5章 4 合同調査隊①
応接室で幼い子が出された茶菓子を一心不乱に食べていた。残り少なくなると振り向き何かを目で訴える。もっと寄越せではなく、残りも食べていいかと尋ねる健気な視線・・・その視線を受けた男は微笑み頷いた
その光景を困惑した表情で見つめる人物・・・この舘の主人であるフォー・ダルシンが口を開いた
「僕の記憶が正しければ、少し前まで君は未婚だったはずなんだけどね・・・レンド?」
「ですよね・・・」
フォーは子供の食べカスの付いた口を拭いてあげているレンドに質問すると、レンドは頭を掻きながら事情を説明した
クオンを探しに魔の世に行き、そこでテイラーとテンと出会い、テイラーと死別した。そして、幼いテンを自分の子として育てる決意をした事を
「そんな事が・・・良く生き残れたね・・・クオン達も無事だと良いが・・・」
「ああ、それなら全員無事みたいです。クオンさんがわざわざカーラさんの扉で教えに来てくれて・・・ただアースリーが・・・」
「アースリーが?どうしたんだい?」
「原初の八魔『白』に弟子入りしたみたいです」
「・・・彼女らしいと言えば、らしいのかな・・・」
一時はフォーの結婚相手になりそうだったアースリー。その彼女の行動力に驚くのと同時に羨ましさも感じていた。街の領主となった今、自由に街の外へすら行く事が出来ない
「それで・・・あの・・・今日はどういった御用で?」
ペロリと茶菓子を食べてしまい、満足気にフカフカのソファーに座るテンを横目に、レンドは屋敷に呼び出された理由を尋ねる
「ああ、そうだったね。急に呼び出して悪かった・・・君が戻って来ているのは耳に入っていたが、ここ最近忙しくてね・・・」
フォーは目頭を押えて現在のセガスの情勢を話し始めた。各国の王都に魔獣が現れてから1ヶ月、クオン達の活躍により騒動は収まったのだが、その影響か不明だが各地で魔物が活性化しているとの報告が上がっていた。これまでなら強大な魔物は魔素を求めてシント方面に向かう傾向があった。しかし、この1ヶ月でそれはガラリと変わり魔物が居座っている可能性が高いと言う
森、果ては街道にまで魔物が現れ、フォーはその対応に追われていた
「大量の魔獣を倒した事による魔素の増量・・・が、原因ですかね?」
「分からない・・・が、ビックモンキーの事例もある。王都を襲った魔獣が逃げて来て住み着いた・・・そう考えると夜も眠れないよ」
魔獣は子孫を残せない。しかし、現存する魔物となら子孫を残す事は可能だ。もし魔獣が住み着き、魔物と交配していた時は新種の魔物を目の当たりにする事になる
そして、その新種の魔物が繁殖能力が高ければ一瞬でセガスは滅びてしまう可能性がある
「もしかして・・・また調査ですか?」
「察しが良くて助かるよ。今回はカダトースとの合同調査・・・向こうも魔物の活性化しているという・・・セガスからも数名出さなければならないのだが、人は急激に育つものじゃない・・・結局はエイトとツー兄さんしか頼れない・・・そこで君が戻ってきているのを思い出したって訳さ」
「こんな事ならビックモンキーの時に報酬を辞退しておくべきだった・・・けど・・・」
横に立てかけてある剣と手持ち無沙汰でソファーの上で足をバタバタさせるテン・・・報酬を受け取っていなければ剣は買えなかったかもしれない。そうなるとテンを救えなかったかもしれない・・・レンドはテンの頭に手を乗せると答えを待つフォーを見た
「・・・僕がやれる事なら精一杯手伝います・・・ただ一つだけ条件が──────」
「おいおい、どういう事だ?なんでガキがここに居るんだよ!?」
セガスの冒険者ギルドの一室・・・カダトースから来た今回のメンバーと顔合わせをする事になり集まったがその中の一人、バリームが入るなり部屋で自由に駆け回るテンを見て声を上げた
「そう声を荒らげるな、バリーム。久しぶり・・・だな。今回は彼らはいないのか?レンド」
バリームの後ろから入って来た男が懐かしむようにレンドを見て目を細める。『巨大化』のゲイン・・・ドラゴン調査隊で共にデラス達を護衛した者だ
「えー!?クロフィード様居ないんすか!?せっかく会えるのを楽しみにしてたのに・・・」
次に入って来たのは同じくドラゴン調査隊で護衛をしていたモリス。絶望し膝を落とし床を涙で濡らす
