5章 8 合同調査隊⑤
レンドが目を開けると星が無数に輝いていた。微かな揺れと隣に寝ているテン・・・状況が飲み込めずに起き上がるとそこが荷馬車の荷台である事に気付く
「ようやくお目覚めか?英雄」
「英雄・・・って?」
荷台の傍を歩いていたバリームが起きたレンドに気付き、からかうようにニヤリと笑い声をかけた
「英雄は英雄だ。あんな化け物相手に出来るのは物語に出て来る英雄か勇者だけってなもんだ・・・勇者の方が良かったか?」
「どちらも勘弁して下さい・・・って、バリームさん、腕が!?」
ハンマーセンティピードに奪われたはずの右腕があり、レンドが思わず大声を上げた。するとバリームは失ったはずの右腕を上げて頭を掻き、左手で行者席を指さした
「あの嬢ちゃんに繋げてもらった・・・すげえな・・・切り落とされた腕を戻すなんて聞いた事ねえ・・・」
《嬢ちゃん言うな言うとろうが!もっかいもぐぞ!》
「クロフィード様ハンパねぇっす!」
《お前は黙っとれ!》
行者席には馬を操るモリスとその隣にマルネスが座っていた。ここぞとばかりによいしょするモリスを怒鳴りつけ、移動中にも関わらずフワリと浮くと荷台へと着地する
《情けないのう・・・魔力切れを起こすとは・・・魔力配分も満足に出来んか?》
「最後の魔法が思ったより消費が多くて・・・」
「ハン!自分の火魔法は生半可じゃないと言いたげだな!」
「エイトさん・・・」
バリームとは反対側に下がって来たエイトが恨めしそうな表情でレンドに噛み付く。レンドには、生半可という言葉には覚えがある。ゲインに生半可な魔法では通用しないというような内容の言葉を発した覚えが・・・
「レンドの言う通りではないか・・・私達ではあれだけの高火力は出せん」
「でもよー、ツー兄・・・」
ツーも下がって来てエイトを慰めるように肩を叩くが、エイトはそれでも食い下がる
「まだカダトースまで時間がかかる・・・寝ていたらどうだ?」
「ゲインさん・・・あれ?調査は?」
先頭を歩いていたゲインも荷台まで下がって来た。結局全員が荷台の側まで来て、モリスだけは馬を操っている為に寂しそうに後ろを何度も振り返る
「調査は切り上げだ。被害も出たし、街道に魔物が出る理由もほぼあのムカデが原因だろう・・・だろう?マルネス」
《ハア・・・ハンマーセンティピードと言っておろうに・・・まあ良い・・・ハンマーセンティピードは頭部の硬さと獲物を誘き寄せるのが特徴でな・・・良質の魔力を漂わせ、誘き寄せられた魔獣を地中からパクリだ。まあ、我らに遭遇しなければここら一帯の魔物は絶滅していただろうのう・・・もちろん人も含めてな》
「じゃあ活性化と思っていたのも、そのハンマーセンティ?のせいなんです?」
《・・・もうムカデで良い・・・ハンマー・・・ムカデが原因の可能性が高いだろうのう。ただファストのせいで魔素が濃くなっているのは確か・・・魔素が濃ければそれだけ魔物も強くなる・・・だもんで一概には言えぬな》
「他に魔獣がいる可能性はどうですかね?」
《ふむ・・・ないとは言えぬが、限りなく低いのう・・・恐らくあのムカデもここに出たのではなく、移動して来た可能性が高い。魔素の濃い方向を目指す修正があるから、恐らくディートグリスの王都に出た魔獣の生き残りであろう・・・魔獣はほとんどのものが身体がデカいからのう・・・王都からここまで騒がれずに来れるのは地中を潜るハンマーセンティピードだけだろうて》
「つまり、まだいるとしたらハンマームカデだけ・・・」
《もう名などどうでも良いわ!それは有り得んな。彼奴等は縄張り意識が激しくてのう・・・ここら一帯は今回倒したヤツだけだろうて》
マルネスの言葉にようやく安心し、調査を切り上げた理由も納得した。そして、ここにいない者の存在に気付く
「そう言えばフリットさ・・・フリットは?」
「どこ探しても居やしねえ・・・恐らくこっそり逃げて先にカダトースに戻ってるだろうさ・・・ある事ない事吹き込みにな」
