表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強の番犬と黒き魔女  作者: しう
『統べるもの』
116/160

4章 35 アモン・デムート⑥

幸せな日々だった


朝起きて朝食を取り、村に出て誰かの手伝いをする。夜になると一家団欒のひとときを過ごし、子供の成長を噛み締める


長く平坦な道のりが、他の誰かによって彩り、輝く


が、幸せな日々があればその逆も然り


まるでそれが摂理であるというように、幸せの反動は突如としてやって来た──────





〘アモン様・・・至急ファスト様がお会いしたいと〙


《至急?珍しいな、アイツがそんなに慌てるなんて・・・ココに・・・いや、家の外に繋げろ》


〘はっ〙


深夜村が寝静まった頃、カーラより連絡が入る。アモンはベッドから降り、子供達の寝顔を確認すると家の外に出た


ちょうどカーラが家の前に現れ、すぐにファストの居る場所に扉を繋げる


《久しぶりだな、ファスト》


《ああ・・・そんな言葉が出るって事はだいぶ人の世界に染まってるみたいだな》


《否定はしねえ・・・お前はどうなんだ?》


《・・・どうだかな・・・それよりもアモン・・・魔族を全てあちらの世界に避難させる》


《あ?なんで・・・》


《不味い事になった・・・もう我々の手には負えん──────》


アモンがシントで緩やかな日々を過ごしている間、世界の情勢は徐々に傾き始めていた。サーナのは村を襲った魔人達・・・そういった事がないようにファストが、魔族達を管理していたが、世界は思ったよりも広く残酷だった


魔族は人の世界に来る以前に全員がファストと主従を結んでいた。それによりどんなに離れていようと操ることが出来、統制も取れる。当然、人に危害を加えることも無い。が、魔族と人の間に生まれた子・・・魔人はそうでは無い。サーナの村を襲った魔人のように好き勝手やっている輩も多かった


ファストはそれを抑制する為に魔族の達に魔人の管理を厳命する。そうする事によりファストの目が行き届かない場所でも魔人達を管理出来ると思っていた


ところが管理出来ていない魔人が多く存在していた


はぐれ魔人と言われるその存在は、ただ快楽を求めた結果であったり、子だけ欲しいと思う者がいたりと理由は様々であったが、結果人の親には魔人を御する事が出来ずディルド達みたいな魔人を生み出す事となってしまった


人知れず魔人の被害に合う人々・・・次第にその輪は広がり、人々は願うようになる。魔族からの解放を


サーナ達と同様に人にとって魔族も魔人も変わらない。魔法が使える・・・その一点のみで人は相手を魔族と思い、恨みをぶつける


魔族を恨む人々の願いが通じたのか、天より人々の願いを叶える為の使者が降臨した。その者は自らを天からの使い『天使』と名乗り次々に魔族、魔人と関係なく()()し始める


《・・・何もんだ・・・それ》


《さあね。分かっているのは天使と言う名前と洒落にならないくらい強いこと・・・一瞬で魔人が溶けていく様は圧巻だよ》


《おい》


《散々好き勝手やってたんだ・・・自業自得さ。ただ奴は魔族と魔人なんて区別してない。一方的な殺戮は今も延々と続いている・・・》


《・・・魔人はどうする?放っておくのか?》


《言っただろ?自業自得って。素直に付いてくるなら、我らの世界に連れて行ってもいいが、どうだろうね。魔人一体一体を説き伏せてる時間はない》


《ちっ・・・あっちの世界に戻ってどうするつもりだ?》


《やり過ごす・・・奴はどうやら魔力を使っている訳ではないみたいだ。魔素の薄いこの世界では歯が立たない・・・ならば本領発揮出来る我らの世界に戻り迎撃、もしくは追ってこなければそのままやり過ごす・・・他の道はないだろう》


《・・・》


《アモン・・・君がこちらの世界に思い入れがあるのは分かる。しかし、これはこちらの世界に来た魔族全員の命がかかっているんだ・・・君も奴を目にすれば分かる・・・あれは我らと対極にあるものだ》