「ざーんねん・・・モリス君に色々と聞いてたから楽しみにしてたのにね・・・その超絶美少女のクロフィードちゃんを見れる事」
「フリット!クロフィード様だ!」
絶望するモリスをヒョイっと飛び越え、最後の1人が部屋の中に入る。モリスよりフリットと呼ばれ怒鳴られるが、我関さず部屋にいるメンツを品定めする
「ふーん、魔法使い2人に剣士が1人・・・どこも人材不足だねー」
「なんだと!?」
フリットの言葉にエイトが立ち上がり叫ぶが、フリットは挑発するように鼻で笑う。2人の間に険悪な雰囲気が流れるが、ゲインが間に入り場を収めた
険悪な雰囲気の中、セガスとカダトースの合同調査隊がここに結成される──────
セガス冒険者ギルドマスターのバンデラスが全員が揃っているのを確認してから今回の目的を説明した
目的は生活圏の安全の確認と魔物の討伐
生活圏はセガスとカダトースを繋ぐ街道とその周辺に限る。もし狩人たちの狩場まで含めては膨大な時間が掛かるという事から今回は街道に絞られる事になった
既にカダトースから来た4人は街道の状態を確認している。今度はセガスからカダトースに戻る際にセガスからのメンバーも含めて細かく調査するのが目的だ
「見通しの悪い所を重点的に調査して欲しい。必要な物はこちらで用意する。それと魔物を討伐した際には今回の報酬とは別に支払う事を約束しよう。他に聞きたい事は?」
「報酬は倒した者が得られるのか?それとも分けるのか?」
「そこは君らで決めてもらって構わない。魔物によっては貢献度も変わってくるだろう・・・討伐証明は必要ない・・・ギルドは君らを信用している」
と言いながらバンデラスは質問したバリームを睨みつける。虚偽報告は許さないと釘を刺すような視線にバリームは片手を上げて応えた
「で、そこのおチビちゃんは今回のメンバーに含まれてるの?ちょうど4人同士になるし・・・もしかして魔物のお供え物?そのおチビちゃんを使って魔物をおびき寄せるとか?」
「よせ!フリット・・・しかし、レンド・・・これは危険を伴う依頼だ。それに街の安全が掛かっている・・・子守りをしながらではとても・・・」
フリットを窘めるとゲインはレンドの腕の中で眠るテンを見た。前の経験から人を侮る事をしなくなったゲインだが、テンはあまりにも幼い・・・マルネスの時とは違うと顔を上げレンドを見つめる
「分かってます・・・でも今テンを誰かに預ける気はありません・・・僕が今回の依頼に参加する条件は一つ・・・テンと共に・・・です。これはフォーさん・・・セガスの領主、フォー・ダルシン様の許可を得ています」
フォーさんと言った瞬間にエイトに睨まれたので慌てて言い直すレンド。それを聞いてバリームが机に足を乗せて足を組み鼻で笑う
「ハッ!領主の許可?セガスの領主は俺が娼婦を連れて行くつっても許可くれるかね?」
「ふざけるな!フォー兄がそんな事を許可する訳がないだろ!」
「ふざけてんのはどっちだ?これはカダトースとセガスが人々の安全の為に腕利きを用意した共同作戦・・・その作戦に子連れがいるのと娼婦を連れて行く奴がいるのとどっちがふざけんてるのかアンケートでも取ってみるか?」
「うっ・・・」
バリームに言いくるめられて黙り込むエイト。正直子連れの方がマシだろと思う気持ちもあるが、エイト自身もテンを連れて行く事に反対している為に言い返せなかった
「夜泣きでもされて寝不足で魔物に殺られる・・・なんて俺は御免だぜ」
「テンは夜泣きしません」
「そういうこっちゃねえんだよ!黙ってろ!カス!」
「カ・・・」
「確かバリーム君だったか?君が恐れるのも理解出来るが、彼は領主であるフォー・ダルシンが子連れでも参加してもらいたいと思うほどの手練・・・そこを理解してはもらえないだろうか」
「あん?」
「ちょっとツーさん!?」
無駄にハードルを上げるツーにレンドがストップをかけるが、普段口数の少ないツーは止まらない
「君が娼婦を連れてくるのは構わないが、それならばレンドと同じように領主の許可を得てからにしてくれないかな?そうではないと公平ではないだろ?ただしセガスの領主ではなくカダトースの領主にだがな。ちなみに私は君が許可を得るまで待つつもりはない。許可を得に行くのであれば、今回の作戦は不参加と表明してくれたまえ・・・時間の無駄だ」
「言わせておけば・・・」
机から足を下すと立ち上がり、ツーの所まで歩み寄る。それをバンデラスが間に入り止めた