バリームが呆れて言うと、それを聞いたレンドがゲインを見た
「・・・心配するな・・・なるようになるさ」
ゲインは寂しそうに笑った。もしかしたらゲインは冒険者ランクが剥奪される覚悟をしているのかもしれない・・・そう感じたレンドは最後の仕事がある事を思い出す。モリスから頼まれた最後の仕事が──────
夜通し進みカダトースに着いたのは明け方。門番がゲイン達を見て驚いていたのでフリットによる流言は大方『全員死んだ』だろうと予測する
気にせずレンド達はカダトースのギルドへと直行し、ギルドマスターを待つ
出て来たカダトースの冒険者ギルドマスターであるエンリ・メクロは少し辛そうに歩きながらゲイン達の生還を喜んだ
「ごめんなさいね・・・最近体調が優れなくて・・・でも良かったわ・・・セガスの荷馬車の行者の方は残念でしたけど、あなた達が無事で」
「エンリ婆!それよりフリットの奴は!?アイツは何て?」
モリスが怒り心頭でエンリに詰め寄ると、エンリは首を振りフリットが訪れて報告した事をそのまま伝えた
『ゲインがセガスの者達と組んで行者を殺した。調査を放棄して依頼料だけ頂こうという魂胆だ。取り分で揉め始め、危険を感じたから自分だけ引き上げてきた』
まったくの出鱈目な内容にモリスは顔を真っ赤にし怒り、バリームは壁に拳を打ちつけた。ゲインは黙ってそれを聞き、エンリの言葉を待つ
「領主依頼で内輪揉め・・・それもセガスとの共同依頼にも関わらずと領主はお怒りよ・・・」
「エンリ婆!」
「分かってるわ・・・そう怒鳴らないで、モリス。後進が育ってない状況で引退間近にこんな揉め事が起こるなんて・・・本当に嫌になるわね・・・ゲイン、貴方ギルドマスターにならない?」
「ご冗談を・・・して、我々はどのように?」
「万が一ゲイン達が戻ったのなら即座に領主の屋敷へと・・・つまり貴方達を断罪するつもり。領主とギルドの関係は知っての通り不可侵・・・向こうがこちらに要求は出来るけど命令は出来ないのと同様にギルドも・・・だから私から貴方達に言える事は一つ・・・このまま逃げなさい」
「・・・」
「ゲイン・・・貴方がこのカダトースに深い思い入れがあるのは知っているわ。でも・・・今回は相手が悪過ぎる・・・貴方は兄である領主ザインと争いたくないでしょ?」
「このまま汚名を返上せず逃げろと?」
「名より命よ?私は常々言ってきたはずよ・・・どんな依頼でも生きて帰って来てくれればそれでいい・・・冒険者の最大の武器は生きる力・・・生き残る意志よ」
「依頼で死んでしまった冒険者の葬儀には出ない・・・でしたか?」
「当たり前よ!約束を破った子の葬儀なんて出てやるもんですか!」
ゲインは知っている。エンリが冒険者の死を誰よりも悲しんでいるという事を。亡くなってから数日食事も喉を通らない事を。毎晩涙しているという事を
だが──────
「エンリ婆・・・私は胸を張って領主に会ってきます。誰も悪い事はしていない・・・逆にカダトースとセガスを救ったという自負があります・・・まあ、私は役立たずでしたが・・・それでも共に行動した私が罪に問われるのは納得出来ません。何も恥ずることは無く、逆に誇らしいこの気持ちを・・・私は無にしたくありません・・・だから・・・逃げません」
「・・・勝手にしなさい・・・」
エンリは鋭い視線をゲインに向けると踵を返して立ち去ってしまう。ゲインはその後ろ姿が見えなくなるまで無言で頭を下げていた
「すまない・・・レンド、エイト、ツーさん・・・カダトースの問題に巻き込む形になってしまって・・・モリスとバリームも・・・皆は私が必ず守る」
「へっ、気にすんな。カダトースの領主が何言おうが俺様には通じねえ」
「立場は違えど似たような境遇・・・察してあまりある・・・拝見させてもらおうか・・・どう切り抜けるかを」
「兄貴について行きます・・・ずっとこれからも・・・」
「あん?何か言ったか?俺はフリットさえ殴れればそれでいい」
「・・・僕は・・・少し時間をもらえませんか?」