《・・・魔族の対極・・・さしずめ天族ってところか。しかし、魔の世に戻ってやり過ごしてどうする?そのまま元の暮らしに戻るか?》


《魔の世?》


《サーナにあっちの世界の話をしたらまるであの世みたいだって言われてな・・・死者が行くと言われてるあの世・・・似たようなもんだろ?あそこは・・・だから『魔の世』だ》


《君は・・・。・・・とにかく各地に散らばった魔族を避難させねばならない。その為にカーラに各地に扉を繋げさせ、一旦引く・・・話はそれからだ》


《待て待て・・・くそっ・・・なんで急にそんな話に・・・なんでそうなる前に俺に一言・・・》


《前に言っただろ?私は君の部下じゃない》


アモンが恨めしそうにファストを見るが何処吹く風。次にカーラに視線を向けた


《・・・カーラ、お前はどうなんだ?各地を周り、異変に気付いていたんじゃないのか?魔人の暴走、人々の恨み・・・》


《・・・申し訳御座いません》


カーラは頭を下げ一言謝るとそのまま頭を下げたままの姿勢でアモンと目を合わせようとしなかった。その様子を見てアモンはため息つき、どうするべきかを考える


《・・・仕方ねえ、カーラ!魔力が続く限り門を開きまくれ!近場は開かなくていい・・・ファスト!近場の奴らには走って来いと伝えろ!・・・俺はその天使とやらに会ってくる》


《アモン様!》《アモン!》


《なーに、少し話をするだけだ。本当に人々の願いを聞く為に生まれたのか・・・何が目的なのか・・・聞く事は山ほどある。それを知らずにおめおめ戻れるかよ》


《アモン・・・危険だ。我らの世界ならいざ知らず、こちらの世界では魔素が薄過ぎる!それに魔素が浸透していないせいで魔法も威力が出ない・・・やられるだけだ!・・・くっ!》


珍しく感情を剥き出しにするファストに対してアモンは首を振り応える。尚も食い下がろうとするファストだったが突如顔を歪めた


《マジで一刻の猶予もなさそうだな。言い争ってる場合じゃねえぞ》


殺されている──────同胞が──────


主従関係を結んだ者が次々と減っていく。一刻の猶予もないと感じたファストは各地に展開している魔族達の撤収を優先させた




人の世界と魔族の世界を繋ぐ扉


そこからほど近い場所に陣取るとカーラが次々に扉を開く


ファストは魔族を誘導し、その扉を使い移動させた


続々と魔族の世界に戻って行く魔族達。その表情は総じて暗い。それだけで魔族達が人の世界に慣れ親しんでいたことが伺えた


《おーおー、大移動だな。そんなにやばいのか?その天使って奴は》


《サラム・・・ちょうど良かった。おめえに頼みたい事がある》


普段はアモンの代わりに扉の番をしていたサラムが様子を見にやって来た。原初の八魔以外で唯一アモンと同等に渡り合えるサラム。そんなサラムにアモンはファストとカーラに聞こえないように耳打ちした


《・・・アモン・・・こき使い過ぎじゃねえか?俺を》


《こんな事を頼めるのはおめえくらいだからな。そりゃあこき使いたくなるさ》


《なんじゃそりゃ・・・下手すりゃ死ぬぞ・・・俺が》


《死ぬな!頑張れ!》


《他人事だと思って・・・()()()()()知らねえぞ、俺は》


《・・・超頑張れ》


アモンが満面の笑顔で言うとサラムは盛大にため息をついて項垂れた


魔族達は順調に移動し、夜が明ける頃には全ての魔族が魔族の世界に戻っていた。残ったのはアモン、ファスト、カーラ、サラムの4体のみ。アモンはファスト、それにカーラを見つめた


《さてと、ファストはあっちで魔族達をまとめておいてくれ。カーラもあっちに言って俺の指示待ちだ》


《その必要があるかい?別に暴動など起きないだろ?》


《私はアモン様のお傍に》


《ダメだ!ファストには今回戻った奴らと元々こっちの世界に来てなかった奴らへの説得をしてもらいたい。一気に全員戻って来たんだ・・・事情を知りたがる奴やこっちに興味を示す奴がいるかもしれない・・・そういった奴らに事情を説明してこっちに来させるな。カーラ・・・おめえはもうこっちの世界に来るな》


