5章 12 クオンからの挑戦状
「どういう事だ!!」
バースヘイム王国王都リメガンタルの王城内の会議室にヴォーダの怒号が響き渡る。女王イミナ・リンベルトがクオン・ケルベロスに攫われて1時間ほど経ち、ようやく大臣や主要幹部が揃った
──────女王陛下が攫われた──────
前代未聞の出来事に城内は騒然としている。とりあえず兵士達を叩き起し捜索に当て、会議室に集まった者達で今後の対策を練ろうとするが怒鳴るだけで話にならない。誰かの差し金で攫われたのではという陰謀論まで出て来て会議室は混乱を窮めた
それを黙って聞いていた宮廷魔術師であるレーズンは騒ぎの中心となっている男を見据え口を開く
「・・・フレバイン卿は引退された身・・・この場に相応しくないのでは?」
息子のヴォークに軍総司令官の立場を譲ったヴォーダは引退した身であった。爵位は侯爵であるものの、この場は攫われた女王を救い出す方策を講じる場・・・引退した軍総司令官にはそぐわないとするレーズンだったが周囲は違った
「何をおっしゃいますか、レーズン様!フレバイン侯爵閣下のご子息であり軍総司令官であったヴォーク様亡き後・・・後任が決まっていない状況で軍を統括出来るのはフレバイン侯爵閣下のみ!こちらから頭を下げてお願いするこそすれ、この場にそぐわないなどと言える状況なのがお分かりになられませんか?」
1人の大臣がレーズンの言葉に対して激昴する。その後ろからヴォーダはレーズンをバカにするように鼻で笑うとその大臣の肩に手を乗せた
「まあ、待て。現場畑のレーズン殿にその辺の機微が分かるはずもないだろう。レーズン殿も本当は分かっているのではないか?本当に場にそぐわないのは誰なのか」
ヴォーダはレーズンから視線を移すとシン、そしてムサシとコジローを見た
「・・・邪魔だと言うなら退散しよう。手伝うつもりで参じたのだがね」
「手伝う?どちらの事かな?我々を?・・・それともケルベロス達を?」
シンは目の合ったヴォーダに対して手を広げて言うが、ヴォーダは下卑た笑いを見せてシンに問い質す。それにいち早く反応したのはコジローだった
「ヴォーダ・・・様!共に行動してるとは言えケルベロス家はシントの国民じゃない!先王たるシン様に対してその言い様は不敬です!!」
「ワシの認識では連れ立って来ていたのだが・・・歩いて偶然一緒になったか?・・・そもそも女王陛下はクオン・ケルベロスを呼んだはず・・・何故にシントの先王がここにいるのか不思議でたまらん」
「それは・・・」
「大方ケルベロス家と組んでバースヘイムに訪れ、何か画策していたのではないのか?その何かが女王陛下拉致だとしたら・・・」
「そんな訳あるはずないでしょう!!」
「なぜそう言い切れる?何か知っているのか?確たる証拠も見せないでよく言えたものだ・・・仲良く我が国に訪れておいて、何も知らないで通じると思うたか!!」
ヴォーダの言葉にコジローは言い返す事が出来ずに俯いてしまう。代わりにムサシが何か言おうとするが、それをシンが止めた
「確かにヴォーダ殿の言う通り、私はクオンと共にここに訪れた。真実はどうあれ今の状態で私を信用して欲しいと言うのは通らないのは分かる・・・が、聞いて欲しい・・・クオンが・・・クオン・ケルベロスが本気になれば・・・!?」
シンは言葉を途中で切り、部屋の中央に視線を向ける。ヴォーダ達は何事かとその視線の先を追うと空間が歪んでいるのが分かった
「な、なんだ!?」
全員が後退り見ていると歪みの中から3人の者が姿を現す
女王イミナを攫ったクオンが左手にマルネス、右手にカーラを従えて堂々と部屋の中心に現れたのだ
全ての者が言葉を失い、息を呑む
「で・・・であ」