他の者達が覚悟を決める中、レンドは目を閉じゲインに告げる。他の者達は少し驚いた表情でレンドを見るが、ゲインは微笑み頷くと1時間後にギルドに集まるよう告げた
「おい!レンド・・・お前まさか・・・」
「エイト・・・この問題は誰かに強制されるような問題ではない。レンド・・・じっくりと考える事だ・・・ただこれだけは言っておく・・・君とその子は必ず守る・・・命も・・・名誉もな」
レンドに詰め寄るエイトを制止して、ツーはレンドの肩に手を乗せるとそのままギルドを後にした。続けてモリスがやって来て無言でレンドを見つめるとそのままギルドを去り、バリームがレンドの前に立つ
「お前が考えるのは一つ・・・その子の事だけだ。お前にしかなれねえんだからな・・・その子の英雄には」
バリームはそれだけ言うと立ち去り、最後にゲインがレンドに語りかける
「・・・行けば何が起きるか分からない。撤退にも勇気が必要・・・私はエンリ婆にそう教わって来たのに勇気が足りなかったようだ・・・君は勇気ある青年だ・・・答えを間違えない事を祈っているよ」
ゲインはそれだけ言い残すとギルドを後にする。テンが行かないの?と言うような目で見上げると、レンドはテンの頭の上に手を置き、呟いた
「勇気ある撤退・・・それが誰かの犠牲によるものなら・・・僕は逃げない──────」
1時間後、ギルドに全員が揃う。もちろんレンドも
テンはいつの間にか仲良くなったギルドマスターのエンリにお願いし、全員は無言で頷くと領主ザインが居る屋敷へと向かう
「・・・良いのか?本当に・・・」
「考えは固まってました・・・でも、どうしてもピースが足りなくて・・・結局僕だけでは・・・」
「?・・・まあ、君にも色々あるのだろう。安心してくれ・・・私が必ず・・・」
逃げずに領主に会う事を選択したレンドにゲインが声をかけるが、レンドは微笑み前を見る。もう領主の屋敷は目の前・・・警護にあたる2人の門番がゲイン達に気付き持っている槍で行く手を阻む
「これより先、領主様の敷地内の帯剣は禁止されています!こちらでお預かり致しますのでお預け下さい!」
ゲインは素直に応じ盾を・・・他の者達も全員武器を手渡す
「それと全員に封印の布を巻いて頂きます。もし外された場合、叛意アリと見なされますので御注意を!」
「叛意だあ?別に俺はカダトースの領主に従ってるつもりはねえぞ!」
「お付け頂けないのでしたらお通しする事は出来ません!お帰り下さい!」
「んだとぉ?」
「エイト!別に取って食おうとは思ってはおるまい・・・ここは従え」
「・・・チッ!」
ツーに窘められ、エイトが渋々封印の布を腕に巻くと門番はもう一度全員が巻いているかを確認し中へと通す
庭を通り、屋敷の扉が開かれると広い一室に通された。部屋の奥には椅子に座った少しゲインの面影がある男が座り、その左横には女性が立っている。女性の前には子供が立ち、椅子の右横にはフリット・・・そして、壁際には槍を持った警護兵がズラリと並ぶ
「・・・姉さん・・・」
「・・・フリット・・・クソ野郎が・・・」
モリスは女性を見て複雑な表情をして呟き、バリームは歯軋りしながらフリットを睨み付ける。ゲインは一瞬女性を見るがすぐに椅子に座る男へと視線を移した
全員が案内された位置まで辿り着き、膝をつき頭を下げると椅子に座っていた男が立ち上がった
「全員揃ったようだな。一応言っておこう・・・調査の件ご苦労だった」
カダトース領主でありゲインの兄、ザイン・ナトスはゲイン達を見下ろしながら言い放つ
その言葉にエイトが顔を上げて文句を言おうとするが、即座にツーに止められた
「・・・お言葉ですが、一応とはどういう事でしょうか?私達は依頼を見事完遂し戻って来た次第なのですが・・・」
「変わらぬな・・・ゲイン。私への挨拶も抜きに労いの言葉に水を差すか・・・。それに依頼を見事に完遂だと?笑わせるな」
「・・・と言うと?」
