そして、全てを切り裂く風の刃『風刀』
2つの異なる魔法を纏い、ムサシは飛び退いて距離をとったクオンに対して刀を振るう
五輪合技『火鳥風月』
『火刀』で鳥を型取り、『風刀』で飛ばして加速させる。刀を2本扱え、更に異なる魔法を纏わせる事で可能になる合技がクオンを獲物と認識し襲いかかる
「チッ・・・」
巨大な火の鳥は加速しクオンに迫る。クオンは刀に魔力を流すと火の鳥目掛けて刀を振り下ろした
「火鳥風月を・・・斬りやがった・・・」
真っ二つになった火の鳥は消え去り、煙の先に黒いモヤが立ち上る刀を持ったクオンが現れる
「殺す気か?」
「今更・・・もう遅せぇよ・・・」
再び構える両者に先程までなかった殺意がぶつかり合っていた──────
「やるな・・・まさか俺に美女を当ててくるとは・・・」
カーラを前にしてコジローが顔を歪める。フェミニストのコジローにとっては最大最悪の敵、美女。妖艶な佇まいのカーラを前にコジローは動きを止めた
「?・・・美女とは私の事で?坊やには全く興味がないのですが・・・」
「つれないなあ・・・出会いが違っていれば恋仲になってたかもしれないよ?それを考えると悔しくて・・・」
「有り得ません」
「いや、ほら・・・クオンより先に出会い・・・」
「有り得ません」
「・・・前世」
「有り得ません」
「クオン最高」
「賛同します」
「・・・」
あまりの即答に聞かずに答えているかと思いきやしっかり聞いて答えていたカーラ。それが分かるとコジローはショックで顔を覆う
「もう宜しいですか?さっさと終わらせて次の段階に進みたいのですが」
「もう少し優しい言葉はないのかな?アンズちゃんに股間を蹴り上げられた時くらいのショックを受けているんだけど・・・」
「その武器を抜く気があるのなら早目にお願いします。後で言い訳されても面倒なので」
「会話って大事だと思うよ?」
「では、始めさせてもらいます」
「そのマイペースな所も可愛いね。なんか秘書って感じで・・・っと」
コジローが動こうとした瞬間、前後左右、そして、上の空間に歪みが出来る。何度か見た能力『扉』。ここを通ればどこかに繋がる・・・遥か彼方・・・例えば海の底かも知れないし、遥か上空かも知れない。どこにも繋がっているか分からず迂闊に動けなくなった
「ここを通れば君に近付けるなら喜んで飛び込むんだけどね」
《一つだけ私の傍に・・・目的は坊やが飛び込む為ではなく、こうする事ですが》
カーラが一つだけ傍にある扉に手を突っ込むとコジローの上にある扉から手が出てくる。気付き顔を上げたコジローはカーラが何をしようとしているのか一瞬で気付き顔を青ざめさせた
「嘘・・・でしょ?」
《武器を抜いても無駄だった・・・そう思って頂ければ幸いです》
未だに刀の柄にすら手をかけていないコジローにカーラは容赦なく魔法を放つ。前後左右は対面に繋がっており逃げ場はなく、次々に放たれる火魔法に為す術なく焼かれていく
コジローを囲った扉の中は煙で充満し、決着がついたとカーラが解くと煙は周囲に広がり無惨に転がるコジローを晒す
《さて・・・手加減はしたつもりですが・・・死んでいたらクオン様に怒られてしまうので生きてくれますか?》
「・・・無茶を言う子も・・・嫌いじゃ・・・ない!」
ボロボロになりながら立ち上がるコジロー・・・この場面を誰かに見てもらいたいがさすがに見ているのは後ろの野郎共とカーラのみ・・・もう少し弱った感じで立ち上がる予定だったが、その事を思い出すとスンナリと立ち上がった
「・・・少し濡れたかな?」
《火魔法を放ったつもりでしたが?》