「おっと・・・兵士を呼んでも意味ねえぞ?俺らに何かあればイミナは死ぬ・・・騒がず息を潜めて俺の話を聞け」
「ぐっ!」
兵士を部屋に呼ぼうとしたヴォーダを制したクオンは周囲を見渡す。ふと隣にいるマルネスと目が合うと頬を膨らませぷいっと視線を逸らした
その様子に苦笑し、気を取り直すと改めてヴォーダを見下ろした
「さて・・・どうやらお揃いのようで。俺がここに来た理由は分かるか?」
「・・・牢屋の見張りには三日後と言っていたはずだ・・・」
「ああ、そうだ。お前らが国を明け渡す準備をするのに三日間の猶予を与えた。だから今俺がここにいる理由は別にある・・・表で無駄に国民を不安がらせている兵士達を撤退させろ」
「なに?」
「言葉が通じないのか?それとも耳が遠いのか?無駄な捜索は止めろと言っているんだ」
「・・・女王陛下が攫われているにも関わらず我らに何もするなと言うのか?」
「別に問題ねえだろ?普段から国王であるイミナの言葉なんて聞かずに好き勝手やってんだ・・・いてもいなくても同じなんじゃねえのか?」
「クオン・・・てめぇは調子に乗り過ぎだ・・・さっさとイミナ様を返せ・・・そしたら苦しまないよう一撃で殺してやる」
歯を軋ませ、今にも飛びかかりそうなムサシがクオンを睨みつけながら言葉を絞り出す。会話を邪魔された形となったクオンは視線をムサシに向けると盛大にため息をつく
「ったく・・・何度言わせる気だ?それともお前はシントの者だからイミナがどうなろうと関係ないって事か?」
「なっ!?どういう・・・」
「カーラの能力を知らないのか?・・・カーラはさっき俺らが現れたみたいに別の空間と繋げる事が出来る・・・つまりイミナを遥か遠くの場所に瞬時に連れて行く事も可能って訳だ。俺らを殺したとしたらどうやってイミナを探すつもりだ?」
「くっ・・・」
ムサシは馬車から出て忽然と消えたクオン達の事を思い出していた。あの能力を使えば痕跡は残らず、イミナをどこに連れ去ったか知る術はない。ムサシが拳を握り肩を震わせてクオンを睨みつけているとシンが前に進み出た
「クオン・・・君はどこを目指す?」
「シンさん・・・聞いてないのか?この国を・・・バースヘイム王国を貰い受ける。シントでの仮住まいはもう止めだ」
見張りからの報告ではなく、クオンの口から直接聞く国盗り宣言に会議室が一斉にどよめく。怒声が飛び交うが、クオンは気にせずシンを見つめた
その後何も語らないクオンに痺れを切らしたヴォーダが一歩前に進み出ると怒声は鳴り止み、ヴォーダの声に耳を傾ける
「『神扉の番人』が何故に我が国を?シントに依頼でもされたか?」
「・・・動き出したのはそっちが先だ・・・大人しくしてりゃあ図に乗りやがって・・・」
「何の話だ?貴様何を言っている!?」
「『出る杭は打たれる』・・・そう言う事だ。・・・無駄話が多すぎた・・・一つゲームをしよう」
「ゲームだと?」
「三日後に国を貰い受けに行くと言ったが、素直に明け渡すと思ってはいない。三日後・・・俺も含めた5人の精鋭がそこの・・・小太りのオッサンを殺りに来る。守り抜けばお前らの勝ち、殺られればお前らの負けだ。単純だろ?」
クオンはヴォーダを指さし言うと小馬鹿にしたように嘲笑い周囲を見渡す。標的にされたヴォーダは絶句し肩を震わせ、周囲の者達はただただざわめく
「ふざけるな!!」
混乱する者達の中、ムサシが叫びクオンに近付く。両手を開くと炎の剣が出現し、部屋中を紅く照らす
「ふざけてるのはどっちだ?ここで俺らと戦い心中するつもりか?イミナと」
「このっ・・・」
「下がれ、ムサシ。クオンの言う通り、ここでクオンと戦っても何ら解決にはならない。今はイミナ様の安全確保が第一・・・分かるな?」
