4章 36 アモン・デムート⑦
「おーおー、なんだか知らねえ間にだいぶ造りが変わったな・・・で?何してんだ、アモン」
《それはこっちが聞きたい。お前どうやって抜けて来た?・・・って、おい》
魔の世と人の世を繋ぐ扉・・・その周辺を囲うようにアモンは結界を張った。その結界を抜けて来たサラムに尋ねようと振り返るとその姿に驚く。全身傷だらけで左腕はなく、右目も潰されていた
「抜けて?・・・あー、あの結界か?別にすんなり通れたぞ?」
《・・・お前・・・そうか人化か》
「あん?確かにちぃと魔力切れ寸前だったから魔力の消費を抑える為に擬態してるが・・・それが何かあるのか?」
《結界には魔族の進入を『禁』じるとしか込めてないからな・・・なるほど・・・かと言って・・・》
「おいおい、どうでも良いけど、俺の姿を見て何か言うことないのか?」
《ん?・・・痛いか?》
「痛えよ!超痛えよ!!すげえ数の奴らが押し寄せて来たんだぞ!?向こうもこっちも殺る気がなかっただけマシだが・・・この有様だ!」
《そうか・・・魔族同士の争いも禁じるか・・・》
「・・・おい、アモン・・・お前・・・どうかしたのか?」
《・・・どうもしない・・・サラム、お前は魔の世に戻れ・・・魔の世と人の世はしばらく断絶する》
「はっ!?なんでだよ!天使って奴はお前が追っ払ったんだろ?」
《そうだよ。せっかくもうすぐこの世界を手に入れられたのに・・・》
アモンの言葉に驚き詰め寄るサラムの背後からファストが結界をくぐりやって来た。一度振り返りファストを見た後、再びアモンの表情を見てサラムはギョッとする
《・・・ファスト・・・》
ファストを睨み付け、歯軋りするアモン。戦っている最中ですら見せない憤怒の表情にサラムは自分に向けられていないと分かっているのに身動きが取れなくなった
一方向けられている張本人のファストは特に気にした様子もなく、微笑みすら浮かべてアモンへと近付いた
《その表情で察するに・・・気付いたかな?》
《ああ・・・遅過ぎたがな・・・》
「おいおい・・・何の話だよ?ファスト様が・・・なんだって?」
状況の飲み込めないサラムがアモンとファストを交互に見た。今にも飛びかかりそうなアモンに涼し気な顔のファスト・・・2人に挟まれたサラムが尋ねるとアモンは静かに語り始めた
「・・・するってえと何か?・・・この世界は既にその天族って奴が支配して・・・」
《支配か管理か分からん。だが、節目節目に不思議な能力を持つ者がこの世界に現れていたのは確かだ。今回、天使が現れたのは・・・》
《過干渉・・・私達が適度に接する分には問題なかったけど、関わり過ぎた・・・と》
《当たり前だ・・・俺らを操るのと人を操るのじゃ訳が違ぇ・・・いつからだ?》
《君は・・・いつから気付いていた?》
《いつから?ついさっきだよ・・・天使は融和を乱したとか言ってた・・・俺の周りもおかしくなった・・・こんな事出来る奴は・・・おめえしかいねえ・・・》
《そうか・・・本当は完成してから話したかったが・・・仕方ない》
《完成?何の事・・・》
ファストは一枚の紙をアモンに見せる。そこには見た事もない建物らしき絵が描かれており、その近くには家が建ち並ぶ
《国だよ国!・・・私と君で国を興すんだ!人の上に立ち、人のやり方で、人の世界を統べるんだ!滅ぼすのではない・・・統べるんだ!》
《・・・頭大丈夫か?》
《何を言う・・・君が言う交流ってやつの一環だよ。人はすぐ死ぬ・・・だが、私達と交配すればより強く・・・より長命な魔人が産まれる。まずは魔人の国を創る・・・そして、選ばせるのだ・・・より高度なモノに成りたいか否かを!》
尊大に語るファストを見て、アモンは怒りを通り越して呆れてため息をつく
《・・・まるで俺達が高度な生き物みたいな言い方だな》
《みたいな?違うな・・・高度なモノなのだよ・・・私達は》
《カッ・・・よく言うぜ。天使に殺されそうになって慌てて逃げて来たクセに・・・それにその絵・・・人の世の憧れが滲み出てるぜ?高度な生き物さんよぉ》
《なに!》
《・・・まあいい・・・おめえはもう出入り禁止だ。とっとと魔の世に帰れ》
《出入り禁止?あの結界の事かい?あんなもので私を・・・》
