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最強の番犬と黒き魔女  作者: しう
『嗤うもの』
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5章 プロローグ

サドニア帝国()城内地下


じめじめとした石壁と石畳に這い回るネズミが来訪者の存在に気付き、その身を隠す


そんな事には目もくれず、来訪者は階段を降りると真っ先に一番奥にある鉄格子の前まで進み、その場で足を止めた


「ゴダン・・・ゴダン・・・ゴダン・・・」


来訪者の1人が鉄格子に近付き、名前を数度呟くと、人影が奥から体を揺らしながら起き上がりのそりのそりと歩いて来る


「誰かと思いきや皇帝陛下ではありませんか?こんなむさ苦しい所に何用で?」


劣悪な環境の中、血色の良い顔色をした偉丈夫、ゴダンが鉄格子に近付くと来訪者の姿を見て下卑た笑いを見せる


サドニア帝国皇帝、ベルベット・サドニアはそんなゴダンに微笑み返すと更に前に出て鉄格子に触れた


「この城の内部にむさ苦しい場所などない。そう思うのは君の心の問題だ、ゴダン」


「そりゃあ、失礼した。で?何の用で?皇帝陛下殿」


「君に頼みたい事がある。いや、違うな・・・君に返してもらいたいものがある」


「返して?」


「君が殺した千人分の兵士の働きを・・・だ。分かりやすかろう?」


『千人殺しのゴダン』


サドニア帝国帝都センオントにおいて犯罪組織を取り仕切っていた人物。厳重な警備を敷かれている帝都にも関わらず組織を巨大なものに育て上げ、数年に渡り人々を苦しめてきた


ベルベットの『いい加減子虫が煩わしい』という発言により大捕物が敢行されるも、多大な被害を出した。その時ついた二つ名が『千人殺しのゴダン』である


「なるほどな・・・じゃあ、代わりにここに閉じ込められていた日にち分の女を用意しな。話はそれからだ」


「女?」


「ああ・・・ここは黙っていても飯は出てくるし、いつ寝ても誰に起こされる訳でもねえ。ただ女だけはいくら頼んでも用意しゃちゃくれねえんだよ・・・分かるだろ?」


「ふむ・・・そうなるとかなりの人数になるな・・・日数分となると100人か?」


「1000人だ!1000日・・・俺は欠かさず壁に傷をつけ、数えていたから正確だ・・・お前らが食事の回数をケチってなければな!」


地下の為、日の光は入って来ない。つまり、昼も夜も分からず、一日が経過したかすら分からない。その為ゴダンは壁に刻んだ。食事三回毎に一つまた一つと


「賢いな。時間の感覚は重要だ。人は起きて、寝てを繰り返すが、その中にリズムを持つ。起きている間に何をするか・・・働く者、学ぶ者、何もしない者・・・様々だがそのリズムが狂うと人は身体に徐々に変調を来す。それが続けば今度は精神が崩壊する・・・自分は今何をしているのだろうか?自分は今どこにいるのだろうか?自分は何者なのだろうか?・・・狭い空間で何の目的もなく過ごす日々の中、リズムが狂うと溢れ出してくる疑問・・・やることがあれば考える必要のないことまで考えてしまう・・・ところで君の髪形はそんなだったか?ゴダン」


ベルベットがゴダンの頭を見て疑問を口にした瞬間、ゴダンは素早く鉄格子に近付き手に持つナイフをベルベットの胸に押し当てた。あと少し力を込めればナイフは容赦なくベルベットの胸を裂き、絶命させるだろう状況にも関わらずベルベットは身動き一つしなかった


「油断したな・・・そのご高説はここの衛兵にでもした方が良かったんじゃないか?髪を剃りたいからナイフをくれと言ったらすんなりとくれたぜ?ギフトが封じられているとは言え囚人にナイフ渡すか?普通」


「衛兵ではないのだがな・・・渡した者には罰を与えるとしよう。で、望みはなんだ?女か?」


「・・・えらく冷静だな・・・。この状況で女ってのも悪くねえが、そろそろ日の光を浴びたいと思ってたところだ。それに最近は聞こえなくなったが薄気味悪い声が響いて嫌になってくる・・・ここから出せ」


「薄気味悪い声ってこんな声ー?」


突如ゴダンの顔を覗き込む化粧をした男、クラウ。思わずナイフを握りしめ、切り付けようとするが思いとどまりクラウを睨みつける


「てめえ!皇帝がどうなっても良いのか!!」


「それは君でしょ?麗しき皇帝陛下に少しでも傷を付ければその場で食い殺される・・・君の出来る事は出来もしない脅しでなんとかこの場から出る算段をすること・・・でしょ?せめて鉄格子の外で脅すなら分かるけど・・・ププッ・・・『油断したな』だって・・・ウケるぅ」