「しらばっくれるな!このフリットより聞いておるぞ!調査をしたと嘘の報告をする為に口封じで行者を殺害し、反対するフリットをも殺害しようとしていた事を!除名したとはいえ元はナトス家の者としての誇りすら失ったか!恥を知れ!!」
突然叫ぶザインに隣にいる子供がビクリと身体を震わせ、怯えた表情でモリスの姉、エリナを見る。エリナはそっと子供の肩に手を乗せ、大丈夫だと首を振る
「フリットの言が正しいとなぜお思いで?私達は依頼通り調査を実行し、魔物が街道付近に出て来る原因と思われる魔物を討伐・・・その時の戦闘で行者は命を落としてしまいましたが、私達は依頼を放棄してはおりません。フリットの言こそ事実無根」
「ほう?ならばなぜ期日前に戻って来た?調査は五日間と申し伝えたはずだが?」
「原因の特定と行者の遺体の搬送がありました。それにこれ以上調査の必要はないと判断した上です。もしお望みなら予定していた5日目の調査を致しますが・・・」
「戯言を・・・原因の特定?その魔物が原因だとなぜ言い切れる?それに行者の遺体などその辺に埋めとけばよかろう・・・今回の調査はカダトースの未来がかかっておる・・・天秤にかければどちらに傾くか言うまでもあるまい」
「しかし兄上!」
「ザイン様だ!ゲイン!」
「・・・ザイン様・・・無意味と思われる調査より、遺族に遺体をお渡しする方が優先度は高いのではないでしょうか?」
「だったら無意味と言わしめる証拠を出せ。依頼したのは私とセガスの領主・・・現場判断ではなく、依頼主が無意味と判断すべきではないのか?」
「・・・あるお方に・・・お聞きしました。私達が討伐した魔物が魔物を誘き寄せていると・・・その魔物は街道近くに潜伏し・・・」
「待て・・・そのあるお方とは一体誰だ?」
「それは・・・」
チラリとレンドの方を見るゲイン。マルネスは木刀に擬態しており、その木刀は門番に預けている。それにたとえマルネスがこの場に居たとしてもマルネスが言っていたとは言えない。言えばマルネスが何者かも言わなくてはならなくなり、そうなると問題は更に大きくなる可能性が高い。天使を崇める国で魔族の言う事を信じて撤退したなどとは口が裂けても言えない
「なるほど・・・誰とも言えぬ者からもう安全だと言われ、依頼を放棄し帰って来たと?・・・お前がそこまで愚かだとは思わなかったよ・・・ゲイン」
「くっ・・・しかし!」
「ゲイン・・・お前が罪を免れる方法は一つ・・・証拠を出せ・・・出せねば背任罪として冒険者ランクの剥奪・・・及び行者殺害の罪で投獄だ」
「ゲイン兄貴が・・・投獄?」
「チッ・・・旗色が悪ぃな・・・」
「他人事ではないぞ?冒険者ランクがゲインより下位の為にゲインに言われるがままにしたとしても罪は免れぬ・・・共謀罪で2人共冒険者ランクは剥奪だ・・・投獄されないだけありがたいと思え。セガスの冒険者については私が裁くべきではない・・・セガスにて罪を償え」
「・・・そういうシナリオかよ」
「ゲインが全てを仕切った・・・そういう事にすればセガスの面目は潰さない・・・か」
証拠などない。もし仮にマルネスを証人に立てたとしても裏付けなど出来ようもない。こうなったらとゲインが立ち上がろうとした時、先に隣にいたレンドが立ち上がった
「あの・・・フリットの方は証拠あるんですか?」
「・・・君は?」
「あっ、セガスの冒険者でレンドと申します」
「・・・レンドか。君は知らないかもしれないが、そこのゲインは今私を陥れようとしている嫌疑をかけられている。冒険者を使って嘘の報告をさせ、私の面目を潰そうとしたのだ」
ザインの言っている事はおそらくドラゴン調査の時の事。いつの間にか鳴き声を聞いた冒険者はゲインの指示でやった事になっていた
「それとフリットの証拠にどんな関係が?」
「分からぬか?ゲインは今信用に足りぬという事だ。私を陥れようとしている者と真っ先に私に報告に来た者・・・どちらを信用するかは火を見るより明らかではないか?」
「ケッ、ビビって逃げただけだろ・・・」
「何か言うたか?バリームよ」