《だろうな。だが、今の俺なら出来る・・・おめえを魔の世に縛り付ける事がな》
《バカな!同じ原初の八魔・・・君の魔技は私には通用しない!》
《カッカッ!残念・・・今の俺は原初の八魔を超えたスーパー原初の八魔だ、バカ野郎・・・人の世に来る事を『禁』ず》
《効かないと・・・ぐあああああああああああ》
突然苦しみ出すファスト。そのファストの首根っこを無造作に掴むと、アモンは結界を通り抜け、その先にある人の世と魔の世の扉にそのまま身を投じた
しばらくして何が起こったか分からずその場に取り残されていたサラムの元にアモンが戻った。かなり疲弊した様子のアモンに話し掛けようとするとアモンから先に口を開いた
《すまなかった・・・余裕がないとは言えおめえのその姿を見て労いの言葉もかけずに・・・》
魔の世に魔族を帰す際、アモンはサラムに人の世に戻って来ないように番をしてくれと頼んでいた。もし戻って来てしまえば人を巻き込んだ魔族と天族の争いに発展しかねないと危惧しての事だったが、案の定魔族達は人の世に戻ろうとしてサラムがそれを必死に止めた
「よせやい、そんなんいらねえよ。それよりも・・・余裕がねえって一体・・・」
《・・・おめえには・・・話しとかないとな・・・》
それはサーナの声が途切れ、寝室が開かれた後の出来事──────
サーナの返事がなく、アモンが三度ドアを押すと何かが倒れる音と共にドアはゆっくりと開かれた。部屋の中に入ったアモンの目に飛び込んで来た光景・・・それは血の海に倒れたサーナの姿。急いで抱き起こすもサーナは既に息はなく、アモンは子が生まれ時以来の涙を流す
子供達はベッドの上で寝ており、何も危害は加えられていなかった。恐らく家に入って来た者に刺されたサーナが子供達を守る為に寝室に立てこもったのだろう
アモンは寝ている子供達を抱えジラテンの元へ
子供達をジラテン達に預けるとアモンは再び家に戻り、サーナの亡骸を抱いて外に出ようとした
その前に立ち塞がるのはリラ
「どこに行くのです?」
《・・・おめえには関係ねえ・・・》
「そうですか・・・では、お待ちしております・・・いつまでも・・・」
《やめろ・・・もう俺に関わるな・・・》
「どうしてですか?私は貴方と結ばれる為に生まれて・・・」
《やめろ!・・・コイツは・・・サーナはおめえの事を本当に信頼して・・・子供の名前もおめえの名前に似せるって言って・・・》
「そうですか・・・それでいつ頃お戻りですか?」
《・・・》
抑揚のない声・・・その声がアモンにはどうしても耐えられなかった。アモンは歩き出し、リラとすれ違う際に魔技を使用する。それは人に対して使う最初で最後の魔技──────
アモンはサーナの生まれ故郷に向かった
そして、皆が眠る場所に行き、ケナンとケイブが眠る横にサーナを眠りにつかせると再びシントに戻って来た
ろくに説明もしなかったジラテン達に状況を説明し、しばらく子供達を預かってくれと頼みこの場所へ訪れる
「・・・そうか・・・その・・・サーナってお前の奥さんを殺したのは・・・」
《さあな》
「さあなってお前!」
《俺がもしサーナを殺した奴を突き止めて仕返ししたとしてもサーナは戻って来ない・・・ただ俺が満足するだけだ・・・》
「くっ!・・・お前は・・・お前はそれで良いのかよ!アモン!」
《いいわけねえだろ》
「うっ!」
ゾクッとするような冷たい目。熱くなっていたサラムが言葉を失うと、アモンは目を閉じゆっくりと息を吐いた
《・・・魔族と人が交流するにはちぃと早かったみたいだ・・・さっき魔の世に戻った時に魔族同士の争いと擬態を禁じた・・・おめえも魔の世に帰るんだ》
「・・・アモンは?さっきから苦しそうだが、まさか天使との戦いで?」
《身体の中に・・・天使の力・・・天力とでも言うのか?それが暴れ狂ってやがる。さっき魔の世に戻ってもそれは消えなかった・・・まっ、そのお陰でファストに魔技が通ったんだが・・・言ってみれば俺は今、天の力と魔の力を持つ天魔ってところかな》
「天魔・・・それでファスト様に・・・で、お前の身体は・・・」
