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最強の番犬と黒き魔女  作者: しう
『嗤うもの』
139/160

5章 14 価値観

「ほうしてほうなるんでふか?」


「・・・なんて言った?」


「恐らく・・・『どうしてそうなるんですか?』だと思います」


包帯を頭にグルグル巻にされているフリットがモゴモゴと喋ると、シーフが聞き取れない事に苛立ちを覚え睨みつける。フリットはヒィと情けない声を上げてバースヘイム王国女王イミナの後ろに隠れると、イミナはため息をつきフリットの言葉を通訳した


フリットはカダトースからカーラに連れて来られた際にフウカ、シーフ、カーラを見て欲情し襲いかかるも顔の形が変わるほど袋叩きにされた。更に悲劇は続く。手当をしてくれたのはバースヘイム王国の女王・・・とても信じられない状況にフリットが興奮していると薬も塗らずに包帯を無造作にグルグル巻にされ、可愛い声で『うん、処置完了』と言われてしまう。出血した状態で巻かれた包帯・・・『これ包帯とる時めっちゃ痛いやつでは・・・』と訴えるも、傷を処置した事の無い女王には通じずやむなくミイラ男のままで過ごしている


「どうしてって?ハッ、決まってるだろう?世界が滅びるってのは言い過ぎかもしれないが、原初の八魔『黒』のマルネスが暴れてるんだぞ?少なくともここら一帯の地形は変わるな」


「~~~!?ほへてふだはい!」


「あん?」


「恐らく・・・『止めて下さい』かと・・・」


「めんどいなあ・・・しっかり喋れ!『黒』は特別でな・・・あっしらと違って明確な目的を持つ原初の八魔・・・『調節者』や『掃除魔』と呼ばれてて、魔族や魔獣が増え過ぎないように管理している。ああ・・・こんな呼び方もあったな・・・『処刑魔』」


最初の二つでは意味が分からなかったが、最後のあだ名で大体の察しはついた。つまり目の前で暴れているマルネスは魔族や魔獣が増え過ぎないように掃除と称して処刑する特別な魔族なのだと


背筋を凍らせ、情けなくイミナの影に隠れるフリット。その様子を見て呆れるシーフの元に流れ魔法が飛んで来た


「チッ!」


「シーフさん、私が!『流導』!!」


背後から来る流れ魔法にシーフが舌打ちをして弾き返そうとすると、イミナがシーフに声をかけ、素早く動いて魔法の前に立つ


そして、片手でそっと魔法に手を添えると軌道をズラした


魔法はイミナが流した方向に飛んで行くと突然上に向かって行き、遥か上空で爆発する


「へぇー・・・『操』の一種なのかい?流れて来たモノとはいえ、よくマルネスの魔力を操れるねえ」


「どうなのでしょうか・・・シン殿に聞いた事はありますが、能力的には似て非なるものとしか・・・。それにしても凄い魔力ですね・・・流れてきた魔力であの威力・・・まともに相手したら流すのは難しいと思います」


