5章 9 合同調査隊⑥
レンド達が庭に出るとちょうど翼をはためかせドラゴンが庭に降り立つ時だった。一目でそのドラゴンがステラと分かり、降りた瞬間にステラの背中から予想通りの顔がひょこっと出てきた
「あれ?レンド?・・・エイトにツー様・・・なんで??」
ステラの巻き起こした風を受けながら、全員が心の中でツッコミを入れる
『コッチが聞きたい』と
ドラゴンを初めて見る者、懐かしむ者、ただただ驚く者と様々であったが、マーナがステラから降りて頭を掻きながら歩いて来る頃には少し落ち着きを取り戻していた
「マーナ・・・どうしてここに?」
「いや、クオンからステラと一緒にカダトースの領主屋敷に行ってくれと・・・しかもステラはドラゴンの姿で・・・領主の屋敷なんて来た事なかったけど、ここで合ってる?」
「あ、ああ・・・てか、お前・・・間違ってたらどうするつもりだったんだよ・・・」
「・・・だってクオンが急ぎでって言うから・・・」
そのクオンを探して見渡すが、姿は見えず、代わりに意外な人物が屋敷から出て来て思わず目を疑い二度見した
「げっ、ニーナ様!?」
「げっ、とはなんだ、げっ、とは・・・久しぶりだなマーナ・・・と悠長に挨拶を交わしている場合でもないか・・・これはどういう事だ?」
ニーナはもちろんステラの存在を知っている。だが国として認知されてはいない。ドラゴンを見たらほとんどの国民がパニックに陥るはず・・・なのにマーナが飛来して来た事に疑問を抱いた
「安心して・・・ステラも成長して『不可水』って能力を得たの・・・『不可水』で身体全体を包み込むと姿が見えにくくなるの・・・まあ、近付くと見えちゃうみたいだけど、遠目からだったら・・・」
「何が『安心して』だ。この状況を見てから言え・・・」
「えっ!?・・・あっれぇ??」
呆れるニーナの反応を見て、ようやく自分の置かれている状況に気付く
怯える目、震える槍先がドラゴンという存在が如何に人々に恐怖を与えるかを
「・・・もしかしてやっちゃった?」
「もしかしないでもな・・・さて、どうするのだ?クオン」
「クオン!?えっどこどこ??」
〘魔の世に行って度胸つきすぎだ・・・じゃあ、始めようか・・・〙
続くクオンの言葉に全員の視線がレンドに集まった
クオンが語るのは数ヶ月前のドラゴン調査の時の事。ドラゴンの鳴き声を聞いたという冒険者の言葉を信じ、結成されたドラゴン調査隊。鳴き声が聞こえたとされる渓谷に行くと、冒険者の言う通りドラゴンはいた。決死の覚悟で挑んだ対ドラゴン戦・・・結果はドラゴンがマーナに懐いてしまった為に肩透かしの格好となる。ドラゴンはマーナに従い、マーナはドラゴン使いとなった・・・が、問題が残る
〘国への報告・・・国からの調査依頼・・・その報告にドラゴンを手懐けましたと書けるだろうか?・・・答えは否。もしドラゴンを手懐けた事が本当なら国が黙ってはいないだろう・・・ドラゴンを手懐けるなど信じられないという気持ちともし本当に手懐けたのなら、調査機関が黙ってはいない〙
デラスのような飽くなき探究心を持つ者はいくらでもいる。ドラゴンを調査出来る機会などそうそうない。なのでこの絶好の機会を見逃すはずがなかった
〘そこでレンドは考えた。大切な妹を研究材料にされてなるものか、と。そして至ったのが虚偽報告・・・『ドラゴンはいなかった』と〙
「・・・なぜそこでマーナが研究対象に?そこはドラゴンではないのか?」
〘ニーナ・・・誰も成しえなかったドラゴンを手懐ける女性・・・たった一体のドラゴンを調べるよりも彼女を調べた方がより効果的だと思わないか?〙
「むう・・・たった一体のドラゴンを調べ尽くすより、ドラゴンを手懐けるマーナを研究し、理解した方が第二第三のドラゴンにありつける・・・そういう事か」
〘ああ。そういう事だ。で、だ・・・なぜこのような話をこの場でするかと言うと・・・今屋敷の中で行われた事・・・それはまだ表沙汰になっていないよな?ニーナ〙