コジローが熱くなっているムサシを戒め、クオンに振り向く。ムサシとは対象的に冷静ではあるが、その瞳には憤怒の炎が宿っていた
「・・・クオン・・・確認したい事がいくつかある。まずはイミナ様は無事なのか?」
「もちろんだ。丁重にもてなしている」
「・・・次にイミナ様を無事に返してもらうにはどうすればいい?」
「そうだな・・・ゲームの参加賞って事で、ゲームが終われば返してやる。勝敗関係なく・・・な」
「参加っ・・・」
「ムサシ!!・・・何故標的がヴォーダ様なのだ?」
「別に誰でも良かった・・・が、今回俺が動いたきっかけを作ったのはそこのオッサンだ。標的にするには充分だろ?」
ヴォーダが怒鳴り込んで来なければクオンは牢屋に入れられる事はなかった。そして、牢屋に入れられなければクオンはこんな行動は起こさなかったと暗に告げる
「・・・最後に・・・我らの勝ちの条件は?」
「ん?・・・ああ、俺らが結局は勝つからと思ってあまり考えてなかったな。・・・まあ、俺らがオッサンを殺せずに全滅・・・もしくは日が落ちるまで・・・ってところかな。あっ、ちなみにオッサンが逃げたり隠れたりしたら不参加とみなして即ゲームオーバー・・・意味は分かるな?」
「・・・仮にヴォーダ様が殺されたとしても国は譲らない・・・となったら?」
「最後って言ったのに・・・まあ、いいや。その時は譲ると言うまで暴れるだけ・・・出来れば被害を大きくしたくないのが本音だけどな・・・俺の国になる訳だし・・・」
「・・・クオン・・・もうてめえは許さねえ・・・絶対に・・・イミナ様に指一本触れてみろ・・・生まれて来たことを後悔させてやる!!!」
ムサシは感情を抑え切れず今にも飛びかかりそうな調子で言うと、クオンはそれを嘲笑い隣に居たマルネスを抱き抱える
「ひゃん!・・・な、何を・・・!?」
「ムサシ・・・俺の妃はこのマルネスだ。イミナに手を出せば俺が消されちまうよ。だから、その辺は安心して・・・」
クオンが話している途中でけたたましく会議室のドアが開け放たれた。そして、目にも止まらぬ速さでクオンに駆け寄る人影が一つ・・・
「クーちゃ・・・クオン!!覚悟ぉ!!」
人影の正体はフウカ・シルファス
拳に風を纏いクオン目掛けて放つと、クオンは惚けた顔のマルネスを抱き抱えたまま片手でその拳を受け止める
「チッ!・・・しつこい奴だ。カーラ!」
クオンに呼ばれ憮然とした表情のカーラが即座に扉を開くとクオンはフウカに蹴りを放ち吹き飛ばす。そして、口元に笑みを浮かべ周囲を見渡すと声高々に宣言する
「三日後だ!ヴォーダ・フレバインの首を差し出し従うか、あくまでも抗うか・・・じっくり考えるのだな!では、また会おう!!」
クオンは言い終えると歪みの中に、続いてカーラも入ると歪みは完全に消えた
「・・・なんだ・・・なんだこの茶番は!!」
静まり返る会議室の中、ヴォーダの叫び声だけが木霊する。ヴォーダの声で我に返った者達があれやこれやと囁き始める中、クオンが立っていた位置にレーズンが進み出た
「静粛に!混乱しているのは皆同じだ!まずは捜索に出ている兵士達を呼び戻すのだ!」
「何を勝手に・・・」
「あやつの言葉を聞いていなかったのか!!今しがたその目で見たであろう・・・あやつは自在に何処にでも行ける・・・つまり陛下の捜索は全くの無意味!それにこのまま無意味な捜索を続けていれば陛下の身に危険が及ぶ可能性が高い!」
「くっ・・・」
「兵士達を呼び戻した後・・・あやつにどう対応するか協議する!」
「バカな・・・協議など必要あるものか!早急に奴らを始末する・・・その他に何があると言うのだ!そもそも──────」
