5章 1 二通の恋文
技術の国、シント国
農業大国、バースヘイム王国
法治国家、ディートグリス王国
産業大国、サドニア帝国
大陸にある4つの国はそれぞれの特色を持っていた
魔道具の製作や技能に特化したシント国
堅実に土地を開拓し、豊富な食糧を有するバースヘイム王国
法を定め、その法に従うディートグリス王国
物を作り、物を売る事により経済の循環を追求するサドニア帝国
500年の間不変であった国の特徴は誰も疑問に思わず、誰も不平を漏らさない
変化は痛みが伴うもの・・・それを嫌ってなのか、もしくは・・・
その環境下の中で一石を投じる者が現れた
シント国新国王ゼンである
ゼンは所信表明をシンから国王の地位を譲られた直後に行った
戴冠の儀・・・国民の前で王の証である玉璽を受け取ると集まった群衆の前で声高々に叫んだ
『シント国は変わる』と
これまで消極的であった国交を深め、他国の文化を受け入れると宣言したのだ
バースヘイム王国とのこじんまりとした取引・・・主に技術提供の代わりに食糧の授受などではなく、シント国の技術力を他国に知らしめ、それを武器にシント国を認めさせる
小国シントではなく、技術大国シントである、と
これには一瞬動揺した民達も熱のあるゼンの言葉に揺り動かされ歓声を上げた
シント国は変わる・・・そう誰もが信じた瞬間でもあった──────
魔獣襲来より1ヶ月が経過し、クオン達は平穏な日々を過ごしていた
と言っても、怠けていた訳では無い。日々の訓練は怠ることなく、今まさにその訓練の真っ最中であった
「はぁっ!」
気合いがこもってるのかこもっていないのか判断に難しい声を張り上げ、フウカが掌底を繰り出すと、その相手、原初の八魔『嵐』のシーフはその場から動かずに片手でその掌底をいなす
フウカはシーフを見ていたはずが、突然空を見上げる羽目になり、その後、臀部に衝撃が走る
「痛ぁいー」
攻撃したはずがいつの間にか尻もちをついている事に驚きと尻の痛みで声を上げると、シーフは呆れたようにため息をつき腕組みをした
「あっしが擬態化までしてアンタのレベルまで下げてやってるってのに、なんだい?そのデカい乳とケツは飾りかい?」
「それは関係ないですぅ!」
背後に風を起こし勢いよく立ち上がると、再びシーフに攻撃を仕掛ける
フウカは全ての攻撃に風を纏わせ威力を上げる。飛び蹴り、足払い、中段突き・・・その一連の流れを鼻歌でも歌うように躱し、いなすシーフ。風が止むように一瞬2人が止まり、シーフが軽く指先でフウカを撫でると、チャイナドレスは引き裂け、あられもない姿で吹き飛んでいく
「・・・これは金を払ってでも見る価値が・・・ある!いでぇ!!何しやが・・・隊長・・・」
テリトウが喉を鳴らしながら呟くとその後ろからアンズが刀の柄でテリトウの頭を思いっきり叩いた。振り向いたテリトウを見るアンズの目は冷たい
「お前ら邪な目で見るならアッチの訓練に行きな」
アンズが顎でその先を指すと、そこではアカネ率いる四精将『火』の部隊が原初の八魔『炎』のベリスの炎に囲まれてもがき苦しんでいた。訓練と言うよりは単なる地獄絵図・・・それを見てテリトウは激しく首を横に振った
フウカは安全な場所としてディートグリス王国に放置され、クオンに怒りの伝言をレンを通じて送り、ようやくシントに戻って来たのは半月前。シャンドが放置していたのだが、主人であるクオンが悪いと責め立てられ、ニーナの屋敷の時と同様にクオンは遥か上空を見る羽目になった
そして、自分が居ない間に起こった事を聞き、自らの不在時に傷付いた者達の事を思い悲しみ、そして、自身の不甲斐なさに怒りを感じた
その後でアカネが原初の八魔に鍛えてもらっていると聞き付け、自らも鍛えてもらいたいと志願すると、暇をしていたシーフが名乗りをあげる
『風を嵐にしてやるよ』
笑みを含み言い放つシーフにこれ幸いと乗ったフウカの運はそこで尽きた。連日連夜、修行という名の拷問を受けることとなった。全身は痣だらけとなり、風呂に入れば泣きたくなるくらいの激痛が走る。それでもフウカは耐え続けた。風を嵐にしてみんなを守れる力を手に入れる為に
「確かに金を払う価値はあるかもな」