「いや、君の・・・ちょ、ちょっと休憩!待って!マジで!」
カーラはご希望通りにいくつもの水の塊を創り、そこから水の槍を放つ
コジローは必死に躱しながらどう反撃するか考えるのであった──────
当然のように対峙する2人
フウカは迷わずシーフの前に躍り出た
数手拳を交え離れるとシーフはニヤリと笑う
「いつものように風を纏わないのかい?」
「纏うのわぁ当たる瞬間のみぃ・・・効率よくぅ叩き込むぅ」
「ハッ、学んでるじゃないか。師としては嬉しい限りだが・・・そんなに簡単に出来るほど甘くない」
シーフは立った状態で自らの背後から風を当てる。すると少し地面を蹴るだけで間合いは詰められ、フウカから見たら立ったままスライド来てきたように感じた
構えもなく間合いを詰められ、慌てて対応しようとするがその前にシーフの掌底がフウカの腹部に突き刺さる。フウカは身体をくの字に曲げて吹き飛ばされると地面に足を打ち付け何とか止まった
意識が刈り取られそうな一撃・・・師事を仰いで数日で敵う相手ではなかった
「さて・・・一つ目の教えは今実演した通り、風を利用して能力を上げる事だ。風は補助を得意とし、身体能力の向上や魔法の強化などを目的に使用するのが効率的だ。フウカの言った通りインパクトの瞬間に風を纏うのが1番効率がいいんだが・・・相手に当たる瞬間にそんな事が出来ると思うかい?」
「うぅ・・・無理ぃ・・・」
「ああ、無理だね。風を纏えば威力は上がるが、咄嗟に纏うにはかなり難易度が高い・・・ならどうするか・・・答えはさっきのあっしの攻撃にある」
言われてフウカは自分のお腹をさすった。確かに普通の掌底より威力が高いと感じた・・・それはシーフが強いからと漠然と思っていた
「風を・・・使ったぁ?」
「正解。誰かをぶん殴る時は魔力を込めるだろ?その魔力をほんの少し風に与えてやりゃあいい」
「???」
「かー、分からねえか?ほら、こうやって手で扇ぐと風が発生するだろ?その風に魔力を流しゃあいいのさ・・・こんな具合に」
シーフは言うと扇いで起こした風に魔力を流す。すると風は強風となりフウカの髪を靡かせた
手で扇いだ程度の風がほんの少しの魔力で強風となった事実に驚き、見様見真似で同じ事をしてみるが、上手くいかない。師事を仰ごうと顔を上げてシーフを見るといつの間にか目の前にシーフは立っていた
「あとは実践あるのみ・・・って事で厳しくいくよ」
「ちょ・・・」
まだ心の準備が・・・そう言おうとしたフウカに容赦なく攻撃を仕掛けるシーフ。手加減してくれているのかギリギリで捌く事は出来ているものの、とてもではないが実践出来るほどの余裕はないフウカであった──────
駆ける3人とは違ってゆっくりとクオン達の元へ歩くレーズン。その前に立ちはだかるは歳を感じさせない妖艶な笑みを浮かべる幼女、マルネス
「ふむ・・・会議室で見かけた時から気になっていたが・・・そなたは何者だ?」
戦場にそぐわない格好・・・会議室の時はメイド服で今回は黒いドレスを着こなす幼女。子供が葬式に向かっている最中に親とはぐれてしまったのではないかと尋ねたくなる
「何者と問われれば『クオンの妻』と答えれば良いかのう・・・それとも原初の八魔『黒』のマルネス・クロフィード・・・もといマルネス・ケルベロスと答えれば良いか?」
「!?・・・原初の八魔・・・なぜ貴女いえ・・・貴女様のような方が・・・」
「ほう・・・すんなり信じるか。この容姿を見てすぐに信じた者は初めてだな」
「原初の八魔を騙れる恐れ多き者などこの世はおろか魔の世にもおりますまい・・・それに漂う雰囲気は言われてさもあらん。お会い出来て光栄です」
