5章 7 合同調査隊④
這いずり回る巨大なムカデ
それを巨大化させた盾で受け止めるゲイン
体格差から当然ゲインは吹き飛ばされ、ムカデは顎脚を鳴らして歓喜する
ゲインが盾で受け止めた一瞬の隙をついてモリスとバリームが斬り掛かるが、外皮が硬く傷一つ付けられない。逆に剣を持つ手が痺れ、苦悶の表情を浮かべるモリスにムカデは狙いを変更した
「う、うわぁ!!」
「モリスー!!」
吹き飛ばされようやく立ち上がったゲインが叫ぶ。それと同時にいくつもの火の玉がムカデに降り注ぎ、爆音を鳴らす
「今の内だ!逃げろ!!」
煙が立ち上り、視界が不自由になった瞬間にエイトが誰にともなく叫んだ。恐怖で身動きが取れなかったモリスもその声に反応して這う這うの体でその場から逃げ出す
煙が晴れるとそこには無傷のムカデが佇んでいた
表情などは全く分からないが、思うようにいかずに苛立っているように感じる
「ダメだ!魔法も効かない!!」
「・・・火に耐性があるのか?」
「とにかく一旦下がれ!全員私より離れて・・・私が相手する!!」
エイトとツーの一撃でも特に傷付いた様子もなく、途方に暮れている時、ゲインが叫び盾を構える
「ダメだ・・・ダメだゲインさん!!あの時を思い出して!!こいつはあの時と同じ・・・」
「・・・あの時・・・ドラゴン・・・」
レンドの叫びにゲインは思い出す。あの時・・・ウォータードラゴンのステラが現れた時、本来ならゲイン達は為す術なく殺られているはずだった。強力なウォーターブレス・・・それを盾で防ごうとしたが、もしまともに受け止めていたら・・・。ゲイン達が生きているのはあの時・・・規格外の強さを持つクオンが居たから・・・そのクオンは今この場所には居ない
「あの時?ドラゴン?」
バリームがゲインの呟く言葉に反応する。その二つを結び付けるのはレンドも参加していたと聞いているドラゴン調査の事。ドラゴンは居なかった・・・それがもしかしたら嘘なのでは・・・そう思い始めた瞬間、ムカデが動きを見せる
「なっ!?地面に!?」
「まさか・・・再び潜る気か!!」
頭から地面に飛び込むように埋め、その長い身体を地面に潜り込ませていく。すぐにその姿は地中に消え去り、まるで存在しなかったかのように静けさを取り戻した
「・・・まずい・・・まずいぞ・・・」
ゲインの頬から顎に伝い、汗が地面に滴り落ちる。ムカデの狙いは恐らく地中からの攻撃・・・それを防ぐ術はゲイン達には・・・ない
「ひ・・・ひぃあ・・・助けてくれ!!!」
「待て!動くな!!」
行者が突然叫び、カダトース方面へと走り出した。それを止めようとゲインが叫ぶが時すでに遅く、走る行者が通る場所を予見していたかのように足元が隆起しムカデが顔を出す
顎脚に挟まれムカデと共に上空に舞い上がる行者。空から叫び声が聞こえ、その後二つの物体が地面に落ちる
「くっ!・・・くそっ!!」
「チッ・・・ゆっくり食事してくれりゃあ逃げる隙もあったっていうのに」
「フリット!!貴様!!」
真っ二つに噛み千切られた行者の死体を見てフリットが呟く。ゲインがそれを窘めるが、悪びれた様子もなく不敵な笑みを浮かべ、ジリジリと下がっていった
「ゲイン兄貴!このままじゃ・・・」
「分かってる!だが・・・」
「僕がやります」
「!?・・・レンド・・・」
テンを抱き抱え一人始末して歓喜しているかのように荒ぶるムカデを睨めつけながらレンドがゲインに歩み寄る
「レンド!ガキ抱えたまんまでどうやって・・・」
「モリスさん、しばらくテンをお願い出来ませんか?アレは魔獣・・・魔の世に存在する魔物より強力なモノ・・・攻撃は魔力を込めなければ通りませんし、魔法は生半可なものでは効きません」
「お前・・・」
「レンド・・・君ならアレを倒せると?」