他の者達と同じように見ていたクオンが呟くと、アンズが露になっていた胸を手で隠し、隣にいたマルネスが大きい目を更に大きくしてクオンを見た
「クオン・・・お主もまさかあの邪教の信徒なのか?・・・」
「なんだ?邪教って?」
「最近シンが王を辞した事により蔓延している本の影響で増えとる輩だ・・・色々な本があるようなのだが、その中にある『乳神の乱心』は世の男どもの心を鷲掴みにしておるらしい・・・」
「アホか・・・俺が言いたいのはシーフの戦い方だ。風を放つでもなく纏うでもなく、思うように操りフウカの攻撃をいなし攻撃を繰り出している。例えば歩く時にすら風を吹かし速度を早め、まるで瞬間移動のように距離を詰めたりと芸が細かい・・・その戦い方に金を払う価値があるってだけだ。見てるだけでも経験となる」
クオンの言う通りシーフは風を自在に操りフウカを翻弄していた。フウカも最初に比べればマシになってはきているが、やはり魔法を使うという意識が先立ち、あまりスムーズに風を操れてはいない
「・・・ならば良いが・・・今度姿を戻す時は少し盛るか・・・」
「何か言ったか?」
「いや!何でもない!・・・それよりもシーフがこちらを見ておるぞ?」
「・・・またか・・・」
激しい修行?により、フウカが立てなくなると今度はクオンを睨みつけ挑発する
《来な!今度こそ原初の八魔の恐ろしさをその身に刻んであげるよ!》
「擬態化を解くのか?」
《あったり前だ!そろそろ身体も温まったところだ・・・ギッタギタにしてやるよ!》
「ギッタギタとか刻んでやるとか・・・少しは乙女らしい言葉使いが出来ないもんかね」
フワリと飛び上がり倒れているフウカのところまで行くと四精将『風』の副将テストに目配せをした
するとテストは頷き配下を引連れてフウカの元に向かい、気絶したフウカを抱き抱えその場から離れる
《・・・あっしを乙女と言えるのはアンタくらいなもんだよ》
「まあ、姿形が乙女でも心と喋り方がオッサンじゃあ乙女とは言えんからな」
《・・・殺す・・・殺しきる!》
「訓練なんだがな・・・これ」
シーフの周りに風が吹き荒れる。髪は逆立ち、鬼の形相でクオンを睨み付けると一気に飛びかかった
「お主ら離れた方が良いぞ?」
「だ、大丈夫なのか?相手は原初の八魔だろ?」
マルネスが呆れた顔で2人を見ながらアンズ達に言うと、アンズは心配そうに
マルネスに聞いた
「安心せい・・・もう既に何度か戦っておる。その度にシーフが不機嫌になるがのう・・・」
「えっ・・・て言うことは・・・」
「ほれ!さっさと離れぬと巻き添えを食うぞ?ここら一帯の地形が変わる・・・ベリス達も気付いて避難しておるわい」
離れた場所で訓練していたベリス達も、2人の戦いが始まった途端に中断し離れ始めた。それを見てアンズが喉を鳴らし、急いで全員を退避させる
そんな平穏な日々が続いていた──────
「おい、訓練はどうした?」
「訓練どころじゃない!早く逃げないと・・・って、ゼ・・・ンじゃなくて、陛下?」
アンズが隊員達を誘導している時に話しかけてきたのは新国王ゼン。近衛兵隊長となったオッツを伴い訓練場を訪れたが、逃げ惑う兵士達を見つけアンズに声を掛けた
「逃げる?・・・何が起きてる?」
「クオンとシーフが戦ってるんだが・・・激し過ぎて・・・」
「フン!それくらいで大袈裟な・・・てっきり魔族でも攻めて来たかと思ったぞ。もう少しどっしり構えてもらわないと軍総司令官は務まらんぞ?」
ゼンが国王に、ジュウベエが行方不明の為に魔物討伐隊は解散。対外的に向けて名称を国軍に変更し第三部隊の隊長であったアンズが国軍総司令官に就任した
図らずしも軍総司令官になったアンズだった為に引き合いに出されては面白くなく、2人が戦っている場所を指さして鼻で笑う
「総司令官がどんなものか知らないが、アレから逃げるなと言うのなら私は御免だな・・・」
「なに?」
ゼンが顔を顰めてアンズの言葉を聞くと逃げて来た方向に振り返る。空はどんよりとした雲が渦巻き、その下で何かが起きている事を表していた
オッツに目配せし問題の地点まで歩き始めるゼン。後ろから止める声が聞こえるが無視して突き進むとはっきりと状況が見えてきて言葉を失う
