5章 5 合同調査隊②
レンドはフォーの屋敷を出た後、まっすぐに家である宿屋『男爵』を目指した。テンは1日連れ回されて疲れたのかレンドの腕の中でスヤスヤと寝てしまっていた。マルネスはといえば・・・
「なんか・・・ずっしりと重い気が・・・」
木刀となりレンドの腰帯に差さっていた。クーネはレンドの肩に乗り、傍から見ると鳥を肩に乗せた男が幼女を抱っこして木刀を腰に差し街を練り歩く・・・これがセガスでなければ警備兵に呼び止められてた可能性が高い
宿屋に着くと真っ先に食堂に目がいった。やはりカダトースの連中がおり、なるべく目を合わせないように上へと上がろうとするが、目ざといフリットに見つかってしまう
「あれあれー?君はセガスの冒険者のはずじゃ?もしかして宿屋暮らしかい?」
「あん?・・・なんだ、しけた街で酒場もしけてるから面白くねえと思っていたが・・・こっちで飲めよ!歓迎してやるぜ?」
酒場を巡って飽きて帰って来たバリームもそこにおり、楽し気にレンドを招く
「やあ・・・悪いけど子供が寝ているから・・・」
「あら?レンド、おかえり。あらまあ、テンちゃん寝ちゃったの?」
「あ、ああ」
「レンド?おかえり?」
マーニャがゲイン達の食事を運ぶ際にレンド達を見つけて声を掛けた。その言葉にフリットが反応する。宿に泊まる客に対しての反応ではない・・・まるで・・・
「もしかして・・・ここは君の家かい?」
「・・・」
フリットの質問にレンドは黙って頷くと横にいたバリームが突然笑い出した
「おまっ・・・マジかよ・・・宿屋の倅が冒険者?・・・それが街の代表?・・・」
言いながら立ち上がり、レンドに近寄るとクーネが乗ってない方の肩に手を乗せて力を込める。痛みで顔を歪ませるレンドに顔を近付け、低い声で言い放った
「片手間で冒険者やってるような奴に今回の話は務まらねえ・・・辞退しろ。これが最後の忠告だ・・・明日の朝・・・ギルドに来なきゃそれで良い・・・待たずに行くよう俺から言う・・・分かったな?」
バリームは肩から手を離し、肩に付いた埃を払うようにはたくと目でもう行けと合図する。レンドはその視線を無言で受け取り、目を閉じると二階へと上がって行った──────
次の日の朝、ギルド前に荷馬車が止まっていた。今回の調査は街道をじっくりと観察する為に馬車や馬は使わない。徒歩でカダトースまで歩き、途中野営しながら調査していく。荷馬車はテントや食料を運ぶ為のものだった
残りレンドが来れば揃う状態で少し待っていると、バリームが置いて行こうと提案する為に口を開きかけた。その時・・・
「すみません、テンがぐずっちゃって・・・お待たせしました!」
小さな手で目をこすりながら不機嫌そうな顔をするテンを連れてレンドが息を切らせてやって来た。それを見てバリームが目を見開き、大股でレンドに近寄ると昨夜のように顔を近付けた
「どういうこった?昨日忠告したはずだぜ?」
「忠告には感謝してるよ・・・バリーム」
レンドは昨日バリームがやったように、バリームの肩のはたくと、荷馬車に自らの荷物を載せて遅れた事を他の者達に詫びて回った
バカにされたように感じたバリームは肩を震わせ、拳を握り呟く
「・・・どうなっても・・・知らねえからな・・・」
レンド達は荷馬車を囲うように街道を北上する。目指すはカダトース。テンは荷台が気に入ったみたいで、荷物の中に埋もれてキャッキャキャッキャと騒いでいた
「すみません・・・荷台に乗せてもらって・・・」
「気にすんな。ゆっくり進むのに荷物が軽いと荷台が跳ねて馬に負担がかかるからな・・・つっても嬢ちゃんは軽いからあんまし意味ねえか」
ギルドに雇われた行者はすまなそうにするレンドに笑いながら返した。行者としても5日間護衛してもらう立場・・・もし気に食わなかったとしても表には出さないだろう。それだけ今の街道は危険度が増していた