「分かりません・・・でも、僕は・・・この中で一番強い」
真っ直ぐにゲインを見つめ言い切るレンド。このままでは全滅は免れない。それならばとゲインは賭けに出た
「モリス!子供を頼む!全員レンドのサポートに回れ!責任は全て私が持つ!!」
「あん!?マジかよ!!」
「ちょ、ちょい待ち!!レンド!!??」
「・・・レンドか・・・」
「ぷっ・・・この緊迫した状況の中でよく冗談を言えるね。宿屋の息子にアレの相手が務まると?それをサポートしろ?冗談じゃない」
三者三様の反応をするが、ほとんどが否定的・・・その中でモリスだけがすぐに動きレンドからテンを預かる
「・・・頼みます」
「逆だろ?頼んだぜ・・・レンド」
嫌がるテンを抱き抱え、モリスはレンドから素早く離れた
モリスに抱えられながらレンドに手を伸ばすテン・・・その様子を見て微笑むと表情を引き締めムカデの方に振り返る
心臓が激しく鼓動する・・・しかし、汗ばむ手で背中にある『十包丁』の柄を握ると幾分か鼓動は収まった
「フゥ・・・テイラー・・・僕に力を」
一気に刀を抜くとムカデに向かって構える。肺に溜まった空気を全て吐き出し、腹に力を入れると魔力を溜めた
ムカデは魔力を発するレンドを敵と認識したのか、長い胴体を折り曲げて一直線に向かって来る。先程ゲインが吹き飛ばされた時と同じような体当たり・・・質量を考えると避けなければレンドの身体は粉々になるだろう
ゲインが慌てて盾を巨大化し、レンドの前に出ようとするとその動きを手で制し、改めて両手で柄を握り振り上げた
「無茶だ!!レンド!!!」
ゲインの叫びを無視してレンドはタイミングを見計らい振り下ろす。刀はムカデの額の部分に当たり火花を散らす
「なろぉ!!!」
全身強化で高めた身体能力に部分強化で腕と踏ん張る為の足を強化、更に武具強化も使い真っ向からぶち当たる
「そんな・・・ウソだろ・・・」
エイトが信じられない光景を目の辺りにしてポツリと呟いた
ムカデの動きは止まり、激しい押し合いが展開する
つまり・・・何倍もあるムカデの突進とレンドの力が拮抗している証拠だった
「信じられん・・・あの頃まではそこまで・・・彼はこの短期間でどれほど強くなったのだ・・・」
ツーの言うあの頃とはビックモンキーと戦った時の事。あの時は善戦はしていたものの結局エリオットが居なければ全滅していた・・・そのビックモンキーを凌駕するとも思えるムカデに対して互角を演じるレンドにツーは驚く
「ぐぎぎ・・・だぁ!!」
最大限に力を込め、とうとうムカデを跳ね除ける。その状況に一番驚いていたのがムカデかもしれない・・・跳ね除けられ、少し固まったあとに再度向かってくる訳ではなく地中に潜り始めた
「チッ!・・・逃がすか!」
レンドがすぐに追いかけるが間に合わず、ムカデは全身を全て地中へと潜らせてしまう。レンドはすぐに溜めた魔力を解き、ムカデがどこから出て来るか待ち構える
目を閉じ、僅かな音も聞き逃さないような神経を集中させる中、ふとムカデの行動を振り返る
最初はテンが触ってた時に出て来た・・・叫ぶゲインを攻撃し、次に地中に潜った時は逃げる行者を追いかける・・・そして、今度はレンドを目標に・・・それだけだと動いている者や、声を出す者を狙って来るように思えるが何かが引っかかる
ムカデは何の為に人を襲う?攻撃されたから?違う・・・ムカデは地中に潜り誘き寄せていたんだ・・・スイートピッグみたいな匂いに釣られて来るモノを・・・そして、たまたま自分たちが居たから襲った・・・何の為に?・・・食べる為じゃない・・・魔力を得る為に・・・魔獣は食事をしない・・・魔力さえあれば生きていける・・・だが、人の世は魔素が濃くなったとはいえ魔獣にはまだまだ薄いはず・・・なので地中に潜り魔力を温存しながら待っていたのだ・・・魔力を補給する為に!