「カッカッ・・・人にしては礼儀が出来ておるな。で、妾がなぜと言いかけておったが・・・」
レーズンが深々と頭を下げると気を良くしたマルネスはレーズンの質問に答える姿勢となる。レーズンは頭を上げると改めてマルネスを見つめ口を開いた
「なぜ原初の八魔と言われる魔族の頂点にいらっしゃる方が人の争いに加担を?」
「ふむ。答えは簡単・・・クオンの為だ」
「・・・クオン・ケルベロスが望むからと?」
「そうだ。それ以外のなにものでもない」
「・・・なるほど。魔族の頂点であり、魔の真髄を極めた高貴な方と思うてましたが、存外俗物的な考えを持っておられる・・・お会いしたことによる歓喜の震えは何処かへと吹き飛んでしまいました」
「勝手に妄想を膨らますのは構わぬが、俗物的な考えとはな・・・下賎の者には伝わらぬか・・・この甲斐甲斐しさが」
「・・・残念ながら。そもそも私は盲目的に従う者は愚者であり、無意味であると思ってます故考えが至りませんでした。まさか原初の八魔たるお方が愚者のはずもない・・・私のような者が推し量れる次元では到底ありますまい」
「カッ・・・妾を貶しておるようだが逆効果ぞ?お主はただ盲目的に信用出来る相手に出会っていないと自ら告白しているだけ」
「たとえ信用のおける相手だろうと間違いはあるもの・・・それを諌めるのも傍に居る者の務めでは?」
「間違いとはなんぞ?道に迷う事もあろう・・・行き着く先が行き止まりかも知れん、茨の道かも知れん・・・それがなんだと言うのだ?行き止まりなら引き返せば良い、茨の道なら共に傷付けば良い・・・それが選んだ道ならば誰ぞに左右される事無く進めば良い」
「それが悪しき道としても?」
「悪しき道だとしてもだ」
レーズンには到底理解できない話。数多くの弟子を導き、そして、幼い頃から亡き両親の代わりとしてイミナのそばに居た身として、道を外れる者達を見過ごすなど有り得なかった
レーズンはおもむろに手に持つ杖を掲げた。装飾の施された如何にも何かが付与されている杖・・・その杖をコツンと地面に当てる
すると風が舞い、土煙が視界を遮る
レーズンとマルネスは互いにその姿を見失った
「人は・・・単独では完成されていません・・・貴方様のように1人で強く生きられない。寄り添い、補い、導かれてやっと立てるのです・・・ですから・・・御容赦下さい」
「なに?」
「姫様はまだまだ未熟・・・それでも国を・・・民を導かなくてはなりません。今後も私は微力ながらお手伝いしたいと考えております。ですので今の急務は・・・姫様を返していただく事になりますので私のちっぽけなプライドなど捨ておきます」
マルネスが視界が悪い中、薄目を開けてレーズンの姿を見ていると、土煙の中両手を上げて何かをしようとしているのが確認出来た
「容赦?プライド?・・・お主一体何を・・・」
レーズンの頭上に視界を動かし、どんな魔法を使おうとしているのか確認しようとしたマルネスの背筋が凍りつく。いつの間にか巨大な岩がレーズンの頭上遥か上空に創られていた
「馬鹿な!?いつの間に!!」
「人は・・・1人では立てないのです・・・マルネス・ケルベロス様!」
レーズンが声を張り上げると巨大な岩が赤く燃え上がる。徐々に土煙は晴れ、どうやって巨大な岩が創られたのか見えてきた
「なるほど・・・確かに1人では立てぬらしいな」
レーズンの後ろには魔法使いと思われる者がズラリと並びレーズンと同じように両手を上げていた
「本来ならこれまで得た知識を思い切り貴女様にぶつけてみたい・・・魔族の叡智に触れてみたい・・・ですが、今は何より・・・何より姫様の御身が大事・・・」