《!・・・ど、どうして・・・》


《こっちの世界に来る理由は交流だって言ったはずだ。交流する気もない奴がこっちの世界にいる意味がねえ・・・》


《そ、それは・・・》


《責めてる訳じゃねえ。俺にとってカーラは唯一の従者・・・それはこれからも変わらない》


《せめて・・・せめてアモン様のお傍に・・・》


《カーラ》


《・・・・・・はっ、承知致しました・・・》


アモンはカーラが人をあまり好ましく思っていない事に気付いていた。表面上は取り繕ってはいたが、人を見下している雰囲気を出していた。アモンから離れ、世界を見て周り、少しは変化があるかと思ったが、期待していた効果とは逆となる


真っ直ぐと見つめるアモンの視線を返す事が出来ず、カーラは素直に従うしかなかった。ファストは渋々、カーラは身を引き裂かれる想いで魔族の世界に戻って行く


《んじゃあ、サラム・・・あとは頼んだぞ》


《・・・報酬は?》


《番を百年後くらいに代わってやるよ》


《いや、元々お前の役目だろ!》


《・・・マジか?》


《マジだ。・・・まあいい、とりあえず無事戻って来い。話はそれからだ》


呆れ顔のサラムは手を振りアモンにさっさと行けと言うと自らも魔族の世界へと戻って行く。こうして、人の世界の魔族はアモンのみとなった


《さてと・・・》


アモンはサラムが去った後、鈍った身体をほぐすように動かし家路に着く。朝の活気に溢れた村を見ながら家の前に着くとサーナが仁王立ちして待っていた


「堂々と朝帰りとは度胸だけはあるみたいだな」


《起きてたか。少し用事が出来た・・・しばらく留守にする》


「・・・何があった?」


《何があったかを確かめに行く。村の外が少し騒がしいらしいからな》


「アンタが行く必要は?」


《大いにある》


「・・・なら仕方ない。夕飯までには帰れよ」


《いや、だからしばらく・・・》


「帰れよ」


《・・・はい》


ギロリと睨まれ、アモンは仕方なく頷いた。何処にいるかも分からない天使・・・探して話して・・・夕飯までにはとてもじゃないが間に合いそうになく、遅れて怒られる覚悟を決めてアモンは村を出た


闇雲に探すのではなく、リメガンタルにでも赴いて情報をと思った矢先、前方に扉がある事に気が付いた。アモンは思わず笑みをこぼし、その扉に躊躇なく飛び込んだ──────





よく晴れた午後、本来人々は仕事に従事し、買い物を楽しみ、走り回り遊んでいる時間。だが、今日に限っては家に閉じこもり息を潜めていた


ガタガタと震えながら家の外を覗くと、そこには白く大きな翼を背中に生やしたモノが片手に上半身だけとなった魔人の髪を持ち街中を練り歩く


生命力が強い魔人は上半身だけとなった今も生きているようで、翼の生えたモノ、天使が動く度に呻き声を上げていた。その呻き声が撒き餌となり、潜んでいた魔人を炙り出す


「ズーラを離せ!」


天使の前に1人の魔人が出ると注意を引き、屋根の上から他の魔人が飛びかかる


だが、天使は屋根の上から来る魔人に見向きもせずに正面に現れた魔人に手をかざした


飛びかかる魔人の刃が届く前に天使の手から光が溢れ、正面の魔人を抉り溶かす。その光景を見て顔をしかめるが、そのまま振り上げた剣を天使に向けて振り下ろした


当たった感触はあった。しかし、刃は天使を一切傷つける事無く肩口で止まり、着地した瞬間に命を散らされた


気付くと撒き餌として扱っていた魔人、ズーラも息絶えており、道端に投げ捨てると新たな獲物が近付いて来る事に気付く


《よお・・・言い分だけは聞いてやる・・・なんのつもりだ?》


新たな獲物、アモンが殺られた魔人の亡骸を見て視線を鋭くして天使に尋ねる。だが、天使は答えず、変わりに掌をアモンに向け先程と同じように光を放った


《街中で物騒な事してんじゃねえ!》


光を躱し、瞬時に距離を詰めて懐に入り込むと左拳を放つ。その拳は腹部にめり込むが、獣程度なら爆散、魔族でも悶絶レベルの威力にも天使は平然と次の攻撃を準備していた


(粛清)