「ふーん・・・人独自の魔技っぽいねえ。まあ、次はやめときな・・・腕がすっぽりなくなるよ?」


「・・・は、はい・・・」


「次飛んで来たら・・・あっしがやる》


シーフは人化を解くと風を纏いクオンとマルネスの方に振り返る


地形は既に変わっており、平地が窪み、森は野原と化していた。どんだけ激しい痴話喧嘩だとシーフが止めに入ろうか迷っていると2人の様子が少し変化する


「いい加減落ち着け」


《これが落ち着いていられるかぁー!待てど暮らせど襲われず・・・他の男の所に行かせては放置され・・・》


レンドの件が片付き、迎えが来ると思いきや放置されたマルネス。暴れ出す寸前でカーラが迎えに来て事なきを得たが、鬱憤は溜まっていた


「あれは悪かった。てっきり戻っているものかと・・・おい、極黒を出すな極黒を」


マルネスは両手を上にし黒い玉を創り出す。触れるもの全てを滅する凶悪な黒い玉は徐々に大きさを増していく


《あまつさえ・・・あまつさえ『ニーナを第二夫人にした』だとぉ?・・・ん?()()夫人?》


クオンから聞かされた言葉を再び口にして気付く。第二夫人と言う言葉・・・つまり第一夫人がいるという事に


「それには色々と事情があってだな・・・」


《待て待て!・・・ちなみにだけどな?その・・・第一夫人は誰になるのだ?》


「?・・・いや、黒丸以外にいると思うか?」


マルネスの頭上で漆黒の魔力が徐々に縮んでいく。直径1mほどあった極黒も今では50cmほどとなる


《ンフ!・・・そ、そうだのう・・・ま、まあ、妾しかおらんのう!てっきり・・・ん?待て・・・いつそうなった?》


「いつからって・・・いつからだ?」


70cm


「リメガンタルの城に乗り込んだ時に言ってたろ?『俺の妃はマルネスだ』って・・・あの時からか?」


80cm


「どうもお前の言う『サオン』になってる時は意識が混濁してる・・・まあ、言ったこととかは覚えてるが・・・」


90cm


「お前も否定しなかったし、なんか喜んでたみたいだから周知の事実みたいな・・・おい」


1000cm──────最大で1mだった極黒が10倍に膨れ上がる


《あれが・・・あれがぷろぽーずだと?・・・楽しみに・・・楽しみにしていたのに!!》


憧れのプロポーズ。シュチュエーションなども妄想し、甘いひとときを想像していたにも関わらず気付いていれば終わっていたと言う衝撃


クオンは咄嗟に自分が悪いのかとシーフとイミナに助けを求めるが、二人は同時に首を振り、クオンが悪いとマルネスに同情する


《挙句の果てに二人目の嫁が出来たと・・・こんな事が・・・こんな事があってたまるかー!!》


叫ぶマルネス。直径10mもの極黒を放てば被害はどこまで及ぶか分からない。クオンはどうにか止めようと必死で考え口を開いた


「じゃあ、やり直しで」


終わった──────シーフとイミナの二人は生の終わりを確信し、白目を向いて固まる中、奇跡的に極黒が縮み始める


《や、やり直しとは・・・その・・・ぷろぽーずを?》


「あ、ああ・・・そうだな・・・俺の女に・・・」


クオンが言いかけると目にも留まらぬ速さでシーフとイミナがクオンをマルネスの前から引きずり出す。そして、矢継ぎ早にダメ出しをし始めた


《バッカかお前は!何とち狂った事言おうとしてるんだ!?》「まさか俺の女になれなんてプロポーズしようとしたのではないでしょうね!?ないでしょうね!?」《恋愛経験のねえあっしでも分かるぞ?もっと頭使えやコラ!》「いいですか?クオンさんの言葉にはバースヘイム・・・いえ大陸の未来がかかってるのですよ!?理解してます!?」


「あ、いや・・・そうか?」


《そうだ!》「そうです!」


「そんな大袈裟な・・・うおっ!」


いつの間にかクオンの真後ろにいたマルネスがクオンの襟を掴んで少し離れたテントのある場所まで引きずって行く


《妾が納得するまで・・・何度も・・・何度でもぷろぽーずをしてもらうぞ!覚悟するのだな!・・・ま、まあ、別の事を何度もするのもやぶさかではないが・・・ゴホン!いいか、お主ら!今日はテントに近付くでないぞ!カーラにも伝えとけ!来らば・・・滅す!》


正気ではない目で言われて無言で何度も頷く三人。その返事に満足したのか、マルネスはクオンを引きずったままテントへと消えて行った


「・・・私達・・・どこで寝ればいいのでしょう?」


《知らん!その辺の葉っぱでも拾い集めて寝ておけ!》


「私・・・こう見えても女王なのに・・・」


マルネスに凄まれてビビってしまった事に苛立つシーフが、イミナに対して冷たく言い放つ。イミナはシクシク泣きながら枯葉を一生懸命集めるのであった──────




クオンが宣言してから二日目の朝


とある森の中でテントを使って野営するつもりが近付く事を禁止されたイミナ達は朝露の冷たさで目を覚ました


頬にかかった水滴を手の甲で拭うと、イミナは起き上がり周囲を見渡す


包帯を顔全体に巻いたフリットは大木を背に寝ており、シーフに至っては立ちながらいびきをかいている。シーフ曰く『寝るという習慣がないから横になるのは気持ち悪い』だそうだ