《魔の世はキツイ・・・天力がパチパチと弾けやがる・・・こっちに戻って来て何とかってところだ。アイツを・・・魔族に近付けさせちゃならねえ・・・》
「・・・つまりお前は天使の力が抜けるまでは人の世に居続けるしかないって訳か。で、アイツって天使だろ?生きてんのか?」
《核みたいなのを砕いたが消えずに飛び去った。身体は消えたけど生きてるとも死んでるとも言い切れないな》
「そうか・・・。少し背負い過ぎじゃないか?アモン」
《いや・・・今はこれくらいがちょうどいい。余計な事を考えられないほど忙しいくらいが・・・な》
サラムはそのままアモンの作った結界を通り、一度振り向くと擬態を解いて魔の世へと戻った
一人残されたアモンは外に出てその場で胡座をかく。そして、唯一の従者にパスを繋いだ
《カーラ・・・たまにで良い・・・魔獣や魔族を人の世に送れ。人が・・・魔の存在を忘れない程度にな・・・》
〘!?・・・何故かお聞きしても?〙
《どんな印象でも忘れられるよりはマシだ・・・もしやり過ぎても天使が出張って処分してくれるさ・・・魔族って存在を・・・忘れさせるな・・・》
〘はっ、承知致しました〙
《あと・・・もう俺を覗くのはやめろ・・・次覗いたら禁じるぞ?》
〘・・・はっ・・・〙
《・・・ハア・・・》
アモンはカーラとの通信を終え大きくため息をつく。身体の中の天力は時間と共にアモンの身体を蝕んでいた。アモンの中の魔力を喰らい尽かさんとばかりに暴れ狂い、もう魔力を使う事が叶わない程に。アモンはせめて最期に子供達の顔を見ようと立ち上がろうとした瞬間、ドンと背中に衝撃が走る
《・・・久しぶりだな・・・ジェラ》
「どうして・・・どうして・・・」
振り向かずアモンが言うと、ジェラはアモンの背中に抱きついた
《どうして・・・か。どうしてだろうな・・・俺も初めての経験だから分からんよ・・・ただ言えるのは・・・天使と戦ったのが原因って事だけかな・・・》
抱きついたジェラの顔の横には剣の柄があり、そこからは血が滴り落ちていた。魔族の身体に魔力を通してない剣が通るはずがなかった。ジェラはアモンに殺されたかった。その為に突き出した剣が愛する者の身体に深く突き刺さる
「どうして・・・どうして私を殺しに来ないの?私が・・・アモンの・・・」
魔の世で過ごした永劫とも言える日々に比べるとほんの一瞬でしかない人の世の日々がアモンの脳裏に浮かぶ。人と交流し、友を恋人を子を得た事により悔いはない。ただ心残りは友に預けた子供達の事・・・
《なあ、ジェラ・・・ジラテンの所に俺の子達を預けてる。この村で元気に育ててやってくれないか?・・・いずれ人と魔族と天族が・・・共に暮らせる日が来ると・・・いいな・・・そしたら・・・》
「なんで!どうして!?・・・消えないで!!アモン!!!」
アモンは振り返り笑顔で消えていった
その場にへたり込み、泣きじゃくるジェラ。しばらくしてジェラがいない事に気付いたイムが探しに来てジェラに寄り添うとジェラはポツポツと語り始めた。まるで懺悔するかのように・・・
事の始まりはジェラがアモンへの密かな恋心をファストに打ち明けた時だった。快く協力を申し出てくれたファスト・・・おまじないと言いながらジェラの額に指で触れた
その頃からジェラの思考は今までと変わってしまう
まるで自分が自分じゃないような感覚・・・そして、思考
アモンに久しぶりに会い、その晩に言い寄った時、アモンは嘘をついてまで断ってきた。それはジェラが好きとか嫌いとかではなく、誰かに頼まれての拒絶だと気付く。本来のジェラならそこで諦めていたはずなのだが、思考は斜め上を行く
私がダメなら私の娘なら
まだ生まれてもいない子をアモンにあてがう事にしたジェラはイムと結婚し子供を産む
待望の女の子・・・これでアモンと家族になれる・・・その時は本気でそう思っていた
イムがいない時にジェラは娘のリラにアモンの嫁になるよう教育した。洗脳とも取れるその教育はアモンが村に戻って来た時に実を結ぶはずだった
しかし、アモンが村に戻って来る前に衝撃の事実を知る。アモンが見知らぬ女と結婚し、子供もいると
ジェラが落胆し諦めかけたその時、また違う思考が働いた
邪魔なものは消せばいい
ジェラは体調不良のフリをして時を待つ
