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最強の番犬と黒き魔女  作者: しう
『統べるもの』
118/160

4章 37 手札

振り下ろされる刀に合わせたかのように繰り出される巨大な拳


クオンは頭部に向けて振り下ろしていた刀の軌道を変え、迫り来る拳に向かって振り払った


『黒』の魔力を込めた刀はあっさりと拳を斬り裂き、おびただしい量の鮮血が辺りを真っ赤に染める


《ヘラカト・・・か》


「さあ?シャンドに借りただけだから誰のか知らんよ」


《小賢しい》


ファストの拳を斬り裂いた後でも中空に佇むクオンを見てファストが呟くと、斬り裂かれた拳とは反対側の拳を振り上げクオンに襲いかかる


「お前はもう少し賢くなれよ!」


先程の拳と同じく斬り裂くと宙を蹴り、勢いをつけて反撃に出た


しかし、刀が届く距離まで近付くとファストの巨体は一瞬にして消え、慌ててクオンは勢いを殺してその場に止まる


《クオン様・・・どうやら『巨大化』を解いたようで・・・》


シャンドがクオンの傍に転移し地上を指さすと、確かにファストらしき人物が立っていた。クオンはそれを見てうんざりしたように息を吐くと、ゆっくりと地上に降りていく


「大きいままかその大きさかどっちかにしてくれ・・・って、おい」


地上に降り立ち、ファストに文句を言っている最中に気付く・・・いつの間にか斬り裂いたはずの拳が元に戻っている事に。巨大化を解いた影響かはたまた治癒か・・・クオンが考えていると、その考えを見透かしたファストがニヤリと笑い拳を突き出す


《どうかしたか?クオン・ケルベロス》


「いや・・・今からどうかするとこだ・・・」


クオンは右目をそっと閉じ、左目を開けた


《?・・・君は・・・》


「何度か刻めば分かんだろ・・・瞬時に元通りになるその身体の正体は」


クオンは刀を担ぎ、姿勢を低くした瞬間に一直線にファストへと駆け出した


刀を振り、躱されると身体を捻り蹴りを出す。受け止められたら、その足を軸にして回転しながら反対の足で蹴りを繰り出し、ファストの顎を捉えた


《ムッ・・・》


よろめくファストに対し、クオンは着地したと同時に飛びかかり、刀を突いた後に回し蹴りで吹き飛ばす


「・・・」


あまりにも綺麗に決まり、クオンは追い打ちをかけずに様子を見た


《驚いた・・・これが君の戦い方かい?》


平然と立ち上がるファストに与えた傷跡は一切なく、クオンは顔を顰める。その表情に満足気なファストは腕を上げ、手のひらをクオンへと向けた


「お気に召さなかったか?」


《ああ・・・ガッカリだよ》


五本の指先から手のひらに魔力が集まり、クオンに向けて放たれる


クオンは頭を動かし放たれた魔力を躱すが頬が切れ血が頬を染めた


「・・・にゃろ」


《勘違いしないでくれ。君を殺すのは簡単だ。今みたいに魔技を駆使すればね。ガッカリと言ったのは、君の戦い方がアモンに似ていて、それに付き合えば何かしら感じるものがあるかと思ったが・・・》