しばらく進み、バンデラスの言っていた見通しの悪い場所に辿り着くと一旦停止した。左右に木が茂り、まるで森の中に迷い込んでしまったように感じてしまうこの場所は野盗も出る危険な場所であった
東と西に分かれ、東はセガス、西はカダトースの冒険者が担当する事になり、冒険者が一人多いカダトースの冒険者の中から荷馬車を守る者を選出する事となった
荷馬車にはゲインが残ると、さっそく中へと捜索に入る。木々の間を縫って歩き、生い茂る葉の影響で薄暗くなった周辺を目を凝らして観察する
「・・・もう森ですよね?ここ・・・」
テンが木の根で転ばないように注意を払いながら話しかけると、横を歩くツーが頷いた
「そうだな・・・しばらく奥に行くと更地になるのだが、範囲としては林と森の中間くらいの広さがある。動物を狩るにはもってこいの広さだが、野盗の隠れ場所にも使われるから伐採の話も出ていた・・・すぐに実行に移せば調べる場所を減らせたのだがな・・・」
「へっ、なんなら俺様が一瞬で燃やして・・・」
「やめておけ。木は資材になるし、動物の生息も確認している。今まで通り魔物が出なくなれば貴重な場所となる」
街道からすぐに行ける狩場は狩人にとっても貴重な場所となる。広さも中途半端な為に大型の動物も住みにくく、安心して狩りを行える場所としてこの場所は重宝されていた
伐採の話が頓挫していたのも狩人達からの反対があったからだった
しばらく歩き、出口に差し掛かるとUターンしてまた歩き出す。どうやらこちら側には魔物はいないようだ
疲れて抱っこをせがむテンを抱き上げて歩いているとレンドはある事を思い出す
「あ、あのー・・・ツーさんに聞きたい事が・・・」
「なんだ?」
「その・・・カダトースの領主とは会ったことありますか?」
ツーが元領主だった事を思い出し聞いてみた。元になった理由が理由なので怒らせはしないか恐る恐るだったが、ツーは特に気にした様子もなく顎に手を当て思い出している
「そう・・・だな。会ったことはあるが、現領主ではないな。先代の・・・要は現領主の父親には会ったことはある。無口ではあったが気骨のある人物だったと記憶するが・・・それが?」
「いや、特に・・・どんな人かなーって思いまして・・・」
「ふむ・・・そう言えばギフトは特殊だったな・・・確か・・・『巨大化』・・・だったかな?」
「!?・・・それって・・・」
「待て!」
突然少し離れていたエイトが声を上げた。もしや魔物が・・・と緊張するが、どうやら違う様子だった
「・・・今日の晩飯だ・・・」
食料を現地調達すると考えていたエイトは魔物よりも動物を必死になって探していた。そして、求めていた動物が目の前に現れ、レンド達の歩みを止める
「やっと会えたぜ・・・外側だけカラッと焼いてやんよ・・・この炎の玉でな・・・」
エイトの手のひらから出た炎の玉・・・その玉がふわりと浮かび上がり頭上でメラメラと燃えている。エイトのギフトは『炎』・・・しかし、それをアカネが聞いたら鼻で笑うだろう。種火にすらなり得ない極小の火の玉を出すしか脳のない魔法使いが『炎』を名乗るな、と。今のレンドでもその火の勢いじゃ魔獣の調理に使ったとしたら、中まで火が通らないだろうと思ってしまう
そんな火の勢いでも小動物には威力充分であったようで、なんとか一発で仕留めてホクホク顔。今夜は新鮮な肉が食えると鼻歌まで歌う始末だった
それを見てレンドは自分が経験した事が如何に異常だったかを思い出させる。もしクオン達に出会ってなければ、エイトの炎の玉に畏怖し、感嘆の声を上げていただろう。それが今では頼りない今にも消えてしまいそうな弱々しい火にしか見えなかった
「・・・何か言いたそうだな?」
「い、いえ!早く戻りましょう!日が暮れると真っ暗になってしまいます」
その雰囲気を察してか、ツーがレンドを覗き込むと慌てて足早に街道を目指した