「いえ、何でもございません・・・領主様」
「・・・フン・・・理解したか?レンド・・・ゲインが証拠を出せぬ以上議論の余地はない」
「では、もう一つよろしいでしょうか?・・・僕がこの場で封印の布を外したらどうなりますか?」
レンドの言葉に警護兵達がザワつき、ザインが目を細める。ゲイン達も驚き一斉にレンドを見た
「・・・質問の意図が分からぬな。門番より聞いていなかったか?その封印の布を外せば叛意があるとみなされ・・・」
「叛意って背こうとすると意思があるって事ですよね?背くも何も僕は貴方に従った覚えはないですよ?」
「・・・くっくっくっ・・・無知は罪よのう。ディートグリス王国において爵位を持つものに従うのは国民の義務・・・そんな事すら知らぬのか?」
「では・・・試してみましょうか?」
「よせ!レンド!!」
封印の布の結び目に手をかけるレンドをゲインが止めようとする。しかし、止められる前にレンドは結び目を解き封印の布を外してしまう
「・・・バカが・・・」
ザインが手を上げると警護兵達が一斉にレンドに向かって槍を構える。ゲインが慌ててレンドの前に立とうとするが、レンドはそれを制し、更に一歩踏み出した
「さて・・・この場合はどちらが罪に問われますか?無知な僕に教えて頂きたい・・・封印の布を取った僕・・・槍を僕に向けた兵士・・・槍を僕に向けるよう指示した・・・ナトス卿」
「貴様の耳はどうやら飾りらしいな・・・死して後悔するがいい!」
「お待ち下さい・・・僕の質問は当事者の貴方が答えるべきではありませんよね・・・ですから、答えを知る然るべき人物をお呼びしております。お願い致します!」
「なに?」
突然訳の分からない事を言うレンド。だが、その意味が次の瞬間分かった。レンドがいた位置に突然空間が歪み始め、その歪みの中から赤いドレスの女性が出て来た
「御足労おかけして申し訳ございません・・・ニーナ様」
いつもの赤いドレスに身を包み、やって来たのは『法の番人』ニーナ・クリストファー。扇子で顔半分を隠し、辺りを見渡すと何故かガッカリした様子を見せていた
「一体どうやって・・・それに赤いドレス?・・・ニーナ?・・・」
ザインが微かな情報から記憶を辿る。その横でフリットはニーナを舐めるように眺め、ヨダレを拭いながら前に出た
「なるほど・・・どうやって出したか知らないけど、女を献上して許しを得ようって魂胆かな?残念ながらザイン様は妻帯者・・・だが、俺は今フリーなんだよね・・・もし俺にこの女をくれるなら・・・もしかしたら思い出す事もあるかもねえ・・・例えば『レンドは企みに反対していた』とかねえ・・・」
フリットはニーナに触れるか触れないかの位置まで来ると鼻を鳴らしながら匂いを嗅ぐ。ニーナはその行為を前にしても微動だにせずに椅子に座り思い出そうとするザインを見た
「さてと・・・クオンの頼みで来てはみたが予想以上に腐っておるな・・・鼻が曲がりそうだ」
「・・・言うじゃないか・・・揉んでやろうか?っと!」
「下がれ!フリット!」
フリットが手を伸ばそうとした瞬間、レンドが叫び間に入る。フリットは飛び退きレンドを睨みつけた
「下がれだぁ?宿屋の息子が何様のつもりだ?」
「お前らの言う貴族様だよ・・・フリット」
「はぁ?・・・貴族様?お前が?・・・宿屋『男爵』の跡取り息子だろ?笑わせるな」
バカにしたように指を指し笑うフリット。そこでニーナが顔半分を隠していた扇子を閉じてフリットを指す
「そこの・・・少し黙っておけ。貴様が口を開く度に悪臭が漂って敵わん」
ニーナの正体を知らないフリットは、いいように言われて笑顔を一瞬で消し視線をニーナに向けると睨めつける
「黙って聞いてれば・・・売女のくせに調子に乗るなよ?」
「それ以上近付くな!ニーナ様はクオンに頼んで来て頂いた大事な方・・・指一本触れさせない!」
「・・・クオンの大事な方・・・」
「・・・『頼んで来て頂いた』が抜けてます・・・」