「おお、やっと起きたか。お寝坊さんだのう」


急に声を掛けられ振り向くとそこには昨日と打って変わってご機嫌なマルネスが鍋に火をかけ何かを作っていた。グツグツと煮たる鍋の中をかき混ぜて漂わせる匂いはイミナの空いた腹を刺激する


「マ、マルネスさん・・・おはようございます・・・」


イミナは昨日の事もあって恐る恐るマルネスに挨拶をすると、マルネスは満面の笑みでそれに応えた


「クオンさんは・・・」


「まだ寝とる。まあ、昨日は激しかったからのう・・・お寝坊さんでも仕方ないわ」


激しかった・・・その言葉がイミナなの頭の中で何度も木霊する。見た目幼女のマルネスが言うのだから破壊力は半端ではない


「まさか・・・その・・・致したのですか?」


思い切って聞いてみたイミナは性に関心のあるお年頃・・・を少しばかり過ぎてしまっているが、そのせいか何の躊躇もなく聞いてしまえる強さを身に付けていた


「致し・・・ハア・・・それはまだだ。まあ、そう遠くない未来には・・・今回はコレで許してやった」


マルネスはため息をついたと思ったら、急に妖しい笑みを浮かべ、指で唇をなぞる。その表情と仕草が見た目とそぐわない色気を醸し出し、イミナは思わず喉を鳴らした


「そ、そうですか・・・でも、よくクオンさんを許しましたね・・・あの勢いですと殺してしまうのではと心配したのですが・・・」


「?アホか。愛しい人を殺して何になる?昨日はただニーナに先を越されたと思って怒りが込み上げて来ただけだ。どうせいつかはニーナともそうなると分かっていたが・・・順序があるだろう、順序が」


「・・・え?マルネスさんはその・・・クオンさんが他の女性を好きになっても・・・いいのですか?」


「・・・お主はダメなのか?好いた男が他の女を愛する事が」


「ダ、ダメに決まってるじゃないですか!結婚したらやっぱり私だけを見て欲しいですし・・・浮気なんて・・・」


「・・・ふむ・・・そういうものか。これは種族的なものなのか・・・どうなのだろうのう・・・妾は一向に構わん・・・もちろん妾との時間が少なくなるのは寂しいが、それでもクオンへの想いは少しも変わらんぞ?」


マルネスはそう言うと予め用意した器に鍋の中身を掬い入れるとイミナに手渡した。イミナはそれを両手で受け取り中身を見ると何やら怪しげな色をしているので飲むべきかどうか頬を引きつらせながら考える


「どうした?飲め・・・毒など入っておらん・・・味は保証せぬがな」


そこ重要なのでは?と思いながらも、イミナは意を決して器に口を付ける


「!・・・美味しい・・・」


何が入っているか分からないが不思議な味がする。恐らくその辺に生えているものを適当に入れたい可能性が高いので、美味しいのは奇跡だった


「ほう・・・ならば後でクオンにも飲ませよう」


「それって・・・いや、何でもないです・・・」


実験台に使われた事に少し文句を言おうとしたが、空いた腹に心地良く染み渡るスープを味わせてもらったのでイミナは口を閉じた


機嫌を更に良くしたマルネスが鼻歌交じりに鍋をかき混ぜているのを眺めていると、先程の話がどうしても気になり声をかける


「あの・・・本当に・・・平気なのですか?」


「ん?・・・ああ、ニーナの事か。逆にお主がダメな理由が分からぬな。男とはそういうもの・・・女とはそういうものと理解しておるのだが・・・」


「そういうものとは?」


「ふむ・・・魔族は魔族同士では子を成せぬ・・・それは知っておるか?」


「ええ・・・聞いた事があります」


「ふむ・・・それゆえ魔族同士での感情は男と女でもこちらで言う友情に近いものになる・・・愛情にはなりにくい・・・まあ、ほぼならぬと言っていいだろう」


「そうなのですね。それは知りませんでした・・・と、言うと人の男性には・・・」


「うむ・・・愛情が生まれる・・・まあ、他の者は分からぬがな・・・妾は人に・・・クオンに恋をした」


少し照れながら鍋をかき混ぜるマルネス。それを微笑ましく思いイミナも笑うとマルネスはそれに気付いて恥ずかしくなったのかそっぽを向いた


「ま、まあ、クオンだから・・・と言うのもあるかも知れぬが、妾の弟子のクゼンも人の女に惚れ込んでおった・・・男も女も関係なく、魔族は人には惚れるのであろう・・・相手にもよるがな。では、何故愛情が生まれると思う?」


