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最強の番犬と黒き魔女  作者: しう
『嗤うもの』
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5章 2 馬車の中

バースヘイム王国から来た迎えの馬車に乗り、クオン達一行はのんびりとバースヘイム王国を目指していた


馬車は合計で三台・・・一台は豪華絢爛な要人用の馬車。ゆったりと6人座れる車内に陽の光や外からの視線を遮るカーテンが付いており、乗る物の世話をする執事も同乗する


一台は普通の旅用の馬車。質素な造りだが長旅に耐えれるように頑丈に出来ている


最後の一台は荷馬車。長旅に必要な荷物、そして、食材を積んでいる。人は乗れないが大量の荷物を積むことが可能だ


要人用の馬車にクオン、マルネス、()()が乗り、普通の馬車にフウカ、シーフ、カーラが乗っていた


護衛は10名。その中に警護隊長としてムサシ・タンデントが付いていた


「殿・・・じゃなくて、シン様乗り心地はどうですか?」


「こらこら・・・今回は私ではなくクオンが主役。お伺いを立てるならクオンの方に。私はあくまで一使者としての扱いで構わないよ」


「・・・クオン・・・調子に乗るなよ?」


「・・・おい。それよりバースヘイム王国の兵士が板に付いてきたじゃないか。そのまま永久就職か?」


「はっ、今に見てろ・・・まるっと立場を逆転させてやる」


「・・・上手くいくといいな・・・女王と」


「ばっ、お前何故それを!?」


「立場を逆転させてやるって事は偉くなるって事だろ?女王は歳の割に綺麗らしいしな。ちなみにムサシが王になろうが俺が警護する事はないから立場は逆転しないけどな」


「歳の割にとか言うな!お前はそんなだから・・・」


シンが咄嗟にカーテンを閉め、ムサシの声は遮断される。それでも外から喚いているムサシに苦笑しながらシンはクオンを見た


「その発言はバースヘイム王国内では慎んでくれよ?下手すれば戦争が始まる」


「場はわきまえるさ。有能な執事が聞き耳を立ててなければ聞こえはしない」


その時、クオンの背後にある小窓が音を立ててスライドし、行者席に座る執事が顔を覗かせた


「何か御座いましたでしょうか?」


「いや、何でもない」


「かしこまりました。何かありましたら仰ってください」


クオンが答えながら手を振ると、執事は奥で頭を下げ小窓を閉じた


「な?」


「な?じゃない。・・・ハア、先が思いやられるよ。ところでマルネスはなぜ私を睨んでいるんだ?」


「さあのう。お主が居なければ馬車の中でクオンと2人きりになれたなどとは考えておらぬ。気の所為であろう」


「・・・どうやら気の所為ではないみたいだね。振り分けはクオンがしたんだ・・・文句はクオンにするべきじゃないかい?」


「クオンに気を使わせたお主が悪い。そこら辺の者なら容赦なく普通の馬車に乗せたものを・・・元王だか知らぬが肩書きだけは立派よのう」


「それは気を使わせて悪かったね。なんなら今からでも後ろの馬車に移ろうか?」


「やめてくれ。馬車が揺れる度に邪推されても適わん。それよりもなぜシンさんが使者に?」


「おかしいかい?」


「元国王の使者なんて聞いたことも無い。それにゼンは方針をガラリと変えた・・・使者に適してるとは思えないがな」


「そうかい?前任者であるからこそ、今回の改革の意味がよく分かる・・・利点も欠点もね。だから、今回の使者に最も適しているのは私だと思ってるよ」


「・・・なるほど、利点は説明するけど、欠点はゼンに丸投げにするつもりか」


「よく分かったね。その通り・・・利点を説き、欠点は持ち帰る・・・まだまだ課題は山積みだが、それは私の仕事じゃない・・・今代のゼンの仕事だからね。先ずは親善の使者としての役割を果たすのみさ」


「バースヘイムはともかくサドニアに行くのは憂鬱になってきた・・・あの皇帝が上辺だけで満足するとは思えないけどな」


「だから、納得させるのは私の仕事じゃない。彼なら鋭い突っ込みを入れてくれるだろう?持ち帰ってゼンがどうするか・・・今から楽しみで仕方ないよ。ゼンの理想は高い・・・しかし、今の段階では欠点も多いからね・・・サドニア帝国の皇帝くらい厳しく突っ込んでくれないと気付けない事も多い」


「気付いているならシンさんが言ってやりなよ・・・」


「それではゼンに跡目を譲った意味がない。失敗するのもまた成長の足しになる。成長していく子を見るのは嬉しいものだよ?クオン」


「だぞ!クオン!」


「・・・そんなところだけ乗るなよ・・・やり残した事が済んだら考えるさ」


クオンは身体を傾けると横になり、隣にいるマルネスの膝を枕に寝に入る。マルネスは顔を真っ赤にして硬直し、シンはその光景を微笑みながら眺めていた。そして、クオンがやり残した事と言うのがどれほど困難なものなのかを想像すると、クオンの頭を撫でようかどうしようか迷って手をワキワキさせているマルネスに同情の視線を送るのであった──────