「不感症な自分にガッカリって事か・・・面倒くせえ」


《・・・君は本当にクオン・ケルベロスなのか?》


「さあな・・・とりあえず久しぶりの人の世だ。さっさと終わらせるぞ!」


クオンが魔力の放出を警戒し接近戦を持ちかける。ファストの懐に飛び込み、剣を振り、蹴りを放つとファストは笑みを浮かべたままそれに応えた





《アイツは・・・なんだ?》


《私の主ですよ・・・ラージ様》


離れた場所でクオンとファストの戦いを見つめるシャンドに瀕死の状態であったラージが足を引きずり近付くと声をかける


ラージはシャンドの横に並ぶと地面に腰を落とし、しばらく無言で2人の戦いを見つめていた


《アイツ・・・人だろ?》


《・・・それが何か?》


暗に人に従うシャンドに何故なのか尋ねるが、シャンドは平然と返してくる為にラージの方が動揺してしまう


《いや・・・まあ、そりゃあおまえの勝手だが・・・それにしても、アイツなんであのファストと渡り合えるんだ?》


客観的に見ると2人の戦いは拮抗していた。魔技を使わないただの殴り合い・・・それでも人が原初の八魔であるファストと互角であることに驚きを隠せない


《・・・人の命は短いのです・・・》


《は?》


《人の命は短い・・・故に工夫を凝らします。素手で無理なら道具を使い、一人で無理なら複数人で、効率が悪いなら頭を・・・主が持っている武器もその工夫の一つです。爪がないなら創れば良い・・・主がファスト様と渡り合えているのはそれらの努力の結晶とでも申しましょうか・・・武器を使い、身体強化を少ない魔力で効率的に行っております。今、主がファスト様の攻撃を受けた時、一瞬だけ受ける部分の魔力を濃くしました。常に魔力を濃くしていればすぐに魔力は枯渇してしまいます・・・魔素の薄い人の世で戦う工夫として編み出したのでしょうね》


《命は短いって言う割にはよくそこまでに到れるな》


《短い故にですよ。人は老いはしますが、それに代わる特徴を持っています。子を産み、その子に継承する特徴・・・我々にはないものです》


《なるほどな・・・我らが一人でやってる事を、人は世代でやっているという事か。だが、それなら我らと変わらぬのではないか?》


《そうですね。時の流れを一人で渡るか世代で渡るかの違い・・・何も無ければただそれだけの違いでしょうね》


《・・・何も無ければって事は何かあるのか?》


《・・・憶測となりますが、何かがあったとしたら、それは我々の世界・・・魔の世と繋がった事とアモン様でしょうね》


《アモン?繋がった事ってのは分かるが、なんでアモンが?》


ラージは魔の世と人の世が繋がった時の事を思い出す。さして興味もなかったが、魔素が人の世に流れ込み、珍しく原初の八魔であるレーネが動いたのを覚えている。だが、もうひとつの意外な名前にラージは眉をひそめた


《我々の存在が人に知れ渡ったた後、天使襲来によりアモン様はお亡くなりになられたのはご存知かと思います。その折に魔族は全て魔の世に撤退し、人と魔族の縁は途絶えたかに思えましたが・・・》


《そうか・・・『隙間』・・・カーラ・キューブリックか》


魔の世で度々起こっていた不思議な現象・・・まことしやかに噂されていた突如として現れる『隙間』に入ると人の世に行けるというもの。時には魔族に追われている魔獣が落ち、時には魔族の目の前に現れたという。ラージも耳にはしていたが、噂程度の話であり、特に調べようとも思わなかったが、今回の件でカーラに人の世へと連れてこられて合点がいった


《ええ。カーラ・キューブリックが『隙間』を創り出し、我々を人の世へと送り込んでいました。私もその内の一人・・・それにより人は魔族や魔獣と戦いを繰り広げ、鍛えられていた・・・人は魔族に対抗する為に魔力の使い方を覚え、戦い方を学んだ・・・》


《・・・あのカーラのやる事だ・・・それがアモンの指示である事は明白。アモンの意図は分からないが、そのカーラの行為が人を鍛えてたって事か》


《そうですね。それと・・・人の世に訪れた時に魔族達は人と契り、子を成しています・・・私の主、クオン様もその一人・・・魔族の子の子孫であり、その魔族が原初の八魔『禁』のアモン・デムート様です》


《!?・・・アモンの・・・通りで暑苦しい戦い方する訳だ・・・》


ラージは懐かしさに目を細め、改めてクオンとファストの戦いを見る。遠い記憶にあるアモンが戦う姿と重ねながら・・・





クオンとファストの戦いは一進一退であった。互いに魔技を使わず、クオンは刀を鞘に収め、殴り合う


ひどく原始的な戦いが続く


「少しは感じてきたか?」


《そうだね・・・一生理解できない事が理解できた。不毛過ぎる・・・そろそろ終わりにしよう》


ファストは言うと目の前で腕を払うように振るった。するとクオンに傷付けられた痕は一瞬で消えてなくなり、文字通り元通りになる


「まさに骨折り損のくたびれもうけってやつか・・・早く帰って暖かい風呂にでも入って寝たいのに・・・付き合ったお礼に教えてくれてもいいんじゃないか?その・・・瞬時に回復するのは何なのかを」