《あん?》


初めて聞いた声は頭に直接響くような声だった。そして、アモンは吹き飛ばされ、意識が飛びそうになるのを堪えながら地面に足を滑らせ何とか着地する


口から血が滴り、それを手の甲で拭い、ようやく顔面を殴られた事に気が付いた


《サラムに殴られた時以来の衝撃だ・・・ココじゃまずそうだな。付いて来い》


ここで戦えば街を、人を巻き込む事になると判断したアモンが街を離れようと背を向けるとその意図を汲んでか天使は翼を羽ばたかせ空に舞う


意外と話が分かる奴と気を許していると空から光の帯が幾重にも降り注ぐ


《バッ・・・とんでもねえ!》


アモンは走り出すと一気に街を駆け抜けた。街を出て広い場所を探し、ようやく見つけた人気もなく広い場所。そこで振り返り上空を見上げた


無言で付いてきていた天使。男か女かよく分からない中性的な顔立ちに白い衣を纏った出で立ちは掴みどころがなく、目の前にいるにも関わらず現実味がない。存在感があるのにそこにはいないような奇妙な感覚に囚われ、アモンは首を振って自らを引き締める


《なあ!飛んでちゃ話になんねえ!ちょっくら降りて来てくれねえか?・・・って、だよな!》


もちろん返答は光の帯


雨のように降り注ぐ光の帯にアモンはわざと少し触れてその正体を探った


触れた部分が焼けるように痛む。肉を削ると言うよりは溶かすに近かった。どんな力か分からないが一つ言える事は・・・ファストの言う通り魔力では無い


《めんどくせぇなあ!おい!・・・その力・・・『禁』ずる》


アモンが能力を発動させるが、天使はお構い無しに腕を振るう。すると光は棒状になり、バラバラと音を立てて複製されていく。矢というよりは槍ほどの大きさがあり、地上にいるアモンに狙いを定めている


《おおう・・・痛そうだな、それ》


冷や汗が額から頬に伝う。そして、顎まで伝い顎に到達すると地面に落ちた


それを合図に光の槍がアモン目掛けて降り注ぐ・・・が、途中で次々に槍は消えていき、ただの一本もアモンの元に辿り着くことはなかった


まるで見えない結界に守られているような光景に、天使が初めて表情を動かす


《おっ、なんだ感情がないかと思ったぜ。びっくりしたか?おめえに直接能力は効かないみたいだけど・・・おまえの能力には効くみたいだな》


賭けだった


天使に能力が効かないと判断したアモンは自分の周辺に一切の能力を禁じる結界を張った。魔族の世界にいた頃の常套手段・・・魔法で遠くからちまちま攻撃されるのを嫌ったアモンが考え抜いた戦法は天使にも見事にハマる


《おめえの攻撃がなんなのかよく分からねえが、おめえから離れちまえば魔法と一緒・・・格上も格下も関係ねえ・・・ただの現象だ。空飛んで遊んでないで、降りて来て語り合おうぜ?》


(・・・)