「・・・話の流れから言うと・・・子・・・ですか?」


「そうだ。この者の子を成したい・・・そう思うからこそ愛情が生まれると考えておる。逆に言えば、魔族同士は子を成せぬから愛情が生まれぬのだと思う」


「・・・本能的なものなのでしょうか?」


「・・・だろうのう。頭で考えている訳では無い。説明出来ぬ想い・・・本能と言う言葉で片付けて良いか分からぬが、そうとしか説明出来ぬしな。そこで話を戻すが、男と女の違い・・・お主はどう思う?」


「へ?・・・それは入れる方と入れられる方とか?」


「生々しいわ!そういう事ではない・・・いや、まあ、そういう事も含めてだが、女は子を成し、男は子を作る・・・妾が出会った女は変化し男は変わらなかった」


「???」


「分からぬか?女は子を成すと母になる・・・が、男は子を作れど父にはならん・・・自覚の問題ではなく、本質的にな。恐らく構造の問題であろう・・・女はこの男の子を成したいと想い、成すと構造が変化する・・・母性と言うやつだろうな。片や男は子が出来たとしても構造的には何の変化もない・・・そこが本質的な差だと思うとる」


「・・・はあ」


「魔の世でな・・・ニーナとずっと話しておってその考えに至った。もちろん間違っているかも知れぬが・・・ニーナがクオンの子を成したとしても妾はなんとも思わんだろう・・・いや、祝福すら出来るだろう。ただし妾が先だがのう・・・そこは譲れん」


魔の世でニーナと2人っきりで過ごした日々・・・当然話はクオンの事になる。子の作り方を知った2人は互いに思いの丈をぶつけ、認め合った。それでも譲れないのが優先順位・・・想いの強さは測ることは出来ない・・・だが、想っている長さでは誰にも負けないという自負がある。その想いが『ニーナより先』と言う気持ちに出ていた


「でも・・・辛くないですか?好きな相手が他の女性と・・・」


「辛い?何故だ?女は好いた相手の子を成したいと思い、遂げると変化するが男は変化せぬ・・・それが本能であるのなら仕方ないのではないか?」


「分かりません・・・添い遂げる・・・そう思ってましたので・・・」


「ふむ・・・そうかも知れぬな・・・だが、もしそうだとしたら・・・クオンがニーナを選んだとしたら・・・妾は未来永劫に子を成す事はないだろう・・・もちろん子を成す事が全てではない・・・が、永い時で子を成したいと思うのはクオンだけ・・・それだけは言い切れる。そして、もし・・・ニーナも同じ気持ちなら・・・片方しか選べぬとしたら・・・」


「確かに・・・選ばれなかった女性の気持ちを考えるとそうかも知れませんが私は・・・愛する人が他の女性と共にいる事を考えるだけで・・・嫌です。私だけを見ていて欲しい・・・」


「妾もだ」


「???・・・だって、さっき・・・」


「その気持ちは大いにある。もう四六時中ベタベタしたい・・・他の誰かを見ずに妾だけを見て欲しい・・・だが、こうも考える・・・ニーナにも幸せになって欲しい・・・とな。相反する二つの思い・・・惚れた弱みと言うやつか・・・妾はクオンに惚れ、ニーナのクオンに対する想いに惚れた。お主は出来るか?惚れた男の為に魔の世に自ら行き、惚れた男の相手の為にゴブリンに身を差し出すことを」


「・・・」


「そこまでの覚悟を持つ相手に『クオンは妾のだから他を当たれ』などとは言えぬよ。まあ、だから先程の『女は母になり、男は父にはならん』と言ったのも・・・自身が傷つかないようにするまやかしかも知れぬな。そう思う事でクオンがニーナに惚れても仕方ないと・・・」