「待て待て!ツー様の言う通りレンドはフォー様の許可を得ている。議論の余地はない・・・どうしても不服なら辞退しろ」
「・・・何が起きても知らねえぞ?」
「それは覚悟の上だ・・・なあ?レンド」
「いや・・・まあ・・・はい」
「・・・チッ・・・」
バリームは舌打ちすると振り返り、荒々しく歩くと自分の椅子にドカリと座る。その様子を見てバンデラスはため息をつくと他に要望がないかを尋ねた
「・・・ないようだな。では、期限は明日より五日間。荷を積む馬車とテントはこちらで用意する。食事は各自で用意してくれ。では一旦解散・・・明日の朝またギルドに来てくれ」
「分かった。宿の手配はどうなっている?」
「ああ、話は付けてある。通り沿いの宿屋『男爵』だ」
「え゛っ?」
「男爵か・・・妙な名前だな。とりあえず食料を買い込んだら行くとするか」
「・・・少し街を見てから行くっす」
「へっ、こんな街でも酒場くらいあるだろ・・・」
「とりあえず武器屋にでも行こうかなー」
四人はそれぞれ明日の準備に取り掛かり、残ったエイトとツーは不機嫌そうにそれを見送り、レンドと言えば寝ているテンの頭を撫でるの手を止め、一人呆然としていた。それに気付いたツーがレンドが何を考えているか理解した
「なるほど・・・そう言えばレンドの家は・・・」
「・・・はい・・・」
レンドはツーに頷くと、どうすれば家に帰らなくて済むか考えるのであった──────
しばらくするとテンが起き、ギルドの一室から追い出されたレンドはフラフラと二人で商店街を歩いた。自分とテンの分の食料を調達せねばと歩いていると、背後から声を掛けられる
「よお!・・・ちょっといいか?」
声を掛けてきたのはモリス。ドラゴン調査隊で一緒だったとはいえ、ほとんど接点のなかったモリスに呼び止められてレンドは驚く。どうせ、マルネス関連の事でも聞きたいのだろうと思っていたが、深刻そうな顔をしてモリスは人気のない場所までレンド達を連れて行き、レンドの肩に両手を乗せると顔を近付けてこう言った
ゲイン兄貴を助けてくれ、と──────
「・・・ハア・・・」
「いつ来ても構わないのだが、こう見えても忙しい身でね・・・茶菓子が欲しいなら好きなだけ持って行くといい・・・それとも何か困りごとかな?」
屋敷に来るなり応接室に通すとため息をついて何も語らないレンドに業を煮やしてフォーが尋ねる。先に頼んだ依頼の件での悩みならどんな相談にも乗るつもりであったが、どうやら違う様子だった
「・・・その・・・モリスが・・・」
「モリス?」
「あっ、以前にドラゴン調査に行った時に僕らと一緒にデラス様達を護衛したカダトース側の冒険者です。そのモリスと共に護衛として共に行動をしていたゲインさんの事で・・・」
「一体何があったと言うんだ?」
「それが・・・」
モリスが語ったのはドラゴンの調査が終わった後の事。ドラゴンは居なかった・・・そう報告し調査を終えたのだが、カダトースの領主はその報告に憤慨した。もしドラゴンが居たら街が壊滅するかも知れない・・・普通なら居なくてほっとするはずが、領主の考えは違った。国から調査機関まで派遣させておいて、居なかったでは面目が丸つぶれであると怒り狂ったのだ。怒りの矛先はドラゴンの鳴き声が聞こえたと報告した冒険者・・・
「虚偽報告をした手前もあって、ゲインさんがその冒険者を庇ったらしいのですが、それも領主は気に入らず、あらぬ嫌疑をかけてゲインさんとその冒険者を苦しめているらしいのです。下手すると冒険者を続けられなくなる・・・そうモリスは言ってました」
「ふむ・・・しかし、それはどうすることも出来なくないか?本当はドラゴンが居たと言えば虚偽報告をした調査隊全てが裁かれる・・・かと言って居なかったという状態のままでどうにかするにも相手がカダトースの領主ともなると私にも・・・」
「ですよね・・・一体どうしたら・・・」
「その・・・モリスとかいう冒険者は何と?」
「僕がセガスの領主であるフォーさんに顔が利くと思ったのか・・・何とか頼めないかと・・・その・・・カダトースの領主の説得を・・・」
「・・・申し訳ないが無理だね。明らかに越権行為・・・それに、カダトースとの仲が悪くなれば色々な方面に迷惑がかかる・・・」
「です・・・よね・・・」