「うむ・・・まあ、私も今は公的な立場ではないために王都に戻り・・・まさか!?」
〘そのまさかだ。ニーナが断罪したレンド・ハネス男爵に対する威嚇行為・・・過去のレンドの過ちとで示談を要求する〙
いつの間にかドラゴン調査事件の首謀者となり狼狽えていたレンドもクオンの言葉に真意をみて開きかけた口を閉ざした
実際にドラゴンを目の前にして過去のドラゴン調査に虚偽の報告があったと知ったザイン。ドラゴンは居らず鳴き声を聞いた冒険者を責めていた故に頭が真っ白になり何も考えられずにいた。そして、視線は自然とゲインに向かう
「・・・」
ゲインは悩んでいた。虚偽の報告をしたのは紛れもない事実。そして今、更に嘘を重ねようとしている。クオンの言う通りに事が運べば全ては丸く収まる・・・鳴き声を聞いた冒険者は真実を言っていた事が証明され、ザインの罪は相殺される・・・だが、果たしてそれで良いのだろうか・・・レンドに罪を被せ、胸を張って生きていけるのだろうか・・・悩んだ挙句ゲインが口を開こうとしたその時、先に口を開いた人物がいた
「ハーハッハッ・・・なるほど・・・ゲインが・・・あのゲインが虚偽の報告を・・・」
「・・・兄上?・・・」
「鳥よ・・・誰かは知らぬがそなたの申し出・・・慎んでお受けしよう。私が同爵位であるレンド・ハネス卿にしてしまった行為・・・ドラゴン調査時の虚偽報告の罪・・・その二つを相殺するという示談を受ける」
「ま、待て!何やらトントン拍子で話が進んでいるが、ドラゴン調査に関しては国への不義・・・それにレンドに対する行為を相殺したとしても私への・・・」
〘ニーナ・・・ドラゴンは居なかった〙
「いや、居るではないか!」
〘・・・仮にドラゴンだったとして、ステラがドラゴン調査の時のドラゴンと誰が証明出来る?〙
「むう・・・屁理屈を・・・」
〘それとニーナに対する無礼・・・これは俺と示談しようか〙
「クオンと?・・・つまりクオンが責任を取ると?・・・もしや私を・・・」
娶る気になったか・・・そう目を輝かせるニーナの頭の中からドラゴンの事などスッパリと消え去った。しかし、次のクオンの言葉にニーナは顔を真っ赤にして絶句する
〘ニーナと初めて会った時の屋敷での出来事・・・その時の事を口外しないと約束しよう。もしザインを処分するのであれば、俺はついうっかり喋ってしまうかもしれない・・・魔族に襲われ・・・〙
「~~~!?待て!!クオン、私を脅す気か!?」
〘脅しじゃない・・・提案だ〙
「提案だと?・・・どの口が・・・」
〘別に俺は構わないぞ?あの時俺が動けなくなったニーナを・・・〙
「ニーナ様を?」
「待てい!分かった分かった!示談成立だ!」
話の流れが全く分からないマーナが今までの話よりよっぽど興味ある話が出て来てクオンに続きを急かすと、ニーナは慌てて示談を成立させた。これにより騒動は決着・・・以下のように収まる
・ドラゴン調査の件は国に報告した通りとする
・今回の合同調査は正常に行われたが、再度第三者による安全確認を行う(安全であると言わしめる証拠が不十分の為)
・レンド・ハネス男爵に対する武器による威嚇等の行為は行われなかった
・ニーナ・クリストファー侯爵はカダトースに来なかった
「・・・まあ、貴族同士の諍いで示談になるケースは多々ある・・・私が来なかったと言うのも・・・ま、まあ良いだろう。合同調査に関しては私の『審判』で問題ないだろう・・・だが、ドラゴンに関しては看過できない。正直に報告し然るべき罰を・・・なに、安心しろ。正直に話せば私が何とか無罪放免に持ってい・・・え?」
つらつらとまくし立てるニーナの肩を誰かが叩いた。振り向くとマーナが親指でステラが立っていた場所を指していた。ニーナは視線を移し、当然ドラゴンがいると思い見てみるとそこには見知らぬ男が立っていた
「・・・誰?」
何故マーナがあの男を指さすのか、ドラゴンは何処に行ったのか・・・混乱する中ニーナは周りを見渡すとほとんどの者が男を見てキョトンとしていた