レンド達が戻った時には既に夕方に差し掛かる時間だった。カダトース組は既に夕食の準備を始めており、レンド達セガス組も慌てて夕食の準備を開始した
昼食は林の中を行軍中に軽食をかじった程度であり、カダトース組から漂ってくる匂いにテンのお腹が飯を寄越せと音を立てる
街道から少し林の中に入った場所に開けた所があり、食事が終わるとそこで野営の準備をする。焚き木を囲うようにテントを張り、完全に日が暮れると順番に火の番をする。交代で二人ずつ番をする事になり、レンドは人数が余る為にカダトース組のゲインと組んで番をすることになった
テントの中で寝ていると、先に番をしていたエイトに叩き起され、眠気まなこでぐっすりと寝ているテンを抱き抱えると燃え盛る焚き木の側まで移動する
先に来ていたゲインと焚き木を挟んで正面にテンの寝袋を下ろすと、その横に腰を落ち着かせる
しばらく二人は無言で過ごす。ゲインは火を絶やさぬように薪を追加し、レンドはじっと燃え盛る炎を見つめていると、炎の奥のゲインと目が合った
「・・・あの時の調査隊に来ていたマーナが妻なのか?」
「えっ!?・・・い、いえ、マーナは双子の妹でして・・・」
「そうか・・・似てないな」
「はあ・・・まあ・・・」
会話は途切れ沈黙する二人。木のパチパチと燃える音とテンの寝息、そして、林の中の鳥の鳴き声だけが聞こえる中、再びゲインがレンドを見た
「モリスから何か吹き込まれたか?」
あの時の調査隊と言った時のレンドの表情の変化を見て何かに気付いたゲインが棒で薪を動かしながら静かに聞いてきた
ゲイン兄貴を助けてくれ──────
まだ具体的にどうすればゲインを助けられるか分からないレンドはあの時の調査隊という言葉に反応してしまっていた。あの時の・・・ドラゴン調査隊の時の事が原因でゲインは追い詰められている・・・その事を考えるとレンドの胸は締め付けられる
「いや・・・あの・・・ゲインさんって領主様の親族なんですか?領主様もゲインさんと同じ『巨大化』のギフト持ちと聞いたのですが・・・」
話をはぐらかそうと昼間の調査中にツーから聞いた領主のギフトが『巨大化』である事に触れた
「・・・ああ。よくある話だ・・・ギフトを途絶えさせないように子供を何人か作り、年長者が何事もなく跡目を継げば、下の子らはそのギフトを使い冒険者として活躍する・・・君らの方のエイトとツーもそうなんだろ?」
「え、ええ。確かにエイトさんもツーさんも・・・」
レンドは答えながら頭を巡らせる。つまり領主に追い込まれているという事は実の兄弟に追い込まれているという事になる。兄弟の争い・・・どうするにせよ兄弟の事に首を突っ込んで良いものか考えているとそれを見抜いたのかゲインは笑った
「モリスが何を言ったか知らないが気にするな。なるようになる・・・私は君達に感謝しているんだ。あの時の事がなければ私は井の中の蛙で終わっていただろう・・・適度な魔物を倒し、己が強いと過信する・・・あの時上には上がいる・・・この世には知らない事が溢れている・・・そう気付かさせてくれた・・・」
「でも!・・・」
「あれからどうすれば君達に近付けるか考えた。必死にね。いつもモリスと組んで、私が守り、その隙にモリスが背後から仕留める・・・それを繰り返してきたんだが、それだけじゃダメだと思い考え、工夫した。守るだけじゃダメだ・・・知性の高い魔物ならば守るだけの私を無視する可能性がある・・・機会があれば見せてあげるよ。私が攻撃する様を」
「ゲインさん・・・」
ゲインは嬉しそうに微笑むと立てかけてある盾を見た。盾を巨大化し、皆を守る事に誇りを持っていた。しかし、マルネスの一言がゲインを変えた
『誇るがいい。その受け継いだ力は万の軍勢を一撃で屠ったサラム・ダートの力。精進せよ。さすればエーランクなど足元にも及ばぬくらいになれるぞ?』