天使の反応は薄い。しかし、何度やっても攻撃が掻き消されてしまう事に業を煮やしたのか無表情のまま大地に降り立った


《無口だな。安心しろ・・・語り合うのは口じゃなくて、こっちでだ》


アモンは拳を突き出して天使を挑発する・・・魔族最強の男と天使のど付き合いの火蓋が切られた──────




一方その頃、魔族の世界・・・魔の世では──────


《おーおー、アモンの言った通りの行動しくさって・・・何考えてんだ?お前ら》


人の世と繋ぐ扉の前で立っていたサラムの前に数え切れないほどの魔族が押し寄せていた。その瞳は怒りに満ち溢れ、今にもサラムに襲いかからんとする勢いであった


《サラム様・・・お退きください》


《戻ったばかりで何しに行くつもりだ?人の世界に》


《決まってるでしょう!天使を殺しに行きます!アモン様が戦っていらっしゃるのは聞いています・・・しかし、我らとて自分の子を殺されているのです!それに同胞も・・・》


魔族達を代表して先頭の者がサラムに退くよう言うと堰を切ったように他の者達も叫び始める


《ダメだ!ここは任せろ、アモンに》


サラムの言葉に魔族達は更にヒートアップして、怒号が飛び交う。魔族達にしてみれば子である魔人達を無差別に殺され、それを庇おうとした同胞である魔族も多数殺されたのだ。しかも、いざ復讐しようとしていたにも関わらずいつの間にかこちらの世界に戻って来ていたのだ。納得できるはずもなくサラムへと押し寄せる


《・・・やっぱそうなるわな・・・じゃあ、語ろうか、拳で──────》






テーブルの上には2人分の食器が並べられており、料理からは微かにだが湯気が出ていた。少し前から比べると湯気の量は減っており、その変化が時間の経過を物語っていた


「あの・・・奥様?料理が冷めてしまいますが・・・」


「・・・そうだな。先に食べておくか・・・せっかくリラが作ってくれたわけだし・・・」


「そ、そういうつもりでは・・・にしても遅いですね、アモンさん・・・何をしているんでしょう?」


「さーね・・・もしかしたら何日か戻らないかもね・・・」


サーナは言いながら手に取ったフォークで肉を刺し口に運ぶ。その動作はいつもより優雅に見え、まるで貴婦人の食事。肉料理が出ると男勝りにがっついていたサーナを知るリラが目を擦り、目の前の人物が本当にサーナであるか確認するほどだった


サーナ自体は優雅に食事をしているつもりは微塵もなかった。ただゆっくりと・・・普段より少しだけゆっくりと食事をしているだけ。肉を切り、フォークに刺して、口に運ぶ。そして、ゆっくりと咀嚼してまた肉を切る・・・普段よりも小さく切った肉をまた口に運んでいるだけ


「あの・・・お口に合いませんでしたか?それとも体調が・・・」


「ん?何言ってんだい・・・いつも通り美味しいよ?」


「でも・・・」


リラの視線の先には皿に乗った一切れの肉。普段なら出された食事は絶対に残さないサーナ。それも好物と言っていた肉を残しているのは味付けの問題か体調不良か・・・リラが心配していると玄関のドアが開く音がした


サーナはその瞬間に立ち上がると、テーブルの皿に残った一切れの肉をみて呟きながら玄関の方へと振り向く


「まっ、ギリギリ間に合ったって事で──────」







まるで申し合わせたように交互に放つ一撃は、洩れた衝撃波ですら人を殺しかねない強力なものだった。相手の一撃を耐えて、フラフラになりながら一撃を加える。繰り返される交互の攻撃はまるで様式美のようだった


《カッカッ!やるじゃねえか・・・よ!》


アモンの一撃が天使をグラつかせる。無慈悲に魔人を惨殺していた天使の姿はそこにはなく、躍動的に身体を動かし、アモンの攻撃を受けては、やり返す。徐々に動きは俊敏となり、アモンの動きをトレースしていた


学び、成長している


アモンは天使の変わりようにそう結論付けた。初めは手を伸ばし殴るだけ。徐々に腰が入り、今ではアモンを真似て拳に力を溜めている。魔力とは異なる力を溜めて放たれる一撃はアモンが放つ一撃に確実に近付いていた


どこまで学び、どこまで成長するのか分からない相手に、アモンは吹き飛ばされながら腹を括る


《おめえにゃあ意志を感じねえ。ただ無機質に・・・相手を殴り付けるだけだ。それに何の意味がある?》


(イシ・・・意志・・・意思・・・)


《おおう!?壊れたか?》


『イシ』と言い続ける天使にアモンが怪訝な表情を向けていると天使は狂ったように首を振り続ける。そして、首を振るのを止めるとアモンを睨み付けた


(融和ヲ乱シモノ・・・イシニ反スルモノ・・・排除スル)


