5章 3 ミン・ウォール
バースヘイム王国最南端の港町クリオーネに辿り着いたクオン一行。クオンの答えを聞いてシンは思い出す。一人の少女の存在を
「・・・テノス・テターニヤか」
「正解。バースヘイムを魔獣から救った天族の少女。忽然と姿を消したと言われているが、いるとしたら生家だろうな」
「むっ・・・あの天族のクソガキの事かい!?思い出しただけで腹が立つ!」
シーフが横から入り苦い思い出を言葉に込めて吐き出した。リメガンタルを攻めようとする魔獣達を相手に孤軍奮闘するテノスの元にシーフは訪れ、嫌々ながらも協力して倒していた。しかし、テノスは魔獣と共にシーフまでも攻撃してきて口論となり、喧嘩に発展しそうになった時にカーラが迎えに来て結局そのまま別れ遺恨を残していた
「喧嘩をしに行く訳じゃないぞ?彼女に聞きたい事がある」
「聞きたい事?」
「ああ・・・聞きたい事は3つ。天族はこれからどうするのかと逃げた魔族の行方と・・・ジュウベエの事だ」
「・・・ミン・・・か」
突如現れて魔獣を圧倒し、いつの間にか消えていたテノス。その戦闘の合間に五魔将テギニスは姿をくらまし未だどこで何をしているか不明。そして、カーラが魔の世からバースヘイムに落としたジュウベエの存在・・・
「なぜバースヘイムに?」
シンがカーラを見つめるとカーラは長い髪を指でクルクル巻きながらつまらなそうに答える
「天族を天族の国に送るのは憚られ、クオン様のいらっしゃる場所は論外・・・お知り合いの多いシントに送るのも・・・そうなるとバースヘイムしかありませんでした。まあ、咄嗟でしたので適当な場所に落としましたが・・・」
「そ、そうか・・・で、その場所がここなのかい?」
「いや、ここに近い場所だが、探しに行った時には既に居なかった。付近を捜索しても見つからず・・・まあ、じっとするような奴じゃないしな・・・ちなみにシンさんはいつからジュウベエが天族と気付いて?」
「ミンが・・・ジュウベエになるずっと前さ。確信があった訳じゃない・・・たまに両親と違う特能を持って生まれる子もいるしな・・・だが、その特能が『洗浄』・・・聞いた事もない特能で面食らったよ」
「それで居もしない弟夫婦の子供としてムン爺に預けたか・・・」
「ふぇ?どういう事ぉ?」
フウカの認識ではジュウベエことミンはムンの娘とシンの弟の間に出来た子・・・ただどういう訳かムンの娘とシンの弟の名前が出て来ない。剣聖の娘に王弟の名前・・・忘れようがないはずなのだが・・・
「・・・どこまで知っている?」
「どうだろうな・・・知らずにいれば良かった事までかな?」
「・・・そうか。クオンには効かなかったか・・・」
「ちょっとぉ!2人で納得してないで説明ぃー!」
「ふむ・・・何から話そうか・・・」
シンは喚くフウカを見て苦笑すると顎に手を当て考える。何から・・・どこまで話そうかと思案し、ミンが産まれた時からの事を話し始めた
待望の一子が産まれる──────シントはファーラの妊娠が分かってからその日を今か今かと待ちわびていた。そうして産まれたのは元気な女の子。名前は『ミン』と名付けられ、国民は飲めや歌えやの大騒ぎだった
それから1年過ぎ、第二子であるゼンが産まれた頃に事態は一変する
「特能が・・・『洗浄』?・・・ファーラの浮気・・・って線はねえよな?」
「それはない!絶対ない!・・・ない・・・のか?」
「おいおい・・・冗談はそれくらいにして、シン・・・お前どうすんだ?」
シンがモリトを執務室に呼んでミンの特能を打ち明けた。『鑑定』の特能を使った結果は『洗浄』。シンともファーラとも違う特能に困惑していた。通常子供は親の特能を受け継ぐ事がほとんどであり、受け継がない場合もあるが、まったく別の特能というのは稀である。鑑定士にはファーラにも話すなと口止めしていた
「よりにもよって『洗浄』とはね・・・嫌な事を思い出させてくれるよ・・・」