アモンに会ってしまえば気付かれる。だから、アモンがいない時を狙って速やかに実行する為に息を潜め時を待った
時が来て、ジェラは迷わずアモンの家に赴き、サーナに剣を突き立てた
サーナの苦痛で歪む顔を見て笑う・・・これでアモンは自分のモノだと
傷口を押さえ、家の奥へと向かうサーナの背後に立ち剣を振り上げた瞬間廊下に出て来たリラと目が合う。リラはこの惨状を見て嗤っていた・・・不気味な笑顔・・・そう思ってふと窓を見ると自分の表情が映し出されていた
──────嗤っていた──────
初めて見る顔・・・生まれて初めて見るその顔は歪であり、醜悪であった
持っていた剣を落とし誰かに見られないように手で顔を覆い身体を震わせる
そして、気付かされた・・・自分の行動が如何に残酷なものかを
激しい頭痛がジェラを襲う。落とした剣を拾い上げ、ジェラは一目散にアモンの家を後にした
夢中で駆け、ふと気付くと村から出てアモンと初めて会った場所にいた
激しい頭痛に見舞われ膝をつくとこれまでの行いが走馬灯のように蘇る。まるで他人の人生を外から見ているような感覚・・・そして、嫌悪
ジェラは持っていた剣を喉元に当てると自らの命を絶とうとした・・・が、それは単なる逃げ・・・取り返しのつかない事をしてしまった事からの逃げ
どれほどの時間経ったであろうか・・・どうすれば償えるか考えていると誰かがこちらに向かって来た。思わず隠れるとその姿を見て胸がつまる
アモンだった
後を追うとアモンは魔の世への扉がある洞窟へと入って行く。もしかしたらあちらの世界に戻ってしまうのでは・・・そう考えたがジェラの足はアモンを追うことを拒んだ
合わせる顔がない
ジェラは再び身を潜め、また考え始める。償いの方法を
そして、決心する
アモンに殺されよう、と
それが償いになるか分からない。しかし、自分の命を差し出す事くらいしか今のジェラには浮かばなかった
魔族に魔力を通さない武器が通らないのは知っている。ならばと持っている剣の柄を握り締め、出て来たアモンに斬り掛かればきっと・・・ジェラは息を潜めてアモンが出て来るのを待った
そして──────
「なんて事を・・・なんて・・・事を・・・」
イムはジェラの告白を聞き、手で顔を覆いながら呟いた。ジェラは話し終え放心状態
イムは放心状態のジェラに近付くとそっと抱き締める
「すまなかった・・・ジェラ」
「・・・え?」
「僕は君の気持ちを・・・アモンさんに対する気持ちを知っていた・・・知りながら僕は・・・」
「イム・・・あなたのせいじゃない・・・私が・・・」
「償おう・・・2人で・・・リラを・・・アモンさんの子供達を・・・」
「お父さん?・・・お母さんも・・・」
イムがジェラを強く抱き締めると、そこにメイド服姿のリラが現れる。何故か外で抱き合う2人に怪訝そうな表情を向けていた
「ああ、リラ・・・」
「リラ・・・ごめんなさい・・・私・・・あなたに酷い事を・・・貴女の意思に関係なくアモンと・・・」
「アモン?アモンって誰?それより私なんでこんな格好してるの?私・・・目が覚めたら知らない人の家に居て・・・お母さん達は何を・・・」
「え?・・・リラ、あなた・・・」
リラからアモンの記憶がすっぽりと抜けていた。ジェラとイムは知る由もない・・・アモンがリラに使った魔技が『アモンに関する記憶を思い出す事を禁ずる』だった事を──────
一先ず3人は村に戻る事にした
憔悴しているジェラや記憶があやふやなリラを気遣ってイムは一旦家に戻ろうと提案するが、ジェラは首を横に振り、そのままアモンの子供達が居るジラテンの家に向かう事を望んだ
イムは仕方なくジラテンの家に行き、事情を包み隠さず全てジラテンに話した
「アモンが・・・」
「ええ・・・ですので、アモンさんの子供達は私達が責任持って・・・」
「断る・・・と言うか本気で言ってんのか?俺はアモンから子供達を預かった。その子供達を両親を殺した奴らに渡すと思うか?」
「うっ・・・しかし・・・」
「しかしもカカシもねえ!俺はアモンが死んだなんて信じられねえし、もし本当に死んでいたとしてもだ・・・アモンが自分やカミさんを殺した相手に子供達を託すなんて思えねえ・・・帰んな・・・」