《おいおい!次は俺の番だろうがっ!!》


動きを止めていた天使が突如動き出す。翼を羽ばたかせ、アモンに一直線に向かうと拳を振り上げる


アモンは天使の一撃を躱すと懐に入り込み、溜めた魔力を解き放つと同時に天使の胸に拳をめり込ませる。魔力を溜めて殴るのではなく、溜めた魔力を放つ事でより強力な一撃となった。天使がこの攻撃に耐え、同じ攻撃を繰り出して来た場合、アモンは耐えられる自信はない。つまり天使がこの攻撃に耐えた場合、アモンの負けは確定する


一か八かの大勝負・・・軍配はアモンに上がった


(・・・イシ・・・排除・・・)


《カッ・・・おめえのイシがどんなものか知らねえが・・・関係のねえ奴まで殺すのは許さねえ・・・たとえそれが()()()()だとしてもな》


天使はその言葉に目を見開き、じっとアモンを見つめる


《そう驚くことでもねえだろ?人の世に度々訪れて奇跡を起こしていく・・・ある時は導師、ある時は預言者、ある時は・・・って人の生活が劇的に変わる時に現れる奴がいる。俺の予想じゃお前もその類いなんじゃねえかなって思っただけだ。こう見えて知りたがりでね・・・色々と聞いたり、調べたりしたんだが・・・おめえらはどこに向かってる?》


(・・・)


《まっ、素直に答えるわきゃねえか・・・アイツも知らねえって言ってたしな・・・で、おめえの身体に入ってた核みたいなもん・・・割れてるけど死ぬのか?》


アモンの拳は天使の胸を貫き、体内にあったモノを破壊した


アモンはそれが魔族にとっての核と同じ働きをするものだろうと予想していた


天使は胸の傷を眺め、傷口に手を入れると割れた水晶を取り出す。魔族の核とは違う光り輝く水晶・・・その水晶が天使の手から離れ空中に浮かび上がると四散し飛び去った


《あん?なんだ・・・》


(・・・次ハナイ・・・)


《いやいや!それ勝った奴のセリフッポイから!何見逃してやるみたいな雰囲気出して・・・っておい!》


天使の身体は後ろの背景が見えるほど薄くなり、そして消え去った


《核・・・みたいなのを抜くとあーなるのか・・・ますます俺らと同じだな・・・人と魔族と天使・・・いや、天族か・・・めんどくせぇなぁ・・・まったく・・・》


アモンは天使が消えた跡を見つめながら頭をかく


次はない・・・その言葉が示すのは何かあればまた天使が現れるという事。そして、恐らくは今回の天使より強大な力を持って現れる可能性が高かった


ため息をつくアモンの目の前にはいつの間にか扉が開かれていたのだが周囲に気配は感じない。来た時と同じくカーラがアモンの為に開いたのは言わずもがな・・・アモンは再び頭をかいて扉へと飛び込んだ──────






無事・・・とは言い難いが、何とか生きて家に帰って来たアモン。約束の夕飯までに帰って来る約束が果たせなかった為に躊躇しつつも玄関のドアを開けた


静まり返った家の中


もう寝てしまったのだろうと一歩足を踏み出した時に異変を感じる


《サーナ?》


暗闇の中、こちらを見る人物がいた。しかし、何も言わずにじっとアモンを見ているだけ


アモンは目を細め、暗闇に目が慣れるのを待った


《リラ・・・か?》


目が慣れてきて朧げに見えて来たのはメイド服に身を包んだリラだった。しかし、普段のリラとどこか違う。アモンは不思議に思い近寄っていくとリラの表情が見え思わずアモンは足を止めた