守るしか能がないと思って成長の限界を感じていたゲインに新たな可能性を見出させてくれた言葉。ゲインはその言葉を胸に自らの可能性を追求した
「ただそんなに期待するなよ?まだまだ未完成だ」
魔の世に行っていたレンドは時間の感覚が狂ってしまっているが、人の世ではあれから半年も経っていない。師もおらず、急激に強くなった訳ではないがマルネスの一言で世界が変わり、楽しそうにゲインは語る
「・・・ゲインさんは結婚されているのですか?」
つい楽しそうに語るゲインに対して気を許してしまい地雷を踏んだ
ゲインの表情は見る見るうちに影を落とし、それを見たレンドの表情は青ざめる
「・・・結婚はしていない・・・」
「そっ!そうですか!・・・あはは・・・」
「好きな人はいる・・・いや、いた・・・」
やめてー!地雷に巻き込まないでー!とは言えず、黙ってゲインの話に耳を傾けた
ゲインには幼馴染がいた。名はエリナ・イクーノ。彼女と将来結婚すると誓い、ゲインは冒険者になってから必死になって結婚資金を貯めた。無謀な依頼もこなし、泥まみれになって帰って来るゲインを彼女は笑顔で迎えてくれた。ゲインはその笑顔を見る為に更に頑張り、その笑顔に隠された本音に気付く事はなかった
ある日の晩、依頼を終えて帰るゲインを出迎えたエリナの表情は笑顔ではなかった。表情を隠そうとしてか無表情でゲインを見つめ、こう告げた
『サヨナラ』と
意味が分からなかった。帰って来たら『オカエリ』だろ?と軽口を叩こうとするが、彼女は頭を下げゲインの元から立ち去ってしまった
理由も言わずにゲインの元から去ってしまったエリナ・・・再会したのは彼女の結婚式・・・もちろん相手はゲインではなく別の男性であった──────
「な、なんで・・・」
「分からない・・・もしかしたら、傷付き帰って来る姿を見るのが辛かったのかも知れない・・・そう考えた私はいつの間にか傷付く事を恐れ、守る事に徹するようになってしまった・・・失ったものはもう戻らないのにな・・・」
ゲインがそう呟いた瞬間、見張りの時間を計る為のロウソクが消えた。ゲインは立ち上がると炎に照らされながら自嘲気味に笑った
「自暴自棄になっていた私を次に進めさせてくれたのは間違いなく君達だ。剣に生きると言う人もいるが、私は盾に生きる・・・もう誰も失わない為にな・・・交代の時間だ・・・」
ゲインは自らのテントへと歩き出し、闇夜に消えた。レンドはその後ろ姿を見つめゲインが見えなくなるとテンを抱えテントへと戻る。今日は魔物は出現しなかったが、明日はどうか分からない。寝不足で周りに迷惑かけないように眠らないととテンを置いてその横に横たわる
目を閉じるとゲインの顔が浮かんできた。恋人を奪われ、冒険者として生きていこうと決めたゲイン・・・その彼は実の兄に追い込まれ冒険者の資格すら危うい状況・・・
「重すぎるわ!」
レンドが叫ぶとテンはビクッと身体を動かし、近くで寝ていたエイトがムクっと起きた
「敵襲か!?」
レンドはまずいと思い慌てて寝たフリをしてやり過ごす。エイトは周囲を見渡し、異変がないと分かると再び寝に入った
薄目を開けてエイトが寝入った事に安堵するとテントの天井を見てまた考え始める
どうすればゲインは救われるのか・・・自分は何が出来るのか・・・
考えている内に夜が明け、また一日が始まる。テンを起こしテントを出ると、朝食の準備をしているモリスと目が合った。血色が良く熟睡したのが伺え、更に寝癖がレンドの殺意を増幅させる
なんで僕がこんなに悩んでいるのにお前は・・・
そう思っていると、後から起きてきたエイトとツーがテントから出て来てテンを指さし固まっていた
レンドは振り返り2人が何に驚いているのか理解出来ず首を傾げるが、2人は口をパクパクさせるだけで結局何も語らなかった──────