「ディートグリスか・・・」
「ああ・・・何代前の国王だったか・・・あの言葉が脳裏にこびりついて離れない・・・」
「『天使の魂は四つに分かれ、お前らを監視している。いずれ時が来れば・・・』か・・・」
シン達は500年の間、地道な普及活動を行っていた。もちろん魔族のだ。いずれ人と魔族の共存を・・・それが2人の共通目標であり不変の最終目標である。度々現れる魔族を2人は倒しては、魔族の悪い噂が広まらないように努力していたのだが、アモンの最期の願いを聞き魔族を忘れないように定期的に人の世に魔族を送り込むカーラとのイタチごっこのような状態に陥っていた
そして、魔法や特殊能力は魔族の恩恵であると喧伝して周っているとディートグリス王国で捕まり、当時の国王に言われたのがモリトの呟いた言葉だった
「天使の魂は四つ・・・つまり各国にある・・・」
「あれが妄言じゃなければな。他の国で天族なんて見た事ねえからすっかり忘れていたぜ」
「そう・・・妄言ではなければ、どこで監視している?どう在る?」
「それがミンだって言いたいのか?」
「そうではないと願いたい。しかし、説明のつかない事が特能の他にもう一つある。それは鑑定士・・・」
「あん?鑑定士がなんだ?そいつが嘘をついているとかか?」
「違うよ。彼は実直な男だ。もう初老にさしかかる歳だが、彼の事は産まれた時から知っている。その彼が『洗浄』と鑑定した・・・見た事もない特能であるにも関わらずにね」
「!・・・そうか!鑑定士は見た事のある能力だけしか鑑定出来ない。だから大抵は親を見てから、どっちの親を受け継いでるかを見るのが仕事・・・今回はシンもファーラも『洗浄』なんて能力じゃない・・・なら鑑定士が『洗浄』の能力を見た事がないと分からないはず!」
「その通り。私とモリトですら見た事のない能力・・・彼が見た事があると言うのは考えにくい・・・」
「待て待て・・・嘘をつかない鑑定士が見た事もない特能を言い当てる・・・有り得るのか?」
「有り得ない・・・と、なると彼に教えた人物がいる」
「・・・この子の特能は『洗浄』です・・・って?誰がだよ」
「ミン」
「・・・つーてえと何か?1歳児のミンがその鑑定士に『私の特能は『洗浄』です』って名乗ったって言うのか?冗談も・・・」
「君は知っているはずだ。一つの国が天族に傾倒している事を。たかだか500年前に一度出て来た天使に人々が心酔する理由は?」
「・・・そういった類の能力を持っている・・・と?その能力を使って鑑定士に自分の能力を告げた・・・そう言いたいのか?」
「そうだ」
「馬鹿げてる!考えすぎだ!・・・少し頭を冷やせ・・・安心しろ、ミンはお前の娘だよ」
「・・・そう・・・だな」
「もうすぐ俺にも初めての子が生まれる・・・男の子だったらミンと・・・女の子だったらゼンと結婚させようや!」
「気が早いな・・・だが良いのか?『禁』の血が薄れるから身内で・・・と言い出したのはモリトだぞ?」
「それまでに・・・目標達成出来ねえかな?」
「500年進展のないのにか?・・・いっそう私とモリトで人の世を牛耳るか?それならば可能だと思うけどね」
「よせやい・・・子の未来の為にも、そんな醜い世界を残したくない」
「・・・醜い世界・・・か」
シンは目を閉じ想像する。魔人に支配される世界・・・あながち悪くはないのではとシンは思うがその考えを振り払い、ミンの事もあまり深く考えないようにした
3年後、シンはモリトに説得され、そのままミンを育てた。もちろん愛情を注いで。しかし──────
「シン!どういうこった!?」
勢いよく執務室が開けられ、怒りの形相のモリトがそのまま部屋へと入り、シンの前まで来ると机を叩いた
「・・・そろそろ来る頃だと思ったよ」
「説明しろ!ウォール・グンってのは誰だ!いつからお前に兄弟が出来た!?」