《おめえ・・・本当にリラか?》


リラは嗤っていた


「お帰りなさいませ。奥様はご就寝です・・・愛しの旦那様」


《いとし・・・あ?・・・》


今までリラに旦那様などと呼ぼれた事はなかった。リラとは思えない不気味な笑顔・・・そして、おかしな言動がアモンの不安を増幅させる


「もしお望みでしたら私が夜の・・・きゃっ!」


《どけ!》


アモンはリラを押し退け、寝室へと急ぐ。後ろからリラが何かを叫んでいるが、アモンの耳には届かなかった。今は・・・3人の無事だけに集中する


寝室の前に着き、ひと息吐くとドアノブに手をかけた。思い過ごしであってくれとドアを奥へと押し込むがドアは何かに当たり開かない


《なっ・・・》


「アモン?」


何が当たってるのかと口にしようとした時、部屋の中から声がする。アモンはその聞き覚えのある声に安堵しドアを押す力を緩めた


《サーナ!》


「うるさい・・・チビ達が起きちゃうでしょ?・・・で、言い訳は?」


《言い訳?》


「夕飯までにって言ったはずだけど?」


《あっ、いや、それは・・・すまなかった!反省してる・・・だから、中に入れてくれないか?》


「今は・・・無理だな・・・それより・・・このままで少し話さないか?」


《サーナ!》


「ったく・・・起きちゃうって言ってるでしょ・・・コラッ!開けようとしない!」


明らかに声に力がないサーナが気になりドアを再び開けようとするが、やはり何かに当たって開ける事が出来ない。無理やりこじ開けることも出来るのだが、向こう側に何があるか分からないため大人しくサーナの声に耳を傾ける


「ふう・・・私・・・アンタに言っておかないと・・・面と向かって言うのは・・・恥ずかしいから・・・ドア越しで勘弁して」


《・・・分かった・・・》


「・・・本当は・・・今のアンタに・・・名前も出すのは悪ぃと思ってんだけど・・・ケナンとケイブ・・・」


《・・・》


「気分悪ぃよな・・・でも、聞いてくれ・・・私は2人が殺された時・・・身体ん中・・・全部が憎悪で埋め尽くされた・・・頭の先から指の先まで・・・全部・・・その憎悪を・・・アイツらにぶつけられれば・・・私は空っぽになるくらい・・・。正直言うと・・・私や村の人達じゃ・・・傷一つ付けられないのは分かってた・・・それでも私は他の人達を巻き込んで・・・死にに行った」


《・・・》


「魔族?魔人?関係ない・・・アイツらに関わるもの全てを否定してたのは確か・・・でも、実際は私自身がこの世から消え去りたかった・・・まだ2人の記憶が鮮明である内に・・・。アンタがアイツらを連れて来て・・・村の人達が復讐を遂げて・・・いざ私もって思ったけど・・・アンタには武器を突き立てる事が出来たけど・・・アイツには無理だったかもね・・・」


《・・・おい》


「ははっ・・・アンタがアイツを踏み潰した時・・・私の中に残った憎悪は行き場を失った。それは村に戻ってからも身体の中で渦巻き・・・この憎悪がもし・・・消えてしまったら・・・私は2人のことを忘れてしまうのでは・・・そう考えると怖かった・・・デハク爺と最後に話した夜・・・デハク爺は私に言った・・・『サーナが仇を取らなくて良かった』と。『復讐を遂げて後悔はないが、この世に未練もなくなった』と。デハク爺達も同じだったんだ・・・憎悪に支配され・・・その憎悪を相手にぶつけて・・・満足して逝っちまった・・・」


《・・・》


「デハク爺はね・・・最後にこう言ったんだ・・・『まだ復讐を遂げてないだろう?ならばおあつらい向きの相手がおるではないか。アモンさんの時間を・・・奪ってやれ』ってね。デハク爺には悪いけど笑っちゃったよ・・・必死になって考えてくれた私がアンタと添い遂げる()()()だったのにね・・・」


《デハクがそんな事を・・・》


「なあ・・・最後にこれだけは言わせてくれ」


《サーナ?最後って・・・》


「一緒に居てくれてありがとう・・・子を授けてくれてありがとう・・・こっちの世界に来てくれて・・・ありがとう」


《サーナ!!》


「私は幸せだった・・・もう怖くない・・・目を閉じたらはっきりと浮かぶよ・・・ケナン・・・ケイブ・・・チビ達・・・アモン・・・愛してる──────」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