「ジラテンさん・・・」
「これ以上ガタガタぬかすんなら・・・」
「イムさん!良かったここに居たのか!」
断られて尚も食い下がるイムに対して、ジラテンは苛立ちを隠さずイムに詰め寄ろうとする。その時、村の見張りをしていた男が息を切らしながらイムを見つけて叫んだ
「?どうしたんだい?そんなに慌てて・・・」
「その・・・イムさんに・・・村長に会わせろと・・・」
「・・・分かった。ジラテンさん、続きはまた後で・・・で、一体誰が?」
「それが・・・その人自分を『ファストの息子』と名乗ってるんです・・・」
「なに?」
イムの表情がファストと聞いて険しくなる。ジェラは目を見開き、事の顛末を聞いたばかりのジラテンが殺気立つ
「あの・・・」
「分かった。すぐに向かう」
「俺も行く・・・少し待ってろ」
イムが向かおうとするとジラテンは一旦家の奥に引っ込んだ。そして、剣を片手に戻って来た
「ジラテンさん・・・それは・・・」
「念の為だ。もし本当に魔人だったとしたら、こんなもん役に立たないだろうがな」
見張りの男に連れられてイム達は村の入口へと向かった
入口に立っていたのは想像とはかけ離れた長髪の優男。イム達に気付くと礼儀正しく頭を下げて微笑んだ
「初めまして。かねてから父より有事の際はここを訪ねろと聞いておりまして・・・」
「・・・父・・・ファスト・・・さんの事で?」
「ええ、そうです。それで・・・魔族の方々が急にいなくなり、何事かと・・・父はこの村に居ますか?」
「いや・・・ファストさんは・・・」
「やはり居ませんか・・・一体どこへ・・・」
「あのっ!」
「はい?」
困り果てた顔をしていた男に今まで黙っていたリラが上ずった声で話しかけると、男は首を傾げてリラを見つめた
「その・・・お名前を聞いても?あと・・・お付き合いしている人はいますか?」
「へ?・・・リラ?」
突拍子もない質問にイムにがリラの顔を覗き込む
顔を真っ赤にしてうつむき加減のリラに対して、自分が名乗ってないことに気付いて、男は申し訳なさそうに頭を下げた
「ああ、すみません。そう言えば名乗ってませんでした・・・私の名前はシンと申します」
「シン・・・さんですか・・・いい名前ですね」
シンに熱視線を送るリラとファストの息子であるシンに不信感を募らせるジェラ。2人の対称的な表情に戸惑うイム
ジラテンは3人とシンを交互に見つめ、なぜだかアモンが初めてリメガンタルを訪れた日の事を思い出す
人の世はこうして新たな節目を迎えた──────
アモンによって人の世から魔の世に放り出されたファストは憤り、何度も人の世への進入を試みる。しかし、行くたびに身体中に激痛が走り這う這うの体で魔の世へ戻る・・・それを幾度となく繰り返していた
《懲りる・・・と言う言葉を知らんのか?》
《放っておいてくれ。これは私とアモンの・・・マルネス?》
ボロボロになりながら立ち上がり、再び人の世へ向かおうとした矢先に声をかけられて振り向いたファストが目を見開き声をかけてきた人物を見つめる
《なんだ?呆けおって。妾の顔に何かついておるか?》
《髪・・・》
ファストはマルネスの髪を指さした。吸い込まれそうな漆黒の髪・・・それが見事な金色に変わっていた
《気分転換だ・・・それよりもお主に伝えねばならぬ事がある》
《伝えねばならぬ事?》
《・・・アモンが消滅した》
《・・・は?何を言って・・・》
タチの悪い冗談をと一笑に付すファスト。しかし、マルネスの真剣な表情に眉を顰める
見つめ合う2人。その2人が異変に気付き視線を向けると空間が歪み、アモンの従者であるカーラが現れた。カーラはマルネスとファストに深々と頭を下げ、そのままの姿勢で口を開く
《失礼ながらこのままで・・・アモン様からの言葉です・・・『楽しかった』・・・と》
《・・・?・・・カーラ、冗談はよせ。アモンが・・・っ!?》
ファストは小さく首を振り、カーラに近付こうとした瞬間、カーラが顔を上げた
普段、無表情でアモンに付き従うカーラ。その無表情のカーラがボロボロと涙を流し、顔をクシャクシャにしていた
ファストは思わず足を止め、数歩後退る。そのカーラの姿が全てを物語っていた