〘な?ドラゴンは・・・居なかった〙
「いや・・・え?」
〘ドラゴンの調査に行くとドラゴンと遭遇・・・同行したマーナに懐くも実はそのドラゴンは人がドラゴンに化けたものだった・・・となると報告は?〙
「ドラゴンは居なかった・・・いやしかしそれは・・・」
ニーナは悩む。ギフト『審判』が発現してからこのような事で迷う事はほとんどなかった・・・それは相手の嘘を見抜く事が出来るから。だが今はクオンの明らかな嘘は全て真実と出ている・・・絶対の自信を持つ『審判』によって
〘・・・ニーナ、ドラゴンの事は後日しっかりと説明する。レンド・・・ニーナを呼んだ理由はただ身を守る為じゃないだろ?〙
「なに?・・・んん!まあドラゴンの件は後日で構わん・・・クオンから直接しっぽりと聞くとしよう・・・」
〘しっかりだ〙
「・・・で、レンド卿・・・私に用とは?」
欲望がついつい言葉に出てしまったニーナは誤魔化すようにレンドに向き直る。するとレンドは頭を掻きながら苦笑した
「クオンさんには敵わないや・・・ニーナ様・・・聞いて下さい──────」
レンド達は屋敷の中に戻り、全員がレンドの言葉に耳を傾ける
レンドは今回の件で感じた事を話した。それは領主の悪意から冒険者は身を守る術がないという事実。もしレンドが貴族でなかったら・・・もしニーナが現れなかったは・・・証拠がないという理由でゲイン達は冒険者ランクを剥奪されていた可能性が高い。今回はたまたま事なきを得た。だが、今後また同じような事が起きた時に冒険者の声が領主に届くのだろうかと提起する
「うむ・・・その件について何も国は放置している訳ではない。今回の件に限らず不当な扱いを受けた者は冒険者だけではなく商人からも多数報告を受けている・・・だが・・・」
解決策が浮かばす放置状態であるとニーナは言う。国は領主に自治権を与え税金を納めさせる義務を課している。その税金さえ払えば国としては口を出したりはしない。余程悪質な噂や評判を聞かない限り・・・
「調査には向かうがそれで発覚した事例は皆無・・・結局表向きは良い領主を演じている・・・常に監視していなければ改善は難しいだろう。その監視をするにも平たく言えば人材不足・・・と言うか貴族のワガママだな。せっかく爵位を持ってるのに誰も地方で暮らしたいと思わない・・・」
「監視役は貴族でないとダメなのですか?」
「マーナ・・・お前も貴族になったのだから覚えておくがいい・・・平民と貴族は思った以上に隔たりがある・・・こんな逸話がある・・・貴族が物を落とし、それに気付いた平民が拾い上げると平民は殺された・・・なぜだと思う?」
「・・・盗もうとしたと思われたとか・・・」
「違う・・・貴族の物に触れたからだ。親切心で拾った平民は殺され、殺した貴族は無罪・・・それがまかり通る。そんな貴族を腐るほど見て来た。そんな貴族を監視出来ると思うか?」
「・・・最悪・・・」
「今回の件も似たり寄ったりと思わぬか?ザイン・ナトス男爵?」
「・・・返す言葉もございません・・・」
「爵位は権限と責任・・・その権限を悪用する者が後を絶たない・・・それでも国は貴族を必要としている・・・国王陛下の負担を減らす為にな」
国王一人で領土全ての国民を管理する事は不可能。なので分担して管理する為に爵位を与え管理する者を選出・・・ディートグリス王国は選出する際にギフトを重要視しているのは管理する能力が高いという理由もあった
「言わば領主は・・・貴族は国王陛下の分身・・・逆らう事も監視する事も不敬に値する。つまり・・・監視するなど土台無理な話だ」
キッパリと言い切るニーナの言葉に一同は黙り込む。しかし、レンドの目は諦めていなかった
「・・・確かに僕ら平民が領主様を監視するなんて出来ないし、貴族にそんな事は頼めない・・・」
「いや、僕らって・・・お主は貴族であろう・・・」