「フン・・・トロトロ歩いていたのも、無駄な会話をしていたのも、視界を奪ったのも・・・全ては妾に気付かせぬ為か」
「・・・姫様を・・・女王イミナ様を今すぐにお返し下さい。でなければ・・・」
「妾を脅すか・・・貶したり、脅したりと・・・言葉遣いとは真逆の対応よのう。で、断ったらどうすると?」
「もちろん魔法を放ちます」
「カッ・・・だろうのう。放つが良い・・・相手してや・・・おい、待て・・・お主何処を・・・」
「・・・姫様は悪党との交渉はしない。決して。すんなりお返し頂ければ私の中で貴女達は悪党ではないと割り切ろうと思っていましたが・・・残念です」
レーズンの視線の先はマルネスではなくムサシと戦っているクオン。そして、クオン達のいる方向に向けて上げていた腕を振り下ろした
「待っ・・・貴様!!」
「会話出来て楽しかったです・・・貴方様がどれほどあの男に依存しているかも分かりましたので」
熱された岩は赤みを帯び、振り下ろした方向へと動き出す
複合魔法『炎帝王』
土魔法で岩を創り出し、火魔法で熱し融解温度ギリギリの岩を風魔法にて解き放つ。徐々に加速する『炎帝王』はクオン目掛けて飛んで行く
「チッ・・・なっあ!?》
完全に裏をかかれた形となったマルネスは急ぎ人化を解きクオンの元へと足を踏み出した瞬間、地面に足が取られる
固い地面がいつの間にかぬかるみ、足が膝まで埋まってしまう
「原初の八魔相手に抜かりはありませぬ・・・姫様の仇として・・・そこで付き従う相手の道が途切れるのを見届けるがいい!!」
土煙を巻き起こし、レーズン率いる魔法兵団に岩を創らせる。自らは火魔法で岩を熱し、風魔法で熱した岩を飛ばしながらマルネスの足元を水魔法でぬからせた
用意周到、磐石な策にまんまと引っかかったマルネスは手を伸ばしクオンの名を叫ぶ。しかし、ムサシと斬り合うクオンに、その声は届かなかった──────
「なあ・・・レーズン様があの子と戦ってるって事は・・・俺らアレだよな?」
無言で馬に跨り身動きひとつしないヴォーダの部隊の兵士が戦況を見つめ隣の兵士に声をかけた。戦いは既に始まっている。しかし、ヴォーダの部隊だけ動かずにじっと相手方の残る1人と対峙していた
「・・・だな。で、なんだありゃ?」
話しかけられた兵士が同意するも、遠く離れた場所で1人オロオロした様子の顔面包帯男・・・キョロキョロとしては怯えた様子で何かを伺っているように見えた
「バカ・・・ああいうのが戦場じゃ1番怖ぇんだよ・・・あの包帯を取ると・・・鬼の形相で襲いかかって来るぞ?」
「ひえぇ・・・マジか!?じゃあ、あの包帯を取らなければ?」
「・・・あのまんまじゃねえか?」
一言も発しないヴォーダも不気味だが、何もしてこない包帯男も不気味と兵士達は緊張した面持ちで包帯男の出方を伺う
「おい!あれ・・・」
「え?・・・マジか!?ちょっ・・・うわあああ!!!」
兵士の1人がレーズンが放った『炎帝王』が地面に向かって物凄い速度で落ちていく様を指差す。直後轟音が鳴り響き、『炎帝王』が地面に激突した衝撃で生まれた風圧により吹き飛ばされた
しばらく意識を失っていたのか、口に入った土を吐き出し起き上がると周囲には倒れた兵士達・・・そして・・・
「え?・・・誰も・・・いない?」
遠くに見えるのは『炎帝王』が落ちた辺りの大きなクレーター。その周辺にいたはずのムサシ達がいない事に兵士は愕然とする
「賢者レーズン様・・・半端ねえ・・・」
徐々に起きてきた兵士達を横目に、いち早く起きた兵士は惨状を見て脱力し、そう口にするので精一杯だった──────