頭をフル回転して次のムカデの行動を予測する。ムカデの狙いは魔力の補給・・・そうなると狙うのは魔力を有するモノ・・・では、行者を襲った理由は?・・・逃げようとしたから?ゲインに向かっていった理由は?言葉を理解する?それとも・・・『巨大化』を使ったから?魔力を感じたとすれば・・・誰も逃げずにいる状態でムカデが襲うとしたら・・・
「モリスさん!!逃げて!!」
「へっ?」
モリスは暴れるテンを抱き抱え、少し離れた場所にいた。レンドの考えでは誰も逃げずにいればムカデは魔力を求めて行動する。そして、誰も魔力を使っていなければ、魔力の含有量が人より高いであろう魔人のテンを狙う可能性が高かった
レンドが叫んだ直後、モリスの足元は突如隆起し始める。そのせいでバランスを崩すモリスに容赦なくムカデが地中より姿を現した
モリスとテンは吹き飛ばされ、ムカデは狙いをテンに絞る
勢い良く地面から這い出しながら、真っ直ぐにテンへと向かっていった
「テン!!!」
モリスが安全の為に離れていた事が災いし、とても間に合いそうにない。必死に駆けるレンドが叫ぶが、テンは投げ出された状態でレンドに向けて手を伸ばす事しか出来なかった
ガキンと音が鳴る
ムカデの顎脚が何かを挟み食い千切る音に聞こえた
ムカデの胴体で何が起こったか見えないレンドは足を止め目を見開いた
「テン!!!テン!!!・・・そんな・・・」
絶望するレンドの視界にムカデから遠ざかる人影が見えた。レンドがそちらに視線を移すとテンを抱え走るバリームの姿が映る
「バリームさん!テン!!!」
「だから言ったろうが・・・どうなっても知らねえぞって・・・」
必死に逃げるバリーム。よく見るとバリームは血飛沫を上げながら走っており、それに気付いたレンドが絶句する
「バリームさん・・・腕が・・・」
テンを抱える腕とは反対側の腕が失くなり、その傷口から血を吹き出していた。それでも痛みに耐えムカデから逃げるバリームは力を振り絞り叫ぶ
「さっさとこのムカデをどうにかしろ!!もうもたねえぞ!!」
ムカデの標的は未だテンのままらしく、逃げるバリームを追いかける。レンドは再び魔力を溜め、ムカデに向かって駆け出した
「お前の相手は・・・僕だろ!!」
レンドはムカデに向かって飛び上がり、振り上げた刀を振り下ろす。しかし、ムカデは高まる魔力に釣られてか急に向きを変えてレンドと対峙した
空中でレンドの刀を頭で受け止め、そのまま突進する
空中では足が踏ん張れずにムカデに押され、そして、地面に打ち付けられた
「グハッ」
口から血を吐き出し、それでも魔力を弱めずにいるレンド。刀と身体の間を顎脚がカチカチとレンドの身体を引き裂こうと激しく動く
少しでも力を緩めれば胸は引き裂かれてしまう状況に、レンドは残りの力を振り絞り何とか耐えていた
エイトとツーが魔法を放ち、ゲインが盾を巨大化させて体当たりするもビクともせず、次第に顎脚とレンドの距離は縮まっていく
「ぐっ・・・もう・・・」
レンドがどんなに力を込めようとも押し返せず、腕も限界に近付いていた。するとバリームに抱えられていたテンがスルリとその腕を抜け、泣きながらレンドの元へと走り寄る
「テン・・・ダメだ・・・」
「やー・・・パー・・・!」
顔を動かし、近寄ろうとするテンを止めるレンドの目に信じられない光景が映し出された
テンの髪が伸び、その髪がムカデの全身に絡みつく
「・・・テン・・・」
突然の出来事に驚いたのはムカデも同じだった
絡みつく髪を嫌がり、レンドに対する力が緩まる
その機を逃さずレンドはすぐにムカデを押し返し窮地を脱した
「ハアハアハア・・・テン・・・」
レンドが助かった事に気付かず髪を出し続けるテン。レンドが呆けていると後ろから頭を小突かれた
《阿呆が・・・何をしておる?早う止めねば魔力切れとなるぞ?》
「え?・・・マルネス様!?」
腰に差していた木刀を手で探るがいつの間にかなく、目の前にはゴスロリ姿の幼女が立っていた
《早うせい!》
「はい!って、どうすれば・・・」
《このっ・・・まず髪を切れ、そして、もう出さなくて良いと理解させよ!》
「はい!」
レンドはすぐにテンに駆け寄ると刀で髪を切り、テンをそっと抱きしめた。するとテンはまるで泣き疲れた子供のように力を抜いてレンドの腕の中で寝てしまう
〘カッカッ・・・信頼関係は出来ているようだのう・・・さて・・・〙