「じゃあ、あっしがクオンに惚れても良いって事かい?」


いつの間にか起きていたシーフが会話に割り込むと、イミナの隣に座った・・・途端、マルネスの蹴りが飛んで来てシーフがそれを受け止める


「こりゃあどういう・・・」


「不安要素は排除するに限る・・・滅するか魔の世に帰るか選ぶがよい」


「待て待て!冗談だ!冗談!!本気にするな!」


「考えてみればクオンの周りにいる女がクオンに惚れる可能性が高い・・・そうなれば妾の時間はもっと削られてしまう・・・排除せねば・・・」


「どうしてそうなる!?どんだけクオンは惚れられ体質だよ!・・・まあ、あっしより強くはあるが・・・待て待て!!」


昨日見たものより遥かに大きさで創られた極黒が空にかざした手のひらの上に現れる。さすがのシーフもこれは躱せないと焦りマルネスを宥めた


先日夫にならないかと迫ったイミナは顔を青ざめさせ空気と同化しやり過ごす。バレたら秒でこの世から消え去ることになる


《お主の問題ではない・・・クオンが惚れてしまえば止めることは叶わぬ・・・ならば不安要素は一掃するにかブッ!》


「アホか・・・騒がしいと起きてきてみれば・・・極黒を収めろ、黒丸」


《でもー》


クオンが起きて来てシーフの命を刈り取らんとするマルネスの頭にゲンコツを落とす。マルネスは涙目になりながら振り返り抗議の視線を送るがクオンは首を横に振る


「でも、じゃない。確かに2人を嫁にしたが、そうポンポン増やすと思うか?俺にだって限度がある」


《・・・まあ、確かに増やせばクオンの体力がもたぬか・・・》


「何の心配してるんだ、何の。嫁にしたのなら責任持って守る・・・何があろうとな。力を身に付けてそれが出来ると判断したから2人を嫁にした・・・惚れられようが何しようが守れなければ意味がない・・・守れないと思ったら別の相手を探してもらうしかない・・・無責任かも知れないが、俺はそうする」


「なるほどね・・・番犬らしい考え方だね。だが、あっしより強く、ファストの操るアレを圧倒出来たんだ・・・お前が守ろうとすればいくらでも守れるんじゃないかい?」


シーフの発言に余計な事を言うなとマルネスが睨みつける。が、クオンがマルネスの肩に手を乗せるとすぐに顔はふやけ、極黒は消え去った


「バカを言うな。守れるってのは何も身体だけじゃない。心も同時に守れなくて夫婦と言えるか?」


「言うね・・・だったら、マル・・・いや、そのニーナって奴が他の男を好きになったらどうするんだ?」


「それこそ心を守れていない証拠だろ?有り得ないな」


「おいおい・・・有り得なくはないだろ?たとえ今はベタ惚れでも、将来的にはもっといい男が現れてマル・・・ニーナをかっさらって行くかも知れないぞ?」


「ちょくちょく妾の名を言いそうになって止めるな、シーフ。お主の言いたい事は分かるが、それは恋に恋い焦がれる乙女の思考!本物の恋愛を知らぬから出る言葉よ」


やっと落ち着いて人化したマルネスを例えに出すとまた火に油を注ぐ事になりかねないとシーフは気を遣うが、マルネスの上から目線に眉を顰める


「そりゃあどういう意味だい?恋愛初心者のあっしに教えてもらいたいもんだね」


シーフの言葉にマルネスはやれやれと首を振る。その仕草にシーフとイミナは殺意を覚えた


「仕方ないのう・・・心して聞け。本物の恋とは・・・本物の愛とは・・・」


殺意を覚えながらも興味津々な2人はマルネスの続けて出る言葉を待ち喉を鳴らす。その2人を見下ろしながらマルネスは声高々に言い放った


「ココが!ココが疼くのだ!クオンの子種が欲しいと!決して他の者など受け付けぬと本能グナッ!!」


お腹を指差し堂々と叫ぶマルネスの頭にゲンコツが再び降り注ぐ。呆れるクオンが2人に視線を移すと、各々が自分のお腹を見ているのに気付き頭を抱えた


「本気にするな、本気に。誰かに惹かれるってのはあるだろ?それは一方的な気持ちだが、いつしか惹かれ合ってると分かる時がある・・・その時に俺の場合は考える・・・この惹かれ合ってる気持ちは本物かどうか・・・そのまま進んで守れるかどうか・・・もし本物で守れると判断したら俺は嫁にしたいと思うだろうな」