《・・・答えてやらないことも無い。が、一つ聞きたい事がある。それに答えてくれたら教えてあげよう》


「お礼っつってるのに、えらく上からの物言いだな。で?何が聞きたい?」


《君達を観察して分かった事・・・それは人は生きる為に生きているという事だ。それは誰かに教わった訳でもなくて、ごく自然に行っている。だが、君のやっている事はそれに反しているように思えるのだが・・・それは何故だ?》


「ん?んん?・・・ちょっと待とうか・・・人は生きる為に生きる?俺のやっている事?」


《遥か昔、私とアモンが人の世に訪れた時、そして、魔の世に戻ってから考えて出した答えだ。人は生きる為に努力を惜しまない。人は生きる為に考える事を止めない。人は生きる為に他の生き物を殺す。生に囚われる事の無い私達にはない・・・生きる意味を持っている。だが、君のやっている事は正反対の行動だ。私はこの身体でラージら4人を圧倒し、君に私の実力の片鱗も見せた・・・それなのに君はまだ私と戦っている・・・それがどうしても解せない》


「えーと・・・話をまとめるからちょっと待ってくれ。・・・・・・よし、お前バカだろ?」


ファストの言葉を考えた結果のクオンの言葉にファストは怒る訳でもなく目を細めた


《私を蔑む前によく考えたらどうだ?それとも人もまた生きる・・・存在する意味などないということか?》


「いやいや・・・存在する意味ってなんだよ?頭膿んでるのか?」


《ああ、そうか。君達はやはり無意識に・・・。だが、それだと君の行動がますます不可解だ。なぜ死へと突き進む?》


「・・・そういう事か、納得。不死に近いお前らから見たら俺らが生きる為に必死になってるように見えたんだな。生憎だが別に俺らは生きる為に生きちゃいねえよ。生きる意味なんて考えてもない・・・もし考えるとしたら、何かや誰かに生きる事に依存した奴が、その依存したモノを失った時だけだ・・・・・・お前、依存してたな?」


《バカな・・・私が誰かに依存など・・・》


「!・・・そういやお前・・・やたらアモンに拘るよな?もしかしてお前・・・」


《ふざけるな!私がアモンに依存?違う!私はアモンと共存していた!原初の八魔として・・・『炎』が『氷』と『地』が『嵐』と・・・『黒』が『白』と共にあるように!!》


「共存してると思ってたら依存してた・・・だろ?」


《・・・》


「俺の器に拘ったのも・・・もしかしたらお前、アモンを創ろうとした?自ら戦うのを見た事ないし、不感症だし・・・」


《・・・黙れ・・・》


「それで色々実験していたと・・・チリを攫ったのも実はそれが目的か?アモンの肉体を創らせようと・・・」


《・・・黙れ黙れ・・・》


「チリは造形の技術高いからな・・・伝えただけでそっくりに創れるかも知れない・・・そう考えたお前はチリを・・・」


《黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!!貴様如きに何が分かる!原初の八魔として・・・対になる者として共に歩んで来た・・・それなのに・・・ちっぽけな人や有象無象の魔族など生きている価値などない!私に使われ、私の思い通りに動けばいい!!この木偶共が!!・・・ぬ?》


チュンと音が鳴る。叫んでいたファストは自分の身体を確認すると、いつの間にか胸の辺りが真横に斬られ上半身が地面へと滑り落ちる


「さて、器ごと斬っても平気かどうか・・・恐らく平気なんだろうな。お前の能力・・・治癒や再生じゃない・・・治すんじゃなくて直してるんだ・・・他人を物としか見てないお前にしか出来ない芸当だな」