「だけど・・・街には領主様さえ勝手に出来ないしところがあるんじゃないですか?」
「・・・ギルドか」
「はい」
領主である貴族が唯一強制力を発揮出来ない場所、ギルド。冒険者ギルドと商人ギルド、職人ギルドが存在し、生計を立てる上では何かしらのギルドに加入している。そのギルド自体は国直轄であり、自治領内であろうと勝手な事は出来ない
「・・・つまり各ギルドに領主を見張っておけと?」
「いえ・・・ギルドマスターはギルドに加入する人達の事で手一杯でそこまでは頼めないと思います・・・けど、その存在自体が抑止力になると」
「ふむ・・・だがレンドも言っていたようにギルドマスターは激務・・・緊急性がある場合は昼夜問わず出張らなくてはならない。抑止力と言っても・・・」
「はい・・・なのでギルドにギルドマスターの他にサブマスターを任命するようにしたらどうでしょうか?有事の時・・・例えばマスターが忙しくて手を離せない時・・・今回のような場にサブマスターが参加し不正がないか・・・不当な扱いをされてないか監視する・・・そうすれば少なからず領主の行動は抑制されるはず・・・」
「確かに・・・ギルドマスター1人に任せるのではなくサブを用意すれば今回のような件は少なくなるかもしれん・・・がそれは無理だ」
「なぜです!?」
「問題が多すぎる。まず領主が民を裁こうとした時、そこに参加する権限を与えねばならない。それにギルドに加入していない者は今まで同様守られない事になる。例えば子供は?引退した老人は?旦那が加入しているが、妻は加入していない場合がほとんどだが、その場合は?細かく言うとギルドは王都にあるギルド本部から給与を支給しているのだが、そのサブマスターを採用した場合の給金はどこが出す?ギルド本部がと言うならまずその問題を解決せねばならぬぞ?これまでなんの問題もなくやってきたにも関わらず、出す金を増やすとなると素直に首を縦に振るとは思えんな」
「なんの問題もなくって・・・」
「遠く離れた場所の一ギルド加入者がどうなろうと知る由もなければ、知ったことではない・・・そういう体質だ・・・昔からな」
「そんな・・・それでは我々は泣き寝入りですか!?理不尽な事も・・・耐えなくてはならないのですか!?」
「そうではない。制度を変えるにはそれ相応の理由と時間が必要だ。必要だから作ると簡単にはいかぬのだよ・・・そして、レンドの意見は平民からの意見・・・決める貴族連中やギルド本部で働く現場を知らない者達が頷くとは思えない・・・故に無理なのだよ」
「くっ・・・」
ギルドマスターのだエンリの話を聞き、サブマスターの案を考えたレンド。もし領主にとって不可侵なギルドの者が間に入れれば、領主の独断で罪を着せる事が出来ないのでは?と考えた結果だったが、ニーナに突っぱねられ言葉を失う。するとこれまで黙っていたクオンが再びレンドの頭の上でくちばしを開く
〘なるほど・・・無理か。つまりディートグリス王国は民を守るつもりはないと?〙
「クオン?・・・そうではない。聞いていたと思うがこれまでの制度を変えるには・・・」
〘?何を言っている?変えるのは制度じゃない・・・法だろ?〙
「!?それこそ無理だ!法を変えるなど・・・」
〘無理?ニーナ・・・法は何の為に存在している?〙
「そんなもの守る為に決まっているだろう!」
〘何を?〙
「は???」
〘法は守る為に存在する・・・では、その法は何の為に存在するんだ?〙
「・・・国民を・・・国民の生活を守る為に・・・」
〘だろ?なら法を変えるのが無理な理由はなんだ?今の法では守れていない民がいる・・・だから法を変える必要がある・・・なのに、変えるのは無理と言う・・・矛盾していないか?〙
「うぐっ・・・」
〘ニーナ・・・お前は分かっているんだろ?法の不備を認めれば、即ちそれは王家の不備。法を定めた王家に弓を引く事になりかねない・・・だから王家の定めた法に不備があったなんて口が裂けても言えない・・・だろ?〙