クオンならこんな時どうするのだろうか・・・そんな事を考えていると茶菓子を食べていたテンが一点を見つめる。気になりレンドがそちらを向くと突如空間が歪み、その歪みからクオンが姿を現した
「あれ?・・・クオンさん!?」
「え?ええ!?」
まるで自分がクオンを召喚してしまったかのように錯覚するレンドと初めて見る扉の移動に驚き慌てふためくフォー。テンは現れたクオンにキャッキャ言いながら抱き付こうとして後から来たマルネスに止められていた
「クオンさん・・・どうしてここに?」
「マーナを探していてな。カーラに探してもらってたらレンドを先に見つけたからマーナの場所を知ってるかと思ったが・・・」
「え?マーナはシントにいるのでは?」
「まだ帰ってないのか・・・どこをほつき歩いてるんだか・・・」
「マーナにはステラ達がいるから心配ないとして、クオンさんはマーナに何の用が?」
「・・・人を探してもらいたくてな。そのステラ達に。カーラの扉だとどうしても視界の範囲だけになるから、空の上から探した方が早いと思ったんだが・・・」
「どこを探すか知りませんが、ドラゴンが飛び回ってたら大騒ぎになりませんか?」
「そりゃあもちろん鳥にでも擬態させるさ・・・それよりもどうした?何かあったのか?」
シンドはクオンに聞かれ、フォーに話した事を全て伝えた
「そうか・・・レンド、手伝おうか?」
クオンは話を聞いた後、まっすぐにレンドを見つめて言った
レンドは助かったと思い、口を開こうとした瞬間に、マルネスが割って入る
「レンド!・・・違えるなよ?」
違える?・・・間違えるなって事?
レンドは開きかけた口を閉じ、しばらくクオンを見て考える。ここでクオンを頼ればおそらく簡単に解決してしまうだろう。困り事があればクオンに相談し、解決してもらう・・・ただそれを繰り返すだけ・・・
「いや・・・大丈夫です。何とかしてみせます」
頭はクオンを頼ろうとしていた。しかし、口から出た言葉は反対の言葉・・・自分で驚き思わず口を手で塞いでしまう
「・・・分かった。マーナが帰って来たら教えてくれ。その連絡手段として黒丸を置いていく」
「ふむふむ・・・うん?ちょい待て!クオン!聞いてないぞ!?」
「今思いついたからな・・・マーナが戻って来たらクーネの通信で俺に報せてくれ。頼むぞ」
「いや、それならクーネだけ・・・それも不安だのう・・・カーラを・・・カーラを置いて行こう!それなら・・・」
チリがクーネを通して見聞きしていたが、クオンとマルネスも出来るようになった。クーネを媒介すれば遠く離れたクオンとの会話も可能・・・言ってみればお互いの従者みたいな関係となった。それを知った時のマルネスは、これで離れていても会話が出来るとほくそ笑んでいたが、まさかの裏目にガックリと肩を落とす
「ゲインの件は俺らの責任でもある・・・任せたぞ、レンド」
「あ、ああ・・・任せてくれ、クオン」
レンドの咄嗟の返事にクオンは微笑み返し、カーラに扉を開かせ消えて行った。残されたマルネスは打ちひしがれ、レンドは自分の発言に驚きを隠せなかった
「僕は・・・どうして・・・」
今まで散々クオンさんと呼んでいたのに、つい口から出たのは呼び捨て・・・その意味が分からずに狼狽えていると打ちひしがれていたマルネスが立ち上がりレンドを見た
「当然だろうて。友に敬称など必要か?」
「僕とクオンさんが・・・友?」
「違うのか?クオンはとっくにレンドを友と思ておるぞ?お主は命を賭してクオンを救いに魔の世を赴いた。クオンは今回の件をお主に託した。頼り頼られ、信頼する仲を仲間や友と言わずして何と言う?ただ・・・お主があの時、クオンを頼っていたらそうはならなかったかも知れぬがのう」
『違えるな』
もしあの時、クオンを頼ってしまっていたら、今後レンドはクオンを友と呼べなかったかも知れない。クオンがマーナを探して何かをしようとしている時に、何もしない内にクオンを頼ってしまえば・・・レンドは潜在的に理解していた
「クオンの共にクロフィード様と呼ばせるのは忍びないのう・・・マルネスと呼ぶがよい」
「!?・・・マ、マルネス・・・」
「・・・やはりマルネス様と呼べ・・・なんかムカつく」
「なんかムカつくって・・・」
緊張しながら言うレンドにマルネスはため息をついて突き放す。その様子を見てフォーは苦笑し、レンドならゲインの件も何とかしれそうだと安堵し目を細め2人を見つめていた──────