《・・・貴様・・・今の動きは・・・》


「おい、お礼は?・・・まあ、いいか。どっちにしろやる事は一緒だし。お前が答えないなら、俺も答える必要はないだろ?とりあえずお前は・・・斬り刻む!」


クオンが再度斬りかかり、ファストは斬られた瞬間に元に戻る。先程までとは打って変わって一方的な展開にファストは驚きを隠せず顔を歪ませた




《お、おい、シャンド・・・どうなってんだ?》


《・・・言いましたよね?魔力の使い方を学んだ、と》


《いやいや、おまえ・・・見えなかったぞ?》


《我々のように見た目が変わったりはしませんが、人も体内で魔力を溜めたりしています。そして、その溜めた魔力を放つ事によって爆発的な破壊力や瞬発力を生み出しています。互角だったとしても瞬間的なら我々すら凌駕する・・・まあ、主ほどのスピードを出せる者は稀でしょうが・・・》


魔族の身体は魔力を流すと強化され変貌する。鋭さを増したければ爪を伸ばし、強度を上げたければ腕から硬い鱗を出す。人の身体は変貌しない代わりに能力自体を強化していた


《じゃあなんで最初っからやんねえんだ?あんなん初見でやられたら・・・》


《確かにそうですね。ですが、もし・・・相手に手札が残っていたら、追い込まれるのは先に切り札を切った方になりますよ》


《・・・五魔将・・・もしファストの奴が五つの核をアイツに突っ込んでたら・・・》


《『巨大化』に魔力を手のひらに集める魔技と身体を直す魔技・・・残り二つ・・・》


《あっ!そう言えばいきなり身体が掴まれて動けないように・・・》


思い出したようにラージが言うと、ちょうどその時、ファストがクオンに対して腕を伸ばし手を広げ、握る仕草をしてみせた。するとクオンの動きが止まり、苦悶の表情を浮かべる


《おい!シャンド!》


《まだです!》


助けに行くよう急かすラージにシャンドは叫んだ


《おまっ・・・やられるぞ!?あれでベリスは・・・》


《・・・まだです・・・》


狼狽えるラージにシャンドは戦況を見つめながら目を細めた


クオンが一瞬動きを止めた隙にファストは魔力をクオンに向けて放つ。首を横に振って躱した先程の攻撃と違い、身体の中心を狙った躱すのが困難な攻撃。クオンは両腕に魔力を込めて束縛から脱出すると向かい来る魔力を睨み付けた


《チッ!・・・んが!》


ラージが駆け出そうとするとシャンドの腕に阻まれた。思いっきり喉に腕が当たり、ひっくり返ると腰を打ち付ける


《おい!シャンド!何すんだ!》


《・・・向こうが手札を切るなら、こちらも切るまでです・・・》


《はあ?何を・・・アイツは・・・なんだ?》


《私の主ですよ・・・ラージ様》


シャンドの見つめるその先にクオンがファストと対峙する。放たれた魔力は跡形もなく消えており、二人は無言で睨み合っていた


ファストが放った魔力は何処へ行ったのかという疑問よりも傍から見た変化にラージは息を呑んだ


クオンの身体から黒いモヤが立ち上り、その姿を大きく見せる


《質問を変える・・・アイツは人か?》


《・・・我が主、クオン・ケルベロス様です》


答えになってない答えだったが、ラージは思わず納得してしまう。五つの核を持ち、原初の八魔を圧倒する相手に平然と立ち向かうのは、人でも魔族でもなく、クオン・ケルベロスなんだと


ラージは地面に打ち付けた腰をそのまま落ち着かせ、肩の力を抜いて観戦する事にした


《よろしいので?》


《何がだよ?》


《他の方々がそこら辺に転がってるのでは?》


《・・・死んでねえなら勝手に起きてくるだろ・・・原初の八魔舐めんな》


《舐めるなんてとんでもない。常日頃からラージ様のお創りになったゴーレム軍団とはお手合わせしたいと思っておりました》


《それを舐めてるって言うんだよ・・・魔の世に戻ったら覚えてやがれ》


《楽しみにしております》


シャンドとラージがにこやかに会話している最中、クオンとファストの戦いは次の段階へと進んでいた──────


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