急に頬を染めてクネクネし始めるニーナに呆れながらツッコミを入れるレンド。そのやり取りで思い出した訳では無いが、ザインがようやくニーナの事を思い出す
「・・・『法の番人』・・・ニーナ・クリストファー・・・侯爵閣下?」
実際に見た事がある訳では無い。話を聞いた事がある程度・・・赤いドレスを着込むディートグリス王国国王のは智の懐刀、『法の番人』ニーナ・クリストファー侯爵
「ほう・・・やっと気付いたか。で、この状況をどうする?」
「この状況・・・なっ!?」
ニーナに言われて初めて気付く最悪な状況。ニーナが立っているのに座っているザイン、侯爵を売女呼ばわれしたフリット、レンドに向けていた槍の穂先がそのままニーナにも向かってしまっている警護兵・・・ザインは青ざめ、すぐに立ち上がった
「すぐに槍をしまえ!何をしている!早くしろ!!」
突然の命令に戸惑う兵士達をそのままに、ザインは呆然とするフリットを押し退け、ニーナの足元まで駆け寄ると跪き頭を垂れる
「も、申し訳御座いません!閣下が来られると存じておりましたら・・・」
「存じておったら?『無知は罪』なのだろう?ザイン・ナトス・・・男爵だったか?」
「いや、それは・・・」
「黙れ・・・全て聞いていた。さて、レンド・・・私に何を求める?」
「真実を」
「ふむ・・・それは私も望む所・・・では、何の真実を問う?」
「ハッ!セガスとカダトースにて共同で魔物の調査をした際、我々が不正をしたとの申告がありました。ですが我々は命を懸けて魔物を討伐し戻って来た次第・・・どちらが真実を言っているか・・・ニーナ様に審判して頂きたいと思います」
若干芝居がかった言い方でレンドが言うと、ニーナは笑いを堪える為に扇子を開き顔半分を隠す
「う、うむ・・・私も最初から聞いていた故、状況は既に承知している。では、異なる申告する両者に聞いてみるか・・・一つ言っておく・・・私のギフト『審判』の前で嘘が通ずると思うなよ」
状況が飲み込めていないフリットだが、ゲイン達も意味が分からずレンドを見る。レンドはゲインと視線を合わせると軽く頷いた
『正直に話せばいい』
そう受け止めたゲインはニーナに向き直り、跪いたまま名乗りを上げ起こった事を洗いざらい話した。ニーナはそれを黙って聞き、ゲインが話し終えると口を開く
「うむ・・・さて、これは既にもう一方の意見を聞く必要すらない状況だが・・・それでもあえて私に虚偽の報告をするか?」
暗にゲインが真実を述べている事を伝え、フリットをギロリと睨み付ける。睨まれたフリットは後退りながらザインに助けを求めるが、ザインは頭を伏せたまま視線を合わせようとはしなかった
「い、いや・・・その・・・見間違えをしたかも・・・」
「なるほど・・・見間違えもしていないと」
「え?・・・いや・・・俺も騙されたというか・・・」
「騙されてもいないと」
「うっ・・・違うんです!俺は領主に言われて!」
「フリット!貴様!」
追い込まれたフリットがついにボロを出す。領主と言った瞬間、ニーナの目は光り、目の前で跪くザインを見下ろした
「ほう・・・今の言葉は真実だ。さて、では聞こう・・・ザイン・ナトスよ、あの者に何を言った?」
「それは・・・ゲインが私を陥れようとしているから・・・見張れと・・・」
「ふむ・・・ゲイン、それは真か?」
「いえ!私は兄・・・ザイン様を陥れようなどと思った事は一度も御座いません」
「・・・よく分かった。『審判』は互いに嘘はついてないと出てる・・・つまりザインは被害妄想をこじらせてゲインが自分を陥れようとしていると思い込み、そやつの嘘の申告を信じ罰しようとした・・・この場合、裁定はどうなるか分かるな?」
「ハッ!虚偽報告をしたフリット・キャスーンを裁き、ゲイン・ナトスは無罪放免に・・・」
「違うであろう?フリットとやらは罪に問い、それを盲目的に信じたお主はゲイン一行に謝罪し正当な評価を下す・・・ではないか?」
「・・・仰る通りで御座います・・・」