自分の命がかかっているヴォーダとイミナの心配を第一に考えるレーズンの言い争いは夜更けまで続いた。シン達はその言い争いの中、会議室を抜け出して城内の一室に集まっていた
「まったく・・・とんでもない事になったね」
「どうしちまったんだクオンは!あんな奴じゃなかったのに・・・シン様!本当にアイツはバースヘイムを?」
「冗談でも本気でも・・・クオンは・・・いや、ケルベロス家は大陸中を敵に回した事になる。シントは元より他の二カ国も黙ってはいないだろう・・・どこにも与する事はないと宣言していたにも関わらずこの暴挙・・・ケルベロス家は中立な立場から人類の脅威となったと言っても過言ではないね」
シンがクオンの立場を語るとムサシとコジローは青ざめる。イミナを攫った事に対して怒りはあったが、本気でクオンの死を望んでいた訳ではない。シント国に属してないとは言え幼い頃を共に過ごした仲・・・そのクオンが人類の脅威となったと言われても現実味がなかった
「・・・正気の沙汰とは思えない・・・思慮深いと思っていたクオンがこんな・・・確かに牢屋に入れられたのは理不尽な扱いだ・・・それでも・・・」
「・・・イミナ様を攫ったのは絶対に許せねえ・・・だけど・・・くそっ!」
コジローとムサシが呟く中、シンは顎に手を当て考えをまとめるとずっと無言のフウカを一瞬見た後で2人に告げる
「・・・協議が終わった段階でレーズン殿に言って水晶を借り、ゼンにケルベロス家を全員拘束するようにと伝える」
「シン様!?」
「あっ、いや、だって・・・」
「今回の件・・・シントは関係ないと示す為にはクオンを止めるだけでは足りない。クオンに関するもの全てに対して否定的でなければならない・・・シントはクオンと・・・ケルベロス家とは関係ないと・・・バースヘイム王国の友好国であると示す為に」
「うっ・・・あ・・・」
ムサシが考えていた事よりも遥かに大事になっている事に改めて気付き言葉を失う
「・・・シン様・・・我らでイミナ様を取り戻し、クオンを改心させて頭を下げても・・・ダメでしょうか?」
「それは無理だよぉ、コジちゃん。ワタシがイミナ様を攫ってきたクーちゃんに何度言っても聞かなかったしぃ・・・」
今まで無言だったフウカが目の前で起こった事を話し始めた
クオンが牢屋に入れられた後、シンは王城に残り、フウカ、シーフ、カーラは王城を出てリメガンタルにいた。クオンを救出するかどうか話し合っている時に監視の目がある事に気付きリメガンタルを離れ、近くの森の中で話し合っているとカーラが突然クオンに呼び出され、イミナを攫ったクオンと共に戻って来た
驚いたフウカがクオンに問い詰めると、クオンは従わないならとフウカに攻撃してきたと言う
「・・・無茶苦茶じゃないか・・・」
「ワタシがイミナ様を取り戻せてればぁ・・・こんな事にはぁ・・・」
スンスンと泣き始めるフウカを余所にムサシは無言で立ち上がりドアへと歩き出す
「ムサシ・・・どうするつもりだい?」
「・・・探しても無駄なら・・・三日後に必ず仕留めれるように自分を磨くしか・・・ないじゃないですか・・・」
立ち止まりシンの問いに答えると、ムサシは部屋を後にした。それを見たコジローはため息をつき立ち上がる
「コジロー・・・君もか?」
「俺は・・・協力してくれるかも知れないツテがあります。まずはそこに行き・・・その後は・・・クオンと全力で戦う準備をします・・・では」
コジローはシンに一礼すると部屋を出た。残されたシンは天を仰ぎ目を閉じるとしばらく部屋にはフウカのすすり泣く声だけが響いていた
そのまましばらく時が過ぎ、おもむろにシンが部屋にある窓に近付くと、窓を開けて泣き続けるフウカに振り返り手を差し伸べた
「少し散歩に付き合わないか?──────」