マルネスは微笑み、その後絡みつく髪にもがくムカデを見据える。髪はそこまで魔力を含んでおらず、すぐにでも解けそうな状態だった
《手を貸すつもりはなかったのだがのう・・・テンの頑張りの褒美だ・・・少し手を貸してやろう》
「え?・・・マルネス様が倒してくれるんじゃ?」
《甘えるな!クオンに任されたのはお主だろうて!・・・羨ましい奴め・・・とにかく!アレはお主が倒せ!倒し方は教えてやる!》
「は、はい!」
眠るテンをバリームに預け、レンドはマルネスの言葉に耳を傾ける
《アレの名は『ハンマーセンティピード』・・・レーネがお巫山戯で創った頭の異様に硬いムカデだ。並の魔族でも頭は砕けん・・・顎脚も同じく硬く魔の世の岩すら砕き、硬い土すら余裕で潜る・・・しかも見た目が虫だからのう・・・魔獣と言うよりは魔蟲だな》
「・・・はあ・・・」
《では、行って参れ》
「いやいやいや・・・そんな豆知識みたいな事聞いてもどうにもなりませんよ!」
《阿呆め・・・頭が硬いなら他の部位を狙えばよかろう》
「いや、だから・・・そのハンマー何とかは頭から突っ込んで来るんですよ!?どうやって他の部位を・・・」
《・・・やれやれ、どこまで人の手を煩わせれば・・・分かった分かった。妾が攻撃し易いようにしてやるから、抜かるなよ?》
「・・・どうやってですか?」
《妾の柔肌では頭を割れんかもしれんからのう・・・かち上げる》
「へ?」
マルネスがムカデ、ハンマーセンティピードを見るとちょうど髪を振りほどいたのか、魔力の高いマルネスに向かって来ていた。マルネスは微笑むと右手に魔力を流し腕を変化させる
《それ・・・捌け!!》
「さば・・・え?」
襲い来るハンマーセンティピードの顎に当たる部分を思いっきり殴るとハンマーセンティピードは天高くかち上げられる。ちょうど全長分上げられると一直線に身体は伸びた
「え、ええー・・・」
《ほれ、何をしておる?早うせんと落ちてくるぞ?》
マルネスの捌けの意味がやっと分かり、レンドは慌てて足に魔力を溜めて一気に飛び上がる
ちょうど頭の下部分で到着すると今度は刀に魔力を流し一気に突き刺した
マルネスの言う通り頭に比べて外皮はそれほどでもなく魔力を流した刀は通る。そして、レンドは刀の背に腕を乗せ、体重をかけて一気に捌く
刀は外皮を引き裂き、体液を飛び散らせる
言いようのない鳴き声を上げるハンマーセンティピード
気にせずレンドはそのまま一気に下まで降りた
地面に降り立ったレンドに体液が降り注ぐ。そして、その中で光を反射する玉があるのに気付いた
《それだ!核を壊せ!》
言われるがままレンドは落ちてくる玉、ハンマーセンティピードの玉を刀で斬り捨てた
《何をしておる!さっさとその場を離れよ!》
マルネスに言われて上を見ると、捌かれたハンマーセンティピードが物凄い勢いで落ちて来た。慌ててレンドがその場を離れるととぐろを巻くように落ちて来て、全て落ち終えるとピクピクと微かに動いていた
「・・・終わった?」
《死骸は早急に処分した方が良いのう・・・魔物が喰らえば力を得る事になりかねん・・・魔素は薄いとはいえしばらくは核なしでも存在するだろうからのう・・・妾がするか?》
「・・・いえ、僕が・・・」
魔力はもう限界に近い・・・それでもテイラーとの修行を思い出し、一歩進み出た
右手に魔力を溜める・・・そして、テイラーに触られた時の熱を思い出す。熱く、火傷しながら楽しかった日々・・・魔獣を食べれるようにと教わった火魔法・・・
レンドから巨大な炎の玉が出る。ムカデを包み込むほど巨大な炎の玉はレンドの手を離れゆっくりとハンマーセンティピードに近付くとその身体を飲み込んだ
《・・・もう少し速く打てんのか?》
「あくまでも・・・調理用ですの・・・で・・・」
レンドは魔力切れを起こしその場で意識を失い倒れた。マルネスはそれを見届けた後、周囲を見渡し深くため息をついた
《酷い有様だのう・・・やれやれ・・・》
行者は死に、一人は腕をもがれ、一人は吹き飛ばされ気絶中・・・そして、今レンドが魔力切れで倒れた
《まあ・・・及第点・・・ってところかのう》
仰向けで大の字に倒れるレンドの顔を見て、鼻を鳴らすと歩き出す。その顔はハンマーセンティピードを焼いている炎に照らされ、何かを達成したような満足気な表情だった──────