「自治領とは言え王国の法に基づくのは当然・・・法を破ればそれ相応の報いを受ける・・・では、次に参ろうか」
「・・・次・・・ですか?」
「そんな事も分からないか?私に対する無礼は元より、レンド・ハネス男爵にした数々の無礼・・・忘れたとは言わさぬぞ?」
「あっ・・・」
「先程レンド・・・卿が言うていたな。この場で封印の布を外すのは罪か・・・無論罪ではない。レンド卿は国に認められて爵位を得た者・・・領主とは言え同じ爵位で強制力を発揮する事は出来ない・・・よって無罪。次に知らぬとはいえ貴族に対して武器を向ける行為・・・これには判例がある・・・たとえ知らないとはいえ向ければ有罪。もちろん指示した者もな。知らなかったでは済まされぬぞ?『無知は罪』・・・なのだろう?」
「かっ・・・くっ・・・」
「次にこのニーナ・クリストファーに対する罪・・・槍を向けた者がいた・・・元々向けていた所に私が現れたと言うなら即座に下げるべきであったな・・・侯爵に対する無礼・・・これは重罪だ。もちろん管理する者も含めてな。兵士達は禁錮刑、管理者であるザイン・ナトスに関しては爵位剥奪が妥当。それに私に暴言を吐いた者がいたな・・・これは議論の余地なく極刑・・・死罪だ」
「ヒィ!そんな・・・」
ニーナによる断罪によりザインは項垂れ、ようやく事態の深刻さを理解したフリットは顔を引き攣らせ天を見上げる
「え、えっとニーナ様?よろしいでしょうか?」
「うん?ゲインか・・・なんだ?」
二人からの釈明でも来るかと思いきや、予想外のところから声をかけられ眉を顰めるニーナ。ゲインは頭を下げてからニーナを見て口を開く
「その・・・減刑を望めないでしょうか?」
「ほう・・・その心は?」
「・・・真実を明かして頂き、命と名誉を守って頂きました・・・感謝の言葉もありません。今回は私に対する疑念が原因・・・疑念を抱かせてしまった私にも責任があります。そして、ニーナ様とレンド・・・様への対応も世間知らずの田舎領主の戯言として・・・御容赦頂けないでしょうか?」
「ゲイン!貴様に・・・」
「兄上は!・・・兄上は妻子の為に一度下げた頭をもう一度下げる事は出来ませんか?私に恩を着るのがそんなにも嫌でしょうか?それほどまでに・・・面目が大事でしょうか?」
「・・・」
ザインはなぜこれ程までにゲインを嫌うのか考えた事も無い。何故なら分かりきっているから。口に出すのもはばかれる醜い嫉妬・・・決して表に出す事の無い絡み付いた呪縛・・・それらが噴出して今のザインを形成していた
「ゲイン・・・残念だが、容赦は出来ない。『法の番人』たる私が法を破る訳にはいかない・・・なので・・・」
〘じゃあ、こうしよう〙
突如響き渡る声に一番に反応したのはニーナ。目をキランと輝かせ、声のした方向に勢いよく視線を向けた
「クオン!?何処だ!何処にいる!?」
〘ここだ、ここ〙
「あっ、えっ・・・クオン?」
いつの間にかレンドの頭の上にクーネが立っていた。しかも左目を閉じ、右目は薄目のクオンのような顔立ちで
「おお!?・・・お主いつの間に鳥に擬態を・・・て言うか、それ魔の世で見た鳥ではないか!」
〘クーネを通して今まで話を聞いていた。口出すつもりはなかったが、案の定ニーナが暴走したから仕方なく、な〙
「暴走とはなんだ!暴走とは!私は法に則って・・・」
〘ああ、だから法に則って解決しようと思ってな。・・・そろそろだ〙
「そろそろ?」
ニーナがオウム返しに聞き返すと、部屋のドアが音を立てて開かれ、門番が慌てて部屋に転がり込む
「な、何事だ!!」
「緊急の為失礼致します!ザイン様!庭に・・・庭にドラゴンが!!」
「庭に・・・ドラゴンだと?」
〘ナイスタイミング〙
クオンクーネが呟くと羽を広げて部屋を飛び出した。ドラゴンに思い当たる節があるレンドが混乱しながらもついて行き、ほぼ全員がそれに続く。ニーナは突然の出来事にポツンと置いていかれるが、我に返ると一言呟いた
「アレ・・・私も欲しいな──────」