クオン達が乗る要人用の馬車の後方を走る馬車の中、フウカ、シーフ、カーラが会話を弾ませる。と、言ってもほとんどフウカとシーフだけであったが・・・


「なるほどねえ・・・以前は体術ではフウカが、剣術では他の者が上だったと・・・」


「そうなのぉ。総合的にはクーちゃんの方が上だったけどぉ、体術では負けてなかったのになぁ」


クオンが、強いのは分かっている・・・それでも得意分野では負けていないという自負があったが、シーフがクオンに素手でやられたと聞いてショックを隠せない


「体術か・・・恐らくその体術ではフウカの方が上だと思うぞ?」


「え?」


「体術ってのは攻撃の連携だったり、身体の動かし方みたいなもんだろ?無駄のない動きをしていたのは確かにフウカの方だ・・・それは間違いない」


「じゃぁどうしてぇ?」


なぜ自分が手も足も出ないで負けた相手にクオンが勝てたのか・・・その疑問にシーフは頬を掻きながら答える


「まったく・・・答えにくい質問をズケズケと・・・どうしてあっしがフウカに勝って、クオンに負けたか・・・そりゃあ魔力の使い方が原因だ」


「魔力の使い方ぁ?」


「フウカ・・・魔力って何だ?」


「・・・魔法を使う力ぁ?」


「魔法を使う力・・・合ってるとも言えるし間違ってるとも言えるな。その答えだと」


「???」


「確かに魔法を使うには魔力が必要だよ。でもその考え方は戦闘において致命的な遅れとなる」


「遅れぇ?なんでぇ?」


「単純な話だ。人は手を動かしたり足を動かしたりするのに力を使ってるだろ?筋力ってやつだ。じゃあ、逆に手足を動かす時に筋力を意識してるかい?」


「・・・してなぁい」


「だろ?それと一緒だよ。魔法を使うのに魔力を消費するんじゃない・・・魔法を使ったら魔力が消費される・・・だ。ただの意識の違いに思えるが、戦闘においては雲泥の差だ」


「クーちゃんはそれが出来てるって事ぉ?」


「ああ。それともう一つ・・・魔力を筋力を使うのと同じくらい自然に使いやがる。まるであっしら魔族と同じようにね」


「それってぇ・・・つまり動くのに魔力を使ってるって事ぉ?」


「全ての動きって訳じゃないけどね。要所要所で自然に・・・な。魔力を使う量が同等なら確実にこっちが負けちまう・・・なんてったってクオンは魔力と筋力を使ってるんだ・・・あっしらは魔力のみ・・・思い出すだけでも腹立たしい」


「ふぅーん、そうかぁ・・・ワタシは全体強化型だから、クーちゃんのやり方を真似するとしたら一瞬だけ全体強化するって感じかなぁ?」


「全体強化型?」


「え?」


「え?」


当然魔族なら知ってるであろうと思って口にしたフウカだったが、知らないと聞いて目が点になる。しかし、シーフが知らないのも無理はなかった。魔族にとっては魔力は補助的な力ではなく原動力そのもの。そこに全体強化や部分強化などに分類されている訳もない


「なるほどね・・・人は魔力の使い方に得手不得手があるって事かい。面白いねえ」


「擬態化したシーちゃんならあるかもねぇ・・・得意な魔力の使い方」


「シーちゃん・・・まあいい。面白そうだね・・・今度試してみようかね・・・カーラ、アンタは試した事あるかい?」


「・・・」


「カーラ?」


一言も喋らずにじっとしているカーラにシーフが話を振った。しかし、カーラは聞こえてないのか一点を見つめ微動打にしない。シーフが再び名前を呼ぶと、カーラは突然立ち上がる


「いけません!すぐに止めなくては!!」


「!?・・・どうした、カーラ!?何が・・・」


「緊急事態です!クオン様の頭が小娘の膝の上に!!」


「あん?・・・どういう事だ?」


「さぁ?」


慌てふためくカーラを何とか宥めようとフウカとシーフが奮闘し、馬車が激しく揺れるのを見て馬にて周囲を警戒していた警護兵が顔を見合せ首を傾げ馬車の中を覗くと、見目麗しい3人の女性がくんずほぐれつの大乱闘の様子に混乱し、興奮するのであった──────





しばらく馬車が進むと外からカーテンが開けられムサシが顔を覗かせる


「シン様、そろそろ休憩致しますか?ずっと馬車の中では窮屈ではありませんか?」


「私に気使いは無用だよ、ムサシ。尋ねるならクオンに尋ねてくれ」


「クオン・・・休憩必要か?」


「おい。・・・とりあえず予定はどんな感じなんだ?速度からいって王都までは届かないだろ?」


マルネスの膝の上から少し頭を起こしムサシを見るとムサシは不機嫌そうに顔を背け空を見上げた


「チッ・・・強行する必要はねえから、宿屋のある街で一泊する。日が高い内でも目的の街に着いたら無理はしない予定だから時間に余裕はある」


「わ、妾は別にこのまま進んでも良いぞ?なんならずっと・・・」


「お子ちゃまには聞いてねえ・・・黙って良い子で座ってな」


マルネスの言葉を遮り威圧的に吐き捨てるムサシ。マルネスが魔族なのは聞いてはいたが、マルネスが人の世に来た頃には既にバースヘイム王国に出向していたムサシは直接会うのは初めて・・・どうしても見た目から判断してしまった為の発言だったが、クオンがそれに反応する