「・・・昨日かな?」
「ふざけるな!お前は自分の事以外では『操』で記憶を操作しないんじゃなかったのか?なぜミンが・・・そのグンって架空の弟の娘になってる!」
再び机を叩くモリト。叩く度に机の上に山積みにされていた書類が地面に落ちるが、シンは気にせずモリトを真っ直ぐに見つめ返す
モリトがお務めを終え外に出た時に耳に入った聞き慣れない名前。王弟ウォール・グン。人々は当たり前のようにその名を口にする。そして、そのグンの娘がミンであると・・・
「気に食わないかい?」
「あー、気に食わないね!ミンはお前の娘だ!グンとか言ういもしねえ男の娘じゃねえ!」
「・・・そうだね。ミンは私の娘だ・・・」
「だったら・・・」
「昨日の晩だ」
「あん?」
「昨日の晩・・・私はミンと話をしていた。と言ってもまだそこまで上手く喋れないからね・・・読み聞かせていたのさ・・・この世界の歴史を。ミンは歴史が好きでね・・・古い書物を引っ張り出して読んで読んでとせがんでくる・・・私が読み進めると分かってるのか分かってないのか・・・ウンウンとしきりに頷いていた。ふと悪戯心でね・・・読み聞かせている途中で魔族は実は良い奴ばかりなんだ・・・そう言ったらミンは真顔になり私を真っ直ぐに見つめてこう言った・・・『違うよ』と」
「!・・・そんなの誰かが魔族は怖いと言い聞かせただけだろ?それを・・・」
「そうかもしれない・・・いや、きっとそうなんだろう・・・しかし、その時のミンの瞳は・・・まるで全てを見透かすような瞳を・・・私は見返す事が出来なかった・・・」
「・・・シン・・・」
「この3年間・・・ずっと・・・ずっとだ。心に何かが引っかかる。まるで自分を否定しなくてはいけないような感覚・・・言いようのない不安感・・・それが昨日の晩、ハッキリしたんだ・・・私はミンを恐れていると」
「恐れているってお前・・・」
「・・・すまない・・・ずっと隠していて。時が解決してくれると思っていた反面、もしかしたらと思って考えていた事がある。もしミンが天族であるのなら・・・王位を継がせる訳にはいかない」
「まだそうと決まった訳じゃ・・・」
「分かってからでは手遅れなんだよ・・・もしミンが天族として目覚めたら・・・おそらく私の『操』は効かない・・・」
「それが・・・グンか」
「ああ。架空の弟を創り出し、その娘だった事にする。もちろん国民全てに・・・だ。そうなると継承権はゼンが一位となる。ミンは・・・四位だ」
「待て待て・・・ゼンが一位は分かるがなぜミンが四位に?」
「ミンを架空の弟に預ける訳にはいかないだろ?預けるのはムン爺さんにだ」
「はあ?なんでまたムン爺に?確か最近養子を取ったとか・・・」
ムン・ゲイス・・・先代剣聖であり、ジュウベエの名を継いでいた者。しかし、年老いて後継者がいないまま引退し、剣聖を途絶えさせぬよう後継者を育てている
「そう・・・だから私は考えた・・・架空の弟の嫁に架空のムン爺さんの娘をと。突然蒸発してしまった王弟夫婦・・・その子供である兄妹を祖父であるムン爺さんが育てる・・・継承権は蒸発したとは言え生きていると仮定して王弟グンが第二位・・・三位がその息子、エン・・・四位がミンって訳だね」
「なんなんだよそれ・・・そこまでするなら継承権を剥奪するとかの方が早いだろ?なんでまたそんな面倒な事を・・・」
「少しでも血の繋がりを残しておきたかった・・・考えて考え抜いた苦肉の策だよ・・・」
血の繋がり・・・実の娘から弟の娘と変わろうが他人の娘になるよりはマシと考えての事だった。それでも自分の娘ではなくなる事に抵抗はある。だが、シンは最終的に目標の達成を選んだ
「バカヤロウ・・・なんでもっと早く相談しなかった・・・」
「ギリギリまで・・・ミンとクオンが結婚する夢を見ていたかった・・・」
「!?・・・バカヤロウが・・・」