地面は抉れ、周囲を取り囲んでいたであろう木々は倒れ、まるで爆弾でも落ちて来たかの光景・・・その爆心地で戦う2人は目にも止まらぬ速さの攻防を繰り広げていた
《グッ!》
クオンの拳が腹部に突き刺さり胃液を吐き出すシーフ。一瞬気を失いかけるが、すぐさま意識を集中させ気を取り戻す。後転し距離をとると胃液を手の甲で拭いクオンを睨み付ける
「そろそろ終わろうか?ちょうど来客もある事だし・・・」
《ざっけんな!アンタが地べたを舐めるまで終わりゃしないよ!》
クオンがゼンの来訪に気付き終わりを告げるが、納得のいかないシーフは再び風を纏う
それはシーフを中心に巻き起こる竜巻。全てを舞い上がらせ砕き散る凶悪な竜巻であった
「やれやれ・・・」
周囲の事など一切考えないシーフに対してクオンはため息をつきながら手をかざすと一言呟く
「風を『禁』ず」
すると轟音を立てていた風は嘘のように鳴り止み、静寂が辺りを包み込む。まるで味方に裏切られたようなショックと怒りに駆られ、シーフは風の援護のないままクオンに殴り掛かった
クオンはその攻撃をいなすと腹部に一撃、身体がくの字になると首元に手刀を与え意識を刈りとる
気を失いその場に倒れ込むシーフを見て、ようやく終わったと一息ついた
「地形を変える気か?クオン」
「木こりの手間が省けて良かったろ?ゼン国王陛下?」
「その呼び方はよせと言ってるだろ!木こりの手間は省かれたが工事班の仕事は増えたぞ・・・ただでさえ忙しいのに・・・」
「・・・しばらくこの先の道は使わない方が良いぞ・・・心臓に悪い」
「おまっ・・・この先も同じように!?・・・後でケルベロス家に請求してやる!それよりもお前に恋文が二通届いているぞ!」
「恋文とな!?」
「国王がわざわざ恋文を俺に届けに来たのか?」
「相手が市井の奴なら読まずに破り捨てる・・・が、相手が相手だ・・・」
ゼンは抉られた大地を滑り降り、クオンに近付くと二通の手紙を手渡した。クオンとシーフの戦いを見ていたマルネスが恋文という言葉に反応し同じく近付くとヒョコヒョコと背後からその手紙を盗み見ようとする
「バースヘイムのお姫様に・・・ベルベット皇帝陛下ちゃんか」
「お姫様言うな・・・歴とした女王だ。どちらも先の戦いを納めたお前への労いと催しのお誘いだ」
「見たのか?」
「当たり前だ!バースヘイムはともかくサドニアは何を考えてるのか分からん・・・シント国の民ではないお前にシント国を通して手紙を寄越したのだ・・・見て下さいって言ってるようなものだろ?」
「赤裸々な愛の告白だったらどうするつもりだったんだ?」
「そんなもの破って捨ててやる・・・いや、サドニアからのはそれでも渡すか・・・」
「なるほど・・・新しい国王陛下は趣味がいいみたいだな・・・で、これを見て俺にどうしろと?」
「行け・・・行って国交を深めて来い」
「おい・・・俺をシント国民じゃないとさっきはっきり言ってなかったか?」
「事実国民じゃないだろ?強いていえば居候・・・住ませてもらってる恩義を感じて国に協力しても良いんじゃないか?タダ飯食らいは嫌われるぞ?」
「それは命令か?」
「お願い、だ。シントとケルベロス家は協力関係にある・・・だろ?」
「とてもお願いには聞こえないがな・・・それで?俺が行ってどう国交を深める?魔道具のひとつでも売り込んで来るか?」
「よせ・・・お前が売り込むとろくな事にならんのは目に見えている。ただ誘いに乗って笑顔を絶やさず飯を食って来ればそれでいい・・・他の話は共に行く者にさせる」
「それが一番難しそうだ・・・特にサドニアではな。で、誰が共に行くんだ?」
「志願した者がいてな・・・今回の件でうってつけだから許可した・・・まあ、色々と問題はあったが・・・」
遠い目をするゼンにクオンはなんの事か分からずに眉を上げる
「まあ、それはさておき他の人選は任せる。護衛がいるとは思えないが長旅だ・・・2人旅では寂しかろう?」
「長旅?カーラかシャンドに頼めば一瞬で・・・」
「手紙をよく読め・・・バースヘイムが迎えの馬車を用意している。それに水晶を使ってサドニアが接触してきた・・・迎えはどこに向かわせればいいか、だとよ。バースヘイムかディートグリスが先にお前を誘ってる事を見越しての質問・・・いけ好かねえ・・・って、訳でバースヘイムからの迎えの馬車はシントに・・・サドニアからの迎えの馬車はバースヘイムに向かってる。一応、バースヘイムにはその旨を伝えて了承済みだ」