「・・・そうだ!もう何百年も現行の法で国は繁栄してきた!そこに不備があったなど・・・変えるなどは・・・」
〘変える必要はない〙
「え?」
〘一文加えるだけ・・・領主の権限に民を裁く権限があるのだろう?だったらその権限に一文『ただし第三者の立ち会いを必要とする』と加えるだけだ。立場的な第三者のな。領主に民が裁かれようとした時、立場的な第三者と言ったら街にはギルドだけになるだろ?別に冒険者だから冒険者ギルドのマスターじゃなくてもいい・・・あくまで公平な立場の人を立ち会わせることで抑止力になる。さて、そうなるとギルドも人員不足に陥る可能性があるな・・・そうなると法を守る為にギルドはギルド本部に人員を確保する要請をする・・・ギルド本部は法を守る為に人員を増やさざるを得ない〙
「・・・そう上手くいくか?ギルド本部が無理をしてギルドマスターにやらせる可能性が高いぞ?」
〘ああ、だから事例を作る。例えばこのカダトースでサブマスターを設け、運営してもらう。もし評判が高ければ他の街からも要請が来るはず・・・全ての街のギルドにサブマスターを設けてくれと〙
「だが!それを承認させるにしても、ギルド本部の決定が必要だ。たとえ一つの街とは言え・・・」
〘承認を得る必要はない・・・ギルドマスターのエンリが体調不良の為に補佐をする者を指名した・・・その間にニーナが一文加えたとする・・・すると他の街ではギルドマスターがてんやわんやだが、補佐をする者がいるカダトースは何の問題もなく・・・ってな感じになるのが理想なんだがな〙
「そ、そんな都合よく・・・」
〘それが都合よく起きる。まあ、問題が起こるのが、たまたま俺の知っている領主の所かも知れないけどな〙
「ツー兄・・・やな予感がする・・・」
「・・・ああ、私もだ・・・」
エイトがクオンの言葉に反応しツーがそれに同意する
「・・・クオン・・・私に不正に手を貸せと言うのか?」
〘不正?どこが?〙
「お主はありもしない問題を知り合いの領主に起きたと嘘をつかせるつもりだろう!?それが不正でなくて何になる!」
〘・・・民を守れない法に何の意味がある?〙
「!・・・それとこれとは・・・」
〘王家に気を使って民を守れない法に遵守する・・・お前の守る法とはその程度だったのか?『法の番人』ニーナ・クリストファー〙
見た目が鳥とはいえ片目を閉じ薄目で語るその姿はクオンを彷彿とさせ、まるで本人に言われた気分になる。ニーナは俯き、ドレスの裾を握り締めると肩を震わせた
「・・・私だって・・・でも・・・」
〘・・・〙
肩の震えに声の震え・・・顔は伏せていて見えないが周囲の者は気付いていた・・・ニーナが涙している事に
レンドの頭の上に止まっていたクーネが飛び立つとニーナの震える肩に降り立つ。一瞬ビクッと身体を大きく震わせたニーナだが、何が起きたのか理解すると恐る恐る顔を起こしてクーネを見た
「・・・」
〘あー・・・その、なんだ・・・別にお前を責めている訳じゃない。法を守る事ばかりじゃなくて、その法がなぜ出来たかを考えるのも・・・〙
「・・・」
〘分かった分かった!そうジトーと見るな。この埋め合わせは必ずする。だから帰ったら『法の番人』ニーナ・クリストファーに一文追加の件、伝えといてくれ〙
「・・・そうだったな・・・私は今ここに居ない」
ニーナは言うや否や鋭い視線を周囲に向けた。言葉なくしてもその視線の意味が全員に伝わる・・・『泣いた事は黙っとけ』と
「あーでもドラゴンの件といい、今の埋め合わせといい・・・少々の時間では足りぬなあ・・・」
チラチラと肩に乗るクーネを見ながら言うニーナに、観念したように目を閉じため息をつく
〘・・・魔力回復にまた屋敷に行くのだろう?その時に合わせて行く。それでいいだろ?〙
「なら赦す」
満面の笑みで答えるニーナ。その笑顔を見て男性陣とマーナはため息をつくが、そのため息の種類は違っていた。男性陣は見惚れ、マーナは呆れる
ニーナの機嫌が直ったので再び飛び立ちレンドの頭の上に止まるクーネ