《アモン様は・・・お2人と私に・・・そう伝えてくれと・・・》
《嘘だ!ついさっきアモンと会ってた時はピンピンしていた!それが消滅しただと!?冗談も大概にしろ!!》
《ファスト・・・お主アモンに禁じられたんだろ?本来なら同じ八魔・・・魔技が通るはずがない・・・それが通った理由・・・アモンの中に巣食っておった天からの使者の力のせいだ》
《なっ・・・》
《レーネが言っておったわい・・・奴らは我らを消滅させる為に生まれた生物・・・その力はその為にだけ得た力・・・とな》
ファストは淡々と語るマルネスに近付くと胸倉を掴んだ
《マルネス・・・君・・・いやに冷静じゃないか・・・何を知っている・・・レーネに何を聞いた?》
《聞いたのはアモンの消滅と今しがた話した事だけだ・・・それよりも妾が冷静?・・・笑わせるな》
《ぐっ!》
マルネスは胸倉を掴んでいるファストの手首を握り締め、握り潰さんとばかりに力を入れる
《アモンの死に冷静でいられるか!だが悲しみではない!怒りだ!先に逝ってしまったアモンへの!その原因を作ったファスト・・・お主への!》
《私が・・・?》
《惚けるな!天の使者はやり過ぎなければ出て来ない!お主が人の世界で調子に乗りおったせいで奴が出て来たのだろう!?それをアモンが・・・》
《私が?・・・違う・・・私はアモンと共に・・・》
いっそ消してしまうかとマルネスが手に魔力を集中させる。しかし、ファストはその事にも気付かず、うわ言のように何度も『違う』と呟く
フラフラと歩き出すファスト。マルネスが背後で魔力を溜めた手を向けるが、唇を噛み締めると魔力を霧散させた
《・・・マルネス様・・・》
《カーラ・・・すまぬな・・・妾がついて行っておれば・・・》
《いえ・・・それよりもその御髪は・・・》
黒髪から金髪に変わったマルネス。その髪を見てカーラが言葉を噤むとマルネスは微笑みカーラの飲み込んだ言葉を続けた
《察した通りだ・・・アモンの奴・・・奴の役回りを妾が引き継ぐ。まあ、アモンが余計な事をしたお陰で妾は暇になったからのう・・・ちょうどいい暇潰しになろう》
マルネスの役目・・・それは魔の世の魔獣の調整。原初の八魔『白』のレーネが魔獣を創り出し、『黒』のマルネスが増え過ぎた魔獣を無に帰す。それは原初の八魔が生まれた時からの不文律であったが、アモンが死ぬ間際に魔族同士の争いを禁じた事により変化が生じてしまった
魔族同士の争いを禁じられた魔族の一部が魔獣狩りを始めたのである
それは食事の為などではなくただのストレス発散
だが、それによりマルネスは魔獣を狩る必要がなくなってしまった
《つまり・・・ファスト様を・・・》
《うむ。手綱を握る者がいなければあやつは何をするか分からん・・・八魔最弱にして最も厄介な奴だ・・・本当にアモンとは正反対よのう》
《・・・しかし、何も御髪を金色に染めなくても・・・アモン様の『禁』と『金』をかけているのは分かるのですが・・・》
《似合わぬか?》
《失笑ものです》
《くっ・・・お主の泣き顔も大概だったがのう!》
《?・・・泣き顔?》
《なかった事にするでない!・・・お主、これからどうするつもりだ?》
《喪に服します》
《即答か・・・では、達者でな》
《はい・・・マルネス様も》
カーラは頭を下げるとどこかに扉を繋ぎ、去って行く
残されたマルネスはカーラを見送った後、既に見えなくなったファストの去った方向を見て目を細める。亡きアモンの代わりにファストの行動を監視する役目はこの時より始まっていた──────
一方、アモンの死を受け入れられずマルネス達から一人離れたファストは急に立ち止まる
そして、手の中に握られた一枚の絵を広げると食い入るように見つめた
《・・・そうだ・・・共に統べよう・・・2つの世界を・・・私と君で・・・なあ・・・アモン──────》
《来たか・・・クオン・ケルベロス!》
「さあ・・・終わりにしようか!」
《終わりじゃない・・・始まるのだよ!》
クオンがシャンドの瞬間移動で上空に現れると、ファストの頭部めがけて落ちて来る。神刀『絶刀』を抜き、振り上げる姿を見てファストの口元から笑みが零れた
クオンとファストの戦いが今始まる──────