「・・・俺がやらねえと思ってるのか?」


「君からは『まだ生きたーい、死にたくなーい』って声が駄々洩れだよ?それが美しき皇帝陛下のお肌に傷一つつけただけでおじゃんになるんだ・・・君は決してナイフを押せない」


「そう焚きつけるな、クラウ。もし万が一があったらどうする?」


「ああ!!申し訳御座いません!!もしそのような事があったら、このクラウ・・・生きている限り涙を流し続け、この大陸を水没させてしまうやも知れません!いや、流れ出る血を全て啜り、血肉を喰らいてこの身を捧げるやも・・・さぞ美味であることでしょう!!」


「それはそれで楽しみだな」


「・・・狂ってやがる・・・」


ベルベットを見て涎を出すクラウもそれを楽しげに聞くベルベットも受け付けないゴダンが吐き捨てる。ゴダンはクラウの言う通り、この状況で牢屋を抜け出すのは難しいのは分かっていた。ベルベットがナイフに怯んで冷静な判断を失えばと思っての行動だったが、まったく怯む様子はない。しかし、実際にベルベットを殺してしまえば自分の命はそれまでなのも理解していた。どうするべきか考えているとふと先程のクラウの言葉に疑問を持つ


「おい!変態野郎・・・さっき言ってた『食い殺される』ってのはどういう事だ?まさかお前が?」


「まさか!芳醇なる皇帝陛下の血肉ならまだしも、君みたいな腐った肉を喰らうと思うかい?」


「くっ・・・だったら・・・」


「食べるのはコイツ・・・可愛いでしょ?」


産まれたばかりと見紛う程の小さな子犬。クラウの手のひらでプルプルと震え目も開いていなかった


「くくく・・・ハーハッハッ・・・その子犬が?俺を?それとも逆に今日のメインディッシュに丸焼きにして出してくれるのか?」


笑うゴダンをしり目に、クラウは地面に子犬を置いた。すると子犬はヨチヨチと鉄格子の方におぼつかない足を動かし向かうと、格子の隙間を通り抜け、まんまと中へと入りこむ


「・・・何の真似だ?」


「?鉄格子があったら邪魔だよね?」


クラウが嗤う。ぞっとするその嗤い顔に顔を引きつらせると、背後から得体のしれない気配を感じた


背後には子犬しかいないはず・・・しかし、むせかえるような獣臭と生臭い吐息、そして、自分よりを大きい気配


「な・・・なんだ・・・」


「おっと!振り返らない方が良いよぉ。もし振り返ってびっくりしちゃってナイフに少しでも変な力がかかったら・・・君はすぐさまギトギトの舌の上で鋭い歯に囲まれて生涯を終えることになる・・・ボクはペットの栄養バランスにはうるさくてね・・・あんまり君みたいな筋肉質な肉は与えたくないんだ・・・筋ばっかて栄養の足しにもならない」


ゴダンの息が荒くなる。濃密な何かが背後からゴダンの命を握っている恐怖が頭を支配する


「な、何が望みだ?」


「その前にナイフを下げてもらえないか?君みたいな輩にナイフを押し当てられるというのは新鮮であったが、少々不快だ」


ベルベットの言葉にゴダンはすぐにナイフを下げた。逆らえば死・・・それだけは確実であった


「素直でよろしい・・・では、さっそくだが本題に入ろう。君には何も我に従えなどとは言わない。今まで通り・・・捕まる前と同じように好き勝手してもらって構わない」


「・・・え?」


「今まで通り金を毟り取り、女を犯し、暴力で街を支配したまえ。言う事を聞かない奴は殴って従え、気に入らない奴はたっぷりいたぶり殺せ。悪の限りを尽くせ・・・『千人殺しのゴダン』」


「・・・なぜ・・・」


「なぜ?君の去った街を知らないだろ?清廉潔白な街・・・清く、正しく、美しく・・・正に理想の街・・・そんな街を我は見られたくないのだよ・・・まるで生娘が裸で街を歩くような恥ずかしさだ。だから自ら汚すんだ・・・そして、助けてもらおう・・・彼に」


「・・・彼?」


「そう!彼・・・大陸を魔族の手から救った英雄・・・クオン・ケルベロスにだ!」


ベルベットは叫び満足げに嗤う。その様子を見てクラウは恍惚の表情をベルベットに向けていた


異様な光景にゴダンは思考を停止させる。千人の兵士を殺して尚、この二人の得体の知れない雰囲気に身体の震えは止まることをしらなかった──────


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