レンドは戻って来たクーネを見えないと分かってはいるが見上げて頬を掻く
「やはり僕では・・・どうする事も出来ませんでした・・・」
〘?・・・何を言ってるんだ?サブマスターの案はレンドならではだと思うぞ?少なくても俺には思い付かない。過程はどうあれ案を出したレンドの手柄だ。それにレンドはディートグリス王国を救った英雄でもある〙
「え?・・・それってどういう意味ですか?あのムカデが国を滅ぼすほど強かったとか?」
〘いや、そうじゃない。もしレンドがあの時、俺に頼っていたら・・・俺はディートグリス王国を潰していたかもしれないって事だ〙
「な、なんで!?」
〘仮にレンドが俺を頼ったとしよう・・・するとムカデを倒した後に俺を含めてこの場所に呼ばれる・・・当然俺はサブマスターなんて案はないから真っ向ザインと争うだろうな・・・で、法を盾に来られたら、そんな法は要らないと思うだろう・・・結果ダムアイトに殴り込みに行って俺とゼーネストの争いに発展し・・・〙
「いやいや!さすがにそれはないでしょう!?」
「・・・いや、クオンならありえるな・・・なにせ国王陛下の首元に刃を当てる男だ・・・殴り込みに行っても何ら不思議はない」
正確にはシャンドが喉元に爪を押し当てていたのだが、クオンの指示でやったのでニーナの言葉は間違いではない。全員が信じられないといった顔でレンドの頭の上のクーネを見つめる
〘あの時は・・・まあいい。で、レンド・・・まだ続きがあるんじゃないか?お前が考えていたのはサブマスターという職を作る事だけじゃないだろ?〙
「・・・はい。僕は・・・セガスの出身ですが、セガスの貴族って訳ではありません・・・ディートグリスの一貴族として・・・サブマスター制度を考えました。そして・・・この街、カダトースで試してもらえるなら・・・僕はサブマスターにゲインさんを推奨したいと思います」
「私が?・・・だがしかし・・・」
「試用期間なので冒険者兼でいいと思います。これにはエンリさんからも了承を得ています・・・冒険者を・・・カダトースの街の人々を守る意味でも・・・サブマスターにはゲインさんしか居ないと思いました・・・どうでしょうか?」
「いつの間に・・・そうか、それで時間が欲しいと・・・私はこの場をどう凌ぐか考えていた・・・他の者にも罪が及ぶなら全ての罪を被ろうと思っていた・・・だが、君はこの場だけではなく、この街の・・・ひいてはこの国の未来まで考えていたのだな・・・」
「そ、そんな大袈裟なものではありませんよ!・・・ただ僕は・・・誰かを犠牲にして逃げたくなかったから・・・ない頭を使って必死に考えたのですが、結局クオンさんに助けてもらってばかりで・・・」
「・・・守るだけではどうしようもないと知っていたはずなのに私はまた守るだけで乗り切ろうとしていた・・・攻める事も必要だと分かったつもりだったが、分かっていなかった・・・それに誰かと協力する事でより良い結果を得られる事も・・・エンリ婆が了承済みなら・・・やってみるか・・・そのサブマスターとやらを」
「ゲインさん!」
「でも、金はどうすんだ?ゲイン兄貴・・・タダ働きになっちまうのか?」
「それは・・・」
「私が払おう」
モリスの指摘にレンドが返答に困っていると名乗りを上げる人物が・・・意外過ぎる人物に一同は唖然とする
「・・・兄上?」
「ふん・・・今回は私情に駆られただけ・・・いつもは公正明大を自負している・・・それを証明する為にもサブマスターは良い案だ・・・それにサブマスターを取り入れた初めての街と言うのも悪くない」
「兄上の好きな面目も保てるって訳か・・・」
「ふん・・・保てるどころではない・・・カダトースの名を国全土に轟かせる好機よ」
「・・・兄上らしいな」
笑い合う二人・・・本来はこのような感じのやり取りをする兄弟なのかと周囲も安堵する。こうして合同調査はある一定の成果を上げて終わりを見せた──────