「・・・拷問か?」
「小綺麗な服を何着か用意しろよ?長旅でクタクタな服で会うなど言語道断だ。それに・・・」
ゼンが周囲をキョロキョロすると目当ての相手が見当たらなかったのか首を傾げる
「ドラゴン娘はどうした?」
「ドラゴン娘・・・マーナか?マーナなら、少し前に里帰りした」
「そうか・・・他国に変な生き物を連れて行くなよ!国の品位が下がる」
「・・・黒丸、残念だったな。お前を連れて行くなだと」
「なっ!?這ってでもついて行くぞ!・・・うん?待て!今の話のくだりだと妾が変な生き物扱いされていないか?」
「ゼン・・・それは言い過ぎだ」
「お前が言ったんだろうが!俺は変な生き物を連れて行くなと言っただけだ!・・・国の代表として行くのだ・・・その辺ゆめゆめ忘れるなよ」
「国民じゃないのに?」
「蒸し返すな!・・・国の居候の代表として品位を落とすような行動は慎め!いいな!」
「・・・なんじゃそりゃ」
ゼンは用は済んだとばかりに振り返りくぼんだ大地を登って行く。オッツは苦笑しながらクオンに頭を下げゼンの後を追うと離れて見ていたカーラとシャンドがクオンに近付く
「馬車など無視してお送り致しますか?」
「いや、せっかくだ・・・たまにはゆっくりと旅路を楽しもう」
「ハッ。人選はどうされますか?」
「ハイハーイハイハイハーイ!」
「カーラは俺と共に・・・シャンドは残って何かあったら報せてくれ。あとは・・・」
「ハイハイハイハハイハイハイハイ!」
「そこで寝てるシーフも連れて行く」
「・・・大丈夫でしょうか?」
「俺の目から離す方が心配だ。それに気になる事もあるしな・・・それと・・・」
「ウホホイウホホイウッホイホイ!」
「フウカだな。誰が志願したか知らないが幹部がいた方が良いだろう。四精将なら格も足りるし四精将の中ではフウカが一番物腰が柔らかい・・・キレなければな」
「オオイ!!」
「分かった分かった。お前もだ黒丸。ドレスはチビ用か?」
「無論大人バージョン用だ!カーラ!お主の分も共に見繕う・・・後でついてまいれ」
「・・・お守りをしても?」
「ああ、頼む」
「お守りじゃない!お供だ!おい、聞いているのか!?」
クオンにマルネスとの同行の許可を得たカーラは恭しく礼をした。マルネスはキーキーと鳴き地団駄を踏むが無視してシーフを抱き上げて去るクオンについて行く
1人残されたマルネスは最後に大声で鳴き走ってクオン達を追いかけた。その様子はさながら珍獣のようだとクオンは思い、本気で連れて行くか迷うのであった──────
「ゼン隊・・・陛下。あそこに倒れてたのって確か・・・」
「原初の八魔の1人・・・だったな」
「うへぇ・・・クオン様どんだけ強くなるんですかね?」
「知らん!・・・まあ、他国がクオンと馴染みになっておきたいという気持ちは分からんでもないな。神出鬼没の実力者・・・下手に機嫌を損ねれば厄介極まりないが、味方になれば・・・」
街に戻りながらゼンは先程の状況を思い出す。倒れているのは原初の八魔の1人。そして、大地は抉れ木々が倒れている状況から激しい戦闘だったのは窺える。しかし、クオンは無傷・・・息一つ切らさずに佇んでいる姿にはゼンですら寒気を感じた
「大丈夫ですかい?振られて他国に行っちゃうかもしれませんよ?」
「フン!尻尾を振りたきゃ振れば良い・・・まあ、アイツを他の国が御せるとは思えんがな」
「ふむふむ・・・つまり俺とアイツの仲を引き裂けやしない!って事ですね」
「・・・牢屋に行きたいか?」
「3食付きの給金ありなら・・・」
「・・・3食ゴボウの煮汁にしてやる」
「いつまでです?」
「ずーっとだ!そんな事より急ぐぞ!最近シズクの機嫌がすこぶる悪い・・・油売ってると知れたら事だ」
「・・・しっかり尻に敷かれてまあ・・・」
「何か言ったか!?」
「いえ!急ぎましょう!」
オッツはゼンの背中を押して急がせる。シント国を、シント国民を背負う背中・・・いつまで支え続けられるか分からないが、ずっとこうして支え続けたいと思うオッツであった──────