「・・・」


コンコンと行者側の壁を叩くと小窓がスライドし、執事が顔を出す


「どうかされましたか?」


「止めてくれ」


「かしこまりました」


執事は行者に指示し、馬車は徐々に速度を緩め完全に停止した。続く馬車二台も合わせて停止する


ムサシの合図もなく停止した馬車に警護兵達が動揺する中、クオンが馬車を降りると後方の馬車からカーラ達が飛び出して来る


「クオン様?」


「カーラ、扉を頼む。帰るぞ」


「おい、勝手をするな!ん?・・・帰る?」


ムサシが馬を降りて近付きクオンを咎めると不穏な言葉に首を傾げる。クオンはムサシを見て微笑むとカーラに耳打ちする。カーラは頷き扉を開いた


「クオン・・・何を・・・」


「夢は諦めるんだな・・・ムサシ」


「は?夢?」


素っ頓狂な声を上げるムサシを背に、クオンはそのまま扉をくぐる。慌ててマルネスが馬車から降りて同様に扉をくぐると状況の分からないフウカとシーフが顔を見合せた


「何が起きてるんだ?」


「さぁあ?」


するとシンまでもが馬車から降りてムサシに近付くと肩に手を乗せ首を振る


「残念ながらここまでのようだ。バースヘイム王国女王陛下の招待客に対する数々の非礼・・・私の今の立場では擁護も叶わない・・・まあ、散々忠告したはずだから自業自得だね。言ったはずだよ?今回の主役はクオンだと」


「え?ちょっと・・・シン様!?」


シンも続いて扉をくぐり、残されたフウカとシーフも状況が飲み込めないまま扉をくぐった。最後にカーラがムサシ達に一礼し扉をくぐると扉は消え去り、使者達だけが取り残される


「た、隊長?一体何が・・・」


「不味い不味い不味い・・・くそっ!」


「隊長?」


「・・・王都に戻る他ありませんな。陛下に御報告しなくては・・・『お客様を怒らせ帰られてしまった』と」


執事がため息をつきながら呟くとムサシに鋭い眼光を向ける。怒らせたのはムサシだが、責任は全員に向けられる可能性が高い。女王からは丁重にもてなすよう言われていたのだ。それが怒らせて帰らせたとあっては厳罰を免れない。連帯責任をとって全員死刑も有り得る


「いや・・・そんなつもりじゃ・・・」


「ムサシ様・・・陛下はシント国との友好関係はもとより、ケルベロス家との・・・今回の殊勲者で在られるクオン様との友好関係をより強固にしたいと仰っていました。今回はその為の迎賓です。ですからシント国より出向中であるムサシ様を頼り万全を期したはずだったのですが・・・残念です」


沈痛な面持ちの執事を見て事の重大さに気付き青ざめるムサシ。そして、クオンの言葉を思い出す


『夢は諦めるんだな・・・ムサシ』


その言葉の意味をやっと理解する。これだけの失態をして女王イミナがムサシを婚姻相手に選ぶはずがない


「総員!全速力で戻るぞ!」


「はっ!」


馬を降りていた兵士達が馬に乗り込み、執事も馬車に戻り進もうとするとムサシが声を荒らげる


「違う!バースヘイムにではない!行き先は・・・シントだ!」


ムサシは手綱を引いて方向をシントに向けると一直線に走り出す。慌てて兵士達も追おうとするが、馬車を操る行者はポカーンと口を開け固まっていた


しばらくしてムサシが勢いよく戻り、動かない馬車に怒鳴り散らす


「何をしている!?さっさと戻るぞ!今から戻り全員を連れ戻す!そこから昼夜問わず飛ばせば予定通り到着出来るはずだ!」


「そんな無茶な・・・たとえ戻ったしてもクオン様が応じてくれるとは・・・」


「無茶は承知!クオンには俺が謝り倒してでも連れて行く!俺の夢の為に!!」


「・・・夢?」


意味の分からない言動に執事が頭を傾げるが、ムサシは気にせずに行者に方向転換するよう支持する。執事もこのまま戻るよりはと行者を説得し、一行は来た道を全速力で戻ることとなった──────





「で、ここはどこなんだい?クオン」


扉を抜けると潮風が鼻腔をくすぐる。シンは初めて訪れる土地に周囲を確かめるように視線を動かした


「ここ?・・・ここはバースヘイム王国のクリオーネ。天使がいる街さ──────」

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