モリトはシンに言いながらも、親友の葛藤に気付けなかった自分に対しても言っていた。そして、シンから相談されたとしてもどうする事も出来なかったであろう自分の不甲斐なさを呪った
押し黙る2人・・・しばらくしてミンはムンに引き取られ、剣の道を歩む事になる──────
シンは当時を思い出しながらフウカに真実を告げた
フウカが知らなくてもいい事を端折りながら・・・
全てを聞いたフウカは何故かシンではなく、クオンを睨みつける
「・・・なぜ」
「なぜ?・・・クーちゃんがなぜその話を知ってるの?」
普段おっとりしているフウカがキツい口調でクオンに問い質す
「知ってるって言うか気付いた。当時幼かった俺は理解出来なかった・・・突然周りが居もしない『グンおじさん』の話をし始めた。ミンの親父であり、シンさんの弟・・・だが、当時城に度々訪れていた俺は何故かその人を知らない・・・覚えていない。ミンの親父はシンさんのはず・・・その違和感を感じたまま時は過ぎ、学校でミンと再会した時にミンから『シンおじさん』って言ってるのを聞いて違和感が更に増した。で、気付いた・・・記憶を改竄されてると」
「・・・普通なら周囲が口を揃えて言ってたら自身を疑いそうなものだけどね・・・しかも君は当時3歳くらいだ・・・」
「それが出来れば楽だったんだけどな。知らずにいれば良かったよ・・・他人と記憶が違うってのは思ったより辛かった」
「・・・すまない・・・」
幼い時より自分と周囲の記憶が違っているのに悩んでいたクオン。違和感は疑問に変わり、確信に変わった
「シィンさぁん」
「わ、悪かったよ、フウカ。仕方なかったんだよ・・・だからその拳を・・・」
「問答無用!」
フウカはシンの懐に滑り込み、腹部に拳を打ち付ける。風を纏いしその拳はシンを空に舞い上がらせた
「くっ・・・」
かなり上空まで来て服を操作して止まったシン。打ち付けられて痛む腹部を擦りながら自分のしてしまった事を悔いていると更に打ち上げられた人物がシンの横に並ぶ
「なぜ君まで・・・」
「知らん・・・俺が知っててフウカが知らなかったのが腹立たしかったんだろ?・・・」
とばっちりを食らったクオンがシンと同じように腹部を擦りながら『浮遊』でシンと共に宙に浮く。シンはその様子に苦笑した後、クオンに向けて頭を下げた
「すまなかったね・・・まさか効いていないとは思わなかったよ」
「済んだこと・・・それよりもミンに打ち明けないのか?自分が本当の父親であると」
「・・・ミンが天族なら・・・もう全てを思い出してしまったかも知れないね・・・そこは会って確かめる・・・そして、その時言うかどうか決めるよ・・・」
「・・・そうか・・・」
クオンはある種の覚悟をシンの表情から読み取り、それ以上何も言わなかった。するとシンがクオンを見つめて微笑むと遥か彼方のシント方面を見て呟く
「ムサシには謝ってくれよ?クオンはここに来たくてわざと怒ったフリをして馬車を降りたのだろう?あのままではさすがに可哀想だよ」
「・・・謝らん」
クオンは一言答えると、『浮遊』を解いてそのまま下に降りていく。まさかの答えに面食らったシンはしばらく無言でその様子を見つめ、顎に手を当てた
「まさか・・・本当に怒っている?・・・うーむ・・・」
シンはクオンがムサシを挑発してわざと無礼な態度を取らせるように仕向けたと思っていた。シントに戻らずに予定していたようにここに来たのが証拠・・・
「もしかしたら・・・自分の事をなんと言われようが気にしないが、こと彼女の事になると?・・・もしそうなら・・・少し安心だよ・・・クオン」
何でもこなしてしまうクオンが見せた少し子供ぽいところにシンは一人苦笑すると、自身もゆっくりと降りていく。ふと南の海を眺めると一隻の船がこちらに向かっていた。その船を目を細めて見つめると、シンは降りる速度を加速させる
シンを待つ子供達の元へ──────