「それでは有り得ないと言う理由にはなってないだろ?なんで女が心移りしないと言い切れる?」


「そうです!クオンさんは複数の女性と惹かれ合い、女性はクオンさんとしか惹かれ合わないのはどう考えてもおかしいです!」


イミナが本格参戦してクオンを責め立てる。正妻マルネスはフフンと鼻を鳴らしてクオンに言ってやんなと視線を送ると、クオンは頬を掻きながら答える


「惹かれ合っていて、それが本物なら俺は後悔はさせないし、悲しませたりしない・・・怒らせるかも知れないけどな」


クオンが力強い言葉に一瞬ドキッとした2人だが、その後でマルネスと見つめ合い二人の世界を創り出すクオンに苛立つ


シーフはそんなものなのかと経験がない分納得したような感じであったが、イミナはそれでも理解出来なかった


「つ、つまりクオンさんはお相手の女性が他の誰かに惹かれる事を止めはしないけど、そうならないように努力すると?」


「努力って言うのかなんと言うのか・・・まあ、そうなるのか?とにかく絶対に負けない・・・例えそれが神だとしてもな」


魔力を放った訳でも無いのにクオンの周りがざわつき、イミナとシーフに生暖かい風が吹く


イミナは何が起こったのかとシーフを見ると呆然としていたシーフが急に笑い出した


「クックックッ・・・なるほどな・・・ようやく分かったよ。ファストが必死になり、カーラが従い、マルネスが惚れる意味がね・・・」


「え?シーフさん?」


「イミナ・・・クオンとマルネスの話は参考にならねえぞ?コイツらは特別だよ、と・く・べ・つ。アイツだったらそうなんだろうなって納得出来ちまった・・・あっしには理解出来ないのも当然だね」


「???アイツって・・・?」


「アモン・・・原初の八魔『禁』のアモン・デムート。クオンとアモンがダブって見えらぁ・・・末永くお幸せにぃ・・・あっしはもう少し寝るわ・・・人化に慣れてねえせえであんまり寝れてねえからな」


シーフは立ち上がり背を向けると手をヒラヒラさせて森の奥へと消えて行く。残されたイミナはシーフの言っている事が理解出来ずにただシーフの後ろ姿を見送った


「・・・散々人に聞いといて、変なまとめ方するなよな・・・で、女王様は?」


「え?私は・・・分かりません。でも、お二人の・・・いえ、三人の状況は周りがとやかく言うものではないと言うのは分かりました。正直・・・お二人を見て羨ましいとさえ感じるのですが・・・どうしても私には経験がなくて・・・その・・・惹かれると言う気持ちに・・・」


張りぼての女王として必死に生きてきた。恋愛などする暇などない。もし結婚するとしたら恋愛ではなく、政略的なものになる事も起因している。だが・・・


「安心しろ・・・それも後数日だ。全てが終わった時によく周りを見てみろ・・・きっと惹かれる相手を見つけれるさ」


クオンはイミナに微笑み、マルネスの作っていたスープを掬い飲み込む。突然手料理を食べられて、どんな感想が来るかドキドキしているマルネスにクオンは飲み干すと口を開いた


「マルネス・・・濃すぎ」


「んがー!しまった!話をしている間に煮詰まった!!待て・・・イミナ、さっきはちょうど良かったよな!?」


「・・・そうでしたっけ?」


「おまっ!?裏切り者!!」


幸せそうなマルネスにちょっとした意地悪をするイミナ。手をブンブンと振り怒るマルネスを見てクスッと笑うと全てが終わった時の事に思いを馳せる。果たして自分がときめくような人が現れるのか・・・自信の無いイミナは少し楽しみでもあり少し怖くもある今の気持ちを胸の内にしまうのであった──────

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